蒼い鳥 ◆0RbUzIT0To




互いに違う目的を持ちながらも共に歩む二人が放送を聞いたのは、
暗闇の中でおぼろげに見えていた城の入り口に到着した瞬間だった。
放送中はお互い何も言わずに黙って聞いていたのだが、
死者発表のくだりに入った時、日吉の眉が僅かに動いた。

「誰か知り合いが呼ばれたようだな」
「…………」

知り合い……確かに呼ばれた。
だが、別に仲間だった訳でもない。
一戦、戦いを交わした事がある相手。ただそれだけ。
知り合いが死んで悲しみは感じているが、そこまで深い悲しみという訳でもない。
日吉が放送を聞いて反応を示したのは越前リョーマの死による為のものではなく、呼ばれた人数の事に対してだ。
例の放送が正しいものだとするならば、このゲームが開始されて6時間という僅かな間に10名もの死者が出たという事になる。
10名――日吉が破壊したドラえもんの分を抜いたとしてもかなりの数だ。

地図を見てみればわかる通りに、このフィールドはとてつもなく広い。
70人が各地バラバラに配置された以上、一箇所に9名もの人間がいてたった1人の強者に全員殺されたという可能性は限りなく薄い。
恐らく、各地別の場所で殺し合いに乗り気になった奴に殺されてしまったのだろう。
つまりは、かなりの人数の殺し合いに乗ってしまった奴がいると考えてまず間違いない。
日吉の隣を歩く男のように、殺し合いに乗ってしまった奴が……。

日吉が問題視しているのは下克上をするのに役に立つ人物がその殺し合いに乗った者に殺されないかという事である。
勿論人が死ぬ事は悲しいし止めたいが、今はそれよりも主催者達への下克上が優先だ。
日吉は所詮ただの中学生。
力には自信があるものの、それだけ。
一人だけではどうしようもないのは認めるしかない事実。
ならば、誰か下克上をする手段を考えられる協力者を募らなければならない。

「行くぞ、日吉」
「おう」

削除番長が城の扉に手をかけながら問い、それに答える。
城を目指した理由は、特にはない。
目的地も何も無かった時に目に入った為、自然と足が向いただけだ。
しかし、よくよく考えると拙い気もする。

削除番長は未だに全参加者の削除を行動理念としている。
説得をどれだけしても無駄なのだろうという事は瞳を見れば十分わかった。
この男、削除番長はどのような障害があろうと削除をする事を心に決めてしまっているのだ。
どれだけ言葉を紡ごうと、拳を交えようと番長の意思を変える事は最早出来ない。
それが、この男が存在する意義なのだというのだから。

だが、日吉はそれを黙って見ているつもりは無い。
番長が参加者を削除をしようとした瞬間、日吉は削除番長を駆除する。
ただそれだけの誓いを胸に秘め、日吉と番長の二人は城の内部へと足を踏み入れた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

城の内部では、けいことやよいが二人で朝食を取っていた。
KASがくれたししとうに加え、
元々城に常備されていた食料があった為にこの殺戮ゲームの食事にしてはかなり豪勢なものが出来た。
調理中、けいこの指示通りに皿を持ってきたり、野菜を洗ったりといった簡単なものだけだがやよいはよく働いた。
けいこもその様子を微笑ましく思いながらその腕を振るった。
その姿は本当に実の親子のように仲睦まじかった……が。

「どうしたんなぁ、やよいちゃん?」

食事の途中から、突然やよいの様子がおかしくなった。
何かを我慢しているような、苦しそうな表情。
けいこは最初、ししとうの辛味があるものに当たってしまったのだろうかと思ったがそれも違うらしい。
しばらく思案した後、けいこはその原因に思い当たる。

「知ってる人、呼ばれたんかなぁ?」
「……はい」

やはり、と思うと同時に不憫な子だとけいこは思う。
先ほどまでは明るく話をしてくれていたのに、今ではすっかり沈んでしまっている。
苦しそうな表情も、よくよく見れば悲しみに耐えている表情だ。
そのつぶらな瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで、見ていて耐え難い。

