「SS/長編/律「最後の演奏だ。おもいっきりやるぞ!」」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
今日もいつものようにお茶を飲みながらくだらない話をしている放課後の部室。
そろそろ練習を始めるかという律の一言から練習が始まり、いつもの時間に練習が終わる。
澪はベースの弦を緩めている。
「そろそろ弦、交換しないとな」
1
澪は帰りに近くの楽器店でベースの弦を買って帰った。明日弦、交換するか。
そんな事を思いながら家に帰る。
夕食を食べ終え、澪は自分の部屋で作詞をしていた。もうそろそろ新曲を作らないかという律の提案があったからだ。
作詞をする時は今まで紬が作曲をしてから澪が曲に合わせて詩を書くといったものだった。しかし澪自身それは作りにくく時間がかかってしまうため、
紬の承諾を得て、先に澪が作詞をし、その後に紬が作曲をするということに決まったのだ。
「はあ、もう甘甘系の歌詞はやめようかなあ…」
そう口にし、体を伸ばした時だった。机の上に置いてあった携帯電話が振動した。
「ん?律かな?」
いつものように軽い気持ちで携帯を開いた澪は宛先が知らないメールアドレスだった事に気付き首を傾げた。
「誰だろ?」
そこにあった内容は澪を驚愕させるものだった。
「秋山澪。お前の秘密の動画を持っている。この動画をばら撒かれたくなければ明日の18時に○○に来い。
録画したテープと引き換えにお前にはやってもらわなくちゃいけないことがある」
そう書いてあったメールの一番下には1つのURLが記載されていた。
澪はこの内容を見た瞬間全身に鳥肌が立ち布団を被った。
律の悪戯だと信じ、そのURLをクリックした。
そこにはなんと、そう、これはまぎれもない、桜ケ丘高校の女子トイレの映像だった。
澪は絶句した。言葉も出ない。ただ呆然とその動画を見続けていた。心臓が破裂しそうなくらい動いているのも澪自身わかっていた。
なぜか、そう、この先の展開が予測できたからだ。
動画が始まって2、3秒経ったあたりだ。足音が聞こえドアが開く、そこには澪が映っていた。
その瞬間、澪は携帯電話の電源ボタンを連打し、ページを閉じた。
震えていた。今までにないくらいに。
この今まで何事もなく平和に暮らしてきた。それをものの数十秒で澪をどん底に突き落とした。
涙すら出ない。この怖さ。助けてよ…誰か。
そう澪は口ずさんでいた。
次の日、澪は朝食も食べずただ、まるで生きた機械のように、制服に着替えそのまま学校へ足を運んだ。
もちろん昨夜は寝れなかった。かといってただひたすら考え事をしていたわけではない。
頭が働かず、ただ、布団にうずくまっていた。
朝7時になると立ち上がり、顔を洗い、制服に着替え、家を出た。
「澪〜!」
そう言って元気よく教室に入ってきたのは律だった。
「昼飯食べようぜ!」
律の言葉に目が覚めた澪は、もう昼休みなんだなと初めて実感した。
昼食を食べる気にはならなかったが、そうはいかないし、律と一緒に食べることにした。
律に相談しようか。そう思ったがやめた。
こんな事を律に相談しても困らせるだけだった。それに相談に乗ってもらったところでどうすることもできない。
澪はただひたすら喉を通らない、その無機物にしか感じられない弁当を口に運んでいた。
「澪〜…澪?」
律に呼ばれたことに気付き返事をする。
「な!なに?」
「どうした?元気ないぞ?なんかあった?」
そうだ。澪の異変に誰よりも先に一番に早く気付くのは彼女だった。隠しても絶対に隠しきれない。
そんなことは昔からわかってる。でも、この件に関してだけは澪も打ち明けることはできなかった。
「ううん!なんでもない!律こそぉ、今日はやけに優しいな」
「な〜にぃ〜、心配して言ってやってんだぞぉ」
ごめん、律。そう心の中で謝ることしかできなかった。
2
律は心底心配していた。澪のあんな姿を見るのは初めてだったからだ。
なにかに怯えているのが律にはわかった。私にも相談できないこと…?
