SS > 短編-俺律 > 律祭り2

部活が終わって、いつものように汗を流して着替えた。
ケータイを見ると、やはり律からのメールが来ていた。
「オフの日ねぇ……」
俺はエナメルバッグの中から予定表を取り出して、予定を見る。
淡々と休みの日を打ち込む。
「何やってんの?」と問う友人をあしらい、俺は帰宅した。

―――――で、次のオフの日。
「みっずだー!!」
わいわいがやがやと盛り上がる中に田井中の声が響く。
「ったく、元気だねぇ」
入口のシャワーで濡れた肌が日射で瞬く間に乾いていく。
バスタオル3つと、3人分の貴重品を入れた巾着を日陰に置いておく。
「律が元気じゃなかったら、その時は疑うだろ?」
秋山が腕を組みながら俺の横にやって来る。
「まぁなー」
俺は空気を入れたビーチボールをぽんぽんと、地面に跳ね返らせて遊ぶ。
田井中は叫ぶ勢いと共に、水の中へ飛び込んだ。
そこだけ一瞬水が噴き上がり、また平穏を取り戻す。
「あいつは飛び込み禁止なの分かっててやってるんだよな」
「いやぁ、忘れてるだろうな」
今日は市民プールに来ていた。またもや田井中からの提案なのだが。
俺と行くより、秋山や他の女友達と行けばいいのに、とは思ったりはする。
まぁ俺からすれば野郎数人と行くよりずっと喜ばしいお誘いなので、有難く受け取るが。
「俺来てよかったのか?」
太陽が、皮膚の水分を蒸発させた後は俺の体内の水分を抜き取って来る。
「寧ろ、私が来てよかったのか」
少し困り顔な秋山をちらりと見ると、黒いビキニが美しい。
そこそこある胸が一層映える。胸の下で腕組んでるのが何とも。
……まぁ思うだけで外には見せないようにしてはいるが。
「お前と田井中だけの方が楽しいんじゃないかとは俺は思う」
「とか言っちゃって。この前の祭りデート楽しかったんだろ?」
秋山が横目で俺を見上げて来る。決して睨まれたわけではない。
「いや俺は楽しかったけどな。久々に高校生らしい生活した気分だ」
「部活やってるのにか」
「それしか脳がないから。あれは授業と同じ扱いだよ」
「ふぅん、そんなものか」
水の中を漂う田井中が、反対側まで猛進している。
モーゼのように都合よく泳ぐスペースが開くのに驚いた。
「そういや、秋山達は軽音部…だっけ?」
「うん。律が部長で、私とあと2人」
「4人か、楽しそうだな」
向こう側に到着した田井中がこっちに向かって手を振っている。
秋山が組んだ腕を解き、手を振る。
「じゃ、私達も行くか」
ずっと手毬のようについていたビーチボールを秋山が奪っていく。
女子、って元気だねぇ。田井中は今度はこっちに向かって泳いでいる。
俺も秋山の後を追ってプールの中に入った。

市民プールという割に、流れるプールは無いのだがスライダーはある。
俺と田井中で25m競争したりした後、田井中はあれに乗ろうと提案した。
秋山は極端にビビり、嫌だと主張するも空しく、田井中節に勝てなかった。
「んじゃあ私達は後から行くから、お先にどーぞ」
従業員が膝を曲げて足を三角にした方がいいと告げる。
俺はそれに従い、スライダーの口の部分で足を曲げて準備する。
従業員が下の様子を見る。そろそろか。
一応心の準備をして、指示を待つ。
「はい、次の方どうぞ」
言われた瞬間、俺は背中に痛みを感じた。
体が強制的に前に持って行かれる。後は勝手に落ちて行くだけだ。
「うわああああ!!!」
恐怖。完全な恐怖だった。
俺の知るスライダーは、もっと爽快感に溢れていたハズだ。
何故か今日一日の出来事が走馬灯のように駆け巡り―――着水した。
「うわぷっ」
開いた口から水が流れ込んだ。急いでプールサイドに行き、水を吐く。
「あんにゃろう……」
蹴ってくるヤツなんて一人しかおらんだろう…。
そして、その本人は今、降りて来た。
「いやぁぁぁぁぁ!」
「いやっほう!!」
恐怖と快楽の2つの声が混じりながら、どぱぁん!と水に突っ込んだ。
俺は、その水飛沫が落ち着く前に大きく息を吸って水に潜った。ゴーグル着用。
2人の綺麗な足が見える。足は俺のいる少し横のプールサイドに向かって行く。
俺はゆっくりと背後に回って、水から顔を出す。
どっちが田井中か認識してから、プールサイドに上がるのを待つ。
そして片足だけ上がった瞬間―――腕を引っ張った。
「アイツどこ行っ―――うおおおうっ!?」
「り、律!?」
どぽぉん!
沈めて、すぐ田井中を持ち上げる。別に溺れさせる気は毛頭ない。
「ぷはっ、げほげほ!はっ、はぁ…し、死ぬかと」
「おい、痛かったぞ。あと怖かった」
ゴーグルを外して、先にプールサイドに上がった。
「私は止めとけって言ったけど澪が…」
「誰がそんな危ない事するか!明らかにお前だっただろ!」
まぁ当然だが従業員の目を誤魔化させたらしい。
「これでオアイコな」
手を差し伸べると、田井中は掴んで上がって来た。
「けほっ …わ、わかった…よっ」
デコピンをかましてきやがった。わかってないだろ…。
「うー…体が塩素で満たされてら……お昼ご飯にしようぜ昼飯だひるめーし!」
田井中は俺と秋山の手首を掴んで、貴重品を回収の後、食堂に向かった。

