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SS/短編-俺律/律祭り」(2009/08/03 (月) 20:47:08) の最新版変更点

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ぴりりりりりり。 朝、それも恐らく日は昇った直後だ。電話が突如鳴る。 俺は眠いのを呻き声で表しながら、視覚に頼らず聴覚と触覚で探す。 ぴりりりりりり。 何度目のコールかは知らない。探すのに夢中で知らない。 俺はやっとの事でケータイ特有の形に触れ、指で折り畳みを開き電話に出た。 電話の主を、誰か確認してなかったのが失敗だった。 「おっそぉい!!」 誰だ! 途端に聞こえた女声に、目が覚めた。 思わず立ち上がり、ベッドの上に座る。 電話越しに「ふー」と聞こえた。 男かと思ってた俺の脳内の考えは払拭され、相手が分かった。 「あー田井中か」 「せーかい」 田井中とは中学の時の、まぁ運命的なまでの3年連続同じクラスだった。 男女構わず、喋ったり楽しんだりするヤツなんで俺とも親しくはあった。 メルアドやケータイの番号も交換した。そのお陰で何かと男子関係で頼まれる。 第3学年になった時、同じクラスのヤツを名簿で確認してると後ろから殴られたのは忘れられん。 俺は、関取に一発突っ張られた新入りのように吹っ飛び、見事眼前の壁に顔を打ち付けた。 「ごめんなー」と言いつつ、3年目の付き合いで許してくれると思ってたヤツの顔にはビックリした。 俺はベッドから降りて、ケータイを左耳と肩で挟みながら掛け布団を折り畳む。 「久しぶりだな、どうしたんだ」 「おいおい、不機嫌そーじゃないか」 実際、不機嫌なんだがな。 「こんな時間―――5時半!? …に電話してきてよく言うな」 向こう側で車の行き交う音が聞こえる。…元気だなぁ。 「いっやー、ごめんごめん。声聞くのは1ヶ月ぶりかー?」 現在高1。夏休み最初の金曜日。 因みに約1ヶ月前は、互いに帰る時に出会って少し談笑しただけだ。 何かあったら―――主にアイツが「宿題を解け!」ってくるんだが―――メールだ。 「秋山は元気なのか?」 畳み終わったトコロで、欠伸をしつつ寝癖を確かめる。 「おー、元気元気。なんだなんだ、澪が心配なのかー?」 向こうで目を細めてニヤけた顔が目に浮かぶ。 「そんなんじゃねーよ。お前と言ったら秋山だろ」 小さく男性が「おーい」というのが聞こえた。何なんだ? 「まぁな。って、そうそう。電話したのには理由があってだな」 まぁわかってたんだが。何か頼む事ぐらいは。 「何だ?」 「今ヒマ?」 「俺の脳が勉強疲れで休ませてやらんといけないんだが」 「ヒマなんだな」 お前に起こされたせいでなっ。 「今からさ!中央公園来てくれよ!」 冷蔵庫からお茶を取り出して、コップに注ぐ。 「………はぁ?なんだ、小学生との野球に乱闘か?」 「違う違う!ほら、もうすぐ祭りだろ」 「ああ、納涼祭か」 冷蔵庫に貼られたカレンダーを見ると、次の土曜日、明日のトコロに『納涼祭』とあった。 恐らく母さんが書いたんだろう。 「で、何だ」 お茶を飲む。 「言わなくてもわかるんじゃないのか?」 「ギブミーア・レスト」 「男は動いてなんぼだろ」 じゃあ、女はなんなんだよ。 「今から来てよー。お前にしか頼めないんだよね」 確かに俺の家からは近いんだが…。 「頼む!一生のお願い!」 「お前は何回輪廻転生繰り返したんだよ …わかったわかった」 「マジ!?ありがとっ!」 そこで電話が切れた。 「…肉体労働させられるんだろうな」 サッカーで使うインナーシャツを着た上に半袖の主に白のシャツを着る。 タオルと、適当に金を入れた財布を持って家を出た。 道中、コンビニで朝飯として菓子パンと、ペットボトルのアクエリを買ってから公園に行く。 「おー!よく来た!」 「誰が呼んだんだよ」 律が首にタオルを掛けて、出迎えてくれた。 公園内を見渡すと、土木作業の人達のように木材を組み立てたり金具を取り付けたりしてる人がいる。 「いやぁ、櫓作るのに人手が足りなくてさ」 律が爽やかに笑いながら汗を拭う。 「お前も駆り出されたのか?」 「いやいや、私は善意でだよ」 自転車を公園の片隅に停めて、思わず腕を体の前で交差して二の腕を伸ばす。 「お、やる気だねぇ」 「来たからにはな」 何をするのか問うたトコロ、田井中のアシスタントに徹すればいいらしい。 「さっきまでは別のオッチャンとやってたんだけどねぇ。それでも足りなくて」 遠くで働くジャージを着た男性の方へ律は駆け、俺を指差して喋ってから戻って来た。 「そんじゃ、よろしくな♪」 へいへい。どこへなりとも。 蝉も暑さを訴えてるかのような大合唱の喧騒の中、俺は自分を褒めてやりたい。 何を思ったか田井中に配慮して、一人で持てるモノは全て俺が持った。 マジで人手が足りないらしく、1つ大掛かりな事をすると他の大掛かりな事が出来ない状況だ。 まぁそれも何とかやり遂げ、7時くらいには櫓の骨組みは完成した。 「っやー!流石に大きいねぇ」 「何でココの櫓は、人数の割にレベル高いんだよ……」 昔は大きさに惚れ惚れしていたのを覚えているが、この人数でやってたのか? 「いやいや、今年は色々あったらしいよ。助かったよ、ありがと♪」 首の後ろから、ひんやりしたモノを当てられた。 思わず背筋を凍らせた。 「なっ!」 「はい、お礼だよん」 冷えたペットボトルだった。田井中の持つ2本の内、オレンジジュースの方を貰う。 「私の奢りだからな?有難く飲みんしゃい」 「ありがとな」 買ったヤツはちゃっちゃと飲まないと温くなるのが分かってたから、すぐ飲んでいた。 「んで、これで終わりか?」 「うん。これからどーすんの?」 頭の中で選択肢を幾つか作ってみた。…宿題か睡眠しか出なかった。 「寝る、かな」 「じゃあさ、宿題を手伝ってよ!」 何だ、俺の睡眠は無回答とイコールか。 「どーせ終わってないんだろ」 まだ1週間経ってないだろうが。そもそも部活があったんだよ、部活が。 「いいじゃん別に。私の家でいいからさ、勉強教えてよー」 「秋山に頼めよ」 冷たく言い放つ。 「澪は旅行中ー。んで、その時に弾みで"半分終わらしてやる"って言っちゃって…」 どうせ挑発されたんだろう。 「ほら、私も教えてあげるからさ」 「何をだよ」 ぶっちゃけ、田井中よりは勉強は全般的に出来るつもりだ。 「ぷよの連鎖方法っ」 物凄い笑顔で言われた。 何故かこの笑顔に勝てないんだよな。秋山もそうなのかね。 「わかった。家帰ってから行かせて頂きます」 「よし来たっ!」 指を鳴らしてガッツポーズする。お調子者だな。 一旦俺は田井中と別れて、家に帰った。 シャワーを浴びてから、俺自身に出た宿題をカバンに入れてアイツの家に向かった。 そういや田井中の家は初めてだな。珍しい名前なんで表札ですぐわかったが。 家の外形を眺めて、雰囲気に感嘆する。 呼び鈴を鳴らすと、扉が開く。 「えっと、どちら様で?」 顔を出したのは男の子だった。田井中の弟か? 「あー、田井中律さんに呼び出されて 「おー、上がって来てよ!」 突如、上から声がすると思ったら2階の窓から田井中が顔を出している。 「姉ちゃんの友達ー?」 田井中弟が扉から全身を出し、窓にいる田井中に話し掛ける。何だこの光景。 「うん、そうそう。聡、連れて来てよ」 聡くん、というようだ。彼に案内されて家に入った。 「姉ちゃんのカレシとかですか?」 ストレートな質問だった。 「違う違う。中学の時の同級生」 聡くんはマジマジと俺を見て来る。 「そうですか…」 何か言いたげだった。悪かったなカッコヨクなくて。 「あ、上に行けば、目の前が姉ちゃんの部屋なんで」 聡くんは階段の手前で俺にそう言って、リビングと思われる場所に行った。 俺はたん、たん、と木製の階段を昇り、『律の部屋』を見つけた。 一応ノックをすると、田井中の気の抜けたウェルカムが聞こえる。 扉を開けた直後、俺の目の前は暗くなった。 ぼふんっ 「おがっ」 柔らかい感触が顔面一体に広がり、俺は勢いにやられて後ずさる。 「あはははははっ!油断た〜いてきっ」 顔に当たったクッションを剥がすと、田井中がベッドの上で笑っている。 「おい。これから与える恩に、まずは宣戦布告ですか」 当然だが服は着替えて、ノースリーブのシャツに短パンという完全に我が家な格好だった。 「ごめんごめん。誰にでもやってるんだよ」 ああ、聡くんがここまで案内しなかったのが分かった気がする。 