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あばよ、ダチ公(前編) ◆0RbUzIT0To





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

キバと妹は、ようやく橋を渡り終え一息をついていた。
しかし、安心は出来ない。
TASのスピードの前にはこの程度の距離、すぐに詰められてしまうだろう。
もっと遠くへと逃げなければならない、と痛む体を無理やり動かす。

「キバくん……大丈夫?」
「血が出てるし、あんまり大丈夫とは言い難いかな……割かとマジで」

苦笑交じりにキバが言葉を放つ。
キバの頭部から垂れた血はぽたりぽたりと地に落ちており、彼らの歩いてきた道のりを示している。
目が霞む、頭に靄がかかる、意識がはっきりとしない。 身体は上手く動いてくれないし、喉はカラカラだ、水が飲みたい。
そういえば水銀燈は大丈夫だろうか……そう簡単に負けるとは思いたくないが、TASを相手にしてただで済むとは思えない。
それに、レナ達はどうしただろうか? ピッピの技でどこかに移動してしまったのだろうが、無事だろうか?
出来る事なら早めに合流をしたいが――などと考えていると、歩く先に一人の男が座り込んでいるのが見えた。
妹もそれに気付いていたようで、ようやく顔を綻ばせる。

「博之さん……」
「っ! びっくしたぁ、その声はキバか……急に声かけなぁや……。
 なぁ、水銀燈どないしたん?
 ようわからんけど、ここでじっとしとけ言われてずーっと待ちよったんやが」

恐らくは水銀燈は橋の上で戦いが起こっているなどと話さなかったのだろう。
それでいい、とキバは思考が定まらない頭を揺すり頷く。
もしも戦いがあったなど言ってしまっていたなら博之は無理を承知で水銀燈についてきていただろう。
目の見えない博之がまともに戦えるとは思えない。
それならここで待機していた方が正解、水銀燈の判断は正しいものだ。
しかし、もう真実を話していいだろうとも思いキバは博之に橋で起こった一連の出来事を話しはじめる。
案の定、博之は自分も水銀燈の助太刀に行くと立ち上がろうとしたが慌ててキバと妹がそれを止める。
今、博之が行っても足手まといにしかならない。
それよりはここでじっとして水銀燈の帰りを待ち、帰ってきたら皆で強制脱出装置を使いこの場を逃れればいいと説得する。

博之は渋々とそれを受け入れ、続いてキバの容態を心配してきた。
目が見えないながらもキバの雰囲気や言葉の節々に滲み出ている苦しさでそれとなく察知していたらしい。
キバが苦笑いしながらそれを軽くはぐらかすと、妹が何かを思い出したかのように大きく手を叩いた。

「そういえば! 確か傷の回復が出来るカードがあったよ!
 キバくんにそれ使ってあげる!」

そう言うと妹は即座にポケットから複数のカードを取り出した。
その中から目当てのものを探し当て、意気揚々とその名を叫ぶ。
――しかし、何も起こらない。

「えっ、えっ、どうして!?」
「……そーいや、こなたの話じゃそれ使ったの最後って言ってたからなぁ。
 もしかしたらまだ24時間経ってないのかも……」
「そんなぁ……」

落ち込む妹の頭を血に濡れた手で優しく撫でながらキバは感謝の意を述べる。
今はまだ使えないかもしれないが、もうしばらくすれば使えるようになるだろう。
もっとも、その時までに意識が保てているかどうかは少し不安だが。
……それにしても、とキバは後ろを振り返る。
まだ水銀燈とTASの戦いは続いているのだろうか……。
恐らく水銀燈が予想以上に奮闘をして時間を稼いでくれているのだろうが、それにしてもよくもっていると思う。

「とにかく……水銀燈が戻ってきたらすぐに逃げれるよう、あのカードを用意しとこう」
「あ、うん、そうだね」

キバが言うと妹はその手に持っていたカードの束から強制脱出装置を探し出す。
ティアナの話によればこのカードはここに連れてこられてすぐに使用したらしいし、使用制限に関しては問題無いだろう。
いつでもその効果を発動する事が出来るよう、そのカードをしっかりと握り締めたその時。
妹はそれを見た。

