春です。 ◆0RbUzIT0To






春です。
本日はニコニコ動画(BR)に
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大変申し訳ありませんが、
この宴会を持ちまして、
本BRは一旦終了となります。
またの御支援をお待ちしております。
(c) ニコニコ動画バトルロワイアル(仮)






博麗神社を再建してから、更に数ヶ月。
季節もふとましやかな雪女がいた冬から、春へと移り変わっていた。
現につい先日、この幻想郷に例の春告精がまた出たという報告があったのだから間違いないだろう。
では、そんな春のある一日。
金が無いからと雪まで食べて飢えを凌いでいた貧乏巫女が何をしていたかというと。

「ふぅ……」

いつも通りに、縁側に腰掛けて呑気にお茶を飲んでいた。
無論、お茶は例の如くもう何十回と使い古して味も色も香りも某メイド長の胸より薄くなった出涸らしである。
傍らにはつい先ほどまで掃除をしていたのか、竹箒が立てかけられている。
と、そんな呑気な巫女の後ろからにゅにゅっと何とも胡散臭いスキマが現れた。
振り返りもせず、巫女はそちらに向かって言葉を放つ。

「何の用?」
「あらあら、ご挨拶ですわね……そんなに邪険にしなくてもいいのに」

胡散臭いスキマの中から現れたのは、案の定胡散臭い大妖怪。
刺々しさを含んだ霊夢の言葉をやんわりとかわしながら、紫は頬に手をあてて微笑を浮かべる。

「それで、準備の方は?」
「まだよ……今ようやく掃除が終わったところだから、料理はこれから作るわ」

それを聞いて満足そうに頷いた後、再び紫は口を開く。

「それではお願いしますわ。 また夕方頃には参ります」
「まったく、久しぶりに起きたと思えばすぐ宴会を開きたがる……。
 まぁ別にそれはいいけど、約束は守ってくれるんでしょうね?」
「ええ、それは勿論。 宴会が終わった明くる朝、ちゃんとあなたをその恐竜の故郷へと送ってあげるわ。
 では、これで失礼……」

そう言うと紫はスキマの中へと引っ込み、境内には再びただ霊夢がお茶を啜る音のみが響く。
あの冬の温泉での紫との会話の中で、霊夢は紫に次の日の朝にヨッシーの故郷へ連れて行くようにと頼んだ。
そうして次の日の朝、紫が来るのを神社で待っていたのだが肝心の紫が一向に姿を現さない。
これは一体何事か、と霊夢は彼女の自宅を訪れ――そこで彼女の式の話を聞いた。
式曰く、紫は昨晩帰ってきた折より冬眠を開始したというのだ。
なるほど、確かに彼女は冬眠をする妖怪である、その事自体には何の矛盾も無い。
しかし、冬眠をするならするで、せめて自分の頼みを聞いてから冬眠してくれてもいいものを……。

式の話を聞き、霊夢は渋々ながらも彼女の家を後にした。
無理やりたたき起こす訳にはいかないし、行ける事ならば早く行きたくはあるが別段急ぎの用事という訳でもない。
それならば彼女が目覚める春まで待ってから彼の仲間の元を訪ねるのも悪くは無いだろうと思ったのだ。

そして昨日、ようやく紫が冬眠から目覚めたという噂を聞いて文字通り飛んで彼女の自宅まで顔を出した。
無論、ヨッシーの故郷へ送るようにと頼む為である。
しかしながら、スキマ妖怪はいつもの胡散臭い微笑でその頼みをやんわりとかわすと、霊夢に告げた。
明日――宴会を行うからその準備をしろ、と。
彼の故郷へはその宴会の次の日の朝に送り届ける、というのだ。

霊夢は紫のそんな提案に……渋々ながらも頷き、了承をした。
無論、随分と身勝手な彼女の言い分に若干の苛立ちを感じていた為、
帰り道で襲い掛かってきた命知らずな⑨を必要以上にコテンパンに返り討ちにしてストレスを発散させたが……。
まあ、とにもかくにも了承をした。

「ま……私も宴会が嫌い、って訳じゃないしね」

軽く溜息を吐きながら、お茶を一口。
これを飲み終わったらそろそろ宴会料理の準備を始めなければならない。
それにしても宴会……宴会か。

「何か忘れてるような気がするのよね……何だったかしら?」

頭に手をやりながら茶を啜り、この違和感が何だったかを思い出そうとする。
何かを忘れているような気がする……宴会、そしてもう一つ。
誰かと何か大切な約束をしたようなしなかったような……。

