SS > 短編-俺律 > 律祭り3


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告白したその夜は、異常なまでに興奮して眠れず。
秋山がメールに付き合ってくれて、気付けば1時を過ぎ、秋山も流石に寝た。
それから、何となく田井……律、にメールすると、乗ってくれた。
『あのさ、電話にしないか?』というメールが返って来て、『いいよ』と返すとすぐ電話が鳴った。
異様な乾いた笑いをお互いに時折発しながら、…まぁ律が電話越しに照れたりするのににやにやしていたワケだ。
お互い、眠気と無意識に闘いながら喋ってると朝になっていた。どっちから切ったんだっけ。
えっと、…まぁ、形はどうであれ、告白して十数日経った。
この間、俺は残念ながら試合等々で出会う事が出来なかった。
俺はある事を計画していた。
情報は友人に聞いて調査済みだ。抜かりはない。
私は律が一人であろうタイミング…晩飯過ぎた辺りに電話した。
『んぐ、どっ、どした?』
この十数日間も、出会ってはなかったが、電話やメールはしている。
俺は2日目には告白した事実も落ち着いた。アイツも最近落ち着いている。
「おう、って食事中みたいだな。後で電話しようか?」
『へっ、あ、別にいいよ!…ちょ、ちょっと待って!』
俺の返事を待たずに、電話の向こうでドタバタと聞こえる。
扉の開閉音が聞こえ、そっから律の深呼吸が聞こえた。
『で、何?』
俺は机に置いた紙を確認する。
「そのー…次の日曜、空いてるか?」
ただいま木曜日。メモに書かれた日付は4日後。
『日曜? んー、まぁ特に用もないよ』
よく考えると、俺がこうするのは初めてだ。
「あのさ、…祭り行かないか?」
『祭り?』
「ああ。2つ隣の町の河川敷で祭りがあるんだよ。
  俺からこうやって誘うのも初めてだし。……折角付き合ってるんだし、どうかなってさ」
『ばっ! …いや、うん。嬉しい。大丈夫だよ』
一瞬律が大声になったが、落ち着いて喋ってくれる。
「そうか。それじゃ、日曜日に駅前、うーん…5時半でいいか?」
『うん。5時半な。オッケー』
「で、頼みがあるんだけど」
ケータイの話す部分をを口から遠ざけて、ふー、と一息つく。
アレが脳裏に焼きついている。
『ん、頼みって何?』
「その、だな…」
少し鼓動が早くなっている。
俺はメモを手にして握り潰す。
「…この前の浴衣で着てくれるか?」
俺の渾身の願いは、しかし律にとっては些細だそうで。
『… なぁんだ、そんな事か。全然いいよ。寧ろそのつもりだったし』
「いや、その、思い返せば凄い可愛くてさ」
『思い返せば、って事はあの時の"似合ってるぞ"は嘘かよ』
「ち、違っ。似合ってるとは思ったんだ!ただ、可愛さが更に増し…」
耳にアイツの含み笑いが入ってくる。
『あはははっ、分かってるよ。でも、すっごく嬉しい。…また褒めてくれるよな?』
俺は間髪を入れずに言う。
「当然だろ」
『ありがと。じゃあ日曜日な』
ぷっ、と切れる音がした。


そして、日曜日。
浴衣姿で来る律に失礼と思いながらも、俺は私服だ。
2つ隣の祭りには疎いのがよくある事で、俺は律を待たせるワケにもいかず、30分前集合。
そんな自分をバカにせず、俺はひたすら駅前のベンチで時間を潰す。
「おぉーい」
古典的だが、待ち人に手を振って、律がやって来た。
前と同じ、オレンジ基調の浴衣姿だ。
腕時計を見ると、まだ15分前だ。
近付くにつれて、ゲタがアスファルトを叩く音が強くなる。
「いやぁ、私も早く来たつもりなのに早いなー」
「運動部は時間には厳しいんだよ」
まぁ普段は10分前行動だけどな。
「あー成程な」
