罪滅しと、新たな罪と(中編) ◆0RbUzIT0To




「前原圭一、只今参上!!
 博之さんは……ティアナさんはどこだ!?」
「妖精ポケモンピッピ、只今参上!!
 ……ってうわぁ! やっぱりオタチがいるよ……あわわわわ」

二人の戦士の内、一人は右手に鋸を持ち辺り一面を見渡しこの場にいる人間の顔を順々に見ていった。
そして、もう一人の戦士は博之の足元にいるヲタチに勝手にビビり一緒にいた男の影に隠れようとするが寸前で思いなおしたように対峙する。
一方、少女は突然現れた二人組に警戒の目を寄せ博之は再び状況がわからず不安そうにヲタチの影に隠れる。
だが、キバは二人にそれを止めるよう促して言う。

「安心して妹ちゃん、博之さん。
 こいつは……少なくともこの男は俺達の敵じゃない……むしろ、今の状況じゃこれ以上ないくらい頼れる味方だ」
「ど、どういう事ぞ? っていうかその男、なんで俺やティアナの名前知ってんねん」
「俺や……って事はあんたが博之さんか、水銀燈から頼まれて加勢に参上したぜ!
 さぁ、襲ってきた奴らはどこだ!? もう逃げちまったのか!?」

博之の疑問に答えながら、手に持った鋸を構える圭一。周囲を見渡すものの敵らしき影は見当たらない。
最初は少女のすぐ近くにいる銃のようなものを腕につけた奴が襲撃者かと思ったが、こちらに攻撃をしてこないようだし恐らく違うだろう。
逃げたか、それとももう戦いは終わってしまったのだろうか。終わったのならばそれに越した事はないが、ティアナという人はどうしたのだろうか。
それらの疑問に答えるべく、キバは圭一の下に歩み寄り肩を掴む。

「落ち着け圭一、COOLになれ!」
「俺はいつでもKOOLだ! っていうか誰だお前?」
「俺はキバ……いいか、時間が無いから端的に話させて貰うぞ」

そう言い、キバは圭一に事の次第を最初から簡単に話していった。
自分とレナと外山との出会い、レナの行動の特徴、そしてこの塔で今さっきまで起こっていた事。
レナに関する全ての事柄と、レナに今襲い掛かっている最悪の病の話まで。
最初は胡散臭そうな目でキバを見ていた圭一も話を聞く内に次第にその目に真剣みを増してゆく。
そう、今のレナの症状……それはかつての。

「俺みたいじゃないか……!」

仲間を信じず、頼らず、何も信じようとせずに。
ただただ、周りを疑う事ばかりで酷い罵声や暴力を振るう。
それは正に、いつかの自分と全く同じ行動。
その病の名は、雛見沢症候群。

「雛見沢症候群……そうだ、この薬!」

デイパックの中に入っていた薬を手にしてキバに見せる。
雛見沢症候群治療薬、これを持って自分がこの場にこれたのは何かの運命なのだろうか。

「キバ、レナは今塔の中にいるんだな?」
「ああ……早く行かないと外山さんやティアナさんも危ない状況だ」

それを聞くと同時に、圭一は鋸を握る力を更に強めた。
そして、塔を見上げる。
この中に自分の仲間が……かつての自分のように、過ちを繰り返そうとしている。
それだけは、なんとしても止めなければならない。
もう二度と惨劇など繰り返してはならないし、その罪をレナにまで課す訳にはいかない。
それが例え運命だろうと。

「そうさ……運命は、打ち破れるんだからな!」

そうだ、運命は打ち破れる。
強い意志と団結の心があればどれだけ強固な運命だろうと、砕けるんだ。

「話はわかった、でもアイツを殺すのだけは待ってくれ。
 アイツは俺の大事な仲間で、アイツは俺と同じように過ちを犯そうとしているんだ。
 それが許されるような事じゃないのはわかってる……でも、俺にチャンスをくれ」