けいこは、静かに席を立つとやよいの隣に座る。
そして、その皺でいっぱいになった手でやよいの手を掴み、優しく握った。

「泣きたいんやったら、泣いてええ。
 やよいちゃんには、私がついてる……私がついとるさかいな」
「けいこさん……」

やよいはけいこの胸の中に顔を埋め、泣いた。
けいこは複雑な表情をしながら、それを受け入れる。
けいこの心中にあった思いは二つ。
それはやよいの知り合い……大切な人の命を奪った者への怒りと、果たして本当に自分はやよいを守れるのだろうかという不安。
決して力がある方ではない。
毎朝新聞配達をしているお陰で同世代の他の人に比べれば体力はあるかもしれないが、
それでも若い男の人には負けるだろう。

ようやく泣き止んだやよいの頭を撫ぜながらけいこは自分のデイパックを手に取った。
人殺しなどするつもりが無かった為に中身を確認していなかったが、こうなっては仕方が無い。
拳銃などは上手く扱える自信はないが、
やよいやKASの道具を見る限り凶器以外のものも入っているらしい。
何か身を守れるような道具でもあれば、きっと役に立つだろう。
そう思い、中身を見てみると……。

「なんでしょうか、これ?」

出てきたのは三枚の札と、ピンクの鳥が描かれた置物のようなもの。
何れも凶器ではないが、付属の説明書によると非常に便利なものらしい。
一応、二人共熟読をして使い方を覚えておく。

「うーん……なんやようわからんなぁ」
「こっちのカードは多分、子供が遊ぶゲームに使うものだと思います。
 弟も、なんだか似たようなものやってたと思いますし」

他に何か入っていないだろうかと思い中を探っていると、一枚の紙が出てきた。

「これは……ああ、名簿やね」

人の名前らしきものが羅列された紙。
あの放送で言っていた名簿だろう。
とりあえず手に取ったのだし、とそこに書かれている文字を上から順に読んでいくやよいとけいこ。
そして、その視線がある所に止まると……。

「こーじ!?」
「春香さん!?」

同時に大声をあげ、驚きを露にする。

「けいこさん! ここここ、これ……私の知ってる人ですぅ!」

言いながら、震える指で名簿の上に指を滑らせる。
天海春香、菊地真、双海亜美……そして、亡くなってしまった如月千早。

「私もやがぁ、やよいちゃん」

同じように、指で名簿を指す。
永井浩二、永井博之の場所で止まったその指は震えてこそいなかったものの、汗で湿っていた。

「……千早さん以外の人もいたなんて」
「そうやねぇ……なんで私らの知り合いまで呼ばれとるんやろ」

「……あれ?」

ふと、気づいた。
けいこさんの名前は、永井けいこ。
さっき指差した名簿の名前は、永井浩二と永井博之。

「もしかして、このお二人って……!?」
「うん、そや……私の子供や」

子供……。
うん、確かにここで色々お話をしていた時に子供のお話も沢山出てきた。
けいこさんは二人の事を悪く言っていたけれど、本当はとてもいい人だと思う。
だって、けいこさんの子供なんだし。

「……まあ、人殺しなんて事はせんとは思うんやけどなぁ」

やっぱり、けいこさんも子供さんの事が心配みたい。

「……それじゃ、とりあえずご飯の後片付けしたら二人でお城の外でよか。
 やよいちゃんのお友達も探さなあかんでなぁ」
「はい、そうですね!」

春香さん達がいるんだ。
千早さんは残念だったけれど、せめて他の人たちだけでも見つけないと。
そう思って立ち上がり、けいこさんのお手伝いをしようとした瞬間だった。

台所から、黒い人影が出てきたのは。

「削除する……!」

黒い人影――削除番長は二人に襲い掛かっていった。
その手には包丁が握られている。
恐らく、台所で入手したのだろう。

突然現れた不審者にやよいは怯えていたが包丁が二人に突き刺さろうかという直前、
けいこが咄嗟に地面に押し倒して削除番長の攻撃からやよいを守る。
その衝撃でやよいは手に持っていたカード三枚を地面へと落としてしまい、
顎を床にしたたかに打ち付ける。痛い。

「削除する!」

痛がっている暇は無い。
再び包丁を振り上げ、削除番長は床に倒れた二人を狙っている。
床に倒れている為に回避は不能。
そして、その包丁が振り下ろされた瞬間だった。

「させるかァッ!!」

再び突然現れた男――日吉若が、
削除番長目掛けて思い切りドロップキックを決め込んだ。
反応も防御も出来なかった削除番長は派手な音を立てて吹き飛び、壁へと激突する。

