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ヘンリー・ジェイムズ
(Henry James)
(1843~1916)

略歴

 アメリカ・ニューヨーク出身で、後にイギリスに帰化した作家。同名の父は神秘主義思想家スウェーデンボルイの信奉者の宗教哲学者で、兄のウィリアムはプラグマティズムで有名な哲学者。父の「幼い頃から型にはまった教育を与えるべきではない」という方針で、幼い頃から欧州各国を旅行し、教育はもっぱら正規の学校教育によらず、数人の家庭教師や旅先の私立学校で受けた。この頃の経験が後に作品に活かされることになる。1861年に火事の消火作業中に酷い火傷を負い、結果南北戦争に参加できずに劣等感を抱く。ハーヴァードに入学するも1年で退学し、文筆家の道を歩み始める。最初の作品は1864年に無署名で雑誌に掲載された短篇と書評だった。以後精力的に作品を発表し、新進作家としての地位を固める。1875年には欧州に定住する決意を固め、まずパリに住むが気風が合わず、ロンドンに移住する。この頃から本格的な文学活動に入る。一時劇作に打ち込んだ時期があったが、これは失敗に終わった。ただし、以後の作品には劇作の技法が活かされた。晩年になって祖国であるアメリカが世界大戦に参戦しないことに反発し、イギリス国籍を得るが、その年の暮れに脳卒中と肺炎を患い、翌年72歳で没した。
 その著作は長篇20篇、同未完2篇、中短篇は100篇以上に及び、それ以外にも評論や旅行記などがある。

作品

 ジェイムズの作品は大きく三期に分けられる。