青い炎vs月の頭脳(前編) ◆0RbUzIT0To





この殺戮の舞台に連れてこられて二十四時間が経過した。
空は既に暗闇に染まり、唯一月明かりのみが申し訳程度に辺りを照らす。
連れてこられて二十四時間……つまり、一日。
人によっては短いとも長いとも感じられるこの時間を、少なくとも橋の近くで陣取っている八人の人影は長いと感じていただろう。
この二十四時間は彼らにとって密度の濃い、濃すぎる二十四時間だった。
家族を失くし、罪を犯し、悲しい別れ、強敵との闘争……挙げていけばキリがない。
だが、それでもこの場に残った八人は生きていた、生き続けたいと望んでいた。
既に満身創痍、ずっと支えてくれていた仲間が凶弾に倒れた後でも諦めず、しぶとく生き残っている。
そして、それはきっとこれからも――。

「……さっきの放送で呼ばれたのは、五人。
 その前の放送に比べて半分近く減っている……これは、多分人を殺そうと思う奴が減ってきているんじゃないか?」

放送で呼ばれた名前を名簿のものと照らし合わせ確認しながら、キバはその場にいる全員に問いかける。
呼ばれた名前の中には、彼らのよく知る者の名前もあった。
ティアナやゴマモン、ロックマン。
後者二名に関しては大部分の人間が聞き知っている程度の認識しかなかったが、
それでも矢張り仲間になれるかと思っていた人間が命を散らしてしまったと思うと悲しみに暮れる。
特にこなたはゴマモンの名を聞いて落ち込んでいた様子だった。
かがみがゴマモンに殺されてしまったという事実は……決して許されないものかもしれない。
しかし、それでも……萃香の話を聞いた限りではその罪はゴマモンだけに責任がある訳でもなかった。
出来る事ならば再び会って、ゴマモンの口から真実を聞きたかった。
だが、ゴマモンもう二度と口を開くことはない……死んでしまったのだから。

「ハルヒの話によると、ロックマンは武藤遊戯……ハルヒの仲間とエアーマンを倒しに向かったんだろ?」
「ええ、そうよ」

先ごろこなたと接触を果たし、放送直前に仲間に迎えられたハルヒは力強く頷く。
ハルヒは七人という大集団にはじめ狼狽した様子を見せていたが、キョンの妹を見つけると久方ぶりの再開に双方涙して抱擁を交わした。
ハルヒにとってキョンの妹は大切な思い人の家族、キョンの妹にとってハルヒは唯一残った『まともな』自分を知る人である。
……ハルヒは真っ赤になって大切な思い人、という下りを否定したのだがそれは置いておこう。
……それと、ハルヒが真っ赤になっている横で言った張本人であるキョンの妹が微妙に笑顔を強張らせていたのも置かせてもらおう。
……あとついでに、博之がまたしてもハルヒとこなたの声を間違えまくったりしていた事も置かせて下さい。
ともかく、ハルヒはキョンの妹の言葉もあってすぐさま七人の中に馴染み込んでいたのである。

そして、ハルヒはすぐさま今まで自分の身に起こった事象を嘘偽りなく語ったのである。
森であった事、出会った仲間、そして別れ。
北側の事情に疎かった七人にとってそれらに関する情報は非常に助かるものだった。
……無論、その語られた内容は嘘偽りこそ無いものの彼女の知るもの全ての事柄ではなかったが。

「すると、ロックマンはエアーマンに返り討ちにあった可能性が高い。
 遊戯は逃げられたのか、それとも誰かに助けられたのか知らないが……。
 ……にしても、このチューモンってのは一体何だ? レナの言ってた、例の隠された参加者って奴か?」

放送終了直後に名簿に浮かび上がってきたその文字を見ながら問いかけるキバに、レナは首を傾げ困ったような表情を浮かべる。

「放送だと飛び入り参加者って言ってたからね……向こうにもやむを得ずそのチューモンっていう人を参加させたんだと思う。
 でも、その人がまだ例の参加者かどうかまでは判断出来ないかな……情報が少なすぎる。
 主催者達に、何かのイレギュラーがあったとは考えられるけど」
「そっか……それじゃあまぁ、今は考えるだけ無駄か」