「早く逃げやがれ!」

城内に入ってしばらく、気づけば隣にいた番長がいなかった事に気づいたのがついさっき。
番長はこの城内に人がいる事に気づき、隙を見て日吉の前から姿を消したのだろう。
倒れている二人のものと思われる大声を聞いた瞬間、ここまで駆けつけどうにか間に合ったものの状況は芳しくない。
あれだけ削除をさせないと誓っておきながら、むざむざ逃がしてしまうなど……情けない。

先ほどの蹴りで吹き飛ばしはしたが、あの程度では大したダメージにはなってないだろう。
番長もそうだが、日吉自身も先の殴り合いのせいで疲労が溜まっている。
肉体にのみ頼った攻撃手段では、到底致命傷にすらならない。

「やよいちゃん、はよぉ立たんと……!」
「う……うぅっう……」

背後で二人が何かをやっている音が聞こえる。
どうやら、立とうとしているようだが少女の方は腰が抜けて動けないらしい。

「ちっ……!」

振り返って少女に向けて再び立つよう促そうとした瞬間、
日吉は背後――つまり、番長のいる方向――からの気配を感じた。

「おおおおおおおおおおおっ!!」

日吉は、確かに背後からの気配を感じ取っていた。
いや、鬼気迫るほどのその殺意は感じ取れない者などいないだろう。
咄嗟に、日吉は振り向きざまにひらりマントを翳して避けようとするものの、
それよりも早く削除番長の体当たりを食らい倒れこむ。

「ぐっ……!?」
「俺の削除は誰にも止められん……! 日吉、例えお前が相手だとしても、だ!」

日吉は、番長を侮っていた。
日吉が日吉流最終奥義・ボブ術を隠していたのだとしたら、
番長は誰にも揺るがせない決意とあらゆるものを削除してきた経験とを持っているのだ。
どんなものであろうと、削除した事に文句を言われようと、問答無用で行ってきた削除に対する決意。
それは、何者にも簡単に止められない。

「まだまだ……10ゲームはいける!」
「ぬーん……俺はあと、20削除はいける!」
「減らず口を!!」

立ち上がり、即座に伸ばした拳は番長には届かず受け止められ、
わき腹を蹴られて日吉は再び昏倒する。

「今のうちに……削除だ!」

必死に少女を守ろうと、果敢にも羽交い絞めにしようとしてきた熟年の女を軽くあしらい、
その包丁を少女目掛けて思い切り振り下ろす。

しかし、少女は怯えながらも手を伸ばしていた。
倒れていた場所のすぐ傍に落ちていた、裏になってしまっていたカード。
それを手にし……表にして叫ぶ!

「リバースカードオープン! トラップカード発動! マジックシリンダー!」

その瞬間カードが強烈な光を放ち、二つの筒が虚空より現れる。
筒は番長の包丁を持つ腕に一つが張り付き、そしてもう一つが番長の腹部付近に移動した。

「何!?」

本能的に、何かの危険を感じ取った。
しかし、番長はもはやその腕を止められない。
包丁を持ち、筒が貼り付けられたその腕は少女に向かって進み。

そして。

番長の腹部に、刺さった。

「な……」

喉元に、熱いものが込み上げてくる。
手に纏わりつくねばついたものは……血だ。
誰のものでもない、自分の――削除番長の。

「う……ううう……うぅ」

少女は、血を見て恐怖をしているのか言葉にならない言葉を吐きながら後ずさりする。
熟年の女は痛むのだろうその腰に手をあてながらも、少女に寄り添っている。
二人共、削除が出来なかった……。
削除こそが本義、削除こそが生き甲斐、削除こそが己のやるべき事。
だというのに、たったの一人も削除が出来なかった。
何故……。

「……もう終わりだ、番長」

起き上がった日吉が番長に言葉をかける。
マジック・シリンダー。
相手の攻撃を無効化し、その攻撃力の分のダメージを相手プレイヤーに与える罠カード。
番長の混信の力を込めたその攻撃はもはや助からない傷。
当然だ。殺す気で刺そうとしていたものを、自分で受けたのだから。