飯食ってからも、食堂の壁に貼られた『休息30分』の紙の存在を無視して田井中は外に出る。
軽くそんな気がしたから食う量は減らしておいて助かったと思った。
流石に秋山が田井中を静止して、田井中は渋々了解する。
そういうヤツが多いからか、出入口付近にトランプがある。
という事で、暇つぶしにババヌキをしてから、後半戦を過ごした。
「おい、一体何回スライダー滑ったよ?」
「んー……十数回かな」
プールでこんなに遊ぶとは、どういう高校生か自ら疑いたくなる。
秋山は5回くらいで遠慮してたのはまだ覚えているが…。
因みに秋山は田井中――と引っ張られる俺――を待ってる間、写真を撮っていた。
「もうくたくただ…」
秋山が肩が外れたように腕をだらりとさせて歩く。何か珍しい。
「いっやー、それにしても遊んだ遊んだっ!」
「ぜぇったい帰ったら寝るぞ…」
学校で水泳の授業が1時間あっただけで、次の授業は殆ど全滅だ。
何倍泳いだと思ってる。今でも横になったら寝れる気がするぞ。
二組の親子と一緒にシャワーを浴びて、更衣室手前で2人と別れた。

「おー、おっまったせー」
施設の出入口辺りの休憩場で缶ジュースを飲んでると、2人がやって来た。
俺は既に買ったもう2つの缶を2人に渡す。
「お、さんきゅー」
「ありがとう」
2人とも受け取ってすぐにプルタブを引っ張り、飲み始めた。
ぷっはー!、と田井中は缶ビールを飲むCMのような豪快で爽快な声を出し、秋山はその横でこっそりと息を吐く。
「んじゃあ帰るか」
俺は腰を上げて、2人と一緒に表に出た。
「お、そうだ。撮ってた写真見せてよ」
田井中が思い出して、秋山のカバンを探り始める。
秋山は田井中から距離を取って、カバンからカメラを取り出した。
田井中がカメラを弄って、メモリーを引っ張り出す。
「お、おおー。流石澪だな」
「そ、そうか?まぁピンボケは消したりしたからな」
秋山が照れ臭そうに腕を組んで謙遜する。
俺もどんな写真を撮ったのか気になり、田井中の横から見ようと試みる。
すると、田井中がこっちに気付き、俺を引っ張って体を寄せて来る。
「ん、ほら。キレーに写ってるだろ?」
ぴっ、ぴっと定期的に聞こえる操作音と共に、今日の出来事が写し出される。
スライダーで着水した瞬間や、秋山のカメラの前でピースする田井中。
午後に俺と田井中で再び競争した時の光景。最後、更衣室に戻る前に撮った3人の写真。
「ああ。秋山ってそういう才能あるんだな」
「そういうのは才能じゃなくて経験だよ。律にも出来る」
カメラに向けた田井中の視線が一気に秋山に注がれる。
「なっ、私凄いバカにしてるだろ澪ー!」
「してないしてない」
いや、してると思ったけどな。と思った。
「私だって写真くらい綺麗に撮れるんだからな!」
田井中が厳しく言う。すると、秋山は笑った。
「じゃあ、自分を一発で撮ってみなよ」
確かにカメラのレンズだけで距離感把握するのは難しいトコロだろう。
「おう、望むところだっ」
田井中がカメラをまたもやいじって、撮影モードに変えた。
すると、秋山は何故か俺を指差す。
「お前達2人一緒の写真を一発で撮れたら、納得してあげる」
「…………は?」
思わず声を漏らしたのは俺だ。
「何で俺を」
「身長差があるからな。あ、いや別に無理なら律一人でも―――」
言いながら秋山はちらりと田井中を見る。
俺も見ると、田井中は俯いてぶつぶつ言ってる。
「た、田井中?俺はどっちでもいいが、嫌ならやらなくてもいいぞ…?」
俺がしどろもどろに言うと、田井中は顔を上げて俺を睨んで来た。
「かっ……」
よく見ると、頬が赤い。
「か?」
「ちょっと屈んでくれっ」
俺は言われるまま、少し膝を曲げて、田井中のカチューシャの高さに目が来るようにした。
俺は田井中の右側に並び、田井中は左腕を前方に伸ばす。
左手に握ったカメラが少し震えている。
「ちゃんと笑えよー」
秋山が楽しそうに言って来る。
「い、いいな…?」
田井中の声が震えている。
「いいぞ」
「は…はい、チーズっ!」
ぱしゃっ、と音がして、一秒してから撮ったモノを確認する。
秋山もこっちにやって来て、田井中の後ろから覗き込む。
「ほー、中々撮れてるな」
秋山が嬉しそうに言う。
あんだけ震えていて大丈夫か心配だったが、レンズはブレずに俺と田井中を写していた。
若干、俺が無愛想なのが申し訳ない。
「こっ…これでいいだろっ!?」
一度声が裏返る。田井中が叫ぶ。
「ああ、すまんな律」
秋山は俺の方も見て、ごめんと言って来た。いやまぁ俺はいいんだけど。
それからまた帰路を辿る。田井中はぼーっと元気の良さが無くなっていた。
秋山が振って来る話を俺は聞き、2人で喋っていた。