「……ま。 思い出せないって事は、大して重要な事でもなかったって事かしらね」

あっさりとそう結論付けると、霊夢は最後の一口を喉に流し込み、立ち上がった。
夕方に来ると言っていた事は、今から準備をしなければ宴会までに料理は間に合わない。
その頭に目深に被っていた真っ赤な帽子を微かに上げて視界を確保すると、霊夢は若干早歩きをしながら台所へと向かっていった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

宴会用の料理も出来上がり、多数の人妖が座るであろう境内に茣蓙も敷き終わった。
準備はこれだけで完了。
後はこの神社に人妖が集うのを待つばかりなのであるが……。

「……遅い」

夕方を過ぎ、太陽が山の奥へと引っ込んだ後になっても、人っ子一人、妖怪一匹、誰も博麗神社へとやってこなかった。
紫は確かに言ったはずだ、夕方頃にまた来ると。
ならばもうそろそろこの宴席に呼ばれた者達が来ていないとおかしい。
まさか呼ばれた全員が一斉に遅刻をするなどという事があるはずがないのだから。

「…………」

紫が嘘の宴会を仕組んだという事だろうか? 本当はこの宴会に誰も呼んでいなかったという事だろうか?
いや、それも無い。 そんな事をして得をするものなど誰もいない。 それこそ誰得。
ただ霊夢の機嫌を損ねるだけの無意味な行動を彼女が……しない、とも言い切れないが、まあ、可能性としては薄いだろう。
その頭に被った真っ赤な帽子のツバを執拗に弄りながら、霊夢は縁側に腰掛けて歯噛みをしながら来訪者を待つ。
と、その時。

「ごめんなさいね、遅れてしまって……」

例の如くスキマが目の前に出現し、その中から例の如く胡散臭い少女が顔を出す。

霊夢はただ無言のまま、少女に向けて疑いと苛立ちが混じった眼差しを向ける。
しかしながら、当然そのような眼差しを向けたところで紫が怯むはずもない。
本心からかそれとも演技なのか、多少悪びれた様子を見せながらも紫は微笑を絶やさないのだから。

「遅れたのにも原因があるの、だからそんなにむくれないで」
「遅れた事に関しては怒ってないわ、ただ、この状況がわからないの……説明して」
「……というと?」
「あんたの話だと、宴会は夕方からのはずでしょう?
 でも、この通りまだ誰も来てない……とっくに日が暮れたっていうのに」
「ああ……なるほどね」

霊夢の怒りの理由に合点がいったように、頬に手をあてながら紫はゆっくりと首を縦に振る。
その動作がまた妙にわざとらしく見えるのは、ご愛嬌。
ともかく、紫は霊夢の質問に対して優しく答えていく。

「今回の宴会には幻想郷の住人は呼んでいないわ」
「えっ!?」
「さて、そこでさっき私が言った遅れた原因ね」

言いながら、紫はするすると人一人が入れるような大きなスキマを境内に作り出していく。
霊夢が口を空けて呆けているその間にも、紫の話は続く。

「宴会に呼んだのは全員で五名……ただ、その五名の世界が全くのバラバラでね」

一つ目に出来上がったスキマは大きさ的には少々小振りなものだった。
高さ的には霊夢と同じかそれより少し小さい程度。
その大きさに、霊夢は見覚えがある。

「彼らの世界に一つ一つ私自らが赴いて本日の宴会にご招待をしたのだけれど……」

二つ目に出来上がったスキマは先ほどよりも大きなものだった。
成人男性並の高さを持つそのスキマ……。
それに見合うほどの身長を持つ者は、霊夢はリン之助以外に一人しか知らない。
もしかして……と、霊夢の心の中に懐かしい感情が蘇る。

「一名だけ、たった一名だけ、本日の宴会を欠席する者が出てしまって……」

三つ目に出来上がったスキマは一つ目と二つ目の丁度中間くらいの大きさであった。
その大きさに合う人物を、霊夢は知らない。
もしかして先ほど感じた懐かしさは幻だったのだろうか?
否――自分の勘は当たるのだ、ならば――。

「二度に渡って説得をしてみたのだけど、その者だけは連れてこれなかったの」

四つ目に出来上がったスキマは一つ目に出来たスキマとほぼ同じ大きさだった。
つまり、霊夢と同じ程度の大きさのスキマ。
しかし、一つ目と四つ目のスキマの大きさは微妙ながらに違っている。
その僅かな大きさの違い――四つ目のスキマの大きさに見合う人物を、霊夢はただ一人しか知らない。

