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MG「ククク・・・お前等だけ幸せにしてたまるか。」
*木菟咆哮 ◆wC9C3Zbq2k (非登録タグ) [[パロロワ]] [[ニコニコ動画バトルロワイアル]] [[エピローグ]] ---- 事件から数週間後の夜。 今やつかさの避難場所となりつつある姉の自室で、彼女は明かりもつけずにうなだれる。 親友や姉の死を嘘で飾りたくないという強く決心したというのに、体は疲れきっていた。 確かに決意は貫き通した。 両親。家族よりも帰還後数日は拘束時間が遥かに長かった警察。不本意ながら長期間通わされることになった国立病院の医師。未解決事件でありまた未成年でもあることから報道規制がかかっていたはずのマスコミの突撃取材。 誰に聞かれても女子高生三人が失踪した事件の、真実だけを語った。 ただし要約すると、こういうことになる。 「宇宙人によって、異世界から集められた人々と、殺し合いをさせられました」 ほとんどの人にすぐには信じてもらえないだろうなという漠然とした予感はあった。 だがその結果は覚悟していたよりもずっと苦い、憐憫と嘲笑にあふれるものだった。 好意的な人々でさえ「親友と姉を失ったショックで記憶を閉ざしてしまった少女」と彼女を労わり、そうでない人々は「記憶もおかしくなるほど輪姦され、姉すら見殺しにして一人だけ逃げ延びた中古品」としてはやしたてた。 世間の見方では、悲惨な殺し合いの宴などどこにも起こっておらず……女子高生三人が誘拐され一人がボロボロになって戻ってきて残りは行方不明。ただそれだけの事件なのだ。 つかさの見てきた限りでは、精神科医ですら―――信じるフリしかしてくれなかった。 この人ならもしかしてという期待が消えていくのは何度経験しても慣れられるものではない。くじけそうになるたびに自分を励まし続けた。 (私は生き残ったんだからこんなところで負けちゃダメ。でも……) 蔑みの視線どころか、哀れみの視線すら、痛かった。 両親も反応を見る限りつかさの言うことを全く信じないというわけではないが、絵空事であるという前提で話を聞く。 それどころか、普通に通学できるようになった今でも追求すればそれだけ苦しめることになると思っているのかもう触れないようにしている。 もう一人の娘がどこかで殺されたという事実を実感したくないという思いもあるのかもしれないが、実の親からすらそんな態度を見せられ続けるのはとても寂しいものだった。 こなたの父、惣二郎おじさんを最後に見たときのことを思い出す。 たった一人の家族を失った悲しみでつかさに暴言を吐き続けたあの姿。 そんな夢みたいな話で娘が死んだといわれて納得できるかと言って泣きながらつかさに掴みかかろうとして、周囲に羽交い絞めにされながら連れて行かれたおじさん。 あれが本当におじさんなのかと思うほど、その髭は濃く、眼は血走っていた。 「あれが『親』としての本音だよね……」 かがみがいない辛さを両親はつかさにだけは見せまいと懸命に抑えている。鈍感といわれるつかさでもはっきりわかるほどそれは空気に現れていた。かといって何ができるのか。 「おじさんと会っても傷つけることにしかならないってのいうのは難しいよね。どうしようかこなちゃん」 返事などどこからもこない、ただの独り言。 本当のことを告げても、こなた父の「そんなはずはない」という理性と「そうあってほしくない」という感情が全てを覆い隠してしまい、自分の声は彼の心をズタズタに切り裂くだけで何の良い結果ももたらせそうにない。 だからといってどうすればいいというのか。彼の常識に合わせた嘘の死因を語るか? そんな優しさは余計に残酷なだけだとつかさは思った。 父子家庭で育てた一人娘。どれほど愛されて育ったかはこなたと過ごしてきた時間がグループ四人の中で一番長いつもりなだけに良く知っている。 そんな彼女の本当の最期を、父親である彼にだけは否定したままでいてほしくないと思っている。 時が過ぎ、お互いが冷静に話し合える。そんな時が早く来てほしかった。 そのほかにも、白石なんとかという家族が社務所へ来たと記憶している。全然関心のなかったクラスメイトの男子も一人、同時期に失踪していたということらしい。 名簿が残っていれば確認もできたろうけれど、荷物はいらないと言ってしまっていた。 魔法のアイテムや超技術の結晶。