一番近いのは田井中の家だった。
家の前についても田井中は終始気の抜けた状態で、気付いてなかった。
はっ、と我に返り慌てて敷地内に入る。
それから田井中は何かを言いたそうにしてから、「きょ、今日もありがとなっ!」と言った。
俺と秋山はそれぞれ返事をして、手を振る。
田井中も手を振ってから、そそくさと家に入って行った。
それを見届けてから、また俺達は歩き出した。
「なぁ」
秋山が言う。俺は「ん?」と返事する。
秋山もさっきの田井中同様、少し言葉を詰まらせる。
それから、一度咳込んでから俺の前に出て来る。
「―――律の事、好きか?」
「何を急に聞くんだよ。」
俺は田井中も秋山も好きに―――。
俺は口と足を止めて、秋山の瞳を見る。
微妙に群青を含む瞳が夕焼けに照らされて、黄に近い茶色に染まる―――田井中の瞳みたいに。
秋山が一歩、踏み込んで来る。
ざぁっ、と新緑の葉が風になびく。秋山の髪も風に揺られる。
しかし、それに目もくれずずっと俺を見ている。
「どうなんだ?」
"好き"が違うのが分かった。
俺は秋山を見つめたまま、考える。
夏休み、数ヶ月ぶりで会って3日間。俺は口で抵抗するも、楽しんだ。
中学生の時の田井中との絡みが嫌だったか?いや、そんな事はない。
どのくらい経ったか、廻った上で収束した答えが出た。

「ああ、好きだ」

そう言うと、秋山は目を細めて俺から少し離れた。
「そっか。あーすっきりした」
指を交差させて両方の腕を思いっ切り腕を真上に伸ばす。
「いやぁ急にごめんな」
十数秒前の俺の発言を思い返して、俺は猛烈に死にたくなった。
「あはは、急に顔赤くなっちゃって」
「〜〜…。それを聞くって事は田井中も…そうだったりするのか?」
開き直った。
「さぁ?それはどうかなぁ」
秋山が歩き出す。俺は小走りで追いかけて、横に並んだ。
「って、おい」
「お前の反応を見てたらそうかな、って思っただけだよ。気になるなら告白したら?」
「…そんな気になる、って理由で告れと言うんかい」
「それもいいと思うけど?」
秋山ってこんな性格ワルかったっけ?
「…まぁ考えておくよ」
「わかった。あ、律には言わないから安心してね♪」
これまた嬉しそうに言って来る。有難いけど。
大通りに差し掛かり、秋山はカメラを取り出した。
「んじゃ、私買い物頼まれてるからっ」
「あ、おう。んじゃまたな」
ぱしゃっ、と一枚、不意打ちで撮ってから秋山は大通りの方へ出て行った。

