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《注意》 ・『[[俺と律3>SS/短編-俺律/俺と律3]]』の続編です。いつまで続くんだろうね、コレ。 ・続編モノだからって、前のを読んでないとついていけないか?というと、そーでもないと思います。ありきたりな俺律の妄想話だし。 ・『俺』はりっちゃん(&澪)と幼稚園?小学生?くらいからの友達でした。いわゆるマブダチであり幼なじみでございます。ほんでもって、りっちゃんと『俺』は三ヶ月前くらいから付き合っております。俺もりっちゃんとちゅっちゅしたいよおおおぉ! 「‥‥はぁ」 自分の部屋に一人。ため息が一つ。 だらしなくベッドに横たわっていた。 割とくよくよ悩まない方だと自分では思う。 人によっては、「くだらねー!」で済ませることの出来る内容、だとも思う。 しかし、今の自分にとっては最大級の懸案事項であった。 「もう、三ヶ月だよな・・・」 三ヶ月。 何てことはない。あの幼なじみ・田井中律と、付き合い始めてからの期間だ。 アイツと付き合い始めてから、俺の生活は一変した。 そして、俺自身も・・・変わってしまったかもしれない。 昔、近所のおばさんに笑いながら話されたことがある。『男の子は、ガールフレンドが出来ると変わるのよ』と。 当時中学二年生だった自分はそういう話題に敏感で、とてもじゃないけど素直に『はい』とは言えなかった。そういう話題すら、こっ恥ずかしかったから。 でも‥‥でも。 俺が。自分では、かなり気の向くままな性格だと思う。そんな気分屋であるはずの自分が。 一人の女の子のことで悩んで、苦しんで、でも楽しくて、嬉しくて。 そんな風に振り回されるようになってしまうなんて、とても思いやしなかった。考えもしなかった。 思えば‥‥成り行きで付き合うことになってからこの三ヶ月、本当に色んなことがあった。 アイツとの、印象に残っている数々の出来事。 その中で、今まで『幼なじみ』としか見ていなかったアイツが、自分の中で生まれ変わっていく。 さなぎが脱皮して蝶になるみたいに、ただの『幼なじみ』は少しずつ・・・『可愛い彼女』へと変貌を遂げていった。 「‥‥くふふっ」 もう苦笑いしか出来ない。 あの幼なじみを、オトコ女だとすら罵っていたヤツを、まさか『女』として認識する日がこようとは。 それも『女』として認識するだけでなく、『可愛い彼女』として、毎日のように想い続ける日がこようとは。 そして、そんな風に想い続ける彼女だからこそ。 付き合い始めてもう三ヶ月。 恋人同士なら誰もが夢見る、誰もが憧れる、ある一つのことを成し遂げたいと、切に願っていた。うわ、どんだけメルヘンなんだよ。俺きめぇ!マジきめぇ!! * 「っぷはぁ!暑ぅ〜!」 「いや、この部屋も十分暑いから」 「なんだよ、じゃあ外に出てけよ。直射日光ならいくら浴びてもタダだからな。私は今からクーラーガンっガンに聞かせてクーリングオフなひと時を過ごすからな〜。ふふーん♪」 「‥‥なぁ、律。吸血鬼ってのはさ、日光浴びると死んじゃうんだぞ」 「吸血鬼を彼氏にした覚えはねぇっ!」 ってゆーか、クーリングオフの用法間違ってると思わん?何となく言わんとしてることは分かるけど。 セミのけたたましい鳴き声が響き渡る今は、もう7月。 外も暑けりゃ中も暑い。そして個人的に一番地獄だと思うのは、外に放置してあった車の中だ。 ドアを開けた瞬間に襲ってくる、ムワッとした空気圧。まさに蒸気機関車と呼ぶにふさわしい。さしずめ二つ名をつけるとするならば、『線路を走らぬ蒸気機関車』。 ‥‥どうよ?え、座布団没収っすか??? 「あ、ちょっと待ってて、ジュース持ってくるから」 「おぅおーぅ」 たんたんたんたんたん、っと小気味よく木を鳴らして駆けていく。 アイツが機嫌のいい時に奏でる足音。律らしい軽快なリズムだった。 さて。 しかし暑い。 今さっき帰ってくるまで窓も開けずに締め切っていた律の部屋は、まさに簡易サウナのような状態だった。はい、一人五百円ね。 「お、あったあった」 ベッドの上の枕に放られたままのリモコンを見つけると、クーラーのスイッチをオンにした。 設定されていた温度は19℃。えええぇえぇさっむぅううぅぅー。 ‥‥まぁ、細かいことは気にしない。 とりあえず部屋が冷えるまでは、そのままで放置しておくことにした。がんばれ電気!アッパーストレート! 「しかし、この部屋も綺麗になったよなぁ・・・」 小さい頃。 それこそ週に一度くらいのペースでココにお邪魔していた頃の律の部屋といったらもう、当時流行りの汚ギャルを先取りしたような部屋だった。 やれティッシュは散らかってるわ、やれマンガがそこかしこに置いてあるわ、畳んである服は放りっぱなし、もちろんパンツだって見放題見せたい放題。一枚五千円の大特価で発売中! それが律と付き合いだして、いつの頃からか・・・普通の女の子の部屋へと変貌していった。 一体何がそこまで、彼女を変えたのか? 「・・・あ、俺か」 ゴォー、というクーラーがシャカリキで冷気を出してる音の中、ぽつりとそう呟いてみる。 ‥‥今日はやけに死語ばっかり思いつくな。シャカリキってなんやねん。 俺の存在が律を変えた。 そう思うとなんか・・・何かわかんないけど、ちょっと嬉しい。やべ、ニヤニヤが止まんねぇ。 そんなことをしていると、たんたんたんたんたんっ、と今度は戻ってくる足音。はーい生徒の皆さん、これがドップラー効果というものです。分かりましたか? 「はいはーい、ペプシNEXのご到着〜♪」 そう言うと、俺の前に一つ、そして自分のところに一つ、氷の入ったコーラを置く。 コップに入っていた氷は、冷蔵庫で作る長方形の形をした氷ではなく、キャンプやらで使いそうなかちわり氷だった。 あぁ、夏だなぁ。たーまやー。 ‥‥と、雰囲気はいいものをかもし出しているのだが。 「・・・なぁ」 「ん〜?」 「コレさ、すっごい雰囲気は出てて、冷たくて美味しそ〜なコーラだな〜、っていうのは伝わってくるんだけどさ」 「なんだよ、見かけ倒しじゃないぞ〜。正真正銘、冷たくって美味しいコーラだぜ!」 びし!と親指を突き立てて、ウインクしてみせる律。 さっきの機嫌よさ気な足音といい、奴さん今日はかなり調子いいみたいですね。彼氏としては暑苦しいばかりです。まぁ〜律らしくていいけどさ。 「うん。それも認める」 「じゃーなんだよ〜!」 「あのさ、こんな氷山に埋もれたコーラ、どうやって飲むんだ?」 気持ちは分かる。 確かに外は暑かった。 あの熱気、そして直射日光という名の殺人光線。サンキラーライト。第一でナイト。今は昼だけどな! そんなわけだから、氷をがっぱがっぱ入れてしまいたくなる気持ちはよぉく分かる。 ただ、コップの半分を占めていた不揃いのかちわり氷たちが、コーラを注がれたことによって、我こそはと言わんばかりに表面を埋めつくしている。 これじゃあコップを口にしたとしても、入ってくるのはコーラではなくかちわり氷ばっかりだ。 「ふーむ・・・じゃあ私が飲ませてあげよーか?」 「は?」 「・・・口移しで」 こちらを細い目で見ながら、にやりと悪い笑みを浮かべる律。 暑さでうだっていた身体がいきなり冷水にさらされた気分だった。 口移し。ということは。 と、いうことは、だ。 日中の暑さにやられ、いまだにボーっとしている脳内。一方通行な思考回路。 近頃・・・一人で悶々としていたこともあって、一度考えてしまうともう止まらなかった。 そのイタズラっぽい笑顔。無邪気で可愛い、俺の律。 俺の目は、律の唇を捉えて離さない。というより、離すことが出来なかった。 ちくしょう、横向けって言ってんだろ、俺の身体!動け、俺の目ん玉!顔でもいいから、動けっ! 「・・・なーんてなっ!ハイ、ストロー!」 そう言うとぶす、と氷山にストローを刺し立てる律。 「あー、そういやストロー一つしか持ってきてないや。んん〜、もー取りに行くのめんどくさいし、後でいいから貸してくれよなっ」 俺が使ったストローを、律が使う。いわゆる『間接キス』だ。 ‥‥いやいやいやいやいや。そんくらい、今までだっていくらでもしてきてるだろ。中学生かよ、俺は・・・・。 でも・・・ダメだ。何かもう、ヘンな方にしか考えられない。 口移して飲むコーラ。 その時の感触を想像するだけで。 その時の律との触れ合いや、甘いひと時を想像すると、もう居てもたってもいられなかった。 「‥‥ん?」 「あのさ、律‥‥」 テーブルに向かい合わせになって座っていた俺たち。 一旦席を立つと、座ったままくつろいでいる律のとなりにしゃがみこんで、目線を合わす。 「俺たちって、何だかんだで付き合ってもう三ヶ月になるよな」 「ん〜‥‥そうだな。へへ」 ちょっと照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う律。 あぁ、この表情。狂おしいほどに愛おしい。 以前、成り行きで一緒に寝た時に抱いたような、一時的な欲望とは違う。 鉄のように固い、自分の意志。ただし欲望という名の。 ‥‥でも。 今、これを言ってはいけない。 俺の方を見て微笑んでから、お前が飲まないのなら、とばかりに俺のコップからストローを抜き取って、自分のコップへと突き刺す律。 そして‥‥そのストローをくわえて、コーラを口に含んでいる。 未来が見える。これを言ってしまったら。 止まれ、止まれと自分の身体に言い聞かせてるはずなのに・・・口は、どうにも止まってくれやしなかった。またかよ! これが溜め込んでいた思い・・・いや、欲望の強さなのか。 「・・・なのに俺たちさ」 こっちを見たまま、くわえていたストローを離す。 標準セット。ロックオン。 