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「SS/短編-俺律/俺と律 続編」(2009/07/27 (月) 19:55:05) の最新版変更点
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《注意》
・『[[俺と律>SS/短編-俺律/俺と律]]』の続編です。でも読んでないと話わかんないぜ!ってほどじゃないので、読んでなくても大丈夫です。
・『俺』はりっちゃん(&澪)と幼稚園くらいからの友達でした。いわゆる幼なじみです。で、りっちゃんとは1ヶ月前くらいから付き合ってます。まぁありがちな設定です。
「どうぞ、いらっしゃいまし〜」
「あ〜‥‥これはまた、なんというか‥‥」
「ほら、何か言ってみろよぉ?ふふん♪」
「じゃあ一言だけ言わせてもらう。こんなの律の部屋じゃねぇ!」
「お前が片付けろって言ったんだろーがーっ!!!」
あれから数週間が過ぎた、ある日のこと。
俺はまた律の家にお邪魔していた。
例の如く両親不在で、律の部屋まで一直線。そこまではよかった。
だが、俺が目にしたのは‥‥物心ついた時から見てきた生活臭溢れる律の部屋ではなく、まるでどこぞの女の子のような、整理整頓の行き渡った部屋だった。
「ってゆーか、なんか臭いまで違ってきてないか?」
「なんだよー臭いって?」
「ホラ、よくあるだろ?その人の部屋の臭い、みたいな・・・」
「臭い‥‥あ〜、そっか、アレかぁ。アレがいつの間にか私の部屋の臭いの一部になってたんだな‥‥」
「‥‥なんだよ、その『アレ』って」
「えーっと、アレ‥‥アレ‥‥アレイヤード!」
「ダイヤキュート!っていい加減『ぷよぷよ』ネタから離れろよ!」
「なんだとー!『ぷよぷよ』は私の生活臭だーっ!」
『ぷよぷよ』が生活臭って、どんな女だよ・・・。
以前にこの部屋で痛いほどに感じていた後悔を、思い出さずにはいられない。
『なんでこんなヤツと付き合ってるんだろーなぁ、俺は・・・』と。
*
「だーっ!もぉ、こんなの分っかんねぇよぉ!」
「ん〜そぉだな、俺も分からんわ〜」
「マンガ読んでる奴に言われたくねぇ!!」
「うっせぇ!文系専攻の奴に数学のこと尋ねてんじゃねーよ!」
「あーもぅ、2人とも落ち着け」
「「だってコイツがっ!!」」
「分かったから。痴話ゲンカはせめて律が赤点を免れるくらい出来てからにしないか?」
なんでも、律の学校ではもうすぐ中間テストがあるらしい。
そこで遊び半分、茶化し半分で今日はコイツの家にきたわけだ。
でもそんなんじゃあ、とてもじゃないけどコイツの勉強ははかどらない。
というわけでまぁ、例によって特別講師として秋山澪先生をお迎えしているわけで。ホント、いつもお疲れ様です。
「でも同じ幼なじみなのに、何でこうも頭の出来が違うのかねぇ」
「わ、私は別に賢いわけじゃないぞ。人並みに努力をしてるだけだ」
「私だって努力してるぜ!ただ頭がついていかないだけで!」
「バカりつ」
「アホりつ」
「バカアホ言うなあぁ!!私だって、私だって毎日一生懸命生きてるんだぞーっ!!ちくしょーっ!!!」
「あ、逃げた」
あーおもしれー。
ぶっちゃけ、こんなマンガよりも律と喋ってた方がよっぽど気が紛れる。
だからこそわざわざ律の家まで出向いてきたんだけど。
「‥‥お前も」
「ん〜?」
「彼氏ならもう少し律に勉強に専念できる環境を作ってやれよな。わざと律をからかうようなことしてるように見えるんだけど?」
「・・・バレてましたか?」
「あのな。何年来の付き合いだと思ってるんだ?」
ため息を一つついてから、ツリ目を細くさせて睨んでくる澪さん。こええっす。
「でも俺が澪たちの学校の勉強分かる訳ないしなぁ。昔から文系は取れても他はからっきしなのは、澪だって知ってるだろ?」
「私に聞くなよ」
「あのな。何年来の付き合いだと思ってるんだ??」
「人のセリフ取って遊ぶなっ!」
お、火がついた火がついた。
澪は姉御肌で頼りになるんだけど、真面目すぎてすぐにカッとなってしまうのが弱点でもあり可愛いトコでもあるんだよなぁ。
「となると‥‥律と学校が一緒のお前しかいないんだよ、澪っ!律のことは頼んだぜっ☆」
「頼むなっ!てゆーかお前は律の彼氏だろ!律のために自分も勉強して何とかしてやろう‥‥くらいの気持ちはないのか?」
「いや、ぶっちゃけそこまで律に付き合ってらんねぇもん。自分のこともあるし。だから澪しかいないんだって!むしろ澪がいいんだよ!」
「知るかぁ!」
オマケに融通が利かなくて、たまにマジボケしたりとか。うーん、見れば見るほどねずみ講とかに引っかかりそうな奴だ。
おーい、気をつけろよー。お前みたいな奴が将来、男の手のひらでコロコロコロコロされて、身ぐるみはがされたりするんだからなー。