「じゃあな……」

日吉のその言葉と同時に番長は倒れこむ。
丁度つい先ほど、少女が倒れていた場所に大きな音を立てて。
そうして、何かをぶつぶつと呟いた後、番長は動かなくなった。

「……ちっ」

物言わなくなった番長を一瞥し、日吉は二人の女を見た。
最後まで少女を必死に守ろうとした熟年の女と、怯えながらも機転を使って死を回避した少女。
健闘は褒めてやってもいいが、下克上の役には立ちそうもない。

「あんた誰なんなぁ……!
 こん人の、知り合いみたいやけど?」

少女を抱きしめながら、怒気を含んだ口調で問いかけてくる。
確かに怒るのは無理も無いだろう。
しかし、どう返答したらいいものか困る。
そもそも自分自身がどういう関係といっていいのかわからないのだから。

「別に……ただ、一緒に連れ立っていただけさ」

適当に茶を濁した返答をする。
女は気に食わなかったようだが、少女に宥められて落ち着いたようだ。

「あの……助けてくれて、ありがとうございました」
「俺の責任だからな、感謝される謂れはねぇ」

そう言いながら、少女の顔を見る。……まだ、若干恐怖に染まった表情。
いや……これは、むしろ自分に対しての責を感じている顔か。恐らく、あのカードを使って番長を返り討ちにした件だろう。
番長が悪い奴であれどうであれ、そのカードを使って番長を殺したのは自分、だとか考えているに違いない。
あのロボットを倒した時の俺とは、反応が雲泥の差だ。……さて、それにしてもどうしたものか。
城にはこの二人以外には参加者がいないようだし、そろそろ他の場所に移らなければならない。

少女の方にはあれが少女の責任ではない、悪いのは番長だから仕方が無かったと説明をしたい所だが、正直に言って時間が惜しい。
熟年の女も支えとしている事だし、そろそろ行かせてもらおう。
そう思い、立ち上がり二人に一礼をして足を進める。











「リバースカードオープン! トラップカード発動! 六芒星の呪縛!」









何者かの声がし。
突然、日吉の体を中心として地面に六芒星が描かれる。

「何だ……!?」

咄嗟に抜け出そうとするものの、抜け出せない。
何かが体を纏わりついているような……そんな、不思議な感触。
決して逃れる事は出来ない呪縛が日吉を襲う。

「……削除」
「!?」

それは、先ほど死んだはずの男の声。
本来ならありえないはずの現象が……何故か、目の前で起こっている。

「番長……!?」

削除番長が、そこに立っていた。
腹部からは血を流し、包丁にも血糊がべっとりとついている。
……何故だ?

「何故……お前が、生きている?」
「……こいつを見ろ」

そう言って、番長は震える手で学ランの袖を捲くる。
その腕に巻かれてあったのは……鉢巻?

「気合の、ハチマキ、というらしい。
 例え致命傷を、受けても瀕死の前段階で、ギリギリ、耐えられる事が出来る、という代物だ」

日吉は、思わず歯を鳴らした。
そういえば、この番長は武器を何一つ持っていなかった。
役に立つものが無かったのだろうと思っていたが……まさか、こんなものを支給されていたとは。

「そして、お前を縛る、その、六芒星は、こいつらが落と、していたもの。
 うまく、お前らに、気づか、れずに手に出来て、よかった……」

使用方法は、恐らく先ほど少女が使った時の見よう見まねで会得したのだろう。
息も絶え絶え、番長は包丁を持ち、歩く。
最早執念としか言い様が無い……。
例え瀕死の前段階で耐えられるといっても、所詮はそれだけ。
ほんの一度殴りでもすればすぐに息絶えてしまいそうな姿だというのに、
番長はその眼光の鋭さを更に増して少女に近づいていた。
少女はといえば、突然蘇った番長に対して恐怖しているようで動く事さえ出来ない。
これまでか……そう思われた時、少女を庇うようにして番長に向かっていく影があった。

「させへんでなぁっ!」
「ぬんっ!」

あと一撃でも食らわせれば倒す事が出来るのは誰の目から見ても明らか。
それを感じ取ったけいこは、果敢にも番長に丸腰で立ち向かっていった。
だが……やはり、その拳は番長には届かない。
番長はけいこの突進を、一突きの包丁で止めてみせる。

