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音楽室を片づけ終わり、それぞれ荷物を手に帰り支度をする軽音部。 紬「みんなお疲れ様~」 唯「りっちゃーん、帰ろーよー」 律「あ――…ちょっとやる事あるから、みんな先帰っといてよ?」 澪「やる事?何だ?」 律「いやぁ、ドラムセットの金具をね、ちょっとねー」 澪「? まぁいいけど、帰るとき戸締まりとかちゃんとしときなよ?」 律「わぁーかってるってー」 唯「それじゃりっちゃんバイバーイ」 梓「お先に失礼しまーす」 律「あーストップ、待った!梓は残って!」 梓「へっ?」 律「いやさ、ホラ、梓ってジャズとか詳しいじゃん?   ドラムのことでちょっと聞きたい事があんのよねー」 澪「……律、なんか企んでない?」 律「オイオイ勘ぐりすぎだってば…(チラリ)」 付き合いの長さ故だろうか、澪は律の態度にいち早く怪しさを読み取った。 しかし律も慣れている様子で、さりげなく紬に目配せをする。 紬「…!……まあまあ澪ちゃん、いいじゃない」 澪「ムギ?」 紬(りっちゃん、後輩に教えて貰うところ、みんなに見られたくないんじゃないかな) 澪「え…?それは……あ、ちょっとムギぃ」 紬「りっちゃん、梓ちゃん、また明日ね~」 律「おーう、またなー」 紬の耳打ちに半信半疑の澪だったが、半ば連れて行かれるように音楽室を後にした。 そして、律と二人で音楽室に残された梓。 自分の知識を役立てられるという期待と、澪の発言に依る不安が 妙な緊張をかき立てる。 その空気を裂くように、仁王立ちの律の口から梓の名が発せられる。 律「梓っ!」 梓「は、はい!」 律「……ギター貸してくんない?」 梓「………………は?」 虚を突かれ すっかり呆け顔になった梓と、 おねだりポーズで上目遣いに梓を見る律との間にしばしの沈黙が訪れる。 律「ね~ ちょっとだけでいいから~ いいだろー?貸して~」 梓「な、なんで!?ていうかドラムの話じゃなかったんですか!?」 律「んも~、あずにゃんの鈍感さん!アレはあずにゃんとぉー、二人っきりになるためのウ・ソ☆」 梓「ふ、ふざけないで下さい!私もう帰ります!」 律のおちゃらけた言動に、期待を裏切られたショックが重なり 怒り心頭に達した梓は きびすを返し音楽室を出ようとする。 律「わわっ、ごめん!冗談!待てって梓!」 梓「待ちません!律先輩の悪ふざけには付き合ってられないです!」 律「悪かったって!でもギターの事はマジなんだよ、頼むっ!」 梓「律先輩……」 慌てて梓の手を引っ張る律の、意外にも真剣な表情に 梓の 音楽室を出ようとする足が止まる。 一呼吸置いて向き合った梓に、律が真剣な面持ちのまま言葉を続ける 律「……ギター教えて欲しいんだ、あたしに」 梓「え…?ギターを…ですか? …その、なんで律先輩が?」 律「いや、あ――……うーん……隠し芸?」 梓「…はあ?」 律「お、怒るなって、隠し芸はついでついで……弾きたいんだよ、ギターが。   …それとも、弾きたいってだけの理由でギター弾いちゃダメかぁ?」 梓「だ、ダメじゃあないですけども……何でそれを私に?」 律「唯じゃあ他人にちゃんと教えられないだろ?」 梓「う、確かに…弾くのは上手いんですけど」 律「それに、みんなに内緒で上手くなって、後で驚かせたいし……あと……」 そこまで言うと、律は目を伏せて口ごもった。 律「まあそんなワケだからさ、頼むよ、ギター触らせて!」 梓「んぅー……なんか律先輩ってギターすぐ壊しそうなイメージが…」 律「んなっ、失敬な!何を根拠に…」 梓「この前も派手にスティック折ってたし…」 律「アレは事故だっ……てゆーかスティックは消耗品だ。ギターのピックもそうだろ?」 梓「まあ、確かにそうですけど…」 先ほどよりは好意的な態度になりつつも、歯切れの悪い返事を繰り返す梓。 当然といえば当然、愛器を他人に触らせるのは誰しもあまりいい気がしないものだ。 律「じゃあ後で私のドラム叩かせてやるからさっ」 梓「別にいらないです!ていうか、ドラムとギターじゃ全然違うじゃないですか…   それにコレは私がギター始めた時からずっと使ってて愛着があるんです!」 律「はあ?何だよそれ、あたしがドラム大事にしてないっていうのかよ!?」 梓「やっ、ち、違います!そういう意味で言ったんじゃ…」 急に声を荒げて怒りをあらわにした律に、自分の発言の不用意さに気づく梓。 自分の方がキャリアが長く、このギターも長く使っている…そんな自負の気持ちもあったが 梓は無意識に『この人よりも、私の方が音楽も楽器も愛している』と思いこんでしまっていた。 普段の、なにかと練習を怠る姿や、ふざけて自分や澪に悪戯をしたり、冗談を言ったり… そういったイメージばかりが印象に残り、律のことを不真面目な人間だと思っていたが、 そうではない律も、梓はちゃんと知っていた。 