「俺は律が好き、ねぇ」
自分で言った事を思い返すと、また身体が熱くなって来た。
蝉の声が喧しく感じる。
――――告白したら?―――
秋山の発言が妙に引っ掛かる。告白しろってか…。
俺は片方の靴から踵を抜き出し、足を使って靴を前に放る。
「上なら…告る。下ならやめとく」
誓って、転がる靴を見届ける。
靴はごろごろと横に転がりながら、動きを止めた。
「上かよ」
一人で短く、乾いた笑いをする。
「当たって砕けろ、だ」
深呼吸して、俺は明朝伺う決心をした。

――――さて、俺に問おう。
今は朝か?朝過ぎるのか?未明か?
暗くなった空が月を運ぶ。月は東方に在り。つまり朝ではない。夜になったばっかだ。
呼吸がキツい。夏場の空気が汗の量を倍増させる。
一応サッカープレイヤーとしてやってはいけない事、膝に手を置いて肩で息をしてしまっている。
誰だよ、明日の朝に告るって誓ったヤツ。俺だよ。
何で田井中の家の前に戻って来てるんだよ。




誓った後、頭の中でどうやって言おうか画策した。
帰りながら柄にも無く推敲してると、知恵熱による汗がじわりと。
俺は目に入ったコンビニで涼みながら考える事にした。
「何が好きなんだ?」「好きだ、と言えばいいのか?」
電池コーナーを見るフリをしながら、自問自答を続けて整理する。
何が、に対する解答で田井中との付き合いを振り返った。
――私、田井中律。よろしくなっ――
どうやってアイツと話したかは覚えてない。多分アイツからだろうけど。
――なぁちょっと今日の数学の勉強教えてくれよぉ…――
ワザと上から目線で物乞いしてくる田井中。
――なぁんでテストとかあるんだろうなーー――
席が前後になり、わざわざ俺に愚痴る田井中。
――なっ、だ、誰がコイツと付き合ってるとか言ったんだ!――
……そのせいで男子にからかわれた俺と田井中。そして田井中の発言。
「あれ、俺無理じゃないか」
あの時、自然とフられたような気がする。
思わず俯いて、デカい溜め息を吐いてしまった。
「ああ、でもあの時の赤面した田井中は女らしかったっけ……」
耳まで真赤になってた気がする。
「って、いかんいかん」
作家の中には歩きながらの方が思いつく、と云う人もいると聞く。
立ち上がり、店内を一周して出る事にする。
雑誌コーナーで売られてる漫画を確認して、ジュースコーナーを見る。
コンビニの飲み物って何で僅かに高いのか。
気晴らしに紅茶の入ったペットボトルを買う。
店員に社交辞令より質の悪い感謝をされて出て行く。
扉に手を掛けた時、扉に宝くじの広告があった。
『宝くじで夢を買おう!』
「夢、ねぇ」
そういや、『将来の夢』って宿題があったっけ。中2の頃か。
進学してすぐに渡されたプリントにそう題名があったハズだ。
俺は呆然と"サッカー選手"と記入した。特に何も無かったからだ。
――なぁなぁ、私の夢聞かないか?――

――私はな、バンドをやるんだバンド!――

――澪と一緒にっ!メンバー足りてないから今は無理だけど!――

――目指すは…そうだな。武道館!んでそっから、いつかは海外進出だ!――

――ちゃぁんと応援してくれるよな?うん!ライヴ決まったら真っ先に教えてやるからな!――

――ほい、指きりげーんまん!――
田井中は歯を見せて笑った。



**


すうっ、と息を吸って、呼び鈴を押した。
「はぁーい」と家の中から声がした。聡クンの声だった。
「あ、えっと…今姉ちゃんお風呂で……」
申し訳なさそうに言われる。
「いいよ。ここで待ってるから」
後戻り、出来なかった。
「えっ、あ…それじゃ中で待ってて下さい」
聡クンが扉を大きく開けて俺を招く。
一度遠慮したが、聡クンも困ってたので玄関で待たせて貰う事にした。
靴を脱ぐトコロから、フローリングまで結構な段差があるので座った。
買った紅茶を飲んで、一息吐く。
どっかの部屋で聡クンの声がする。多分田井中に言ってるんだろう。
直後、がらがら!と何かが崩れる音がした。…大丈夫か?
時間が近付いてくるにつれて、心臓の鼓動が早まる。
「おいおい、公式戦でもこんな緊張ないぞ?」
声にしないと、マジでやばかった。独りで喋って笑ってるのは、外から見たらさぞかし滑稽だろうな。
「すぐ上がるそうですんで…すいません、ちょっと待ってて下さい」
ありがとう、と言うと、聡クンはリビングに行く。俺嫌われてるのかな。