「遅れてしまったのは、説得をしていた為……まあ、そういう訳で許してくださいな」

五つ目に出来上がったスキマは、霊夢の背丈の半分ほどしかなかった。
そんな大きさの珍獣など、そうそういるはずがない。
霊夢ははやる気持ちを懸命に抑えようとしながら、帽子を忙しなく弄る。

「そういう訳で、本日の宴会は私他、幻想郷の者はご遠慮させていただきます」

五つのスキマを作り終えると紫は自身もスキマの中へと引っ込み、実にいやらしい笑みを霊夢へと向けた。

「明朝お迎えにあがりますので……それまで、ごゆるりとご歓談をお楽しみくださいな」

言い終えると、紫の入っていたスキマは瞬時にその姿を消し――。
それと同時に五つのスキマの内四つのスキマから、霊夢の待ち望んでいた者達が姿を現した。

「やぁ、久しぶり……でいいのかな」

一つ目のスキマに入っていた者――武藤遊戯が、曖昧な笑みを浮かべながら手を振りこちらへと歩みを進める。
その特徴的な髪型、奇妙な首飾り、頼りなさげな声……忘れるはずがない。
一緒にいた時間はそれほど多くは無かった、しかし、彼のその強い結束への意志と勝負勘は、霊夢たちの大きな助けとなった。

「おっ……なんだ、神社も建て直せたみたいだな。
 ま、あれから七年も経ってるんだ。 当然といや当然か」

二つ目のスキマに入っていた者――日吉若が、神社を見上げながら嘆息をつきつつこちらへと歩みを進める。
そのある意味遊戯よりも特徴的な髪型、どことなく挑発的な物言いの仕方……忘れるはずがない。
彼の飽くなき勝利への執念と、下克上をするという強い想いは、霊夢たちの大きな力となった。

「今日はご招待ありがとう……本当に……久しぶり、だね……」

三つ目のスキマに入っていた者――妙齢の、茶毛の女性が少しだけ瞳に涙を浮かべながらこちらへと歩みを進める。
物静かにはなったものの変わる事のないその美しい声、大人らしく成長しても変わる事はないその愛らしい顔……忘れるはずがない。
彼女の運命を打開するという決意と、全てを見透かす青い瞳は、霊夢たちの大きな原動力となった。

横を歩く二人の男は、その女性に対して疑いの眼差しを向けている。
二人はわからないのだろうか、この女性が一体誰なのか。
だとすれば鈍感にも程がある……確かに姿は大きく変わってしまってはいるが、霊夢は一瞬でわかった。

「レナ……ようこそ、幻想郷へ。 歓迎するわ」
「うん、ありがとう、霊夢ちゃん」
「「え、えええええええええええええええ!?」」

二人の男が彼女の正体に驚きの声を上げて目を丸くしている。
その横で霊夢が差し出した手を茶毛の女性――竜宮レナ――が取り、微笑んで握り返した。
その手はやはり、あの時のレナのものよりも大きくなっていた。
しかし、その暖かさは変わらない。 手の暖かさ、そして彼女の笑顔の暖かさも。

「レ、レナ、レナ……って、あの竜宮レナ!?」
「そうだよ? ふふ、気づかなかった?」
「気付くかー! だ、だっておま……おまー!?」

遊戯と日吉はレナを指差しながら奇声を上げ、レナはそんな二人を可笑しがりながらコロコロと笑う。
その反応に遊戯と日吉は一歩下がりながら腕を下ろし、今度はじっくりと嘗め回すようにしてレナを上から下へと見る。
二人の行動に呆れながらも、霊夢はちらりとレナへと視線を向けた。
確かに……身長はあの頃に比べて大きく伸びているし、髪も若干伸びている。
服装だってスーツになって受ける印象がだいぶ変わっている。
それに加えて、この物腰の柔らかさだ。
大人になったという事なのだろうが、あの頃あった無邪気さが消えうせてしまったかのように感じる。

「ま……確かに変わったかもね、あんた。 わからないって程じゃないけど」
「ふふ、変わったかぁ。 それじゃあ、変わってないところを見せてあげようかな」
「え?」

そうレナが告げた瞬間、嫌な予感が霊夢の脳内を駆け巡った。
レナは咳払いを一つして、ニコリと笑う。 その笑顔を見て、霊夢は引きつった笑みを浮かべる。
ああ、もしかして変わってないところを見せるというのは――。

