SS > 短編-俺律 > カホンと律


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俺がバッグから荷物を取り出すと、軽音部の面々が集まってきた。

「何これー? 木箱?」
「カホンって楽器だよ。田井中なら知ってるだろ」
「うん、座って叩くやつ。唯、こないだ楽器店にあった時に見なかった?」
「私、ギー太のメンテナンスのことで頭がいっぱいだったし…」
「まあ、元から唯は打楽器のところなんか見ないしな」
「え〜っ! ヒドいよ澪ちゃん」

わいわいとかしましくなり始めた4人を前に、俺はカホンを床に置いてその上にまたがった。
手をかるく振って、指先を打面に添える。

「どんな音が出るんですか?」
「よっしゃ、じゃあ演奏してみようか」




「……っと。とりあえずこんな感じ?」

俺がひとしきり演奏すると、取り囲んでいたギャラリーから一斉に拍手が起こった。

「…すっごい! ただの段ボール箱みたいなのに」
「最近、こういうの使ってる人も多いよなー」
「指は痛くないんですか?」

ぱちぱちぱち。久しぶりに受ける拍手に照れくさくなって立ち上がる。

「ま、音を出すだけならカンタンだから、誰かやってみてよ」
最近練習不足のせいかじんじんする手を後ろに回して誤魔化しながら、
空いたカホンを勧めた。

「んー。ここはやっぱりりっちゃんでしょ」
「リズム隊の律なら完璧だよな」

平沢と秋山に促されて、田井中は勢いよく手を挙げた。
「もっちろん! この私にまっかせなさーい」

ぴょん、と座った田井中の横に立つ。
「細かいところは後から言うけど……手ぇ痛くすんなよ」
「だーいじょうぶだって!」
「あと、壊さないでくれな」
「外野うるさい! えーとぉ」

…とん。

控えめな第一声。
「おーい。もうちょっと強く叩いても壊れないぞ」
叩いてすぐに不安げな表情でこちらを見上げてくる田井中に、俺はそう言って元気づけた。
「あ、そ、そう? わかった」
もう一度元の姿勢に戻り、叩き始める田井中。
大雑把な性格なようでいて、いきなり強くぶったたくということができない子なのだ。

「お、いい音になってきた。キレもいいじゃん」
「そう? ありがと。さっきやってたのってどうやったらいいの?」
「ああ、それはな…」

初めてなのに割とスジが良いのだろう。5分も叩いていると音が格段に良くなってきた。
次々に発せられる田井中の質問に答えるため、俺も彼女と向かい合うように座って、
叩き方の動きをして見せる。

「ああそっか。じゃあこういうこともできる?」
「んー、それはだなぁ」

視界の端で平沢がギターをケースから取り出しているのが見える。
すぐ近くででドコドコ、ドンドン鳴っているとさすがに落ち着けないのか、
この部にしては珍しくティータイムを途中で切り上げたんだろう。真面目なのは良い事だ。
秋山も黒板の前に立てかけてあったベースを取りに行って、
(練習のきっかけを作ってくれてありがと!)と俺に軽く手を挙げて感謝の意を示した、その瞬間。
ぼんっ。そんな音が聞こえそうな勢いで、秋山の顔が真っ赤に染まった。
つかつかとこちらに早足で歩み寄って、いまだカホンを叩いている田井中の脇に立つ。

「ん?」
怪訝な顔をする俺を無視して、秋山は田井中の肩をぐいっと押さえつけた。
「な、なんだよ澪ぉ」
「い・い・か・ら! 動かない!」
びっくりして抗議の声をあげかけた田井中の耳に口を寄せる。
「うしろ…見え……」
「ぇえぇぇえええぇえ!!!!」

漏れ聞こえる囁き声に俺が疑問を覚える間もなく、田井中はガバッと立ち上がった。
あわわ、とスカートの裾を無茶苦茶に掴んでは無理やり下に伸ばしている。

なんだろう。蚊でもいたのか? 
目の前で繰り広げられる奇行に俺の疑問は深まるばかりだが、もちろん誰も答えてくれるはずもない
ひとしきり騒いだ後にカホンに座りなおした田井中の額を、秋山は人差指で弾いて言った。
「律に教える前に直しておいたよ」
「うぇぇ。イジワルだよ、律ぅ」
「どーこが? 恥かかないようにしてあげたんだから、感謝してほしいくらいだよ。
 …次からはもっと気をつけなよね」
「ふぁーい」
「気になるんでしょ?」
「……ぅぅ」

さあ練習練習、とわざとらしく呟いて向こうに行ってしまった秋山の後姿を見送って、
俺はまた田井中に視線を戻した。
「えと。いま何があったの?」
今のふたりの会話で何かがあったようだが、あいにく俺にはさっぱり分からない。
「いや何も。何も無いよ、ホントだよ!?」
両手をブンブン振られて強く否定されるが、むろん信じられるはずもない。

「まあいいや。じゃあ続きを」
「いや、きょ、今日はそろそろ練習しようかな。みんなももう準備できてるみたいだし!」
そそくさと立って秋山たちのところに行ってしまう。
ドラムセットに収まった後も、田井中はスカートの裾をつまんだり引っ張ったりしていた。



さてその後。
田井中はたまに俺に付き合ってカホンを叩くようになったのだが。
なぜかそのたびにジャージのズボンを履くようになったのである。

出典
【けいおん!】田井中律は蛇口T可愛い35【ドラム】
ツールボックス

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