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 二人の足音が確実に近づいてくる。
落ち着けって自分に言い聞かせようとするのだけど、隣の熊井ちゃんをみていたら、ペースが乱れされてしまった。
私だけがこんなにも焦っていて、熊井ちゃんは落ち着いてるのが何だかおかしい。
珍しく大好きな熊井ちゃんをみていて、イラッときた瞬間だった。
だけど、それを本人にここでわかってもらおうなんて考えたらダメだ。
熊井ちゃんには後で説明するしかない。

「ちょっと来て。声は出しちゃダメ。いい?」
「え、えぇ~。ちょっとちょっと」

 私より10センチ近く身長の高い熊井ちゃんではあるが、運動能力などでは私が熊井ちゃんに勝る。
とくに力ならBerryz工房内では誰にも負けない自信もある。
なので、ここは仕方ないが実力行使でいくしかない。
私は熊井ちゃんの口を手で塞ぐと、めいっぱいの力で彼女を素早く通路の影に引きずりこんだ。

「ん・・・ん~。ん~」
「しぃ~静かにしてて。後でちゃんと謝るから。ねぇ、お願い」
「ん~」

 涙目になって頭を振って抵抗しようとする熊井ちゃんは、その気がない私でも妙な興奮を覚える。
見た目だけはグループ一と言っていい綺麗さなのに、心はまだまだ夢見る乙女な面が強い。
その分純粋で、好きな男の子のタイプも言い方は悪いけど、理想の王子様象を作りすぎている気がする。
大人になっていくにつれ、そういったところは抜けてしまう普通の人には何故かなってほしくない。
これはこれで矛盾してはいるのだけど。

「ねぇ、なぁに? いきなりこんなところに連れ込んで。もぉ」
「ごめんなさい。これには理由があってね。ほら、ちょっと顔出してあそこみて」

 私は熊井ちゃんにそっと顔を出すように言って、自分も顔を出して、廊下でウロチョロする二人組を指差した。
指差した先には、声がしなかったかどうかで話し合っている千聖と桃がいる。
二人とも小さな体を大きく揺らして、廊下の曲がり角などに人がいないか確認しているようだ。
ということは、そのうちにここにもあの二人組が来るということではないか。
そうなると非常に不味いことになるのは確実だから、早く説明しきってここを乗り切らないといけない。

「あの二人がどうかした?」
「ほら、あの二人にみつかっちゃいけないの。何て言うか、逃げてるわけでもないんだけど、とにかくみつかるのだけはいけないの」
「うぅ~ん、よくわかんない。茉麻が逃げる理由はあるの? いけないことしたなら謝らないとだよ」
「そ、そうだね。でも、今回は私が悪いことしたわけでもないんだよね。本当に」

 悪いことをしたわけではないのは私自身がよく知っている。
ただ、運悪くあそこに居合わせただけなのだが、それはどうやっても言い訳に聞こえてしまう。
結局のところ、盗み聞きをする選択をしたのは私なのだ。

「悪いことしたわけじゃないのに、逃げるなんておかしいじゃん。茉麻が堂々と出て行ったらダメなの?」
「それはそうだけどね・・・」

 あぁ、埒が明かない。
熊井ちゃんは変に真面目すぎるから、悪いことしてもいない私が逃げるのがわからない。
この子には自分の納得できる理屈がないと、何事も先には進めない面もある。
よく言えばこだわりで、悪く言えばただの頑固だ。
今の私では熊井ちゃんを納得させるだけの理由が急には思いつかない。
これは将棋でいう”詰み”で、私は二人の前に何事もなかったかのように出て行った方がいいということか。
だけど、それには今度は私が納得できるだけの理由が必要だ。
私にはあの千聖が男の子だなんて信じられない。
だから、私の口をついて出たこの一言には自分でも驚いてしまった。

「熊井ちゃん、千聖って男の子なんだって」
「え!?」

 しまった、私は何を言い出すんだ。
こんなところでそれを言ったら、熊井ちゃんを驚かせて、事態を悪い方へ進めてしまうだけなのに。
しかし、この後に熊井ちゃんから返ってきた言葉に私はさらに驚かされることになる。

「知ってたよ。だって、私と梨沙子は一緒に一か月生活してたんだもん」

 そうか、映画の撮影で三人は共同で生活をしていた時期があったのだった。
熊井ちゃんは千聖が男の子だと知っていながら、今も知らぬ存ぜぬを通してきたのだろうか。
いや、この子は嘘が上手い方ではないから、千聖と約束でもして誰にも言わないでと言われてきたのかもしれない。
とは言うものの、こんな形であっさりとバラしてしまったわけではあるが。

「茉麻も知っちゃったなら、黙っていてあげてね」

 熊井ちゃんはそう言って、秘密を共有するのを楽しむ悪戯っ子みたくほほ笑んだ。

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