暫くすると、トットットッ、とフローリングを歩く音がした。
因みに俺の心臓が終始最高潮だ。
「ご、ごめんな!まさか来るとは……」
田井中が玄関に現れた。
ランニングシャツに短パンといういかにも部屋着な格好。濡れた髪をバスタオルで拭きながら。
「いや、俺こそゴメン」
「んで、何の用なの?急ぎだろ?」
田井中が聞いて来る。
俺の緊張のメーターが振り切られる。パーセンテージが3桁オーバーだ。
「その、だな……」
考えろ。考えろ。俺が田井中を好きな理由が、何だったか。
作るな。コンビニからここまで全速力した理由を。吐き出せ。

――バンドをやるんだ!――

そう、コイツは夢を持ってた。
他人を物ともしない快活さを持ってた。
…大雑把でオンナらしくないトコロもあったけど。
「田井中」
「だから、なんだよー?」

「お前が好きだ」

言った。心の中で言った事をガッツポーズしたい。
「――は?」
田井中がきょとんとする。当然か。
「ちょ、ちょちょちょーっと待っ………ま、マジで?」
「ああ、マジだ」
もうどうにでもなれ、だ。言いたい事は言った。
「俺にはない夢を持って、元気で、それで頑張り屋なお前が、大好きだ」
迷わない。俺はさっき秋山に見つめられたように、田井中を見つめる。
玄関の段差で目線が殆ど同じになっていた。
田井中はバスタオルを顔に押し付ける。
「…………罰ゲームとかじゃないだろうな」
「何のだよ」
「………澪に弱み握られたとか」
「そんなワケないだろ」
諭されたけど。
埒があかない。次に何を言おうと悩む田井中より先に口を開いた。
「お前の返事をくれ」
田井中は思いっ切り息を吐いた。
俺は念を押す。
「頼む」
「―――律」
田井中が言う。
「――付き合う、なら、…下の名前で呼んでくれよ…?」
顔を覆ったバスタオルが下にズレて、田井中の目が俺を見る。
「と、言う事は……」
俺が遠まわしに疑うと、田井中はバスタオルを自分の顔から引っぺがして俺に投げつけて来た。
「わっ、私も好きだって言ってるんだよっ!!」
構えてなかった俺は、バスタオルをモロに顔面に喰らい、よたついて後頭部を扉に打つ。
「あだっ!」
「ば、バカだ!バカ野郎!人の家でそんなノロケた告り方するからだ!」
バスタオルを顔から取り、田井中を見ると祭りの時より赤い顔をしていた。
田井中がサンダルを履いて、俺の方に向かって来る。
既に後ろに扉がある俺は後退して逃げる事も出来ず、田井中は俺の服を掴む。
「………その、よろしく……」
何をされるのかと不安だった俺は、田井中のその発言に呆気を取られた。
「…お、おう…」
田井中の状況を飲み込めた俺は、手を田井中の頭に置く。
「こちらこそ、よろしく」
よろしく、ってのも変だな。と思いながら、濡れた髪を手の平で整えてやる。
「…よしっ、んじゃ帰れ!」
10秒くらい引っ付いてた後、田井中は掴んでた手をドアノブに移動させて、扉を開く。
「ほら、明日も部活だろ!プールで疲れてるんだろうしちゃっちゃと帰って寝ろよなっ!」
ああ、田井中のペースだ。
俺は有無を言う事も出来ず、家の外に押しやられる。
「それじゃ、おやすみ!」
扉を顔一つ分の幅だけ開き、その隙間から見送られた。
「おやすみ、田井中」
溜め息を吐かれた。
「律、って言えって言っただろ……」
っと、忘れてた。
「すまん。 ――おやすみ、律」
「…ありがと。おやすみ」
かちゃ、と扉が閉まった。
敷地を出て、数歩歩いて、俺は声に出さず叫びを身体で表現した。




出展
【けいおん!】田井中律は寝袋可愛い47【ドラム】

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最終更新:2009年08月03日 20:46
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