律はただ考えるだけだった。
澪は学校に着いてから今までこの席を離れていない。
当然だ。トイレには怖くて行けないし、とても立ち上がれる気にはならなかった。終礼が終わり、みんなが教室を出て行き澪は1人になった。
ふと気付いたころにはもう、部活の時間になっていた。
部活の時間、澪は遅れて部室へ来た。
いつもは、クラスが違うから多少誰かが遅れてきても心配はしなかったのだが今日に限っては違う。
律は余計に心配した。
「澪ちゃんおいーす」
唯の問いかけにも澪は気付かなかった。
「澪ちゃん?」
紬が心配そうに聞く。
「澪ちゃんどうした〜?なんかあったの??」
唯が澪の顔を覗き込み初めて澪は気付く。
「え!?あ!うん。なんでもない…ごめん」
律はただ、澪の顔をひたすら黙って見ていた。
練習が始まるも、澪はただ、ピアノの自動演奏モードのように坦々とベースを弾いていた。メロディなんて入ってこない。リズムキープも出来てるかわからない。
みんなは気付いてるのだろうか、この澪の異変に。
17時15分。いつもだいたいこの時間に練習が終わり、片付けをして17時半くらいに下校する。
今日もいつものように片付けをしていた。
「ごめん、私用があるから先帰るごめん!」
そう言って部室を後にしたのは澪だった。
澪が部室を出た瞬間、律も続けてこう言った。
「ごーめん!実はあたしも用があるんだ…先帰るね。ほんとゴメン!むぎ、鍵だけよろしくな!」
「えー!ちょ、りっちゃ〜ん!」
唯が寂しそうに叫ぶがもう律は部室を後にしていた。階段でごめーん!と叫んでいるのが聞こえた。
「澪ちゃんなんかあったのかな〜?元気なかったし」
唯が心配そうに紬に問いかける。
「心配だわ…」
「なんか悩み事かなあ」
「澪ちゃんにはりっちゃんが付いてるから」
「そーだね!あ!このあとアイス食べにいこうよ!!」
「いいわね!そうしましょう」
「わ〜い。アッイスアイス〜」
そう、まさかこんなことになっているとは唯も紬も思ってもいないのだ。
同じく、律も…。
3
律は澪を追いかけていた。体力なら澪には負けない自信があった。
追いつける。追いついて問い詰めよう。今日の澪は絶対変だ。なにか重大な何かを隠してる。
それは悪いこと、私に相談できなようなすごく澪にとって悪いことなのだと、律は確信していた。
その時、数十メートル先にやっと澪の姿が確認できた。ベースを背負っている。間違いない。
しかし、律は驚いた。澪の家とは反対方向の道に入ったのだ。
どこかに寄るのか?そう思った律は声を掛けずに澪の後姿を追っていた。
澪は震えていた。このあと、何をされるかわかったもんじゃない。相手が誰だかわからないし、いい歳の男であることは大体予想できていた。
何か嫌な事をされるかもしれない。金を要求されるかもしれない。いろいろな不安が澪の頭をよぎった。
しかし、行かないわけにはいかなかった。相手が録画テープを持ってきている可能性がある以上、それを取り返さなければいけない。
それにその映像が世間にばらまかれるのが嫌だった。そしてなにより、軽音部のみんなを巻き込みたくない。
その一心で澪は勇気をだしてそこに向かった。
澪が入ったところは今はもう使われていない廃工場だった。
律はそれを見て悪い予感がした。当然だ。
普通の女子高生はこんなところに用があるわけもない。
優しい女子高生が廃工場にいる野良猫に毎日ミルクをあげに来ている。なんてドラマみたいなことがあるか?
澪ならありえるがそうじゃないことは律もわかっていた。でも、そうならいいと思っていた。
いや、誰かに呼び出されたのだ。律はそうであってほしくないと祈りながらも、心の奥底では悪い方向へと考えてしまっていた。
澪が廃工場に入ると、そこには一人の男が煙草を吸って待っていた。人の気配に気づいたのか、こちらを向いた。
「よう、秋山。早かったな。」
聞いた事のある声だと思った瞬間だった。澪の全身から血の気が引いた。
そこには見慣れた、そう、桜ケ丘高校の英語教師、三国(みくに)先生がいた。
「え…あ」
澪は声を漏らしていた。
言葉にならなかった。
「なんだ?どうした?秋山〜驚いたか?っはは、そりゃ驚くよなあ」
学校では聞いたことのない怖い声で三国は続けた。
「でも、少し考えたら分かると思ったんだけどなぁ…学校のトイレだろ?しかも女子高。
外部からの侵入はほぼ不可能だ。防犯装置を解除できる技術を持った奴を除いてはな!」