そして各種現実兵器。 持ち帰れば世界の常識を激変させ、科学の世界から経済界まで全てに影響を与えてしまうかもしれない代物だってあると念を押されたせいもあるが…… 単純にそれが、そこにあるだけで自身の罪と強制的に向かい合い続けさせられる拷問道具に見えて、積極的になれなかったこともまた事実だ。 結局火事場泥棒的なことをしていたデジモンが持っていた、姉の形見になるものだけをもらって帰った。 「ちゃんとしたものを持って帰ってたら、私の話もちゃんと聞いてもらえたのかな?」 すでにわかっている。答えは否。 地雷や拳銃を扱った跡が僅かだとしてもこの身に残っていたはずなのに、警察はそれでもつかさの話を実際にあったことと決して認めようとはしなかった。 Fooさんの笛か何かが手元にあり、それを証拠として実演してみせたとしても押収され「似た形のもの」を返却されるのが関の山だろう。 人々の理解を遥かに超えるものは、混乱を招くもととされなかったことにされる。そうすることで今の平和な世界が維持されているのだと気付くことができた。 だから手元に名簿はないし、つかさの記憶を辿ってもあの場にそんな男子がいた覚えはない。 一挙手一投足を心配そうに見つめる白石夫妻に、たぶん彼はあの場にいなかったと伝えた。 二人は私が語る世界観に当惑しながらも理解できた部分だけを受け止め、だとしたら無関係なただの家出かもしれないと少し安堵した様子でそのまま帰っていった。 彼らの話では、芸能界に所属していると数日間ふっといなくなることもそう珍しくない、たまにあることらしい。 それはそれで怖いなと、少しだけ思った。 不意に寒気がしたので、学校でも使っているミニ毛布を膝にかける。 「学校って、昔は遊んでられる場所だと勝手に思ってたのに」 警察や病院と家を往復する毎日がしばらく続き、戻ってきた学校でも皆がそれを知っているため教室内はいつも少し居辛い雰囲気が漂っていた。 けれど、転校したらどうかという両親のそこはかとない示唆は頑として断った。 まだ、二人がいた証を残すことの一歩目しか踏み出せていない。 電波な人になってしまった思われてしまったのか、まだ基本的に周りは遠巻きに心配そうな態度を取るだけ。例えるなら人間扱いだけはしてもらえる珍獣。 全部聞こえてるんだよと言ってしまいたくなるほど、復学当初から耳に入り続けていたひそひそ声の内容は醜悪な好奇心に溢れていた。 もちろん本当にただ心配してくれた人も大勢いるだろう。 だが、そんな人は逆に傷つけることを怖れ、躊躇い、その声が正面からつかさに届くことはまずない。 結果届くことがあるのは無自覚な悪意と、勘違い気味な独りよがりの善意のどちらかだけ。 こなたと姉はノヴァに作られたあの世界で死んだ。けれど、確かにそうであるとつかさが提示できる証拠など何もない。つまりどんな推測でも成り立つ。 的外れな糾弾や不謹慎な推理は当然あるものとして我慢するつもりだったし、できるつもりだった。 けれど、二人を見捨てて逃げ出したと思われることまでは許せても、全て狂言で二人を殺したのはつかさではないかという説まで囁かれていたときには歯を食いしばり続けても涙を止められず、顔を伏せるしかなかった。 その逆も当然あった。現実逃避なんてやめて本当のことを思い出せるようもっと頑張ればいいのにという間接的な声援。うんざりするほど多かった。 それを優しいのだ、善意で言っているのだと強く頭で念じても、実際に経験してきたこと全てを無駄だと言われているようで、どちらにしても物悲しさは増すばかりだった。 はっと気付いて背筋を伸ばす。姉の部屋で落ち込んでばかりでどうするというのだ。 悪いことだけではなかったはずだ。 「うん。お姉ちゃんも私も、友達には恵まれてたかもしれない」 表立っては話しかけにくそうに一定の距離を置いていたのに、久々に開いたパソコンの中には親身なメールが毎日のように届いていた黒井先生。 さすがにネットゲームにまで繋いで話しかけてみようとは思わなかったが、先生の接し方への迷いや優しさは充分感じることができた。 さらに、異世界の話を妄想扱いこそすれど、興味深く聞いた上で毎日のように「柊妹~」とそこにおかしな点がないか探して質問しに来る日下部さん。 正直邪魔だと思うことのほうが多かったけれど、その更にお友達の峰岸さんがあの行動にもちゃんと意味があることを教えてくれた。 「ごめんねつかささん。