SS > 短編-アニメ補完SS > 第11話 > 全体


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 別に自分の一番が澪で、澪の一番が自分であって欲しいとか、そんなことを思っているわけではないのだ。
 ただ、澪の隣にいたいと思った時に、そこにいられたら――つまりはいつもと
 何も変わらないでいられたら、それで良かったんだ、多分。

 ベッドに転がりながら、田井中律は思う。
 はて、この胸のもやもやは一体どうしたものか、と。
 事の始まりは、些細なことだった。唯のギターの調整のためにみんなで楽器店に行って。
 そこでたまたまレフティフェアが行われていて。澪がきらきらと目を輝かせていて。

 澪が左利き用の楽器の少なさを嘆いていたのは、律もよく知っている。
 初めてベースを購入したときだって、選択肢の少ない中で、しかし妥協はしたくないと、
 それはもう長い期間悩み抜いていた。

 それが彼女の楽器に対する思いの大きさであると律は理解していたし、だからせめて唯のギターの調整が
 終わるまでは、声もかけず放置――こういう場合はひとりにしてやった方が澪は喜ぶのだ――しておこうと、
 そう思ったのだ。

「みーおー。ほら、帰るぞ」

 けれど時間はどうしたって有限だ。自分の背後では新品さながらに
 生き返ったギター……もといギー太を抱いた唯たちが澪を待っている。
 だからどんなに澪が真剣だからといっても、このまま放っておくわけにはいかないのだ。
 しかし、澪の返事はというと、

「ヤダ」
「……小学生か」

 思わずやれやれとため息がこぼれた。人には大人びていると言われがちな澪だが、
 時折こんな風に子供染みた態度を見せることがある。
 澪とは長い付き合いだ。
 こういうことだって、まあ律にとってはよくある風景のひとつで、そのあしらいかたも彼女は十分に知っていた。

「ていうか、みんな待ってんだって」
「ヤダ」

 ここまでは予想通り。この状態の澪には、正論なんて通用しない。
 そうなれば、次に取る態度はひとつだけ。

「ほーら、澪ちゃん」

 がし。
 まるで道端の猫をひょいと持ち上げるように、澪の首根っこをつかむ。
 もちろん猫のように簡単に持ち上がるものではないので、ぐい、と二の腕に力をこめて。
 澪には悪いけれど、「また一緒に見にこよう、そのときは一日中でも付き合ってやるから」と後で誘ってみればいい。

「おい、ちょ、律……!」
「はいはーい、帰りまちょーね」

 子供をあやすような口調。
 こうすれば澪やヤダヤダと駄々をこねて、けれど結局はちゃんと足を動かしてくれる――はずだったのだ。

「ちょ、あぶな――うわっ!?」

 どしん、と尻餅をつく音。同時に腕にかかっていた負担がふっと消える。
 律はとっさに澪のベースケースを見た。幸いぶったのはお尻だけで、ベースを床に打ち付けた形跡はない。
 おそらく中身も無事だろう。それを確認して、ほっと息をつくと、

「あ……っと、なーにやってんだよ、澪――」
「もういいよ! ……ばか律」

 あれ、と思う。
 いつもなら、ここで「お前のせいだろ!」とゲンコツのひとつでもくれるはずだ。
 澪のゲンコツは、意外と重くて、なかなかに痛い。それが、頭に降ってくると思ったのだ。
 痛いのは嫌いだけど、でも、あるべき時にそれがないのは――酷く違和感があった。


   ◆


 また来よう。ふたりで一緒に。
 そのときは、一日中だって付き合ってやるから。
 その言葉は、結局律の口から澪へと伝えられることはなかった。
 律は自室のベッドに転がりながら、束ねた前髪を指先で弄ぶ。

「……なんだよ」

 呟いて、それがどういう意味なのか自分でも分からなくて苦笑した。
 そして天井を見上げながら今日のことを思い返す。喫茶店での澪の態度、自分の態度。

 私は一体何が気に入らない?
 澪が和とお茶に行きたいと言ったから?
 ふたりが楽しそうに話していたから?
 あの人見知りの澪が。
 自分からはなかなか友達を作れなかった澪が。
 澪が自分以外の人と仲良くするのが嫌だ?