そう言って三国はあと2/3くらい残った煙草を地面に捨てそれを踏んで消し、ゆっくりと澪に近づきながら続ける。
「そこでこのテープなんだがね」と言いながらDVDディスクを澪に見せた。
「秋山の携帯にも送ったこの映像、ばらまかれたくなかったらさあ…」
澪には何となくその後の言葉が予測できた。
「俺の奴隷になってよ」
唾を飲んだ。鳥肌が立った。心臓が破裂しそうだった。
怖い。怖い。怒りよりも澪は脅えていた。
4
律は息をのんだ。
見知らぬ中年の男となにやら話をしている。
何をしているんだ?遠くからで何を話してるのか聞こえない。
そもそもあいつは誰だ?澪のお父さんでもない、親戚の伯父さん?いや親戚の人がわざわざこんな廃工場に澪を呼び出すわけがない。
律は物陰に隠れて耳をすまして会話を聞き取ろうと努力した。
その時だった。
「いやあああぁぁーーー!」
!?澪の叫び声が聞こえた。
「やめて!いや!」
律はもう物陰に隠れていなかった。あっちがこちらを見れば確実にばれる位置に飛び出していた。
男は澪を押し倒していた。まずいと思ったその時、律の耳に予想外な言葉が入ってきた。
「助けて……り…つ」
律は既に駆けだしていた。なにもあてはない。武器も何もない。自分も襲われるかもしれない。
大の大人の男に勝てるわけがない。
でも律はそんなことは一切考えてなかった。ただ「助けて律」というその声の聞こえた方に、全力で走って行った。
「ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!!」
律はおもいっきり男に体当たりをした。
男は尻餅をついて転がった。
「澪!!」
「り…つ!?」
澪は目に涙を浮かべていた。その瞬間律は激しい怒りを覚えた。
「澪!逃げろ!!」
その言葉とともに感情のままに律は男に殴りかかっていた。
「律!!」
しかし男は両腕で顔を隠してガードし、次に律の腹部に拳を入れた。
「うっ!」
そのままの体勢で律はうずくまった。
「律ー!!」
ふと律は男の顔を見て一瞬なにがなんだかわからなくなっていた。
あれ?見慣れた顔?三国…?先生?
「このっ!ガキィ!!っはっはっは!田井中あ〜!!」
「なっ!?」
律は言葉が出なかった。痛くて出ないのもあるがそうじゃない。目の前にいる、さっきまで澪を襲っていた、
そして自分の腹に強烈な一発を放った男が…先生―。
「このっ!糞オヤジが!」
「よくここがわかったな〜。秋山の後をつけてたのか!?」
三国は律の上に馬乗り状態になり、首を押さえていた。
「やめて!!やめで〜っ」
澪は号泣していた。顔がくしゃくしゃになっていた。
「みおぇ…にげ…ろ」
苦しいが、苦しくて怖くて痛くてどうしようもないが澪には逃げてもらいたかった。律は必死に声に出して言ったが澪には届いてるかわからない。
「りづ〜ぅっあっ、りづ〜ぁっ、やめで〜」
泣きじゃくる澪をよそに三国は言った。
「くっ!田井中!まずはお前からだっ!お前のビデオも撮ってやる!学校来させなくするぞっ!あん?」
三国の今まで見たことのないその表情とその声に圧倒されて律はただ、脅えることしかできなかった。
怖い…だれか…助けて…。心の中でそう叫んだ。
5
澪は律の苦しそうな表情を見て我に帰った。
怖い…怖いけど、律を助けなきゃ。そういう思いで澪は鞄の中を漁った。
携帯!そう、携帯電話で助けを呼ぼうとした。しかし見つからない。
こんな時に限って。澪はただ焦るだけだった。
おらあ!という声が聞こえた時、律はYシャツを引き裂かれていた。
それを見た時、澪の何かが変わった。
鞄の一番上にあった買って封も切ってないベースの弦を取り出した。そう、今日取り換えるはずだった弦だ。
今日はもうそれどころじゃなくて、取り換える暇がなかったのだ。
澪はもうなにも考えてなかった。
ただ必死にベースの弦の封を切った。
封を切ると澪はその中の弦を取り出し、がむしゃらに三国のもとへ向かった。
もう、ただ、律を助けるその一心で―。
澪は三国の首に弦を掛けていた。
「んぐぁっ!」
澪はおもいっきり、そう、おもいっきり弦を引っ張っていた。
「!?」
澪の予想外の行動に律はその場を動けずにただ見ていた。
「澪!!澪!!澪!!」
我に帰った律はただひたすら澪の名前を呼んだ。
しかし澪には届くはずもない。
「痛い…!」澪の手に弦が食い込んでいた。
「あああああああああああ!!」