「はぁうー♪ 霊夢ちゃんかぁいいよぅーっ! おっもちかえりぃー♪」
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

霊夢に抱きつき、頬擦りをしながら全身をガッツリとホールドし、更に霊夢の全身をくまなく愛撫するレナ。
必死に逃げようとするものの"かぁいいモード"のレナの力に霊夢が敵うはずもなく、レナの愛撫を一身に受ける。

「ああ、レナだ……間違いない。 こりゃレナだ……」
「なぁにこれぇ……」
「ちょっ、あんた達何をボサッと……ひゃうっ! 助けなさ……あっ!」
『ドロワめくれええええええええええええええ!!!!』

日吉と遊戯の二人はその様子を見ながら目の前の女性を竜宮レナだと認識し。
更にその様子をレナのポケットから聞いていた変態セクハラデバイスが囃し立て。
霊夢の嬌声がレナの行為を更に加速させ――。
結局、本気で先ほど通ってきたスキマの中に入り霊夢をお持ち帰りしようとする直前になるまで、レナの暴走は終わりを見せなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

完全に疲弊した様子で縁側に寝転ぶ霊夢、その横ではレナを止める為にボコボコにされてしまった日吉がやはり寝転んでいた。

「今までやってきたテニスのどんな試合よりも辛い戦いだった……」
「ふふ、ごめんね」

全く悪びれた様子を見せずに謝るレナ、それに対して日吉はただ溜息を吐くだけで、何も言わなかった。
レナが幻想郷に定住する事にならなくて本当によかった、と霊夢はその様子を見て思う。
幻想郷にいる妖怪達は基本的に女性的な姿をしているものばかり……。
もしも彼女達とレナが出会って、"かぁいいモード"が発動したらと思うと……。
……一体どうなってしまうやら、とてつもなく恐ろしい。

それにしても、と霊夢は自らが準備した宴の場を見つめて考える。
全てが終わって幻想郷に戻ってきた後、彼らがここに留まっていたのはたったの三日だけだった。
その三日間にしても疲れきった心身を癒す為にほとんど寝たきりだった故、
皆がそれぞれの世界に帰る時は非常に慌しくロクに別れの挨拶なども出来なかった。
無論、それだけ慌しかったのにあの時約束をした"宴会"など、あの三日の間に出来るはずもない。

「そっか……紫は……」

あの胡散臭いスキマ妖怪はそれを覚えていて、この場を設けてくれたのだろう。
今回ばかりは、彼女に感謝というものをしてもいいのかもしれない……少しくらいは。
心の底でそんな事を思っていると、倒れ伏していた日吉がよろよろと体を起こした。
あれだけボロボロにやられていてこんなにすぐに立ち上がれるとは、流石はテニヌプレイヤーといったところか。
日吉は周囲を見回しながら自分達の通ってきたスキマを見つめ、不意に呟く。

「ところで……あいつらはどうした?」
「あいつら?」
「つかさに……それに、あのバKAS野郎だよ」

日吉の指摘にレナと遊戯も周囲を見回し、その存在を確認しようとする。
そう、この宴会に紫が呼んだ人物があの戦いを共に潜り抜けた仲間達だとするならば、あと二人足りない。
つかさとKAS――彼女達は何故この場所にいないのか……。
そういえば、と霊夢は紫の言っていた言葉を思い出す。

「欠席者が一人……」


そう、紫は確かにそう言っていた。
それはつまり、この宴会の場に来る事を拒否した人物が一人いたという事で……。

「……つかさもKASも、紫は呼べなかった、って事かしら」
「……でもおかしいわ、紫さんは一人って言ったんでしょう?
 この場にいないのは"二人"だもの」

微かに寂しさが混じった霊夢の呟きに、しかしレナが反証する。
なるほど、確かに紫は一人と言っていた。
彼女が嘘をつく可能性は……まあ、おおいにあるが、しかし。
連れてこられなかった事に関しては嘘偽りなく話している以上、今更その人数に関して嘘を言うはずもないだろう。
ならばこれはどういう事なのだろうか……そう考えていた折。