「違う」

 反射的に否定の言葉が口をつく。違う、そうじゃない。
 別に私は、澪が私だけと親しくするのを望んでいるわけじゃない。
 澪が自分の世界を広げてくれるのは、私にとっても嬉しいことなんだ。

(……それじゃあ)

 なんで、こんな。
 ……こんなって、どんな?
 カフェから帰って、こうして物思いにふけること二時間。
 結局、この気持ちの正体を、その欠片すらも掴むことが出来なかった。

 分かっているのは、ただひとつ。
 澪の隣にいたいと思ったとき。もしもそれを澪に拒否されたら。
 それは、なんだかとても怖いことだということ。

「……寝よ」

 呟く。このまま考えていたって何も変わらない。
 明日になれば、またいつも通りに振舞えばいい、それだけの話だ。
 まだ眠りにつくには少し、いや、かなり早い時間だったけれど、目を閉じた途端に意識はすっと遠のいていった。


   ◆


 朝になって目が覚めたところで、心の中は何も変わっていなかった。
 学校に行って、唯と紬におはようと挨拶をして、授業を受けて。
 その間考えていることといったらやっぱり澪のことで、けれど澪のことを考えれば考えるほどに気持ちは沈んで。
 いっそ澪のことなんて考えたくない、と自分に言い聞かせれば、今度は胸が痛いときたもんだ。

 どうしろってんだよ。
 三時間目の授業後の休み時間。頬杖をついて律は悪態をつく。
 こんなの私らしくないな、なんてそんなことを思っていると、

「なんか、りっちゃんらしくないね」
「うあ?」

 顔をあげると、そこには顎に手を当てて首を捻る唯と、相変わらずにこにこと笑っている紬がいた。

「らしくないって何が」
「だって、この時間いつもならご飯食べてるのに」
「私が毎日早弁してるみたいな言い方すんなっつーの」

 成長期の体は朝ご飯の消化も早いわけで、そりゃたまにはパンをもしゃもしゃとむさぼっていることもある。
 けれどそれも週に四日くらいの割合で……と、そこまで考えて、ああ、これじゃ毎日みたいなもんか、と苦笑する。

「何か今日は、あんまり腹減ってないんだよなー」
「り、りっちゃん、もしかして何か病気!?」
「どういう意味だ!」

 べし、と唯にチョップをかまして、脱力したように再び椅子に座る。
 なんだか……体が重い。まるで今の気持ちがそっくりそのまま反映されているようだ。

「でも今って体調壊しやすい時期だって和ちゃんも言ってたし、ほんと気をつけた方がいいよー」
「…………」

 その名前を聞いた途端、す、と唯の声が遠くなる。
 あ、やばい。
 また、これだ。
 心臓の奥がざわざわと揺れる感じ。じりじりと、妙な焦燥感が湧き上がってくる。
 気が付いたときには、律は口を開いていた。

「なあ、唯」
「う? なあに、りっちゃん」
「それとムギ」
「なに?」
「今日から昼休みも練習するぞ!」


   ◆


 昼休みに無理やり音楽室へと連れて来られた澪は、酷く機嫌が悪かった。
 ぴり、と澪から苛立ちを感じる。
 こういう時の澪は、しばらく放っておくのがいい。そんなことは分かっている。
 自分達はいつでもどこでもベタベタと手を繋いでいるような関係じゃない。
 機嫌が悪いときだってあるだろう。

(……でも)

 今、それが出来ない理由。
 このまま自分が一歩引いてしまったら、澪も同じように足を引いてしまうんじゃないのか。
 そんな不安が心の奥の奥にあるから。埋まらない距離が出来てしまうのが、怖いのだ。

「いや~今年の学園祭は、澪どんな風に盛り上げてくれんのかなぁ」

 だからいつも通り。

「去年はパンチラだったし、今年はヘソ出しとかかな~?」

 澪が、私にゲンコツして、怒ってくれればいい。
 いい加減にしろ、って。

「あ、それとも――」
「……っ! 練習するんだろッ!」

 ぴり、とまたひとつ。澪の苛立ち。それと多分、私の苛立ち。
 ふたつのそれがぶつかって、徐々に歯車がかみ合わなくなっていくのが自分でもはっきりと分かった。
 いや、きっともうそれは昨日から狂い始めていて、だから今こうして、空気が張り詰めているんだ。

 律は背中に唯たちの視線を感じる。多分、戸惑っている。
 明らかにいつもと違う声の荒らげ方をした澪を見て、明らかに空回りしている自分を見て、戸惑っている。
 だめだ。部内の空気を悪くするのだけは、だめだ。
 律は、に、と笑顔を浮かべた。

