Skip to: Site menu | Main content


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 更衣室で一人着替えを済ませ、店内へ出ようとドアへ足を向けた時だった。
間に合ったと声がしたかと思うと、千奈美が慌てて更衣室へ入ってきた。
室内に私がいるのが見えると、千奈美は途端に表情が明るくなり、走って近寄ってきた。

「久しぶり。元気してた?」

 電話で話したときも体調が悪そうには思えなかったので、元気な顔をみて少し安心した。
欠勤したのは、欠勤前にパートのトップと揉めていたから、大方それが原因と考えてよさそうだ。

「久しぶりじゃないわよ。あんたこそ元気にしてたの?」
「元気に決まってるじゃん。熊井ちゃんに会えなくて寂しかったくらいで後は問題なしかな」

 呆れて言葉も出ないとは今みたいな心境を言うのだろう。
ほんの数秒だが確実にどう返事をしたらいいのか全くわからなずにいた。
千奈美にはありがちだが、こちらの気も知らないでよくもこんな言葉が言えたものだ。

「復帰する気になったのは熊井君のおかげってわけね。向こうもあんたのことを心配していたし、よかったじゃない」
「え、えぇ~マジで? やった~嬉しいなぁ~私だけ本気で好きになっちゃってたのかと思ってた」

 千奈美がさらっと熊井君の名前を出したのに嫉妬したのか、冷たく言い放っていた。
どんどん若返る千奈美に比べ、どんどん老けこんでいく惨めな自分。
熊井君と恋愛関係になってから千奈美は自信に満ち溢れ、最近では下着まで布地の小さなものを着用している。
それに引き替え、私はストレスと共に溜まっていく脂肪に包まれ、とてもじゃないが身につけるなんて出来ない。
私も恋の一つや二つでもすれば、こんなにも変わることが出来るだろうか。

「茉麻、聞いてる?」

 ロッカーを閉める音に驚き、千奈美の方へ向き直る。
考え事をしている間に着替えまで済ませていたようで、千奈美はエプロンの紐を結び終えたところだった。
頬を膨らませ、ご立腹気味の千奈美は軽く溜息をついて、先に歩き出す。

「な、何を!? 何か話してたの?」と、なるたけ低姿勢な印象を与えるよう努めた。
「全然聞いてなかったわけね。こっちがあれだけ一生懸命に話してたって言うのにさ。損しちゃった」
「ごめん。今度はちゃんと聞くからお願い。教えて」

 千奈美は後ろを振り向き、人差し指を突き出し、「今度はちゃんと聞くんだね」と返されてしまう。

「うん。聞く聞く。だから、教えなさいよ」
「よろしい。今日、仕事終わった後に熊井ちゃんをデートに誘おうかなって言っただけ」

 そう言って、千奈美が店内に消えていくのを追いかけ、私も店内へと入っていった。
後はレジに立ち、お客さんが持ち込む商品をバーコードで読み取って、値段を読み上げるだけの作業になる。
自分が機械になったつもりでやらなければ、こんな作業は続かない。
時々千奈美が熊井君に合図を送りながら作業を続けるのを見届けるのは、いつもよりも何倍も辛かった。
そんな思いをしたせいか、釈然としないものを抱えて帰り支度を整え、職場を後にする。
いつもと変わらない帰宅ルートを利用して帰る、それだけなのに気が重い。
日も暮れかかっていることも、ナーバスな今の私には作用しているのかもしれない。
だから、千聖君をみつけたときも一瞬誰かさっぱりわからなかった。

 時刻は17時を回ったこともあるので、梨沙子との勉強会を終えて駅前にいてもおかしなことではない。
ただ、この時の彼が少しでも変わった様子をみせなければ、そのまま後をつけようとは考えもしなかっただろう。
千聖君は人目を気にしながら歩いているのか、きょろきょろと忙しなく周りの人目を注意している。
幸い、私が先に気づいたこともあって、みつかる前に素早く身を隠すことが出来た。
あれではかえって人目を引いてしまう気がするが、おかげで私は気づけたのだから良かったとも言える。
彼は小走りに進み、徐々に人気がない場所へと入っていく。
彼が入っていった路地裏は治安が悪く、一歩でも踏み込めば何かあった場合、誰も助けてくれる人がいなくなる。
大人でも入るのを躊躇う場所を彼はどんどん奥へと進んでいくのを見過ごすわけにはいかない。
私がここで見て見ぬふりをして何かあったら、大変なことになる。
同じ年の子供を持つ親として、彼のご両親のことが気になり、仕方なしに路地裏へと入る。

 彼はこの路地裏へは何度通っているのだろう。
迷うことなく進み、目的地へとたどり着いたようで、あっという間にビルの中に消えた。
私はここで恐喝に合う程度は考えていたのだが、彼の選んだルートのおかげか一度も合うことなくたどり着いた。
彼の入ったビルは汚らしい外観の古いビルで、周りも似たような年数の経つビルが並んでいる。
ビルのテナントに何があるか看板もないため、さっぱりわからないので困った。
こんな場所に習い事に来ているとも思えないし、私としてはすぐにでもビルの中に入りたいのだが、怖くて踏み込めない。
ビルを見上げ、途方に暮れている私を背後から呼ぶ声がしたのはこの瞬間だった。

「先ほどからうちの会社のビルを眺めているようですけど、どうされました?」
「はい!?」

 振り返ると、そこには長身で金髪の青年が微笑みを携え立っていた。
まるでホストを思わせる風貌の青年に、私は全身が警戒して強張るのを感じた。
私がとっさに警戒したのに気づいたか、青年は先ほどよりも優しげに微笑みかけてきた。

「突然声をかけたものですから驚かせてしまったようですね。実は私、こう言う者です」と、名刺を差し出してきた。

 彼の差し出してきた名刺を受け取り、私は益々困惑してしまった。
千聖君がこの青年とどんな関係なのか、想像も出来なかったからだ。
彼の差し出してきた名刺の会社名を見れば簡単なことなのに、私には千聖君があんなことをする少年には見えなかった。
彼が出張ホストをする少年だとは・・・

←前のページ   次のページ→