「なぁにこれぇ!?」

遊戯の驚きの声が、博麗神社に響き渡る。
それにつられて霊夢たちも遊戯の声がした方向に視線を向けると……。

「なっ!?」

天高くより虹色の光が飛来し、博麗神社を包み込んでいた。

その光はやがて霊夢たちの立つ位置の目の前で集束する。
日吉が試しに手の先でおっかなびっくりその光に触れてみるが、変化は無い。
光の発生源を見つけようと空を見上げてみるが、その光は何も無い虚空より出現していた。
こんなタイミングで新手の異変か何かだろうか、と溜息を吐きながら護符と陰陽玉を取り出す霊夢。
それに倣ってレナもカード形態となっているクロスミラージュを、日吉も演舞テニスの構えを見せる。
緊張感が高まる中、その光の中心部分に人影のようなものが発生したと同時に。

「およよ~」
「へっ!?」

間の抜けた可愛らしい声が、その光の中から聞こえた。
思わずコケそうになりながら、霊夢はその光の中心をもう一度よく見据える。
そこにある人影は――先ほど紫が出した四つ目のスキマとほぼ同じ大きさ。
その人影が徐々に下降していくと同時に虹色の光もまた徐々に薄れていき、中から現れたものは……。

紫色の髪にトレードマークの黄色いリボン、そしてピンクのセーラー服。
どれだけ時が経とうと見間違うはずも無い仲間がそこにいた。
それを確認した霊夢や、他の三人も息を飲みながら彼女の言葉を待つ。
とん、と小さく音を立てて地面に着地すると同時に光は消え失せ、彼女は瞑っていた目を見開いた。
周囲を見回し霊夢たちを順々にその眼で確認すると、小さく息を吸い。

「……みんな、久しぶり」

ニコリと微笑んで、四人目の来訪者――柊つかさはそう言った。


「つ、つかさ!?」
「うん、そうだよ。 えへへ、みんな久しぶりだね……。
 うわぁ、レナちゃんなんかすっごく綺麗になっちゃって……日吉くんもちょっと逞しくなったみたいかな。
 遊戯くんと霊夢ちゃんは……あんまり変わってないみたいだけど」

つかさはニコニコと笑いながら歩み寄り、感慨深げに四人の顔を見渡す。
一方の霊夢たちは今起こった出来事に対して理解が出来ない様子。
やっと冷静になったレナが先ほどの事象についてつかさに問いかける。

「ねぇつかさちゃん、さっきの光は……」
「ああ、あれ? あれはね……」

と、レナの問いかけを受けてつかさは右手に握り締めていた時計のようなもの――"デジヴァイス"を四人に見せた。
その中心には若干の光の輝きが灯っており、しばらくすると消滅する。
その現象を見てこのデジヴァイスが先ほどの虹色の光に何か関係があるものなのだとはわかるものの、詳細まではわからない。
更に詳しい説明を求めるとつかさは頬をかきつつ、たどたどしく質問に答える。
つかさ曰く、デジヴァイスには異世界へと渡る機能が備わっているらしく、つかさは実際にその機能によってつかさの世界から他の異世界へ飛ばされたらしい。
デジヴァイスは本来ならばその異世界とつかさのいる現実世界しか結べないものらしいのだが、
異世界で出会った不思議な老人に不意に幻想郷の話をした折、幻想郷へも渡れるようにと改修してくれたという。

「あっぷぐれーど……っていうの? あんまりよくわかんないんだけど、そういうのしてくれたみたい」

その老人の話によれば世界というのは本来見えない境界で遮られているだけであり、些細なきっかけで世界を自由に行き来する事は可能らしい。
実際、老人がつかさ達に出会う前に会った少年達の世界とその異世界とは一時境界が曖昧になり異世界の住人が現実世界に出現するという自体が起こったという。

「でも、何だってそのデジヴァイスってのでここに来たんだ?
 あの胡散臭いのに送ってもらやよかっただろうに」
「ん、あ、えーっとそれはね……えへへ、どうしよう。 困っちゃったね」

日吉のつっこみに対してつかさは曖昧に笑ってみせる。
はぐらかそうとするそのつかさの態度に、しかし霊夢とレナは薄々ながら感付いていた。
何故あのスキマ運送を利用しなかったか……その態度を見ていれば勘のいい二人ならわかってしまう。

「……もしかしなくても、紫のせい?」
「ふぇっ!?」
「……やっぱりね」

あまりにも分かりやすすぎるつかさのその返答に、霊夢は溜息を吐く。
紫の態度か言葉か雰囲気か、或いは全てを見てつかさは彼女を信用しなかったのだろう。
しかし、それも仕方が無いといえば仕方が無い。
霊夢にしてみても彼女を完璧なまでに信頼しているという訳ではない。
彼女の胡散臭さと腹黒さは幻想郷中の誰もが知っているほど……むしろ、つかさの対応の方が正しいと言ってもいいだろう。