あの子がお姉さんがもういないということをちゃんと理解できるよう、長引かせないようにするから付き合ってあげてくれないかな?」 「そっか、そうだよね。『はいそうですか』で納得できるものじゃないもんね」 骨もないお葬式。行方不明扱いなのに執り行ったのは、たぶんつかさの精神がこれ以上不安定にならないよう考慮した結果。親族の中にも死亡したと信じられずにいる者は間違いなくいる。 「ま、それだけじゃないけど」 そのときすぐ追求できたのは、上出来だったと今でも思う。 「他にも……理由があるの? 教えてほしいなー」 「あ、あらら。どうしましょ。みさおには絶対言っちゃダメですよ?」 峰岸さんことあやのが言うには、みさおは親友のかがみがいないだけでなくその妹のつかさまでもが、今にもいなくなりそうな雰囲気を纏っていることが不安でしょうがなかったのだという。 周囲から孤立気味で、積極的に話す事があるとすればそれは常識とはかけ離れた異世界でのことが殆ど。どこかへ行ってしまった柊姉のためにやれることがあるとすれば、そんな少女を妄想から現実に引き戻すこと。 それだけなら不愉快な善意の押し付けだったのだろうが、彼女はつかさの体験をおかしいと思ったところ以外は全て肯定した。逆に言えば、矛盾探しに全力を注いでいた。 妄想なら必ず綻びが出るし、そうでないなら真実として受け止めるつもりでいたという。 「あいつにいま一番しちゃいけないのは放っておくことだじぇ! あたしはあいつの言うことを信じたくないからできるだけ常識的な話に収めたいけど、違う結果になっても必ず納得してやるんだ!」 あやのの話をそこまで聞いて、つかさは姉がどれだけ好かれていたか再確認できたことが嬉しくて、彼女の目の前で泣きそうになった。 日下部みさおが柊かがみの死を受け入れるにはまだ時間がかかるかもしれない。 けれど、時間くらいかかったっていいと思った。否定したい気持ちの強さは、それだけ深い友情があったということでもあるとあのとき理解できたから。 両親もその点では同じだ。かがみの死を信じ切れない気持ちと生き残った妹の必死の訴えを否定したくないという二つの気持ちで揺れ、まだ憔悴し回復しきれていないままだ。 今なら一緒にDVDを見るためにみゆきを家に連れてきたときの母の異常な態度もわかる。友達付き合いできる子がちゃんといてくれたことを喜んでいたのだ。 そう、心配され通しだがつかさは決して孤立していたつもりはない。 特に校内では、いつも目に届く位置に彼女がいてくれた。 四人グループの中で唯一向こうに連れて行かれなかった、高良みゆきが。 「あー。ゆきちゃんには悪いことしちゃったなあ……」 話を真面目に聞いてくれたのは精神科医を始めとして何人もいるが、みゆきだけが一切の疑いを捨ててつかさの話が全て本当であることを検証しようとしてくれた。 逆に言えば孤立無援ではないだけでそれとたいして変わらない状態なのだが、これはきっと気が沈みかねないので深く考えるべきではないだろう。 なんでもみゆきは『レイジングハート』や『セイバー』に聞き覚えがあり、深夜アニメなど一切興味のないつかさがどうしてその魔法の杖を語ることができるのかという点を知りたくなったのだそうだ。 「非常に興味深いといえます。桐箪笥の文化的な重みよりも上かもしれません」 なのに、つかさの話を仔細に聞いて彼女が最初にレンタルビデオ屋で借りてきたアニメを見て、 吐いた。 最初の五分で限界だった。 タイトルは『涼宮ハルヒの憂鬱』。 つかさは基本的に興味のないことを聞き流すので覚えていなかったが、こなたも観ていて学校で朝にこのアニメについて話していたことが何度もあったという。 そんなことまで逐一記憶しているこの完璧超人は何者なのかという疑問がそのときつかさにもよぎったが、自分のことで精一杯で追求はできなかった。 吐いたあともしばらくは激しく咳込み、ようやくそれが収まってからつかさはみゆきに訊ねた。 「こなちゃんは知ってたのかな。ハルヒのこと」 「いいえ、おそらく気付くことはできなかったでしょう」 たとえ相手がアニメ風に描かれていたとしても、それを見るのはあまりに苦痛で――― 見かねたみゆきが一時停止で谷口が出てくるシーンだけ見せ、それをつかさが谷口であると断定したところでこのDVDは返却されることになった。 「急ぎすぎてはいけませんね。つかささんはまだ決して回復してはいません」 「そんなことない……なんて言えないよね。