「キスとかって、したことないよな」 「‥‥ぶふぁあっ!」 はい、予想通りの結末きました。 まさに冷や水。コーラだけど。要は頭冷やせってことなのか。 顔にたっぷりとかかったコーラを一舐めしてみる。これで間接キスだな。多分。よし落ち着いた。 げほげほといまだにむせている律。 おーおー、顔真っ赤にしちって。よっぽどビックリしたんだなぁ。 とりあえず、背中をさすってやるか。顔面コーラまみれのままだけど。 「げほっ!はぁっ、はぁっ、なっ、何だよお前いきなりっ!!!」 「いや、いきなりと言われても・・・ちょっと今思いついただけで」 「思いついただけのヤツがわざわざ私のとなりまで来てボヤいたりするかぁっ!」 「だってさ・・・実を言うと、最近そのことばっかり考えててさ。まぁ俺だって男だし」 「ヘンタイかお前はぁーっ!!」 むせたまま、涙目になってツッコミを入れてくる。うぉー可愛い。なんかもう、可愛い。 「だからさ」 「・・・なんだよ」 「今、してみてもいいか?」 そう言って、返事は聞かずに軽く律の肩を掴んでみる。 今度はこっちの番だ。 捕獲対象ロックオン。発射準備OK。 「‥‥‥」 「‥‥ん?なんだよ」 「ぶはっ!!!」 今度は俺を見て大笑い。何だ?とうとう壊れたか?言っとくけど、壊れてる律も俺は好きだぞ? 「ひゃっひゃっひゃ‥‥ひーっ!おっ、お前さ!そ、その顔でキスって、ひゃははははっ!」 「顔・・・あっ」 そう。今の俺の顔は、顔面コーラパック状態。お肌がベタベタになる逸品を装着したままだった。 いや、カロリーゼロのペプシNEXだからベタベタにはならないんだっけ? 「バカだな〜!言うにしても、それなりのシチュエーションみたいなもんがあんだろ〜??」 ぐさり。 なんてキツイ一撃。 肩を掴んでいた両手も、思わずするりと落としてしまった。 なんかもぉ、グダグダだ。何が良くて何が悪かったのかもわかんねぇ。 とりあえず外の暑さが一番の悪モンだ。俺は悪くない。コイツも悪くない。うん。 「はぁ・・・うん、何かごめん。顔拭いてくるわ」 「っておい。私のベッドで何する気なんだよ」 「こんなのお前のベッドで拭いてやるー!!ちくしょお───っ!!!」 「アホかぁーっ!!」 すかさず俺とベッドの間に入って、ダイブしようとする俺を突き飛ばす律さん。壊れてるのは俺の方だったりして☆ ‥‥可愛くねぇな。 その後は洗面所へ強制連行。 律に見守られる中、髪と顔を洗わされ、服も脱ぐことになりました。ヒャッホイ! でも上半身裸じゃさすがに寒いので、使ったバスタオルをそのまま借りて、かぶっとくことにした。 ‥‥あー。何だろなぁ。 なんかもぉ、ため息も出ねぇ。 * 結局、また俺たちは部屋に戻った。 戻ったと同時に『これ、面白いぞ!』と声をかけられて、律に渡されたマンガを成り行きで読んでいる。 えーっと、何なに。『俺が律を本当の女にしてやる』? いや違った。『俺がお前をホントのエースにしてやる』か。野球マンガだな。見りゃ分かるけど。ってゆーか監督が女!監督の胸でけぇ! でも・・・とても読む気になれなかった。 『言うにしても、それなりのシチュエーションみたいなもんがあんだろ〜??』 俺の胸に突き刺さったあの言葉が蘇る。 シチュエーションか。うん。うーん‥‥‥。 ‥‥よく考えたら、そういう流れになってもおかしくないシチュエーション、ってのはいっぱいあった気がする。 アイツと一緒に寝た時。仲直りをした時。プレゼント交換をした時。 むしろキスの一つや二つくらいぶちゅっとしていたっておかしくも何ともないシチュエーションばかりだった。 「それを俺は、俺はアアアァ!!!」 「やかましーっ!!ちょっとは落ち着けっ!!」 彼女に邪魔者扱いされる彼氏。もう泣いてしまいたい。 ふと、目にとまる。 今、律が左のおデコにつけてあるのは・・・以前俺がプレゼントした、あのヘアピンだった。 「ふーん・・・」 一人、感嘆のため息をつく。もうマンガになんか興味はなかった。 やっぱり似合ってるよなぁ。 それに、プレゼントした品を愛用してもらえる、というのは、彼氏にとっては何よりも嬉しいことだった。 ヘアピンか・・・よし。 頭の中に、一つの策が浮かび上がった。これなら自然にイケそうな気がする。イケイケ☆Friday Night! 「なぁ、律」 「・・・なんだよ?」 テーブルで、俺と同じくマンガを読んでる律に、さっきと同じくとなりに近寄る。そう、コーラを吹きかけられた時と同じシチュエーションだ。 怪訝な顔で俺を見る律。おそらくそのコトがまだ頭にあるんだろう。 「そのヘアピン、やっぱ似合ってるな」 「あ・・・ぅあっ」 俺の大好きな、あの笑顔は返ってこなかった。 ヘアピンにそっと手を伸ばす。しかしそれも一瞬で、すかさずするりと・・・あごの方へと手を持ってった。 律の顔が、ほんのり紅く、動揺の色に染まる。可愛い。かわいい。あぁ可愛い。 彼氏に至近距離でささやかれ、あごを持たれる。ここまでくると、さすがに今から何をされるのか想像がつくらしい。 『言うにしても、それなりのシチュエーションみたいなもんがあんだろ〜??』 さっきの律の言葉。 ゆっくりと。ゆっくりと近づいていく。三十センチ。二十センチ。十五センチ。 俺が今考えうる、最高のシチュエーション。 これならイケるはず。 「ひっ───ひゃあっ!!?」 ひゃあって。どんだけ女の子みたいなヤツだよおい。いや女の子だけど。 ‥‥あれ? いつの間にか距離が離れてる。 目の前にあるのは、怯えるような、戸惑うような表情。 ‥‥左の頬に、じんじんと熱い感触。 「───あっ!い、いや!そーゆぅんじゃないんだ!!嫌だったワケじゃなくってぇ!えっと、その・・・ビックリしたというか・・・!!」 ハッキリとわかる、『拒絶』の意思表示。 ふと、側に置いてあった手鏡を覗き込む。 容赦のない律のビンタの跡が、くっきりとそこに残っていた。 「・・・はは、すっげー。アメコミみてー」 「いや、ホントゴメンっ!!そ、その、私、緊張しちゃったってゆーかさ!あの、あはは・・・」 「や。謝るのはこっちだよ・・・なんかゴメンな。変に気ぃ遣わせてさ」 「そ、そんなことないってぇ!今のは〜、私が・・・」 「んーん。はは。何か俺だけ一人でこんな先走ってさ。ホント、アホみたいだよな」 「え、え〜っと・・・おーい?」 全身の力が抜けてゆくのがわかる。 同時に、気力まで全て持っていかれて。 「だからさ、うん。ちょっと頭冷やしてくるな。俺、宿題もやらないとだし」 「だ、だったらココに持ってきて一緒にやろーぜっ!ほ、ホラ!邪魔しないか」 「ううん。一人でやる。反省もかねてだからさ。ホント、ごめんな」 「ちょっ!ま、待てよっ!!お・・・」 話しながらケータイをポケットの中にしまい、持参物をショルダーバッグにつめこむと、それをよいしょ、と背負う。 なんて重たいんだろう。 そして律の言葉も聞かず、部屋の戸を閉めて洗面所へと向かう。 ちょうど脱水が終わったところの洗濯機を開けて、中に入っていたTシャツを取り出して着る。もちろん濡れたままだが、今の俺にはこれくらいが心地良い。 そのまま駆け足で玄関へ向かうと、俺は靴ひもも結ばずに外へと飛び出す。 あぁ。 俺の心は、こんなにも脆いものだったのか。 * 勉強を口実に逃げてきた俺だったが、こんな状態で勉強なんて出来るはずもなく。 朝と同じよーにして、ベットにぶっ倒れてる自分が居た。もう、死にたい。 黒く、よどんだ頭の中で・・・ぼんやりと考える。 何が一体いけなかったんだろう。 単に俺が、早まりすぎただけ? それとも律の言うように、シチュエーションが変だったのか? それとも─── 律はまだそこまで、俺に気を許していないのか。 てゆーか・・・今回のことで、自分勝手なヤツ、と思われなかっただろうか。嫌われなかっただろうか。見限られなかっただろうか。 うっ、 「うあぁあ・・・・」 頭を抱える。考えれば考えるほど、どんどん気が滅入ってくるのがわかる。 もういいや、もう。 とりあえず今日は、何もしたくなかった。考えたくもなかった。 ‥‥だがそれすらも許してもらえないのか。 身を抱えて眠りにつこうとする俺に、いつもとは違う感触があった。 正確には匂い。それもどこか甘いような、嗅ぎなれた匂いだった。 「・・・そうか」 胸元に、鼻をもってゆく。 濡れたまま着て帰ったけれど‥‥今は夏ということもあって、家までの道のりを歩いている間にすっかり渇いてしまっていた・・・この、Tシャツ。 このシャツを洗濯させてもらった場所は‥‥他でもない、律の家で。 もちろん洗剤だって、律の家のものだ。 ‥‥そう。 平たく言えば、これは律の匂い。 「・・・りつ」 どれだけ嫌なことがあろうと、どれだけ今は忘れたいと願っても。 やっぱり想わずにはいられなかった。 はぁ・・・・ここまでくると、ほとんど病気レベルだよなぁ・・・。 ふと。 ブーン、ブーンと静かに震える、携帯電話が布団に埋もれていた。 こんなに気分が萎えきってる時に、誰なんだろうと思う。 しかし、そのケータイのサブディスプレイが映し出す文字を見て、俺は目を見開いた。 「律・・・?」 変なタイミングだった。 俺が帰ってから早三時間が経とうとしている。お詫びなり、勉強頑張れの応援メールなりは一通り貰った。どんな返事を返したのかはもう、覚えちゃいないけど。 「・・・うぁい」 【おーっ、勉強ははかどっとるかねー?】 「うぉう、もちろんだーぃ」 【嘘つけ。どーせ今頃ベッドでぐだーっとなってるんだろー?】 「エスパーかよっ!!!」 思わず飛び起きましたわぃ。ったく、なんで分かるんだコイツわっ。 【ぬっふっふ。この田井中律さんを侮ってはいかんのだよ、君ぃ!】 「あのなぁ・・・」 【まぁ〜お前の彼女だしなっ。