博之と少女はその言葉に突き動かされたかのように、首を縦に振る。

その様子を見、二人に感謝の意を伝えると圭一はすぐさま走り出した。
キバの話を聞いた限りではレナが塔の中に入って結構な時間が経過してしまっているらしい。
だとしたら、急がなくてはならない。
ピッピを引き連れ、塔の中へと続く扉を開いたその時。

「圭一、受け取れ!」

キバが圭一に向けて、何かを投げて寄越した。
反射的に振り返りそれを左手で受け取る。
既に表面はベこべこに凹んでいるものの、それは十分な武器となろうもの。
だが、キバがそれを寄越した意味は武器にしようとしてではない。
それが圭一にとって、特別なものであると知っているから渡したのだ。

「レナを頼むぞ、圭一!」
「ああ……任せとけキバ!」

そう言い、圭一は塔の中へと侵入していった。
キバから受け取った金属バットを高々と掲げながら、威風堂々と。

「すみません博之さん、勝手に渡しちゃって……」
「別にええよ、どうせ金属バットなんて使えんしの……」

元々は博之の持ち物だった金属バットを圭一に渡してしまった事を博之に謝るキバ。
だが、当の博之は全く意に介さずそれよりも、と頭を捻っている。
声だけで状況はよくわからなかったが、あの圭一という男がレナの仲間であるという事だけはわかった。
しかし、つい勢いで塔の中に行く事を許してしまったが本当にあれでよかったのだろうか。
よくよく考えてみれば、あの男にとっても危険極まりない状況だ。

「大丈夫です、アイツは奇跡を起こせる奴ですから」
「……奇跡?」

数ある輪廻の世界の記憶を受け継ぐという奇跡を起こした男。
そして、その果てに後悔と覚悟を決めた男。
だからこそ、全てを任せるに値する男。

「キバくん、私達も行こう?」
「えっ?」
「そうやの……奇跡なんてもんで、簡単にカタつけれたらええけど……そうもいかんやろ、多分」

少女は鋏を持って立ち上がり、博之もキバに捕まるようにして緩やかに立つ。
少女は圭一の言っていた言葉が気になっていた。
過ちを犯そうとしている、それは許される事ではないと言った。
でも、チャンスをくれとも言った。
自分は既に過ちを犯してしまった後だから、許す許される以前の問題。
だが、それでもチャンスがあるのかもしれない。
彼の、圭一の姿を見ればそれを見つける事が出来るかもしれない。

博之はキバの言っていた言葉が気になっていた。
奇跡。
奇跡とは、実に単純で陳腐な言葉だ。
そもそもそう簡単に奇跡なんてものが起きる訳がないし、起こせる訳もない。
だが、博之はその奇跡を起こしてきた人物を知っている。
実の兄――永井浩二。
数々の野球中継の時に般若心経を唱える事で逆転劇を巻き起こしてきたその人物。
いや、それだけではない。
言ってしまえば駄目人間なのにリスナーに愛され続け、乞食と化してもカリスマとして君臨するその様は奇跡に違いない。
だからこそ、博之は気になった。
彼の……圭一の見せる奇跡というものが、一体どういったものなのか。

「どうせずっとここおっても、あの女が勝ってもうたら終いやろ。
 それよりも……俺は近くに行きたい思う」
「…………」

困ったのはキバだ。
目の見えない博之と幼い少女を連れて行くのはやはり危険すぎる。
だが、博之の言う言葉も理解出来るのは事実だ。
それに……確かに、奇跡なんて言葉で簡単に片付けられる程彼らは単純でないのかもしれない。
これが、今ここにいる現実がゲームではない以上、結末が同じになるとは限らないのだ。
だとしたら、圭一も危険になってしまう……。