キバは言いながら、名簿にエアーマンと書かれてある部分の横に●印をつける。
続いて、ロックマンの横と武藤遊戯の欄にそれぞれ×・○と書き記した。
よくよくキバの持っている名簿を見ると、それぞれの名前の横には印をつけられているのがわかる。
殺し合いに乗っていないとされる――この場にいる仲間達の名前の横には○。
殺し合いに乗ってしまったとされる――水銀燈達を襲った古泉一樹やこなた達を襲ったTASの横には●。
……放送で名を呼ばれてしまった者の横には、×の文字。
今までに集まった情報を整理した結果、その名簿の欄には殆どの名前の横に印がついていた。

「富竹ジロウ、ムスカ、エアーマン、古泉一樹、八意永琳、TAS、阿部高和……。
 今の所、気をつけないといけない連中はこんな所か?」
「まだわかってない人間がいるから、それ以上に危険人物はいるかもしれないけどねぇ。
 とりあえずは、そんなところかしらぁ?」

挙げられた人物は合計して七人。
正確に言えば富竹は殺し合いに乗っている訳ではなく、ただ暴走しているだけなのだが危険人物の欄に名前を入れておく。
治癒が出来ていない以上、元が善人とはいえ危険人物である事に変わりはない。
自分達と同じように二十四時間を生き残った七人の殺戮者……恐らく、一筋縄ではいかない相手だろう。
特にキバは、ある一人の人物を異常に警戒している。

「TAS――こいつは、絶対に相手をしない方がいい。
 こいつは、文字通り俺達とは格が違うんだ……真正面から戦って、勝てるような相手じゃない」

真剣な面持ちで話すキバの声に、一同も身体を堅くして話を聞く。
まず、キバは自身の話をし始めた。
鬼畜改造マリオ――文字通り、もはや攻略させる気が無いのではないかと思わせるステージばかりの改造ROM。
キバはそれらを全てクリアした猛者である。
孔明の罠に行く手を阻まれようと、ブルの大群が襲ってこようと、ブラックパックンが口を開けて待っていようと。
何度死んでも不死鳥の如く蘇り、必ずクリアしてみせた意地と根性の戦士だ。

「自慢でもするつもりぃ?」
「自慢なもんか……残機があれば、誰だって出来る事を俺はしてるだけさ。
 だが、あいつは違う……TASは違う」

決して諦めない心さえ持っていればどれだけ鬼畜なステージでも何れクリアは出来る。
だが、一発でクリアする事なんて不可能だ――ただ一人の人間を除いて。

「そのただ一人の人間ってのが、TASだ――あいつには、逆立ちしたって勝てやしない」

何をゲームの話を、と水銀燈とハルヒは鼻で笑うつもりだった。
レナや博之も、顔には出さないもののそこまで恐れるものではないだろうと思っていた。
しかし……キバの真剣な顔に潜む圧倒的な恐怖の表情と、体中から漂う悲壮の雰囲気とがそれらの感情を打ち消した。

「マリオだけじゃない……どのゲームだってそうだ。
 あいつは、常に最速で駆け抜けてクリアをする……アクション、RPG、シューティング、パズル……それこそジャンルを問わずだ」
「ただのゲーム好き……って訳じゃないみたいだね」
「TASはこの殺し合いをゲームと解釈したんだろ?
 ……俺は、TASが今までゲームオーバーになった場面を見た事がない。
 わざと敵にやられる事はあっても、それはあくまで最速クリアの為の過程……最終的には、絶対にゲームをクリアする奴だ」

キバがその言葉を吐くと全員が俯いて考え込み、TASの危険性を再認識した。
キバの言葉の中には冗談や誇張など一つもない、ただ真実を語っているのみだ。
それはキバの目を見ればわかるし、言葉を一つ一つ聞いていけば理解が出来る。
何よりも、全てを語り終えて怯えるように身体を震わすキバを見れば一目瞭然な事だった。

しかし、震えるキバの身体に背中からそっと抱きついた者がいた。
その身体はとても小さく、キバの身体全てを包み込めるものではない。
それでも、その身体は精一杯キバの身体を包み込んだ。
キバが抱える不安、恐怖、全てを覆い隠してしまうかのように。