――笑いかけるキバの背後から、六本の触手が襲い掛かっているのを。

妹が叫ぶより早く、キバは妹の表情の強張りから何があったのかを瞬時に察した。
キバは振り向き、その方向に向けて銃口を構え――ようとする。
しかし、身体がついていかない……言う事をきかない!
必死に腕を動かそうとしても、その腕は激しく痛んで動く事を拒否する。
眼前に六本の触手が迫り、これまでかと目を閉じようとしたその時――キバの目の前に妹が立ち塞がった。
逃げの為の切り札ではなく、攻めの為の切り札。
キバが止める暇もなく、妹はその手に持っていたカードを掲げてその名を叫ぶ。

「ブラック・マジシャン・ガール召還!」

妹の呼ぶ声に答え、やけに可愛らしい魔法使いがカードから出現する。
だが、可愛らしいと言ってもその攻撃力は決して軽視が出来るレベルではない。
何せゴキボールやコカローチナイトの攻撃力が1200や800程度なのに比べ、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は2000だ。
……所詮蟲野郎のカードと比べてしまってはマジシャン・ガールに失礼かもしれないが、それでも相応の攻撃力を誇っている。

「黒・魔・導・爆・裂・破(ブラック・バーニング)!!!」

ブラック・マジシャン・ガールの持つ杖からピンクの光弾が放たれ、サナギを襲う。
強大な爆砕音とその衝撃に押されながらも、妹は退かなかった。
まだその生物が生きているのを確認するや、更にマジシャン・ガールに攻撃命令を送る。
キバもただ呆然とするのみではなく、痛みを感じながらも腕を伸ばしてロールバスターで援護。
ようやく、事態に気付いた博之もヲタチを呼び出して三色パンチを浴びせる。
サナギのような生物を三人がそれぞれの手段で攻撃する。
もし、この光景を第三者が見ていたらきっとこう言っただろう。

『それなんてフルボッコ?』……と。

実際、妹の操るブラック・マジシャン・ガールは休む間もなく光弾を放ち続け、爆音を引き起こすし。
キバのロールバスターは地味ながらも徐々にサナギの硬そうな装甲を剥がしてゆく。
博之の使途するヲタチは三色パンチをやたらと連発し。
サナギは火傷なんだか麻痺なんだか凍結した状態なんだか、もうよくわからない状態になっていた。

「効いてる! ちゃんと攻撃効いてるよ!」
「敵涙目やが」
「涙目にはなってないけど、確かにそんな心境だろうな……」

キバは少しだけその敵を哀れんだが、これも因果応報というものだ。
仕掛けてきたのが向こうである以上この程度の仕打ちはされて当然だろう。
相手が人間でないとはいえ、殺してしまうのはやはり忍びないが。
しかし、生かしておいてはまたいつ襲ってくるかわからない。
ならばここで完膚なきまでに叩きのめすのが良策だろう。
そんな事を考えながらひたすらロールバスターを連射していると、いよいよ相手の動きが幾分か弱々しくなってきた。
このまま押し切り、その息の根を止めてやると腕に力を込める。

――その瞬間、キバの全身に激痛が走った。

やはり、負傷した身で腕を動かし続けた事が原因だろうか?
キバは思わず自身の腕に目を向ける――腕は……確かに痛むが、ここまでの激痛は感じていない。
それにしても、何だこの気持ちの悪さは? 吐き気と頭痛と胸焼けとが一斉に襲ってくる。
いつの日か例の悪友と一緒に酒盛りした次の日の二日酔いよりもタチが悪い。

ああ、そういやあの時もあいつは悪戯してやがったな。
いつだったか、自分の携帯が授業中に今は廃れきってしまった芸人の叫び声の着信音が響いたのも多分あいつのせいだろう。
証拠は無いけど、絶対そうだ。あいつは俺を欺いたり陥れたり絶望のどん底に落とす事が好きみたいだからな。
でもまあ、いいさ。なんだかんだ言って、友人だしな。あれ?俺があいつの友人なんだっけ?
……まあいいや。どっちにしたって俺はあいつから逃げられないんだ、逃げるつもりもないけど。
だってそうだろ? 俺はキバくんだ。 キバくんはいつだって逃げずに立ち向かうんだ。
孔明の罠だろうが、ブラックパックンだろうが、野球ブルだろうが、ボブル地獄だろうが、連装キラーだろうが敵じゃない。
キバくんは何度死んだって最後にはゴール画面を見せてくれるんだ。
早く帰って、あいつが新しく作ったROMやらなきゃな……。

