律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 第5章


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憂「・・・じゃがいもが溶けてもろもろだよ・・・。お姉ちゃん。電話でないし・・・」

いつまでも帰ってこない姉を心配しつつ、憂は机の上の、肉じゃがへと変更したカレーであった物を眺めていた。
長い間火を止めたりつけたりしながら温めていた上、焦げ付かないように混ぜたりしていたので、タマネギは消え、じゃがいもは溶けてドロドロになっていた。

憂「どうしよう・・・警察に電話した方が良いのかな・・・。お姉ちゃん・・・」

だんだん不安になってきた憂は、泣きそうになってきた。
と、知らぬ車が家の前で止まったのが、憂の目に入った。

憂(ど、どどどどどうしよう・・・)

不安になっていた憂は、若干パニックに陥った。辺りをきょろきょろと見渡す。
チャイムなしで、玄関の扉が開く音がした。憂は咄嗟に箒を掴むと、玄関へと駆けた。


憂「えええええぇい!」

箒を振り上げて憂は廊下に出る。と、

憂「お、お姉ちゃん!!?」

靴も脱がずに、そこにぼーっと立っているのは、間違いなく待ちわびた姉の姿。
憂は箒を放り捨て、唯に抱きついた。

憂「お姉ちゃん、遅いよぉ!!心配したんだよ!ごめんね!カレーが肉じゃがになっちゃったの!!じゃがいもが溶けちゃって、それで――」

涙ぐみながら訳もわからず叫ぶ憂。だが、姉の体が震えていることが、その体を抱きしめる腕を通してわかり、憂は顔を上げた。

憂「お姉ちゃ――」
唯「ういいいぃ・・・」


今度は唯の方から憂を抱きしめた。憂のエプロンに顔を埋め、ぽろぽろと大粒の涙を流す。

憂「お姉ちゃん・・・泣いてるの?どうしたの?」
唯「ふええええぇん・・・」

ただ泣き続ける姉に、憂はそれ以上聞くのはやめた。

憂「お姉ちゃん、部屋に行こう?とりあえず、靴脱いで」

優しく唯を支えながら、憂は彼女を部屋へと連れてあがった。
自分の部屋に入ると、唯はベッドに倒れ込んでさらに泣く。
憂は黙って下に下りると、ご飯と肉じゃがと野菜を皿に盛り、お盆にのせて持ってあがった。

憂「お姉ちゃん。机に晩ご飯置いておくから、落ち着いたら食べてね」

返事はなかったが、憂は静かに唯の部屋を出た。

憂(どうしたんだろ・・・お姉ちゃん・・・。明日聞けたら聞いてみよう・・・)

憂は一人、台所で晩ご飯を食べ始めた。


翌日。

憂(休日にお姉ちゃんが、私より早く起きるなんて・・・)

普段は起こしても起きないような筋金入りのねぼすけの唯。
そんな彼女が、どういう訳か置き手紙を残してすでに出かけていた。

憂(昨日の夜のことかな・・・。一体何があったんだろう)

憂は自分の朝食を机の上に並べつつ、テレビをつけた。

憂(お姉ちゃん・・・)

なかなか置き手紙を読む気になれず、リモコンを手に持ったまま俯く憂。

『――・・・次のニュースです。昨晩私立桜が丘高等学校の生徒が、暴行の末、ナイフで刺されるという事件が起きました。』

ぼんやりとした彼女の耳に、聞き覚えのある単語が入った。

憂(桜が丘・・・お姉ちゃんの高校!!)

憂は慌てて画面を食い入るように見つめる。出てきた地名、風景は見慣れたものばかりだった。


憂(嘘・・・けっこう家から近い・・・)

『・・・調べによると、この生徒は友人が暴行されそうになったところを助けに入り、巻き込まれた模様です。また、犯人グループの中には桜が丘高校の教員も二名いたそうで、現場は騒然としています』
『当時暴行されかけていた生徒に怪我はないようですが、被害者の田井中律さんは、意識不明の重体です』

画面に映し出された顔、聞こえてきた名前に、憂はリモコンを取り落とした。

憂「嘘・・・律、さん・・・?」
憂(律さんが、刺された!?)

