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ジョージ・エリオット
(George Eliot)
(1819~1880)

略歴

 イギリス中西部ウォリックシャー出身。本名はメアリ・アン・エヴァンスであり、女性であるが筆名は男性名を名乗った。13歳で入学した学校が、非常に宗教色の強い学校で、彼女は清教徒的な教育を受けることとなった。しかし翌年には母が没し、父の面倒を見るために彼女は退学を余儀なくされた。その後本を読む傍ら、独学で語学を学びギリシア、ラテン、ヘブライ、ドイツ、フランス、イタリアの各言語を習得したという。とりわけドイツ語とドイツ思想に傾倒し、それが彼女の精神形成に大きな影響を与え、清教徒よりの信仰からの脱却と自由思想への転身のきっかけとなった。その後ロンドンでウェストミンスター・レヴュー誌の副主筆となる。私生活では知人の紹介で知り合った哲学者のジョージ・ヘンリー・ルーイスと交際するようになった。彼は既婚であったが、その妻と離婚するとエリオットと結婚した。ルーイスは彼女のよき理解者であり、作家として彼女を世に送り出した。ルーイスの死後二年して、彼女は若い実業家の息子と結婚し、周囲を驚かせたが、まもなく病に倒れ、没した。

作品

 彼女の処女作は『 牧師生活の諸相(Scenes of Clerical Life,1857)である。これには三つの物語が収録されており、この作品で初めて彼女は筆名に男性名を名乗った。これを読んだディケンズは「これが男性によって書かれたとは信じられない」といい、一方サッカレーは「これは断じて女性の手によるものではない」と断言したという。このように彼女の文体には、女性らしい繊細さと共に、男性的な強さのようなものが感じられる。
 『 アダム・ビード(Adam Bede,1859)は最初の長編作品である。力強い大工のアダム・ビードは美貌の女性ヘティに恋をするが、ヘティは地主の息子に誘惑された上で捨てられ、その後アダムの申し込みを受け入れた時にはすでに妊娠していた。彼女はその子を遺棄した罪に問われる。
 『 かかげられた帷(The Lifted Veil,1859)は雑誌に掲載された中編作品で、彼女としては異色の怪奇小説。
 『 フロス川の水車小屋(The Mill on the Floss,1860)は、前作と共に彼女の故郷である英国中西部ウォリックシャーを舞台とした田園小説である。しかしながらそこに描かれるのは牧歌小説ではない。彼女のテーマの一つである人間の果たすべき義務の思想が描かれているのである。彼女は自由主義的な生き方をしたが、それはけして道徳に反するものではなく、かつて受けた清教徒的教育の影響は終生消えなかった。この作品は自伝的な色合いが強いとされている。
 『 サイラス・マーナー(Silas Marner,1861)は、大人のためのおとぎ話とも言われ、日本でもよく読まれている作品。人間不信に陥り、宗教からも慰めは得られず、金だけを拠り所として生きるサイラス。しかしその金が失われた時に現れたのは不思議な幼児エビーだった。やや教訓物語にも思える構成であるが、そこでもやはり人間としての義務について語られている。
 『 ロモラ(Romola,1862)は15世紀末のフィレンツェを舞台に、盲目の老学者の娘で美貌と美徳を備えたロモラを女主人公に、マキアヴェッリやサヴォナローラなどの歴史上の人物を登場させた歴史小説。
 『 急進主義者フィーリクス・ホールト(Felix Holt, the Radical,1866)は若い過激派が労働者の地位向上に粉骨砕身する姿を描いた。
 『 ミドルマーチ(Middlemarch,1871-2)は、彼女の思想が大成したとも言える大作で、彼女の代表作ともなった。ミドルマーチという架空の町を舞台に繰り広げられる人間ドラマである。舞台の町は彼女が若かりし時を過ごしたコヴェントリーをモデルとしたとされ、女主人公ドロシーアは彼女自身である。理想は空回りし、理解されず、人間として義務の観念に突き動かされて行う自己犠牲的な行為も、誤解され困難にぶつかり、またやったことが裏目に出てしまったりする。しかしどんな時でも前向きで挫折を知らず生き続けるドロテーア。それはエリオットの一つの理想であり、また彼女が到達した思想、「絶望せず、義務を果たし続ける」という人間の生き方を示した。
 『 ダニエル・デロンダDaniel Deronda,1876は最期の長編作品。ユダヤ民族解放運動の中心的人物ダニエルと、自己中心的でプライドが高いグウェンドレンの不幸な結婚生活を描いた。