溜まった怒りゲージを消費させるべく、クッションを上手投げで律に投げた。 田井中はそれを難無く受け止めて、ベッドに置いた。 部屋に入ると、涼風が漂って来た。 「それじゃ、よろしく頼むよ」 「はいはい」 俺は座布団の上に腰を下ろした。 「飽きた」 「って、おい」 15分しない内に、田井中からギブアップが告げられた。 「だってわかんないんだもん〜」 テーブルに頭を置いて、上目遣いで俺を見て来る。 「悪いが、そんな目されても何ともないからな」 「ちぇ」 「で、どこがわかんないんだよ」 田井中は頭を上げて、右手に握ったシャーペンで丸をする。 「ああ、そこはだな………」 同様の公式を使う簡単な問題を余白に作る。 「! あ、これってこれなのか!」 指示語は1つだが、2つのモノを指し示した田井中に俺は頷く。 どうやら、また意欲が沸いたようだ。 俺はそれを見つつ、自分の宿題に手を付けた。 「飽きた」と何度聞いたか知らないが、もう12時だった。 俺の宿題は殆ど終わった。田井中もそこそこ終わってるようだ。 「いやぁ、助かった!ありがとなっ」 朝にも聞いたようなセリフを受け止めつつ、俺は自分の広げたモノをカバンに片付ける。 「どう致しまして。それじゃ、俺は帰るよ」 部屋を開けると、むわっと外気が俺を襲って来る。 思わず俺は扉を閉めた。 「どした?」 「…出来る事ならココ出たくないな」 「あーだよなぁ。だから私呼んだんだし」 さいでしたか。 「頑張って出ますか」 「おう、頑張って!」 「…家の外まで見送れよ」 「えー …わかったよ」 つくづく面倒臭そうに仰いますネ。 俺は意を決して扉を開けて部屋を出た。 階段を降りる途中で後ろを振り向くと、田井中は扉を内側から閉めようとしていた。 「おい」 「ちっ」 大きな舌打ちが聞こえた。田井中が扉を開けて、ちゃんと見送ってくれる。 「わざわざ見送ってくれるなんて悪いなー」 腹いせに言ってやった。 「アンタが呼んだから出たんだろうに」 両手をだらんとさせながら、愚痴って来る。 「それくらいしろよ」 玄関で靴を履いていると、聡くんがリビングから出て来てくれたが田井中が帰す。 「別にいいだろー …って、そうそう」 「?」 踵の部分に指を突っ込んで、靴の形を整える。 「明日の納涼祭、行くのか?」 少し上を見上げて、明日の予定を考えた。 「ああ…行くんじゃないかな。流石に」 「誰と?」 「カノジョがいるとでも言うのか」 「一人かよ。寂しいやつめ」 「うっさい。お前は秋山とか」 「だから澪は旅行中なんだって。…でさ、私と行かないか?」 「…………………は?」 えらく間が空いた。 「え、その間は酷くないか?」 「いや、田井中が俺を誘うとは…」 「…成程。私と付き合うのにドキドキしてるんだな」 にやり、と嫌な笑みを作ってくる。 「違うわい。ビックリしてるだけだ」 「ふーん、そっかそっか。 で、答えは?」 「俺で良ければ」 田井中がぱしん、と手の平を叩く。 「よしっ。んじゃ明日6時な!」 「それはいいけど…なんで俺?」 「理由はないけどな。…さして言えば、友達だし?」 「さいで」 「そういや、私の部屋入っても無感情だったな」 腕を組んで、悔しそうな顔をするのは何でだ? 「その前にクッションの急襲が強烈だったんで」 このままだと、また取り留めの無い会話で帰れそうに無いので扉を開けた。 明日の6時、という事をお互い言って、俺は家を出た。 土曜日。 夏休みを効率的に使う為に実施される早朝練習も、蝉の活動開始付近で終わり友人と別れて家に帰った。 道中ケータイを開くと、田井中からのメールが一件。 『6時だぞ。忘れるなよ?』 はいはい。 念入りなトコロは変わらないな、と思いつつ自転車を走らせていた。 土曜日というのに特に友人と遊ぶつもりもなかったので、ただぼんやりと時間を貪っていた。 淡々と扇風機に当たり、漫画を読み、昼飯を食って、サッカーの試合の再放送を観る。 そうこうしてると時間は4時半を過ぎていて、俺は腰を上げ始めた。 財布の中身を一応調べ、不安でない事を判断してテーブルに置いておく。 「………デート、になるの、か?」 ふと、田井中との付き合いは長いがこういう付き合いをしてないのを思い出す。 文化祭の買出しに男女2人ずつで駆りだされたりはしたが、1対1は歩く事はなかった。 そう思うとなんか照れ臭くなる。 「いかんいかん、何言ってるんだ俺は」 家にいると余計な事を考えてしまう。 滲み出る汗を拭って、顔を洗ってから俺は家を出た。自転車でなく、歩いて。 公園では5時40分だというのに、多少の賑わいを見せている。 集合場所を決めてなかった。ケータイに連絡もない。 俺は昨日の朝に入っていった入口の前で立ち止まり、歩道脇のベンチに座る。 ココの公園は2つに区切られていて、祭りの時は片方は自転車置場になる。 空いているスペースで子供がボールを蹴っている様子が微笑ましい。 俺もここでよく蹴っていたのを覚えている。 「何何?のすたるじぃ?」 「!!?」 背後から耳元に声を掛けられた。 俺は思わず肩を持ち上げ、体を反転させ後ろの人物から距離を取る。 「た、田井中かよ」 よくよく頭を整理すれば、やはり田井中しかいない事に気付いた。 「はろー♪あんまりにもじぃっと見てたからさ」 思わず早まった鼓動が落ち着くと、次第に田井中の格好に目がいく。 浴衣姿だった。 オレンジ基調で、白い花が所々飾られている。帯も黄土色で合わせているようだ。 「いやぁ夏祭りっていったら浴衣だしさっ。ねね、似合う?」 腕を広げ、ゆっくりとくるんと一回転して俺に魅せて来る。 かっかっ、と音がするから何かと思えば、下駄を履いていた。 「ああ、似合ってる似合ってる」 俺は思ったまま言ってやる。 なのに、田井中は正面で止まり、俺を下から覗き込むように見上げてくる。 「…嘘臭い」 いや、そう言われましても。 と、いう顔をしてみたのだが、田井中はどうも不満そうだ。 俺は一度咳をしてから、息を整えて言った。 「似合ってるよ」 俺からすれば、どっちの発言も褒め言葉のつもりなんだがな…。 田井中には後者がよかったようで、にんまり笑った。 「ありがとっ♪」 どう致しまして。 「何で男は浴衣じゃないんだろうな」 田井中が俺を見たり、通り過ぎる人を見て言う。 「さぁ?女は浴衣着ると可愛かったり綺麗に見えるけど、男は見えないからじゃないか?」 何となく俺も通り過ぎるカップルやら、女子同士の集まりを見つつ答える。 「ふーん…」 田井中は素っ気無く返事をしてから俺の服を掴む。 「んじゃ、行きますか!」 下駄履いてるのが不安なくらい元気に動く田井中に俺は引っ張られるだけだった。 6時になると、一斉に店が動き出した。 大半の子供が射的や金魚すくいに駆け寄り、遊び始めているのが伺える。 「ほら、見てよ!櫓だ、やぐらっ!」 祭りの主軸を務めている、公園のど真ん中に建てられた櫓は大きく聳え立っている。 俺達が作業した時は金属棒での骨組みだったが、今日の作業で仕上げたんだろう。 「自分達で手掛けると、何か違う感覚だな」 「だなー。私達が祭りを支えてる感じがするよ」 天辺には太鼓があり、よく見ると昨日一緒に作業したオッチャンがいる。 俺がその人の行動を逐一眺めてると、また袖が引っ張られた。 「なぁなぁ。射的出来る?」 田井中の視線を追うと、子供が一生懸命大きな銃を持って狙いを定めていた。 「一応、デカいコアラのマーチを倒した事くらいなら」 「よし!」 田井中は有無を言わさず、俺についてくるように背中で語って射的場に向かう。 三段になって並んだ景品の中、田井中はパンダのぬいぐるみを指差す。 ていうか、既に俺がやる事になっているらしい。 「私は狙い定めるの嫌いでさー」と言う。 確かに木材の長さを調整するより、トンカチで釘を叩いた方が性には合ってるだろう。 「田井中はああいうのが好きなのか」 前でプレイ中の子供がパンダを狙う。 ぽこん。 当たるも、微々たる動きを見せるだけで、パンダは射的の目玉の地位を確立させていく。 「澪へのプレゼントだよ」 田井中が答える。弾切れを起こした子供が悔しそうに場を去っていく。 俺達の順番が来るまでにパンダは幾度と狙われていく。 しかし、パンダは英雄の称号を獲得し、射的のオッチャンの利益を増やすばかりだった。 「さぁ、頼んだぞ大将!」 「ぃだっ! …へいへい」 田井中が俺の背中をぱぁん!と叩く。 俺は300円を代償に、ワインのコルクの弾を3発受け取る。これぼったくりだよなぁと思った。 一発、ぐりぐりと銃の先端に弾を詰めて、小手調べにチョコボールの箱を狙う。 見事命中。 