んじゃ、行くか。と俺は、前回の逆の立場を演じようと試みる。
但し、俺の手が取ったのは律の手だ。
「へっ、あ、…うん」
律はどことなく恥ずかしそうにするも、抵抗はしなかった。
俺の横に並び、駅中に入って行った。

2つ隣の町は流石に電車を使うと遠かった。
向こうの駅に着いた時には日が沈み、祭りの雰囲気にはもってこいだった。
「いっやー、また新しいムードのお祭りってのもいいなー」
祭りの会場は駅から10分くらい歩いたトコロにあり、カップルも多かった。
なので、手を繋ぐのは俺からしたら、大胆であったが、恥ずかしくなかった。木は森の中、だ。
見栄えはウチのと大して変わらない櫓の上では、景気良く太鼓が叩かれている。
「よし、早速だが!」
律は意気揚々とある夜店を指差す。
「アレ、やろう!」
デジャヴだ。
射的場にしか見えない。
突っ込もうかと思ったら、律が腕を組んで言う。
「今度は私がやるんだよ。その、ちゃんと教えてくれよ?」
ああ、そういう事ね。
「りょーかい」
前と同じ、子供で射的場は盛っている。
立てられた標的を眺めると、どうやらどこも大きなボスはいるようだ。
案の定、カブトムシの入ったゲージが数点置かれている。中ボス軍団、ってトコか。
流石にゲージは倒せないので、少し倒れにくそうなお菓子箱が、ゲージの上に置かれている。
「で、どれを取るんだ?」
俺が律にそう聞くと、列と比較的同じ身長の律はぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「んっ、と…、あっ、あれ!青いの!」
青いの?
よく見ると、一段目に青いヒヨコが乗っている。
またデジャヴ。
「って、あれって…」
「そ。私がアンタから貰った黄色いのの色違い♪お返しに取りたいな、って」
「そ、そうか」
「む、何さ。欲しくないの?」
「いや、お返しなんか考えてるんだな。と思って」
「ちゃんと、いつか返さないとな、ってずっと思ってたんだぞ?」
「お返しって言ってもさ、その……」
俺は不意に頬を撫でる。あの夜、別れ際の―――

≪お、お礼なんだからなっ!か、かか勘違いするんじゃないぞ!≫

「――――!!」
一気に律の顔が紅潮する。
だんっ、と足を踏み付けられた。
「い゛っ……」
「ばか」
思いっきり叫びたかったが、並んでる最中なので、手で口を覆う。
暫く悶絶した後、俺は痛みが引いてから、睨み付ける。
「お・ま・え・な……」
「あれはナシって言っただろ!」
「いや、俺からしたらナシに出来ないし、満足です」真剣に。
「う、うるさいうるさいっ。とりあえず、私はアレを取って、お前に返す!いいなっ!?」
律に俺は勝てる気がしなかった。
剣幕にもだが、何より顔を赤らめる律に。
「はいはい」
順番が来て、律は300円を払い、5発貰う。やっぱりウチのとこはぼったくりじゃないか。
一発、ぎゅっと銃の先端に詰めて、狙いを定める。
「コーチングは要らないのか?」
「とりあえず最初は」
律は、目の横に銃を当てて、青いヒヨコを狙う。
「ふー」と息を吐いて、引き金を引く。
ぱんっ、と弾が撃ち出される。
「あー、残念」
言わずとも丸分かりの結果を言うと、田井中は俺を睨み付ける。
「言わなくてもいいっ!次だ次!」
律はせっせと弾を詰め、また構えた。
ぱんっ。
「残念、再び」
「〜〜〜〜!」
律は何も言わずに、3発目を込める。
腰を下ろし、テーブルの上に銃を置くように立たせて狙いを定める。
横で子供がマーブルチョコの箱を貰って喜んでいる。
「…………」
律が狙いを定めてから、横の子供が既に3発打っている。
どうした?打ち惜しんでいるのか? 俺は不思議に思う。
すると、律は横目で俺を見上げて来る。
「………てよ」
