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パーシー・シェリー
(Percy Bysshe Shelley)
(1792~1822)

略歴

 ロマン派の詩人。富裕な貴族の長男として生を受ける。自由奔放で過激な行動が目立ち、常に周囲からの非難にさらされた。オックスフォード在学中に過激なパンフレットを発行し、放校処分となる。常識的な価値観(愛や結婚など)を無視し、感情のおもむくままに行動した結果、メアリと駆け落ち同然で旅に出、最初の妻は自殺に追い込まれた。このことで世間からはごうごうたる非難を浴びた。バイロンキーツラムハズリットらと交友関係を結んだ。故国を離れて詩作に励むが、乗船していたヨットが暴風雨によって転覆、短い生涯を閉じた。バイロンら数人の友人が火葬に立ち会ったという。

作品

 彼が学生時代に書き、そのために退学に追い込まれたのは『 無神論の必然性(The Necessity of Atheism,1811)は、無政府主義者のウィリアム・ゴドウィンWilliam Godwin,1756-1836の影響を受けたと考えられる。そのゴドウィンの娘がメアリで、後に彼女はシェリーの勧めで、かの有名な『フランケンシュタイン』を書くことになる。
  彼の代表作と言えば詩劇『 鎖を解かれたプロメテウス(Prometheus Unbind,1820)が有名である。人類の解放者であるプロメテウスが、岩に縛り付けられて昼夜苛まれるが、それに屈することなく最後には解放されることを歌い、あらゆるものからの解放を象徴させた。束縛からの解放、そして新たな愛と自由と調和の世界は、シェリーの理想であった。
 詩ではロマン派オードの傑作と名高い『 西風に捧げるオード(Ode to the West Wind)がある。その中で西風を人類の解放者に見立てている。激しく吹きつける秋の西風、それは確かに落ち葉を吹き飛ばす破壊者であるが、その一方で種子を散らし、落ち葉の下に貯える保存者でもある。冬が来たとしても、春は必ずやって来るのだ。この詩の末句「冬来たりなば、春遠からじ」(“If Winter comes, can Spring be far behind?”)はあまりにも有名であり、彼の詩を知らなくてもこの句だけは聞いたことがあるのではないだろうか。
 また文学上の盟友でシェリーの一年前に(同じように若くして)死んだキーツに捧げた『 アドネイース(Adonais,1821)は、英文学史上、三大牧歌哀歌の一つとされる。若くして逝った友を悼んだシェリーであったが、その翌年に自分も後を追うことになった。
 皮肉なことにシェリーの名は、妻のメアリの名声の前には完全に霞んでしまっている。