「パンダ狙えよー」 「うるさい。まずは練習だ」 田井中が俺の代わりにチョコボールを受け取って、早速開封する。 またもや弾を詰めて、俺はボスに挑戦する事を決心した。 「おっちゃーん、アレ倒れるんだよね?」 チョコを口の中で転がしながら田井中が聞いている。 オッチャンはにやにやしながら「やってみたらわかるよ」と言う。 パァン! パンダの眉間を狙ったのだが、弾は喉元に突き刺さる。 案の定、パンダはぐらぐらと揺れて、俺を挑発した。 「あー」 田井中がそう言いつつ、チョコを1つ口の中に入れる。 「うっさい」 俺は手早く次の弾を込めて、揺れているパンダにぶっ放した。 パァン! 丁度後ろに仰け反るパンダの喉元にまた食い込む。 ぐらぁ、っとパンダは重心を失い、ゆっくり、ゆっくりと――― 「あ」 ―――倒れた。 「おおおおっ」 横で一緒に参加してた子供が声を上げる。 田井中の方を見ると、子供と同じ顔をしていた。 オッチャンは少しの静止の後、福引で使うようなベルを手にして思いっきり鳴らした。 田井中はパンダのぬいぐるみを受け取って、後頭部に顔を埋める。 「どうだ?」 『参りました』パンダがそう言ったような気がした。 「うん、流石だよ。ありがとうな♪」 チョコボールの箱からチョコを取り出して摘み、その手を俺の目の前に持って来る。 「ほい、あーん」 それ俺のなんだけどな。 俺は口を開けて、田井中がそこに放り込んだ。 「やっぱりピーナッツだよなー」 「これピーナッツなのか。キャラメルじゃなくてよかったよ」 「歯に纏わりつくからなぁ」 俺は噛み砕かずに、ころころと転がす。 田井中がまたチョコを1つ自分の口内に入れて、箱を潰す。 「なくなっちった」 「早!」 店沿いに歩いている途中でゴミ箱に棄てる。 目の前をサッカーボールを持った子供が横切る。 「そーいや、サッカーやってんだっけ」 「ん、ああ」 「上手いの?」 「一応、1年ながらベンチ入りしてるよ」 「マジで!?」 「試合出れてないけどな」 「いやいや、1年の時から3年と一緒ってスゴいと思うよ」 「そうか?ありがとな」 「近くで試合があったら言ってよ。見に行ってあげるから」 「出るかわかんないのに?」 焼きそばの匂いが漂った。俺は田井中を呼び止めて、そこに向かう。 「応援してあげるから、出てよ」 「無茶言うなよ」 「早い内に出れるようになってよね」 「りょーかい」 2つ注文してパックを受け取り、店の裏の閑静とした空間に移動する。 公園の真ん中では提灯が点き始めてるお陰で、対比的に周囲は暗い。 俺達は石のブロックに腰掛ける。田井中は横のスペースにパンダを置く。 「なんでこういうトコロの焼きそばは美味しいんだろうな?」 「こういう雰囲気が美味くさせるんじゃないか?暑いからアイスが美味かったり」 「アイスはいつでも美味しいじゃん」 「冬場に食べるのは雪見大福だけだ」 「えー、それには反対だ」 ぶぶぶ、と振動音が聞こえる。 「あ、私だ」 田井中が割り箸を咥えながら、袖に隠したポーチを取り出す。 俺は一生懸命に働く店の人達をぼんやり眺めながら食べ続ける。 「澪からだ」 「なんだって?」 「『そういや納涼祭だったな。ごめんな』ってさ」 ピッピッピッ、と田井中が俺といる事を告げる内容を呟きながらタイピングする。 「土産の事は言わないのか?」 「ビックリさせてやるんだ」 田井中が咥えた箸を手にすると、またバイブする。 「早いな」 「澪のヤツ、ヒマしてんだな」 またもや箸を咥えて、ケータイを手にする。 「んーと ………ぶっ!」 何事だ!?と思って田井中を見ると、割り箸が地面に放り出されている。 田井中は空いた手で顔を押さえて、ぶるぶる震えている。 太ももに置いた焼きそばが落ちないか心配だ。 「た…田井中?」 「み、澪のヤツ……」 小さな声でぶつぶつと何か言っている。 「おい、どうしたんだ?」 顔に当てた手を離し、俺の目の前でぶんぶん振る。 「! な、なんでもない!」 「? そうか?」 頬を赤く染めて、顔も左右に振り始める。 「うん!ごめんだけど、ちょっとこっち見ないでっ」 俺はその発言に疑問を抱きつつ、視線を正面の店に変えた。 横目で田井中を見ると、焼きそばには目もくれず、必死でメールしていた。 「なんか飲みたいものあるか?」 田井中の箸も貰ってくるついでに、と思って俺は焼きそばのパックを輪ゴムで閉じて立ち上がる。 「へっ?あ、ああ…んじゃあカルピス…」 「わかった」 俺は祭りの中心の喧騒の中で再び入っていった。人が心なしか増えた気がする。 田井中の意見も尊重して、俺は買い物する前に時間を潰した。 さっき俺が勝利を挙げた射的場では、大目玉にコアラのマーチが置かれていた。 打とうか暫く葛藤した末、財布の中身が俺を心配するので止めておいた。 とは言っても、まぁそれなりにはまだあるんだけどな。 中学生が打つのを終わってから戻るか、と思い、射的場の脇に寄る。 「おりゃ!」 威勢のいい声とは裏腹に、結果は的に当ってなく、友人に囃し立てられる様子が微笑ましかった。 「おー、ありがとねー」 さっきまでの動揺はどこにいったんだ。 俺は紙コップ2つと割り箸を持って戻って来た。 だがしかし、アイツは何故か焼きそばを食っている。 「俺の箸使うなよ」 「だって遅いんだもん」 そう言うと田井中は俺の手にしてる紙コップをひったくって飲む。 俺は貰った新しい割り箸を割って、残りを食べ始めた。 暫くして、俺と田井中は祭りに戻った。 飯食う為に外れただけで、まだ見回ってない。 「金魚を救ってやる」と言って金魚に紙を巣食われたり、輪投げで景品を貰ったり。 まぁ傍から見たら、仲の良い兄妹に見えるだろうな。 それか―――― 「カップルか」 !!? 「ん?どうしたんだ?」 「い、いやなんでもない…」 正面奥を見ると、木陰でカップルが…いちゃいちゃしてた。 田井中は何かにやにやしながら見ている。 「悪趣味め」 「人間観察と言ってくれよ」 いやいや、ストーカーと同じ事シテマスヨ? 田井中を引っ張ろうとしても、謎の強情さで動かない。 溜め息を一つ大きく吐き、俺は周囲を見渡して時間を潰す。 「うおっ」 何事か、と思い、声を漏らした田井中を見る。 視線はやはりあのカップル……… 「…キスしてんのか?」 「見て分かるだろ…すご、長ぁー…」 ハートのオーラが出て来そうなぐらいシている。 俺は流石に居た堪れなくなり、田井中の首根っこを掴んで場を立ち去った。 「ちぇー、祭りっていったら醍醐味コレだろぉ」 「お前、秋山と一緒に来る時もしてんのか?」 脳裏に焼きついたさっきの光景が、酔っ払ったかのように頭をぐるぐるさせる。 興味深々に見ていたコイツの気が知れん。 「ほぉ、お前、結構ウブなんだな」 …今度は俺かよ。 「悪かったな。あんなもん見たらドキドキするっての」 「ほほぉーん、このサッカーバカめ」 喧しい。 「って、もう9時じゃないか」 公園に設置された時計の針はは直角に交わっている。 「ほぇー、もう3時間経ったのか」 「どうするんだ?流石に俺は祭り見過ぎて飽きたぞ」 「面白くないヤツだな、祭りは何度も見るもんでしょ」 田井中が腰に手を当てる。 「…と、まぁ私もそろそろ足が疲れてきてるんだよね」 田井中が行きと同じように俺の腕の部分を掴む。 「帰ろっか」 公園を出てすぐは、同様に帰る人達がいっぱいで騒がしかった。 しかし少し道を外れると、田井中の下駄の音がコツコツとよく聞こえる。 「今日はありがとなー」 「こちらこそ、楽しかったよ」 抱いたパンダにまた顔を埋める。 「それ、秋山にやった時の様子教えてくれよな」 「やっぱり澪が好きなのか」 「違うわい。一応取ったの俺だから気になってるだけだ」 「わかったよ、そういう事にしときましょ」 「何かヤな言い方だな」 見上げて街灯を見ると、羽虫が飛び交っている。アレが高くて良かった。 「っと、確かアンタの家こっちだったよね」 T字路に差し掛かり、足を止めた。俺が左で、田井中が右だ。 「…別に家まで送るぞ?」 こんな時間だしな。 「いいよいいよ。どーせすぐだしさ。今日はありがと♪」 田井中がにっこりと笑う。 そこで俺はアルモノを渡してないのを思い出した。ポケットをまさぐる。 「ほい、プレゼント」 取り出したのは黄色い丸いヒヨコのストラップ。 2度目の射的で獲得した戦利品だ。 中学生の下手さを見た俺は、我慢ならずやってしまった。 巨大コアラのマーチを仕留めたはいいが、流石に遠慮してコッチにして貰ったのだ。 これからあのオッチャンにはマークされるんだろうな。 「へ、いいのか?」 