憂は唯の置き手紙を開ける。

『りっちゃんのお見舞いに行ってきます。帰りは遅くなると思う』

震えた文字で、紙の真ん中に小さくそれだけ書かれていた。よく見るとその紙は、水分を含んだようにしわしわになっていた。

憂(律さん・・・)


紬の父に連れられて、三人は律が運び込まれた病院まで来ていた。
だが、三人は律の姿を見ることができなかった。
律が収容されている病室の扉に刻まれた、面会謝絶の文字。
その文字が、まるで呪いのように三人をその場に凍り付かせた。

澪「り、つ・・・っ!」

澪が倒れ込むようにその扉に縋りつき、声を殺して泣き始める。
昨日から一体どれほど泣いただろうか。
いくら泣き虫とはいえ、これほどにまで泣き続けることが出来る自分に驚くほどだ。
だが、そう思っていても、止まらない物は止まらない。
床に座り込んで泣き続ける澪を、紬がそばにあったソファに座らせた。


痛いほど静かな時間が過ぎていく。
紬の父は、三人だけの時間が過ごせるように気をつかったのか、どこかに行ってしまった。
おそらく病院の先生と話をしているのだろう。
澪は泣きはらしてしまった目にハンカチを当ててうずくまっている。
そんな彼女の背中を、紬が優しくさすってやる。
唯はただ、呆然と面会謝絶の文字を眺める。

唯(こんなの・・・ドラマの中だけだと思ってた・・・)

こんな状況、空想の話の中だけだと思っていた。人ごとのようにしか、考えたことがなかった。
現実ではこうも心臓を抉られるような気になるのだと、初めて知った。

唯(りっちゃん・・・冗談だよね・・・。嘘だって言って、出てきてよ・・・)

唯はそれ以上その残酷な文字を眺めていることができなくなり、顔を背けた。


どれほど時間が経っただろうか。
おもむろに沈黙を破ったのは、澪だった。

澪「律・・・気を失う前に、私を見て笑ったんだ」

小さく首を振って、澪は続ける。

澪「ううん、それだけじゃない・・・。私だけをタクシーに乗せて逃がしてくれたときも、振り返って笑った」
澪「どうして・・・怖かったに違いないのに・・・苦しかったはずなのに・・・何で笑ったの?」

澪は俯いたまま、誰にというわけでもなく、疑問をぶつける。
それに答えたのは、意外にも――

唯「・・・そんなの、決まってるよ・・・」

唯だった。澪を見つめるその顔は、見たことないぐらい真剣だった。


唯「澪ちゃんを助けることが出来たから、だよ。絶対」
唯「辛そうにしてた澪ちゃんを見た時は、りっちゃんも辛そうだったもん」

唯の言葉に、紬も小さく頷いた。

紬「小さい頃から、りっちゃんは澪ちゃんの親友だったんでしょう?」
紬「ずっと一緒にいたから、りっちゃんは、『こいつは守ってやらなきゃ』っていう使命感をいつの間にか持っていたのかもしれないわね」
唯「だって、あのりっちゃんだもんね・・・」
澪「唯・・・むぎ・・・」

澪は顔を上げ、もう一度固く閉ざされた扉を見つめた。

澪(そうだ・・・あの時だって・・・)


ちび律『もー!みおってほんとあぶなっかしいよね!』
ちび澪『うえぇええ・・・ぐすっ・・・』
ちび律『もうわんちゃんいないよ。ほら、だいじょーぶ』
ちび澪『うん・・・うん・・・』

差し出された手を、涙で濡れた手で握り返す、幼き日の澪。そこへ、笑い声が飛んできた。

ガキA『あはははは!みたぞみたぞ!犬においかけられてないてやーんの!』
ガキB『なきむしだ!なきむしだー!』
ちび澪『っ!!ふ、ふぇ・・・』
ガキA『また泣いたー』
ガキB『また泣いたー』
ちび律『――~っおまえらー!!』