へへへ・・・】 それとなく頭に思い浮かぶ、律のはにかむような笑顔。 俺の一番好きな、律の笑顔。 でも今日は、ほとんど見ることが出来なかったなぁ。はぁ・・・。 【でさ、突然だけど‥‥今からちょっと出かけない?】 「・・・いや、今日はいいわ。熱あるし。三十八度くらい」 【そんな邪険にすんなよー。でもさ、もし来てくれないんだったら・・・】 実際、珍しくクヨクヨしてて。 その影響で知恵熱が出ててもおかしくないんじゃないか、とも思うんだけどなぁ。 そんな風に考えて、ふと口を突いて出た言葉だった。 しかし。 それに対して律は、 【・・・・もし来てくれないんだったら、別れるからな!】 信じられないことを口にするのであった。 「はぁあぁっ??!」 さすがに、ぼんやりしていた意識まで覚醒してしまう。 てゆーか何なんだよコイツはっ! 【・・・へへ、ビックリした?ウソだよーん♪】 「‥‥っ!あのなぁっ!!そんなこと嘘でも言うなよっ!メチャクチャビックリしただろーがっっ!!!」 【ごぉーめんって、ホント、ごめん!】 自分を律する機能が失われつつある状態で、今の一言はもはやトラウマレベルだ。しまいにゃ泣くぞ!! あぁ、彼女とキスをするってこんなにも難易度の高いものだったのか。 【でも、ちょっとそんくらいの勢いでさ、今から出かけたいな〜って。ねぇ〜お願いー!】 「どんな勢いだよ。ほとんど脅しじゃねーか・・・はぁ」 何かなー。今日ばっかりは、こいつの手のひらでくるくる踊らされてるような気がしてならねぇ! 律からの電話によって、というよりその会話の内容によって、布団から飛び起きたどころか意識まですっかり覚めてしまった。 オマケに、曲がりなりにもこれは、『可愛い彼女』からの『必死のお願い』。 ‥‥とくると、もはや選択肢は一つしかなかった。 「・・・わかったよ。行くから」 【さんきゅー!じゃあ今から、いつもの駅前の時計台でなっ】 「おぅ」 返事を返すと、すぐにプツッ、と切れてしまった。 ケータイを閉じると、無造作に勢いよくポケットの中にしまいこんで、ふぅーっ、と長いため息を一つ。 うし、それなりには気合が入ってきた。気合というよりは、諦めの境地に近いけど。 ってゆーか、出かけるってどこに行くつもりなんだろう。 聞きそびれた?いや、逆だ。出かけるといって、用件も言わないで電話を切っちゃう律の方が珍しい。 でも・・・なんかもう、ここまでグダグダできてしまったのだから、とことんまで付き合ってやる。 そう思った。 ※ 時刻はもう夕方六時。 しかし、さすがは七月というべきか、日の落ちるのが遅いこと遅いこと。まだ夕暮れにもなっていなかった。 仕事帰りの人。駅前ではしゃぐ学生。 様々な人が立ち並ぶ中で、まだまだ元気な太陽の光を受けて、一際光り輝く彼女がいた。 「おぉー、中々早いな!」 「お前もな。ってゆーかいつからいるんだよ」 「んーと、二十分くらい前から?」 「ってことは、こっから電話してたのか」 「あはは、バレた?」 微笑む律。 でも、普段とはちょっと違う律だ。 こないだあげた、二つのプレゼント。 相当気に入ってくれたのか、二日三日はずーっとつけっぱなしだったらしい。もちろん、風呂と寝る時は省いて。 しかしそれも落ち着いたみたいで、今となっては『俺と会う時にだけつける、二つのアイテム』として律の中でポジションが定まったらしい。 本当にプレゼントのしがいがあるというか、彼氏冥利に尽きるヤツだった。 今日は、プレゼントしたあの時と同じ。 両耳にピアス。左のおデコにヘアピンというポジショニング。それぞれが太陽の光を受けて、キラキラと光り輝いている。 日によって、ピアスを片方しかつけてこなかったり、他のヘアピンやらと組み合わせたりしてくるんだけど。 何にせよ・・・ 「・・・なんだよ、人のことじろじろ見るなよなー!」 「いや、今日も律は可愛いなーと」 「ふふーん、そうだろそうだろ〜!とくとご覧あれ〜♪」 「見ちゃダメなんじゃなかったのかよ」 うんうん、そこら辺の女子高生とは一味違う、大人っぽさと無邪気な子供っぽさの融合がたまらんね。フヒヒ! ‥‥まぁ、こんな風に思えるんならまだまだ俺も元気ってこったな。 「で?出かけるって一体どこに行くんだよ」 「ううん、まぁ大したことないんだけどさ・・・ご飯でも食べに行きたいなーって。あ、もちろん呼び出したのは私だし、私が奢るぞ?」 「はぁ?なんでまた‥‥」 「いや、だってさ・・・わざとじゃないとはいえ、お前のココを引っぱたいちゃいたからさ。何かもぉ、申し訳なくて・・・」 そう言って左頬を人差し指でぶすっと刺すと、首を傾けて苦笑いをする律。 でもどこか‥‥憂いというか、陰りのある笑顔だった。 「だーかーら。お前が謝る必要ないの。俺が勝手なことしただけだろ?」 「でも、ビンタはさすがにやりすぎだったと思うし・・・何かメチャクチャ罪の意識があってさー」 俺も、こいつとの付き合いは短くない。 だから、ある程度のことは言葉を通さなくても察することが出来る。そう、律が俺の嘘を見破って、察してくれたように。 「あのな。謝らないといけなかったのは、俺の方なの。マジで。自分が『キスしたい』ってだけで、お前の気持ちを無視して・・・」 「・・・いや、それはちょっと、違うってゆーかさ」 あはは、と苦笑いを浮かべたまま頭に手をやる。 やっぱり、違和感あるよなぁ・・・。 とゆーか、律は何か・・・罪悪感を感じてる。ような気がする。 そりゃ〜彼氏を引っぱたいたんだし、ある程度は罪悪感があるかが当たり前だ。でも、ここまで感情の薄くなってる笑い方は、それ以上に何らかの要素・・・また別物の罪悪感を感じているから、のような。 その二つの罪悪感が、律にこんな不自然な行動をさせているんじゃないのか。 ‥‥そんな気がした。 「そーだ!あのさ〜」 「・・・なんだよ、律」 『罪の意識が〜』とか言いながら、いつもと変わらぬ、調子だけは元気な律。 でもそもそも、その『いつも通り』がおかしかった。 何故なら、ただでさえ俺を引っぱたいた後で、しかもあんな気まずい別れ方をして、初めて会うことになるこの場。 『普通に』罪の意識を感じている律なら、最初から謝り倒し。呼び出すにしたって、あんな脅迫的かつ回りくどい手段は使わず、直球で『お詫びにどこか食事に連れて行ってあげるからさ〜』とでも言うんじゃないだろうか。 それも‥‥普段なら冗談になるのかもしれないけど、『もし来てくれないんだったら、別れる』だなんて。 たたでさえ俺が傷心中であることを分かっていて、なお相手をヘコますであろう言葉を百も承知で使うようなマネはしないはずだ。 逆に言えば、そこまでして俺に来てほしかった、ということなのか。 今考えると、もうその時点で何かがズレていた。 「今、ここでさ」 頭の中をめぐる、俺の考え。 議題は、『律がここに俺を呼び出したことの本意』だ。 「‥‥キスして?」 そんな中で、律が発した言葉は‥‥俺の感じた違和感を、ほぼ確定とする一言だった。 「はぁっ?!なんでそーなるんだよ!」 「いや、だってステキじゃん?駅前の時計台で、愛を誓う二人〜みたいなさっ。シチュエーション的にバッチリ☆だろ?」 「おかしいって!っちゅーか周りにどんだけ人がいると思ってんだよっ」 「だーかーら、だよ!ホラ、人前で見られて、まるで周りから認められてるよーな感じがするだろ?」 「いやいやいや!こんな大勢に見られて、お前恥ずかしく───‥‥」 ‥‥あ。わかった。 こいつは・・・自分のためじゃない。 俺のために、無理してこの場所を選んだんだ。 キスを拒絶されたことで自信を失っている俺に対して、逆に『こんな大勢の前で俺にキスされても私はいいんだ、恥ずかしくないんだよ〜』と。 そうアピールすることによって、逆に俺に自信を持たせようと。 「‥‥っ」 何故だろう。泣きそうになってくる。 確かにこれは俺に自信を一気に取り戻させることのできる方法だ。でも、俺だってこれくらいの恥じらいは持っている。そもそも、律の意志では全くないはずだ。 方向性の間違った頑張りだと思う。 でもこれが、律なりの精一杯なんだ。 自分のことなんて二の次、三の次にしてしまうような、こんな後先を考えないやり方が、律の精一杯なんだ。 そうだ。 こいつは、普段は大雑把に見えて、肝心な・・・変なトコで、とても繊細で健気だった。 彼氏として、初めてこいつの部屋に入った時。 こいつは、俺が彼氏として気張らないよう、わざと部屋を綺麗にしないで、昔と同じ‥‥ちらかった部屋のままにしてくれていた。 俺と澪が付き合ってると勘違いした時。 自分の悲しみも、俺や澪への怒りも封印して、俺と澪が家を出るその時まで、笑顔でいようと努めていた。 付き合って二ヶ月記念のプレゼントをくれた時。 俺が過剰に気を遣わないよう、ブランド物だと分かる説明書を必死になって隠そうとしたり。 いつも元気一杯で、実はとっても他人思い。自己犠牲だって辞さない。でもどこか抜けてるような。 そんな律が、俺は大好きだった。 「・・・わかった」 ならば俺も、その律の健気な頑張りに応えなければならない。 俺の手が、優しく律の両肩に触れる。ぴくり、と震える律の小さな肩。 「本当に、するからな」 こくん、と頷いて、目を閉じる。 小さく震えているその身体。本当は恥ずかしくて、一秒でも早くこの場から逃げ出したいに違いない。 本当なら「無理するな」とでも言って、この場所から強引にでも連れ出してあげた方がいいのかもしれない。 でも、そんな律がくれた優しさだからこそ。 俺は彼氏として、しっかり応えてあげたいと。そう思う。 「‥‥んっ」 唇が、重なる。 時が今、静かに止まってゆく。 気持ちいい。心地いい。 そんな言葉すら、すごくちっぽけに、陳腐なものになってしまうくらい。 