田井中は右手でパンダを抱えて、左手で受け取る。 「久々に会ったしな。この2日間楽しかったし」 「なんかお別れみたいな言い方だな」 チェーンの部分を指で摘み、ヒヨコがぷらんぷらんと揺れ動く。 「そう聞こえたならすまん。そのつもりはないんだけど」 「分かってるよ。…んーなんか貰いっ放しだな」 「気にするなよ」 田井中はヒヨコをポーチに入れる。 「ううん、…じゃあさ、ちょい目ぇつぶってよ」 「は? …これでいいのか?」 俺はぎゅっと目を瞑る。 「そそ」 俺は少し期待する。さっきのカップルが目の裏に映る。 「じぃっとしててよ…」 田井中の声が近付いてるのが分かる。…マジか? 鼓動が早まる。手の汗がじんわりと感じられる。 まさか……―――― ぱしゃ。 「は?」 思わず目を見開いた。 目前にはケータイのカメラがある。 「ナァイスショット♪」 「………」 「ん、どうしたの?」 田井中は嬉しそうにケータイの画面を見ている。 「お、おまっ…消せコラ!」 少々の絶句の後、我に返った俺は田井中のケータイに手を伸ばす。 が、田井中は俺の手をかわし、退く。 「んー、どうしたどうした。ちょーっと顔赤いぞー?」 田井中の声が陽気になっている。 「お前がそうしたからだろっ!」 真相は違う気がするが。 「ほら、綺麗に写ってるよ。見て見て」 田井中が俺の方に画面を見せる。……すっごい恥ずかしいぞ。 今度は不意を突いて、田井中の視野の外から手を繰り出した。 「おっと」 しかしこれも虚しく、田井中は俺の左に逃げ込む。 その瞬間、頬に柔らかい感触がした。 俺は思わず危険を察知した動物のように、一歩後退した。 「…た…田井、中?」 感触の残った部分に手を当てる。 「お、お礼なんだからなっ!か、かか勘違いするんじゃないぞ!」 そう言うと田井中は俯いたまま駆けて帰って行った。 俺は何分経ったかは知らないが、暫く壁に凭れてぼーっとしていた。 家に帰り寝て起きた後、メールが一件あった。 『さっきのキスはやっぱなし!ヒヨコは貰っとくけどな!サッカー頑張れよ!』 「なんだそりゃ」 俺はお前のせいで不眠症だっつーの。 ぼさぼさの頭を掻きつつ、俺は返信メールを打ち始めた。 まだ頭が寝てるのがよく分かる。 中学時代の友人に歩きながら寝てた、ってヤツがいるけど…寝そうだよ。 朝っぱらからこんな状態の学生は滅多にいないだろうな。 私は両手が塞がっている。 そして到着したので私は指をスイッチに近づけて、押す。 ぴんぽーん、と有り触れた呼び鈴が鳴った。 『はーい。って律か。ちょっと待ってて』 一方的な応対で切られた。 私は抱えたモノを更に抱き締めて、待つ。 がちゃり。 「おはよ、律」 「おはよう。んで、久しぶり」 澪が私服姿で現れた。 「それ…どうしたんだ?」 当然ながら、目に入ったコレを指差してくる。 「お土産♪」 ふかふかのパンダだ。昨日の射的で取ったやつ。 澪がこっちに来て、受け取った。 「お土産…って昨日の祭りか?」 「そうそう」 澪も私同様顔を埋めた。 「んっ、あ、やらかーい」 「だろー?寝る時抱いてたけど、すっごいやわらかいんだぞコレ!」 「そうなんだ。ありがとな♪」 そう言うと、澪は私にいとくように指示し一度家に戻った。 それから現れた時には紙袋を持って現れた。 「はい、お土産」 「おっ、ありがとー!」 「つまらないものだけどな」 「そんな事ないでしょー。詰まってる詰まってる♪」 私がその中身を楽しみに嬉々としていると、澪が一度咳込んだ。 「んで、だ。律」 ちょっとトーンが変わった。 「ん、何ー?」 「昨日のデートは上手くいったのか?」 ……………………… 「み、みみみみ澪ぉっ!!」 「わざわざ私に報告するくらいだもんなぁ?そりゃあ…」 「ちょ、ちょちょちょーっと待とうか!まずは、私に喋らせろ!」 ついつい声を上げてしまう。澪が気圧されたのか、黙ってくれた。 私は一度大きく深呼吸をする。 「いや、だからな。アイツには前日櫓作ってくれた時から一緒であってだな」 「お前が呼んだんだろ?」 「そうじゃなくてだな。人手が足りなくて……」 思わず腕を組んで、力説してしまう。 「聡でも良かったんじゃないか?」 「聡か来るかよぅ」 「アイツなら来ると確信してたのか」 澪がははぁん、と上から見下すような視線を作る。 「ち、違っ!」 「どうせ、あのパンダも取って貰ったやつだろ?」 「うっ、そ、そうだけど……」 ダメだ、こういう時の澪は強い。口に口で返される…。 「じゃ、私も後でお礼言わないとな。お土産は買ってなかったし…」 「い、いいよ別に!私が言っとくからっ!」 「…ぷっ、あははははは」 澪の笑いで気付いた。……釣られた! 「やっぱり気があったんだな…あははっ」 「わ、笑い、過ぎだ… そりゃあ他の男子より気はあるけど…そんなんじゃないって!」 「ふぅん、そっか。んじゃ、そういう事にしといてあげるよ」 …このセリフも私はアイツに言ったけど…言われると腹立つんだなぁ。 「…ありがと」 「どう致しまして」 皮肉なのに。くそう。 「いやぁ律に好きな人ねぇ…」 「こんなトークをしていますが、よく思えば今は朝だぞ」 「時間は関係ないだろー。昨日律といたら昨日喋ってたよ」 昨日絶対メールの後問い質すの楽しみにしてたな…。 「いや、まぁアイツはいい人じゃないか。気さくだし」 「うん、まぁそう…って違う!だから何言ってんの!」 「照れない照れない」 「照れてないっ!」 だーもう!自分でもこう反応するとそう取られるのは分かってるけどっ。 そもそも、私はアイツが好きなのか?いや、好きだよ。うん。 だが、愛とか恋とかの類なのか?LOVEなのか? 私はいつもアイツだけじゃなくて、色んな男子とも遊んでて…。 …そういや最近男子でメールしてるのはアイツくらいだな。聡は別にして。 ―――私は…もしかして… 「おい、律」 ぺしんっ。デコピンされた。 「あだっ」 「うん、前髪上がってると当て易いな」 「な、何するんだよっ」 「いや、さんざんからかってはみたからな。まぁホンキか知らないけど、応援はするよ」 澪の表情から、真剣さが伝わってくる。 「………がと…」 「ん、何だって?」 「… あ・り・が・と」 「私に感謝しても仕方ないだろ」 ヴヴヴヴヴ。 ポケットでケータイが揺れる。 「ん、噂をすればか〜?」 まさか、な。私はケータイを開く。……マジだった。 「何て送ったんだ?」 「!! えー、えっとだな。『楽しかった。ありがとな』っていう内容を…」 冒頭の文は伝えなくていい、よな? 澪が私からケータイをひったくる。 「あっ」 「えーっと何何…」 「かーえーせー!」 思いっきり腕を伸ばすが、澪はケータイを空に掲げて読み始めた。 くそ!背高いの利用しやがって! 「…『不意打ちだろアレは。アレは気に入ってくれたならいいけどな。サッカーは頑張るよ』か」 うあー!! 「不意打ち、って何だ?」 「く、くく空気の入った剣で決闘してな!意表突いた攻撃をしてやったんだ!」 必死で作り上げた。くそ!悪いのは私だが恨むぞアイツ! 「アレ、は?」 「ヒヨコのストラップ…貰ったから」 「気、ありそうだな」 「それだと澪にもだろ。パンダの一件は最初から澪にあげるって言ってたし」 「律が頼んだからじゃないのかー?」 そ、そうかも…そうなのか? 澪が持ち上げたケータイを私に返す。 私も文面を読もうと、画面を見た。 「ま、さっきも言ったけど。夏休みも長いんだし一緒にいるのもいいんじゃないか?」 「でもアイツサッカー忙しいみたいだし……」 「オフくらいあるだろ。適度に誘いなよ」 「う……うん」 何か澪が恋愛の先生に見える…。未恋愛のハズなのに。 「…遊びに行く時、澪も来てくれる?」 「へ? いや…そこはデートにかけつけなよ」 「……それって映画館とか?」 「んー、まぁそうなんじゃないのか?」 「……無理……」 「なぁに言ってるの。自信持ちなっ」 この後もまぁ色々喋ったけど、私はもはやアイツに対する気持ちが分からなくなっていた。 「『部活、休みの日教えてくれないか?』…なんで私に打たせるんだよ」 「…だって、は、恥ずかし…」 「…律のこういう一面って可愛いもんだなぁ」 「ばっ、バカにするなよ!」 ピッ、と私のケータイから音がする。 多分澪が送信したんだろう。 「してないしてない」 ケータイを返される。 「んじゃ、頑張ってな。今日は私は片づけで忙しいから…、あ、パンダありがとな」 「え、あ、うん…」 私は澪と別れて、道中、考えが止む事はなかった。 >出展 >【けいおん!】田井中律はシンバル可愛い44【ドラム】 このSSの感想をどうぞ #comment_num2(below,log=コメント/律祭り)