「……わかりました」

苦渋の選択の末、キバは塔へ行く事を決断した。
博之に手を貸し、もう片方の手で少女の手を引き歩み出す。
博之があまり早く歩けない以上、到着するのは全てが終わってからになってしまうかもしれない。
だが、それでもじっとしている事なんて三人には出来なかった。
三人には三人なりの、目的があったのだから。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
塔の中の階段をレナは駆け足で上っていた。
がりがりがりがり、と喉を掻き毟りながら懸命に。

「待て……待つんだ同志レナ……!」

遥か後方からは外山の声が聞こえる、だが、その声も息も絶え絶えだ。
それを聞きながらレナは内心でにやりと笑みを浮かべる。
予想した通り、外山は追ってきた。
だが、その命は今にも消えゆくかもしれない風前の灯。
当然だ、溢れ出る出血で今生きている事さえ信じられないくらいなのだから。
もうしばらく時間を稼げば外山は死にゆく、そうすればようやく宇宙人を一人始末する事が出来る。
後は戻って博之達を殲滅すればいい、目が見えない男とただの子供ならすぐに殺せる。

キバが生きている事を知らず、レナは勝手な解釈をしながらも更に階段を上っていく。
するとそこに、一人の女の影を見た。

「!!」
「…………」

その女は動かない。
地に倒れ伏し、気絶をしているのか睡眠をしているのかわからないが動かない。
その女は博之と外山が必死に探していた女性、ティアナ=ランスター。
だが、レナが口にした言葉はそれを否定したかのような言葉だった。

「ドッペルゲンガーか!?」

横になって動かないティアナに向けて、そう叫ぶ。
よくよく見れば、幾ら薄暗いからといっても自分の姿と見間違うはずがない。
同じ髪の色をし、大体同じ年頃ではあるもののその纏っている服などはまるで違う。
だが、それでもレナはティアナを自分と見間違えた。
原因は、雛見沢症候群によって巻き起こされた幻覚作用。

「やっぱり宇宙人はいるんだ! 私そっくりの人間まで作り出している!!
 殺してやる! 殺してやる! 殺してやるああああああああああああああッ!!」

まるで自分とは違う人間をドッペルゲンガーと感じ、その正体を宇宙人の仕業と決め付ける。
自分の都合のいいように解釈をし、レナはその鉈を振りかぶった。
そう、相手は動かない人間。
落ち着いてやればすぐに叩ききれるはず……なのに。

「何ッ!?」

その鉈は宙を空振り、ティアナは虚空へと消え去った。
……消え去った? いや、違う。
そこには元々、何も無かったのだ。

「やっぱり……あんたもこの殺し合いに乗ってるのね!」

声がした方を向くと、そこにはティアナの姿。
鉄パイプを構え、鋭い視線でレナを凝視している。
先ほど倒れこんでいたのはティアナが作り出した幻影であった。
眠っていた間に少しだけ回復した魔力で精製し、己の身の安全の為にその場に置いていたのである。

「塔の中にいきなり叫びながら入ってきて、おまけに階段を上る音まで大きいからすぐに起きたわ。
 その鉈を離しなさい、そうでないと痛い目を見る事になるわよ!」

そう宣言するティアナに対し、しかしレナは何も答えられない。
レナの目には寝ていたはずの人間がいきなり瞬間移動をし、しかもこちらに向けて身構えているように見えたのだ。
更に、レナの目に写るティアナの姿は自分のものと全く同じ。
自分が自分に、鉄パイプを向けているのだ。
これが声の違う人間ならばレナもここまで混乱しなかったのかもしれない。
だが、ティアナの発する声の全ては、レナと異常なまでに似通っていた。

「う……あああああああああああああああっ!!」
「! やっぱり止める気は無いのね!」

何も考えられず、ただただ鉈を振り回してティアナへと近づいていく。
だが、ティアナはそれを楽々と避けて見せた。
レナの攻撃には既に全く理性が感じられない、子供が駄々をこねるように乱暴を働くようなものだ。
そのような単純で単調な攻撃ならば、例え接近戦が不得手ではあるもののしっかりとした訓練を受けているティアナにとって避ける事は容易い。
そうして、理性がないからこそ周囲に目をやる事が出来ず、攻撃した後の体は完全な無防備となる。
そのがら空きの体に、ティアナは鉄パイプを思い切り叩き込んだ。