「気にする事無いわ、つかさ。 あんたはここに来れた……それだけで十分よ」
「う、うん……えへへ、ありがとうね。
 でも、紫ちゃんにも悪い事しちゃったかな……二度もお誘いを断っちゃって」
「あいつがそんな事気にするタマに見える?」
「見え……ない、かな。 へへ」

霊夢の言葉によって紫に対する後ろめたさも幾らか軽減されたのか、つかさは安堵の溜息を吐く。

「大丈夫よ、あいつは明日の朝まで来ないはずだから」
「そうなんだ。 じゃあ、それまでに帰れば会わずにいられるね」
「それにしても、随分とタイミングよく紫が消えた後にこの幻想郷に来れたわね。
 ここの状況がわかる道具とかまで持ってるの?」
「まさかぁ~、そういう訳じゃないよ」

そう言うと、つかさは再び自身の知る事象について説明をしていく。
つかさの話によるとつかさは現在、先ほど言っていた異世界の問題を解決する為に異世界で行動をしているらしい。
その行動は約半年間にも渡ったものらしかったのだが、つい先日現実世界に再び帰還した際に紫が再び招待にあがったという。
つかさは紫の再三にわたる説得にも応じず、すっかり諦めて紫が幻想郷へと帰ったその後。
彼女がどこからも見ていないよう細心の注意を払ってから、デジヴァイスを使い幻想郷への扉を自ら開いたのだという。

「しばらく様子を見たのが正解だったみたい」
「ふーん、なるほどね……」

更に詳しく話を聞くとつかさのいる現実世界と彼女の行っていた異世界とは時間の流れも違うらしく、
異世界での半年は現実世界においてほんの数時間程度でしかないらしい。
つかさが幻想郷に来たこの状況を省みるに、幻想郷とつかさの世界との時間の流れはほぼ同じもののようだ。

「するってぇと、俺達の世界とこの幻想郷の時間の流れってのも違うって事か?」
「そう考えるのが自然だと思うよ」

実際にこの場にいる面々がそれぞれの世界で経験してきた時間はバラバラなのだ。
日吉は七年、遊戯は数日間、そしてレナに至っては十余年。
レナの姿だけが急激に大人っぽくなっているというのも納得できる。

「でも、そうするとここで過ごした数分、数時間で俺達の世界は何日も先に行っちまうって事じゃないのか?
 大丈夫なのか、ここにいて」
「あの紫の事だから、どうせ今日と明日の境界だとか過去と未来の境界だとか言うのを弄ってあんた達が来た時とほぼ同じ時間に送るでしょ」
「なんかもう何でもありだね……」

日吉の疑問に霊夢が回答し、遊戯が突っ込みを入れる。
確かに彼女の能力はもう本当に何でもありで……。
つかさは自分の世界と幻想郷との時間の流れがほとんど同じ事に対して本当によかったと心から安堵している。
これで彼女の力に頼らずに自分の世界に帰れるのだから。

全ての不安要素が消えたところでつかさは再び周囲に視線をやる。
霊夢もいる、日吉もいる、遊戯もいる、レナもいる。
しかし――、一人足りない。
忘れようもない凄まじいテンションをしたあの男が、この場にいない。

「KASくんは……どうしたの?」
「……さあ」

つかさの質問に対し、霊夢は曖昧に答えながら目を伏せた。
この場にいるのは霊夢を含めて五人――あの死闘を戦い抜いた者達は、散ってしまったカービィを除けば一人足りない。
紫の言っていた言葉を思い出しながら、霊夢は誰にも気付かれない程度の溜息を吐きながら再び目を開く。

「……招待に、応じなかったって事でしょ。 紫は一人欠席者が出るって言っていたんだもの。
 つかさはこうしてここにいるんだから……」
「……それはどうかな?
 紫ちゃんはつかさちゃんが来るって事は知らなかったんだし、つかさちゃんは紫ちゃんの誘いを断って来たんだよね?
 だとすれば紫ちゃんの言っていた欠席者はつかさちゃんの事だよ。
 でないと矛盾が出ちゃう」
「でも、現にあいつはここにいないじゃない」
「それは、まあ、そうだけど……」

