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「桃ちゃん、何考え込んでるの?」
「え、い、いやだなぁ~別に考え事なんてしてないよ。夜景に見入っていただけだって」

 千聖に声をかけられるまで気付かなかったが、私はどうやら過去のことをじっくりと思い出していたらしい。
顔を自分から近づけてきて、千聖は難しい顔で私の顔を覗きこんでくる。

「ふぅん。夜景を見てたわりにはぼぉ~っとしてたけどね」
「ちょっと、あんたこそ私が可愛いからって見惚れてるんじゃない。夜景をみてないのはあんたもでしょ」
「自分でよくそこまで言い切れるね、桃ちゃん。僕の前だからいいけど、他のメンバーの前だと笑われるよ」

 今度は口の端を吊り上げ、如何にも悪だくみをしている顔で「笑われるよ」ときたものだ。
ガツンと言ってやらねば、こういう生意気な子供はどんどん凶悪になるばかりだ。
舞美の教育が甘いからこうなるのだから、本人よりも教育係を注意してあげなくてはなるまい。
まぁ、舞美が甘くなるのはやんちゃな面も含めて好きだからということなのだろうか。
だとしても、野放ししすぎな気がする。

「あんた、最近はわりかし女の子っぽくなってきたから大人しくなったかと思ったけど、違うんだね。やっぱり生意気」
「あれは注意しないと僕は元が男だからすぐに地が出ちゃうと思ってさ。だから、最近は女の子っぽくしてるんだ」
「へぇ~じゃあ、その化けの皮を剥がしてやるから。お正月のハロプロコンサートは覚えておきなさい」
「僕、頭悪いからすぐに忘れちゃうけどねぇ~ぎゃははは」

 コンサートまでの日はもうそんなに長くない。
お正月なんてあっという間にやってきて、あれよあれよという間に私たちは春のコンサートの準備に追われる。
彼の卒業コンサートもそんな形でやってきた。
コンサート会場のあちらこちらから「舞波」コールが止まずにいたのを今でもはっきりと覚えている。
あれからもう三年も経つのか、と月日の流れをしみじみと感じてしまう。

 メンバーに次のコンサートで『石村舞波の卒業』が発表されたのは、コンサートへ向けてのリハーサルが開始された頃だった。

「舞波、どうして何も言ってくれなかったの? 私にはそういう大事なことは教えてくれるって信じていたのに」
「ごめん。桃子に言ったら、他のメンバーの子にも知られちゃうかなって怖かったんだ」
「もぉ~そんなことないんだから。おうじさまなんだから、もっとおひめさまを大事にしてよ」
「そうふくれないでよ。僕だって卒業は辛いんだ」

 舞波が勉強好きでそっちに専念したい気持ちはよくわかっていたつもりだ。
舞波は千聖と違って、子供特有の無邪気さがあまりない大人びた男の子だった。
好きな教科は算数と言い切るだけあって、何事も理屈で考えなければ行動できない面があった。

 とあるダンスレッスンの最中、彼がダンスの覚えの悪さから先生に注意を受けたことがある。
その時、「頭で考えるな。体で覚えなさい。ダンスしないなら他の子の邪魔よ」とまで厳しい声をかけられている。
ダンスの覚えの悪さなら私だってよくはないはずなのに、舞波はとにかく何でも頭に詰め込まないと納得が出来なかった。

「ドンマイ!! 私も覚えるのが悪くって苦労してる身だからわかるよ」

 レッスンの合間に休憩になり、私は注意を受ける彼のもとへ直行した。
彼は苦笑いをして、「ありがとう。桃子は誰よりも努力家だから平気だよ」と逆に私を励ましてくれた。
本来は自分が一番辛いはずなのに、そんなこと口にもしないで耐えている強い人だ。
彼の不器用さに惹かれていく私には、これが悲しい結末の恋の始まりだとは気付かなかった。

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