「ぐあああっ!?」
「言ったでしょ、痛い目を見る事になるって!」

横腹を叩きのめされ、呻く。
だがその瞳はまだ諦めていない、全てを諦めていない瞳。
叩かれ、レナは徐々に冷静さを取り戻そうと務めていた。
がりがりがりと喉を掻き毟りながら、目の前にいる自分のドッペルゲンガーを見据える。
ドッペルゲンガーというのなら、自分と能力は同じなはず。
先ほどの瞬間移動みたいなものを考慮すると、宇宙人特有の能力も持っているのかもしれない。
そうだとすれば不利だ、不利に決まっている。

「くっ!」
「逃げた!? 待ちなさい!!」

そう結論づけると、レナは更に階段を上って行く。
ティアナの静止を声を聞かず、ただ淡々と、それでいて素早くだ。

一方のティアナも、レナを追う。
回復したとはいえ既に魔力は幻影を使ってしまったが為に空だ。
塩素ガスを含んだ体は決して健康とは言えないし、コンディションは最悪。
だが、それでも追わなければならない。
あのような人間を野放しにしていてはまた浩二のような犠牲者を出してしまうかもしれないからだ。
しかし、あまりそちらにも時間は裂けない。
博之や水銀燈達の事も気がかりで、早く行って守らなくてはならない。

「"敵は倒す"、"仲間を守る"、"両方"やんなくっちゃならないってのが機動六課の辛いところね。
 でも、覚悟はいいわ……私にはそれが出来ている」

ぐっ、と鉄パイプを握る手に自然と力が入る。
そうだ、こんな所で自分は負ける訳にはいかないのだ、そう覚悟したはずだと自分に言い聞かせる。
そうしながら階段を上っていると、ふと背後から何者かの足音が聞こえてきた。

「誰!?」
「ぐ……き、君は……」
「あ、あんた……博之さんの、仲間? でも、その怪我……!」

振り返りその足音の正体を確認する。
そこにいたのは、先ほど見た禿頭の男性。
だが、その右腕は欠落し血がぼたぼたと地面に零れ落ちている。
顔色だって悪い、目も焦点が合っておらず立っているだけでも不思議なくらいだ。

「さっきの女にやられたんですか!?」
「う……む……」

やっぱりそうか、とティアナは内心後悔する。
起きた時は自分の危険を感じ取った為に、安全策として幻影を作り出して誘き寄せたのだが、
こんな事になるくらいならばそんな事をせず問答無用で階段を下りて戦えばよかった。
結局、自分は何も守れてなどいないではないか。

「とにかく、これ以上動かないでください!
 本当にもう、動ける事が奇跡なくらいなんですから……安静にしないと!」
「いや……それは出来ん」

必死に外山を説得し、これ以上動かぬよう促すものの外山はそれを聞かない。
鋭い眼光でティアナを睨み、堅い意思を持ってしてなおもレナを追おうとする。

「私には責任がある……同志レナを、多数派にする訳にはいかぬという責任が……。
 だからこそ、私はゆかねばならぬ……!」

そう言うと外山はティアナの手を払いのけ、更に上へと上っていった。
それを見てティアナも慌てて後を追う。
ティアナは一瞬、外山の姿を浩二に被せていた。
姿かたちも何もかもが違う、二人。
だが、それでも何故かその姿が被って見えたのだった。

それは、死地に向かおうとするその後姿のせいだったのか。
それとも、カリスマと謳われたものが持つ特有のオーラのせいだったのか。
今のティアナには何一つわからなかったが、とにかく後を追った。

