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「ありがとう。うまくいくかどうかはわからないけど、やってみるよ」と、力強く答える千聖の笑顔が眩しい。
「うん。その意気だよ。あんた次第で決まるんだからさ。色男」

 私はやや冷やかすように肘で隣の千聖をつついた。

「やめろよ~色男だなんてちっとも思ってないくせに」
「あ、わかっちゃった?」
「くぅ~このぶりっ子め。何が嗣永憲法だよ。あんな憲法誰が守るんだよ」
「嗣永憲法はそのうちに日本の憲法になる予定なんです。あんたもその時は守らなかったら、逮捕だから」

 夜景を見に山下公園まで来ていたはずなのに、いつの間にやら私たちは楽屋にいるときみたいにふざけ始めてしまった。
普通の男女ならこんなにいいシチュエーションなら、友達同士でも間違いがあってもおかしくない。
そうはならないのが、私と千聖がキッズに入ったばかりの頃と同じに接していられる理由なんだと思う。

「逮捕なんかされてたまるか。桃ちゃんこそ逮捕されちゃばいいじゃんか」
「私が作ってるのに逮捕なんかされるわけないでしょ。逮捕する方なんだから」

 自分と舞波がうまくいかなかったからといって、千聖と舞美に私たちの関係を重ね合わせるのはよくない。
私たちが舞波卒業後に連絡もしていないのは、二人で話し合って決めたことだ。
千聖と舞美が私たちと同じ結末を迎えるだなんて、誰にもわかるわけないじゃない。
この小さな騎士にこれからのことを任せてみるのも悪くはない。

「おいおい、何で笑うかな。あっ、本当に逮捕する気なんだな。そっちがその気ならこっちは岡井憲法作っちゃうからな」
「ぷっ、岡井憲法ですって。あ~面白い。そんなの日本の皆さんが認めるわけありません」
「それならそっちだって同じことだろう。嗣永憲法なんて廃止に決まってるもん」
「だといいですけどぉ~」

 終電が気になる時間になりだし、私たちは名残惜しいが山下公園をあとにした。
駅まで歩きながら、私は舞波との別れを思い出していた。

「ねぇ、どうして辞めちゃうの? 勉強しながらでもベリーズ続けられるんだし、一緒にいようよ」

 マネージャーさんから突然聞かされた舞波卒業の知らせは、私だけでなくメンバー全員に衝撃が走った。
2005年の秋のツアー終了の日、彼はベリーズだけでなくアイドルも卒業するというのだ。
あれだけ仲良くしていた私にも、何の連絡も相談もなしに自分だけで決めたことだという。

「ごめんね。今までずっと黙っててさ。僕がやめるっていうのも、本当は勉強のことが原因じゃないんだ」
「ちょ、ちょっと、じゃあ何でなの?」
「僕はもう中学生なんだ。声変わりはするし、体だって筋肉がついてくる。そうしたら、皆に混じってやっていけない」

 舞波を引き留めるつもりが、問い詰めるような口調になってしまう。
そんなつもりはないのに。
私はただ、あなたと一緒になってBerryz工房をずっと続けていきたかっただけなのに、どうしてわかってくれないんだろう。
そればかりが私には強くなっていた。

「僕だってずっとやっていたかった。でも、いつかは僕が男の子だってバレる。その時、皆はそれでも僕を許してくれるかな」
「それは・・・わかんない・・・キャプはお姉さんだし、話せばわかってくれるよ。みやとか茉麻は同じ年だし、平気だって」

 私は今にも泣きそうな顔で、必死に彼にすがりついた。
もう頭がパニックになっていて、どうにか彼が考え直してくれないか、それだけしか頭になかった。
彼の苦しい胸の内も考えもしないで、ひたすら引き留めた。

「桃、わかってよ。僕だって辛いんだ。短い間だったけど、桃たちとアイドルが出来たことは一生忘れないから」
「だって、だって、舞波がやめるなら千聖だって同じでしょ。千聖がやめるって言うまで待って」
「無理だよ。千聖はまだ小学生だし、成長次第では僕の年をこえてもやっていけるかもしれない。僕はそれまでは待てないんだ」

 ぼろぼろと溢れてくる涙で前がほとんど見えない。
私がこんなになっても、冷静になって話しかけてくれる舞波は実に大人の男らしかった、と今ではそう思える。
当時の私には、こんな時でも冷静でいられる舞波が憎らしかった。
子供らしく慌てたりするとか一緒になって泣くとか、せめて舞波のそういった面が見られたら違ったんだ。

「舞波の馬鹿。やめるにしても、私には話してほしかった」
「桃・・・」

 取り乱す私に、彼がしてくれた最初で最後の抱擁。
子供ならこんな時、どうしたらいいかわからず戸惑うくらいでよかったのに、彼はそうはならなかった。
慌てずに、私がしてほしいことをちゃんとしてくれた。
でも、私が本当に望んでいたのはこんな別れの場面での抱擁じゃない。
もっとドキドキするようなシチュエーションで抱き締めてほしかった。

「僕が一般人になったら、もう会うのは終わりにしよう。桃はアイドルなんだし、夢を壊したらダメだよ」
「いや。私、桃はずっと舞波と会っていたい」
「僕もアイドルを目指す前はファンだったんだからわかるんだよ。ファンはそういうのを一番嫌うんだ」
「桃はアイドルだけど、嗣永桃子っていう一人の女の子でもあるんだよ。だから・・・」

 この時の私はまだ自分がアイドルだってことを、それほど強く意識していたわけでもなかった。
ママに連れられてオーディションを受けに行き、自分でも驚くくらいに運良く受かってこの場にいるだけだ。
アイドルになりたいって意識なら、私よりも男の子なのに千聖や舞波の方が強いのはわかる。
だとしても、私が今の今もこうしているのは誰でもない自分がそうなりたい、と望んだからだ。
それを舞波は気づかせてくれた。

「桃はもっと物わかりのいい子だったでしょ。僕は男の子でアイドルでトップは目指せなかったけど、代わりに桃がトップになってね」

 この言葉がなければ、今の嗣永桃子はきっといない。
彼がなれなかった分、私が意志を引き継いでトップになるんだ。
その強い意志が、過剰ともみえるブリっ子なキャラを生み出し、今では私だけと言われる小指を立てさせた。
卒業の時、彼は笑って卒業したいと言って、卒業していった。
会えない寂しさはあるけれど、彼にはいつでも会えるからもう寂しくなんかない。
今も石村舞波は嗣永桃子と一つになって存在している。

「千聖、話すって言ってた舞波との別れ話あるでしょ。あれ、やっぱりなし」
「ちょっといきなりそれはないでしょ。自分で話すって言ったんだから、ちゃんと話してよ」
「やぁだ。聞いたって無駄無駄。あんたは岡井千聖で、あっちは石村舞波なんだから。自分で舞美と付き合いなさい」
「馬鹿桃~」

 私が話したくなんかない理由。
そんなのは決まっている。
千聖はもう中学生になっていて、舞波とはケースが違う。
二人にどんな未来が待ち受けているのかわからないけど、きっと幸せになるんだろう。
根拠はないけれど、私はそう思った。

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