早くいい人見つけろよー。披露宴呼んでくれたら司会でもなんでもするからなー。
「それに、勉強について俺が律に言ってもマジメに聞いてくれないと思うしなぁ‥‥」
「それはお前にマジメに教える気が無いからだ」
「いや、アイツがマジメに聞く気がないのも悪い!」
「はぁあ〜‥‥律の彼氏になるわけだな。似たもの夫婦か‥‥‥」
「ん?何か言った??」
「何でもないよ。分かった、律には私が教えてやるから。いつものことだけど‥‥まったく、しょうがないな」
「おっしゃあ!好きだぜ澪〜、お前のそういうところ♪」
「アホかっ!・・・はぁ〜、ホントにこの2人は、何というか・・・」
何やら意味ありげなため息をついて、ぼそぼそと喋る澪さん。もう苦労性にしか見えません。えぐえぐ。
そんな風に俺と会話しつつも、よく手元を見たらちゃっかり自分のテスト勉強も勧めてる澪。さり気なくそんなこと出来る辺りがすごすぎる。
その努力する才能をオラに分けろ!(強制)
きいいぃ。
何かが軋むような音がして、静かに部屋のドアが開く。
音のした方を見ると、いつの間にか律が帰ってきていたみたいだった。
「うおぅ、えらい静かに入ってきやがったな!ってゆーか遅かったなぁ。トイレ混んでたのか?」
「あのな、どうやったら家のトイレが混むんだよ」
もちろん本気で言ったわけじゃない。
ただ、欲しいはずのツッコミをくれたのは、律じゃなくて澪だった。
そして当の律はというと、何やら下を向いて黙りこくっている。
「そりゃあ、トイレなんて生理現象だし、いつしたくなるかもわかんないだろ?だから偶然、この家の前に来てトイレに行きたくなった人が集まってもおかしくないよな。『スイマセーン!ちょっとトイレ使わせてもらってもいいっすかー!?』」
「この家はコンビニかぁ!!!」
「ふふ・・・ふはははっ」
まぁ普通に会話していても、その話が聞こえてなかったりスルーされたりってのはザラにあると思う。
だから律から反応がなかったことなんて気にせず、普通に会話を続けてたわけなんだけど・・・こいつ、いきなり自嘲するみたいな苦笑いをしやがった。
「息ピッタリじゃん、2人とも」
「え、そ・・・そうか?」
「うん、なんか夫婦漫才見てるみたいだったぞー!」
「お、おい律・・・?」
澪の方も、律の様子が変なことに気がついたみたいで。
そりゃそーだ。俺たち3人はそろいもそろって古い付き合いだし、さっき俺が澪に見抜かれたみたいに、互いの様子がおかしかったりすると大体はすぐわかる・・・つもりだ。
でも今の律は・・・別に俺たちじゃなくたって分かる気がする。
「だからさ・・・もしアレなら、2人で今からどっか遊びに行ってきたら?」
「は?今日は律の勉強を見にきたんだろ・・・?」
「だいじょぶだいじょぶ!勉強くらい一人で頑張れるって!ふふっ!」
そう言いながら、半ば状況についていけてない俺と澪の手を握ってズイズイと玄関へ向かっていく。
ってゆーか俺たちに拒否権はないんデスカ?
ムリヤリ荷物を持たされて、気付いた頃にはとうに玄関を出たところまできていた。
土足のところに押し出されたら、靴を履くしかない。俺も澪も流れのままに靴を履いている感じだ。
それにしてもさすがはドラマーというべきか、俺と澪の2人を引きずっていくとは恐るべきパワー‥‥いや、俺たちも戸惑っていてろくに抵抗してなかった、ってのもあるだろうけど。
「おい律、どうしたんだよ!なんかおかしーぞ!」
「そうだぞ!何でいきなり私とコイツが2人で遊びに行くって流れになるんだよ!?」
「ふふーっ♪」
まただ。
またしても律が見せた、自嘲するような微笑み。
「よかったじゃん、澪!」
「は?え、何がだよっ?!」
「『お前しかいないんだよ、澪!』だってな!私だってそんなこと、言われたこと‥‥ないよ」
頭が一瞬で白く、白く染まっていく。
「お前も・・・私が邪魔だったんなら、最初から澪と付き合ってれば良かったじゃん、も〜!」
その機能しない頭で分かったことが1つ。
「律っ!お前どーゆー経緯でどーゆー勘違いを」
「あのなぁ!私とコイツとは別に何も」
「分かってるってー!!じゃあな〜2人とも!お幸せに〜♪」
ばたん。がちゃり。かちゃん。
「アイツ、チェーンロックなんて普段はしないくせに・・・!」
重い扉が閉まる音。そして自分の縄張りを守るかのように鍵をかける音がして、さらに拒絶を意味するチェーンロックの音まで聞こえた。
とりあえずケータイを取り出して、律のケータイに電話してみる。
30回、40回、むなしいコール音だけが響き渡る。
「っていうかアイツは留守番電話の設定もロクにしてないのかっ」
「うん・・・なんか後でそういう催促みたいなメッセージを聞くのが嫌だ、って前に言ってたから・・・」
澪の、消沈しきった声。
どうしよう、なんて考えられないくらい、罪悪感にまみれた声だった。
でもだからって、俺まで落ち込んでる訳にもいかねぇ!