ガキA『うわっ!』
ちび律『みおをいじめるやつは私があいてだー!』
ガキB『田井中だっ。おまえにはかんけいないだろー』ドンッ
ちび律『っなにをー!』ベシッ
ガキB『いてっ』
ガキA『なにすんだよ!』バシッ
ちび律『そっちがやってきたんだろ!』ボコッ
ガキA『いてっ』
ちび律『とっととあっち行けぇ!ばかやろー!』

しっぽを巻いて逃げていくガキ共に、幼き日の律はあっかんべーをした。


ちび澪『・・・すんっ・・・』
ちび律『きにすることないよ。さ、かえろ?』

もう一度澪の手を取る律。澪はおずおずと、律のおでこを指さした。

ちび澪『たたかれたところ、赤くなってる・・・』
ちび律『だいじょーぶ。いたくないもん』
ちび澪『ほんと・・・?』
ちび律『ほんとっ!だって、みおがかなしそうにしてるの見るほうがもっといたいもん』
ちび澪『いたい?りつが?』
ちび律『うん。みおが泣いてるの見ると、むねのところがぎゅっ、ていたくなるんだ』
ちび律『だから、それにくらべたらぜーんぜん、へいきだよっ!』
ちび澪『りつ・・・ありがとうえぇ・・・』
ちび律『ないちゃだめー』


澪(・・・律は小さい頃から私を助けてくれていた)
澪(馬鹿で、ふざけてて、おっちょこちょいだけど、心の底に強さを持っていて・・・)
澪(私はその強さに甘えてたんだ・・・)
澪(私自身、もっと強くならなきゃいけないのに、心のどこかでそれをめんどくさがってた・・・)

澪「私・・・馬鹿だ・・・」

頭を抱え込んでうなだれる澪。と、そこへ紬の父が帰ってきた。

紬「お父様・・・」
紬父「・・・今日は、帰ろう」
紬「・・・っ」
紬父「――明日から、面会可能になる」


澪「本当ですか・・・!」

弾かれるように顔を上げる澪に、紬の父は小さく微笑み、また真顔に戻った。

紬父「親族と、君たち軽音部関係者だけ特別に、だそうだ」
唯「私達・・・だけ・・・」

それほどの状態なのだと、嫌でもわかった。だが、明日になれば律にあえる。それだけが三人の励みになった。

紬父「さぁ、家まで送ろう」

重い体を起こして、三人は立ち上がった。
途中何度も振り返りながら、三人は律の病室を後にした。


憂「お姉ちゃん・・・」
唯「憂・・・」

家に戻った唯を出迎えたのは、涙目の憂。

唯「りっちゃんのこと――」
憂「朝、ニュースで見て、新聞で詳しく知ったよ・・・。律さん、大丈夫だよね?」
唯「うん。大丈夫だよ、絶対」

偽りの笑みを浮かべる唯。憂は心が痛くなった。

憂「お見舞い、どうだったの・・・?」
唯「・・・・・・」

唯の顔が曇る。聞かなければ良かった。憂は後悔した。

憂「――・・・っお、お昼ご飯作る――」
唯「会えなかったんだ」


憂「えっ・・・」

唯は決心した。
憂だって、律とは仲が良かった。きちんと何があったか、説明しなくてはいけない。

唯「憂、ちょっと長くなるけど、全部話すね」

唯は靴を脱いで、リビングへと向かう。その後ろを、憂が黙って付いてきた。
いつもと違う姉の雰囲気に、少し戸惑った顔をして。


憂「そう、だったんだ・・・。澪さんが・・・」
唯「うん・・・。でも、今日は会えなかったけど、明日からは部屋に入っても良いんだって」
憂「ホントに!?」
唯「でも軽音部関係者と、りっちゃんのお父さんやお母さんだけって」
憂「そっか・・・心配だね」

