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 僕らは雑貨屋さんを出て、言葉にこそしないがホテルを目指して歩きだしていた。
愛理は何も言わずに僕の腕にしがみついて歩き、期待に満ちた顔でちらちらと僕の顔を覗きこんでくる。
こんな時でも笑うと、「ケッケッケ」と言葉にしてしまうのは愛理らしいなと思い、僕も何故か嬉しくなる。
僕にとって指名してくる客は単なる太客にすぎないはずなのに、どういうわけか愛理といる時だけは、仕事を忘れて一人の男としてデートしている時がある。
今も愛理が僕の肩に頭を預け、上目遣いに「えへ」と笑った瞬間、自分がホストであることを忘れてしまった。
可愛いと思ってしまえば、僕らホストは仕事が出来なくなってしまうのはオーナーからも重々注意されていたはずなのに。
自分にとってお客様はお客様の一人であれ、自分はお客様のオンリーワンであれ、とオーナーの言葉を頭の中でしつこく反芻した。
愛理を極太客に出来るチャンスをむざむざ棒に振るわけにはいかないのだ。

「どうしたの? さっきから険しい顔してるけど、やっぱり私なんかじゃ栞菜には不満かな?」
「えぇと・・・何言ってるのさ。全然そんなことないよ。愛理の初めてをもらえるならこんなに喜ばしいことはないな、と思うと緊張しちゃってさ」
「や、やだなぁ~初めてだなんて口に出さないでよ。めっちゃ恥ずかしいじゃん」

 やめろ、そんな顔で僕を見るんじゃない。
愛理は僕がキッズになるきっかけを作ってくれればそれでいいんだ、それ以上は何も望んじゃいない。
僕は愛理から目を逸らし、ふと通りの隅にぽつんと立っていた一匹の黒猫をみつけ、そこで視線が止まった。

 惹かれるように目があうと、黒猫は目をギラギラと光らせ、僕を警戒していつでも攻撃できる態勢に切りかわった。
強くねめつける視線は一瞬たりとも僕を捉えて離さず、近づくな、と言葉の代わりに語っている気がする。
僕はそんな猫に対し、「大丈夫だ。絶対にお前に近づいたりしない」と、目には目とばかりに視線を送る。

「ねぇねぇ、猫ちゃんだよ。栞菜、あそこに黒い猫ちゃんがいる」

 僕が猫に気をとられている間に、愛理も黒猫に気づいたらしく、私が先に気づいたのよと言わんばかりにはしゃいだ声を出す。

「しっ、あいつ警戒してるんだ。絶対に近づかない方がいい」
「う、うん・・・」

 僕ら二人は猫の様子を窺いつつ、先を歩いた。
道をだいぶ歩き、ホテルが立ち並ぶ通りへとさしかかった頃、愛理がぼそっと呟き始めた。

「さっきの猫、驚いちゃった。私、猫も好きだけど、さっきの子はちょっと怖かったな」
「そうかな? 猫なんて皆ああいうものさ。俺はああいうのも猫の性格だし、仕方ないと思うよ」
「うぅ~ん、うちの猫はもっと可愛いよ。何て言うか、猫の割に愛情表現とかきちんとするし、可愛くって

 それもそうだが、馬鹿らしくて「そいつが外の世界を知らないペットだからさ」とは言いだせなかった。
愛理、知ってるかい? 野良猫っていうのはね、孤独でいることに慣れ過ぎて、不用意に優しさを振るってくる相手を警戒するんだ。
この僕みたいに。
僕は犬と猫のどちらが好きと問われれば、断然猫と答える。
僕は孤独でいることに慣れていないから、孤独に強い猫に憧れを持っていた時期があった。
でも、僕は一人でいるのに耐えきれなくなり、寂しさですっぽりと空いた心を埋める為、ホストになった。
初めはお金欲しさに始めたわけじゃなかったんだ・・・ただ、寂しさを埋めたかっただけなんだ。
それが今では前よりも穴が開いてしまった気さえするのは何故なんだ。
キッズになれば何でも手に入る、そうすれば寂しさは埋まると思っていたのに、今では嘘に思えてきた。
僕は本当にそれだけを求めていたのか、答えは愛理だけが教えてくれる予感がする。
今日、僕の中の心の変化を確かめるのも丁度いい。
モヤモヤしたすっきりしない気持ちのまま、僕は愛理とホテルへと足を踏みこんだ。

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