一度練習を始めれば、皆が納得いくまでとことんやりこむ情熱を持ち、 メンバーの気持ちを察して、時に励ましたり、冗談を言って緊張をほぐしたり… そういう律のことを、無意識にとはいえ見下してしまっていたとに気づき、 梓の胸には申し訳なさと情けなさがこみ上げてきた。 そんな梓の表情から、言葉にならない言葉を拾い上げた律は ふうっと軽く息をこぼすと、肩をすくめて 表情を柔らかく崩した。 律「まあ…確かに叩いて使うドラムと ほっそい弦を鳴らすギターじゃ違うもんなぁ」 梓「…!」 律「梓はギター歴も長いしそのギターも4年くらい…5年だっけ?」 自分の、謝りたい気持ちを先回りして 律自身に許されてしまった。 それが気恥ずかしさとなって、ますます『ごめんなさい』の一言が出てこなくなる。 行き場のない気持ちが梓の身体をぐるぐると廻り、行動に移させた。 梓「使って下さい!」 梓は、おもむろに担いでいたギターケースを机の上に置くと一言そう言った。 律「梓…………よーし、それじゃあ遠慮無くぅ!」 梓の気持ちを察してか、律は明るい声でそう言うとギターケースに手をかけた。 梓「あっ……大事に……」 律「判ってるよ、梓のギターが壊れたらみんなが困るからな」 そう言うと律は、普段の勢い溢れるパワフルさとはうってかわって 優しい手つきで、つややかな赤いギターを抱き上げた。 そしてストラップをくぐると、そのギターを端から端までゆっくりと見やる。 律「意外と小さいなぁ~。梓が持ってるときは結構大きく見えたんだけどな」 梓「私が小さいからギターが大きく見えるんですよ。それで…どこから教えます?」 律「あ、ちょっと待って。ふふ…」 梓「?」 律はピックを手に取ると左と右をせわしく交互に見ながら手を動かす。 …ド……レ…ミ………ファ…ソ………シ 梓「おお…おおー………あらら」 律「間違えたっ」 梓「ひょっとしてギター練習してました?」 律「んにゃ、唯の教則本読んでただけ。あとは、楽器屋で触った程度かな」 梓「弦はちゃんと押さえれてますよね……ふふ」 梓は感心しつつ、いつまでも“ラ”を見つけられない律を見て微笑んだ 梓「律先輩、なんか初々しくって可愛いかも、です」 律「な、なにを言うかっ、あたしはいつだって可愛いわい」 『照れてるところがまた可愛い』と言おうかと思ったが 後でさんざん仕返しされそうなので黙っておくことにした。 律「クリスマスまでに1曲くらい弾けるようになれるかな?」 梓「? なんでクリスマスなんですか?」 律「ああ、梓は居なかったから知らないよな。   去年の軽音部のクリスマス会で、一人ずつ隠し芸やったんだよ」 梓「っ、またそんなお遊びばっかり…」 律「まーまーまー、良いじゃんかたまには。   で、今年の隠し芸大会で弾き語りでもして、皆を驚かしてやろうかって」 梓「うーん、でも始めたばかりですぐに1曲覚えるのは大変かも…」 律「唯は始めて3ヶ月くらいで1曲弾けるようになったぜ?」 梓「唯先輩は部活でずっとギターやってるんだから、そりゃ覚えますよ。   でも律先輩はドラムの練習があるじゃないですか!   ドラムやらずにギターの練習ばっかするつもりなんですか!?」 律「うっ……そーいやそうだった」 梓「それに律先輩ギター持ってないし、家でも練習できないでしょ?   というか練習のたびに毎回私ギターの貸さなきゃいけないんですか?」 律「うーん…ダメ?」 梓「ダメに決まってます!私が練習できないじゃないですか」 律「だよな~…」 残念そうにギターを見て、ため息を漏らす律。 そんな律を見て、少し考えていた様子の梓がぽそりと口を開く。 梓「まあ、その…週に1,2回こうやって付き合う程度なら良い、ですよ」 律「マジでっ!?ぅありがとぉうッ、中野先生!」 梓「中野先生!?」 律「でも流石にそれだけの練習じゃクリスマスにはチャルメラが限度かなー」 梓「うーん……弾き語りならコードだけ覚えるって手もありますよ?   1曲に使われるコードの種類ってそんなに多くないですし」 律「なるほど、じゃあ早速それやってみようぜぇ!」 梓「はい!」 梓は自分の鞄の中から、楽譜の入ったクリアファイルを取り出し 机の上に広げてページをめくりだした。 梓「例えばこの曲だと…まずAm7…D7…GM7…E7…繰り返して…C、Bm7…   ホラ、9種類だけ覚えればサビは全部歌えますよ」 律「おおー、それなら何とかなりそうだなっ」 梓「じゃあ最初にAm7から……こことここ……そうです…で…」 梓が律の指をとって押さえる場所を教えていく。 #image(秘密のレッスン01.jpg,width=410,height=307) 梓(…律先輩の指って、意外と細いなぁ……いつものドラムの音から想像して   もっとゴツゴツしてるイメージがあったけど……澪先輩のほうが指大きい…) 律「これでいいのかー?