ん、何だって? 俺は耳を近付ける。
「教えてよ、って言ってるんだよ」
…………ああ、さいでしたか。
よく見ると、頬が赤くなっている。
俺は頼りにされてるのを嬉しく思いながら、律の背後に回る。
「律はさっきから右に逸れてるから、ヒヨコの少し左にずらすんだよ」
右手を銃の継ぎ目の上の部分に、左手を銃の下に添えてる律の手の更に下に置く。
触れた瞬間、律がびくっとしたのが分かった。
「…うん、それで?」
しかし、律は気丈にも、慣れようとしたのか堪えて問うて来る。
「それでだな、ちょっとだけ下を狙うんだ」
「ふむ、…よしもう手ぇ離していいぞ」
「え」
「だぁかっら!私が取るって言ってるだろ!手伝って貰ったら意味ないしっ」
ああ、さいですか。
俺は降参するかのように両手を顔の横で挙げる。
「いよっし」
律は舌をぺろっと出しながら、更に照準を定めて…撃った。
ぽこん。
ヒヨコはころん、と仰向きに倒れ、俺達に白い尻を向ける。
「おっちゃん!」
律が店のオッチャンに声をあげる。
オッチャンは腰をあげて、ぐらぐらと小さく揺れるヒヨコに手を伸ばす。
「あいよ」
そして、それは律の手に渡った。
「いよっしゃー!」
「ちょ、恥ずかしいからやめいっ」
ヒヨコを握る手を大きく掲げて、飛び跳ねる。恥ずかしいっつーの。
後ろに並ぶ子供は羨ましそうにそれを見ているワケですが。
「よぉし、後2発は任せた!」
「って、おい」
「だって私の目標は終わったし、後はどれだけ得するかだし?」
お菓子を狙え、って事ですね。わかりました。
俺は銃に弾を詰めて、手早く小さいお菓子の箱を2つ倒した。
「んー、甘くておいしー♪」
またチョコが中身のお菓子だったのだが、律は美味そうに食べる。
「それは俺が取ったからか?」
試しに聞いてみると、溶けたチョコがついた指を舐めながら言った。
「え?チョコは美味しいものだろ?」
……さいですか。
俺は既に貰った青いヒヨコの首根っこを摘み、ぷらぷらと目の前で揺らす。
まぁ、これからよろしくな。 …あれ、俺寂しくないか?
「ほら、あーん」
律がチョコを一つ摘んで俺の口の前に持って来る。
俺は口を広げ、投入されてからそれを舐める。
「な、チョコがマズいわけないだろ?」
「…まぁそうだけどな」
「ふぅ、お腹空いたな」
チョコ食ってただろ。ヒヨコをポケットに入れる。
「今日は焼きそば! …じゃなくて、カレーライスにするかっ!」
目の前にカレーライス屋があったから、という安直な理由だろうな、と予想はついた。
「カレーか、久々だな」
「実は私は3日前に食べてるんだけどね」
「別に何日でも食えるだろ。カレーは」
「いやいや、流石に三食でいくとキツいものが……」
…ああ、そりゃキツいわな。
「でも、食うのか」
何処も彼処も行列だらけだ。俺達は文句も言わずに並ぶ。
「勿論!また違う味なら食べれるのよ、私は」
「そんなもんかねぇ」
短い行列だったお陰ですぐに順番は来た。
律が自分と俺の分の2つを注文する。
レジ係を担っているオバチャンが俺と律から料金を徴収する。
「あい、毎度っ。横のカレシはスポーツでもやってんのかい?」
「か、かれっ…!」
律は言葉を詰まらせた後、一度咳込む。
「あ、うん。だから大盛りにしてくれよな、オバチャン!」
「はいはい」
オバチャンがご飯が盛られたプラスチックの皿を別のオバチャンから受け取る。
先に律の分のカレーを注ぎ、律に渡す。
「あんがと♪」
「熱いから気をつけなよ〜」
律は同様にプラスチックのスプーンでルーを掬って食べつつ、列から少し外れる。
俺はまだ並び続けている。
ご飯担当のオバチャンは会話を聞いていたようで、圧倒的に俺のが多い。
律と喋ってたオバチャンが注ぐルーも―――多い。