澪は最後の力を振り絞って弦を引っ張った。
しかし、その時右手の力が抜け、弦が若干緩まった。
その時だった。律が、澪の右手に絡まっていた弦を持ち、引っ張った。二人でひたすら引っ張った。
その時も澪はずっと泣いていた。
「―お!」
「―澪!!澪!!」
律の声でふと我に帰る。澪はまだ、左手で弦を持っていた。澪のすぐ左には三国がいた。
いや、いたと言うより、転がっていた。
「あ…」
澪は出来事に気付いた。目からはまだ涙がこぼれている。
「澪…ありがとな!」
そう言って律は笑った。悲しい笑顔に、澪は見えた。
6
律は鞄から携帯電話を取り出した。
「警察に電話しよう…正当防衛になる。大丈夫だ澪」
「まって!律!」
律は素直に何だろう?と思った。
「だめだよ…律…」
意外な言葉が返ってきた。どうする気だ?このまま放置して逃げるのか?そんな事をしたっていずれは捕まる。
澪もわかってるはずだ。
しかし律も気になっていることがあった。
何故この三国と澪がこんな廃工場で密会していたのか。まずはそれを聞かなくては―。
「なあ、澪?なんでこいつと会ってたんだよ?まずそれを教えてくれないか?」
律の優しい声を聞くと澪は、昨日から今日の事まですべてを話した。
澪は泣いていた。
「―そうか…。でも、なんで…?なんで話してくれなかったんだよ!話してくれたらもっといい解決策があったかもしれないのに…」
「ごめん…ごめん」
そう言って澪は泣くだけだった。
そして泣きながら続けた。
「律を巻き込みたくないし、それに、やだよ。この映像も全部、見られちゃう…そしたら私、生きていけない!死ぬ!」
「澪…」
確かに、警察に話したらこの映像もすべて押収されて、検証のために警察側に見られるのは間違いないだろう。
澪にとってそれは、ただ逮捕されるのより何倍も嫌に決まってる。それは律が一番よくわかっていた。
律はかける言葉がなかった。
ピリリリリリリリリリリ
沈黙が続く二人の間に携帯電話の着信音が鳴った。
二人はビクッとした。
どうやら着信は律の携帯のではないようだ。
うっすらと光るスクールバッグの脇の小さなポケット。どうやら澪の携帯はここにあったようだ。
どうりでいくら探しても見つからなかったわけだ。
着信は「平沢 唯」となっていた。
これ以上、唯や紬を巻き込みたくない。
「もしもし?」
澪は唯に自分が今、こういう状況であることを悟られないように、無理をしながらも極力、普通の声を作り、電話に出た。
「あ〜もしもし澪ちゃん?」
ほんわかした唯らしい声で帰ってきた。澪は少し癒された。
「うん。どうしたの?」
「いやあ〜澪ちゃん今日元気なかったからさあ、心配になって」
「本当にたいしたことじゃなかったんだ。ちょっと考え事してて、今はもう大丈夫。心配かけてごめん」
「澪ちゃん今お家?」
澪はぎくりとした。そして律の顔を見た。電話の声が漏れて律にも聞こえていたらしく、律は首を振った。
澪は律の言う通りにするしかなかった。
「ううん、今―」
澪はすぐに答えられなかった。
「そう、ベースの弦を買いに来ててさ、まだ学校の近くなんだ。」
これが精一杯だった、他に思いつかなかった。
唯に怪しまれなかっただろうか?いや、わからない。
「そうなんだ〜!じゃあさ、むぎちゃんも一緒なんだけど一緒にアイス食べに行こうよアイス〜!ご馳走するからあ〜」
澪はまた律のほうを見た。律は頷いて、小声でこう言った。―行け、と。
「う、うん!久しぶりにいこうか!」
元気が出たような声のつもりで澪は言った。しかし、言った後に澪は心の中でふと、果たして私が行ってしまったら律はどうするんだろうと考えた。
でも今は、それより唯に普通の態度で接するのが精一杯だった。
「やった!ほんとに!?じゃあ31でいーい?」
「うん。オーケー」
終わった。電話を切り、液晶に表示された時計を見てまだあれから20分も経ってない事に気付いた。
澪にはこの1分足らずの電話がまるで1時間以上に感じられた。かなり神経を使った。
澪にしてはかなりうまくできたな、と律は思った。
電話を切った瞬間に澪は言った。
「律!!」
「だーいじょぶだって!あたしに任せて、澪は行ってきなって」
律は笑いながら言った。
「そのかわり、普通にしろよ?気付かれるなよ?いいか?」
「でも…律は?」
「あたしは、やることあるからさ。ほーら、早く行けって」