「ッ……!」
「けいこさんっ!」

少女が叫ぶが、けいこはそれに答えず蹲る。
腹から、血が流れているのが見えた。

「次は……貴様だ」
「番長……ちっ、逃げろ!! 早く!」

日吉の叫びに、少女は答えない。答える余裕がない。
立ち上がり、こちらに向かってくる番長のその背後で倒れるけいこの元へと駆け寄ろうとする。
自分がただ襲われた時は、恐怖で体が動かなかった。
しかし、自分の大切な人……けいこが自分を庇って倒れた時、自然と体は動いた。

「けいこさんっ!」
「ふん……!」

けいこの元に駆け寄ろうとした少女の体を、番長が捕まえる。
傷だらけとなった番長のどこにそんな力があるのか、
少女の肩に食い込ませた手はそう簡単に剥がれそうにはない。

「うぅっ……痛いぃ……!」
「誰一人として、逃げさん……お前らは、お前らだけでも……俺は……削除する!」

日吉は、呪縛によって動けない。
けいこは、腹部から血を流して倒れ……やよいを見て、何かを呟いている。
やよいは、逃げようと必死に体を捻るが番長は決してやよいを逃がすまいと掴んでいる。

そして、番長の持つ血塗られた包丁が再び振り下ろされた。

「……リバースカード オープン!」

掠れた声が聞こえた瞬間、番長はその包丁を止めて背後を振り向く。
そこには、地面に落ちていた最後のカードを拾い、
血に濡れた手でそれを翳していたけいこの姿があった。

「トラップカード発動……! 攻撃誘導アーマー!
 対象は……永井けいこ!」

瞬間、けいこの体を鎧が包み込み、番長の体が後退する。
攻撃誘導アーマー……攻撃宣言をした瞬間に発動。
その効果は、攻撃宣言された対象から、他の対象への入れ替え。
つまり、やよいに攻撃しようとしていた番長の攻撃は……。

「ぬおおおおおっ!!」

番長が、血を吐きながら吠える。
その包丁を振り上げ、思い切り振り下ろす。
鎧で包まれた、血塗れの熟女……永井けいこ目掛け。

背後から、やよいが止めようと必死に番長にしがみ付くが番長は怯まない。
カードが一度発動した以上、番長は止まらないのだ。

包丁は、真っ直ぐにけいこへと振り下ろされる。
鎧にぶつかり、そして、その衝撃で包丁は割れ……。
瞬間……最後の力を振り絞りながらも、戦い抜いた男は再び地面へと倒れ伏す。
削除する事にのみ、その闘志を燃やした削除番長は……。

今度こそ、本当に、動かなくなった。

「けいこさんっ!」

涙を目に浮かべながら、けいこの元へ駆け寄る。
鎧は、効果を果たした為か消え失せる。
腹部からはまだ、血が流れ出ていた。

「……やよいちゃん」
「けいこさんっ……うぅっ、お、お医者さん……!」
「……ええから」

混乱し、何をどうしていいのかわかっていないように目を泳がせるやよいの手を、けいこは静かに握る。
皺と血にまみれた手。
先の、千早が死んだと放送で聞き、
悲しみに浸っていたやよいを優しく包んでくれた時には無かった血が付着している。
しかし、不快感は無い。

「どうして……けいこさんがっ!」
「ゆうたがな……やよいちゃんの事、守るてなぁ。
 ……ずっと、私がついとるっていう、約束の方は……守れそうに、あらへんけど」

声が、途切れる、掠れる。
やよいは、その握る力を更に強めた。
守ってもらうばかりで……怯えているばかりで、何も出来なかった自分に対する怒り。

「ごめんなさい、けいこさん……! 私のせいで……!」
「ええんよ……私が好きでやった事やから。」

「自分を責めたらあかんでな、やよいちゃん。
 私はもう、だいぶ生きた……子供ももう、大きなったから、後悔は無いわな」

ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
その声は、本当に優しく……やよいは、その言葉を静かに聞いてゆく。

「まあ……たっちゃんにしろ、こーじにしろ、ひろくんにしろ、孫の顔も見せてくれんかったのは心残りっちゃ心残りやけれど。
 ……やよいちゃんには、まだ、未来があるからなぁ。
 私らよりも、もっともっと、生きないかんで……」
「けいこさん……私……」
「ごめんなぁ……最後まで、一緒にはおられんかったわ……」