「おい律ーっ!!!返事しろぉっ!!律っ!律ーーーっ!!!」
だんだんだんだん、と激しくドアを叩き続ける。
「律っ!!りーつー!!!律ってばっ!!りっ・・・」
「こら!!近所に迷惑だろっ!」
「でもっ!いま説明してやんないと、アイツ・・・!」
「今、ムリヤリ押しかけたとして・・・あんな状態の律が、マトモに話を聞いてくれると思うか?」
「‥‥‥」
確かに、普段おちゃらけてるように見えてもその実、アイツはしっかりと意志を持っている。そのことは2人ともよく分かっていた。
そして一旦心で決めてしまったことを、そう簡単に曲げはしないということも。
そんな律が、今の心を閉ざし切ってる状態で話を聞いてくれるわけがなかった。
「くっそ・・・!」
だんっ、と最後に力なく扉を叩いて、2階にある律の部屋を見る。
そこには部屋の様子は映っておらず、無感情なカーテンが律の全てを覆い隠していた。
*
あれから一週間が過ぎた。らしい。
澪から連絡があって、そう告げられた。
とりあえず分かったことは、律は俺だけでなく澪をもってすらまともに話をしてくれず、ケータイにも出てくれないということ。
それと、律はこの一週間学校を休んでいるらしい、ということだけだった。
ほぼ1日に1回のペースで澪から報告を受けていたけど、そのたびに、決まり文句みたいについてくる謝罪の言葉。
申し訳なかった。悪かった。すまなかった。
挙句の果てには「自分さえいなければ、こんな勘違いは起こらなかったんじゃないか」とまで言う始末だった。
それは絶対に言うな、とは言ったけど、澪の性格を知らないわけじゃない。
あいつがずっと罪悪感に苛まれているのが、手に取るようにわかる。
ヤバい。
何がヤバいって、全部ヤバい。
どんどん事態がよくない方向に転がってるのは明白だった。
せっかくここまで築いてきた幼なじみの関係。
それが、俺と律の彼氏彼女の関係ごと崩れ去ろうとしてる。
「俺だって、こんな状態だしなぁ・・・」
一応学校には行っているが、こんな精神状態では授業の内容も何も頭に入ってきやしなかった。
受けてるのは形だけで、後は遅刻と早退のオンパレード。その繰り返しだった。
最近はRPGゲームばっかりしている。物語に入り込んでる時は、何もかも忘れることが出来るからだ。
「あ」
ふと、目に入ってきた『ぷよぷよ』の文字。
誰だよ、こんな古いソフトを置きっぱなしにしてたのは。
「って、俺しかいないだろ・・・」
この間。
『ぷよぷよ』のことでひと悶着あってから、何気にまた練習してたんだっけなぁ。
今度こそ正々堂々、律に勝ってやるー!なんて思って。
まぁ、今となってはまた勝負する機会があるかどうか、ってトコなんだけど。
「‥‥‥」
ごめん、律。
やっぱ俺、ダメみたいだ。
時刻は夜の12時。
部屋着であり寝間着でもあるジャージのままで、俺は外に飛び出した。
*
こつ、こつ、こつん。
固い薄氷を叩いてるような音。
辺りを見渡す。この時間帯になると、電気のついてる家はほとんど見当たらない。
風も凪いでいて、よりいっそう静まり返った空間をかもし出しているように見える。
ケータイを開く。“固い薄氷”を叩き続けて、はや30分が経とうとしていた。
でも俺の気持ちはこれくらいじゃあ折れない。いっそ夜が明けるまで、こうして地道に───
「‥‥何やってんだ、お前」
「えーっと‥‥モールス信号の練習か?」
「質問を質問で返すなよ‥‥」
久しぶりに見る顔が、そこにあった。
「よぉ律。元気か?」
「あぁ〜お前は元気そうだな〜、人の家を2階からずーっとノックし続けてるくらいだもんな。よっぽどヒマなんだな〜」
「質問に答えろよ。まぁ何だったら一晩中でも叩いてるつもりだったけどな」
「うおぉ!お前ストーカーかよ!!」
久々に見る、こいつのオーバーリアクション。
なんかこれを見れるだけでも、俺の気持ちはすごく報われたって気がするなぁ。
「・・・なんで、そこまでするんだよ」
「だって、ムリヤリ律の部屋に入ったら不法侵入と何もかわんねーだろ?」
「いやいや、2階のベランダにいる時点でとっくに不法侵入だから。ったく、どうやって登ってきたんだよ」
ガラス越しに、辺りの地形を見渡す律。
この近くに登ってこれそうな木やら柱やらの類は無いことを確認すると、より怪訝な目で俺を見てくる。
「あぁ、庭にあった木の剪定用のハシゴから・・・うわ、下に落ちてる!入れてくれー!律っ!!」
「いや、ドアの鍵開いてんだから最初からフツーに入ってくればいーじゃん。一晩中あんな感じでコツコツやられるコッチの身にもなってみろよ。最初ポルターガイストか何かの心霊現象かと思ったんだぞ?」
「あ、ホントだ。そっかそっか。じゃ遠慮なく。土足だけど、おじゃましまーす」
「あ、こんなところにドラムのスティックが落ちてるぞー。よーしこいつで不法侵入者に16ビートを叩き込んでやるかー」
「スイマセン後生ですので入らせてくださいお願いします靴も脱ぎますので」
ぶっちゃけ、1週間も学校を休んでる、って割には平気そうな感じだ。
冗談に応じる元気もある、と。よしよし。
「いや、悪かったな。もう寝てたんじゃねーか?」
「んーや。実を言うと、ここ何日かは学校に行ってなかったんだ。だから昼間はぐーたらしてたし、元気はありあまってる」