まだどっかオカシイ?」 梓「あ、はい、じゃあピックはあまり力まずに、高いところから落とす感じで…」 律「こうかな」 律の手元から、金属弦が奏でるやや鋭い和音が響く。 律「おおー、それっぽい、それっぽい!」 初めての感覚にはしゃいで、続けて何度も弦を鳴らす律。 梓「どうどう!右手はともかく 覚えなきゃいけないのは左手なんですよ。   4種類覚えたらサビの前半は歌えますから」 律「よっしゃ、どんときなはれ!」 そうして、4つのコードを一通り教わり終えた律に 少し悪戯っぽい顔で梓が訪ねる。 梓「じゃあ最初からおさらいですけど…最初のコード覚えてますか?」 律「このりっちゃんを唯と同じに見るでないわっ、そりゃ!」 律がピックを振り下ろすと、背筋が痒くなるような微妙な不協和音が響く。 律「あ、あれ…?なんか違うな」 梓「惜しかったですね、薬指はこっちです」 律「むむむ…こうか。で、次はこれだよな…」 律の手が覚えたての和音を鳴らす。 正直、梓は驚いた。ギターを持つのは今日が初めてという律。 他の3種類のコードを教えている間にすっかり忘れているだろうと思っていたが、 一回目の指一本を除いて、律は最初に教えた配置を正しく覚えていた。 梓(そういえば、テストの時も一夜漬けでけっこう良い点取るって言ってたもんな…   律先輩、こう見えて結構記憶力とか凄いのかも…) 律「で、3つ目がこう…だっ!!痛っ!あたたたたた痛い痛い痛い痛…!!」 3つ目のコードを弾こうとした瞬間、声を上げて悶絶しだす律。 梓「え?え?どうしたんですか!?指切ったの!?」 律「つ、つった!つったぁー!!伸ばして!梓、伸ばして指ィ――!!」 律はそう叫びながら苦悶の表情を浮かべ、左手を梓に差し出した。 突然のことに戸惑い、とりあえず出された左手の指をおもむろに引っ張る梓。 律「ちが、違――ッ!」 梓「ええっ、こうじゃないんですか!?どうしたらいいんですか!?」 律「コレ!コレ持って!」 そう言うと律は、今度は右手を差し出し 持っていたピックを梓に渡す。 梓がピックを受け取ると、律は自分の左手の指を右手で精一杯反らせる。 律「っ――…くあっ…あああ~」 梓「大丈夫ですか…?」 どうしていいか判らずに、しばらく律の様子を見ていると やがて落ち着きを取り戻した律が、手を振ったり曲げたりしながらため息をついた。 律「あーあ。やっぱりこうなっちゃったかぁー…」 梓「やっぱりこういう動作に慣れてないと厳しいですかね…」 律「いや、そうじゃないんだよ梓…」 梓「え?」 律「私さ、小さい頃から こういう指先に力入れて細かい作業すると   すぐに指がつっちゃう体質なんだよね。 手芸とか苦手だし、   ゲームとかでも速い連射できないからアクション系ダメダメだし」 そう言うと、再びギターに視線を落とし、すこし目を伏せる律。 律「…本当は私、ドラムじゃなくてギターやろうかと思ってたんだ」 梓「ええっ?」 律「…って言っても 軽音部に入るよりもっと前の話。   澪と二人でバンドやろうって時に、澪がベースがいいって言うからさ、   じゃあ私はギターやるかなって。そうすれば一応二人でも何とか格好になるし。   ほら、ギター二人だけで路上ライブしてる人とか居るじゃん?あんな風に」 梓「確かに ドラムとベースよりはバンドの体は保てますけど…」 律「で、楽器屋で実際にギター触ってみたら『ああ、こりゃ無理だな』って」 梓「……じゃあ、前に言ってた『格好いいからドラムにした』っていうのは…」 律「ああ、アレはホントだよ?だってドラマーって格好いいじゃん!」 何か落ち込んでいるのかと思われていた律だが、 ドラムの話になると急に明るい顔になって、口調にも覇気が戻った。 梓は肩すかしを食らった気分だったが、正直ホッとしていた。 『本当はギターに憧れていたが挫折した』なんて言われたら 次から律の前で弾くギターがずんと重くなってしまいそうな気がしたからだ。 律「私、好きなバンドがあって、そん中でもドラムが一番好きでさ。   変な話だけど、そのバンドのCD聴いてると…音しかきこえないはずなのに   すっごいパワフルにドラム叩いてるのが見えてくるみたいなんだよね。」 梓「あー、なんとなく解ります。良い音楽って耳以外の所にも届く感じしますよね」 律「…んでさー、そのバンドの曲の中で私が一番好きな曲。   その曲の作詞作曲してんのが、そのドラマーさんなんだよ」 梓「じゃあ、律先輩はそのドラマーに憧れてドラムを?」 律「んー、バンド始めたきっかけになったのは別のバンドだったけど…   そうだな、今でもそのドラマーみたくなりたいなってのは思ってる」 人差し指の背中でAm7をポロン、ポロンと鳴らしながら どこか嬉しそうに語る律を見て、梓はふと気づいた事があった。 