やよいは、大粒の涙を流しながら首を振る。
もう、言葉が出てこない。

「絶望したら、いかんでな……。
 もし、こーじと、ひろくんに会ったら……守ってもらい……。
 あの子らは……ちょっと、問題はあるけれど……やよいちゃんの事、きっと、守ってくれるでな……」

息を、吸い込む。

「……元気でなぁ、やよい、ちゃん」

その言葉が放たれると同時に、永井けいこは目を閉じた。

「けいこさん……っ!」

もう、物言わなくなったけいこを見てやよいは再び泣きじゃくる。
けいこは、本当に……静かに逝った。
腹を刺され、苦しかっただろうに、安らかな顔をして眠っている。
言葉が通じなかったKASとの交流を可能にし、怯えていたやよいを安心させたその心。
慈愛とは、こういう事を言うのだろう。

「けいこさん……ごめんなさい……」

既に力を失った手を握り……胸の上へと置く。
その時、背後で何かがカタリと音を立てる。

「……え?」

思わず、振り向くやよい。
そこにあったのは……けいこのデイパックから出てきたのであろう、何かのCD。
先ほどの戦闘による衝撃で表に出てきたのであろうそれが、机に当たって音を立てたのだろう。
……近づいて、手にとって見る。

「これ……」

そこにあったのは、自分のよく知っている人――如月千早のCDだった。
いや、千早のものだけではない。
春香や真、無論、自分のものも……総勢、10枚のCDがそこには入っていた。
これが……けいこのデイパックに入っていた最後の支給品だろうか。

「千早さん……」

手に取ったCDの裏面を見てみる。
そこには曲目がずらりと並び、レコーディング風景などを思い出させる。
765プロのアイドル総出で出した、アルバム集。
その中でも、自分のものと千早のものの売り上げはダントツだった。
特に、千早の歌は世間でとても評判がよく、ネット上でも『神曲』認定されていたと律子が言っていた。

「蒼い、鳥……」

失恋ソング。
自分にはまだ、愛だとか恋だとかはよくわからなくて、
朝ごはんを題材にした歌を持ち歌として歌っているけれど、
その曲の歌詞の素晴らしさと曲の美しさは、わかる。

「泣くことなら、容易いけれど……」

悲しみには、流されない。

「群れを離れた鳥のように……」

明日の行く先など知らない。
だけど傷ついて、血を流したっていつも心のままただ羽ばたくよ。

「蒼い鳥……もし、幸せ……」

近くにあっても、あの空へ。

「私は飛ぶ……」

未来を信じて。

あなたを、忘れない。

「でも、昨日には帰れない……」

まるで、今の自分のようだと思う。
親鳥を失ってしまった自分は、群れを離れてしまった鳥と同じ……。
でも、この歌では……傷ついても、血を流しても、それでも……羽ばたいている。
……未来を信じて。

「けいこさん……千早さん……!」

涙を拭く。
そうだ……いつまでも落ち込んでなんて、いられない。
傷ついても、血を流しても……大切な人を失っても、羽ばたかなきゃいけない。
この歌のように、未来を信じて。

「浩二さんと博之さんに会わなきゃ!
 春香さん達にも、会わなきゃ!」

けいこの死を、最期を伝える為にも。
他の皆の無事を確認する為にも。

自分のデイパックに、支給品を詰め込んで鳥の描かれた置物に触れる。
やよいの頭にインディアン風の羽の髪飾りが装着され、腕には翼が生える。
ウイングのもと。先のけいこと行った支給品の確認作業の時に出てきたものだ。
これをつけて、腕を動かせば空を飛べるらしい。

準備は万端だ。
さぁ、行こう。
未来を信じて、飛び立たないと……。

「待てよ!」
「うわあっ!?」

そう決意した瞬間、背後から声をかけられて驚く。
振り向くとそこには……まだ呪縛によって動けない、日吉の姿。
っていうか、まだいたんですか。

「おい、どうなってんだよこれ。 いつになれば外れるんだ!?」
「うっうー……え、えーと六芒星の呪縛ですよね……」

デイパックにしまったカードを取り出して効果を確認。
六芒星の呪縛……このカードが存在する限り、指定された者は身動きが取れなくなる。
指定された者が殺害された時、このカードを破壊する。
つまり、日吉を殺害するかカードを破壊しない限りはこの呪縛は解けない。