「妹ちゃん……?」

キバは、その者の名を呼んで振り返る。
だが、その者は何も答えない。答えず、ただ強く包み込む。
その姿を見てキバはどきりとした。
大切なものを慈しむように微笑を讃えながら瞳を閉じ、キバの震えを必死に止めようと抱きしめている妹の姿――。
一瞬、キバは怯える自分に救いの手を差し伸べてくれている天使なのではないかと見間違えた。
彼の名誉の為に言っておくが、決して彼はその手の趣味がある訳ではない。
だが、それでもキバを静かに抱きしめる妹の姿は……少なくとも、彼が生きてきた生涯の中で一番美しいものに見えた。
そして、何に代えても守りたいものだと即座に感じた。愛しく、決して離したくない存在だと強く確信した。
キバは自身を包み込んでいた妹の手を取り、強く握り返す。

「キバくん……大丈夫?」

ようやく口を開いた妹に、キバはただこくりと頷いて肯定する。
二人の距離は、互いの瞳に自身の姿が映っているのが見える程に近かった。
ああそうだ、とキバは思いなおす。
何を弱気になっていたのだろう……自分はこの少女を守ると決めたというのに。
……いや、弱気になる事はまだいい。問題だったのは、諦めた事だ。
自分がTASに到底適わない技量のゲーマーだというのはよく知っていたはずじゃないか。そんな自分が、唯一TASに自慢出来る事は?
……決して諦めない、どんな苦境だってどんな難関だって超えてきた自身の根性だ。諦めない姿勢だ。

「大丈夫、もう弱音なんて吐いたりしない……ありがとう、妹ちゃん」

その言葉を聞いてその微笑みを更に深めた妹の顔を見、思わずキバも顔が綻び……。

「あー、もしもーし、そろそろいいかなぁ?」

キバと妹は声のした方向に一斉に振り向いた。
呆れたような表情をした水銀燈と懸命に耳を塞いでいる博之。
汚らわしいものでも見るかのようなハルヒ、かぁいいモード発動直前なレナ、遠くを見て口笛などを吹き僕は見ていませんよと言わんばかりのピッピ。
それと声をかけた張本人……口元に嫌らしい笑みを浮かべ、面白いものを見たといった表情のこなた。

「あんた……そういう趣味あったの?」
「ちっ、違う違う! そういうのじゃないから、ほんっと、多分想像してるのとは全然違うから!」

冷ややかに、見下したように呟くハルヒの声にキバは必死に否定する。
流石にその手の趣味がある変態紳士と勘違いされるのは嫌過ぎる。

「ほんと、違うから! 全然俺そんな奴じゃないから! むしろノーマルな感じだから!」
「どうでもいいけどぉ、そろそろ止めにしなぁい?
 まだ話は終わってないのよぉ?」

まだ必死に弁明するキバを制し、水銀燈がようやく仲裁に入った。
放っておけばレナは暴走するし、こなたはそれを煽るだけだし、ピッピと博之は我関せずだし。
新入したハルヒの事はわからないが、様子を見た限りではこなたと同じく煽るだけだ。
全くもって自分らしくない行いだと内心不満に思いながらも、どうにか場を収める。
いつまでも抱きついたままだった妹を引き離して元に位置に戻るように促し、煽るこなたとハルヒを黙らせる。
ついでにずっと耳を塞いでいた博之の頭を小突き、ストレス解消と共に耳から手を離すよう告げる。

「まったくどうしようもないお馬鹿さん達ねぇ……長々とお喋りしてる場合じゃないでしょぉ?」
「はい……すいませんでした」

水銀燈の前に六人が正座し、一匹体型的に無理そうなのが普通に座って顔を俯かせ謝る。
唯一ハルヒだけが何で人形風情に怒られなきゃいけないのか、などと文句を垂れたが水銀燈の一睨みですぐに黙った。
ようやく騒動が終わり、話は元の筋に戻る。

開かれていたキバの名簿に博之を除く全員が視線を注いでいた。
正確に言えば、名簿の中のとある名前――伊吹萃香の部分だ。
元々、キバは萃香の加入に関して否定的であり彼女の話自体は鵜呑みにしていない。
博之と水銀燈、ピッピは半信半疑といったところで、中立の立場だ。
レナは唯一萃香を信じきっており、それと近い場所にいるのがキョンの妹とこなただった。
しかし、新たに加入したハルヒの話……萃香が彼女達を襲ったという話はキョンの妹達の考えを少しばかり突き動かした。
萃香自身の口からも殺人を犯した事や誰かを襲ったという話は聞いていた。
だが、襲われた側からの話は事に及んだ当事者とは別の視点から切り込んでくる。
萃香の恐ろしさ、力……それらの話は萃香自身が話したそれよりも、彼らにはショックを与えるものだった。