強くなくてごめんなさい」 「それがいけないって言ってるんですよ」 直後。髪の香りが広がって、そのまま四半刻黙って抱きかかえられることになった。 柔らかい。というか後頭部に当たる感覚が、でかい。同い年でこれは絶対反則。 けれど、それも心地良い。その優しさについ甘えてしまう。 「人殺しのあたしが言っちゃいけないことなんだろうけど、ハルヒ……だけは許せそうにないや。どうすればいいのかな?」 「つかささんは伝説の聖女などではなく人間です。許したくなければ憎み続けたっていいじゃないですか。誰もそれを止めはしません」 「そんなこと言われたの、初めてだよ」 呆気に取られるつかさに、みゆきはこう告げた。 「人の心はとても脆く弱いものだと言われています。お医者様たちがつかささんのことを、知覚障害を起こしたと誤認したのも至極まっとうなことなんですよ。 そんな目に遭っていれば心も壊れかけて、あんな立派な態度は到底示せないのが普通なんですから」 「でも私、まだ強くない。弱いままでいいっていうのは、甘えじゃないの?」 「強くないといけないなんて強迫観念のほうがよほど害悪です。理想を追うことは決して悪いことではありませんが、人はそんなに都合のいいようにはできていません」 ましてやつかささんなんですからと最後に言われた気もしたけれど、気にならなかった。 何週間もずっと張り詰めたままだった緊張の糸が、裂ける寸前でようやく緩んだとでも形容すべきなのだろうか。身体じゅうの力が抜けていった気がした。 「ありがとゆきちゃん。それから……ごめん」 謝罪は折角持ってきてもらった映像記録を直視できずに吐いたことに。あれはどうみても好意を無駄にする行為。 「いいんですよ。もっと刺激の少ないものを用意しなかった私の責任です」 本当は一緒に見るなら、天海春香という名前だけれど特徴が少しかみ合わない実在のアイドルの登場するネット配信番組「なんでもたべます」を先にするべきなのかなと思っていたらしい。 けれど、まず確証が得たいと思っていたから一番効果的なはずのハルヒを選んでしまったとひどく後悔していた。悪いのはつかさだというのに。 そのあとその春香ちゃんを今からでも見たいと言ったらまた気ばかりが急きすぎだと窘められ、来週見る約束をしてみゆきは帰っていった。 天海春香。この世界に生きている別の彼女がいるのかもしれないと思うと、胸が熱くなる。 深夜の静けさの中、つかさは机に肘を立てて記憶の中の彼女を想った。 この世界の春香は、つかさのことなんて知らないだろう。それでも応援したいと。 あと、せめてあれよりは歌が上手いだろうかと。 もう両親も寝静まった頃だろう。これ以上夜更かしをすると明日に差し支えるので自分の部屋へ戻ろうとする。その時。 「ごきげんよう。貴女にとっては数週間ぶりかしら?」 机の影。薄闇の中から、女の子の声がした。 「……紫ちゃん?」 「ちゃん付けされると嬉しいものですわね」 長身の少女がスキマからせり上がり、つかさを見下ろす。元から背が高いのにその上床から数センチ浮いているのはちょっとずるいとつかさは思った。 彼女は八雲紫。あのとき霊夢を探しにやってきた、妖怪の賢者。 「おひさしぶりです……なのかな。あんまりそんな気がしないや」 「時の流れは己の生き方次第で緩やかにもなれば激しくもなるもの。慌しい日々を過ごしてきたようね」 「うん、自分でもそう思う」 つかさが本当のことしか言わなかったせいで、逆にこなたや姉の死を中々みんなに信じてもらえなくなった。あのときのことは反省点も多いが、あれくらい頑張っていなければお葬式すらまだだったかもしれない。 家族に警察にマスコミに病院の先生。その全てに妥協せずに自分の体験を伝えてきた。 言ったことの半分も届かない相手なら、三倍伝える。信じてもらえたかどうかという基準で考えれば決してそれは成功とはいえないが、それでもつかさなりに精一杯やったつもりだ。 「そうだ、霊夢ちゃんは元気?」 「あれは患いに敬遠される規格外の人間。昨日はどこで覚えたのか『升符:森羅万焼』なんてスペルカードを使っていたわ。話を聞かない者同士は相性がいいのね。待っていれば子供も生まれるのかしら」 誰となのかが少し気になったけれど、元気ならばそれでいい。 霊夢も魔理沙という人を始め多くの知人を喪っている。それをあとになって実感しだしたときに立ち直れなくならないかどうか。