梓(律先輩と…軽音部以外の音楽のこと、こんな風に話したこと無かったな…) 実は今、とても貴重な時間を過ごしているのではないだろうか。 そんな事を考えた矢先、律の表情の明るさが鈍り、弦の音が途切れた。 律「でもなぁー…私作詞も作曲も全然ダメだし…   ドラムだって1年以上やってて未だに汎ミスばっかしてるからなー」 梓「それは……」 律「新入部員が梓だけで、ある意味助かったかもしれないなー。   もしドラム上手い奴入ってきたら、あたし居場所なかったもんな…   ギターもベースも弾けないし、キーボードだって…」  「そんなこと無いです!!!」 梓の叫ぶような声が、広い音楽室の床を揺らした。 梓「私たちのドラムは…軽音部のドラムは律先輩なんです!」 律「……っ」 梓「そりゃ確かにいつも走り気味だし、AパートとA'よく打ち間違えてるし   上手くないとこもあるかもですけど……なんて言ったらいいか…」 またも無意識に毒を吐いている梓だったが、律は何も言うことができなかった。 怠慢や悪ふざけをして、澪や梓に怒鳴られるのはいつもの事だったが この小さな後輩が、声を張り上げて 自分を肯定するなんてことは初めてだったのだ。 だから梓の言葉に、どういう気持ちを抱くべきなのか、律には思いつかなかった。 梓「律先輩のドラムは走ってても、他のみんなの「音」を拾い上げて   それを腋にかかえ込んで突っ走っていくような感じなんです…!   だからっ……新歓ライブの時も胸が熱くなったし、今だって!   律先輩のドラムの前で演奏してると…立ってるのに、身体が   どんどん前に進んでいくような…そんな、感じで…っ………」 気持ちを伝えたい、理解して欲しいのに上手く言えない。 そんなもどかしさが涙となって 梓の目頭に滲み出てくる。 小さな頃から音楽に触れてきた。音楽の知識なら人一倍ある。 でも、音楽の一番大事な部分は…音楽でしか語れない。 律のドラムの良さは、律のドラムでしか教えられないのだ。 梓の心は、音楽の素晴らしさを感じつつ、同時に口惜しさで一杯だった。 そんな情感を吹き飛ばすように、威勢の良い声が響いた。 律「梓っ!」 梓「っ!?」 梓が顔を上げると、いつの間にかストラップを脱いだ律が ギターを両手に抱えて嬉しそうに笑っていた。 律「これ、返すな。……ありがと」 梓「は…はい…」 梓がギターを受け取ると、律は照れくさそうに横を向く。 梓もまた、なんだか恥ずかしくてギターを持ったままうつむく。 二人の間に、ほんの少しの沈黙の時間が過ぎ やがて夕暮れ時を伝えるチャイムが鳴り響いた。 律「……帰ろっか」 梓「…ですね」 ギターをケースにしまう梓に、律がぽそりと話しかける。 律「なあ梓…今日のこと、みんなには内緒な?」 梓「う~ん…どうしようかな~?   今日は律先輩の珍しいトコたくさん見ちゃったしなあ」 いつになくしおらしい態度の律に、日頃の仕返しもかねて ちょっと意地悪をしてみたくなった梓だったが…。 律「ホホーウ梓君、そんな態度を取ってしまっていいのかね?   この“泣き泣きあずにゃん画像”をみんなに見せてもいいのかね?」 梓「ええ!?」 見ると、律の手に握られた携帯に自分が写っている。 小さくてハッキリしないが、撮ったのは間違いなく「ついさっき」だ。 しかも結構ズームされていて、泣き顔なのが一目瞭然だった。 梓「ちょ、これ何時の間に…!?」 律「ふふふふふ……『梓っ!』」 梓「…! あの時!?」 梓の脳裏に、先ほどの律の嬉しそうな顔がフラッシュバックする。 そして その後の横を向いた律の顔……今にして思えば アレは笑いを堪えていたのではなかろうか。 それに気づいた途端、梓の顔は耳まで真っ赤に染まった。 梓「ひどいっ!この人はも――!!」 律「梓が黙ってたら 私も隠しといてあげるわよーん♪」 鞄を抱え、ひょいひょいと逃げるように音楽室の扉を開ける律。 ギターを担ぎ、その後を追う梓。 それを律が手で制止した。 律「窓の鍵閉めておいてー、じゃないとあとで澪に怒られるぞー。   ほォ~ら、速くしないと真っ暗になるぞ~」 そう言いながら室内灯のスイッチをひとつずつ消していく律。 梓「こ、この人最低だあ!   ドラムは律先輩がいいけど、部長は別の人が良いですッ!!」 律「にひひひっ」 梓には 律のその笑いが、うろたえる自分を見てほくそ笑んでいる 悪魔の笑顔に思えたかもしれない。 しかし律自身にとっては、心の底からこみ上げる嬉しさが 顔からこぼれてしまっている…そういう笑顔だった。 そして律には見えていない。 今、必死で戸締まりをしている梓の、後ろ姿の向こうにある 律と同じ、仲間と絆を深めあった喜びの笑顔が。 end >出典 >【けいおん!】田井中律は寝顔可愛い24【ドラム】