「はい、どーぞ。あんなウブなカノジョ、大事にしないとオバチャン怒るからね?」
その寛容さとマジな発言の度合いがカレーライスの量にどでん、と表れている気がした。
俺はただ笑うだけで、「はい」とも言えなかった。悔しい。
俺も律が出て行った方に出て行く。
律を見つけると、俺に上目遣いではなく、睨みを聞かせるようにカレーを食べている。
「なんで返事しなかったのさ」
むぐ、とご飯を頬張る。
瞬間の流れをお前は見てたのかよ。
「オバチャンのマジ過ぎる発言に一歩引かざるを得なかったんだよ」
言い訳がましいのは分かってる。
並々でないルーをスプーンで掬い、真っ白なライスマウンテンに掛ける。
小さな人参が途中で引っ掛かる。
山をスプーンで割って、一口入れる。美味い。
「ちぇー、私と付き合ってるんだから堂々と"当然です"とでも言ってくれたら惚れ直したのに」
「惚れ増してくれるなら、あの行列に割り込んで言って来るぞ」
「ばか。そんな事しなくていいよ、メーワクじゃんか」
「そりゃそうだ」
互いにカレーを持ちつつ、また歩く。
「ご馳走様」
律がスプーンを空の容器に放る。
「早っ」
俺は思わず声をあげた。
「そっちが多いだけだって」
っと、そっか。俺大盛りだった。
「私が食べてあげようか?」
「スポーツしてる俺の為に入れて貰ったんだ。やらん」
「ちぇっ、ケチ」
「実はお前が食いたかったのか」
「そりゃそうでしょー。いい理由があったんだしね」
俺は理由ですか。
俺は渋々皿を律に持って行く。
「はいよ」
「くー、さっすが私のカレシ!」
ゲンキンな。
律は俺のスプーンを奪って、がっつり取って頬張る。
「って、俺のスプーンだろ!」
「何今更気にしてるんだよー、前も箸取ったんだし」
関節キスくらいに気にするな、と。…気にするわ!
「何だよー、関節キスくらい」
…こいつは男女の隔たりがよく分からん。逆なら絶対俺無理だ。
とか、考えてると律が俺にスプーンを向けている。
「ほれ、あーん」
スプーンの受け皿にはカレーが乗っている。
「………あのなぁ」
何だ、こいつは俺の心が読めるのか。
「大体読めるって。関節キスに抵抗があるんでしょ?」
「当然だろ」
「カレシカノジョなんだから、そこら辺は、ねぇ」
「付き、合って…まだ1ヶ月も経ってないっての」
「付き合っての月日じゃないだろ、私達は」
一瞬動悸が早まったかと思った。
いや、よく考えると早まってる。
――コイツは何を言い出すんだ。
「だから、中学の時から結構一緒にいたんだから、そっからの計算だと長いじゃないかー」
「はぁ…」
「だからえーっと…中学3年間と、高校では夏休みだから3週間ぐらい足して…って、あー!何言ってるんだ私は!」
律が勝手に暴走する。
スプーンを持たない左手で頭をわしゃわしゃと掻く。
俺は律の普段と違う照れ方に思わず頬が緩む。
ああ、律だな。そんな感想だった。
「そうだよな」
「へっ…あ!」
律の右手首を掴み、その先のスプーンを咥えてカレーを食う。
「うん、ありがとな」
何か吹っ切れた気がした。
「付き合ったからって、何が変わるわけじゃないよな。うん」
「そっ…そうそう。…まぁ私も結構テンパってたんだけど………」
「秋山、か」
「…うん。"深く考えるな"って言われたからさ、だから頑張ろうかな、って」
アイツに感謝だなぁ。
俺は律からスプーンを奪って、カレーを掬う。
「んじゃ、俺からも。あーん」
なるべく笑顔で言ってやる。
「ずっとされっぱなしだからな」
すると律は少し躊躇ってそれを見つめた後、あーん、と口を開いたので入れてやる。
「美味いか?」
「…うん。」
「そりゃ良かった」
俺はもう抵抗せずに、次に掬ったカレーを自分の口に入れた。