それが心配だったのだ。 それぞれの世界。それぞれが、悩み、傷つき、それでも希望を見つけて生きていく。元気でさえあればきっと少しずつでも歩んでいける。 「そうそう、本題がまだだったわね。少しは落ち着いたようだし迎えに来たの。あなたもおとなしく招待されなさい」 「宴会……だったっけ。あたし未成年だしお酒はちょっと」 「酔うための資格に年齢など無関係。必要なのは和みの精神よ」 普通の人ならお酒以外もあるよとかウーロン茶でいいじゃないと言いそうなところなのに、あきらかに飲ませるつもりの発言。住んでる世界が違うと常識も違うものなのかとつかさは苦笑する。 けれど、未成年だからとかアルコールが苦手とかなんてことは関係ない。 稚拙な言い訳が通じそうにない相手な以上、きっと彼女たちの世界……幻想郷そのものに行きたくないと伝えなければいけないのだから。 慎重に、大妖怪らしい彼女の機嫌を損ねないよう、言葉を選びながら告げる。 「それとね? 行くの、不安なんだ。別の世界から戻ってくる方法って私知らないし。紫ちゃんが交通事故に遭ったり神隠しに遭ったりしたら帰れない気がして。えっとね……」 宇宙旅行なども例に出して、帰れなければ困ること、交通手段が彼女そのものしかないことのリスクを説明したが、彼女はそれを一笑に付す。 そこで認識のズレを感じた。自由に境界を行き来する彼女に、違う世界へとり残される恐怖はわからないのかもしれないと思わせるほどの。 「神隠し? ……ふふっ。ごめんなさいね笑ってしまって」 彼女は微笑みを隠さない。神隠しはする側であってされる側ではないという余裕だろうか。 けれど、それは傲慢。それがわかったなら、もう遠慮しない。そうつかさは決断する。 「だめだよ」 「?」 「紫ちゃんはあたしを幻想郷から帰したくないと思ってる可能性があるもの。その疑念が消えない限り、紫ちゃんに同行することはできないな」 確証はなかったけれど、たぶん間違いない。 霊夢が話していたことが全部本当なら、目の前の妖怪は幻想郷の守り部であり、大結界の要である彼女を隔絶した世界である幻想郷に閉じ込める役割であるはずの人。 だから、霊夢がさらわれたことに気付くのが遅れたことに焦りを覚えていないとおかしい。 「不安なんだよね? 結界維持のために霊夢ちゃんは絶対離さないつもりでいたのに、あんなに簡単にさらわれちゃったんだもん。当然だよね」 目の前の彼女が、初めて辛そうな顔をした。 「ごめんなさい、貴女の言っていることがよくわからないの。何が言いたいのかしら」 「霊夢ちゃんがいなくなったときのための予備が紫ちゃんには必要で、それがあたしかもしれないから嫌だって言ってるんだよ」 博麗大結界というもので秩序が保たれていて、当代の巫女である霊夢がいなくなればそれを維持できる跡継ぎはもういない。 できるかどうかは定かではないが、代役として結界破壊の経験のある巫女に控えとして白羽の矢が立てられることは想像に難くなかった。 「そんな……ひどいですわ」 「えっとね。最初に幻想郷に着いたとき霊夢ちゃんみんなにこう言ったの。『いつものと間違えて妖怪に喰われるかもしれないから一人では出歩くな』って。しばらく考えたよ」 これを言っていいのだろうか。そんな逡巡は即座に切り捨てた。 「いつも紫ちゃんが『たべもの』を連れてきてるってことじゃない」 奴隷貿易どころではない差別を幻想郷の中の妖怪だけでなくそこに住む霊夢のような人間も当たり前のこととして受け入れているという仮定には頭がクラクラしたが、それ以外に解釈のしようがなかった。 外の世界の人間なら妖怪の餌になっても仕方がないという異常が、あちらの常識。 「樹海を彷徨っているようなのばかり連れて来ているつもりだけれど、潔癖症なのね。人食い妖怪には生きる資格がないから餓死しろとでも言いたいのかしら」 「違うよ。あなたがあなたの箱庭をどうしたいと思ってようと、関わる気がないって言ってる。信用できない人にはついていかないって、小学生でも習うよね?」 帰さないと言われてしまれば帰る手段はないのだ。ここで自分までいなくなれば父や母をどれほど悲しませることになるだろうか。 家族や友達に愛されている自覚はあるし、もちろん自分だってそんな皆が大好きだ。甘い判断で一生を棒に振るようなことはできない。 霊夢が仲間だったからといってその近しい人物まで無条件に仲間だと思えるほど、つかさは朴訥にはなれそうになかった。 