「律がぐーたらしてるのはいつものことだろ?」
「ははっ、そうだな」
両手を頭の後ろにやって、笑う律。
でもその笑顔は、どこか痛々しいもので。
「ってゆーかお前もさぁ、澪が好きだったんなら最初っから言えよな〜」
笑顔のまま。
何気も無く繰り出された一言。
たった一言だった。
でもその一言は、俺の心を貫くのには十分の威力で。
「・・・は?」
「あーんな激しく澪にアプローチしてさ。澪に止められてもまた『澪しかいない!澪しかいない!』って。
オマケに私に身を引かせる算段までしてさ〜。そんなのしなくたって、言ってくれれば身を引いたのに・・・」
「はあぁっ?!だからお前、どーゆー勘違いを・・・」
ふと、勘違いされる前後の会話が頭をよぎる。
律が逃げ出して、澪と2人で話していた時の会話‥‥
‥‥ちょっとまて。何か今ビビっときた。
『‥‥お前しかいないんだよ、澪っ!‥‥』
『‥‥てゆーかお前は律の彼氏だろ!‥‥』
『‥‥律に付き合ってらんねぇもん。澪しかいないんだって!澪がいいんだよ!‥‥』
『‥‥俺が律に言ってもマジメに聞いてくれないと思うしなぁ‥‥』
『‥‥はぁ‥‥分かったよ、律には私が教えてやるから。まったく、しょうがないな‥‥』
『‥‥うっしゃあ!‥‥』
『‥‥好きだぜ、澪』
‥‥あぁ、なるほど。そんなことも話しましたっけ。
んでこの会話を、ドア越しに聞いてました、と。
確かにこれが本当だとしたら、そら傷つくわな。
オマケに俺じゃなく、澪の方から「俺と別れてくれ」なんて、そんな事実を告げられる‥‥と知ったら、そら澪とも連絡取る気になれんわな。
しかも・・・・これが真実だと仮定して、もし俺と澪とが付き合うことになると、3人が3人、お互いに気まずくなるだろうと。そうなったら律は、彼氏と親友の2人をいっぺんに失うわけで。
そりゃあ幾らあの律とはいえ、学校にも行けなくなるくらい臆病にもなるわな。
でもマジでこんな勘違いをしているんだとしたら、尚更放っておくわけにはいかない。
「・・・あのな、律」
「いや〜今まで邪魔して悪かったな!でもこれからは2人の邪魔しないようにするからさー!」
「話を聞けって、律」
律の肩を掴んで逃げ場をなくす。
話を聞いてもらうまでは、もう絶対に逃がさない。死んでも離さない。
「大丈夫!!分かってるからさっ!」
「聞けよ、律!」
「・・・やだ!」
「聞けって!!」
「嫌だ!やだ、やだぁ!!」
「聞けよっ!律っ!!!」
「やだ、やだやだやだやだぁ!!!」
こいつは全然、平気でも元気でもなかった。
自分の心を保つための、最後の砦。こんなちっぽけな空元気が、精一杯だったんだ。
「うっ、ううぅ〜っ‥‥ヤダ、ヤダぁあぁ‥‥!」
「律、違うんだよ・・・俺と澪は、そんな・・・お前に隠れて付き合ったり、お前をはじき出そうなんて、そんな話をしてたんじゃないんだ・・・」
こいつの泣いている姿を見るなんて、いったいいつ振りだろう。
その傷ついた心を、流してる涙を全て受け止めるみたいにして、その自分より一回り小さな身体を抱きしめながら。
1つ1つ順を追って、その時の会話の流れを説明した。
*
「ひっく、うっく、ほ、本当か・・・本当に、そうなのか・・・?」
「あのな!じゃなかったらだーれがわざわざこんな深夜に徹夜覚悟で人の家にへばりついて窓ガラスをノックし続けんだよ!しかも一歩踏み外せば犯罪者一直線の道を!」
やっぱりというか、なんというか。
コイツは思ったとおりの勘違いを、この一週間ずーっとしていたみたいで。
しかしまぁ‥‥こういう時によく俺の第六感は働いてくれたなと思う。全く、褒めて遣わすぞ!
久しぶりに近くで見たコイツの顔。
そしてもっと久しぶりに見る、ぐちゃぐちゃに顔をゆがめたコイツの表情。
でもきっと、俺もおんなじような顔してる。
「ひっ、ふっ、ふぇええぇーっ!」
「おっ、おい!りっ・・・」
胸に顔を押し付けて、ただひたすら泣きじゃくる。
こんな律を見たのは・・・うん、十何年の付き合いになる俺だって初めてだった。
「さびしかったんだぞ、このいっしゅうかん・・・!ひっく、お前にも顔合わせられなくて、澪にだって・・・ひっく、会ったら、あったらお前と、わっ、別れてくれって、言われるかと思って・・・私、わたしっ・・・メチャメチャ怖かったんだぞっ・・・!!
そしたら、っく、お前が窓から入ってきて、澪がダメだったから、ひっく、今度はお前が出てきて、直接フラれるのかなって・・・離れたくない、別れたくない、って・・・ひっく」
「おっ、俺だって、学校に言っても何もやる気しないわで早退したり、家でゲームばっかりしてて・・・!」
そうか。
俺も律も、一緒だったんだ。
ふとしたことから付き合い出した2人だったけど、気がつかないうちに・・・お互いが、なくてはならない存在になってたんだ。
2人とも、そんな簡単なことに今まで気付かなかったなんて、ホントどうかしてる。
「なぁ律」
「ひっく・・・ん・・・?」
「そういえば今日は、カチューシャしてないんだな」
「ぐずっ、ひっく、あのなぁ、寝る時までカチューシャつけてる奴がどこにいるんだよ・・・っ!」
「でも律、いつもカチューシャつけてるから」
俺に言われて、急に前髪を気にしだす律。
前髪を寄せてみたり、上げてみたり。どこぞのブラジャーのCMでもしてるんですかおまいさんは。