気付けば9時になっている。
「そろそろ帰らないとやばいな」
輪投げを楽しんでる律が驚いた表情を見せる。
「へ、もうそんな時間なのか!」
上体を前傾にして、立った棒に輪を通そうとしてる律の腰部分が色っぽい。
思うだけで、言わない。
「それ終わったら帰るか」
「そーだな」
ぽいっ、と青い輪を投げる。
一番遠いトコロに立つ赤い棒はそれを受け入れて、得点にする。
律は大きくガッツポーズをした。
見事に1投ミスはあったものの、残る4投を一番得点となる赤い棒に通した。
2等のお菓子詰め合わせを嬉しそうに受け取っている。
「またお菓子か」
「いいじゃん、食べてなくなるんだし」
律は俺の横に並び、うまい棒を一本齧り始める。
「太るぞ」
「ドラムやってるから平気だよん♪」
形だけの入退場門から抜け出すと、一気に喧騒が収まった気がする。
「そっか。軽音部、だっけ」
「あれ、私言ったっけ?」
「秋山からだよ」
「ああ、そっかそっか。うん。楽しいよ」
「俺には音楽の感性ないからな。弾けたら楽しいんだろうけど」
「その代わり、スポーツがあるだろー」
「そりゃそうだけどな。音楽は衰えないだろ?」
「なんかじじくさいな」
「ほっとけ」
電灯の灯りに虫が集る。
流石に帰りは疲れていたらしく、自然と駅まで行くのに時間が掛かった。
途中、律が項垂れておんぶを要求してきたせいで俺の足は更に疲労を増していた。
挙句。
「くー…くー……」
寝てやがる。ったく。
「とんだオヒメサマだよなぁ」
隣に同情してくれるヤツでもいたら気が楽になってたかも知れないな。
独りで泣き言を言いつつ、俺の背中で小さく上下に動くカノジョを愛しく思う。
帰り道は通勤ラッシュの方向である為に、こちらは夜には人が少ない。
反対側では帰ろうとしてる会社員が大量にホームを出て行っている。
暫くすると、静かなホームにお迎えの電車が現れた。
中は殆ど無人で、俺は席の端に律を座らせる。
俺はその横に座って、疲れを溜め息に変えて吐き出した。
何でサッカーでは歩く方は楽にならんのかねぇ。
2つ隣の町と言えども、通過する駅の数は今の俺には多い。
眠気を払拭する為にケータイを取り出して、適当にサイトに繋ぐ。
ニュースを見たり、音楽サイトで音楽をダウンロードして時間を潰す。
こつん、と不意に肩に何かが当たる。
どきっ、と何かを見ようと首を捻る。 律の頭だった。
「すー……ん…」
少しだけ眉間に皺を寄せ、改めて心地良さそうな顔で寝息を吐く。
こいつは…。
俺はそのまま律の頭を肩に乗せたまま、改めてケータイを操作した。

目的駅の1つ前で律を揺する。
律は寝惚けたままで、唸り声を上げる。
「はれ…私、寝てたの…?」
「ええ、よくお休みになられてましたヨ」
俺は大きい欠伸をする。
「…お前は寝てないの?」
「まぁな。寝過ごしかねないし」
次の着駅がアナウンスされる。
「あー…ごめん。ありがと」
「気にするなって」
お菓子こっそりと貰ったし。
律は腰を上げて、思いっきり伸びをする。
「んー!あーよく寝た!」
見て分かる。
キキィ―ッと、ブレーキの音が響き渡る。
俺も立ち上がってドアの前に立った。
生温い風が全身に襲い掛かる。
どうやら降りるのは俺達2人だけらしい。
駅が去って、ホームが尚更寂しくなる。
「暑いな」
律が言う。
「確かにな、ちゃっちゃと帰るか」
「私の家遠いんだから泊まらせてくれぇー」
「襲うぞ?」
「…やってみろ」
「ごめんなさい、泊まるのは止めて下さい」
「けーちー」
何度目のケチだっけ?
「俺の家まで言ったらチャリで送ってやるから」
「いいよ別に、たまには歩かないと太るし」
こいつ、実は根に持ってるのか?