憂が肩を落としたその時、インターホンのチャイムが鳴った。

憂「・・・お客さんだ」

憂は目に滲んだ涙を拭った後、玄関へと駆けていった。


唯「・・・・・・」

何をするわけでもなく、ただぼーっとする唯。ギターを触る気にもなれなかった。
床に寝転ぼうとしたとき、ドアが開いた。

憂「お姉ちゃん、和さんだよ。あがってもらうね」
唯「ん、うん」

体を起こし、座り直す。憂は一度廊下に戻ると、台所へと向かった。

和「唯!」

血相を変えた和が、すぐにリビングに現れた。

唯「和ちゃん・・・」
和「携帯にかけても繋がらなかったから来たんだけど・・・その・・・」
憂「どうぞ、座って下さい」

お茶とお菓子を持って、憂が戻ってくる。和は何か言いたげにしていたが、とりあえず腰を下ろした。


唯「りっちゃんのこと、だよね」
和「・・・えぇ。ニュースを見たとき、信じられなかったわ。いてもたってもいられなくなって・・・」
唯「ごめんね、連絡入れられなくて・・・。私も昨日から取り乱しちゃってて」

苦い笑みを浮かべて唯は和を見る。唯のこんな辛い笑顔を見たのは、初めてだった。

和「・・・刺されたって、本当なの?」
唯「うん・・・。B先生に・・・」
和「嘘・・・あの先生が・・・」

二度目になる事件の説明を始める唯。話が終わる頃には、和の眼鏡の奥の瞳は微かに揺れていた。

和「律・・・信じられない・・・」
唯「私も・・・夢ならいいのにって、ずっと思ってるよ」
和「・・・お見舞い行きたかったけど・・・これじゃあ無理ね」
唯「こまめに連絡入れるようにするよ」
和「お願い。・・・私もたまに顔を出すようにするから」


唯と澪を自宅に送った帰り道。
紬は静かな車の中で、ずっと引っかかっていたことを口にした。

紬「お父様・・・何かしたの?」
紬父「・・・何がだ?」
紬「両親はともかく・・・私達も特別に面会可能だなんて・・・」
紬父「・・・・・・」
紬「普通なら両親だけのはずでしょう・・・?」
紬父「・・・・・・」

紬の父は、一つため息をつくとその重い口を開いた。


紬父「私は何もしていない。だが・・・」
紬「・・・?」
紬父「正直に言うと・・・律ちゃんは危険な状態だ」

求めていた真実が、残酷に紬の胸を抉っていく。

紬父「どっちに転ぶかわからない不安定な状況なんだ。だから・・・医師の方々も、お前達に託したいみたいだ」
紬父「少しでも長く、律ちゃんの傍にいてあげなさい。親友のお前達が傍にいるだけで、律ちゃんは救われるだろう」
紬「ふ、ぐすん・・・りっちゃん・・・」

俯いて泣き出した紬の頭に、紬の父は静かに手を置いた。


澪はベッドで一人横になっていた。
本当はマスコミやらに追いかけ回される状況だが、紬の父が手配してくれた。
律の状態が安定するまでは、電話一つかけてこないそうだ。

澪「・・・・・・」

明日、連絡を聞いた旅行中の両親が帰ってくるらしい。――律の両親もだ。
ベッドの横には自分の鞄と並んで、律の鞄が置いてある。
あの夜、家の玄関に放置されていた鞄だ。
澪はおもむろにそれを持ち上げると、きつく抱きしめた。

澪(明日・・・律に会える・・・)


さらに翌日。
日曜の朝の人影が少ない道を、三人を乗せた車が走っていく。
全員終始無言だった。
いつもならこういうとき、律が話題を作ってくれるのに。
同じ事を誰もが一緒に思っていた。