「……すーるよぉ」
「……? だったら……」
「ていっ! たこやきー!」

 ぷに、と澪の頬に両手を当てる。ほら、澪。早く。
 いつもみたいに、いい加減にしろ、って怒って。そしたら、すぐにいつも通りになれるから――
 もはや自分でもわけの分からないテンションで、律は次々に澪にちょっかいをかけていく。
 ぴり、ぴり、ぴり。もうそれがどっちのものなのかも分からない。
 はっきりしているのは、少しずつ、少しずつ、何かが積もっていって、
 今にも零れ落ちそうになっているということだけ。

「オススメの、すっごい怖いホラー映画持って来たんだけど、」
「う、も、もう教室戻るぞ!」
「…………」

 ぴり、と。
 限界を越えてしまうのは、あっという間のことだった。

「ふーん……戻れば?」

 あ、しまった、と律は思う。しかし感情よりも先に口が動いた。

「悪かったよ。せっかくの和との楽しいランチタイムを邪魔してさ」

 そこまで言って、律ははっとして口を閉じる。けれど表情は変えない。
 この戸惑いを澪に悟られてしまいたくないと、そう思ったのだ。
 なんて、嫌な言い方。自分が嫌になるような、そんな皮肉めいた言い方。
 こんなの、自分が一番嫌いなことじゃないか。

「はぁ?」

 澪の反応は、至極当然のことだった。

「……っ、そんなこと言ってないだろっ!!」

 ひときわ大きな澪の声。他の部員たちが息を飲むのが伝わってきた。

「え、なに、どうしたんだろ……?」

 戸惑った唯の声に、さらなる罪悪感が湧いて来る、

「お茶にしない? ……お茶にしよう? ね? 今日美味しいタルト持って来てて……」

 紬が必死なフォローを入れてくれる。
 梓はそんな彼女の隣でどうしたらいいものか、と俯いてしまっている。

「…………」

 何か、何か言わなきゃ、そう思って律が口を開けると――

「みなさん、仲良く練習しましょう……!」
「…………」

 梓の必死な声と、それから……なんで、ネコミミ?
 しんと静まり返った空気の中で、俯いて半泣きになっている梓を見て、律は頬を掻いた。

(私……何やってんだ)

 こんな風にみんなに気を遣わせて。
 部長のくせに、後輩にまでこんなことさせて。

「ん……まあ、練習するか」

 ちら、と澪に目をやる。けれど目は合わない。
 それでも澪も律が言わんとすることは分かってくれたのだろう、その言葉に同調してくれた。

「……うん、やろっか」


   ◆


(……私のドラムってあんなんだっけ?)

 その日の夜、律は自室でため息をこぼす。
 あんな空気の中で行われた練習が、上手くいくはずなどなかった。
 いや、主な原因は自分にあった。

「……うーわ、サイテー」

 自分で自分の振る舞いを思い返して、思わずそう漏らす。
 なんだよ、あの自己中。さいってーだな。まあ、私のことなんだけど。
 思考が悪循環を起こして気持ちが沈む。

 調子が出ない、と練習を抜けてしまうなんて行為、言い出しっぺの人間がやれば
 それはもう立派な「ジコチュー」で。罪悪感に溺れそうになるのに十分の材料だ。

「……でも、さ」

 腕が、足が、上手く動かないんだ。どうしてなんだろう、と律は思う。
 気持ちが沈んでいるから、なんだろうか。やる気が出なかったから、なんだろうか。

「みお……」

 その名前を呼んだら、う、と喉が詰まる。
 多分、決定的だった。
 明日、澪に会って。そしたら、多分。隣にいることを、拒否されてしまう。
 一番怖いと思っていたことが、多分現実になる。

「そんなの……やだあ」

 枕に突っ伏して目を閉じる。
 寝よう、もう。それがいい。
 真っ暗な視界の中で、そういえば朝から何も食べてない、と律はそんなことを思った。

 それから二日間、律は部室に足を運ぶことが出来なかった。
 放課後になれば唯と紬に声をかけられる前に教室を出て、まっすぐに帰宅した。
 部活に行くのは怖い。それに何よりもドラムを叩く力も湧いてこない。
 けれどこうやってサボって帰るのだって辛くて。
 どうするのが正解なのかが律には分からなかった。