音楽室を片づけ終わり、それぞれ荷物を手に帰り支度をする軽音部。 紬「みんなお疲れ様~」 唯「りっちゃーん、帰ろーよー」 律「あ――…ちょっとやる事あるから、みんな先帰っといてよ?」 澪「やる事?何だ?」 律「いやぁ、ドラムセットの金具をね、ちょっとねー」 澪「? まぁいいけど、帰るとき戸締まりとかちゃんとしときなよ?」 律「わぁーかってるってー」 唯「それじゃりっちゃんバイバーイ」 梓「お先に失礼しまーす」 律「あーストップ、待った!梓は残って!」 梓「へっ?」 律「いやさ、ホラ、梓ってジャズとか詳しいじゃん?   ドラムのことでちょっと聞きたい事があんのよねー」 澪「……律、なんか企んでない?」 律「オイオイ勘ぐりすぎだってば…(チラリ)」 付き合いの長さ故だろうか、澪は律の態度にいち早く怪しさを読み取った。 しかし律も慣れている様子で、さりげなく紬に目配せをする。 紬「…!……まあまあ澪ちゃん、いいじゃない」 澪「ムギ?」 紬(りっちゃん、後輩に教えて貰うところ、みんなに見られたくないんじゃないかな) 澪「え…?それは……あ、ちょっとムギぃ」 紬「りっちゃん、梓ちゃん、また明日ね~」 律「おーう、またなー」 紬の耳打ちに半信半疑の澪だったが、半ば連れて行かれるように音楽室を後にした。 そして、律と二人で音楽室に残された梓。 自分の知識を役立てられるという期待と、澪の発言に依る不安が 妙な緊張をかき立てる。 その空気を裂くように、仁王立ちの律の口から梓の名が発せられる。 律「梓っ!」 梓「は、はい!」 律「……ギター貸してくんない?」 梓「………………は?」 虚を突かれ すっかり呆け顔になった梓と、 おねだりポーズで上目遣いに梓を見る律との間にしばしの沈黙が訪れる。 律「ね~ ちょっとだけでいいから~ いいだろー?貸して~」 梓「な、なんで!?ていうかドラムの話じゃなかったんですか!?」 律「んも~、あずにゃんの鈍感さん!アレはあずにゃんとぉー、二人っきりになるためのウ・ソ☆」 梓「ふ、ふざけないで下さい!私もう帰ります!」 律のおちゃらけた言動に、期待を裏切られたショックが重なり 怒り心頭に達した梓は きびすを返し音楽室を出ようとする。 律「わわっ、ごめん!冗談!待てって梓!」 梓「待ちません!律先輩の悪ふざけには付き合ってられないです!」 律「悪かったって!でもギターの事はマジなんだよ、頼むっ!」 梓「律先輩……」 慌てて梓の手を引っ張る律の、意外にも真剣な表情に 梓の 音楽室を出ようとする足が止まる。 一呼吸置いて向き合った梓に、律が真剣な面持ちのまま言葉を続ける 律「……ギター教えて欲しいんだ、あたしに」 梓「え…?ギターを…ですか? …その、なんで律先輩が?」 律「いや、あ――……うーん……隠し芸?」 梓「…はあ?」 律「お、怒るなって、隠し芸はついでついで……弾きたいんだよ、ギターが。   …それとも、弾きたいってだけの理由でギター弾いちゃダメかぁ?」 梓「だ、ダメじゃあないですけども……何でそれを私に?」 律「唯じゃあ他人にちゃんと教えられないだろ?」 梓「う、確かに…弾くのは上手いんですけど」 律「それに、みんなに内緒で上手くなって、後で驚かせたいし……あと……」 そこまで言うと、律は目を伏せて口ごもった。 律「まあそんなワケだからさ、頼むよ、ギター触らせて!」 梓「んぅー……なんか律先輩ってギターすぐ壊しそうなイメージが…」 律「んなっ、失敬な!何を根拠に…」 梓「この前も派手にスティック折ってたし…」 律「アレは事故だっ……てゆーかスティックは消耗品だ。ギターのピックもそうだろ?」 梓「まあ、確かにそうですけど…」 先ほどよりは好意的な態度になりつつも、歯切れの悪い返事を繰り返す梓。 当然といえば当然、愛器を他人に触らせるのは誰しもあまりいい気がしないものだ。 律「じゃあ後で私のドラム叩かせてやるからさっ」 梓「別にいらないです!ていうか、ドラムとギターじゃ全然違うじゃないですか…   それにコレは私がギター始めた時からずっと使ってて愛着があるんです!」 律「はあ?何だよそれ、あたしがドラム大事にしてないっていうのかよ!?」 梓「やっ、ち、違います!そういう意味で言ったんじゃ…」 急に声を荒げて怒りをあらわにした律に、自分の発言の不用意さに気づく梓。 自分の方がキャリアが長く、このギターも長く使っている…そんな自負の気持ちもあったが 梓は無意識に『この人よりも、私の方が音楽も楽器も愛している』と思いこんでしまっていた。 普段の、なにかと練習を怠る姿や、ふざけて自分や澪に悪戯をしたり、冗談を言ったり… そういったイメージばかりが印象に残り、律のことを不真面目な人間だと思っていたが、 そうではない律も、梓はちゃんと知っていた。 