「やだ!やることってなんだよ!?それ言ってくれないと、私行けないよ」
澪は少し大きな声で言った。律はまいったなあ、という表情でこう言った。
「ほら、どっちみちこのDVDとか、こいつの携帯とか、処理しないとだろ?あたしちゃちゃっとそれやっとくからさ、
澪は唯んとこ行ってこい。そんで、また二人でちゃんと、どうするか考えよう?だから、行ってこいっ」
そう言って律は澪に鞄を持たせた。
「そんなこと律にさせられないよ!私がやる!」
涙目で澪は言った。
「だーから澪はもう約束しちゃったんだから行けって。こんなのすぐ終わるんだから。」
澪は、自分の着ていたベストを脱いで律に渡すと後髪を引かれる思いで泣きながら廃工場を後にした。
7
律は澪を見送ると、そのままそこに座り込んでいた。しばらく何もできなかった。
ふと、何かを思い出したかのように立ち上がると、じっと三国の死体を見た。
目は充血し、鼻と口からは変な液体が出ていた。先ほどの鬼のような形相のまま、転がっている。律は気分が悪くなり見るのをやめた。
自分たちはものすごく大変な事をしてしまったんだなあ、と一人になってようやく実感した。
律はまず、三国の鞄と思われるものに目をやった。そこには1つのDVDディスクがあった。
「これ…か」
律はそれを手に取ると真っ二つに割った。正確に言うと曲げた。割れなかったのだ。
とりあえずそれは置いておき、次に鞄の中を漁った。別にこれと言ってこの事件に関係するようなものは入ってなかった。
次に、三国のズボンのポケットと背広のポケットを漁った。人間を触っている感じがしなかった。
怖くて、涙がこみ上げてきたがぐっと我慢した。
ポケットからは携帯電話、マイルドセブン、ライター、キーケース、財布が見つかった。
とりあえず律は携帯電話を手に取り、操作した。澪に聞いた限りでは、こいつは澪にメールを送っている。
もしかしたらパソコンで送っている可能性も考えたが、それらしきメールが送信BOXにあり、安心した。
律はその携帯電話を自分の鞄にしまうと、次にライターを取り、さっき折り曲げたDVDディスクに火をつけた。
なかなか燃えなかったが地道に燃やし、なんとかそれがなにかわからないくらいに燃やすことができた。
死体のそばにあったベースの弦を拾い上げ、それと封を切ったベースの残りの輪になった3つの弦と袋を鞄に押し込むと、
この作業が澪にできるわけないなと、律は苦笑した。澪なら誰かが来るまでただ泣き続けているだろうなと思った。
8
7月。日も長くなってきていて、もう18時過ぎだというのに外は明るかった。澪は必死に涙をこらえながら31に向かった。
「澪ちゃ〜ん、遅いよお〜」
笑顔で唯は言った。
「・・・」
澪は唯の問いかけには気付かないようだった。
「澪ちゃん?」
紬がもう一度訊いた。
続けて唯が心配そうに訊いた。
「澪ちゃん、やっぱりおかしいよ…。なんかあった?」
「え!?あ!ごめん…唯…むぎ」
「澪ちゃん!」
今までに聞いたことのない、いつものほんわかとした声とは別、怒ったような声で唯は澪に問いかけた。
澪はびっくりして何も言えなかった。ただ唯の顔を見ていた。真剣な表情だった。
「唯…」
「澪ちゃん、なんか今日本当に変だよ?さっき大丈夫って言ってたけど…」
「ほほほ本当に大丈夫だからっ!心配掛けてごめんね」
「嘘だよ澪ちゃん…」
ドキッとした。なにかまずい点があったか?いや、十分あやしいか。澪は思った。
澪はこれ以上友達を巻き込みたくなかった。唯の事を思うと言うに言えない。
でも、なにか言わなくちゃ、そう思った瞬間だった。唯が口を開いた。
「澪ちゃん、私、澪ちゃんが悩んでる時は力になってあげたい。私で力になれるかどうかわかんないけど」
唯は苦笑しながら続けた。
「りっちゃんやむぎちゃんに比べたら私ドジだし、馬鹿だけど…
澪ちゃんが悩んでるなら力になってあげたいって気持ちはりっちゃんやむぎちゃんに負けてないよ。うん。
だから、なんでも話して?私は澪ちゃんの友達だから。澪ちゃんのこと嫌いになったりしないから!絶対」
いつもの天然ボケをかますときのような顔でそう言った後、ニコっと笑った。
「私も、澪ちゃんの力になりたい!」
紬もニコっと笑い、頷いた。
そして澪は全てを唯と紬に話した。
9
唯と紬は澪から全てを聞いて、予想外の展開に混乱していた。
そりゃそうだ。昨日まで普通に仲良くやってきた一番身近な友達が人を…いや、先生を殺した―?