屋上には風が吹きすさんでいた。
太陽は既に東から西へと落ちようとしており、そこに立つ少女を照らし出す。

「同志レナ……!」

屋上へと続く扉を開き、ティアナに肩を貸されたまま外山はその少女を見た。
右腕から血を流しながらも鉈を持ち、狂気の顔を浮かべたその少女を。

「なぁんだ、まだ死んでなかったんだ……。
 しぶといなぁ、宇宙人っていうのはやっぱり根本的に体質が違うのかなァ?」
「…………」

肩を貸すティアナに礼を言った後外山は一人、前に出た。
ティアナは、それを見つめている。
この場に来るまでに外山と交わした一つだけの約束事。
それは、外山がしようとする事を一切邪魔立てしない、というもの。
それを聞いたからこそ、ティアナはただ外山の後姿を見つめている。

「同志レナ……」
「何かな? かな? その銃で私を撃つつもりかな?
 その前に私が頭を叩き割ってあげるけどね!!」
「ぐっ!」

その瞬間、レナは外山に向けて鉈を振り下ろす。
外山は、それを避けようとはしない。
ただあるがままに、当然のようにその鉈を受け入れ、左肩に鉈が食い込む。

「どうしたのかなぁ!? 避けるつもりが無いなんて、殺されにきたのかな!?
 じゃあお望みどおり殺してあげるよォッ! ……!?」

されるがまま、何も言わない外山に対してレナが吐き捨てるように言うが、突然違和感を感じて驚きの表情を浮かべる。
鉈が……動かない。
外山が、左肩に食い込んだ鉈を激しく握り、離さないのだ。

それは、外山がここに来るまでに思いついた苦肉の策。
己の肉を斬らせ、相手に攻撃の手段を与えなくさせるというもの。
だが、それは思いついてもそうそう楽に出来るものではない。
鉈を食い込ませるほどに肉を斬らせるというのは想像以上に激痛を与えるものだし、
それは既に右腕を失っている外山も知っているものなのだ。
その痛みを知っていながら、その策を行使した外山の覚悟は、恐らく相当なものなのだろう。

「これでようやく話が出来る……聞けェ! 同志レナ!!」
「ッ!?」

口から血の滲んだ唾を飛ばしながら、外山は叫ぶ。
それはまるで、二人が一番最初に出会ったあの時のように。

「私は言ったはずだ……このゲームをスクラップ&スクラップしてみせると!
 そして、君もそれに同意をしてくれたはずだ!!」
「うるさい、黙れ!! 貴様は嘘をついたんだ!! 私を騙して、殺すつもりだったんだ!!」

叫ぶ外山に、再びレナは罵声を浴びせる。
そうだ、嘘だったんだ、全ては。
このゲームを潰すといっていたことも、同志を集めるといっていたことも、何もかもが。
全て私を……竜宮レナを殺す為の方便。
口先だけが上手い人間の取った、愚かな手段だ。

「嘘!? 嘘と言ったな、同志レナ!!
 いいや、それは違うはずだ……何故なら君はあの時私に感銘してくれたじゃないか!!
 あの時の感情すら、君は嘘だと言い張るつもりか!?」
「ッ!」

そう……確かにレナはあの時、外山の言葉に感銘を受け、感動した。
この人になら全てを話してもいい、素直にそう思った。
だからこそ宇宙人の仕業だと、この殺し合いの根本の部分を教えたし頼りきろうと思った。
甘い人間だと思ったけれど、それと同時に人のいい人物だと思った。
素直に、尊敬できる人物だと……。

「私は……私は、今でも信じている!!
 あの少年の死体の横で誓った、我々の契りの事を!!
 このゲームを必ずスクラップ&スクラップしてみせると言った、君の事を!!」
「う……ああああ!!」

そうだ、確かに誓った。
皆を助ける為にこの殺し合いを必ず潰してみせると。
だから、そのためにも宇宙人を叩き潰すと、叩き割ると。
皆? 皆って一体、誰だろう? 外山さんの事か、キバさんの事か。
いや、違う……違う違う違う違う違う!