「へへ‥‥でも前髪を下ろした私なんて、おかしいだろ?」
「おかしくねーよ」
「ふへへっ‥‥ホントに?」
「ホントに」
「ホントにホントに?」
「ホントのホントに。律ならどんな髪型でもいい」
「ひゃー、くっさいセリフだなぁ!」
へへへっ、と悪戯っぽく笑う律。
やっと見れた。この一週間、ずっと見たかったもの。
律の本当の笑顔が、そこにはあった。
「いや、今はマジでそんな風に思えるんだなぁ。不思議なことに」
「ハゲでもいいの?」
「まぁいつもハゲみたいなもんだし」
「なにーっ!デコ出しとハゲを一緒にすんなこんにゃろーっ!!」
「ぶはっ!」
暗闇と絶望に埋め尽くされた一週間。
でもトンネルを潜り抜けた先には、以前よりもっともっと律を好きになっている自分が居た。
「ふふっ・・・もぅ離さないからな、覚悟しろよっ!」
「はいはい・・・律の方こそ、覚悟しとけよ?」
了
>出展
>【けいおん!】田井中律はカチューシャ可愛い38【ドラム】
>【けいおん!】田井中律はオサレ鞄可愛い39【ドラム】
このSSの感想をどうぞ
#comment_num2(below,log=コメント/俺と律)
《注意》
・『[[俺と律>SS/短編-俺律/俺と律]]』の続編です。でも読んでないと話わかんないぜ!ってほどじゃないので、読んでなくても大丈夫です。
・『俺』はりっちゃん(&澪)と幼稚園くらいからの友達でした。いわゆる幼なじみです。で、りっちゃんとは1ヶ月前くらいから付き合ってます。まぁありがちな設定です。
「どうぞ、いらっしゃいまし〜」
「あ〜‥‥これはまた、なんというか‥‥」
「ほら、何か言ってみろよぉ?ふふん♪」
「じゃあ一言だけ言わせてもらう。こんなの律の部屋じゃねぇ!」
「お前が片付けろって言ったんだろーがーっ!!!」
あれから数週間が過ぎた、ある日のこと。
俺はまた律の家にお邪魔していた。
例の如く両親不在で、律の部屋まで一直線。そこまではよかった。
だが、俺が目にしたのは‥‥物心ついた時から見てきた生活臭溢れる律の部屋ではなく、まるでどこぞの女の子のような、整理整頓の行き渡った部屋だった。
「ってゆーか、なんか臭いまで違ってきてないか?」
「なんだよー臭いって?」
「ホラ、よくあるだろ?その人の部屋の臭い、みたいな・・・」
「臭い‥‥あ〜、そっか、アレかぁ。アレがいつの間にか私の部屋の臭いの一部になってたんだな‥‥」
「‥‥なんだよ、その『アレ』って」
「えーっと、アレ‥‥アレ‥‥アレイヤード!」
「ダイヤキュート!っていい加減『ぷよぷよ』ネタから離れろよ!」
「なんだとー!『ぷよぷよ』は私の生活臭だーっ!」
『ぷよぷよ』が生活臭って、どんな女だよ・・・。
以前にこの部屋で痛いほどに感じていた後悔を、思い出さずにはいられない。
『なんでこんなヤツと付き合ってるんだろーなぁ、俺は・・・』と。
*
「だーっ!もぉ、こんなの分っかんねぇよぉ!」
「ん〜そぉだな、俺も分からんわ〜」
「マンガ読んでる奴に言われたくねぇ!!」
「うっせぇ!文系専攻の奴に数学のこと尋ねてんじゃねーよ!」
「あーもぅ、2人とも落ち着け」
「「だってコイツがっ!!」」
「分かったから。痴話ゲンカはせめて律が赤点を免れるくらい出来てからにしないか?」
なんでも、律の学校ではもうすぐ中間テストがあるらしい。
そこで遊び半分、茶化し半分で今日はコイツの家にきたわけだ。
でもそんなんじゃあ、とてもじゃないけどコイツの勉強ははかどらない。
というわけでまぁ、例によって特別講師として秋山澪先生をお迎えしているわけで。ホント、いつもお疲れ様です。
「でも同じ幼なじみなのに、何でこうも頭の出来が違うのかねぇ」
「わ、私は別に賢いわけじゃないぞ。人並みに努力をしてるだけだ」
「私だって努力してるぜ!ただ頭がついていかないだけで!」
「バカりつ」
「アホりつ」
「バカアホ言うなあぁ!!私だって、私だって毎日一生懸命生きてるんだぞーっ!!ちくしょーっ!!!」
「あ、逃げた」
あーおもしれー。
ぶっちゃけ、こんなマンガよりも律と喋ってた方がよっぽど気が紛れる。
だからこそわざわざ律の家まで出向いてきたんだけど。
「‥‥お前も」
「ん〜?」
「彼氏ならもう少し律に勉強に専念できる環境を作ってやれよな。わざと律をからかうようなことしてるように見えるんだけど?」
「・・・バレてましたか?」
「あのな。何年来の付き合いだと思ってるんだ?」
ため息を一つついてから、ツリ目を細くさせて睨んでくる澪さん。こええっす。
「でも俺が澪たちの学校の勉強分かる訳ないしなぁ。昔から文系は取れても他はからっきしなのは、澪だって知ってるだろ?」
「私に聞くなよ」
「あのな。何年来の付き合いだと思ってるんだ??」
「人のセリフ取って遊ぶなっ!」
お、火がついた火がついた。
澪は姉御肌で頼りになるんだけど、真面目すぎてすぐにカッとなってしまうのが弱点でもあり可愛いトコでもあるんだよなぁ。
「となると‥‥律と学校が一緒のお前しかいないんだよ、澪っ!律のことは頼んだぜっ☆」
「頼むなっ!てゆーかお前は律の彼氏だろ!律のために自分も勉強して何とかしてやろう‥‥くらいの気持ちはないのか?」