一瞬が永遠に感じられる、これ以上とない幸せな感触。幸せなひと時。 「ぷはっ、はぁ・・・!」 「はっ、はっ、はぁ・・・!───んっ?!」 俺の『好き』の気持ちが、律に伝わってゆく。 律の『好き』の気持ちが、俺の中に流れ込んでくる。 何となくそれを察した瞬間、想いの枷を遮っていたものが外れた。 好きだ。愛してる。いとおしい。そんな気持ちが、こんこんと無限に湧く泉のように溢れて止まらない。 「ふんっ・・・ちょ、待っ、ふはっ、むんっ・・・!」 優しくて激しいキスの雨に、嫌がるような声があがる。 でも律の身体は嫌がるそぶりをみせない。しっかりと、俺の愛を受け入れてくれていた。 「ふぅ・・・ぷは!あっ・・・ふぁあ‥‥っ!」 舌が、律の口の中へと入り込む。 唾液と粘膜の交換。 エロいとかいやらしいとかそういう次元ではなく、ただ、ただただ幸せだった。 泣きそうなくらいに、幸せだった。 口を離しては、また啄ばんで。 この世で一番美味な果実に、何度となく吸い付いてしまう。 「はぁっ!ちょ、ちょっと・・・んっ!タンマぁ・・・!」 ここで初めて、律の身体が動いた。 律の手が俺の両頬を掴む。 掴む、というよりは包む、といった方がいいかもしれない。それほど、力のない手だった。 その力ない手に押されて、唇を離す。 途端、目の前の律がいなくなった。 ‥‥違う。下を見ると、地べたにぺたんと座り込んでいる律がいた。 「はっ、はぁ・・・ゴメン、なんか、力、抜けちゃ・・・っ?」 「・・・律?おい、りつ?!」 いわゆる『ぺたんこ座り』のままで、かくかくと震える身体。 踏ん張る手。しかし、足だけはどうにもついてこないみたいで‥‥ ‥‥って、おいおい、まさか。 「あは、はは・・・・腰、抜けちゃった、かも・・・た、立てない」 「はぁ・・・何かなー。お前から言ってきたんだろー?」 座ったまま、一生懸命不服な顔をして、こちらを見上げてくる。可愛い。 周りの目線なんて気にならないくらいに可愛い。 「わ、私だってキスとか、初めてで・・・お前がこんな、たくさんしてくる、なんて、思わなかったし・・・はぁッ。それに・・・まさかこんな、気持ちい・・・」 「まさかこんな・・・なんだよ?」 「う、うるさいぃ・・・・!」 やはり。 自分で言い出してコレかよ。どんだけ無理してたんだよ、っていう。 ‥‥まぁ、無理させたのは俺だけどさ。 外面ではさも余裕だよー、平気だよーとでも言いたげな風に装うのに、実際は身体が震えて腰が抜けるくらいにメチャクチャ必死んなって頑張ってる。 でもそんな姿を見せて他人に気を遣わせない。遣われたくない。全くもって、変なヤツだった。 「‥‥しゃーない、帰るか」 「い、いいよぉ。少しくらいここでこうして座って休んでたらきっと治るって!」 「あのな。これ以上お前に無理させたら、逆に俺のメンツが立たないだろ〜」 「・・・でも」 「お前の気持ちは伝わったから。だからさホラ、俺の男としてのメンツを立てると思って」 「・・・ホント、しょーがないヤツだな」 「はは‥‥ありがとう、律」 そして‥‥全くもって、可愛いヤツだった。 さて、突然ですが、俺は今日、一体何回律のことを可愛いと思ったでしょう?俺もわからんけど。 でもそんくらい可愛いと思う。あぁ、もう完璧に律中毒だ。 律の前に背を向けてしゃがみこむと、律も分かってるみたいで、首に手を回して俺に体重を預けてくる。 それをよいしょ、と背負って立ち上がる。 どんだけ軽いんだこいつは。本当に全体重を預けてるのかと疑問を持ちたくなるくらいだった。 ‥‥そうだ。 こいつが安心して、身体だけじゃなく心も全て預けてもらえるような存在にならなければ。 全体重を預けるくらい、誰にでも出来る。 それくらいじゃあ、まだまだダメだよな。うん。 せめて・・・こいつが俺のために、こんな無理をしないくらいには。 * 軽い身体を背負い続けて、どれくらい経っただろう。 ようやくこの世界にオレンジの光が差し込んできた。夏特有の、遅い夕暮れだった。 河原にはまだ子供が遊んでいるような影。こら、早く帰りなさい。もう六時半ですよっ! 「へへ・・・・なんかさ、いいよな。こういうシチュエーション。私、好きかも」 「そうか?」 「うん。小学生の時にさ、お父さんにおんぶしてもらって、学校から帰ったことがあったんだ。お父さん、昔っから忙しくてさ。でもたまに、その埋め合わせをするみたいに、突然学校まで迎えに来てくれたりして」 「ははは、面白いとーちゃんだよな、お前のとーちゃんは」 昔から、こいつの両親には良くしてもらっていた。 いつだって明るく迎えてくれる、気さくな人たち。この田井中律の性格を形成しただけのことはあるなぁ、と思える両親だった。 日中は暑い。 でもこの夕方の、目に映るもの全てが橙色に染まる時間帯は、暑さとは別の、どこか違ったぬくもりを感じる気がする。 そして今日は、それとはまた違った熱さを背中に感じる。これはきっと、律が俺に預けている『信頼』という名のぬくもりだ。 「・・・あのさ」 「んー?」 「私もさ、最近同じこと考えてたんだよ?」 「考えてた、ってどういう・・・・」 振り向きざま。 ほっぺたに、最大級の熱いものがひっついてきた。 「‥‥ぷはっ。こういうこと」 「‥‥おいおい」 にゃんかもー、苦笑いしかできねぇーーー。 「てゆーか今ちょっとナメただろっ!にゅるっとしたぞにゅるっとぉ!!」 「にゃめてにゃいよーだ!」 「にゃにぃーっ!!」 「でもお前がそんにゃににゃめてほしいなら、幾らでもにゃめてやるー!うりゃうりゃー!」 「みっ、耳たぶくわえてペロペロすんなぁー!ってゆーかこけるっ!せっ、セクハラー!!!」 あぁ。もう悪ガキにしか見えない。 俺の耳たぶに口を密着させようとするため、一層ぎゅーっと後ろから抱きしめられる。つ、つーか!背中越しに僅かながら伝わってくる、二つのふにふにした感触は・・・!! いやコイツはただの悪ガキだ悪ガキだ悪ガキだ悪悪ワルワルワッハハハッハー!!! ちくしょー!いっそのこと、俺の方から色んなところを抱きしめてやろうか!むしろ揉みし抱いてやろうか! ‥‥いや、まだよしておこう。時期尚早というやつだ。今は夕方だしな。 「・・・だからさ。せっかくお前の方からキスしたい、って・・・それも二回も言ってくれたのに、私はそれを台無しにしちゃってさ。私だって・・・そりゃー付き合ってるんだしさ、その・・・き、キスくらいしたいな〜って思ってたんだよ」 「おーおー。言葉にするのは恥ずかしいのか。実際にするのは恥ずかしくないのにな〜」 「う、うるせーっ!」 「いでっっ!!」 自分もキスは嫌じゃなくて、むしろしたかったのに、同じように考えて行動しようとしてくれた俺の気持ちを無碍(むげ)にしてしまったこと。 なるほど、もう一つ感じてた罪悪感・・・というのは、おそらくコレですな。 しかし今度は耳たぶに噛み付かれる。何すかコレ?罰ゲーム?? 「でもさ、ごめん。せっかくそのお詫びも込めて食事に誘ったのに、結局私のせいで台無しにしちゃって・・・」 「そんなこと言われたら、謝るのは俺の方だぞ〜。彼女にここまで気を遣わせて、その上あんな人前でブチュブチュと・・・」 「待った!!!それ以上は言わなくていい〜!思い出すだけで恥ずかしすぎてキーッってなっちゃいそうだっ!」 「わかった!わかったから耳たぶ噛むのやめろっ」 そう言って、再び歯を俺の耳たぶにセットする律。 あー、変な操縦法を覚えよったなぁ、コイツ・・・。 「確かに。俺も、思い出すだけで・・・律を背負ったまま、ソコの河原の水の中にでもダイブしてしまいそうだ」 「うぉい!道連れかよ!!」 「・・・つーか、『人前で見られるのがいい』的なことを言ってたけど、やっぱり『恥ずかしかった』んじゃねーか」 「う、ぁ・・・!」 あの時の律は、『人前で見られて、まるで周りから認められてるよーな感じがする』だのぬかしてたけど。 そーんな見え見えの嘘に引っかかるとでも思ってらっしゃるのですか?律サン。 「そらまぁ、そーだわな。あんな人がいっぱいいるところでだーれがキスしてほしいなんて」 「この口かぁ!せっかく人が気を遣ってやってんのに、そんなこと言うのはこの口かぁ!!!」 「お前が噛んでるのは耳たぶだろーがっ!!!いででででー!!!」 今、俺の胸にあるのは、少しの罪悪感と‥‥律が俺のためにそこまでしてくれた、愛されてる、という大きな喜びだった。 ここまで俺のことを愛してくれるやつなんて、他にいないんじゃないかと。そんな風にすら思う。 そして反対に、誰にもマネできないくらい、こいつのことを愛してやりたい、とも。 「・・・律」 「ん〜?」 「俺さ、もっと律のこと、知りたい」 「・・・ふふっ」 笑って、後ろから優しく、強く抱きしめられる。 「・・・私たち、まだ付き合って三ヶ月だよ?これから少しずつ、知ってけばいーじゃん。そりゃ私だって、お前のことをもっと知りたいと思うけどさ。フライングは反則だろ?」 「フライングは反則、か」 そぉだわな。いっぺんに知りすぎても、かえって味気ないのかもしれない。 それ以前に・・・俺は、律のことを既にたくさん知っている。 「ふふふっ・・・」 「なにニヤニヤしてんだよー、キモイぞー!」 ちょっと自慢げというか、誇らしい。 まーでもとりあえず、これからも変わらないんじゃないかという気持ちが一つだけある。 「・・・律」 「ん〜?」 「メチャクチャ好きだ」 「・・・へへ、私もだよ。メチャクチャ両想いだな!」 お互い、今はそれだけで十分なのかもしれない。 了 >出展 >【けいおん!】田井中律は寝袋可愛い47【ドラム】 このSSの感想をどうぞ #comment_num2(below,log=コメント/俺と律4)