「君は今、混乱してしまっているだけなのだ!
 だから何もかもを破壊しようとし、すぐに人を宇宙人と言いたがる!!
 考えても見ろ、何故我々が宇宙人なのだとしたら君一人を襲わなければならない!!
 こんな舞台を用意しなくてはならないのだ!!」

それは……そうだ、そんな事ありえないんだ。
私以外の、竜宮レナ以外の人間全てが宇宙人なんだとしたらこんな事をする必要がない。
でも、それは……違う、違う!!

「私は間違ってなんかいない! 外山さん達は……宇宙人なんだ!!」

外山の事を、再び敬称付けで呼んでいるという事にレナは気付かない。
その瞳の色は徐々にではあるが薄暗かったものから輝きを取り戻し始めていた。
だが、まだ足りない。
レナは未だに混乱の淵に陥り、何が正しくて何が間違っているのかの区別がついていない。
理性的に考えているつもりでも、全て感情論に任せてしまっている。
だからこそ、外山は紡がなければならない。
レナの間違ってしまった思考を、病んでいる病を、スクラップ&スクラップしてしまう言の葉を。

「いい加減にするんだ、同志レナ!!
 己の間違いを認め、それを踏み越えて君は立たなければならない!!
 君にはその力がある、意思がある! ただ、君はその方向性を間違えてしまっただけだ!!
 過ちは正せばいい、それは楽な道ではないが……君なら出来る!!
 いや……君と、君の仲間がいれば!!」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

ついに精神が限界まで来てしまったレナは、外山を蹴り飛ばし鉈を取り戻す。
違う、自分は決して間違っていない。
これは全てまやかしだ……嘘だ、嘘なんだ!
自分を騙そうとする宇宙人の陰謀なんだ、だから、すぐに外山を殺さなければならない。
殺せ、殺せ、殺せ!
鉈を振りかぶり、倒れこんだ外山めがけて振り下ろす瞬間、外山の口が動いた。

それは……いつの日か、自分がどこかで言った言葉。
その時の自分は、外山のように何一つ抵抗する事がなく……紡いだ言葉……。
大切な、仲間に対して……それは、言ったはずだ。

「私を……信じろ!!」

「ッ!?」

その言葉を聞いた瞬間、鉈を持つ手が動かなくなった。
振り返り見てみると、そこには先ほどまで外山の背後に立っていた女の姿。
……違う、あの時見ていたのは確かに自分のドッペルゲンガーだったはずだ。
なのに今は……ぜんぜん違う、女の人の顔になっている。

「離せ……離せぇぇぇっ!」
「……よく見なさい、もう無駄よ」

暴れるレナに対して、ティアナは冷静に……だが、悲痛な表情でそう告げる。
そう、レナがしようとしていた事は無駄だった。
外山に向かって鉈を振り下ろす……つまり、外山を殺そうとするのは。
何故なら、外山は……。

「……もう絶命してるわ」
「!?」

外山は……仰向けになり、瞳を閉じていた。
口からは血が垂れており、それは肩や右腕も同じ。
鉈による攻撃を体に再三受け、それでも決して気絶せず倒れもせず。
ただひたすらに、少女を説得しようとした革命家。
弁舌に秀でた、ファシスト外山恒一は……もう二度と、その瞳を開ける事は無い。

「あ……」
「……あれだけの出血で、生きていた事の方が不思議でならないわ。
 よっぽど、あんたを助けたかったんでしょう」

どこで何を間違ってしまったのだろう……。
……間違い? 違う……私は間違ってなんか、いなかったはずだ。
そうだ、宇宙人は……宇宙人? 外山さんは、宇宙人だったのだろうか……。
宇宙人が、命を投げ捨てて説得を? いや、そもそも宇宙人って……。