それにしても気分が悪いな……それに、目がよく見えない。
どうしちまったんだろ、ゲームのやりすぎで目が悪くなるのって迷信じゃなかったのか?
あ、でもよーく注意したら何だか見えてきたぞ、なんか凄くブレてるけど。
妹ちゃん……どうしてそんなに叫んで泣いてるんだ?
誰だよ泣かした奴、表出ろ。フルボッコにしてやんよ。
博之さんもなんか上に向かって叫んでる……一体どうしちまったんだ?
この人配信とかじゃ凄い温厚な方じゃなかったか? ああ、でもなんか一回めちゃめちゃキレてた時あったな。
確か兄貴に配信中、酒買って来いとか言われたんだっけ? そりゃキレるわなぁ。

にしてもどうしたんだ、目に映るもん全部が赤く見えるぞ?
おいおい、もしかして俺色盲になっちまったのか……勘弁してくれよ、まだ色々見たいもんとかあるのに。

あれ? 水銀燈まで戻ってきてんのか? ……ああ、さっき博之さんが叫んでたのは水銀燈が帰ってきてくれてたからなのか。
うわ、しかもTASと戦ってるし……つーかよく戦えるよな、あいつと。
でも水銀燈が帰ってきてくれりゃ一安心……ん? そういや、逃げるんじゃなかったか?
……そうだよ、確かカード使って逃げるんだ。
ほら、妹ちゃん、早くカード……泣いてないで、話聞いてよ。
話? ……俺の声、妹ちゃんに届いてんのかな?
そういや、みんながなんて叫んでるのかよく聞き取れないなぁ……耳まで悪くなっちまったのかな、俺。
こんなにみんなが叫んでるのに、目の前で妹ちゃんが叫んでるのに……。

……ああ、なんか急に眠くなってきた。
気分悪いのによく眠気なんて出てくるなぁ、俺。
でも眠いもんはしょうがないよな……だって丸一日不眠不休だったし。
……つーか、腹から出てるこの赤いのは何だ?
まぁ、いいか。
後はみんながうまくやってくれるさ……もう眠いし、悪いけど寝かせてもらおう。
ごめんな、みんな……。

「おやす、み……」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

その言葉が聞こえた瞬間、水銀燈はその手に握る剣に込めた力をより一層増した。
間に合わなかったのか――目の前の男の算段に乗ってしまい、みすみす殺させてしまったのか。
自分がついていながら!?

「ああああああああああああああああああああっ!!」

叫び声を上げながら水銀燈は突撃する。
それを片手で受け止め、逆に腹を蹴り上げてTASは更に飛翔する。
吹き飛ばされた水銀燈に追撃――重ねた拳で下に叩き落し、落ちてゆく水銀燈へ更に六本の触手が押し寄せる。

「があああああああっ!!」

それを辛うじて剣戟を用い防ぎ、しかし水銀燈は攻撃の手を緩めない。
その触手の持ち主に薔薇の花弁を撃ち放ち、TASへ向けて翼から生まれた黒竜を振るう。

TASの計画は、上手くいっていた。わざとキバ達を逃がし――そこに『仲間』であるクリサリモンを差し向けた。
クリサリモンは成熟期、成長期であるケラモンよりも何倍もの力を持っている。
それだけでも恐らくはキバ達を殺すには十分過ぎる戦力だろうが……TASは更にそこに奇策を見つけた。
それは、あえて最初一体だけのクリサリモンを差し向け――もう一体のクリサリモンを待機させておくというもの。
最初の一体だけで全滅させる事が出来ればそれでよし。
仮に、キバ達が思いのほか抵抗したのならば――その時は、もう一体のクリサリモンが隙を見計らって殺す。
この計略は、上手く功を成した。最初のクリサリモンは襲撃に失敗し、消え失せたが跡詰めのクリサリモンはその任を果たしてくれた。

暴れ回る黒竜を巧みにかわし、水銀燈へと接近する。
逃げるでもなく、むしろ果敢に立ち向かってくる水銀燈を一蹴し肘鉄を入れる。
くぐもった呻き声が漏れるが、それでも水銀燈は剣を振るった。しかし、その腕を触手に掴まれ、そのまま放り投げられる。

水銀燈は、先ほどの戦いとは打って変わって苦戦を強いられていた。
まず、敵に対する数が違う。こちらは一人なのに対し、相手はTASとキバを襲ったクリサリモンの二人だ。
腕が一本で……しかも博之や妹達を守りながら戦うのは、想像以上に苦しい。