紬父「それじゃあ、私は今日は用があるから・・・」
紬「えぇ、また連絡するわ」

紬の父は三人を見回すと、車に戻っていった。


律の病室の前には、すでに人がいた。
澪の両親だった。
ソファに座って黙していた二人は、澪に気がつくとすぐに彼女に駆け寄った。

澪母「澪!!あぁ澪!!」

澪の母は澪を縋りつくように抱きしめると、その場に泣き崩れた。

澪父「澪・・・無事で良かった・・・。悪かった、一人にして・・・」

顔をぐしゃぐしゃにして泣く妻の傍に行き、澪の父は娘の顔をじっと見つめた。
その声は心なしか震えていた。

澪「お父さん、お母さん・・・」

二、三日会えなかっただけなのに、ものすごく長い間感じてなかったかのように感じる、家族のぬくもり。
澪は母の抱擁に、ただ身を任せた。


ガチャ
ふいに、律の病室の重い扉が開かれた。
出てきたのは、やつれた顔に涙を浮かべてふらつきながら歩く律の母と、彼女を支える律の父だった。

唯「りっちゃんのお母さんとお父さんだ・・・」

唯の声に、こちらに気がつく律の両親。
澪は母の腕をそっと離すと、二人の前まで歩いていき、頭を深く下げる。

律父「澪ちゃん・・・」
澪「謝っても許されることじゃありません・・・。でも、謝らせて下さい・・・お礼を言わせて下さい・・・!」
澪「律が・・・律が助けてくれなかったら、私っ・・・!本当に、すみませんでした・・・!!」

震える声ですみませんと繰り返す澪。
澪の両親も、彼女の隣で頭を下げた。


律父「顔を上げて下さい。澪ちゃんも、ご両親も」

律の父が静かに口を開く。それでも澪は、頭を上げなかった。

律父「今回の件は律が・・・あの子が自分の意志でやったことです。澪ちゃんが謝ること、ないよ」
澪「・・・・・・」
律父「律は澪ちゃんが傷付くのを見たくなかったんだ。そんな顔してたら、逆に律が救われない。いいかい?」

律の父が、澪の前にしゃがみ、彼女の肩に手を置いた。

律父「どうしても償いたいと思っているなら、律の傍にいてやってくれ。それだけで十分だよ」
律母「・・・お願いね、澪ちゃん。それに、唯ちゃんに紬ちゃんも。それが律の励みになるわ・・・」

泣きはらした目で薄く微笑み、律の母は三人を見た。
澪はにじんだ涙を拭うと、顔を上げてしっかりと頷いた。


医師の許可をもらい、三人は律のいる病室へと入る。
目に入った光景に、胸が締め付けられた。
律と面会が出来たことを、素直に喜ぶことができなかった。

確かに律はそこにいた。
無地のベッドの上に、飾り気のない患者服を着て横になっていた。
嫌でも目に付くのは、彼女の体に取り付けられた数々の機器。
顔につけられた酸素マスクから伸びるチューブが、半開きの口に入れられている。
無数のコードが伸びた心電図が、静かな室内に一定のリズムを刻む。
律の頭や腕には包帯が巻かれ、あちこちにガーゼが貼り付けられていた。

普段の彼女からは想像できない――想像したくもない姿だった。


澪「律・・・」

澪はふらふらとベッドの横へと行く。
自分を映すことはない閉ざされた瞳は、開く気配を微塵も見せない。

唯「りっちゃん・・・」
紬「・・・・・・」

紬父『正直に言うと・・・律ちゃんは危険な状態だ』
紬父『どっちに転ぶかわからない不安定な状態なんだ』

その事実を知るのは、父から聞いた紬のみ。
紬は不安で引き裂かれそうになる体を自分で抱きしめるようにした。


また、沈黙が三人を包んでしまう。

澪(駄目だ・・・これじゃ、駄目なんだ)
澪(律は私達が悲しむのを望んでいないんだから・・・)