《注意》 ・『[[俺と律 3>SS/短編-俺律/俺と律 3]]』の続編です。いつまで続くんだろうね、コレ。 ・続編モノだからって、前のを読んでないとついていけないか?というと、そーでもないと思います。ありきたりな俺律の妄想話だし。 ・『俺』はりっちゃん(&澪)と幼稚園?小学生?くらいからの友達でした。いわゆるマブダチであり幼なじみでございます。ほんでもって、りっちゃんと『俺』は三ヶ月前くらいから付き合っております。俺もりっちゃんとちゅっちゅしたいよおおおぉ! 「‥‥はぁ」 自分の部屋に一人。ため息が一つ。 だらしなくベッドに横たわっていた。 割とくよくよ悩まない方だと自分では思う。 人によっては、「くだらねー!」で済ませることの出来る内容、だとも思う。 しかし、今の自分にとっては最大級の懸案事項であった。 「もう、三ヶ月だよな・・・」 三ヶ月。 何てことはない。あの幼なじみ・田井中律と、付き合い始めてからの期間だ。 アイツと付き合い始めてから、俺の生活は一変した。 そして、俺自身も・・・変わってしまったかもしれない。 昔、近所のおばさんに笑いながら話されたことがある。『男の子は、ガールフレンドが出来ると変わるのよ』と。 当時中学二年生だった自分はそういう話題に敏感で、とてもじゃないけど素直に『はい』とは言えなかった。そういう話題すら、こっ恥ずかしかったから。 でも‥‥でも。 俺が。自分では、かなり気の向くままな性格だと思う。そんな気分屋であるはずの自分が。 一人の女の子のことで悩んで、苦しんで、でも楽しくて、嬉しくて。 そんな風に振り回されるようになってしまうなんて、とても思いやしなかった。考えもしなかった。 思えば‥‥成り行きで付き合うことになってからこの三ヶ月、本当に色んなことがあった。 アイツとの、印象に残っている数々の出来事。 その中で、今まで『幼なじみ』としか見ていなかったアイツが、自分の中で生まれ変わっていく。 さなぎが脱皮して蝶になるみたいに、ただの『幼なじみ』は少しずつ・・・『可愛い彼女』へと変貌を遂げていった。 「‥‥くふふっ」 もう苦笑いしか出来ない。 あの幼なじみを、オトコ女だとすら罵っていたヤツを、まさか『女』として認識する日がこようとは。 それも『女』として認識するだけでなく、『可愛い彼女』として、毎日のように想い続ける日がこようとは。 そして、そんな風に想い続ける彼女だからこそ。 付き合い始めてもう三ヶ月。 恋人同士なら誰もが夢見る、誰もが憧れる、ある一つのことを成し遂げたいと、切に願っていた。うわ、どんだけメルヘンなんだよ。俺きめぇ!マジきめぇ!! * 「っぷはぁ!暑ぅ〜!」 「いや、この部屋も十分暑いから」 「なんだよ、じゃあ外に出てけよ。直射日光ならいくら浴びてもタダだからな。私は今からクーラーガンっガンに聞かせてクーリングオフなひと時を過ごすからな〜。ふふーん♪」 「‥‥なぁ、律。吸血鬼ってのはさ、日光浴びると死んじゃうんだぞ」 「吸血鬼を彼氏にした覚えはねぇっ!」 ってゆーか、クーリングオフの用法間違ってると思わん?何となく言わんとしてることは分かるけど。 セミのけたたましい鳴き声が響き渡る今は、もう7月。 外も暑けりゃ中も暑い。そして個人的に一番地獄だと思うのは、外に放置してあった車の中だ。 ドアを開けた瞬間に襲ってくる、ムワッとした空気圧。まさに蒸気機関車と呼ぶにふさわしい。さしずめ二つ名をつけるとするならば、『線路を走らぬ蒸気機関車』。 ‥‥どうよ?え、座布団没収っすか??? 「あ、ちょっと待ってて、ジュース持ってくるから」 「おぅおーぅ」 たんたんたんたんたん、っと小気味よく木を鳴らして駆けていく。 アイツが機嫌のいい時に奏でる足音。律らしい軽快なリズムだった。 さて。 しかし暑い。 今さっき帰ってくるまで窓も開けずに締め切っていた律の部屋は、まさに簡易サウナのような状態だった。はい、一人五百円ね。 「お、あったあった」 ベッドの上の枕に放られたままのリモコンを見つけると、クーラーのスイッチをオンにした。 設定されていた温度は19℃。えええぇえぇさっむぅううぅぅー。 ‥‥まぁ、細かいことは気にしない。 とりあえず部屋が冷えるまでは、そのままで放置しておくことにした。がんばれ電気!アッパーストレート! 「しかし、この部屋も綺麗になったよなぁ・・・」 小さい頃。 それこそ週に一度くらいのペースでココにお邪魔していた頃の律の部屋といったらもう、当時流行りの汚ギャルを先取りしたような部屋だった。 やれティッシュは散らかってるわ、やれマンガがそこかしこに置いてあるわ、畳んである服は放りっぱなし、もちろんパンツだって見放題見せたい放題。一枚五千円の大特価で発売中! それが律と付き合いだして、いつの頃からか・・・普通の女の子の部屋へと変貌していった。 一体何がそこまで、彼女を変えたのか? 「・・・あ、俺か」 ゴォー、というクーラーがシャカリキで冷気を出してる音の中、ぽつりとそう呟いてみる。 ‥‥今日はやけに死語ばっかり思いつくな。シャカリキってなんやねん。 俺の存在が律を変えた。 そう思うとなんか・・・何かわかんないけど、ちょっと嬉しい。やべ、ニヤニヤが止まんねぇ。 そんなことをしていると、たんたんたんたんたんっ、と今度は戻ってくる足音。はーい生徒の皆さん、これがドップラー効果というものです。分かりましたか? 「はいはーい、ペプシNEXのご到着〜♪」 そう言うと、俺の前に一つ、そして自分のところに一つ、氷の入ったコーラを置く。 コップに入っていた氷は、冷蔵庫で作る長方形の形をした氷ではなく、キャンプやらで使いそうなかちわり氷だった。 あぁ、夏だなぁ。たーまやー。 ‥‥と、雰囲気はいいものをかもし出しているのだが。 「・・・なぁ」 「ん〜?」 「コレさ、すっごい雰囲気は出てて、冷たくて美味しそ〜なコーラだな〜、っていうのは伝わってくるんだけどさ」 「なんだよ、見かけ倒しじゃないぞ〜。正真正銘、冷たくって美味しいコーラだぜ!」 びし!と親指を突き立てて、ウインクしてみせる律。 さっきの機嫌よさ気な足音といい、奴さん今日はかなり調子いいみたいですね。彼氏としては暑苦しいばかりです。まぁ〜律らしくていいけどさ。 「うん。それも認める」 「じゃーなんだよ〜!」 「あのさ、こんな氷山に埋もれたコーラ、どうやって飲むんだ?」 気持ちは分かる。 確かに外は暑かった。 あの熱気、そして直射日光という名の殺人光線。サンキラーライト。第一でナイト。今は昼だけどな! そんなわけだから、氷をがっぱがっぱ入れてしまいたくなる気持ちはよぉく分かる。 ただ、コップの半分を占めていた不揃いのかちわり氷たちが、コーラを注がれたことによって、我こそはと言わんばかりに表面を埋めつくしている。 これじゃあコップを口にしたとしても、入ってくるのはコーラではなくかちわり氷ばっかりだ。 「ふーむ・・・じゃあ私が飲ませてあげよーか?」 「は?」 「・・・口移しで」 こちらを細い目で見ながら、にやりと悪い笑みを浮かべる律。 暑さでうだっていた身体がいきなり冷水にさらされた気分だった。 口移し。ということは。 と、いうことは、だ。 日中の暑さにやられ、いまだにボーっとしている脳内。一方通行な思考回路。 近頃・・・一人で悶々としていたこともあって、一度考えてしまうともう止まらなかった。 そのイタズラっぽい笑顔。無邪気で可愛い、俺の律。 俺の目は、律の唇を捉えて離さない。というより、離すことが出来なかった。 ちくしょう、横向けって言ってんだろ、俺の身体!動け、俺の目ん玉!顔でもいいから、動けっ! 「・・・なーんてなっ!ハイ、ストロー!」 そう言うとぶす、と氷山にストローを刺し立てる律。 「あー、そういやストロー一つしか持ってきてないや。んん〜、もー取りに行くのめんどくさいし、後でいいから貸してくれよなっ」 俺が使ったストローを、律が使う。いわゆる『間接キス』だ。 ‥‥いやいやいやいやいや。そんくらい、今までだっていくらでもしてきてるだろ。中学生かよ、俺は・・・・。 でも・・・ダメだ。何かもう、ヘンな方にしか考えられない。 口移して飲むコーラ。 その時の感触を想像するだけで。 その時の律との触れ合いや、甘いひと時を想像すると、もう居てもたってもいられなかった。 「‥‥ん?」 「あのさ、律‥‥」 テーブルに向かい合わせになって座っていた俺たち。 一旦席を立つと、座ったままくつろいでいる律のとなりにしゃがみこんで、目線を合わす。 「俺たちって、何だかんだで付き合ってもう三ヶ月になるよな」 「ん〜‥‥そうだな。へへ」 ちょっと照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う律。 あぁ、この表情。狂おしいほどに愛おしい。 以前、成り行きで一緒に寝た時に抱いたような、一時的な欲望とは違う。 鉄のように固い、自分の意志。ただし欲望という名の。 ‥‥でも。 今、これを言ってはいけない。 俺の方を見て微笑んでから、お前が飲まないのなら、とばかりに俺のコップからストローを抜き取って、自分のコップへと突き刺す律。 そして‥‥そのストローをくわえて、コーラを口に含んでいる。 未来が見える。これを言ってしまったら。 止まれ、止まれと自分の身体に言い聞かせてるはずなのに・・・口は、どうにも止まってくれやしなかった。またかよ! これが溜め込んでいた思い・・・いや、欲望の強さなのか。 「・・・なのに俺たちさ」 こっちを見たまま、くわえていたストローを離す。 標準セット。ロックオン。 「キスとかって、したことないよな」 「‥‥ぶふぁあっ!」 はい、予想通りの結末きました。 まさに冷や水。コーラだけど。