「いや、ぶっちゃけそこまで律に付き合ってらんねぇもん。自分のこともあるし。だから澪しかいないんだって!むしろ澪がいいんだよ!」
「知るかぁ!」
オマケに融通が利かなくて、たまにマジボケしたりとか。うーん、見れば見るほどねずみ講とかに引っかかりそうな奴だ。
おーい、気をつけろよー。お前みたいな奴が将来、男の手のひらでコロコロコロコロされて、身ぐるみはがされたりするんだからなー。
早くいい人見つけろよー。披露宴呼んでくれたら司会でもなんでもするからなー。
「それに、勉強について俺が律に言ってもマジメに聞いてくれないと思うしなぁ‥‥」
「それはお前にマジメに教える気が無いからだ」
「いや、アイツがマジメに聞く気がないのも悪い!」
「はぁあ〜‥‥律の彼氏になるわけだな。似たもの夫婦か‥‥‥」
「ん?何か言った??」
「何でもないよ。分かった、律には私が教えてやるから。いつものことだけど‥‥まったく、しょうがないな」
「おっしゃあ!好きだぜ澪〜、お前のそういうところ♪」
「アホかっ!・・・はぁ〜、ホントにこの2人は、何というか・・・」
何やら意味ありげなため息をついて、ぼそぼそと喋る澪さん。もう苦労性にしか見えません。えぐえぐ。
そんな風に俺と会話しつつも、よく手元を見たらちゃっかり自分のテスト勉強も勧めてる澪。さり気なくそんなこと出来る辺りがすごすぎる。
その努力する才能をオラに分けろ!(強制)
きいいぃ。
何かが軋むような音がして、静かに部屋のドアが開く。
音のした方を見ると、いつの間にか律が帰ってきていたみたいだった。
「うおぅ、えらい静かに入ってきやがったな!ってゆーか遅かったなぁ。トイレ混んでたのか?」
「あのな、どうやったら家のトイレが混むんだよ」
もちろん本気で言ったわけじゃない。
ただ、欲しいはずのツッコミをくれたのは、律じゃなくて澪だった。
そして当の律はというと、何やら下を向いて黙りこくっている。
「そりゃあ、トイレなんて生理現象だし、いつしたくなるかもわかんないだろ?だから偶然、この家の前に来てトイレに行きたくなった人が集まってもおかしくないよな。『スイマセーン!ちょっとトイレ使わせてもらってもいいっすかー!?』」
「この家はコンビニかぁ!!!」
「ふふ・・・ふはははっ」
まぁ普通に会話していても、その話が聞こえてなかったりスルーされたりってのはザラにあると思う。
だから律から反応がなかったことなんて気にせず、普通に会話を続けてたわけなんだけど・・・こいつ、いきなり自嘲するみたいな苦笑いをしやがった。
「息ピッタリじゃん、2人とも」
「え、そ・・・そうか?」
「うん、なんか夫婦漫才見てるみたいだったぞー!」
「お、おい律・・・?」
澪の方も、律の様子が変なことに気がついたみたいで。
そりゃそーだ。俺たち3人はそろいもそろって古い付き合いだし、さっき俺が澪に見抜かれたみたいに、互いの様子がおかしかったりすると大体はすぐわかる・・・つもりだ。
でも今の律は・・・別に俺たちじゃなくたって分かる気がする。
「だからさ・・・もしアレなら、2人で今からどっか遊びに行ってきたら?」
「は?今日は律の勉強を見にきたんだろ・・・?」
「だいじょぶだいじょぶ!勉強くらい一人で頑張れるって!ふふっ!」
そう言いながら、半ば状況についていけてない俺と澪の手を握ってズイズイと玄関へ向かっていく。
ってゆーか俺たちに拒否権はないんデスカ?
ムリヤリ荷物を持たされて、気付いた頃にはとうに玄関を出たところまできていた。
土足のところに押し出されたら、靴を履くしかない。俺も澪も流れのままに靴を履いている感じだ。
それにしてもさすがはドラマーというべきか、俺と澪の2人を引きずっていくとは恐るべきパワー‥‥いや、俺たちも戸惑っていてろくに抵抗してなかった、ってのもあるだろうけど。
「おい律、どうしたんだよ!なんかおかしーぞ!」
「そうだぞ!何でいきなり私とコイツが2人で遊びに行くって流れになるんだよ!?」
「ふふーっ♪」
まただ。
またしても律が見せた、自嘲するような微笑み。
「よかったじゃん、澪!」
「は?え、何がだよっ?!」
「『お前しかいないんだよ、澪!』だってな!私だってそんなこと、言われたこと‥‥ないよ」
頭が一瞬で白く、白く染まっていく。
「お前も・・・私が邪魔だったんなら、最初から澪と付き合ってれば良かったじゃん、も〜!」
その機能しない頭で分かったことが1つ。
「律っ!お前どーゆー経緯でどーゆー勘違いを」
「あのなぁ!私とコイツとは別に何も」
「分かってるってー!!じゃあな〜2人とも!お幸せに〜♪」
ばたん。がちゃり。かちゃん。
「アイツ、チェーンロックなんて普段はしないくせに・・・!」
重い扉が閉まる音。そして自分の縄張りを守るかのように鍵をかける音がして、さらに拒絶を意味するチェーンロックの音まで聞こえた。
とりあえずケータイを取り出して、律のケータイに電話してみる。
30回、40回、むなしいコール音だけが響き渡る。
「っていうかアイツは留守番電話の設定もロクにしてないのかっ」
「うん・・・なんか後でそういう催促みたいなメッセージを聞くのが嫌だ、って前に言ってたから・・・」
澪の、消沈しきった声。
どうしよう、なんて考えられないくらい、罪悪感にまみれた声だった。
でもだからって、俺まで落ち込んでる訳にもいかねぇ!