一度練習を始めれば、皆が納得いくまでとことんやりこむ情熱を持ち、 メンバーの気持ちを察して、時に励ましたり、冗談を言って緊張をほぐしたり… そういう律のことを、無意識にとはいえ見下してしまっていたとに気づき、 梓の胸には申し訳なさと情けなさがこみ上げてきた。 そんな梓の表情から、言葉にならない言葉を拾い上げた律は ふうっと軽く息をこぼすと、肩をすくめて 表情を柔らかく崩した。 律「まあ…確かに叩いて使うドラムと ほっそい弦を鳴らすギターじゃ違うもんなぁ」 梓「…!」 律「梓はギター歴も長いしそのギターも4年くらい…5年だっけ?」 自分の、謝りたい気持ちを先回りして 律自身に許されてしまった。 それが気恥ずかしさとなって、ますます『ごめんなさい』の一言が出てこなくなる。 行き場のない気持ちが梓の身体をぐるぐると廻り、行動に移させた。 梓「使って下さい!」 梓は、おもむろに担いでいたギターケースを机の上に置くと一言そう言った。 律「梓…………よーし、それじゃあ遠慮無くぅ!」 梓の気持ちを察してか、律は明るい声でそう言うとギターケースに手をかけた。 梓「あっ……大事に……」 律「判ってるよ、梓のギターが壊れたらみんなが困るからな」 そう言うと律は、普段の勢い溢れるパワフルさとはうってかわって 優しい手つきで、つややかな赤いギターを抱き上げた。 そしてストラップをくぐると、そのギターを端から端までゆっくりと見やる。 律「意外と小さいなぁ~。梓が持ってるときは結構大きく見えたんだけどな」 梓「私が小さいからギターが大きく見えるんですよ。それで…どこから教えます?」 律「あ、ちょっと待って。ふふ…」 梓「?」 律はピックを手に取ると左と右をせわしく交互に見ながら手を動かす。 …ド……レ…ミ………ファ…ソ………シ 梓「おお…おおー………あらら」 律「間違えたっ」 梓「ひょっとしてギター練習してました?」 律「んにゃ、唯の教則本読んでただけ。あとは、楽器屋で触った程度かな」 梓「弦はちゃんと押さえれてますよね……ふふ」 梓は感心しつつ、いつまでも“ラ”を見つけられない律を見て微笑んだ 梓「律先輩、なんか初々しくって可愛いかも、です」 律「な、なにを言うかっ、あたしはいつだって可愛いわい」 『照れてるところがまた可愛い』と言おうかと思ったが 後でさんざん仕返しされそうなので黙っておくことにした。 律「クリスマスまでに1曲くらい弾けるようになれるかな?」 梓「? なんでクリスマスなんですか?」 律「ああ、梓は居なかったから知らないよな。   去年の軽音部のクリスマス会で、一人ずつ隠し芸やったんだよ」 梓「っ、またそんなお遊びばっかり…」 律「まーまーまー、良いじゃんかたまには。   で、今年の隠し芸大会で弾き語りでもして、皆を驚かしてやろうかって」 梓「うーん、でも始めたばかりですぐに1曲覚えるのは大変かも…」 律「唯は始めて3ヶ月くらいで1曲弾けるようになったぜ?」 梓「唯先輩は部活でずっとギターやってるんだから、そりゃ覚えますよ。   でも律先輩はドラムの練習があるじゃないですか!   ドラムやらずにギターの練習ばっかするつもりなんですか!?」 律「うっ……そーいやそうだった」 梓「それに律先輩ギター持ってないし、家でも練習できないでしょ?   というか練習のたびに毎回私ギターの貸さなきゃいけないんですか?」 律「うーん…ダメ?」 梓「ダメに決まってます!私が練習できないじゃないですか」 律「だよな~…」 残念そうにギターを見て、ため息を漏らす律。 そんな律を見て、少し考えていた様子の梓がぽそりと口を開く。 梓「まあ、その…週に1,2回こうやって付き合う程度なら良い、ですよ」 律「マジでっ!?ぅありがとぉうッ、中野先生!」 梓「中野先生!?」 律「でも流石にそれだけの練習じゃクリスマスにはチャルメラが限度かなー」 梓「うーん……弾き語りならコードだけ覚えるって手もありますよ?   1曲に使われるコードの種類ってそんなに多くないですし」 律「なるほど、じゃあ早速それやってみようぜぇ!」 梓「はい!」 梓は自分の鞄の中から、楽譜の入ったクリアファイルを取り出し 机の上に広げてページをめくりだした。 梓「例えばこの曲だと…まずAm7…D7…GM7…E7…繰り返して…C、Bm7…   ホラ、9種類だけ覚えればサビは全部歌えますよ」 律「おおー、それなら何とかなりそうだなっ」 梓「じゃあ最初にAm7から……こことここ……そうです…で…」 梓が律の指をとって押さえる場所を教えていく。 #image(秘密のレッスン01.jpg,width=410,height=307) 梓(…律先輩の指って、意外と細いなぁ……いつものドラムの音から想像して   もっとゴツゴツしてるイメージがあったけど……澪先輩のほうが指大きい…) 律「これでいいのかー?まだどっかオカシイ?」 