要は頭冷やせってことなのか。 顔にたっぷりとかかったコーラを一舐めしてみる。これで間接キスだな。多分。よし落ち着いた。 げほげほといまだにむせている律。 おーおー、顔真っ赤にしちって。よっぽどビックリしたんだなぁ。 とりあえず、背中をさすってやるか。顔面コーラまみれのままだけど。 「げほっ!はぁっ、はぁっ、なっ、何だよお前いきなりっ!!!」 「いや、いきなりと言われても・・・ちょっと今思いついただけで」 「思いついただけのヤツがわざわざ私のとなりまで来てボヤいたりするかぁっ!」 「だってさ・・・実を言うと、最近そのことばっかり考えててさ。まぁ俺だって男だし」 「ヘンタイかお前はぁーっ!!」 むせたまま、涙目になってツッコミを入れてくる。うぉー可愛い。なんかもう、可愛い。 「だからさ」 「・・・なんだよ」 「今、してみてもいいか?」 そう言って、返事は聞かずに軽く律の肩を掴んでみる。 今度はこっちの番だ。 捕獲対象ロックオン。発射準備OK。 「‥‥‥」 「‥‥ん?なんだよ」 「ぶはっ!!!」 今度は俺を見て大笑い。何だ?とうとう壊れたか?言っとくけど、壊れてる律も俺は好きだぞ? 「ひゃっひゃっひゃ‥‥ひーっ!おっ、お前さ!そ、その顔でキスって、ひゃははははっ!」 「顔・・・あっ」 そう。今の俺の顔は、顔面コーラパック状態。お肌がベタベタになる逸品を装着したままだった。 いや、カロリーゼロのペプシNEXだからベタベタにはならないんだっけ? 「バカだな〜!言うにしても、それなりのシチュエーションみたいなもんがあんだろ〜??」 ぐさり。 なんてキツイ一撃。 肩を掴んでいた両手も、思わずするりと落としてしまった。 なんかもぉ、グダグダだ。何が良くて何が悪かったのかもわかんねぇ。 とりあえず外の暑さが一番の悪モンだ。俺は悪くない。コイツも悪くない。うん。 「はぁ・・・うん、何かごめん。顔拭いてくるわ」 「っておい。私のベッドで何する気なんだよ」 「こんなのお前のベッドで拭いてやるー!!ちくしょお───っ!!!」 「アホかぁーっ!!」 すかさず俺とベッドの間に入って、ダイブしようとする俺を突き飛ばす律さん。壊れてるのは俺の方だったりして☆ ‥‥可愛くねぇな。 その後は洗面所へ強制連行。 律に見守られる中、髪と顔を洗わされ、服も脱ぐことになりました。ヒャッホイ! でも上半身裸じゃさすがに寒いので、使ったバスタオルをそのまま借りて、かぶっとくことにした。 ‥‥あー。何だろなぁ。 なんかもぉ、ため息も出ねぇ。 * 結局、また俺たちは部屋に戻った。 戻ったと同時に『これ、面白いぞ!』と声をかけられて、律に渡されたマンガを成り行きで読んでいる。 えーっと、何なに。『俺が律を本当の女にしてやる』? いや違った。『俺がお前をホントのエースにしてやる』か。野球マンガだな。見りゃ分かるけど。ってゆーか監督が女!監督の胸でけぇ! でも・・・とても読む気になれなかった。 『言うにしても、それなりのシチュエーションみたいなもんがあんだろ〜??』 俺の胸に突き刺さったあの言葉が蘇る。 シチュエーションか。うん。うーん‥‥‥。 ‥‥よく考えたら、そういう流れになってもおかしくないシチュエーション、ってのはいっぱいあった気がする。 アイツと一緒に寝た時。仲直りをした時。プレゼント交換をした時。 むしろキスの一つや二つくらいぶちゅっとしていたっておかしくも何ともないシチュエーションばかりだった。 「それを俺は、俺はアアアァ!!!」 「やかましーっ!!ちょっとは落ち着けっ!!」 彼女に邪魔者扱いされる彼氏。もう泣いてしまいたい。 ふと、目にとまる。 今、律が左のおデコにつけてあるのは・・・以前俺がプレゼントした、あのヘアピンだった。 「ふーん・・・」 一人、感嘆のため息をつく。もうマンガになんか興味はなかった。 やっぱり似合ってるよなぁ。 それに、プレゼントした品を愛用してもらえる、というのは、彼氏にとっては何よりも嬉しいことだった。 ヘアピンか・・・よし。 頭の中に、一つの策が浮かび上がった。これなら自然にイケそうな気がする。イケイケ☆Friday Night! 「なぁ、律」 「・・・なんだよ?」 テーブルで、俺と同じくマンガを読んでる律に、さっきと同じくとなりに近寄る。そう、コーラを吹きかけられた時と同じシチュエーションだ。 怪訝な顔で俺を見る律。おそらくそのコトがまだ頭にあるんだろう。 「そのヘアピン、やっぱ似合ってるな」 「あ・・・ぅあっ」 俺の大好きな、あの笑顔は返ってこなかった。 ヘアピンにそっと手を伸ばす。しかしそれも一瞬で、すかさずするりと・・・あごの方へと手を持ってった。 律の顔が、ほんのり紅く、動揺の色に染まる。可愛い。かわいい。あぁ可愛い。 彼氏に至近距離でささやかれ、あごを持たれる。ここまでくると、さすがに今から何をされるのか想像がつくらしい。 『言うにしても、それなりのシチュエーションみたいなもんがあんだろ〜??』 さっきの律の言葉。 ゆっくりと。ゆっくりと近づいていく。三十センチ。二十センチ。十五センチ。 俺が今考えうる、最高のシチュエーション。 これならイケるはず。 「ひっ───ひゃあっ!!?」 ひゃあって。どんだけ女の子みたいなヤツだよおい。いや女の子だけど。 ‥‥あれ? いつの間にか距離が離れてる。 目の前にあるのは、怯えるような、戸惑うような表情。 ‥‥左の頬に、じんじんと熱い感触。 「───あっ!い、いや!そーゆぅんじゃないんだ!!嫌だったワケじゃなくってぇ!えっと、その・・・ビックリしたというか・・・!!」 ハッキリとわかる、『拒絶』の意思表示。 ふと、側に置いてあった手鏡を覗き込む。 容赦のない律のビンタの跡が、くっきりとそこに残っていた。 「・・・はは、すっげー。アメコミみてー」 「いや、ホントゴメンっ!!そ、その、私、緊張しちゃったってゆーかさ!あの、あはは・・・」 「や。謝るのはこっちだよ・・・なんかゴメンな。変に気ぃ遣わせてさ」 「そ、そんなことないってぇ!今のは〜、私が・・・」 「んーん。はは。何か俺だけ一人でこんな先走ってさ。ホント、アホみたいだよな」 「え、え〜っと・・・おーい?」 全身の力が抜けてゆくのがわかる。 同時に、気力まで全て持っていかれて。 「だからさ、うん。ちょっと頭冷やしてくるな。俺、宿題もやらないとだし」 「だ、だったらココに持ってきて一緒にやろーぜっ!ほ、ホラ!邪魔しないか」 「ううん。一人でやる。反省もかねてだからさ。ホント、ごめんな」 「ちょっ!ま、待てよっ!!お・・・」 話しながらケータイをポケットの中にしまい、持参物をショルダーバッグにつめこむと、それをよいしょ、と背負う。 なんて重たいんだろう。 そして律の言葉も聞かず、部屋の戸を閉めて洗面所へと向かう。 ちょうど脱水が終わったところの洗濯機を開けて、中に入っていたTシャツを取り出して着る。もちろん濡れたままだが、今の俺にはこれくらいが心地良い。 そのまま駆け足で玄関へ向かうと、俺は靴ひもも結ばずに外へと飛び出す。 あぁ。 俺の心は、こんなにも脆いものだったのか。 * 勉強を口実に逃げてきた俺だったが、こんな状態で勉強なんて出来るはずもなく。 朝と同じよーにして、ベットにぶっ倒れてる自分が居た。もう、死にたい。 黒く、よどんだ頭の中で・・・ぼんやりと考える。 何が一体いけなかったんだろう。 単に俺が、早まりすぎただけ? それとも律の言うように、シチュエーションが変だったのか? それとも─── 律はまだそこまで、俺に気を許していないのか。 てゆーか・・・今回のことで、自分勝手なヤツ、と思われなかっただろうか。嫌われなかっただろうか。見限られなかっただろうか。 うっ、 「うあぁあ・・・・」 頭を抱える。考えれば考えるほど、どんどん気が滅入ってくるのがわかる。 もういいや、もう。 とりあえず今日は、何もしたくなかった。考えたくもなかった。 ‥‥だがそれすらも許してもらえないのか。 身を抱えて眠りにつこうとする俺に、いつもとは違う感触があった。 正確には匂い。それもどこか甘いような、嗅ぎなれた匂いだった。 「・・・そうか」 胸元に、鼻をもってゆく。 濡れたまま着て帰ったけれど‥‥今は夏ということもあって、家までの道のりを歩いている間にすっかり渇いてしまっていた・・・この、Tシャツ。 このシャツを洗濯させてもらった場所は‥‥他でもない、律の家で。 もちろん洗剤だって、律の家のものだ。 ‥‥そう。 平たく言えば、これは律の匂い。 「・・・りつ」 どれだけ嫌なことがあろうと、どれだけ今は忘れたいと願っても。 やっぱり想わずにはいられなかった。 はぁ・・・・ここまでくると、ほとんど病気レベルだよなぁ・・・。 ふと。 ブーン、ブーンと静かに震える、携帯電話が布団に埋もれていた。 こんなに気分が萎えきってる時に、誰なんだろうと思う。 しかし、そのケータイのサブディスプレイが映し出す文字を見て、俺は目を見開いた。 「律・・・?」 変なタイミングだった。 俺が帰ってから早三時間が経とうとしている。お詫びなり、勉強頑張れの応援メールなりは一通り貰った。どんな返事を返したのかはもう、覚えちゃいないけど。 「・・・うぁい」 【おーっ、勉強ははかどっとるかねー?】 「うぉう、もちろんだーぃ」 【嘘つけ。どーせ今頃ベッドでぐだーっとなってるんだろー?】 「エスパーかよっ!!!」 思わず飛び起きましたわぃ。ったく、なんで分かるんだコイツわっ。 【ぬっふっふ。この田井中律さんを侮ってはいかんのだよ、君ぃ!】 「あのなぁ・・・」 【まぁ〜お前の彼女だしなっ。へへへ・・・】 それとなく頭に思い浮かぶ、律のはにかむような笑顔。 俺の一番好きな、律の笑顔。 