いつものハンバーガーショップ。店内にはまばらに客の姿。
カウンターの見える窓際の席で先輩達は既に談笑をしていた。
ポテトとオレンジジュースを載せたトレイを置き席に腰掛けると唯先輩が入部した時の事を話していた。
「・・・でぇ、ホントはカスタネットくらいしかできないんだけど、見栄張ってハーモニカって言っちゃって・・・
そしたらりっちゃんがすぐさまポケットからハーモニカ取り出しちゃったりしちゃってさぁ・・・
あん時は超焦ったよ〜」
律先輩がハーモニカ?
ドラムを叩いている姿しか見た事が無かった私にはちょっと意外な気がした。
相変わらず唯先輩と律先輩は漫才のように話を続けている。
話を逸らすのも悪い気がしたので、隣に居た澪先輩に小声でたずねる事にした。
「律先輩ってハーモニカ吹けるんですか?」
「ん?あぁ、梓は知らなかったのか。
律のやつ結構昔からハーモニカを吹いていてな、あれで結構渋い音出すんだよ」
「へぇ、意外ですね」
そこから先は周りに聞こえないようにさらに小声になって話した
「律先輩って音程がある時点でムキーってなりそうですけど(笑)・・・」
「ふふふっ(笑)本人は照れくさいのか、人前じゃあほとんど吹かないけどな
何しろ始めたきっかけが、昔好きだったおと・・・!!」
気がつくと後ろから両腕で私達をヘッドロックした律先輩が交互にこちらをにらみつけていた。
さっきまでテーブルの向こう側で唯先輩と漫才をしていたはずなのに。
「なぁ〜にを話しているのかなぁ〜(怒)」
「「ひいぃぃ!ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメン・・・・・」」
それからしばらくたったある日の事・・・
音楽室への階段を登っていると部屋の中から何やら聞こえてきた。
いつもは聞きなれないリード系の音だった。
「こんにちはー・・・って、あれ?律先輩ひとりですか?」
部屋の中では律先輩がひとりで長椅子に腰掛けていた。
そしてその右手にはハーモニカが握られていた。
「よう、梓!今日も相変わらず早いな
澪たちは何やら用事があって遅れるってさ」
「そうですか・・・
ところで、さっき聞こえてきましたけど、そのハーモニカは律先輩のですか?」
「あれ?聞こえちゃった?
一人でヒマだったから久々に練習でもしようかな〜って
・・・!そうだ!、ここはひとつジャズ界のサラブレッドである中野梓先生にお聞かせしちゃおうかしらん(笑)」
「・・・別にご自由にどうぞですけど・・・」
そう言うとふんぞり返っていた先輩は両肘を腿の上に乗せ、おもむろにハーモニカに息を入れ始めた。
独特の柔らかなリードの音が音楽室に響き渡る。
最初はいい加減に吹いているのかと思ったが、メロディを聞いているうちに思わずハッとなった。
- !この曲、どこかで聞いた事がある!・・・
- 確かお父さんが昔聞かせてくれた曲だ・・・
「いいか梓、ジャズって言うのは即興音楽、つまりはアドリブを楽しむ音楽なんだ
楽譜なんてあってないようなものだし、どのタイミングでどんな音を出しても自由だ
自分が出した音でみんなが楽しくなればそれが正解なんだよ」
- 最初はいい加減に音を出しているみたいだったけど、実はメロディをあえて崩してたなんて
- 今まで律先輩っていい加減で大雑把なだけかと思ってた
- 音楽には良い意味でのいい加減さが必要なのかな
- 律先輩のいい加減さももしかして・・・
「・・ずさ!おい、梓っ!!」
「!!」
「何だよ、人がせっかく演奏してやってるっていうのにボケーっとしちゃってさー
・・・ははーん、さてはあまりの演奏の素晴らしさに私に惚れちゃったのかしらん?」
「な、、そ、そんな事ないです!///」
そういったセリフとは裏腹に私は頬のあたりから耳の方まで熱くなるのを感じていた。
「まぁ、そういう事にしておくか
それよりさぁ、梓、お前サラブレッドなんだからブルースの一つくらい弾けるだろ
ちょっとセッションしてみようぜぃ」
そう言うなり律先輩は長椅子からスッと立ち上がってドラムチェアに腰掛けた。
私はそそくさとギターを取り出すとチューニングもそこそこにアンプにつなげて準備をした。
「キーはB♭ね
テンポは・・・うーん、これくらいかな」
ハーモニカを右手に持った先輩はハイハットを裏拍で踏み始めた。
それに合わせてカッティングを始める。
ブルースなんて弾くのは何年ぶりだろう。
お父さんにギターを習っていた頃に何度か弾いた程度だった。
その頃はアドリブもセッションの良さもよく解らなかった。
自分のカッティングに合わせて、先輩のハーモニカがメロディを重ねる。
ハイハットで刻みながら時々アクセントがわりにバスドラが入る。
なかなか器用な事をするなと思いつつ、自分も時々合いの手を入れる。
テーマが終わりアドリブに入る。
決してテクニックがあるわけでもなく、難しいフレーズを吹いているのでもない。
しかしそこには渾然一体となる心地よいグルーブが生まれていた。
目で会話をし、音で会話をする。生きた音楽がそこにはあった。
- 今まで「他人より上手く」って事ばかり考えてた
- でも今は一緒に音楽を作っていくという行為の心地よさを求めるようになった
- この先輩たちと出会えて本当に良かった・・・
最後のフレーズが終わり、先輩のバスドラがエンドマークを示した。
どちらともなく笑いがこみ上げてきた。
「「ふふふ・・・」」
「いやー、梓!さすがだな!
こんなに楽しくハーモニカ吹いたの始めてかも!!」
「わ、私もっ!・・・///」
それ以上は言葉が出なかった。
何の決まりもないテキトーな音の羅列のはずなのに律先輩の音は確かに私の心を鷲掴みにした。
文字通りいい加減は良い加減でテキトーは適当だった。
「また今度機会があったらセッションしような
もうちょっとコッソリ練習しとくから!」
「はい!ぜひお願いします!!
・・・でも、何でコッソリなんですか?」
「そりゃあ、お前・・・アレだよ///
私はドラムだし、部長だし、みんながちゃんと乗れるようにドーンと構えてなきゃいけないわけよ
ハーモニカはあくまでも趣味の一環だし、それに・・・///」
「それに・・・何ですか?」
先輩は頬を赤らめながら軽くうつむき加減になった。
その時、音楽室のドアが勢い良く開いた。
「おいーっす、諸君!」
「遅れてスイマセン」
「ゴメンなぁ、遅れちゃって」
「あ、お前ら遅いぞぉ!
先輩としての自覚が足りないんじゃないのかぁ」
いつもの表情に戻った律先輩はドラムを離れティータイムの準備に入っていた。
- いつもとは違った律先輩
- どれが本当の律先輩なんだろう?
- 私、もっと律先輩の事を知りたい
「ところでさぁ、りっちゃん
さっきまであずにゃんと何してたの?」
「そ、そりゃ、唯、・・・・・ひ、秘密の会議だよ
な、なぁ、梓!」
「!!・・・え、えぇ」
「ぶー、何か怪しーのー」
- ハーモニカを始めた理由は今度じっくり聞くことにしよう
〜終〜
出展
【けいおん!】田井中律はハーモニカ可愛い67【ドラム】
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最終更新:2009年08月15日 23:25