「おい律ーっ!!!返事しろぉっ!!律っ!律ーーーっ!!!」
だんだんだんだん、と激しくドアを叩き続ける。
「律っ!!りーつー!!!律ってばっ!!りっ・・・」
「こら!!近所に迷惑だろっ!」
「でもっ!いま説明してやんないと、アイツ・・・!」
「今、ムリヤリ押しかけたとして・・・あんな状態の律が、マトモに話を聞いてくれると思うか?」
「‥‥‥」
確かに、普段おちゃらけてるように見えてもその実、アイツはしっかりと意志を持っている。そのことは2人ともよく分かっていた。
そして一旦心で決めてしまったことを、そう簡単に曲げはしないということも。
そんな律が、今の心を閉ざし切ってる状態で話を聞いてくれるわけがなかった。
「くっそ・・・!」
だんっ、と最後に力なく扉を叩いて、2階にある律の部屋を見る。
そこには部屋の様子は映っておらず、無感情なカーテンが律の全てを覆い隠していた。
*
あれから一週間が過ぎた。らしい。
澪から連絡があって、そう告げられた。
とりあえず分かったことは、律は俺だけでなく澪をもってすらまともに話をしてくれず、ケータイにも出てくれないということ。
それと、律はこの一週間学校を休んでいるらしい、ということだけだった。
ほぼ1日に1回のペースで澪から報告を受けていたけど、そのたびに、決まり文句みたいについてくる謝罪の言葉。
申し訳なかった。悪かった。すまなかった。
挙句の果てには「自分さえいなければ、こんな勘違いは起こらなかったんじゃないか」とまで言う始末だった。
それは絶対に言うな、とは言ったけど、澪の性格を知らないわけじゃない。
あいつがずっと罪悪感に苛まれているのが、手に取るようにわかる。
ヤバい。
何がヤバいって、全部ヤバい。
どんどん事態がよくない方向に転がってるのは明白だった。
せっかくここまで築いてきた幼なじみの関係。
それが、俺と律の彼氏彼女の関係ごと崩れ去ろうとしてる。
「俺だって、こんな状態だしなぁ・・・」
一応学校には行っているが、こんな精神状態では授業の内容も何も頭に入ってきやしなかった。
受けてるのは形だけで、後は遅刻と早退のオンパレード。その繰り返しだった。
最近はRPGゲームばっかりしている。物語に入り込んでる時は、何もかも忘れることが出来るからだ。
「あ」
ふと、目に入ってきた『ぷよぷよ』の文字。
誰だよ、こんな古いソフトを置きっぱなしにしてたのは。
「って、俺しかいないだろ・・・」
この間。
『ぷよぷよ』のことでひと悶着あってから、何気にまた練習してたんだっけなぁ。
今度こそ正々堂々、律に勝ってやるー!なんて思って。
まぁ、今となってはまた勝負する機会があるかどうか、ってトコなんだけど。
「‥‥‥」
ごめん、律。
やっぱ俺、ダメみたいだ。
時刻は夜の12時。
部屋着であり寝間着でもあるジャージのままで、俺は外に飛び出した。
*
こつ、こつ、こつん。
固い薄氷を叩いてるような音。
辺りを見渡す。この時間帯になると、電気のついてる家はほとんど見当たらない。
風も凪いでいて、よりいっそう静まり返った空間をかもし出しているように見える。
ケータイを開く。“固い薄氷”を叩き続けて、はや30分が経とうとしていた。
でも俺の気持ちはこれくらいじゃあ折れない。いっそ夜が明けるまで、こうして地道に───
「‥‥何やってんだ、お前」
「えーっと‥‥モールス信号の練習か?」
「質問を質問で返すなよ‥‥」
久しぶりに見る顔が、そこにあった。
「よぉ律。元気か?」
「あぁ〜お前は元気そうだな〜、人の家を2階からずーっとノックし続けてるくらいだもんな。よっぽどヒマなんだな〜」
「質問に答えろよ。まぁ何だったら一晩中でも叩いてるつもりだったけどな」
「うおぉ!お前ストーカーかよ!!」
久々に見る、こいつのオーバーリアクション。
なんかこれを見れるだけでも、俺の気持ちはすごく報われたって気がするなぁ。
「・・・なんで、そこまでするんだよ」
「だって、ムリヤリ律の部屋に入ったら不法侵入と何もかわんねーだろ?」
「いやいや、2階のベランダにいる時点でとっくに不法侵入だから。ったく、どうやって登ってきたんだよ」
ガラス越しに、辺りの地形を見渡す律。
この近くに登ってこれそうな木やら柱やらの類は無いことを確認すると、より怪訝な目で俺を見てくる。
「あぁ、庭にあった木の剪定用のハシゴから・・・うわ、下に落ちてる!入れてくれー!律っ!!」
「いや、ドアの鍵開いてんだから最初からフツーに入ってくればいーじゃん。一晩中あんな感じでコツコツやられるコッチの身にもなってみろよ。最初ポルターガイストか何かの心霊現象かと思ったんだぞ?」
「あ、ホントだ。そっかそっか。じゃ遠慮なく。土足だけど、おじゃましまーす」
「あ、こんなところにドラムのスティックが落ちてるぞー。よーしこいつで不法侵入者に16ビートを叩き込んでやるかー」
「スイマセン後生ですので入らせてくださいお願いします靴も脱ぎますので」
ぶっちゃけ、1週間も学校を休んでる、って割には平気そうな感じだ。
冗談に応じる元気もある、と。よしよし。
「いや、悪かったな。もう寝てたんじゃねーか?」
「んーや。実を言うと、ここ何日かは学校に行ってなかったんだ。だから昼間はぐーたらしてたし、元気はありあまってる」
「律がぐーたらしてるのはいつものことだろ?」
「ははっ、そうだな」
両手を頭の後ろにやって、笑う律。
でもその笑顔は、どこか痛々しいもので。
「ってゆーかお前もさぁ、澪が好きだったんなら最初っから言えよな〜」
笑顔のまま。
何気も無く繰り出された一言。
たった一言だった。
でもその一言は、俺の心を貫くのには十分の威力で。
「・・・は?」
「あーんな激しく澪にアプローチしてさ。澪に止められてもまた『澪しかいない!澪しかいない!』って。