信じられない。二人の心臓はものすごいバクバクしていた。
紬はもう一度確認した。
「澪ちゃん、本当なの?」
澪は泣きながら頷いた。嘘を言ってるようには見えない。
「りっちゃんは?」
慌てた様子で紬が聞くと澪は苦しながらもこう言った。
「律が、うっ、私、律を置いてきちゃった…うっ」
「ごめん、ぅぅ唯…むぎ…」
「いきましょう!その場所。まだりっちゃんがいるかもしれないわ」
「!?」
紬の言葉に澪はびっくりした。
「で、でも…」
澪の言葉を遮るように紬は続けた。
「4人で、みんなで相談してどうするか決めましょう?このまま放っておくわけにはいかないわ」
「やだ!!みんなを巻き込みたくない!!!」
澪が大きな声で言った。紬は慌てて周りを見たが、幸い人には気付かれなかった。
次に大きな声を出したのは唯だった。
「澪ちゃん!言ったじゃん。力になってあげるって。友達だって。」
頷きながら紬も言った。
「うん、協力するわ。大丈夫、だから連れて行って?みんなでどうするか冷静に考えましょう」
10
律は三国の死体を足で転がして物陰に隠した。
自分のやるべきことはもう終わった。律はその場に胡坐をかいて座り一呼吸ついた。
これからどうするか考えていた。
人を殺してしまった。そう考えると怖くなって寒気がした。
心臓が今までにないくらいに高速運動していて、鼓動が聞こえてくるぐらいだった。
澪の例のテープは処分した。澪の携帯に送られた動画も処理するように言おう。
あとは…もうないか。明日澪と話して自主しよう。元のテープは処理したから澪も納得してくれるだろう。
律はもう警察に自主するしかないなと考えていた。というより自首する覚悟は出来ていた。
なぜ今日しないのかというと、やはりみんなに最後に会ってちゃんと謝って、別れを言いたかったからだ。
家族とみんなの事を考えると、涙がこみ上げてきた。
ごめん・・・みんな・・・。
その時だった。
律の耳に足音が聞こえてきた。
吃驚して物陰に隠れた。
まさか…警察か?早すぎる。これが警察の本気なのか!?律は冷や汗が出た。
それとも澪が警察に自首した?いや、考えにくい…じゃあ、なんだ?誰かにこの一連の行動を見られていた?
もう駄目か…と思った瞬間だった。
「り…つ…?」
「!?」
澪?なんで?律は心臓が縮こまった。
なんで澪が?戻ってきた?唯はどうした?
「澪…?」
律は返事をした。
しかし律はまた驚いた。そこには唯と紬も居たからだ。
「唯!?…むぎ…なんで?」
「りっちゃん!」
そう叫んで唯は律に抱きついた。
「ゆ、唯?」
「大丈夫だった?りっちゃん…澪ちゃんから聞いた…。どうしようああふぇ」
「澪…話したのか?」
「・・・」
律の問いかけに澪は黙って頷いた。
「そっか…。唯、むぎ、このことは誰にも言わないでほしい…その、なんだ。動機とか。ホラ、澪…が、さ。」
「私と澪は明日警察行って自首する…。安心しろ澪っ例の物はこの通りだ」
そう言って律は足もとの何かわからない黒こげの物体を指さして言った。
澪はその物体が何かわかったのか何も言わなかった。
唯と紬は何も言えなかった。自首以外を勧められないからだ。
「ごめんな。みんなには明日ちゃんと言うつもりだった…」
「今日…今日は警察に行かないの?」
紬は訊いた。
「ん、うん・・・なんていうか、最後にさ、部室でみんなと合わせたいなって。…思って。
親とかには明日学校が終わったら話して、一緒に行ってもらおうと思う」
「ホラ、もしかしたらもうみんなと会えないかもしれないだろ?だから、さ、最後に、みん…な…と…ぅっ」
律は我慢しきれなくなって泣いてしまった。
その泣き顔をみんなに見せないように下を向いた。
鼻をすすって涙を拭いて、顔を上げてこう言った。
「みんなと最後に演奏したいッ!最後に…おもいっきりドラム叩きたい!」
鼻と眼は赤く涙がこぼれていたが満面の笑みだった。
澪は泣いた。唯も泣いた。紬も泣いた。
『最後の演奏』そう思うと涙が止まらなかった。
11
次の日―。
放課後の部室。
今日はいつもに比べて涼しい。
律が部室に入ると、そこには唯と紬と澪、全員がいた。
「おっす。」
いつものように律が入る。
椅子に座ると、紬が立ち上がりお茶の準備を始めた。
これが最後のティータイムか…と思うと何故か律は苦笑した。
今日はなんの紅茶かな…
そう思っていると部室のドアが開いた。
みん一斉にそちらを見た。
「みんな…?いる?」
さわ子先生が入ってきた。
いつもより若干早めの登場だ。
さわ子先生にもちゃんと言わないとな…と律は思った。
が、ここで何か違和感を感じた。
さわ子先生の物腰が妙に低い。なんかあったのか?律は訊いた。
「ど、どうしたの?さわちゃん?」
すると、さわ子は部室に入ってきてこう言った。
「警察の方が、あなた達に話があるって…」
「!?」
そう言った次の瞬間、さわ子の後ろから男が二人出てきた。
「どうも。」
二人の刑事らしき人物は頭を下げ部室に入ってきた。
その刑事は織田桐(おだぎり)と名乗った。その後ろにいる小さな部下らしき刑事は白鳥(しらとり)と名乗った。
