SS > 短編-けいおん!メンバー > > 夕暮れ時に


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 盆地の日没は早く、夕焼けも終わりに近い。
 二学期の期末考査のため、部活は休止だが、音楽室には明かりが点いている。
静かな部屋には廊下からの足音が良く聞こえた。
それが音楽室の前で止まり、先生に見つかったかと思ったが違った。
「ムギー、いるかー?」
「あら、りっちゃん。……どうしてここに?」
 澪ちゃんと一緒に帰ったと思ったけれど。
「澪は図書館で勉強していくってさ。私は邪魔だから先に帰ってろって……。
で、外から明かりが見えたから」
「そうだったの……。あ、お茶いかが?」


「クッキーもあるのよ。さあ、どうぞ」
 二人の真ん中に皿を置き、自分もひとつ取ってみせる。
以前に持ってきておいたものなのだろう。個別包装のクッキーはいつものに
比べると見劣りするが、乾いた食感はミルクティーの滑らかさとよく合う。
「ムギ、もしかして、試験中ずっとここに来てる?」
「ええ」
「先生に見つかったらマズイんじゃないか?」
「まだ、見つかってませんよ?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「大丈夫よ。見つかったときは、ごめんなさいって言えばいいわ。
私、先生方にはうけがいいのよ?」
 律は目を伏せて肩をすくめる。
 かわいい女の子なのに、そんな所作が似合うのが不思議だ。



 律と向き合って、ゆっくりカップを傾けていると、
入学してからのことが思い出された。
「もう12月ね……」
「ん? ああ」
「あっという間だったわ……」
「そうか?」
「ええ」
 屈託のない笑顔の紬。そこに嘘はない。
でも、と律は思う。もっと彼女にふさわしい場所があったのではないか。
私たちとは違う友人を得られた可能性があったのではないか。
「なあ、ムギ」
「はい?」
「……いや、いい」
 軽音部に入って良かったか? なんて訊いてどうするのか。
強引に誘ったのは自分なのに、そんなことを訊くなんて筋違いだろうと
思い直す。
「……私、軽音部に入ってよかったわ」
「……」
「本当に。誘ってくれてありがとう、りっちゃん」
「え、いや、あはは……部屋を間違えたのが運の尽きだったな」
「ふ、ふふっ」
 あの時のことは良く覚えている。
高校では何の部活に入るか、何度も考えたはずなのに、
一瞬でそれが覆ってしまった。
 寸劇のような二人のやりとり、それを見たとき、自然と笑いがこみ上げてきた。
自分があんなふうに笑えるなんて、りっちゃんに会うまでは忘れていた。
 そのとき私はあの二人に賭けた。高校生活の三年間を、
もしかしたらもっと大事なものを……。


「ムギ?」
「え? あら、ごめんなさい」
律に見つめられていたことに気づいて恥ずかしくなる。
「もうそろそろ帰りましょうか」
「そだな」
食器を二人で洗い場へ運ぶ。
カップをすすぎながら、背中のりっちゃんに話しかけた。
「最初に会ったときの、りっちゃんと澪ちゃん、ほんとに可笑しかったわ」
「そぉかー?」
「ええ。……これからも、二人のことを見るのが楽しみだわ」
洗い終わったカップを食器棚に納め、閉じたガラスの戸に律の顔が映った。
「……ムギ。……それは違う」
「え?」
「ムギが私を見ているんじゃない。
私はムギの隣にいる。ムギは私の隣にいる。同じものを見て、
同じことを感じて、同じ時間を過ごすんだ。
その方が楽しいだろう? な?」
 律は紬を捕まえるように後ろから腕をまわした。

 肩にのせられた頭の重み、耳をかすめる律の前髪、
背中に伝わる体温……すごく、近い。
 紬は体を離すと振り返って正面から律に抱きついた。
「好きよ、りっちゃん」
「私もだよ、ムギ」
露ほども動じない律に、悲しいような、腹立たしいような気持ちになる。
 これは、一矢を報いねばなるまい。
 りっちゃんが悪いんだから、と言い訳しながら、離れ際、
律の頬にキスをした。
 澪ちゃん、ごめんね。でも、いつも独り占めなんだから、
ちょっとくらい、いいわよね?
「ムギ!?」
 いたずら小僧の笑顔のまま紬は部屋を出て行く。
「先に行くわね。また明日」



 冷たい風が肌を刺す。
 高ぶった気分が落ち着くと、胸が苦しいような気がした。

「あんなに優しくなかったら、こんなに……」




出展
【けいおん!】田井中律は素で可愛い66【ドラム】

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  • やっぱり澪が居るから律紬は悲恋気味になるよね…だがそれがいい(・∀・) -- (名無しさん) 2010-06-15 20:03:46
  • 擬音“ずきゅぅうぅん”(笑)。……りつむぎ最高~!! -- (紅玉国光) 2009-09-30 20:14:57
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