オマケに私に身を引かせる算段までしてさ〜。そんなのしなくたって、言ってくれれば身を引いたのに・・・」
「はあぁっ?!だからお前、どーゆー勘違いを・・・」
ふと、勘違いされる前後の会話が頭をよぎる。
律が逃げ出して、澪と2人で話していた時の会話‥‥
‥‥ちょっとまて。何か今ビビっときた。
『‥‥お前しかいないんだよ、澪っ!‥‥』
『‥‥てゆーかお前は律の彼氏だろ!‥‥』
『‥‥律に付き合ってらんねぇもん。澪しかいないんだって!澪がいいんだよ!‥‥』
『‥‥俺が律に言ってもマジメに聞いてくれないと思うしなぁ‥‥』
『‥‥はぁ‥‥分かったよ、律には私が教えてやるから。まったく、しょうがないな‥‥』
『‥‥うっしゃあ!‥‥』
『‥‥好きだぜ、澪』
‥‥あぁ、なるほど。そんなことも話しましたっけ。
んでこの会話を、ドア越しに聞いてました、と。
確かにこれが本当だとしたら、そら傷つくわな。
オマケに俺じゃなく、澪の方から「俺と別れてくれ」なんて、そんな事実を告げられる‥‥と知ったら、そら澪とも連絡取る気になれんわな。
しかも・・・・これが真実だと仮定して、もし俺と澪とが付き合うことになると、3人が3人、お互いに気まずくなるだろうと。そうなったら律は、彼氏と親友の2人をいっぺんに失うわけで。
そりゃあ幾らあの律とはいえ、学校にも行けなくなるくらい臆病にもなるわな。
でもマジでこんな勘違いをしているんだとしたら、尚更放っておくわけにはいかない。
「・・・あのな、律」
「いや〜今まで邪魔して悪かったな!でもこれからは2人の邪魔しないようにするからさー!」
「話を聞けって、律」
律の肩を掴んで逃げ場をなくす。
話を聞いてもらうまでは、もう絶対に逃がさない。死んでも離さない。
「大丈夫!!分かってるからさっ!」
「聞けよ、律!」
「・・・やだ!」
「聞けって!!」
「嫌だ!やだ、やだぁ!!」
「聞けよっ!律っ!!!」
「やだ、やだやだやだやだぁ!!!」
こいつは全然、平気でも元気でもなかった。
自分の心を保つための、最後の砦。こんなちっぽけな空元気が、精一杯だったんだ。
「うっ、ううぅ〜っ‥‥ヤダ、ヤダぁあぁ‥‥!」
「律、違うんだよ・・・俺と澪は、そんな・・・お前に隠れて付き合ったり、お前をはじき出そうなんて、そんな話をしてたんじゃないんだ・・・」
こいつの泣いている姿を見るなんて、いったいいつ振りだろう。
その傷ついた心を、流してる涙を全て受け止めるみたいにして、その自分より一回り小さな身体を抱きしめながら。
1つ1つ順を追って、その時の会話の流れを説明した。
*
「ひっく、うっく、ほ、本当か・・・本当に、そうなのか・・・?」
「あのな!じゃなかったらだーれがわざわざこんな深夜に徹夜覚悟で人の家にへばりついて窓ガラスをノックし続けんだよ!しかも一歩踏み外せば犯罪者一直線の道を!」
やっぱりというか、なんというか。
コイツは思ったとおりの勘違いを、この一週間ずーっとしていたみたいで。
しかしまぁ‥‥こういう時によく俺の第六感は働いてくれたなと思う。全く、褒めて遣わすぞ!
久しぶりに近くで見たコイツの顔。
そしてもっと久しぶりに見る、ぐちゃぐちゃに顔をゆがめたコイツの表情。
でもきっと、俺もおんなじような顔してる。
「ひっ、ふっ、ふぇええぇーっ!」
「おっ、おい!りっ・・・」
胸に顔を押し付けて、ただひたすら泣きじゃくる。
こんな律を見たのは・・・うん、十何年の付き合いになる俺だって初めてだった。
「さびしかったんだぞ、このいっしゅうかん・・・!ひっく、お前にも顔合わせられなくて、澪にだって・・・ひっく、会ったら、あったらお前と、わっ、別れてくれって、言われるかと思って・・・私、わたしっ・・・メチャメチャ怖かったんだぞっ・・・!!
そしたら、っく、お前が窓から入ってきて、澪がダメだったから、ひっく、今度はお前が出てきて、直接フラれるのかなって・・・離れたくない、別れたくない、って・・・ひっく」
「おっ、俺だって、学校に言っても何もやる気しないわで早退したり、家でゲームばっかりしてて・・・!」
そうか。
俺も律も、一緒だったんだ。
ふとしたことから付き合い出した2人だったけど、気がつかないうちに・・・お互いが、なくてはならない存在になってたんだ。
2人とも、そんな簡単なことに今まで気付かなかったなんて、ホントどうかしてる。
「なぁ律」
「ひっく・・・ん・・・?」
「そういえば今日は、カチューシャしてないんだな」
「ぐずっ、ひっく、あのなぁ、寝る時までカチューシャつけてる奴がどこにいるんだよ・・・っ!」
「でも律、いつもカチューシャつけてるから」
俺に言われて、急に前髪を気にしだす律。
前髪を寄せてみたり、上げてみたり。どこぞのブラジャーのCMでもしてるんですかおまいさんは。
「へへ‥‥でも前髪を下ろした私なんて、おかしいだろ?」
「おかしくねーよ」
「ふへへっ‥‥ホントに?」
「ホントに」
「ホントにホントに?」
「ホントのホントに。律ならどんな髪型でもいい」
「ひゃー、くっさいセリフだなぁ!」
へへへっ、と悪戯っぽく笑う律。
やっと見れた。この一週間、ずっと見たかったもの。
律の本当の笑顔が、そこにはあった。
「いや、今はマジでそんな風に思えるんだなぁ。不思議なことに」
「ハゲでもいいの?」
「まぁいつもハゲみたいなもんだし」
「なにーっ!デコ出しとハゲを一緒にすんなこんにゃろーっ!!」
「ぶはっ!」
暗闇と絶望に埋め尽くされた一週間。
でもトンネルを潜り抜けた先には、以前よりもっともっと律を好きになっている自分が居た。
「ふふっ・・・もぅ離さないからな、覚悟しろよっ!」
「はいはい・・・律の方こそ、覚悟しとけよ?」
了
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