「んじゃあ徒歩で送るよ」
「あんがと♪」
そういや軽音部の実体を探ってなかった。
言い方は失礼だが、結構気になってたので帰り道はソレを聞く事にした。
平沢唯、というギター担当の子。
琴吹紬、というキーボード担当の子。
「それに秋山とお前で4人、か」
「そっ。少数精鋭ってやつだな」
俺は楽しそうに語る律の話をちゃんと聞いていた。
律が秋山を引っ張って、軽音部廃部を阻止した話。
平沢唯がギターを買う為にみんなでアルバイトをした話。
相変わらずテストは秋山に手助けして貰ってるらしい。
俺が告白した後の数日、合宿にも行ってたらしい。
とりあえず一曲、オリジナルの曲が弾けるようになってきてる話。
えとせとらえとせとら。
「充実してるんだな」
「ああ。特に唯との絡みは楽しいな」
「俺より?」
「ベクトルが違うってば」

そうこうしてる内に、律の家の外形が見えて来た。
「お、意外と早く着いたな。…って大して変わってないじゃん」
街灯の位置を確認して腕時計を見る。11時になりそうだ。
「俺は早く帰って寝たいな」
片腕をぐるぐると回す。
「男子高生元気出せよ」
「祭りの後はくたくたになるわい」
「そりゃそうだな」
遠くの公道で車が爆走する音が聞こえる。
律の家が数十メートルになる。
流石にここまで近付くと、帰ろうと足早になるものだ。
だが、律が違った。
「律?」
俺は足を止めて、振り返る。
俯いていた律が顔を上げこっちを見て、はっとする。
俺自身の歩行速度は変わってないハズだ。
なのに、横に並んでいた律が後ろにいる。
「どうした?具合でも悪いのか?」
それなら家が目の前だからいいんだが。
「ち、違っ  …………」
律は言葉を詰まらせる。
そして何も言わずに、俺の許へ駆け寄ってくる。
「どした?」
もう一度聞く。
しかし、律は答えない。またもや俯いたまま。
俺は何となく律を撫でた。
「まぁ何かあるなら言ってくれよ。俺はお前のカレシなんだから」
いい言葉が思いつかない。"カレシ"って便利だな。
律が立ち止まって、どのくらい経ったかは分からない。きっと大して経ってない。
律が不意に俺を見上げて、開口する。
「その、…また、またっ…何だけど……」
ん?俺は口をへの字にして、言葉を待つ。
「………目、閉じて、よ」
か細い声は確かに俺の耳に入った。
―――ああ、そういう事か。
一瞬、以前のシャッターチャンスへの嘘かと思ったが、律がそういう顔をしてない。
「わかった」
すっ、と瞼を下ろす。座ってたら寝てたかも知れない。
屈もうかと思ったが、律は望んでないんじゃないかと思って止めた。
律は今どの距離にいるのか分からない。
握り拳を作って、じっと待つ。
脳内が煩雑する。色々余計な事まで考えが廻る。
突如、胸に何かが当たった。
俺は不意に瞳を開く。
胸元を見ると、律の頭があった。
俺の服をぎゅっと掴んでいる。
「… ごめん」
謝られた。
「何で謝るんだよ」
「…… ごめん」
一段と強く掴まれる。
「キス、しようとしたんだよな?」
俺の体に頭を付けながら頷く。
「でも、でもっ……ごめん。恥ずかしい、のかも知れないけど…何故か無理なんだ…っ」
「謝らないでくれよ」
こういうのはオトコからやらないとダメなのにな。
俺は鈍感で、何も出来てない。この祭りに誘ったのが初めての行動だ。
謝るのは、俺の方だろ。
「してくれるのは嬉しいけど、出来ないならいいよ。待ってる」
俺はまた律を撫でた。そして、そのまま抱き締めた。
「俺こそ、ごめんな。やっぱり律も脆いんだな」
律は泣いてこそいなかったが、多分、苦しんでたんだろう。
「出来るようになったら言ってくれ。…その時は俺からするから」
「………ありがと」
「こちらこそ。ありがとうな」
律の握力が緩む。
そして、その手の平は俺の胸を思いっきり押した。
俺は慌ててバランスを取る。
「あー、すっきりしたっ」