「う……うあああああああああああ!!!」
「っ!?」

腕を掴むティアナを引き離し、暴れまわる。
レナは既に自分を取り戻しつつあった、自分の過ちを認めつつあった。
だが、それでも完全に認める訳にはいかない。
それは人間として、普通の行動。
自分が間違っていると認めるよりも、誰かが間違っていると認めた方が楽なのだ。
それが、人を殺した、殺していないなどという重い罪となればより一層。

「私は……私は……!!」

あべこべに腕を振り乱し、辺りを動き回る。
何が正しくて、何が間違っているのかわからない。
それに答えてくれる人物は、死んでしまった。いや、自分が殺してしまったのだ。
答えてくれる? 違う違う、あいつは宇宙人だから……だから……。
ぐらり……と視線が揺れる。

「えっ?」
「危ない!」

何もわからず、わかろうとせず、何も見ていなかったレナは自分の状況に気付いていなかった。
彼女は今、屋上の端で暴れていたのだ。
周囲を見ていれば、或いはその状況に気付いたかもしれない。
だが、無情にもレナの体は……屋上の外へと投げ出されようとしていた。
ティアナは、引き離された勢いで倒れこんでおり今からでは助けられない。
死ぬのだろうか……自分は、何を間違えたのか、知らないまま……。

レナの体が完全に空中に投げ出される寸前、一つの影が倒れこんだティアナの横を駆け抜けた。

「レナアアアアアアアアアアアアアッ!!」

その声には聞き覚えがあった。
そう、いつも学校で聞いているその声。
少しエッチで、お馬鹿さんで、だけど凄く勇敢でいつも仲間の事を考えている人。
自分が……自分が、大好きな人。

「圭……一……くん?」

そうだ……雛見沢の人間は、自分の周りの人間は皆宇宙人に支配されてしまったはずなんだ。
だから、この男も宇宙人だ、宇宙人なんだ。
そう思おうとするものの、レナの瞳には涙が浮かび上がってしまう。
何が正しいのか、何が間違っているのかはわからない。
でも……少なくとも、今この男は……前原圭一は、竜宮レナを救おうとしている。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

圭一が、レナの腕を掴む。
しっかりと組んだその手は、絶対に離す事は無いという意思の表れか。
運命を打ち破ると誓った男はそのままレナを引き戻そうとし……そして……。


レナの代わりに、宙へと投げ出された。

レナは地面に足をついた瞬間、思わず反射的に踏ん張った。そして、勿論圭一もレナを引き戻そうとして踏ん張る。
両極から働く力が二人を回転させ、レナを地上に圭一を宙へと投げ出してしまった。
だが、それでいいとばかりに圭一は笑みを浮かべる。
その顔を見て……レナは、圭一に外山の影を被せた。同じだ……二人共、同じだ。
勿論、二人共が宇宙人なのだなどというつもりはない。
二人は人間で、勇敢で、人の為になら命だって投げ出そうとする……。

私の、仲間なんだと。

「圭一くん!!」
「圭一!!」

レナの隣から、何者かの声が聞こえた。
宙に投げ出された圭一は、すぐさまその手を離してしまう。
握っていてはレナまで巻き添えにして落ちてしまう。
だから……これでいいのだと、悟りきったような表情で。

だが、レナにとってはこれほど残酷な事はない。
ずっと違うと思っていた、宇宙人だと、敵だと思っていた人達が本当は全然違って。
自分が勘違いをしてしまったが為に、暴れまわってしまったが為に、その命を失ってしまう。
自分の為に……二人も仲間を殺してしまったのだ。
悲しみと絶望に暮れようとするレナ。

しかし、落下しながらも圭一はレナに一つの言葉を残すべく口を動かした。
ようやく会えた……かつての自分と同じように、間違いを犯してしまった仲間に対して。
一瞬だけの再会で残せる言葉は一つだけ。
だからこそ……大切な言葉を残す。

「俺は……お前を許すぞ、レナ!!」

ただそれだけを言い残し、圭一は塔から落下していった。
それだけが彼なりの……竜宮レナに対して出来る、罪滅しだった。



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最終更新:2010年03月18日 11:30