でも今日は、ほとんど見ることが出来なかったなぁ。はぁ・・・。 【でさ、突然だけど‥‥今からちょっと出かけない?】 「・・・いや、今日はいいわ。熱あるし。三十八度くらい」 【そんな邪険にすんなよー。でもさ、もし来てくれないんだったら・・・】 実際、珍しくクヨクヨしてて。 その影響で知恵熱が出ててもおかしくないんじゃないか、とも思うんだけどなぁ。 そんな風に考えて、ふと口を突いて出た言葉だった。 しかし。 それに対して律は、 【・・・・もし来てくれないんだったら、別れるからな!】 信じられないことを口にするのであった。 「はぁあぁっ??!」 さすがに、ぼんやりしていた意識まで覚醒してしまう。 てゆーか何なんだよコイツはっ! 【・・・へへ、ビックリした?ウソだよーん♪】 「‥‥っ!あのなぁっ!!そんなこと嘘でも言うなよっ!メチャクチャビックリしただろーがっっ!!!」 【ごぉーめんって、ホント、ごめん!】 自分を律する機能が失われつつある状態で、今の一言はもはやトラウマレベルだ。しまいにゃ泣くぞ!! あぁ、彼女とキスをするってこんなにも難易度の高いものだったのか。 【でも、ちょっとそんくらいの勢いでさ、今から出かけたいな〜って。ねぇ〜お願いー!】 「どんな勢いだよ。ほとんど脅しじゃねーか・・・はぁ」 何かなー。今日ばっかりは、こいつの手のひらでくるくる踊らされてるような気がしてならねぇ! 律からの電話によって、というよりその会話の内容によって、布団から飛び起きたどころか意識まですっかり覚めてしまった。 オマケに、曲がりなりにもこれは、『可愛い彼女』からの『必死のお願い』。 ‥‥とくると、もはや選択肢は一つしかなかった。 「・・・わかったよ。行くから」 【さんきゅー!じゃあ今から、いつもの駅前の時計台でなっ】 「おぅ」 返事を返すと、すぐにプツッ、と切れてしまった。 ケータイを閉じると、無造作に勢いよくポケットの中にしまいこんで、ふぅーっ、と長いため息を一つ。 うし、それなりには気合が入ってきた。気合というよりは、諦めの境地に近いけど。 ってゆーか、出かけるってどこに行くつもりなんだろう。 聞きそびれた?いや、逆だ。出かけるといって、用件も言わないで電話を切っちゃう律の方が珍しい。 でも・・・なんかもう、ここまでグダグダできてしまったのだから、とことんまで付き合ってやる。 そう思った。 ※ 時刻はもう夕方六時。 しかし、さすがは七月というべきか、日の落ちるのが遅いこと遅いこと。まだ夕暮れにもなっていなかった。 仕事帰りの人。駅前ではしゃぐ学生。 様々な人が立ち並ぶ中で、まだまだ元気な太陽の光を受けて、一際光り輝く彼女がいた。 「おぉー、中々早いな!」 「お前もな。ってゆーかいつからいるんだよ」 「んーと、二十分くらい前から?」 「ってことは、こっから電話してたのか」 「あはは、バレた?」 微笑む律。 でも、普段とはちょっと違う律だ。 こないだあげた、二つのプレゼント。 相当気に入ってくれたのか、二日三日はずーっとつけっぱなしだったらしい。もちろん、風呂と寝る時は省いて。 しかしそれも落ち着いたみたいで、今となっては『俺と会う時にだけつける、二つのアイテム』として律の中でポジションが定まったらしい。 本当にプレゼントのしがいがあるというか、彼氏冥利に尽きるヤツだった。 今日は、プレゼントしたあの時と同じ。 両耳にピアス。左のおデコにヘアピンというポジショニング。それぞれが太陽の光を受けて、キラキラと光り輝いている。 日によって、ピアスを片方しかつけてこなかったり、他のヘアピンやらと組み合わせたりしてくるんだけど。 何にせよ・・・ 「・・・なんだよ、人のことじろじろ見るなよなー!」 「いや、今日も律は可愛いなーと」 「ふふーん、そうだろそうだろ〜!とくとご覧あれ〜♪」 「見ちゃダメなんじゃなかったのかよ」 うんうん、そこら辺の女子高生とは一味違う、大人っぽさと無邪気な子供っぽさの融合がたまらんね。フヒヒ! ‥‥まぁ、こんな風に思えるんならまだまだ俺も元気ってこったな。 「で?出かけるって一体どこに行くんだよ」 「ううん、まぁ大したことないんだけどさ・・・ご飯でも食べに行きたいなーって。あ、もちろん呼び出したのは私だし、私が奢るぞ?」 「はぁ?なんでまた‥‥」 「いや、だってさ・・・わざとじゃないとはいえ、お前のココを引っぱたいちゃいたからさ。何かもぉ、申し訳なくて・・・」 そう言って左頬を人差し指でぶすっと刺すと、首を傾けて苦笑いをする律。 でもどこか‥‥憂いというか、陰りのある笑顔だった。 「だーかーら。お前が謝る必要ないの。俺が勝手なことしただけだろ?」 「でも、ビンタはさすがにやりすぎだったと思うし・・・何かメチャクチャ罪の意識があってさー」 俺も、こいつとの付き合いは短くない。 だから、ある程度のことは言葉を通さなくても察することが出来る。そう、律が俺の嘘を見破って、察してくれたように。 「あのな。謝らないといけなかったのは、俺の方なの。マジで。自分が『キスしたい』ってだけで、お前の気持ちを無視して・・・」 「・・・いや、それはちょっと、違うってゆーかさ」 あはは、と苦笑いを浮かべたまま頭に手をやる。 やっぱり、違和感あるよなぁ・・・。 とゆーか、律は何か・・・罪悪感を感じてる。ような気がする。 そりゃ〜彼氏を引っぱたいたんだし、ある程度は罪悪感があるかが当たり前だ。でも、ここまで感情の薄くなってる笑い方は、それ以上に何らかの要素・・・また別物の罪悪感を感じているから、のような。 その二つの罪悪感が、律にこんな不自然な行動をさせているんじゃないのか。 ‥‥そんな気がした。 「そーだ!あのさ〜」 「・・・なんだよ、律」 『罪の意識が〜』とか言いながら、いつもと変わらぬ、調子だけは元気な律。 でもそもそも、その『いつも通り』がおかしかった。 何故なら、ただでさえ俺を引っぱたいた後で、しかもあんな気まずい別れ方をして、初めて会うことになるこの場。 『普通に』罪の意識を感じている律なら、最初から謝り倒し。呼び出すにしたって、あんな脅迫的かつ回りくどい手段は使わず、直球で『お詫びにどこか食事に連れて行ってあげるからさ〜』とでも言うんじゃないだろうか。 それも‥‥普段なら冗談になるのかもしれないけど、『もし来てくれないんだったら、別れる』だなんて。 たたでさえ俺が傷心中であることを分かっていて、なお相手をヘコますであろう言葉を百も承知で使うようなマネはしないはずだ。 逆に言えば、そこまでして俺に来てほしかった、ということなのか。 今考えると、もうその時点で何かがズレていた。 「今、ここでさ」 頭の中をめぐる、俺の考え。 議題は、『律がここに俺を呼び出したことの本意』だ。 「‥‥キスして?」 そんな中で、律が発した言葉は‥‥俺の感じた違和感を、ほぼ確定とする一言だった。 「はぁっ?!なんでそーなるんだよ!」 「いや、だってステキじゃん?駅前の時計台で、愛を誓う二人〜みたいなさっ。シチュエーション的にバッチリ☆だろ?」 「おかしいって!っちゅーか周りにどんだけ人がいると思ってんだよっ」 「だーかーら、だよ!ホラ、人前で見られて、まるで周りから認められてるよーな感じがするだろ?」 「いやいやいや!こんな大勢に見られて、お前恥ずかしく───‥‥」 ‥‥あ。わかった。 こいつは・・・自分のためじゃない。 俺のために、無理してこの場所を選んだんだ。 キスを拒絶されたことで自信を失っている俺に対して、逆に『こんな大勢の前で俺にキスされても私はいいんだ、恥ずかしくないんだよ〜』と。 そうアピールすることによって、逆に俺に自信を持たせようと。 「‥‥っ」 何故だろう。泣きそうになってくる。 確かにこれは俺に自信を一気に取り戻させることのできる方法だ。でも、俺だってこれくらいの恥じらいは持っている。そもそも、律の意志では全くないはずだ。 方向性の間違った頑張りだと思う。 でもこれが、律なりの精一杯なんだ。 自分のことなんて二の次、三の次にしてしまうような、こんな後先を考えないやり方が、律の精一杯なんだ。 そうだ。 こいつは、普段は大雑把に見えて、肝心な・・・変なトコで、とても繊細で健気だった。 彼氏として、初めてこいつの部屋に入った時。 こいつは、俺が彼氏として気張らないよう、わざと部屋を綺麗にしないで、昔と同じ‥‥ちらかった部屋のままにしてくれていた。 俺と澪が付き合ってると勘違いした時。 自分の悲しみも、俺や澪への怒りも封印して、俺と澪が家を出るその時まで、笑顔でいようと努めていた。 付き合って二ヶ月記念のプレゼントをくれた時。 俺が過剰に気を遣わないよう、ブランド物だと分かる説明書を必死になって隠そうとしたり。 いつも元気一杯で、実はとっても他人思い。自己犠牲だって辞さない。でもどこか抜けてるような。 そんな律が、俺は大好きだった。 「・・・わかった」 ならば俺も、その律の健気な頑張りに応えなければならない。 俺の手が、優しく律の両肩に触れる。ぴくり、と震える律の小さな肩。 「本当に、するからな」 こくん、と頷いて、目を閉じる。 小さく震えているその身体。本当は恥ずかしくて、一秒でも早くこの場から逃げ出したいに違いない。 本当なら「無理するな」とでも言って、この場所から強引にでも連れ出してあげた方がいいのかもしれない。 でも、そんな律がくれた優しさだからこそ。 俺は彼氏として、しっかり応えてあげたいと。そう思う。 「‥‥んっ」 唇が、重なる。 時が今、静かに止まってゆく。 気持ちいい。心地いい。 そんな言葉すら、すごくちっぽけに、陳腐なものになってしまうくらい。 一瞬が永遠に感じられる、これ以上とない幸せな感触。幸せなひと時。 「ぷはっ、はぁ・・・!」 