ぴりりりりりり。 朝、それも恐らく日は昇った直後だ。電話が突如鳴る。 俺は眠いのを呻き声で表しながら、視覚に頼らず聴覚と触覚で探す。 ぴりりりりりり。 何度目のコールかは知らない。探すのに夢中で知らない。 俺はやっとの事でケータイ特有の形に触れ、指で折り畳みを開き電話に出た。 電話の主を、誰か確認してなかったのが失敗だった。 「おっそぉい!!」 誰だ! 途端に聞こえた女声に、目が覚めた。 思わず立ち上がり、ベッドの上に座る。 電話越しに「ふー」と聞こえた。 男かと思ってた俺の脳内の考えは払拭され、相手が分かった。 「あー田井中か」 「せーかい」 田井中とは中学の時の、まぁ運命的なまでの3年連続同じクラスだった。 男女構わず、喋ったり楽しんだりするヤツなんで俺とも親しくはあった。 メルアドやケータイの番号も交換した。そのお陰で何かと男子関係で頼まれる。 第3学年になった時、同じクラスのヤツを名簿で確認してると後ろから殴られたのは忘れられん。 俺は、関取に一発突っ張られた新入りのように吹っ飛び、見事眼前の壁に顔を打ち付けた。 「ごめんなー」と言いつつ、3年目の付き合いで許してくれると思ってたヤツの顔にはビックリした。 俺はベッドから降りて、ケータイを左耳と肩で挟みながら掛け布団を折り畳む。 「久しぶりだな、どうしたんだ」 「おいおい、不機嫌そーじゃないか」 実際、不機嫌なんだがな。 「こんな時間―――5時半!? …に電話してきてよく言うな」 向こう側で車の行き交う音が聞こえる。…元気だなぁ。 「いっやー、ごめんごめん。声聞くのは1ヶ月ぶりかー?」 現在高1。夏休み最初の金曜日。 因みに約1ヶ月前は、互いに帰る時に出会って少し談笑しただけだ。 何かあったら―――主にアイツが「宿題を解け!」ってくるんだが―――メールだ。 「秋山は元気なのか?」 畳み終わったトコロで、欠伸をしつつ寝癖を確かめる。 「おー、元気元気。なんだなんだ、澪が心配なのかー?」 向こうで目を細めてニヤけた顔が目に浮かぶ。 「そんなんじゃねーよ。お前と言ったら秋山だろ」 小さく男性が「おーい」というのが聞こえた。何なんだ? 「まぁな。って、そうそう。電話したのには理由があってだな」 まぁわかってたんだが。何か頼む事ぐらいは。 「何だ?」 「今ヒマ?」 「俺の脳が勉強疲れで休ませてやらんといけないんだが」 「ヒマなんだな」 お前に起こされたせいでなっ。 「今からさ!中央公園来てくれよ!」 冷蔵庫からお茶を取り出して、コップに注ぐ。 「………はぁ?なんだ、小学生との野球に乱闘か?」 「違う違う!ほら、もうすぐ祭りだろ」 「ああ、納涼祭か」 冷蔵庫に貼られたカレンダーを見ると、次の土曜日、明日のトコロに『納涼祭』とあった。 恐らく母さんが書いたんだろう。 「で、何だ」 お茶を飲む。 「言わなくてもわかるんじゃないのか?」 「ギブミーア・レスト」 「男は動いてなんぼだろ」 じゃあ、女はなんなんだよ。 「今から来てよー。お前にしか頼めないんだよね」 確かに俺の家からは近いんだが…。 「頼む!一生のお願い!」 「お前は何回輪廻転生繰り返したんだよ …わかったわかった」 「マジ!?ありがとっ!」 そこで電話が切れた。 「…肉体労働させられるんだろうな」 サッカーで使うインナーシャツを着た上に半袖の主に白のシャツを着る。 タオルと、適当に金を入れた財布を持って家を出た。 道中、コンビニで朝飯として菓子パンと、ペットボトルのアクエリを買ってから公園に行く。 「おー!よく来た!」 「誰が呼んだんだよ」 律が首にタオルを掛けて、出迎えてくれた。 公園内を見渡すと、土木作業の人達のように木材を組み立てたり金具を取り付けたりしてる人がいる。 「いやぁ、櫓作るのに人手が足りなくてさ」 律が爽やかに笑いながら汗を拭う。 「お前も駆り出されたのか?」 「いやいや、私は善意でだよ」 自転車を公園の片隅に停めて、思わず腕を体の前で交差して二の腕を伸ばす。 「お、やる気だねぇ」 「来たからにはな」 何をするのか問うたトコロ、田井中のアシスタントに徹すればいいらしい。 「さっきまでは別のオッチャンとやってたんだけどねぇ。それでも足りなくて」 遠くで働くジャージを着た男性の方へ律は駆け、俺を指差して喋ってから戻って来た。 「そんじゃ、よろしくな♪」 へいへい。どこへなりとも。 蝉も暑さを訴えてるかのような大合唱の喧騒の中、俺は自分を褒めてやりたい。 何を思ったか田井中に配慮して、一人で持てるモノは全て俺が持った。 マジで人手が足りないらしく、1つ大掛かりな事をすると他の大掛かりな事が出来ない状況だ。 まぁそれも何とかやり遂げ、7時くらいには櫓の骨組みは完成した。 「っやー!流石に大きいねぇ」 「何でココの櫓は、人数の割にレベル高いんだよ……」 昔は大きさに惚れ惚れしていたのを覚えているが、この人数でやってたのか? 「いやいや、今年は色々あったらしいよ。助かったよ、ありがと♪」 首の後ろから、ひんやりしたモノを当てられた。 思わず背筋を凍らせた。 「なっ!」 「はい、お礼だよん」 冷えたペットボトルだった。田井中の持つ2本の内、オレンジジュースの方を貰う。 「私の奢りだからな?有難く飲みんしゃい」 「ありがとな」 買ったヤツはちゃっちゃと飲まないと温くなるのが分かってたから、すぐ飲んでいた。 「んで、これで終わりか?」 「うん。これからどーすんの?」 頭の中で選択肢を幾つか作ってみた。…宿題か睡眠しか出なかった。 「寝る、かな」 「じゃあさ、宿題を手伝ってよ!」 何だ、俺の睡眠は無回答とイコールか。 「どーせ終わってないんだろ」 まだ1週間経ってないだろうが。そもそも部活があったんだよ、部活が。 「いいじゃん別に。私の家でいいからさ、勉強教えてよー」 「秋山に頼めよ」 冷たく言い放つ。 「澪は旅行中ー。んで、その時に弾みで"半分終わらしてやる"って言っちゃって…」 どうせ挑発されたんだろう。 「ほら、私も教えてあげるからさ」 「何をだよ」 ぶっちゃけ、田井中よりは勉強は全般的に出来るつもりだ。 「ぷよの連鎖方法っ」 物凄い笑顔で言われた。 何故かこの笑顔に勝てないんだよな。秋山もそうなのかね。 「わかった。家帰ってから行かせて頂きます」 「よし来たっ!」 指を鳴らしてガッツポーズする。お調子者だな。 一旦俺は田井中と別れて、家に帰った。 シャワーを浴びてから、俺自身に出た宿題をカバンに入れてアイツの家に向かった。 そういや田井中の家は初めてだな。珍しい名前なんで表札ですぐわかったが。 家の外形を眺めて、雰囲気に感嘆する。 呼び鈴を鳴らすと、扉が開く。 「えっと、どちら様で?」 顔を出したのは男の子だった。田井中の弟か? 「あー、田井中律さんに呼び出されて 「おー、上がって来てよ!」 突如、上から声がすると思ったら2階の窓から田井中が顔を出している。 「姉ちゃんの友達ー?」 田井中弟が扉から全身を出し、窓にいる田井中に話し掛ける。何だこの光景。 「うん、そうそう。聡、連れて来てよ」 聡くん、というようだ。彼に案内されて家に入った。 「姉ちゃんのカレシとかですか?」 ストレートな質問だった。 「違う違う。中学の時の同級生」 聡くんはマジマジと俺を見て来る。 「そうですか…」 何か言いたげだった。悪かったなカッコヨクなくて。 「あ、上に行けば、目の前が姉ちゃんの部屋なんで」 聡くんは階段の手前で俺にそう言って、リビングと思われる場所に行った。 俺はたん、たん、と木製の階段を昇り、『律の部屋』を見つけた。 一応ノックをすると、田井中の気の抜けたウェルカムが聞こえる。 扉を開けた直後、俺の目の前は暗くなった。 ぼふんっ 「おがっ」 柔らかい感触が顔面一体に広がり、俺は勢いにやられて後ずさる。 「あはははははっ!油断た〜いてきっ」 顔に当たったクッションを剥がすと、田井中がベッドの上で笑っている。 「おい。これから与える恩に、まずは宣戦布告ですか」 当然だが服は着替えて、ノースリーブのシャツに短パンという完全に我が家な格好だった。 「ごめんごめん。誰にでもやってるんだよ」 ああ、聡くんがここまで案内しなかったのが分かった気がする。 溜まった怒りゲージを消費させるべく、クッションを上手投げで律に投げた。 田井中はそれを難無く受け止めて、ベッドに置いた。 部屋に入ると、涼風が漂って来た。 「それじゃ、よろしく頼むよ」 「はいはい」 俺は座布団の上に腰を下ろした。 