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MG「ククク・・・お前等だけ幸せにしてたまるか。」
*SAMURAI DEEPER WAGASHI ◆qwglOGQwIk
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別に深い意味は無かったが、一人で歩きたい気分だった。
ロンドンのホテルを出た俺が歩いた先は、いつも夢見ていた上天に存在するそれ。
ウィンブルドン選手権のオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブがそこにはあった。
下克上を続けてきたロードの果てがそこには見える。
テニス界の天下、グランドスラムはもう手の届く所にあった。
「あれから7年か……」
ふとした感傷に襲われた俺は、目を瞑って頭の奥の奥へとその意識をめぐらせる。
今でも昨日の事のように鮮明に思い出せる、あの糞ッタレな殺し合いのこと。
無力感、高揚感、喪失感、色々な出会いと別れがあそこにはあった。
今ではそんな出来事があったことなど、信じられないほど世界は穏やかだ。
幻想郷から氷帝学園に帰ってきたときもそうだった。
一週間ほど俺は行方不明として捜索され、不思議な事にひょっこりとテニスコートに帰ってきたということになった。
氷帝のみんなや監督からはどこへ行ってたんだとしつこく言われたが、説明して分かってもらえる話ではないため、適当に誤魔化した。
ただ、青学の越前リョーマの失踪はあの時も、今でも解決したりはしなかった。
越前リョーマの失踪と、その結末は誰にも話してはいない。
それでも、越前の関係者は日吉若の不思議な失踪と関係があるのではないか、と噂された事はあった。
この世界に返ってきてからも、やることはいつもと同じ下克上だった。
少しだけ違うのは、氷帝の皆とのチームワークを意識し始めた事だ。
殺し合いに参加する前の氷帝は、下を見れば虎視眈々と突き上げを狙う弱者、上を見れば倒してぶっ潰す強者にしか見えなかった。
でも上から下を目指す事、仲間と力を合わせることに矛盾は無いと気が付かされたのは、もうこの世界には居ない仲間達のお陰だ。
6年前の全国大会優勝を掴みとる事が出来たのは、あの仲間達から教えてもらった絆があるからだった。
跡部さんから受け継いだ氷帝の名に恥じない男に、俺は成れたのだろうか。
この7年間ひたすら下克上を続け、青学や立海大学附属中、激闘を繰り広げたかつてのライバルを追い越し、今俺はここにいる。
ここまで来るのに長い時間が掛かった、何度も負けて悔しい思いをした。
沢山の勝負と敗北があった。
悔しさが今でも募るのは、デブ助野郎、TASの野郎との戦いだった。
どうやっても勝てなかったあいつらはもういない。勝負を挑む事さえできない。
それがとても悔しい、永遠に奴らには勝てないと言われているようで。
やよいも、亜美も救えなかった。
この世界に765プロという芸能プロダクションは無かった、だから俺は懺悔する事さえできないのだ。
そんな不甲斐ない俺に手向けの下克上が出来るとしたら、テニスの世界で頂点に立つことだけ。
昔の事を思い出すのはそれきりで止めた。
感傷に浸るのはまだまだ早い。
ウィンブルドンに勝ったからといって終わりではない。ここはあくまで四大大会の一角に過ぎないのだ。
あの時持ち帰ったTENINU-RAKETTOの感触を確かめながら、体を温めるべくウォーミングアップをすることにした。
ウォーミングアップ専用のコートに到着した俺はラケットを取り出し、いつものフォームを構える。
世界各国からやってきた強豪、最強のライバル達もそこにいた。
日本からは俺一人だけがシングルスで参加するため、知り合いは他には居ないはずだ。
なのだが、他の選手の繰り出す素振りの音でよく聞こえなかったせいか、俺の周りに人だかりが出来ている事に気が付いた。
「ん……?」
『おやおや珍しい、日本人が居るぜ』
『本当だ、日本人がいるとは珍しい事があるもんだぜ』
『坊主、ここはウィンブルドン参加者専用だぜ。もしあんたが練習したいならあっちに行くといい』
ドイツのフリードリヒ・クライチェク、ロシアのボリス・フェデラー、フランスのジャン・コシェだ。
『へっ、日本人がそんなに珍しいのかよ』
『中々お目にかかれないからな、よろしく日本人』
『……俺は日本代表の日吉若だ』
『よろしくな、日本人』
『いい勝負が出来る事を祈ってるぜ、日本人』
こいつら、名乗ったのにあえてそう呼ぶつもりか……。
『へっ、人のことを舐めてると痛い目にあうぜ』
『言うだけなら何とでもいえるさ、そこまで言うなら昔のサムライナンジロウだっけか? 当然そいつより上なんだろうな』