   ◆


 その日の朝、目が覚めた瞬間に違和感を覚えた。

「うお」

 目が、回った。立ち上がりかけた体は、再びベッドへと引き戻される。
 ぼす、と間の抜けた音がして、律は頭を掻いた。

「………………ナンデ?」

 まさかこれは所謂――自分には無縁と思っていた「登校拒否」と言う代物なのでは。
 そこまで考えて、律は自分のおでこに手を当てた。

 ……熱い。
 ……それと、寒気。
 ……喉も、ちょっと痛い。
 これは多分、登校拒否なんてフクザツなものではなくて――

「風邪だぁ、間違いなく」

 そう思った瞬間、ここ数日の体の重さの原因がはっきりとした。

 医者の診断は予想通り「風邪ですね」という一言だった。
 抗生物質と炎症止め、それからトローチを与えられて帰宅すると、律はすぐに部屋着に着替えてベッドにもぐりこむ。
 時計の針はまだ午前中を指し示していて、普段は授業中のはずだ。
 部屋の静けさが、母親に掃除されたばかりで妙に綺麗な部屋が、なんだか現実離れした気分にさせる。
 口を開けば、熱っぽい息がこぼれるだけだった。

(部活、どうしよ)

 これでもう三日も無断で休んでいる。学園祭だって間近だ。
 もしかしたら、新しいドラマーを探そうとみんなで話し合っているかもしれない。

「…………」

 唯と、ムギと、梓と、それから澪。
 その奥で、自分じゃない誰かがドラムを叩いている。
 そんな光景を思い浮かべると、なんだか目頭が熱くなった。
 ぐ、と歯を食いしばってなんとか溢れそうになるそれを押さえ込むと、
 律は枕元のゴムで前髪をくくり、ぺたりと冷却シートを貼る。

「全部全部、熱のせいだ」

 部活に行く気がしなかったのも。
 ドラムが上手く叩けなかったのも。
 ――澪にあんな態度を取ってしまったのも。

「…………」

 全部熱のせいであってくれればいいのに、というのがきっと正直なところなのだろう。
 ああ、もう、認めてしまおう。と、律は思う。

「結局……」

 これは、本当にシンプルなことで。
 澪の保護者ぶって、けれど澪が自分から離れてしまうのは、絶対に嫌で。
 和と笑う澪を見て、妙な気持ちになった。どこか冷たい態度を取る澪に、不安になった。

 澪がどんなに他の人と親しくなっても。
 自分の知らない世界を築き始めても。
 それでも、自分のいる場所だけは、変わらずそこにあって欲しいって、ただそれだけで。

「……小学生か」

 自分で自分にツッコミを入れてしまう。
 ほんと、小学生みたいだ。これじゃ澪のことも笑えない。

「澪……」

 呟いて、律は目を閉じた。


   ◆


 目が覚めたときには、普段なら下校のチャイムがとうに鳴った
 時刻になっていて、自分の熟睡っぷりに律は苦笑する。

「……腹減ったぁ」

 そんな呟きがこぼれてくるあたり、昼前に飲んだ薬が効いてきているのかもしれない。
 律は自分のおでこにそっと触れる。
 冷却シートは己の仕事をきっちりとこなしてくれたようで、律の体温を吸って人肌に温もっていた。

「あー……ドラム、叩きたい」

 ベッドの中で、リズムを刻む。

(走り気味っていつも澪に注意されるんだよなぁ……)

 そんなことを思いながら、律は手と足で音を紡ぎ出していく。
 聞こえる。
 ドラムの音が。
 唯と梓のギターが。
 紬のキーボードが。
 澪のベースが。
 それと、澪の、足音が。

「……みおー」

 その気配は扉の向こうでぴたりと足を止めて、やがてドアノブを捻る。

「……超能力者か」

 そんなツッコミを入れながら。

「分かるよぉ、澪の足音は」

 だってずっと昔から、そのリズムを聞いている。
 分からないはずが、ないのだ。
 ベースとカバンを置いた澪が、当たり前のようにベッドの脇に腰を降ろす。
 そのことが、律はどうしようもなく嬉しかった。

(うん……そこは、澪の場所)

 そう思ったら、すっと気持ちが楽になった。
 不安に思っていた。
 でも、澪が来てくれた。
 焦っていた。
 でも、澪が来てくれた。

 それだけでこんなにも嬉しくなってしまって、不安な気持ちがすっとんでしまって。
 ――まったく、小学生かよ。
 ……でも、小学生みたいでも、いいよな。

 今日は少しだけ素直になれるような、そんな気がした。

出典
【けいおん!】田井中律は病ンデレ可愛い22【ドラム】
ツールボックス

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