「飽きた」 「って、おい」 15分しない内に、田井中からギブアップが告げられた。 「だってわかんないんだもん〜」 テーブルに頭を置いて、上目遣いで俺を見て来る。 「悪いが、そんな目されても何ともないからな」 「ちぇ」 「で、どこがわかんないんだよ」 田井中は頭を上げて、右手に握ったシャーペンで丸をする。 「ああ、そこはだな………」 同様の公式を使う簡単な問題を余白に作る。 「! あ、これってこれなのか!」 指示語は1つだが、2つのモノを指し示した田井中に俺は頷く。 どうやら、また意欲が沸いたようだ。 俺はそれを見つつ、自分の宿題に手を付けた。 「飽きた」と何度聞いたか知らないが、もう12時だった。 俺の宿題は殆ど終わった。田井中もそこそこ終わってるようだ。 「いやぁ、助かった!ありがとなっ」 朝にも聞いたようなセリフを受け止めつつ、俺は自分の広げたモノをカバンに片付ける。 「どう致しまして。それじゃ、俺は帰るよ」 部屋を開けると、むわっと外気が俺を襲って来る。 思わず俺は扉を閉めた。 「どした?」 「…出来る事ならココ出たくないな」 「あーだよなぁ。だから私呼んだんだし」 さいでしたか。 「頑張って出ますか」 「おう、頑張って!」 「…家の外まで見送れよ」 「えー …わかったよ」 つくづく面倒臭そうに仰いますネ。 俺は意を決して扉を開けて部屋を出た。 階段を降りる途中で後ろを振り向くと、田井中は扉を内側から閉めようとしていた。 「おい」 「ちっ」 大きな舌打ちが聞こえた。田井中が扉を開けて、ちゃんと見送ってくれる。 「わざわざ見送ってくれるなんて悪いなー」 腹いせに言ってやった。 「アンタが呼んだから出たんだろうに」 両手をだらんとさせながら、愚痴って来る。 「それくらいしろよ」 玄関で靴を履いていると、聡くんがリビングから出て来てくれたが田井中が帰す。 「別にいいだろー …って、そうそう」 「?」 踵の部分に指を突っ込んで、靴の形を整える。 「明日の納涼祭、行くのか?」 少し上を見上げて、明日の予定を考えた。 「ああ…行くんじゃないかな。流石に」 「誰と?」 「カノジョがいるとでも言うのか」 「一人かよ。寂しいやつめ」 「うっさい。お前は秋山とか」 「だから澪は旅行中なんだって。…でさ、私と行かないか?」 「…………………は?」 えらく間が空いた。 「え、その間は酷くないか?」 「いや、田井中が俺を誘うとは…」 「…成程。私と付き合うのにドキドキしてるんだな」 にやり、と嫌な笑みを作ってくる。 「違うわい。ビックリしてるだけだ」 「ふーん、そっかそっか。 で、答えは?」 「俺で良ければ」 田井中がぱしん、と手の平を叩く。 「よしっ。んじゃ明日6時な!」 「それはいいけど…なんで俺?」 「理由はないけどな。…さして言えば、友達だし?」 「さいで」 「そういや、私の部屋入っても無感情だったな」 腕を組んで、悔しそうな顔をするのは何でだ? 「その前にクッションの急襲が強烈だったんで」 このままだと、また取り留めの無い会話で帰れそうに無いので扉を開けた。 明日の6時、という事をお互い言って、俺は家を出た。 土曜日。 夏休みを効率的に使う為に実施される早朝練習も、蝉の活動開始付近で終わり友人と別れて家に帰った。 道中ケータイを開くと、田井中からのメールが一件。 『6時だぞ。忘れるなよ?』 はいはい。 念入りなトコロは変わらないな、と思いつつ自転車を走らせていた。 土曜日というのに特に友人と遊ぶつもりもなかったので、ただぼんやりと時間を貪っていた。 淡々と扇風機に当たり、漫画を読み、昼飯を食って、サッカーの試合の再放送を観る。 そうこうしてると時間は4時半を過ぎていて、俺は腰を上げ始めた。 財布の中身を一応調べ、不安でない事を判断してテーブルに置いておく。 「………デート、になるの、か?」 ふと、田井中との付き合いは長いがこういう付き合いをしてないのを思い出す。 文化祭の買出しに男女2人ずつで駆りだされたりはしたが、1対1は歩く事はなかった。 そう思うとなんか照れ臭くなる。 「いかんいかん、何言ってるんだ俺は」 家にいると余計な事を考えてしまう。 滲み出る汗を拭って、顔を洗ってから俺は家を出た。自転車でなく、歩いて。 公園では5時40分だというのに、多少の賑わいを見せている。 集合場所を決めてなかった。ケータイに連絡もない。 俺は昨日の朝に入っていった入口の前で立ち止まり、歩道脇のベンチに座る。 ココの公園は2つに区切られていて、祭りの時は片方は自転車置場になる。 空いているスペースで子供がボールを蹴っている様子が微笑ましい。 俺もここでよく蹴っていたのを覚えている。 「何何?のすたるじぃ?」 「!!?」 背後から耳元に声を掛けられた。 俺は思わず肩を持ち上げ、体を反転させ後ろの人物から距離を取る。 「た、田井中かよ」 よくよく頭を整理すれば、やはり田井中しかいない事に気付いた。 「はろー♪あんまりにもじぃっと見てたからさ」 思わず早まった鼓動が落ち着くと、次第に田井中の格好に目がいく。 浴衣姿だった。 オレンジ基調で、白い花が所々飾られている。帯も黄土色で合わせているようだ。 「いやぁ夏祭りっていったら浴衣だしさっ。ねね、似合う?」 腕を広げ、ゆっくりとくるんと一回転して俺に魅せて来る。 かっかっ、と音がするから何かと思えば、下駄を履いていた。 「ああ、似合ってる似合ってる」 俺は思ったまま言ってやる。 なのに、田井中は正面で止まり、俺を下から覗き込むように見上げてくる。 「…嘘臭い」 いや、そう言われましても。 と、いう顔をしてみたのだが、田井中はどうも不満そうだ。 俺は一度咳をしてから、息を整えて言った。 「似合ってるよ」 俺からすれば、どっちの発言も褒め言葉のつもりなんだがな…。 田井中には後者がよかったようで、にんまり笑った。 「ありがとっ♪」 どう致しまして。 「何で男は浴衣じゃないんだろうな」 田井中が俺を見たり、通り過ぎる人を見て言う。 「さぁ?女は浴衣着ると可愛かったり綺麗に見えるけど、男は見えないからじゃないか?」 何となく俺も通り過ぎるカップルやら、女子同士の集まりを見つつ答える。 「ふーん…」 田井中は素っ気無く返事をしてから俺の服を掴む。 「んじゃ、行きますか!」 下駄履いてるのが不安なくらい元気に動く田井中に俺は引っ張られるだけだった。 6時になると、一斉に店が動き出した。 大半の子供が射的や金魚すくいに駆け寄り、遊び始めているのが伺える。 「ほら、見てよ!櫓だ、やぐらっ!」 祭りの主軸を務めている、公園のど真ん中に建てられた櫓は大きく聳え立っている。 俺達が作業した時は金属棒での骨組みだったが、今日の作業で仕上げたんだろう。 「自分達で手掛けると、何か違う感覚だな」 「だなー。私達が祭りを支えてる感じがするよ」 天辺には太鼓があり、よく見ると昨日一緒に作業したオッチャンがいる。 俺がその人の行動を逐一眺めてると、また袖が引っ張られた。 「なぁなぁ。射的出来る?」 田井中の視線を追うと、子供が一生懸命大きな銃を持って狙いを定めていた。 「一応、デカいコアラのマーチを倒した事くらいなら」 「よし!」 田井中は有無を言わさず、俺についてくるように背中で語って射的場に向かう。 三段になって並んだ景品の中、田井中はパンダのぬいぐるみを指差す。 ていうか、既に俺がやる事になっているらしい。 「私は狙い定めるの嫌いでさー」と言う。 確かに木材の長さを調整するより、トンカチで釘を叩いた方が性には合ってるだろう。 「田井中はああいうのが好きなのか」 前でプレイ中の子供がパンダを狙う。 ぽこん。 当たるも、微々たる動きを見せるだけで、パンダは射的の目玉の地位を確立させていく。 「澪へのプレゼントだよ」 田井中が答える。弾切れを起こした子供が悔しそうに場を去っていく。 俺達の順番が来るまでにパンダは幾度と狙われていく。 しかし、パンダは英雄の称号を獲得し、射的のオッチャンの利益を増やすばかりだった。 「さぁ、頼んだぞ大将!」 「ぃだっ! …へいへい」 田井中が俺の背中をぱぁん!と叩く。 俺は300円を代償に、ワインのコルクの弾を3発受け取る。これぼったくりだよなぁと思った。 一発、ぐりぐりと銃の先端に弾を詰めて、小手調べにチョコボールの箱を狙う。 見事命中。 「パンダ狙えよー」 「うるさい。まずは練習だ」 田井中が俺の代わりにチョコボールを受け取って、早速開封する。 またもや弾を詰めて、俺はボスに挑戦する事を決心した。 「おっちゃーん、アレ倒れるんだよね?」 チョコを口の中で転がしながら田井中が聞いている。 