『当然だ』
ぴしゃりと言い放つ。
奴らの反応は冷淡だ、できっこないと、そう言っている様に見える。
『おやおや、紳士ならば人のコートで絡むのは止めて欲しいね』
『日本人の次は万年二位のミカエルかよ、こいつは愉快だぜ』
俺の後ろから現れたのはイギリスからの代表選手、ミカエル・ドハティーだった。
二位というキーワードを耳にしたミカエルの体が一瞬ぴくりと震える。
『……いくら珍しいからといって、同じ代表選手を苛めるのは紳士として見過ごせないね』
『ふん、俺達はサムライの国のライバルをちょっと拝みに来ただけだぜ、心外だな』
『そうだぜミカエルさん、優勝しないあんたと違って、日本人は優勝する可能性があるからな』
『言うだけ言えばいいさ、ウィンブルドン現象? そんな呪いはこの僕が打ち破ってやるさ』
『ハハハ、楽しみにしてるよ』
『決勝戦で会えるといいな』
『もちろん、優勝は私ジャンが頂くつもりですよ』
小競り合いにミカエルが介入してきて少しの時間がたち、アナウンスが聞こえ始めた。
男子シングルスの一回戦第一試合が始まるので、指定の場所に集まるようにといっていた。
『それじゃあ俺は第一試合があるから行かせて貰うぜ』
『僕も試合があるので行きますか。それとせいぜい頑張りなさいな、熊五郎さん』
『決勝戦で会えるといいな、カエル野郎』
そういってボリスとジャンの野郎は試合会場へと向かった。
フリードリヒの野郎もウォーミングアップした体が冷めちゃ困るといった事をいい、再びウォーミングアップに戻った。
『それじゃあ僕らも試合だし準備するか』
『そうだな』
『決勝で会えることを祈ってるよ、日本人』
『へっ、日吉若って名前を覚えとけ、覚えられなくても一生忘れられないようにしてやるぜ』
俺はミカエルの奴に一瞥すると、試合に向かった。
◆ ◆ ◆
『ゲームセット! ウォンバイ、ワカシ・ヒヨシ!』
『嘘だろ……、俺のグランドクロススマッシュが負けた……?』
『パワーだけじゃ勝てないんだよ、クマ助野郎』
一回戦を突破し、二回戦で当たったボリスの野郎をぶちのめした。
さすがに大口叩くだけあってボリスは強かったが、それで負けるほど俺も弱くなかったのだ。
あの地獄の戦いで獲得した天衣無縫、それを更に磨き上げた俺に負けなんて無い。
『ワカシ・ヒヨシ! 次は負けないからなッ!!!』
『へっ……』
TENINU-RAKETTOを肩に、流した汗をクールダウンしながらボリスに言い直る。
『次も、次の次だって俺は負けるつもりはねぇ!』
三回戦、四回戦、準々決勝も順調に突破する。
準決勝でフリードリヒを打ち破り、ついに決勝まで駒を進める。
準決勝を突破した俺は、決勝で当たる相手の顔を拝む事にした。
準決勝のコートはジャンとミカエルの奴が居た。
スコアは最終セットのタイブレーク、このセットで勝負が決まる。
『くらえ、スーパーノヴァ!』
ジャンの野郎が天空に打ち上げられたテニスボールの上空に飛びかかり、ほぼ直滑降でスマッシュを打ち出す。
打ち出されたテニスボールは青白く光り、まるで流星のようにコートへと突き刺さる。
ミカエルがボールを迎撃するも、テニスラケットにぶち当たったテニスボールは唸りを上げ、世界を閃光で支配する。
観客席側にはバリアが張られているため、KIを展開して防御する必要は無い。
ミカエルはその場から消えてなくなったかと思ったが、辛うじて残っていたライトスタンドに捕まっており、テニスコートに無事戻る事ができた。
『40-40!』
テニスコートの整備が行われ、審判が現在のスコアを宣誓する。
どうやらデュースに持ち込まれたようだ。
リードしていたミカエルとしては、苦しい展開になった。
『これでもう一本取れば私の勝ちだ』
『……やるね』
コートへと戻ってきたミカエルが不敵に呟く。
『……あの技を出すしかないか』
審判に促され、ミカエルはサーブの体勢に入る。
『……パックス・ブリタニカ』
ミカエルがサーブを打ち出した。
スピードはあるものの、それ自体は大したことはない。
だが、何かがおかしい。
『ふん、何も起こらないではないとはハッタリか。
これで止めを刺してやる、メギドフレイム!』
ジャンがサーブを打ち返す、球威はあるが特筆するような威力ではない。
何かおかしいのは当事者のジャンも気が付いていて、ミカエルは何かを確実にやった。
『ロイヤル・フリート』
ミカエルの後ろに、いやコートに海が見えた。
その後ろにはありとあらゆる種類の船が見えた。
博物館に展示されているような帆船から、最新型の原子力空母までそこには揃っていた。
それは大英帝国の栄光を支えた、ロイヤルネイビーの艦船達だった。
ミカエルの打ち返しに合わせて、船たちは一斉砲撃を行う。