少し苛ついた様子を見せながら、霊夢がレナの言葉を否定する。
紫が用意した五つのスキマの最後から出てくるべき人物――KAS。
彼もまたレナ達と同じように紫のスキマ運送を利用して幻想郷へとやってくるのだとしたならば、
レナ達と同じタイミングでこの場についていなければおかしいのだ。

「さ、来なかった奴の事なんて忘れてさっさと宴会をはじめましょ。
 折角作った料理も冷めちゃうわ」
「でも……」

パンパンと手を叩きながらKASの事を気にしていない様子で用意した茣蓙の方へと歩み寄る霊夢。
日吉もそこに置いてある料理につられ、思わず霊夢の後を追おうとするがつかさに注意されて思いとどまった。
レナと遊戯は難しい顔をしたまま考える。
気にしていない様子を見せてはいるが、霊夢の様子は明らかに苛立ち悲しみに帯びている。
原因は勿論あのKAS――、一体全体どこに行ってしまったのか、さっさと姿を現してくれないとレナ達としてもどうしようもない。
そんな事を思いながら霊夢の後姿を見ていると――。

「YAHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!」

「ッ!!」

いつかどこかで聞いたその忘れ難いハイテンションな声が博麗神社に響き渡った。
瞬間、食器類を並べようとしていた霊夢は声の方向へと振り返り、それに倣って皆も振り向く。
しかし、どこを見てもその声の主は見つからない。

「どこにいるのよKAS、早く出てきなさい!」

少し興奮した様子の霊夢が叫ぶと、博麗神社の中にある一本の木が大きく揺れた。
まさか霊夢の声の振動で木が揺れたとでも言うのだろうか? 否、そんなはずはない。
ならばその反応で導き出される答えはたった一つ。
それに気付いた霊夢が大きく伸びきった木の頂点を見上げると、そこには――。

「KAS!」

見覚えのあるリボンを頭に括り付けたKASが、木の頂点で逆立ちをしていた。
一体何をしているというのだろうか――呆気に取られている霊夢たちを尻目に、KASは木を上ったり下りたりしている。
そして何を思ったか急にそこから飛び立ったと思うと、すぐさま別の木に張り付く。
再び上り下りをしてはまた他の木に飛び移り――。
それをもう何往復かしたところで。

「いい加減にしなさいッ!」
「げふゥッ!?」

霊夢の怒りの陰陽玉を頭にモロに喰らい、思い切り地面に落ちた。

「このっ……バKASッ!!」
「のわっ!?」

頭から地面に落ちたKASは、しかしさしたる外傷も無い様子。
それを見ていた一同も一応ホッと安心して胸を撫で下ろしていたが、霊夢だけはつかつかとKASに歩み寄り彼の首根っこを掴み持ち上げる。
一方のKASは一体自分が何故こんなにも怒られているのか理解不能となっているようで、
霊夢の顔を伺いながら小さく手を上げて声を出す。

「お、おうレムー久しぶり!」
「久しぶりじゃ無いわよ、馬鹿! あんた一体何やってんの!?」
「そりゃ木登りに決まってるっていう! 木があれば登って次々と飛び移る!!
 ィヤッ! ホホッ! ィヤッフゥゥゥゥ!!」
「暴れるなっ!」

再び木に登ろうとするKASを押さえつけながら、霊夢が怒鳴る。
その光景にどこか懐かしいものを感じながら、レナ達もKASの下へ歩み寄った。
相変わらず小さな身体、間抜けが過ぎるのほほんとしたその表情、そして先ほどからの無駄なハイテンションぶり。
どこからどう見ても、紛れも無いKASである。

「おっ、お前らも久しぶり! 元気してたかっていう!?」
「へっ、お前は変わってねぇみたいだな」
「むしろKASくんが成長した姿の方が想像出来ないよね」

ようやく霊夢の手から逃れたKASは今度は木には登ろうとせず日吉たちの前をぴょこぴょこ跳ねながら懐かしそうに挨拶をする。

七年経過しているというのに殆ど外見が変わっていないという日吉に驚き、
また十余年という歳月を過ごし妙齢の女性になったレナを一目見て「ちょ、レナンババアになった!!」と発言してしまい、
レナに思い切り頭部を強打されながらもKASはニコニコと笑いながら動き回った。

「ところでKAS、あんた何であんな木に登ってたりなんかしたのよ?」
「さっきも言っただろうがレムー!! このKASは木があれば登らなければならぬ宿命を背負った男!!
 首相がチンパンジーなら俺は猿になる!! あなたとは違うんです!!」
「いや、だからそういう事じゃなくて!」