オッチャンはにやにやしながら「やってみたらわかるよ」と言う。 パァン! パンダの眉間を狙ったのだが、弾は喉元に突き刺さる。 案の定、パンダはぐらぐらと揺れて、俺を挑発した。 「あー」 田井中がそう言いつつ、チョコを1つ口の中に入れる。 「うっさい」 俺は手早く次の弾を込めて、揺れているパンダにぶっ放した。 パァン! 丁度後ろに仰け反るパンダの喉元にまた食い込む。 ぐらぁ、っとパンダは重心を失い、ゆっくり、ゆっくりと――― 「あ」 ―――倒れた。 「おおおおっ」 横で一緒に参加してた子供が声を上げる。 田井中の方を見ると、子供と同じ顔をしていた。 オッチャンは少しの静止の後、福引で使うようなベルを手にして思いっきり鳴らした。 田井中はパンダのぬいぐるみを受け取って、後頭部に顔を埋める。 「どうだ?」 『参りました』パンダがそう言ったような気がした。 「うん、流石だよ。ありがとうな♪」 チョコボールの箱からチョコを取り出して摘み、その手を俺の目の前に持って来る。 「ほい、あーん」 それ俺のなんだけどな。 俺は口を開けて、田井中がそこに放り込んだ。 「やっぱりピーナッツだよなー」 「これピーナッツなのか。キャラメルじゃなくてよかったよ」 「歯に纏わりつくからなぁ」 俺は噛み砕かずに、ころころと転がす。 田井中がまたチョコを1つ自分の口内に入れて、箱を潰す。 「なくなっちった」 「早!」 店沿いに歩いている途中でゴミ箱に棄てる。 目の前をサッカーボールを持った子供が横切る。 「そーいや、サッカーやってんだっけ」 「ん、ああ」 「上手いの?」 「一応、1年ながらベンチ入りしてるよ」 「マジで!?」 「試合出れてないけどな」 「いやいや、1年の時から3年と一緒ってスゴいと思うよ」 「そうか?ありがとな」 「近くで試合があったら言ってよ。見に行ってあげるから」 「出るかわかんないのに?」 焼きそばの匂いが漂った。俺は田井中を呼び止めて、そこに向かう。 「応援してあげるから、出てよ」 「無茶言うなよ」 「早い内に出れるようになってよね」 「りょーかい」 2つ注文してパックを受け取り、店の裏の閑静とした空間に移動する。 公園の真ん中では提灯が点き始めてるお陰で、対比的に周囲は暗い。 俺達は石のブロックに腰掛ける。田井中は横のスペースにパンダを置く。 「なんでこういうトコロの焼きそばは美味しいんだろうな?」 「こういう雰囲気が美味くさせるんじゃないか?暑いからアイスが美味かったり」 「アイスはいつでも美味しいじゃん」 「冬場に食べるのは雪見大福だけだ」 「えー、それには反対だ」 ぶぶぶ、と振動音が聞こえる。 「あ、私だ」 田井中が割り箸を咥えながら、袖に隠したポーチを取り出す。 俺は一生懸命に働く店の人達をぼんやり眺めながら食べ続ける。 「澪からだ」 「なんだって?」 「『そういや納涼祭だったな。ごめんな』ってさ」 ピッピッピッ、と田井中が俺といる事を告げる内容を呟きながらタイピングする。 「土産の事は言わないのか?」 「ビックリさせてやるんだ」 田井中が咥えた箸を手にすると、またバイブする。 「早いな」 「澪のヤツ、ヒマしてんだな」 またもや箸を咥えて、ケータイを手にする。 「んーと ………ぶっ!」 何事だ!?と思って田井中を見ると、割り箸が地面に放り出されている。 田井中は空いた手で顔を押さえて、ぶるぶる震えている。 太ももに置いた焼きそばが落ちないか心配だ。 「た…田井中?」 「み、澪のヤツ……」 小さな声でぶつぶつと何か言っている。 「おい、どうしたんだ?」 顔に当てた手を離し、俺の目の前でぶんぶん振る。 「! な、なんでもない!」 「? そうか?」 頬を赤く染めて、顔も左右に振り始める。 「うん!ごめんだけど、ちょっとこっち見ないでっ」 俺はその発言に疑問を抱きつつ、視線を正面の店に変えた。 横目で田井中を見ると、焼きそばには目もくれず、必死でメールしていた。 「なんか飲みたいものあるか?」 田井中の箸も貰ってくるついでに、と思って俺は焼きそばのパックを輪ゴムで閉じて立ち上がる。 「へっ?あ、ああ…んじゃあカルピス…」 「わかった」 俺は祭りの中心の喧騒の中で再び入っていった。人が心なしか増えた気がする。 田井中の意見も尊重して、俺は買い物する前に時間を潰した。 さっき俺が勝利を挙げた射的場では、大目玉にコアラのマーチが置かれていた。 打とうか暫く葛藤した末、財布の中身が俺を心配するので止めておいた。 とは言っても、まぁそれなりにはまだあるんだけどな。 中学生が打つのを終わってから戻るか、と思い、射的場の脇に寄る。 「おりゃ!」 威勢のいい声とは裏腹に、結果は的に当ってなく、友人に囃し立てられる様子が微笑ましかった。 「おー、ありがとねー」 さっきまでの動揺はどこにいったんだ。 俺は紙コップ2つと割り箸を持って戻って来た。 だがしかし、アイツは何故か焼きそばを食っている。 「俺の箸使うなよ」 「だって遅いんだもん」 そう言うと田井中は俺の手にしてる紙コップをひったくって飲む。 俺は貰った新しい割り箸を割って、残りを食べ始めた。 暫くして、俺と田井中は祭りに戻った。 飯食う為に外れただけで、まだ見回ってない。 「金魚を救ってやる」と言って金魚に紙を巣食われたり、輪投げで景品を貰ったり。 まぁ傍から見たら、仲の良い兄妹に見えるだろうな。 それか―――― 「カップルか」 !!? 「ん?どうしたんだ?」 「い、いやなんでもない…」 正面奥を見ると、木陰でカップルが…いちゃいちゃしてた。 田井中は何かにやにやしながら見ている。 「悪趣味め」 「人間観察と言ってくれよ」 いやいや、ストーカーと同じ事シテマスヨ? 田井中を引っ張ろうとしても、謎の強情さで動かない。 溜め息を一つ大きく吐き、俺は周囲を見渡して時間を潰す。 「うおっ」 何事か、と思い、声を漏らした田井中を見る。 視線はやはりあのカップル……… 「…キスしてんのか?」 「見て分かるだろ…すご、長ぁー…」 ハートのオーラが出て来そうなぐらいシている。 俺は流石に居た堪れなくなり、田井中の首根っこを掴んで場を立ち去った。 「ちぇー、祭りっていったら醍醐味コレだろぉ」 「お前、秋山と一緒に来る時もしてんのか?」 脳裏に焼きついたさっきの光景が、酔っ払ったかのように頭をぐるぐるさせる。 興味深々に見ていたコイツの気が知れん。 「ほぉ、お前、結構ウブなんだな」 …今度は俺かよ。 「悪かったな。あんなもん見たらドキドキするっての」 「ほほぉーん、このサッカーバカめ」 喧しい。 「って、もう9時じゃないか」 公園に設置された時計の針はは直角に交わっている。 「ほぇー、もう3時間経ったのか」 「どうするんだ?流石に俺は祭り見過ぎて飽きたぞ」 「面白くないヤツだな、祭りは何度も見るもんでしょ」 田井中が腰に手を当てる。 「…と、まぁ私もそろそろ足が疲れてきてるんだよね」 田井中が行きと同じように俺の腕の部分を掴む。 「帰ろっか」 公園を出てすぐは、同様に帰る人達がいっぱいで騒がしかった。 しかし少し道を外れると、田井中の下駄の音がコツコツとよく聞こえる。 「今日はありがとなー」 「こちらこそ、楽しかったよ」 抱いたパンダにまた顔を埋める。 「それ、秋山にやった時の様子教えてくれよな」 「やっぱり澪が好きなのか」 「違うわい。一応取ったの俺だから気になってるだけだ」 「わかったよ、そういう事にしときましょ」 「何かヤな言い方だな」 見上げて街灯を見ると、羽虫が飛び交っている。アレが高くて良かった。 「っと、確かアンタの家こっちだったよね」 T字路に差し掛かり、足を止めた。俺が左で、田井中が右だ。 「…別に家まで送るぞ?」 こんな時間だしな。 「いいよいいよ。どーせすぐだしさ。今日はありがと♪」 田井中がにっこりと笑う。 そこで俺はアルモノを渡してないのを思い出した。ポケットをまさぐる。 「ほい、プレゼント」 取り出したのは黄色い丸いヒヨコのストラップ。 2度目の射的で獲得した戦利品だ。 中学生の下手さを見た俺は、我慢ならずやってしまった。 巨大コアラのマーチを仕留めたはいいが、流石に遠慮してコッチにして貰ったのだ。 これからあのオッチャンにはマークされるんだろうな。 「へ、いいのか?」 田井中は右手でパンダを抱えて、左手で受け取る。 「久々に会ったしな。この2日間楽しかったし」 「なんかお別れみたいな言い方だな」 チェーンの部分を指で摘み、ヒヨコがぷらんぷらんと揺れ動く。 「そう聞こえたならすまん。そのつもりはないんだけど」 「分かってるよ。