おまけに、TASのスピードは先ほど戦った時よりも更に増しておりついていくだけで精一杯だ。
ならば先の戦いにおいてTASが手を抜いていたのかというとそれは違う。
あの戦いにおいて、TASは時間を稼ぐという仕事に全神経を注いでいた。
つまりその戦いにおいてのTASは本来最速クリアを目指す、独特の戦闘スタイルを上手く発揮できない状態にあったのだ。
しかし、今は違う。クリサリモンと共にそのスピードを生かした高機動戦闘をこなしている。

クリサリモンの触手とTASの拳を剣でどうにか防ぎながら、水銀燈は舞う。
このままでは何れ捕まる――そうなってしまっては、キバだけではなく自分達まで殺されてしまうだろう。
目の前の仇は憎い、殺しても殺し足りないほどまでに憎い。
だが――だからといって、このままではいけないという事も痛いほどわかっている。

「妹! いつまでも泣いてないで早くカードを使いなさい!!」

もはや余裕などなく、黒い羽根でTASらを霍乱をしながら怒声を上げ振り返る。
駄目だ……妹はまだ泣き叫んでいるのみで、一向に正気に戻る素振りを見せない。
ブラック・マジシャン・ガールに命令を送るも、主人の命令にしか従えないその女魔術師は困った顔をしたまままごつく。

「っ、博之! 妹からカードを奪って!!」
「ちょっ、何が起こっとるんど!? 水銀燈なんでおるんな、妹なんで泣いとる!?」
「ごちゃごちゃ言わずに動きなさい! 死にたいの!?」

そもそも目の見えない博之にしてみれば、全てが急展開故についていけないのだろう。
突然敵に襲われ、その者を辛くも撃退したと思った瞬間、キバが貫かれ、遅れてきた水銀燈とTASが戦闘を開始した――。
混乱しているようだが、事情を説明している暇などない。
水銀燈が怒鳴りつけると博之は事の重大さに気付いたらしく、手探りで妹の手からカードを引き離そうとする。
しかし、そのカードは妹の手に張り付いたかのように動かない。
妹は力一杯泣き叫ぶ内無意識にその手を硬く握り締めているのだ。

だが、それでも博之は懸命に目が見えないながらも妹の手を解こうと両手に力を入れた。
幾ら妹が力一杯握り締めているとはいえ、博之は成人男性だ。
その手はゆっくりとだが、確実に開いてゆく。
このままならばどうにか強制脱出装置のカードを使う事が出来そうだ――一瞬、水銀燈は安堵する。
博之は、あまりにも力を入れすぎていた……だからこそ、当然のように妹の手は完全に開き。

カードの束が、四散して宙に舞った。

「バッ――!」
「馬鹿は貴様だッ!」

思わず水銀燈は叫びそうになったが、その顔をTASに激しく殴打されて続きの句を言えぬまま吹き飛ばされる。
背後に注意しすぎた為に、TASの攻撃に反応出来なかったのだ。
飛ばされながらも水銀燈は必死に体勢を整え、カードの行方を見やる。
宙に舞ったカードは重力に従い地に落ち、ばらばらに散らばっている。
即座にそれを拾い上げようと近づくも、クリサリモンに行く手を阻まれる。

「博之! 拾いなさい!!」
「拾えゆわれてもどれがどれかわからんがぁ!!」

目の見えない博之にはカードがどこに散らばってしまったのかがわからないし、運良く指先に触れたとしてもそのカードの絵柄まではわからない。
水銀燈はクリサリモンを翼から作り出した青い炎で跳ね除けつつ、それでも何でもいいから拾うよう指示する。
しかし、妹の持っていたカードの数は多い。
博之が運良く目当てのカードを拾ってくれるとは思えない。
地面にカードが落ちた瞬間からブラック・マジシャン・ガールは消え失せており、妹も未だに泣き叫んでいる。
まともに動けるのは、自分だけだ。

「世話が焼けるわねぇッ!!」

漆黒の翼をはためかせ、水銀燈は自身に出せる最高速度でカードの元へと急ぐ。
あれさえ手に入れば、この危機を脱する事が出来る。
誰にも知覚出来ないほどの速度を出し急ぎ、水銀燈はそのカードへと手を伸ばした。
しかし――その速度を唯一知覚した者、TASがその手を無慈悲に踏みつける。