相も変わらず訳の分からない受け答えをするKASに頭を抱えながら、霊夢は必死に言葉を選びつつKASと会話する。
KASの話によると、KASもレナ達と同じように紫のスキマ運送を利用してこの場に来ていたらしい。
しかしながら、スキマから出てすぐに霊夢たちと挨拶する間もなくその場を離れたというのだ。

「俺にはやる事があったんだっていう!」
「……そのやる事ってのは、もしかして木に登る事?
 私達に一言挨拶する前にそんな事をする方が大切だったっていうの?」
「違うぜ!! 後ろを振り向け、レムー!!」
「へっ?」

少し怒気を含んだ声で問い詰める霊夢に、しかし物怖じせずKASは否定し霊夢の後ろを指差す。
その方向にあるものは博麗神社と下の地域とを結ぶ長い石階段。
別段変わった風も無いその階段をしばし見ていると――ひょこり、と。
蔦の先っぽのようなものが一本、階段の陰から姿を現した。

「音速が遅いぜお前らあああああああああああああ!!!」

KASが叫びながら石階段へ近づいていくと、それを合図にしたように一本しか無かった蔦のようなものは二本三本と数を増やしていった。
いや、それは蔦だけではない。
歪な形をした石ころのようなものやら機械仕掛けの歯車のようなもの。
様々な種類の"ナニカ"が石階段から姿を現し――そして、博麗神社に入り込んだ。

「「「「「「宴会と聞いて飛んできました!!」」」」」」

わらわらと出てきたのは、あの決戦で自分達に必死に声援を送り続けていた『ゆとり』達。
あの後幻想郷に来た彼らの大半は、まだこの幻想郷に住み着いていたのだ。
その数は十を超え二十を超え、圧倒的な物量をもって博麗神社を侵略していく。
一体これはどういう事なのか、と問いかけようとした時。
KASの満足げな表情を見て霊夢は悟った。

「もしかして……あんたが?」
「宴会だってのにたった六人ぽっちじゃ寂しいっていう! みんなでどんちゃんちゃん騒いだ方が楽しい!!
 それに、こいつらもあの時一緒に戦った仲間なのサ!!」

言いながら、KASはゆとり達の中に飛び込み彼らと肩を組みながら敷いた茣蓙の方へと進んでいった。
KASがいなくなっていた理由は、ゆとり達を呼びに行っていたからなのだろう。
そうならそうと一言、声をかけてから行ってくれれば何も霊夢もここまで怒る事は無かったというのに……。
しかし、その一言断るという事が出来ないのがKASなのだろう。
考える前に動く、本能のみで動き回る事こそがKASなのだ。

「何やってんだお前ら! ほら、早くはじめようぜ!!」

いつの間にか茣蓙に座り込んでいたKASが食器を叩きながら霊夢たちが来るよう催促する。
共にいるゆとり達も待ちきれない様子で、涎を垂らしそうになってはしきりにそれを拭っていた。
隣を見るとレナ達も、ゆっくりと茣蓙の方へと進んでいく姿が見て取れた。
霊夢は小さく、呆れと喜びが混ざったような複雑な溜息を一つするとKASの隣の席へと座り込む。

それを確認するや否や、ゆとり達は我が物顔で各々の杯に飲み物を入れ始めた。
レナも日吉の杯に近くにあった酒を注ぎ、日吉もレナに注ぎ返す。
遊戯とつかさは酒ではなく、橙色の液体を注いでいるのが見えた。
用意した酒類にはあんなものは無かったが、もしかして遊戯たちが持ってきた外の世界の酒だろうか?
霊夢もまた、隣にいたゆとりに酒を注いでもらい、KASも遊戯に酌をしてもらう。
全員の手元に飲み物がいった事を確認し、皆は杯を天高く掲げた。

「「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」」



ep-7:永劫回帰 投下順 ep-8:春です。
ep-7:永劫回帰 博麗霊夢 ep-8:春です。
ep-1:ベルンカステルの07(後編) 竜宮レナ ep-8:春です。
ep-2:THE END.60%(後編) KAS ep-8:春です。
ep-4:SAMURAI DEEPER WAGASHI 日吉若 ep-8:春です。
ep-5:13 ‐ La Mort 武藤遊戯 ep-8:春です。
ep-6:新たな世界 柊つかさ ep-8:春です。



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最終更新:2010年03月18日 11:46