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富裕「唾」


(深々と雪が降る寒空の下
庭に敷き詰められた雪の中を歩いて、暫くして縁側に座る
そんな感じの音をここで出す)




「お久しぶりです ようこそこの素晴らしき現へ
早速商談へと洒落込むのもあるでしょうが ここは一つ
僕の持ってきたお話でも聞いてくださいな
貴方だからこそ、お話したいんですよ?」




「1年ぐらい前のことでしたでしょうか
僕はある刀の価値を 定めて欲しいという依頼を受け
北国の村外れにある鍛冶屋へ 足を運んだのです



思えばこの頃から既に これからの話の顛末は
決まっていたのかもしれません



朴訥とした好々爺が僕に手渡した刀
それは筋のような煌きの中に只ならぬ妖しさを宿した 所謂"妖刀"
彼が欲したのは"売る為の価値"ではなく "処分する為の価値"でした



『神の落とし子』『鬼の化身』
何れ多くを屠るであろう その仔がまず始めに奪ったのは
産みの親である鍛冶屋の命でした



それはそれは 美しい光景でした
狂い咲きした彼岸花を思わせる 壁一面に飛散した紅模様
愛憎を象徴した 壁を一文字に抉った痕跡
"妖刀"は親を替え 未踏の地へと愛を求め姿を消しました




次に僕がその刀を目にしたのは また同じように
"ある刀の価値を定めて欲しい"という依頼を受けた時のことでした



武家の荘園での出来事 酒を盛られ商談は円滑に進み
僕が彼らに提示した刀の価値を 彼らは喜んで承諾してくれました
宴は夜通し続いて あの場にいた誰もが
刀の脅威を酔いに任せて 悦に舞い踊ったのです



翌日に再び悲劇が起こったことは 言うまでもないでしょう
ただ変わっていたところといえば 飛沫(しぶき)の模様が
雪のような斑点に変わっていたこと 被害者の数が5人に増えていたこと
僕の悲劇に対する視線が変わっていたこと
小さな痛みを孕んだ秋風に乗って 刀は再び姿を消しました




悲劇は無常な輪廻性を 何時でも無力な僕らに絡ませて
そんな僕らを付け句に見立て 雅に歌会を嗜んでいるのでしょう




三度目となると最早 邂逅と呼ぶには恐れ多く
出会いから悲劇までの経緯を 覚えるだけ無駄だと悟った僕は
その一晩を寝ずに 刀の前で夜を共に過ごすことにしたのです



結果から言えば 悲劇は呆気なく訪れました
そして今までの悲劇を犯した<罪人>も 僕にハッキリと認識できたのです
幽玄でいて 刹那に見える刀の閃きと同じ色を目に宿し
愛を求め愛欲に溺れ 愛憎に染まる声色を持つ<罪人> 
その<罪人>が誰かに何かを口にしようとした瞬間
悲劇は幕を開け 僕の両瞼は世界を拒みました




眉唾物な話かもしれません 胡散臭い話かもしれません
ですが僕は覚えていたいのです 罪人が望んだ愛、妖刀の望んだ愛を
誰一人として愛せなかった 妖刀『紫陽花』
<僕の右腕(ぼく)>に残された痕は きっと『紫陽花』の愛の証明



ですがもう『紫陽花』との再会は 叶わないことでしょう
誰かの漆塗りの<鞘(ゆりかご)>の中で ゆらりゆらりと夢を見て
春のまどろむ意識の向こう側で 嗚呼…僕は『紫陽花(あの仔)』にこう囁きたい



『ようこそ この素晴らしくも反吐に溢れた現へ』と…




ハハハ 愛とかそういうものに 価値を付けること自体愚行ですよね
ですから貴方が僕に持ってきた
その<血染めの織物(依頼品)>に纏わるお話でもあれば
是非とも聞かせて欲しいのです 夢売りさん……。」




(木の枝に積もった雪が崩れ落ち、
また深々と雪が降り続ける様子を音で流し終了)