…んーなんか貰いっ放しだな」 「気にするなよ」 田井中はヒヨコをポーチに入れる。 「ううん、…じゃあさ、ちょい目ぇつぶってよ」 「は? …これでいいのか?」 俺はぎゅっと目を瞑る。 「そそ」 俺は少し期待する。さっきのカップルが目の裏に映る。 「じぃっとしててよ…」 田井中の声が近付いてるのが分かる。…マジか? 鼓動が早まる。手の汗がじんわりと感じられる。 まさか……―――― ぱしゃ。 「は?」 思わず目を見開いた。 目前にはケータイのカメラがある。 「ナァイスショット♪」 「………」 「ん、どうしたの?」 田井中は嬉しそうにケータイの画面を見ている。 「お、おまっ…消せコラ!」 少々の絶句の後、我に返った俺は田井中のケータイに手を伸ばす。 が、田井中は俺の手をかわし、退く。 「んー、どうしたどうした。ちょーっと顔赤いぞー?」 田井中の声が陽気になっている。 「お前がそうしたからだろっ!」 真相は違う気がするが。 「ほら、綺麗に写ってるよ。見て見て」 田井中が俺の方に画面を見せる。……すっごい恥ずかしいぞ。 今度は不意を突いて、田井中の視野の外から手を繰り出した。 「おっと」 しかしこれも虚しく、田井中は俺の左に逃げ込む。 その瞬間、頬に柔らかい感触がした。 俺は思わず危険を察知した動物のように、一歩後退した。 「…た…田井、中?」 感触の残った部分に手を当てる。 「お、お礼なんだからなっ!か、かか勘違いするんじゃないぞ!」 そう言うと田井中は俯いたまま駆けて帰って行った。 俺は何分経ったかは知らないが、暫く壁に凭れてぼーっとしていた。 家に帰り寝て起きた後、メールが一件あった。 『さっきのキスはやっぱなし!ヒヨコは貰っとくけどな!サッカー頑張れよ!』 「なんだそりゃ」 俺はお前のせいで不眠症だっつーの。 ぼさぼさの頭を掻きつつ、俺は返信メールを打ち始めた。 まだ頭が寝てるのがよく分かる。 中学時代の友人に歩きながら寝てた、ってヤツがいるけど…寝そうだよ。 朝っぱらからこんな状態の学生は滅多にいないだろうな。 私は両手が塞がっている。 そして到着したので私は指をスイッチに近づけて、押す。 ぴんぽーん、と有り触れた呼び鈴が鳴った。 『はーい。って律か。ちょっと待ってて』 一方的な応対で切られた。 私は抱えたモノを更に抱き締めて、待つ。 がちゃり。 「おはよ、律」 「おはよう。んで、久しぶり」 澪が私服姿で現れた。 「それ…どうしたんだ?」 当然ながら、目に入ったコレを指差してくる。 「お土産♪」 ふかふかのパンダだ。昨日の射的で取ったやつ。 澪がこっちに来て、受け取った。 「お土産…って昨日の祭りか?」 「そうそう」 澪も私同様顔を埋めた。 「んっ、あ、やらかーい」 「だろー?寝る時抱いてたけど、すっごいやわらかいんだぞコレ!」 「そうなんだ。ありがとな♪」 そう言うと、澪は私にいとくように指示し一度家に戻った。 それから現れた時には紙袋を持って現れた。 「はい、お土産」 「おっ、ありがとー!」 「つまらないものだけどな」 「そんな事ないでしょー。詰まってる詰まってる♪」 私がその中身を楽しみに嬉々としていると、澪が一度咳込んだ。 「んで、だ。律」 ちょっとトーンが変わった。 「ん、何ー?」 「昨日のデートは上手くいったのか?」 ……………………… 「み、みみみみ澪ぉっ!!」 「わざわざ私に報告するくらいだもんなぁ?そりゃあ…」 「ちょ、ちょちょちょーっと待とうか!まずは、私に喋らせろ!」 ついつい声を上げてしまう。澪が気圧されたのか、黙ってくれた。 私は一度大きく深呼吸をする。 「いや、だからな。アイツには前日櫓作ってくれた時から一緒であってだな」 「お前が呼んだんだろ?」 「そうじゃなくてだな。人手が足りなくて……」 思わず腕を組んで、力説してしまう。 「聡でも良かったんじゃないか?」 「聡か来るかよぅ」 「アイツなら来ると確信してたのか」 澪がははぁん、と上から見下すような視線を作る。 「ち、違っ!」 「どうせ、あのパンダも取って貰ったやつだろ?」 「うっ、そ、そうだけど……」 ダメだ、こういう時の澪は強い。口に口で返される…。 「じゃ、私も後でお礼言わないとな。お土産は買ってなかったし…」 「い、いいよ別に!私が言っとくからっ!」 「…ぷっ、あははははは」 澪の笑いで気付いた。……釣られた! 「やっぱり気があったんだな…あははっ」 「わ、笑い、過ぎだ… そりゃあ他の男子より気はあるけど…そんなんじゃないって!」 「ふぅん、そっか。んじゃ、そういう事にしといてあげるよ」 …このセリフも私はアイツに言ったけど…言われると腹立つんだなぁ。 「…ありがと」 「どう致しまして」 皮肉なのに。くそう。 「いやぁ律に好きな人ねぇ…」 「こんなトークをしていますが、よく思えば今は朝だぞ」 「時間は関係ないだろー。昨日律といたら昨日喋ってたよ」 昨日絶対メールの後問い質すの楽しみにしてたな…。 「いや、まぁアイツはいい人じゃないか。気さくだし」 「うん、まぁそう…って違う!だから何言ってんの!」 「照れない照れない」 「照れてないっ!」 だーもう!自分でもこう反応するとそう取られるのは分かってるけどっ。 そもそも、私はアイツが好きなのか?いや、好きだよ。うん。 だが、愛とか恋とかの類なのか?LOVEなのか? 私はいつもアイツだけじゃなくて、色んな男子とも遊んでて…。 …そういや最近男子でメールしてるのはアイツくらいだな。聡は別にして。 ―――私は…もしかして… 「おい、律」 ぺしんっ。デコピンされた。 「あだっ」 「うん、前髪上がってると当て易いな」 「な、何するんだよっ」 「いや、さんざんからかってはみたからな。まぁホンキか知らないけど、応援はするよ」 澪の表情から、真剣さが伝わってくる。 「………がと…」 「ん、何だって?」 「… あ・り・が・と」 「私に感謝しても仕方ないだろ」 ヴヴヴヴヴ。 ポケットでケータイが揺れる。 「ん、噂をすればか〜?」 まさか、な。私はケータイを開く。……マジだった。 「何て送ったんだ?」 「!! えー、えっとだな。『楽しかった。ありがとな』っていう内容を…」 冒頭の文は伝えなくていい、よな? 澪が私からケータイをひったくる。 「あっ」 「えーっと何何…」 「かーえーせー!」 思いっきり腕を伸ばすが、澪はケータイを空に掲げて読み始めた。 くそ!背高いの利用しやがって! 「…『不意打ちだろアレは。アレは気に入ってくれたならいいけどな。サッカーは頑張るよ』か」 うあー!! 「不意打ち、って何だ?」 「く、くく空気の入った剣で決闘してな!意表突いた攻撃をしてやったんだ!」 必死で作り上げた。くそ!悪いのは私だが恨むぞアイツ! 「アレ、は?」 「ヒヨコのストラップ…貰ったから」 「気、ありそうだな」 「それだと澪にもだろ。パンダの一件は最初から澪にあげるって言ってたし」 「律が頼んだからじゃないのかー?」 そ、そうかも…そうなのか? 澪が持ち上げたケータイを私に返す。 私も文面を読もうと、画面を見た。 「ま、さっきも言ったけど。夏休みも長いんだし一緒にいるのもいいんじゃないか?」 「でもアイツサッカー忙しいみたいだし……」 「オフくらいあるだろ。適度に誘いなよ」 「う……うん」 何か澪が恋愛の先生に見える…。未恋愛のハズなのに。 「…遊びに行く時、澪も来てくれる?」 「へ? いや…そこはデートにかけつけなよ」 「……それって映画館とか?」 「んー、まぁそうなんじゃないのか?」 「……無理……」 「なぁに言ってるの。自信持ちなっ」 この後もまぁ色々喋ったけど、私はもはやアイツに対する気持ちが分からなくなっていた。 「『部活、休みの日教えてくれないか?』…なんで私に打たせるんだよ」 「…だって、は、恥ずかし…」 「…律のこういう一面って可愛いもんだなぁ」 「ばっ、バカにするなよ!」 ピッ、と私のケータイから音がする。 多分澪が送信したんだろう。 「してないしてない」 ケータイを返される。 「んじゃ、頑張ってな。今日は私は片づけで忙しいから…、あ、パンダありがとな」 「え、あ、うん…」 私は澪と別れて、道中、考えが止む事はなかった。 [[律祭り2>SS/短編-俺律/律祭り2]] >出展 >【けいおん!】田井中律はシンバル可愛い44【ドラム】 このSSの感想をどうぞ #comment_num2(below,log=コメント/律祭り)

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