「それでも私は……信じてあげたいんだけどね」

ぽつりと言葉を漏らしたのはレナ。
レナ自身は萃香と拳を交えて――そして、その類まれなる直感で萃香を敵ではないと認識している。
しかし、それはあくまでもただの直感。
否定的であるキバや中立派の水銀燈達を説き伏せるには意味を為さない。

「信じたいっていうんなら、俺だって信じたい。
 だが……それでもやっぱり、用心は必要だと思う……完璧に信用すべきじゃない」

とは、キバの弁。
キバは萃香の事に関して否定的だが、それは完全に否定しているという訳ではなかった。
殺人を犯したというのなら、自分が守るべき存在であるキョンの妹や大切な仲間であるレナと水銀燈もそうだ。
人は……いや、人形でさえ犯した罪を償える。
少なくとも、キバはそう信じている。
そんなキバが何故萃香にだけはこうも頑ななのか……それは彼女が言った一言が原因だった。

「あいつは、人を殺すのも罪とは思わない……そう言ってたんだ。
 殺した事も何度だってあるとも言ってた、人の敵だとも言っていた……そんな奴が、仲間になれると思うか?」

罪を罪と認識しない者に幾ら罰を科したところで、その罪は償えない。
自分達に科せられた罪を滅ぼすと決めた七人にとって、その事実は自分達の思想と丁度相反する場所にある。

七人はそれぞれ、罪を持っていた。
救えなかった、人を殺めた、見殺しにしてしまった……内容は様々だったが罪を持っていた。
故に、それを滅ぼそうと立ち上がり、この殺戮の宴を潰そうと躍起になっているのである。
しかし、萃香は違う。友人はそう感じている。
罪を罪と思っていない彼女が、自分達の行動を理解出来るとは思えない。

「あいつが仮に俺達に力を貸したとして、それはあくまで表面上の事だ。
 決して心の内では俺達の考えに同意を示さないと思う。
 そんな奴と一緒に、この先戦えるのか? 手を取り合えるか? 完全に安心出来るのか? あいつが絶対に裏切らないって、確証はあるのか?」

キバの言葉に反論する者は無い。
彼の言うものは至極当然であり、道理というものだった。
仲間にしたところで、裏切らない可能性は無い。
下手に力ばかりを持っているのだから、裏切られたりしたら自分達は一気に全滅する可能性だってある。

「……でも、力のある仲間だっていうのなら出来れば仲間に引き込みたいわよねぇ?」

今この場にいる八人に戦闘能力を持つ者は少ない。
真紅の技も扱える水銀燈、人間離れした身体能力を持つレナ、二重の極みを会得したこなた、指を振る以外の技を思い出したピッピ、メタルブレードの使い手キバ。
数だけ見れば十二分に強いと思えるかもしれないが、それは間違いだ。
水銀燈は片腕を失くして戦闘力を大幅に低下させているし、こなたも元は運動神経が少しいい程度の女子高生だ。
指を振る以外の技を思い出したとはいえその技の信頼性が低いピッピに、身体能力的にはただの一般人と変わらないキバ。
レナにしたって幾分か傷を負っており、万全の体勢とは言い難い。
それに、彼らは目の見えない博之と力を持たないハルヒ、妹を連れている。
彼らを守りながら戦うのは厳しすぎる。
そんな中に……鬼の力を持つという萃香が仲間になってくれればどれ程心強いだろう。

「その矛先が私達に向けられる可能性はある、でも向けられない可能性もある。
 だからこれは一種の賭けねぇ? 力強い仲間を手放すのか、裏切るかもしれないとんでもない爆弾を抱え込んでしまうのか」

嘲笑うかのように言葉を呟く水銀燈。
そう、これは賭けだ。
萃香が仲間になってくれれば自分達の戦力は一気に高まる、彼女の力さえあれば脱出も不可能ではないのかもしれない。
だが、仲間にして自分達にその力を向けられてはそれまで……全滅してゲームオーバーだ。
だからこそ、彼らは悩む。彼女を仲間に入れるべきか、否か。

「何悩んでるのよ! そんなの、仲間に入れない方がいいに決まってんでしょ!?」

その声に、一同は一斉に声のした方向を見る。
そこには腕を組んで憤り、肩を怒らせて睨み付けているハルヒの姿。
いつまでも結論を出せないでいる七人に苛立っている様子で、更に言葉を続ける。