澪は小さく頭を振ると、唯と紬を振り返り、気丈に振る舞った。

澪「――明日から学校だけど、私毎日ここに通うことにするよ!」
唯「澪ちゃん・・・。なら、私も!」
紬「・・・当然私も」

唯がびしっと手を挙げ、紬もにっこりと笑う。
澪はもう一度律を振り返ると、点滴の管がつながれた手を、そっと握った。

澪「律、頑張れ・・・。明日も、明後日も――律が元気になるまで毎日絶対来るからな」


それから数時間後。
病室の扉がノックされ、話をしていた三人は立ち上がって返事をした。
看護士によって開けられた扉の向こうに立っていたのは、さわ子だった。

澪「さわ子先生!」
さわ子「りっちゃん・・・りっちゃんは大丈夫なの!?」

真っ青な顔で病室に入るさわ子。
ベッドで眠る律を見て、彼女は眼鏡の奥の目を潤ませた。

さわ子「うっ・・・りっちゃん・・・」
唯「さわちゃん先生・・・研修は?」
さわ子「そんなものどうでもいいのよ!・・・B先生、急に研修の話持ちかけてきたと思ったら・・・」
紬「B先生に研修の話を・・・」

さわ子は机の上に鞄を置くと、眼鏡を取ってつかつかと歩き出した。

さわ子「ちょっとBの野郎ぶちのめしてくる」
澪「い、いやいや・・・」


澪は慌てて彼女を止める。

澪「先生落ち着いて下さい。もうB先生は留置所の中ですよ」
さわ子「うううぅ・・・なら、面会許可もらって情け容赦ない罵声の数々を――」
唯「そんなことより、りっちゃんの傍にいてあげてよぉ」

腕を引っ張って言う唯の言葉に、さわ子は我に返った。

さわ子「・・・そうね・・・。ごめんなさい、取り乱したわ」
澪「いえ・・・」

でも、と紬がさわ子を見る。

紬「先生忙しいんじゃないですか?職員の中から犯罪者が出たんですし・・・会議とかあるんじゃ・・・」
さわ子「そうなのよね・・・。できるだけここには来たいけど、さすがに毎日は無理かも・・・」
唯「そんな~・・・」


さわ子は真面目な面持ちになると、三人の顔を一人一人しっかりと見つめた。

さわ子「頼んだわよ、あなた達・・・。りっちゃんのこと、しっかり見守っていてあげて」
澪「――もちろんです」

さわ子は鞄を手に取ると、中から手帳を取りだした。

さわ子「そうそう、大事なことを忘れてたわ。・・・その、学校の中からわいせつ行為の犯人と、それの被害者がでたってことで、むぎちゃんの言う通り、今学校中大騒ぎなの」
さわ子「明日から月曜日だけど、学校は一時休校になるみたいよ」

唯「ホント!?」
さわ子「えぇ」
澪「じゃあ、ずっと律の傍にいてやれるな」
紬「嬉しいわぁ」

さわ子は喜ぶ三人を見て、小さく微笑んだ。


それから毎日、三人は律の病室を訪れた。

澪「律!今日は和と憂ちゃんも、そこに来てくれてるんだぞ」
唯「二人とも入室は許可されないんだけど・・・りっちゃんが元気になるようにって、千羽鶴折ってくれたんだよ!」


澪「今日は久しぶりにバンドの練習をしたんだよ、律」
紬「りっちゃんが起きたときに、なまけてたなーって怒られないように、頑張ったんだから」

机の上に置かれた小さなスピーカーから、録音された演奏が流れてくる。
しかし、ドラムの音はない。

澪「お前がいないと、全然演奏に迫力が出ないよ・・・。早く元気になれよ」


唯「りっちゃん!さわちゃん先生が来てくれたよ!」
さわ子「無理言って抜け出してきたわ!さあ、夕方までしゃべるわよー!」


澪「律、凄いぞ・・・。クラスのみんなから、手紙がいっぱい来てる」
唯「寄せ書きも預かってきたよ!」
紬「みんな、りっちゃんが元気になるの、ずっと待っててくれているのよ」
澪「幸せ者だな、お前は・・・」

その後も、励ましの言葉が録音されたテープや花も病室に届けられた。

澪達も時間が許す限り律の傍にいて、他愛もない話を続けた。
律が笑いながら相づちを返してくれるのを期待して。



しかし――いっこうに律は目覚める様子を見せなかった。





律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」
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