「ちょっとお話聞かせてもらってよろしいですかね?」
刑事はそう言うと
澪は声をあわててはい、言った。
刑事を紬の席に座らせると紬はまたお茶の支度を始めた。
紬はさわ子先生にも目をやったがさわ子先生はいらないと手を振った。
刑事の織田桐はおかまいなく、と言ったが紬は続けた。
「えーと、何から話しましょうか。」
織田桐はかしこまって言うと、すぐに話を始めた。
「えー、こちらの学校の英語の先生ですか。三国先生。先日亡くなられました。」
いきなりだったが4人は無反応だった。
さわ子はもう既に聞かされてるのか反応は同じく無かった。
織田桐は続けた。
「誰かに殺されたみたいなんですよ。首を絞められて。そこで、他の生徒さんや先生にも伺ってるんですが、彼、三国先生。
誰かに恨まれたりしてるとか、そんな話を噂でもいいんで聞いたことはありませんか?」
唯は下を向いていたが、横目で律の顔をちらっと見た。
律は震えた声で言った。
「私がやりました。」
さわ子は、え?という表情で律の方を見た。
12
「ちょ、りっちゃん?」
さわ子は恐る恐る訊いた。
「ごめん、さわちゃん…あたしがやった。ごめんなさい。さわちゃんにはちゃんと言うつもりだった。」
「え…嘘…」
織田桐も唖然としていた。まったく予想外だったからだ。
まさかこんなどこにでもいるような女子高生が先生殺し…
無口な織田桐の部下らしき白鳥という刑事は相変わらず無表情で聞いていた。
「律!」
澪が叫んだ。
「違う。やったのは私です。律はなにもしてません!私が全部やりました。」
涙目で澪は言った。
「違うだろ?なに言ってんだ澪ー。あたしが澪の―」
「ちょちょちょ!ちょっと待って下さい。落ち着いてください。みなさんの話は聞きます。」
織田桐がここで遮った。
「えーと、話を整理しましょう。まず、やったと言っているのは、あなたとあなた。お名前は…?」
織田桐は澪と律を指さして聞いた。
「田井中です」
「秋山…です」
「はい。田井中さんと秋山さん。そしてこちらのお二人。」
「琴吹です…」
「平沢でしゅ」
唯は半分泣いていて語尾が変になった。
「はい、ありがとうございます。琴吹さんと平沢さんはこの事をご存じで?」
そう織田桐が聞くと紬は答えた。
「はい。昨日知りました。」
織田桐は唯にも聞こうと唯の方を見たが泣いていたので知っているんだなと察した。
ここで律が口を開いた。
「今日、警察に自首するつもりでした。」
すばやく織田桐はこう訊いた。
「なぜ、昨日ではなく今日を?」
まるで待ってましたと言わんばかりに織田桐に聞き返された律は何も言えなかった。
「それは…心の準備が…」
こう答えるしかなかった。
織田桐はふう、と軽くため息をつくと、
「まあいいでしょう。本題に入りたいんですが、なぜ?」
なぜ?というのはなぜ殺したのか。ということだろう。
「それは…」
律はなにも言えなかった。
いざ、刑事の前で動機を言ってみろと言われても言えないものだった。
澪が脅迫されたなんて、それに、もうテープは処分してしまったから動機の証拠にならない。
もう意味がわからない。何を言っていいのかわからない。
さっきからずっと黙って下を向いていた澪が口を開いた。
「私が三国先生に脅されました。律がそれを助けてくれようとしたんですが、律が危険な目にあったので私が殺しました。」
一気にここまで言うと、澪は泣き崩れて机に顔を伏せた。
律は澪を見て泣きそうになっていた。
澪が勇気を出して言ってくれた。自分のために…
「澪…みお…ありがとうな…うっ…ごめんな…みお…ぅぅ」
律は泣いてしまった。
「みんなも…ごめん。先生も…ごめん…うぅ」
律は泣きながらみんなに謝った。
「うぅぅ…りっちゃん」
泣きながら唯は律に抱きついた。
「りっちゃん…」
さわ子と紬は目に涙を浮かべていた。
13
5分も経っただろうか…
みんなが落ち着くまで。
織田桐はみんなの気持ちが落ち着くまで黙って待っていた。
さすがにこの状況で、連行するのは酷だ。
鼻をすする音がだんだん少なくなっていき、しまいには静かになった。
ここで待っていたかのように部下の白鳥はこう言った。
「ではみなさん、警察署の方へ同行願えますか?琴吹さんも平沢さんもお願いします」
律が立ち上がろうとした瞬間だった。織田桐がこう言った。
「待ちなさい白鳥君。」
「?」
白鳥は固まった。律も中腰のまま固まった。
「私から最後にお願いがあります。」
律はなんだろうと思った。
動機の詳細を聞かれるのかと思った。が、違った。
「みなさん軽音学部ですよね?私たちにあなたたちの演奏、聞かせてもらえないでしょうか…?」
え?という表情でみんなが織田桐がの方を見た。
「いや、私も学生時代、音楽をやっていたんですよ。みなさんの演奏是非聞いてみたいです。お願いします…駄目でしょうか?」
みんな顔を見合わせた。
今日、みんなとの最後の演奏をする予定だったが、刑事たちが来てからは、もうできないものだと思っていた。
しかし思わぬ人物からの願いで…できる!最後に…みんなで演奏できる!