「じゃあ話は早い、そのカードを破いてくれ」
「だ、駄目ですよそんなの! 勿体無いじゃないですか!」

悲しみを拭ったやよいは、徐々にいつもの調子を取り戻しつつあった。
その証拠に、その勿体無い魂をこんな状況でさえ発揮している。

「多分……罠を無効化するカードとか、そういうのがあれば解けると思います。
 もしかしたら時間がある程度たてばいいのかも……」
「あー、まどろっこしいな……!」
「あの……それじゃあ、私探してきます!
 何か、それを解除出来る道具とか……」

元々、外に行くつもりだったのだから構わない……。
あの番長のせいとはいえ自分がカードを使った為に招いた事態だから責任もあるし。
けいこの子供や、春香達が解除出来る道具を持っていれば万事OKなのだが。

「……じゃあ、頼む。 本当は破いて貰うのが一番てっとり早いんだがな」
「うっうー、わかりました! それじゃあ、行ってきますね!」

その後、この惨状(けいこと番長の死体が目の前にある)を見た参加者が誤解を招かぬように、
という事でけいこのデイパックに入っていた地図の裏にペンに走り書きで、
『この人は殺し合いに乗ってませんv 高槻やよい』と可愛らしく書き、
簡単な自己紹介をしあった後、やよいは屋上へと上る。

そして……。

大きく息を吸い込んだ後、手を大きく広げ。

大空へと舞った。

自由と孤独の翼をつけ、あの天空へ――


【削除番長@陰陽ファンタジーⅦ 死亡】
【永井けいこ@永井先生 死亡】
【残り 54人】

【D-1 城・内部/一日目・朝】
【日吉若@ミュージカル・テニスの王子様】
[状態]:かなり疲労 六芒星の呪縛
[装備]:ドリル@ミスタードリラー
[道具]:支給品一式 食料2人分、水2人分、C4プラスチック爆弾@MGS、ヒラリマント@ドラえもん 、マカビンビン@うたわれるものらじお
[思考・状況]
1:手段を問わず、主催に下克上する。
2:下克上の障害は駆除する。
3:とにかく六芒星の呪縛を解きたい

【D-1 城付近・上空/一日目・朝】
【高槻やよい@THE IDOLM@STER】
[状態]:疲労、打撲痕小、やよい鳥
[装備]:ウイングの羽飾りと翼@星のカービィ
[道具]:支給品一式×2、モンスターボール(ことのは)@ポケットモンスターヤンデレブラック、ゴッドクラッシュ@ゴッドマン
    盗賊の棺桶@勇者の代わりにバラモス倒しに行くことになった、THE IDOLM@STER MASTER ARTIST01~10@THE IDOLM@STER
    DMカード(マジック・シリンダー、六芒星の呪縛、攻撃誘導アーマー)@遊☆戯☆王デュエルモンスターズ(現在使用不可)、
[思考・状況]
1.永井兄弟と765プロのアイドルを探す
2.六芒星の呪縛を解けるアイテム、人を探す
3.出来るだけ早く帰ってけいこさんの遺体を弔ってあげたい
4.「ことのは」はできるだけ使いたくない
5.人は絶対に殺しません
6.日吉さんって本当に中学二年生?

※城内部の日吉がいる場所には、永井けいこと削除番長の死体があります
※気合のハチマキ@ポケットモンスターは番長の腕に巻かれたままです
※けいこの支給品はやよいが持って行きました。番長の支給品は城内部に放置されています
※そのすぐ横の机にはやよいが書いた『この人は殺し合いに乗ってませんv 高槻やよい』というメモがあります
※ウイングの翼の効果により空を飛べますが、常に腕を上下に振らなければならないので大きく体力を消費します



sm71:それぞれの誓い~英雄の条件~ 時系列順 sm73:対象n
sm71:それぞれの誓い~英雄の条件~ 投下順 sm73:対象n
sm53:ロシアガールでJOJOまで 削除番長 死亡
sm58:GO MY WAY……? 永井けいこ 死亡
sm53:ロシアガールでJOJOまで 日吉若 sm85:解呪/Disenchant
sm58:GO MY WAY……? 高槻やよい sm95:ぼくんちのニコロワ(前編)



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最終更新:2010年03月18日 11:16