大量の砲弾、ミサイル、空母艦載機の爆撃が一斉に襲い掛かる。
『畜生おおおおおおおおお!』
それで全ての決着は付いた。
ジャンは立ってこそいたが、勝負は既についていた。
『ゲームセット! ウォンバイ、ミカエル・ドハティー!』
優雅にその場から去るミカエルに、声をかける。
『最後の最後に、面白いもん見せてくれるじゃないか』
『君には勿体無い代物さ、あれは出すつもりの無かった技だ』
『あの技がどんなものだろうが、俺は優勝を譲る気は無い』
『当然、僕も譲る気は無いよ、日本人』
それで会話は終わった。
久々にワクワクした。正体も見えない、まるで勝てる気のしない相手。
そんな相手と勝負が出来る、勝てる。それを考えるだけで気分が高揚する。
下克上の頂点に相応しい相手が、そこにいた。
◆ ◆ ◆
『男子シングルス決勝、日本のワカシ・ヒヨシ対イギリスのミカエル・ドハティー。
スリーセットオブマッチ。サービスプレイ、ワカシ・ヒヨシ!』
『これが俺の下克上だッ!』
俺は天衣無縫を全開にし、全力でサーブを打ち出す。
超高速サーブをミカエルはギリギリラケットの端で捕らえるが、俺のサーブの威力に流されてラケットを落とす。
『15-0!』
『やるな……、ワカシ・ヒヨシ』
『人のことを舐めてるからこういう目に会うんだよ』
『さすがに決勝にだけ残ってきただけはある。……だがこれでどうだ、パックス・ブリタニカ!』
嫌な感じが俺の周りにまとわり付く。
その正体はまったく掴めない。だが考えても分からない、俺はもう一度サーブを打ち出した。
だが、そこで始めて俺は異変に気が付いた。
天衣無縫が、消えた……?
『ロイヤル・フリート』
ジャンとの試合で繰り出されたあの大艦隊が襲い掛かる。
その一撃を捕らえる事さえできず、俺は天空に打ち上げられる。
ロンドンの市街地が真下に広がったかと思えば、その瞬間がくんと体が下へ向かって降下し始めた。
飛び上がったものは、必ず地面へと戻る。
俺は思い切り地面に叩きつけられ、体中に痛みを感じながらもコートへと戻る。
『15-15!』
『まぁ、これが実力の差という奴さ』
『ふん、種は分かったぜ。俺の天衣無縫をこれで封じたと思ってるのか?』
『テンイムホウ? まぁいい、君のギフトはもう効果を及ぼさない、それで勝てると思っているのかな』
『勝てるさ』
ミカエルは一切手を抜かない。
俺は必死に玉を追う、しかしそれは届かない。
天衣無縫も、KIも封じられた俺とミカエルの差は圧倒的。
奴のロイヤルフリート無しでも、勝負にならない。
おまけに奴は技を沢山繰り出しているのにも関わらず、まったく疲弊していない。
結局2セット目まで手も足も出ない完封、3セット目も0-5と完全に追い詰められていた。
『それにしてもしぶといね、そろそろ負けを認めたらどうだい』
「認めねえ、絶対認めねぇ……」
『何を言ってるんだい?』
「あいつらが残してくれた、あいつらが教えてくれた天衣無縫が、下克上がここで負けたりはしねぇえええええええッッッ!!!」
今一度ありったけのKIも完全に全開にして、天衣無縫の極みへ!
『何だと!?』
『うぉおおおおお!!!!!』
無駄ではないと感づいていた。
ミカエルのパックス・ブリタニカとはミカエル自身のKIをコート全体に展開し、相手のKIさえも包み込んで吸収する技。
そこでKIを全開にしても、パックス・ブリタニカにKIを吸い取られるというわけだ。
だが、そのKIをいつまでも込め続ければどうなる? 答えは簡単、耐え切れなくなったミカエルのパックス・ブリタニカは風船のように弾けるッ!
パックス・ブリタニカが解除された事に驚いたミカエルは俺の一撃に耐え切れず、再び得点を許してしまう。
『15-40!』
『どうだッ!』
『ゲコクジョーのワカシ・ヒヨシか。その名前、覚えておこう。
だが僕も、ここで負けるわけには絶対にいかないんだッ!』
『俺も、絶対負けないぜ、ミカエル』
ミカエルと俺が、同時に笑みを漏らす。
今ここで俺とあいつは勝負を純粋に楽しんでいた。
あの時チビ助から教えて貰った、譲り受けて貰ったテニスの楽しさを噛み締めている。
『ヒヨシ、今一度僕の全力で勝負させてもらうッ!
いくぞ……』
『毎度毎度、芸が足りないね。いくぜ、これが俺の……』
『ロイヤル・フリートッ!!!』
「下克上!」
――かつてサムライという男が居た。世界のテニス界に名を残した越前南次郎という男が。
その越前南次郎という男に続き、"下克上のヒヨシ"という男が世界を騒がせた。
これは日吉若がグランドスラムを達成する、その始めの一歩。
『ゲームセット! ウォンバイ、ワカシ・ヒヨシ!』
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