「大体、あいつは私を襲ったし他にも色んな人を襲ってるのよ!?
 鬼は嘘をつかないだとか言ってるらしいけど、その言葉自体が既に嘘に決まってるじゃない。
 あいつの力は襲われた私が一番分かってる、あんなの仲間にしたところで絶対にいい結果になるはずないわ。
 現に……襲われた私は、今こうして元の仲間と離れちゃってるんだから!」

彼女は萃香に襲われた挙句、富竹にも襲われ傷だらけで七人のいる場所まで来たのだから萃香に対する恨みの強さも半端なものではない。
それがわかっているからこそ、七人は皆ハルヒが半ば狂ったように叫び続けるのを黙って聞いていた。
それに、ハルヒの言っている事も一理はある。
萃香が元々嘘をついている可能性――無いとは、決して言い難い。
だが、それは矢張り嘘をついている、と断言出来るものでもない以上結論を出す事は出来ない。

「ハルヒィ~、話はわかるよ?
 でもさぁ、確証が無い以上やっぱり結論は出ないってば……そりゃ、恨む気持ちはわからないでもない――」
「ッ! なんッッッッでわかんないのよ!?
 私は、仲間にするなって言ってんの!! 気休めとかじゃなく、決定しろって言ってんのよ!!!」

どうにか、叫び続けるハルヒを収めようとしたこなたに、ハルヒは一喝して黙らせた。
その声の大きさと、目を見開き唾を飛ばしながら熱弁する姿と、そこに混じるナニカに一瞬皆は恐怖する。
だが、そんな中で――水銀燈とレナだけは、少し冷ややかな目でその一部始終を見守っていた。
ハルヒの声の中には狂気が混じっている――それは、あくまでも直感でしかない。
しかし、水銀燈とレナは確かにそれを感じ取っていた。
仲間と離れ、信頼していた仲間に矛先を向けられる――確かに狂うには十分過ぎる材料だ。
だから、水銀燈はハルヒの狂気をそれによるものだと……そう理解した。
離別の決定的な原因を作った萃香を仲間に入れたくないと叫び狂うのは、そのせいなのだと理解した。

だが……レナは、水銀燈とはまた違う可能性を探っていた。
ハルヒの言葉は恐らく、全て真実だろう。
嘘を見抜く事には多少なりと自信がある自分から見ても、嘘は言っているように見えないし矛盾点は無いように思える。
だから、狂ってしまったのは――水銀燈が出した結論と同じように、離別の原因を作った萃香に対する拒否反応だと理解していた。
しかしそれはあくまで理解であって、そこで思考が止まった訳ではなかった。
矛盾も無い、嘘も無い。
それでもハルヒの言葉には違和感……決定的に足りないものが何かあるような気がする。

「あんな奴を仲間に入れたら全員殺されちゃうわ!
 あんた達はそれでいいの!? 私は絶対に嫌よ、あんな化け物に殺されるなんて絶対に嫌!
 あんた達をそういう目に合わせたくないから言ってるのに、どうしてわかんないのよ!!」

その叫びを聞いてレナの考えは確信へと変わった。
ハルヒの言葉の中に無かった、たった一つだけの足りないものが……ようやく見つかった。
……ハルヒは、萃香を危険人物として認識している。
だからこそ、その萃香を自分達の仲間に入れたくないと頑なに言い張っている。そして、それは自分達に危険な目に合わせたくないからだと論じている。
それは一見すれば、まともな意見のように感じるかもしれない。誰だって自分の仲間を殺させたくなどないのだから……。
自分の仲間? そうだ、レナも水銀燈もキバもキョンの妹もピッピもこなたも博之も……出会ったばかりとはいえ、ハルヒの仲間だ。
だが、それだとおかしい……自分の仲間を殺させたくないというのならば――。

「――ハルヒちゃん」
「ッ!? 何よ!?」

息を切らせながら、ハルヒは自分に掛けられた声に振り向く。
そこには、心配そうな顔をしながらも、どこか警戒心を抱いてるかのような様子を見せるレナの姿。
口元に手を置き、ハルヒを見るその目には油断が無い。
一瞬、ハルヒはその姿に何か後ろめたいものを感じたがすぐに振り払い平静を装う。

「ハルヒちゃんの言う事、わかるよ……確かに、萃香ちゃんが殺人を犯したのは事実。
 人を襲ったのも事実……だから、信用が出来ない……うん、理解出来る」
「……でしょう? だったら、もう仲間にするなんて言わないわよね?
 拳を交えただか何だか知らないけど、そんなのがアテになる訳ないわ。
 それよりは襲われた当事者である私の言葉の方が信憑性があるってもんよ!」