「はっ、はっ、はぁ・・・!───んっ?!」 俺の『好き』の気持ちが、律に伝わってゆく。 律の『好き』の気持ちが、俺の中に流れ込んでくる。 何となくそれを察した瞬間、想いの枷を遮っていたものが外れた。 好きだ。愛してる。いとおしい。そんな気持ちが、こんこんと無限に湧く泉のように溢れて止まらない。 「ふんっ・・・ちょ、待っ、ふはっ、むんっ・・・!」 優しくて激しいキスの雨に、嫌がるような声があがる。 でも律の身体は嫌がるそぶりをみせない。しっかりと、俺の愛を受け入れてくれていた。 「ふぅ・・・ぷは!あっ・・・ふぁあ‥‥っ!」 舌が、律の口の中へと入り込む。 唾液と粘膜の交換。 エロいとかいやらしいとかそういう次元ではなく、ただ、ただただ幸せだった。 泣きそうなくらいに、幸せだった。 口を離しては、また啄ばんで。 この世で一番美味な果実に、何度となく吸い付いてしまう。 「はぁっ!ちょ、ちょっと・・・んっ!タンマぁ・・・!」 ここで初めて、律の身体が動いた。 律の手が俺の両頬を掴む。 掴む、というよりは包む、といった方がいいかもしれない。それほど、力のない手だった。 その力ない手に押されて、唇を離す。 途端、目の前の律がいなくなった。 ‥‥違う。下を見ると、地べたにぺたんと座り込んでいる律がいた。 「はっ、はぁ・・・ゴメン、なんか、力、抜けちゃ・・・っ?」 「・・・律?おい、りつ?!」 いわゆる『ぺたんこ座り』のままで、かくかくと震える身体。 踏ん張る手。しかし、足だけはどうにもついてこないみたいで‥‥ ‥‥って、おいおい、まさか。 「あは、はは・・・・腰、抜けちゃった、かも・・・た、立てない」 「はぁ・・・何かなー。お前から言ってきたんだろー?」 座ったまま、一生懸命不服な顔をして、こちらを見上げてくる。可愛い。 周りの目線なんて気にならないくらいに可愛い。 「わ、私だってキスとか、初めてで・・・お前がこんな、たくさんしてくる、なんて、思わなかったし・・・はぁッ。それに・・・まさかこんな、気持ちい・・・」 「まさかこんな・・・なんだよ?」 「う、うるさいぃ・・・・!」 やはり。 自分で言い出してコレかよ。どんだけ無理してたんだよ、っていう。 ‥‥まぁ、無理させたのは俺だけどさ。 外面ではさも余裕だよー、平気だよーとでも言いたげな風に装うのに、実際は身体が震えて腰が抜けるくらいにメチャクチャ必死んなって頑張ってる。 でもそんな姿を見せて他人に気を遣わせない。遣われたくない。全くもって、変なヤツだった。 「‥‥しゃーない、帰るか」 「い、いいよぉ。少しくらいここでこうして座って休んでたらきっと治るって!」 「あのな。これ以上お前に無理させたら、逆に俺のメンツが立たないだろ〜」 「・・・でも」 「お前の気持ちは伝わったから。だからさホラ、俺の男としてのメンツを立てると思って」 「・・・ホント、しょーがないヤツだな」 「はは‥‥ありがとう、律」 そして‥‥全くもって、可愛いヤツだった。 さて、突然ですが、俺は今日、一体何回律のことを可愛いと思ったでしょう?俺もわからんけど。 でもそんくらい可愛いと思う。あぁ、もう完璧に律中毒だ。 律の前に背を向けてしゃがみこむと、律も分かってるみたいで、首に手を回して俺に体重を預けてくる。 それをよいしょ、と背負って立ち上がる。 どんだけ軽いんだこいつは。本当に全体重を預けてるのかと疑問を持ちたくなるくらいだった。 ‥‥そうだ。 こいつが安心して、身体だけじゃなく心も全て預けてもらえるような存在にならなければ。 全体重を預けるくらい、誰にでも出来る。 それくらいじゃあ、まだまだダメだよな。うん。 せめて・・・こいつが俺のために、こんな無理をしないくらいには。 * 軽い身体を背負い続けて、どれくらい経っただろう。 ようやくこの世界にオレンジの光が差し込んできた。夏特有の、遅い夕暮れだった。 河原にはまだ子供が遊んでいるような影。こら、早く帰りなさい。もう六時半ですよっ! 「へへ・・・・なんかさ、いいよな。こういうシチュエーション。私、好きかも」 「そうか?」 「うん。小学生の時にさ、お父さんにおんぶしてもらって、学校から帰ったことがあったんだ。お父さん、昔っから忙しくてさ。でもたまに、その埋め合わせをするみたいに、突然学校まで迎えに来てくれたりして」 「ははは、面白いとーちゃんだよな、お前のとーちゃんは」 昔から、こいつの両親には良くしてもらっていた。 いつだって明るく迎えてくれる、気さくな人たち。この田井中律の性格を形成しただけのことはあるなぁ、と思える両親だった。 日中は暑い。 でもこの夕方の、目に映るもの全てが橙色に染まる時間帯は、暑さとは別の、どこか違ったぬくもりを感じる気がする。 そして今日は、それとはまた違った熱さを背中に感じる。これはきっと、律が俺に預けている『信頼』という名のぬくもりだ。 「・・・あのさ」 「んー?」 「私もさ、最近同じこと考えてたんだよ?」 「考えてた、ってどういう・・・・」 振り向きざま。 ほっぺたに、最大級の熱いものがひっついてきた。 「‥‥ぷはっ。こういうこと」 「‥‥おいおい」 にゃんかもー、苦笑いしかできねぇーーー。 「てゆーか今ちょっとナメただろっ!にゅるっとしたぞにゅるっとぉ!!」 「にゃめてにゃいよーだ!」 「にゃにぃーっ!!」 「でもお前がそんにゃににゃめてほしいなら、幾らでもにゃめてやるー!うりゃうりゃー!」 「みっ、耳たぶくわえてペロペロすんなぁー!ってゆーかこけるっ!せっ、セクハラー!!!」 あぁ。もう悪ガキにしか見えない。 俺の耳たぶに口を密着させようとするため、一層ぎゅーっと後ろから抱きしめられる。つ、つーか!背中越しに僅かながら伝わってくる、二つのふにふにした感触は・・・!! いやコイツはただの悪ガキだ悪ガキだ悪ガキだ悪悪ワルワルワッハハハッハー!!! ちくしょー!いっそのこと、俺の方から色んなところを抱きしめてやろうか!むしろ揉みし抱いてやろうか! ‥‥いや、まだよしておこう。時期尚早というやつだ。今は夕方だしな。 「・・・だからさ。せっかくお前の方からキスしたい、って・・・それも二回も言ってくれたのに、私はそれを台無しにしちゃってさ。私だって・・・そりゃー付き合ってるんだしさ、その・・・き、キスくらいしたいな〜って思ってたんだよ」 「おーおー。言葉にするのは恥ずかしいのか。実際にするのは恥ずかしくないのにな〜」 「う、うるせーっ!」 「いでっっ!!」 自分もキスは嫌じゃなくて、むしろしたかったのに、同じように考えて行動しようとしてくれた俺の気持ちを無碍(むげ)にしてしまったこと。 なるほど、もう一つ感じてた罪悪感・・・というのは、おそらくコレですな。 しかし今度は耳たぶに噛み付かれる。何すかコレ?罰ゲーム?? 「でもさ、ごめん。せっかくそのお詫びも込めて食事に誘ったのに、結局私のせいで台無しにしちゃって・・・」 「そんなこと言われたら、謝るのは俺の方だぞ〜。彼女にここまで気を遣わせて、その上あんな人前でブチュブチュと・・・」 「待った!!!それ以上は言わなくていい〜!思い出すだけで恥ずかしすぎてキーッってなっちゃいそうだっ!」 「わかった!わかったから耳たぶ噛むのやめろっ」 そう言って、再び歯を俺の耳たぶにセットする律。 あー、変な操縦法を覚えよったなぁ、コイツ・・・。 「確かに。俺も、思い出すだけで・・・律を背負ったまま、ソコの河原の水の中にでもダイブしてしまいそうだ」 「うぉい!道連れかよ!!」 「・・・つーか、『人前で見られるのがいい』的なことを言ってたけど、やっぱり『恥ずかしかった』んじゃねーか」 「う、ぁ・・・!」 あの時の律は、『人前で見られて、まるで周りから認められてるよーな感じがする』だのぬかしてたけど。 そーんな見え見えの嘘に引っかかるとでも思ってらっしゃるのですか?律サン。 「そらまぁ、そーだわな。あんな人がいっぱいいるところでだーれがキスしてほしいなんて」 「この口かぁ!せっかく人が気を遣ってやってんのに、そんなこと言うのはこの口かぁ!!!」 「お前が噛んでるのは耳たぶだろーがっ!!!いででででー!!!」 今、俺の胸にあるのは、少しの罪悪感と‥‥律が俺のためにそこまでしてくれた、愛されてる、という大きな喜びだった。 ここまで俺のことを愛してくれるやつなんて、他にいないんじゃないかと。そんな風にすら思う。 そして反対に、誰にもマネできないくらい、こいつのことを愛してやりたい、とも。 「・・・律」 「ん〜?」 「俺さ、もっと律のこと、知りたい」 「・・・ふふっ」 笑って、後ろから優しく、強く抱きしめられる。 「・・・私たち、まだ付き合って三ヶ月だよ?これから少しずつ、知ってけばいーじゃん。そりゃ私だって、お前のことをもっと知りたいと思うけどさ。フライングは反則だろ?」 「フライングは反則、か」 そぉだわな。いっぺんに知りすぎても、かえって味気ないのかもしれない。 それ以前に・・・俺は、律のことを既にたくさん知っている。 「ふふふっ・・・」 「なにニヤニヤしてんだよー、キモイぞー!」 ちょっと自慢げというか、誇らしい。 まーでもとりあえず、これからも変わらないんじゃないかという気持ちが一つだけある。 「・・・律」 「ん〜?」 「メチャクチャ好きだ」 「・・・へへ、私もだよ。メチャクチャ両想いだな!」 お互い、今はそれだけで十分なのかもしれない。 了 >出展 >【けいおん!】田井中律は寝袋可愛い47【ドラム】 このSSの感想をどうぞ #comment_num2(below,log=コメント/俺と律4)

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