「がああああっ!?」
「そう簡単にやらせはせん……ッ!」

水銀燈を一蹴し、更に近くを這いずっている博之と妹を蹴り上げてTASは散らばっていたカードを拾い上げる。
竜の絵柄、剣の絵柄、先ほどまでいた女魔術師の絵柄、醜悪な蟲の絵柄。
やたらと数はあるが、何れも同じ種類のものらしい。
何枚もあるカードとその説明文を高速で流し読みしながら、TASはある一枚のカードを見つけ出した。

「……なるほどな」

強制脱出装置と書かれているそれは、文字通り敵・味方どちらかを強制的にその場から離脱させるというもの。
満身創痍の彼らにとっては、この場から逃げ出す唯一の手段という訳だ。
TASはその頬に笑みを浮かべて勝利を確信する。
そのカードがこちらの手にある限り、奴らは逃げる事は出来ない。

「ぐっ……あああああああっ!!」

再び起き上がった水銀燈の奇襲をさらりと避けて殴りつける。
更に、博之の咄嗟の命令を受けたヲタチが襲い掛かってくるがリーチの差を生かして逆に返り討ちとする。
もはや誰もまともに戦える人間はいない。
博之は目が見えないし、妹は倒れながらもまだ泣きじゃくっている。
ヲタチと水銀燈は尚も立ち上がり戦おうという姿勢を見せていたが、その身体には疲労の様子がありありと見えている。
誰もTASの邪魔をするものはいない――勝利だ。

TASはまず水銀燈に接近し、その腹部に正拳を浴びせ回し蹴りを放つ。
水銀燈はその動きを察知しながらも、動く事が出来ない。
呻き声を上げながら悶絶する水銀燈に、しかしTASは容赦などしない。
顔面に拳を叩き込み、大きく蹴り上げた後地面に叩きつける。

「ッ! ヲタチ! でんこうせっか!!」

博之の命を受け、韋駄天とも言うべき俊足で飛来したヲタチ――。
しかし、その速度はTASにとって回避出来て当然のレベル、その腹に当たる部分に蹴りをお見舞いする。
ヲタチが『電光石火』ならばTASの速度は『神速』――比べ物になるはずもない。

「そうだ、俺はTAS――TASが負けるはずもない、TASが獲物を失うはずもない!
 TASこそが最速の代名詞! 貴様らのようなゴミクズが束になろうと、TASの前ではただの踏み台に過ぎん!!」

叫び、勝利を確信したTASは高らかに笑い声を上げる。
その叫びを聞きながら誰もが、既に全てを諦めかけていた。
どうしようもない……脱出の切り札はTASの手の中にあり、打開の糸口など何一つ見つからない。
それがわかっているからこそTASの笑い声だけがただ、その場に響き渡り――。

――TASの身体を、ロールバスターが直撃した。

その突然の事態に、水銀燈も博之もクリサリモンも――直撃を受けたTASでさえも何が起きたのか理解が出来なかった。
何故、TASをロールバスターが襲った?
この場には戦える者などもう一人もいない。
水銀燈も博之も妹もヲタチも、戦うどころか動く事すらままならないというのに。
他にこの場にいるのはたった一人――だが、その人が動く事はまずあり得ないはずだ。
何故ならば……その者は既に死んでいるのだから。
だからこそ、TASは必死にその事実を否定しようと努めていた。
有り得ない――命が一つしかないこの世界において、生き返る事など有り得ないのだ。

その者は、静かに立っていた。
怒りと、安堵と、焦燥と、希望とを混ぜたような複雑な表情を浮かべ。
腹部と頭部からは夥しい量の血を流し。
腹部はどう考えても生きているはずのない傷を受けており。
誰も――博之を除いた全ての人物が目の錯覚かと疑った。
それほどまでに、その光景は有り得ないものだった。

だが、その者はそれでも立っていた。
それは確かな事実であり――だからこそ、妹はその者の名を叫ぶ。
いつものように明るく、笑顔で言葉を返してくれる事に期待して。
その人がそこに立っているのが本当なのだと信じて。
自分の――もう一度、起き上がって欲しいという願いが通じたのだと確信して。
その者の名を、声の限り叫ぶ。

「キバくん!!」

――ゆっくりと、立っていた男は振り向く。

「……なぁに、妹ちゃん」

――願いは、届いた。



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