「やろうぜ!みんな!」
律は言った。
「やりましょう!澪ちゃん!唯ちゃん!」
紬も賛成した。
「澪ちゃん!やろう!」
唯も言った。
「みんな…」
「最後かもしれないけど…おもいっきり演奏するぞ!澪!」
「…うん!」
ようやく澪の笑顔が見れた。
14
「最後の演奏だ。みんなおもいっきりやるぞ!」
律はそう言うとみんなの顔を見た。
みんな笑顔で頷いた。目はみんな真っ赤だった。
「1,2,3!」
---- ---- ----- --- - - - - - - --〜♪
(略)
ジャーン♪
…終わった。
パチパチパチ
織田桐と白鳥とさわ子の拍手が部室に響き渡った。
「素晴らしい演奏でした。ありがとうございました。」
織田桐は笑顔で言った。
「行きましょうか…」
律は荷物を持つと、さわ子に最後に声をかけた。
「さわ子先生、軽音部の顧問になってくれてありがとうございました。」
律は頭を深々と下げた。
さわ子は泣いて律の頭を撫でた。
「りっちゃん…」
続けて澪も頭を下げた。
「ありがとうございました。」
さわ子は二人の頭を撫でながらこう言った。
「澪ちゃん、りっちゃん、あなたたち親友を思う気持ちは誰にも負けてないのね…
私も少しの間だったけど軽音部の顧問になれて楽しい時間を過ごせたわ。ありがとう。また、あなたたちの演奏聞かせてね」
律も澪も泣いていた。
二人は最後に握手を交わして部室を最後にした。
15
「まさかあのビデオに映っていた被害者の一人が犯人だったとは…
それに三国が秋山を脅していたという件ついては詳しく聞かないんですか?」
「ああ、三国の家から見つかった女子トイレの盗撮ビデオのことか」
「ええ、あのテープに秋山が映っていたということ。それをネタに脅迫されているんじゃないかってことを」
「聞く必要がないだろう」
「え?」
「田井中はさっき聞いた時に答えなかったが。何故だと思う?」
「秋山をかばって…ですか?」
「そうだ。現場からCDのようなディスクを燃やした跡が見つかっただろう?
あれはたぶん、田井中が燃やしたものだ。被害者…被害者って言うのもおかしいか…。
三国の所持品からはタバコがあるのにライターやマッチが見つからなかった。
指紋が付いてしまったからライターを持ち帰ったんだ。」
「なるほど。」
「秋山からしてみれば、この映像を誰にも見られたくなかった。警察にさえ。当然だが。
そこで田井中はこれさえ処分してしまえば警察関係者に見られる心配はない。そう思ったんだ。
編集でパソコンを使ってその映像がパソコンの中にも保存されていた。
なんて事は考えもしなかったようだな。」
「でも、なぜそれをやったのが田井中だと?」
「自分が殺したって、あの子は最初秋山をかばっただろう。そんな子なんだ、あの田井中って子は」
「でも、いずれは言うんでしょう?」
「いいや、あの子達のためを思うとな…言うに言えないや。上には適当に誤魔化そう」
「…」
「でも織田桐さん、学生時代音楽なんてやってたんですね。初耳でした」
「やってないよ」
「え?じゃあなんであんな嘘を?」
「決まってるだろ。」
「あの子たちに最後の演奏させてあげたかったんだ・・・」
END
>出展
>律「最後の演奏だ。思いっきりやるぞ!」
>ニュー速vipスレより
このSSの感想をどうぞ
#comment_num2(below,log=コメント/律「最後の演奏だ。思いっきりやるぞ!」)