梓「あ、はい、じゃあピックはあまり力まずに、高いところから落とす感じで…」 律「こうかな」 律の手元から、金属弦が奏でるやや鋭い和音が響く。 律「おおー、それっぽい、それっぽい!」 初めての感覚にはしゃいで、続けて何度も弦を鳴らす律。 梓「どうどう!右手はともかく 覚えなきゃいけないのは左手なんですよ。   4種類覚えたらサビの前半は歌えますから」 律「よっしゃ、どんときなはれ!」 そうして、4つのコードを一通り教わり終えた律に 少し悪戯っぽい顔で梓が訪ねる。 梓「じゃあ最初からおさらいですけど…最初のコード覚えてますか?」 律「このりっちゃんを唯と同じに見るでないわっ、そりゃ!」 律がピックを振り下ろすと、背筋が痒くなるような微妙な不協和音が響く。 律「あ、あれ…?なんか違うな」 梓「惜しかったですね、薬指はこっちです」 律「むむむ…こうか。で、次はこれだよな…」 律の手が覚えたての和音を鳴らす。 正直、梓は驚いた。ギターを持つのは今日が初めてという律。 他の3種類のコードを教えている間にすっかり忘れているだろうと思っていたが、 一回目の指一本を除いて、律は最初に教えた配置を正しく覚えていた。 梓(そういえば、テストの時も一夜漬けでけっこう良い点取るって言ってたもんな…   律先輩、こう見えて結構記憶力とか凄いのかも…) 律「で、3つ目がこう…だっ!!痛っ!あたたたたた痛い痛い痛い痛…!!」 3つ目のコードを弾こうとした瞬間、声を上げて悶絶しだす律。 梓「え?え?どうしたんですか!?指切ったの!?」 律「つ、つった!つったぁー!!伸ばして!梓、伸ばして指ィ――!!」 律はそう叫びながら苦悶の表情を浮かべ、左手を梓に差し出した。 突然のことに戸惑い、とりあえず出された左手の指をおもむろに引っ張る梓。 律「ちが、違――ッ!」 梓「ええっ、こうじゃないんですか!?どうしたらいいんですか!?」 律「コレ!コレ持って!」 そう言うと律は、今度は右手を差し出し 持っていたピックを梓に渡す。 梓がピックを受け取ると、律は自分の左手の指を右手で精一杯反らせる。 律「っ――…くあっ…あああ~」 梓「大丈夫ですか…?」 どうしていいか判らずに、しばらく律の様子を見ていると やがて落ち着きを取り戻した律が、手を振ったり曲げたりしながらため息をついた。 律「あーあ。やっぱりこうなっちゃったかぁー…」 梓「やっぱりこういう動作に慣れてないと厳しいですかね…」 律「いや、そうじゃないんだよ梓…」 梓「え?」 律「私さ、小さい頃から こういう指先に力入れて細かい作業すると   すぐに指がつっちゃう体質なんだよね。 手芸とか苦手だし、   ゲームとかでも速い連射できないからアクション系ダメダメだし」 そう言うと、再びギターに視線を落とし、すこし目を伏せる律。 律「…本当は私、ドラムじゃなくてギターやろうかと思ってたんだ」 梓「ええっ?」 律「…って言っても 軽音部に入るよりもっと前の話。   澪と二人でバンドやろうって時に、澪がベースがいいって言うからさ、   じゃあ私はギターやるかなって。そうすれば一応二人でも何とか格好になるし。   ほら、ギター二人だけで路上ライブしてる人とか居るじゃん?あんな風に」 梓「確かに ドラムとベースよりはバンドの体は保てますけど…」 律「で、楽器屋で実際にギター触ってみたら『ああ、こりゃ無理だな』って」 梓「……じゃあ、前に言ってた『格好いいからドラムにした』っていうのは…」 律「ああ、アレはホントだよ?だってドラマーって格好いいじゃん!」 何か落ち込んでいるのかと思われていた律だが、 ドラムの話になると急に明るい顔になって、口調にも覇気が戻った。 梓は肩すかしを食らった気分だったが、正直ホッとしていた。 『本当はギターに憧れていたが挫折した』なんて言われたら 次から律の前で弾くギターがずんと重くなってしまいそうな気がしたからだ。 律「私、好きなバンドがあって、そん中でもドラムが一番好きでさ。   変な話だけど、そのバンドのCD聴いてると…音しかきこえないはずなのに   すっごいパワフルにドラム叩いてるのが見えてくるみたいなんだよね。」 梓「あー、なんとなく解ります。良い音楽って耳以外の所にも届く感じしますよね」 律「…んでさー、そのバンドの曲の中で私が一番好きな曲。   その曲の作詞作曲してんのが、そのドラマーさんなんだよ」 梓「じゃあ、律先輩はそのドラマーに憧れてドラムを?」 律「んー、バンド始めたきっかけになったのは別のバンドだったけど…   そうだな、今でもそのドラマーみたくなりたいなってのは思ってる」 人差し指の背中でAm7をポロン、ポロンと鳴らしながら どこか嬉しそうに語る律を見て、梓はふと気づいた事があった。 梓(律先輩と…軽音部以外の音楽のこと、こんな風に話したこと無かったな…) 実は今、とても貴重な時間を過ごしているのではないだろうか。 