俺は皺になった部分を適当に伸ばす。
「ずっと考えてたのか?」
「いや、まぁ。…帰るにつれて」
「軽音部の話の時からか?」
「…まぁ、な。バレてた?」
「いや、微妙。自分でも分からない」
「それはバレてないって言うんだよ」
「んじゃ、分かんなかった」
「なんだよ、それ」
俺達は改めて笑い出した。
何処かで犬が吠えた。それで我に返った。
「んじゃ帰りますか」
律が一歩踏み出す。
家まで数メートルになる。
そして、律の家の門の前に来た。
「そんじゃ、今日もありがとうな」
律が門の向こうに行って、門を閉じる。
「ああ、こちらこそ。 ま、溜め込み過ぎるのは良くないぞ」
俺が気付かないといけないのだろうけど。
律は門の上部に腕を置き、門に寄り掛かる。
「あはは。本当に辛かったら頼りにしてるよ。私のカレシさん♪」
にっ、と歯を見せて笑う。
「っと、律。襟元にゴミ付いてるぞ」
俺は律の左奥辺りを指差す。律が首を捻って確認する。
「んー…見えない」
適当に襟のトコロを手で払う。
「取れてない取れてない。ほら、そのままにしてろ」
俺は門を隔てて、およそ一歩の距離まで近付く。
俺は近付き、律の顔の横まで覗き込み、腕を伸ばし、ゴミを取る―――――フリをした。
律の頬に唇を近付ける。
シャンプーの匂いが、仄かに香った。
「俺がやられたのも、不意打ちだからな」
"やる事"をした俺は、律の攻撃範囲から逃れるべく道の真ん中に下がる。
律の顔を見ると、視線はこっちだが、心ここに在らず。
柏手を打つと、律の瞳に生気が戻る。
律は慌てて左頬に触れる。
「………お前ってやつは」
「まぁ、カップルだからな。お互い良い性格してる、って事だな」
律の顔がまた赤くなり、目がつりあがる。
「――――死ね!」
「死んだらキス出来ないぞ?」
「じゃあ3日程昏睡状態になってしまえっ」
「看病してくれるか?」
「しないに決まってるだろ」
「カノジョなのに?」
「カレシがはしたないヤツだからな」
「んじゃあ、頼んだらもっかいさせてくれるか?」
「ぜぇーったい!むりっ!」
思いっ切り腕で×される。
「ただ」
×を止める。
「ただ?」
俺は聞き返す。
「明日も暇なら、……考える」
俺は気持ちが高揚した。
「大丈夫だ。夏休みはまだ長い」
「明日は?」
「明日も、大丈夫」
「行きたいところがあるんだけど」
両手を顔の横に持ち上げる。
「どこへなりとも」
「いいの?」
「勿論。連れてって下さいな」
律が俺を指差す。
「遅れるなよ?」
「尽力する。律も合わせてくれるなら、大丈夫だけど」
「当たり前だろ。一人で行って楽しいワケないからな」
お互い、喋らなくなる。
「そろそろ帰らないとな」
律がケータイを開いて時間を確認する。
「っと、そうだな。日付が変わると流石にマズい」
俺はここまで来た時の道を逆送する方向を向く。
「それじゃ、おやすみ」
「ああ、また明日な」
冷ややかな風が俺の火照りを冷ましてくれた。

出展
【けいおん!】田井中律はパイナップル可愛い58【ドラム】

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  • こんな彼女が欲しい -- (デコ) 2012-02-28 16:59:21
  • だめだ、これと「俺と律」シリーズ読んでから頭ん中りっちゃんでいっぱいだ!!!! -- (新米隊員) 2011-03-05 00:50:20
  • にやにやが止まらなかったよGJ -- (名無しさん) 2011-02-14 06:21:17
  • GJ -- (名無しさん) 2010-08-05 16:03:09
  • 面白かった。りっちゃんと祭りいきてぇ -- (名無しさん) 2010-05-09 16:50:14
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