最後まで仲間である自分を信じようとしてくれたおじいちゃんの姿を見てきただけに尚更だ。 あきれたような顔をして頬を指でなぞりながら紫は告げる。 「ただの人間にそこまで虚仮にされるなんて、まさか本当に歳なのかしら……」 よそでも何か言われたのか、年齢に不安があるようだ。 だがそんなことはつかさには関係ない。力で敵う筈のない大妖怪にノーを突きつけたプレッシャーに潰されないよう、笑顔を常に意識しながら返事をする。 大物だからこそ弱者である自分にここで実力行使はまずないと信じてはいるが、それでも気を緩めるわけにはいかない。 「あなたにはあなたの、あたしにはあたしの常識があるってこと。住んでる世界が違うんだもん、しょうがないよ」 「信じてはもらえないでしょうけれど……貴女に移住してもらいたいと思ったことは確かだけれど、無理矢理そんなことをしようとは思っていませんよ」 「うん。それもわかってる。でも万が一気が変わるようなことがあったら、必ず紫……さんは幻想郷を優先するだろうから。霊夢ちゃんにすら文句を言わせないほど強引に」 少しだけ嘘をついた。 帰ってきたばかりの頃の周囲の冷たさも、つかさにこの世界での居場所を失わせるために彼女が何かしたのではないかと思ってしまうほど異常だった。 現れたとき、この場で即移住を勧めてきてもおかしくないと思っていたのだ。 「そうね。でも少しだけ違うところがあるわ。あの子は決して他人には流されない。ただそのうち興味をなくすだけ。たとえそれが親友であっても」 「……そっか。じゃあなんにせよ、みんなによろしくって」 何の逡巡も見せずそう言ったつかさを見て、諦めたように紫も返事をする。 「承りましたわ。あなたも息災でね」 そう言うと、見る間に両端にピンクのリボンがついた空間の裂け目が紫の全身を呑み込んでゆく。 そして、実にあっさりと、その姿は闇へと消えた。 夜の静寂が再びつかさを包み、つかさは深いため息をつく。 「うん。よかったんだよね、これで」 別世界への接点を失っても、つかさには戻ってくることのできたこの大切な世界がある。 姉と親友を失い、自身も直接的・間接的に優しかった人々も含めた命を奪ってきた、あの非日常を忘れることなど決してできはしないだろう。 けれど、完全に記憶の外に押し出すことなどできなくとも、少しづつ楽しい思い出を積み重ねて塗り替えていかなければならない。 それが、未来に向かって生きるということのはずだから。 机に置いてある唯一持ち帰った姉の形見であり、己の愚行の象徴でもあるデジヴァイスにつかさは優しく声をかける。 持ち主を変えるたびに浮かび上がった鳶色の紋章、誠実・優しさ・勇気。この世界に戻ってきた今、もうその画面に黒き光が宿ることはない。 「あたし、強くなれたかな……お姉ちゃん。ゆきちゃんはああ言うけど、あたしはもっともっと強い自分になりたいよ。みんなの苦しみも引き受けられるほどに」 あのバトルロワイアルが実際にあったことだと亡くなった姉たちを知る多くの人に理解してもらうためにも。そして、自分のために心を痛めてくれる家族や親友に負担をかけないためにも。 「それじゃあ、今日もおやすみ……」 自分は生き残った。だからせめてあの二人を悲しませない生き方をしよう。 この町で、この国で、この星で。 精一杯楽しく生きよう、恋をしよう、そして時にはだらーっとだらけよう。 不安だって山積みだ。危険だって生きている以上いくらでもある。 けれど、ともすれば逃げ場所にもなりかねない「異世界」と決別する覚悟は示せた。やってできないことなんてきっとない。 都会になりきれていない街だからか、深夜には虫の音やほうほうという鳥の声が響く。 賑やかというには足りないその奏での中、つかさは自分の部屋へ戻り床へついた。 現実は寝逃げしようとリセットできない。いつまでも続くからこそやりがいもやりようもある。 だから、のんびり頑張ろう。今ならそう思うことができた。 |ep-5:[[13 ‐ La Mort]]|[[投下順>201~250]]|ep-6:[[新たな世界]]| |sm233:[[第三次ニコロワ大戦Ⅴ ――Happily ever after]]|柊つかさ|ep-6:[[新たな世界]]| ----

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