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「ほら、こんなとこにいないで子供はお家へ帰りな。あんたがこんなところで待っていても、美貴さんは来ないよ」

 自分が子供だからといって、ここまでつっけんどんに外に出されるとは思ってもみなかった。
地面に尻もちをつく強い力で突き飛ばされ、痛みをこらえながら起き上った千聖は悔しさで涙が溢れそうだ。
上目遣いに相手を睨みつけ、何か言い返してやろうとするも言葉が浮かんでこない。
浮かんでくるのは憧れの美貴さんの笑顔だけ・・・

「何よ、その目は。あんたねぇ~ガキがこういう店で遊ぶのは早いんだっつ~の。あと5年でもしたらまた来なよ」

 自分を突き飛ばした女は、千聖がいくらお金を持っていると主張しても聞き入れてくれはしなかった。
ならば、現物を見せてここで遊ぶお金があると信じてもらうしか、美貴と会う方法はない。
そう思った千聖は、ジーパンのポケットに手を突っ込んでお札を女の前に突き出した。
家を飛び出してきたときは握りしめていたせいか、千聖がお札をジーパンのポケットから取りだすとくしゃくしゃになっていた。
女は突然お金を突きつけられ、ナイフと見間違えたか一瞬びくついたが、冷静になると再び冷笑を浴びせた。

「金あるから大丈夫だって、そう言いたいわけね。とんだマセガキだね、あんたさ。金があっても来るのは早いんだよ。ばぁか」

 と、言い終えると同時にドアを閉められ、千聖はその場に取り残されてしまった。
美貴さんに会いたい、ただそれだけの願いなのにどうして叶えられないんだろう。
僕はあの人に会ってお話が出来ればそれで満足なのに、どうして邪魔をされなきゃならないんだ。
お金さえあれば僕みたいな中学生でも美貴さんに会えると信じていたのに、こんな仕打ちはありえない。
先ほどまでこらえていた悲しみや怒りに悔しさが、一気に結界をつき破って溢れ出してくるのを止められず、涙となって流れてくる。
涙を流しながらその場を後にしだす千聖は、一度だけ振り返りキャバクラ『エレジーズ』のドアを見つめた。

 駅前でみかけて以来、ずっとあの人の顔が忘れられず、また見かけないかと期待していた時分を懐かしく思う。
それだけに留めておけばよかったものを、二回三回とみかけるうちに話しがしたい願望が芽生え、止めることが出来なかった。
見るだけで満足していたなら今の状況にはなっていないはずだったのに、自分は抑えられずに来てしまった。
来た結果がこれとは、我ながら様はなくて自分に泣けてきてしまう。
諦めた方が楽なのはわかっていても、滝が落ちるように流れる涙は諦めきれない証でもあった。
来なければよかったなんて思いたくない、負けず嫌いな面が千聖に活を入れてくる。
ここで諦めるなんて僕には出来るわけがない。
千聖は自分の前に立ち塞がる巨大な壁に、次こそは美貴に会うと誓って、その場を後にした。

「ん・・・ん~ぜった・・・ん、はっ・・・やっべ、ひとみさんに電話番頼まれてたのに寝ちゃってた」

 自分が過去の出来事を夢で追体験していたとは思ってもおらず、今起こっていると錯覚を起こしていた。
夢だと気付き、慌てて起き上った千聖ではあったが、次に何をしたらいいのかがわからず部屋の中を右往左往するばかりだ。
梨沙子のことでも頭が痛くなりそうだというのに、仕事中に寝るなど頭痛の種を増やしただけではないか。
頭を抱えながらソファーに座り直した千聖は、溜息をついた。
そこへ、「おっす」とドアを開けてオーナーが声をかけてきた。
オーナーであるひとみに声をかけられた瞬間、千聖の体内は今にも沸騰しそうに熱くなった。
オーナーから電話番を頼まれておきながら、自分はぐっすりとおやすみしていましたでは話にならない。
どう言い訳したところで、仕事をサボったことには変わりないのだから、謝る以外に道はなさそうだ。

「ひ、ひとみさん、す、すみません・・・」
「何が?」

 慌てる千聖に比べ、やたらと落ち着き払った態度のオーナーであるひとみは、ゆっくりと自分の席についた。
肘掛に肘をついてもたれかかる頭を支える動作にも、優雅さが感じられる様は『FOREVER LOVE』のオーナーに相応しい威厳に溢れている。
そんなひとみに笑いかけられ、益々恐縮してしまう千聖。
とにかく謝るしかないのだからと必死に何度も頭を下げる。

「あ、あのぉ~僕としたことがすっかり寝ていて電話番の仕事サボってました。すみません」
「そのことか。お前がサボるとは珍しいこともあるもんだよね。電話番ならさっきまで栞菜がやってたらしいよ」
「え、そうだったんですか?」
「うん、自分の指名が入るまでは寝てるお前に代わってくれてたんだとさ。俺に謝るのはいいから、栞菜に感謝しときな」

 胸ポケットから取り出したたばこを燻らせ、ひとみは高級ソファーに背を預けた。

「最近はお前も指名が立て続けに入ったりと忙しかったんだし、疲れが溜まってても仕方ないさ。今日はこれで帰りな」
「で、でも、僕まだやれます。ちゃんとやりますから・・・」
「ストップストップ。そうやってまた自分追い込んだって余計に疲れるだけだよ。今日は指名もないんだし、帰っておけよ。な?」

 ひとみに言われるがまま帰り支度を整え、千聖は帰路についた。
帰ったところで梨沙子のことで眠れるわけもなく、仕事をして少しの間だけでも忘れていたかった。
たとえそれが逃避であっても、梨沙子と明日会うことを考えているよりはよほどマシに思えた。

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