レナの放った肯定の言葉に、ハルヒは満足げに大きく頷いた。
レナは、この七人の主柱だ……少なくとも、ハルヒはそう考えている。
彼女さえ説き伏せる事が出来たのなら、計は為ったも同然だ。
古泉一樹と八意永琳が自らに託した――永琳風に言うなら、離間の計はここに為った。
そう確信し、思わず漏れそうになる笑みを必死に噛み殺す……が。

「でもね……理解はしても、それを信じるかどうかは別問題なんだよ」

そのハルヒの満足げな顔を、レナの言葉が打ち砕いた。

「……は?」

一瞬、ハルヒはそのレナの言葉に反応出来なかった。
いや、それはハルヒだけじゃない……周りの者達も皆、その言葉を疑っていた。
理解をしていても、信じるかどうかは別問題――どんな馬鹿だって、その口振りでレナの言いたい事はわかる。
レナは……ハルヒを疑っている、ハルヒの言葉を……信じていない。
それがようやく把握出来た瞬間、ハルヒはその口を大きく開いた。

「っ……どういう、事!? 信じないって、どういう事!?」
「……ハルヒちゃんの言ってる事も一理ある、それはわかる。
 でも、私はそれがおかしいと思った……だから、私はそれを信じる事が出来ない」

口を震わせ、詰め寄るハルヒに冷静に対処しながらレナは淡々と告げる。
その様子からは、先ほどのキバと妹の件ではしゃぎ、騒いでいた姿は見て取れない。
ただそこにあるのは、事実を述べるだけの類稀なる洞察力と天性の考察力を持つ頭脳の持ち主。
この殺し合いを潰してみせると思想を高らかにしていた革命家が見出した人材。
――竜宮レナが、そこにいるだけだった。

「どうして……ッ!? どうして私の言う事を信じないのよ!?
 私は襲われたのよ!? そして、仲間も皆散り散りになってしまった!
 だから……あんた達にそういう目にあって欲しくないからっ……!」

そこまで言い切り、ハルヒは言葉を止めた。
レナはただハルヒを見ていた……ただ平静の面持ちで、冷静にハルヒの口元を見ている。

そのレナの瞳は何もかもを見透かす事の出来るような色を持っており、ハルヒは一瞬たじろく。
駄目だ、この女の前では何を言っても無駄に終わってしまう。
言葉に嘘が入っていなくとも、矛盾がなくとも、竜宮レナはその中にある真実を必ず見つけ出す。
幾ら言葉を続けようと、看破されるのがわかっている以上もはや口を開く事が出来ない。

歯噛みをしながら、ハルヒは周囲を見回す。
レナ以外の者は皆、ハルヒとレナの方を静かに見守っていた。
レナの言葉に驚き非難するような視線があるのは見て取れる。
ハルヒは彼らにとって、萃香に襲われてしまった哀れな『犠牲者』である事に変わりない。
それを突然否定したのだからそれを咎めるのも当たり前の話だ。
だが、それらの瞳の中に急に叫ぶのを止めたハルヒを訝しむ様子も見て取れる。
拙い――このままでは、計画に支障が出てしまう。

ハルヒはレナと睨み合う最中、必死に頭を回転させた。
今はまだ自分に完全に疑いの目が向けられた訳ではない。
しかし、この先レナがその口を開き――もしも、自分の正体と目的を告げられたら?
もちろん、この場にいる者達全員が全員それを信じるとも限らない。
だが、それでもその胸にハルヒを怪しむ心は残る。
それではマズい……計画が破綻してしまう可能性が出てきてしまう。
だから、どうにかしてこの現状を打破しなければならない。
どうにかレナに説明をする機会を与えず、また自分を完全に信じさせるような状況に持っていかなければならない。

ハルヒは馬鹿ではない……むしろ悪知恵は働く方だし機転も利く知恵者だ。
故に、その方法も比較的早く見つける事が出来た。
彼らは優しい……聖人君子とは言わないが、非常に善良な人間たちだ。
ならば、それを利用すれば簡単にこの現状を打破出来るのではないか?
そう、例えば――。

「ッ!」

このように突然立ち上がり、涙を流して走り出せば追ってきてくれるのではないか?



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最終更新:2010年03月18日 11:56