そんな事を考えた矢先、律の表情の明るさが鈍り、弦の音が途切れた。 律「でもなぁー…私作詞も作曲も全然ダメだし…   ドラムだって1年以上やってて未だに汎ミスばっかしてるからなー」 梓「それは……」 律「新入部員が梓だけで、ある意味助かったかもしれないなー。   もしドラム上手い奴入ってきたら、あたし居場所なかったもんな…   ギターもベースも弾けないし、キーボードだって…」  「そんなこと無いです!!!」 梓の叫ぶような声が、広い音楽室の床を揺らした。 梓「私たちのドラムは…軽音部のドラムは律先輩なんです!」 律「……っ」 梓「そりゃ確かにいつも走り気味だし、AパートとA'よく打ち間違えてるし   上手くないとこもあるかもですけど……なんて言ったらいいか…」 またも無意識に毒を吐いている梓だったが、律は何も言うことができなかった。 怠慢や悪ふざけをして、澪や梓に怒鳴られるのはいつもの事だったが この小さな後輩が、声を張り上げて 自分を肯定するなんてことは初めてだったのだ。 だから梓の言葉に、どういう気持ちを抱くべきなのか、律には思いつかなかった。 梓「律先輩のドラムは走ってても、他のみんなの「音」を拾い上げて   それを腋にかかえ込んで突っ走っていくような感じなんです…!   だからっ……新歓ライブの時も胸が熱くなったし、今だって!   律先輩のドラムの前で演奏してると…立ってるのに、身体が   どんどん前に進んでいくような…そんな、感じで…っ………」 気持ちを伝えたい、理解して欲しいのに上手く言えない。 そんなもどかしさが涙となって 梓の目頭に滲み出てくる。 小さな頃から音楽に触れてきた。音楽の知識なら人一倍ある。 でも、音楽の一番大事な部分は…音楽でしか語れない。 律のドラムの良さは、律のドラムでしか教えられないのだ。 梓の心は、音楽の素晴らしさを感じつつ、同時に口惜しさで一杯だった。 そんな情感を吹き飛ばすように、威勢の良い声が響いた。 律「梓っ!」 梓「っ!?」 梓が顔を上げると、いつの間にかストラップを脱いだ律が ギターを両手に抱えて嬉しそうに笑っていた。 律「これ、返すな。……ありがと」 梓「は…はい…」 梓がギターを受け取ると、律は照れくさそうに横を向く。 梓もまた、なんだか恥ずかしくてギターを持ったままうつむく。 二人の間に、ほんの少しの沈黙の時間が過ぎ やがて夕暮れ時を伝えるチャイムが鳴り響いた。 律「……帰ろっか」 梓「…ですね」 ギターをケースにしまう梓に、律がぽそりと話しかける。 律「なあ梓…今日のこと、みんなには内緒な?」 梓「う~ん…どうしようかな~?   今日は律先輩の珍しいトコたくさん見ちゃったしなあ」 いつになくしおらしい態度の律に、日頃の仕返しもかねて ちょっと意地悪をしてみたくなった梓だったが…。 律「ホホーウ梓君、そんな態度を取ってしまっていいのかね?   この“泣き泣きあずにゃん画像”をみんなに見せてもいいのかね?」 梓「ええ!?」 見ると、律の手に握られた携帯に自分が写っている。 小さくてハッキリしないが、撮ったのは間違いなく「ついさっき」だ。 しかも結構ズームされていて、泣き顔なのが一目瞭然だった。 梓「ちょ、これ何時の間に…!?」 律「ふふふふふ……『梓っ!』」 梓「…! あの時!?」 梓の脳裏に、先ほどの律の嬉しそうな顔がフラッシュバックする。 そして その後の横を向いた律の顔……今にして思えば アレは笑いを堪えていたのではなかろうか。 それに気づいた途端、梓の顔は耳まで真っ赤に染まった。 梓「ひどいっ!この人はも――!!」 律「梓が黙ってたら 私も隠しといてあげるわよーん♪」 鞄を抱え、ひょいひょいと逃げるように音楽室の扉を開ける律。 ギターを担ぎ、その後を追う梓。 それを律が手で制止した。 律「窓の鍵閉めておいてー、じゃないとあとで澪に怒られるぞー。   ほォ~ら、速くしないと真っ暗になるぞ~」 そう言いながら室内灯のスイッチをひとつずつ消していく律。 梓「こ、この人最低だあ!   ドラムは律先輩がいいけど、部長は別の人が良いですッ!!」 律「にひひひっ」 梓には 律のその笑いが、うろたえる自分を見てほくそ笑んでいる 悪魔の笑顔に思えたかもしれない。 しかし律自身にとっては、心の底からこみ上げる嬉しさが 顔からこぼれてしまっている…そういう笑顔だった。 そして律には見えていない。 今、必死で戸締まりをしている梓の、後ろ姿の向こうにある 律と同じ、仲間と絆を深めあった喜びの笑顔が。 end >出典 >【けいおん!】田井中律は寝顔可愛い24【ドラム】 #comment_num2(below,log=コメント/秘密のレッスン)

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