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「A/B LIVED」(2008/06/17 (火) 22:58:35) の最新版変更点
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**A/B LIVED ◆Haf2Sq.37.
■
そこには、五つの音がある。
ふたつは車輪の硬質ゴムが地面を咬む摩擦音。
ひとつは埒外の高出力エンジンが全力稼動しているが故のエグゾースト・ノイズであり、
「近づいてる! 近づいてるぞカザミ! これに内蔵兵器は無いのか!?」
「サイクロンの速度は半分以下か……ミサイルも砲も外されている! どの道その程度では効かん!」
「化物め……他に何か無いのか!」
残るふたつは、アンドロイドとサイボーグの声だ。
ある種の昆虫を思わせる独特のフォルムをしたバイクに跨り、ステアリングを握るのは銀髪隻眼の少女―――チンク。
後部でバランスを取りつつ、PDAの画面を覗き込む満身創痍の男―――風見志郎。
「俺の支給品があるにはあるが……」
「何だ!」
そして、本来の半分以下とはいえ五百メートルを一秒足らずで駆け抜けるサイクロン号に、追随する者がいた。
角度を調節したバックミラーに映るのは、常軌を逸した速度で自転車を走らせる大柄な男―――ディムズデイル・ボイルド。
一瞬でも時間を稼ごうと、チンクが後ろ手に投じたナイフは、悉くがその擬似重力の壁に逸らされあらぬ場所へと突き刺さる。
「使えそうなのは……銃だけだ」
「IS発動ッ!」
周囲の地面が爆破され、迫撃砲じみた衝撃がボイルドを襲い、そして当然のように何の影響も及ぼせない。
自転車の進路上に急激な段差が生まれたが、転倒どころか減速さえしない。能力の精妙な制御によって前輪を瞬間的に浮かせ、飛び越えるように回避する。
「牽制にはなる。銃を使え! このままではすぐに追い付かれるか追い詰められる!」
「途轍もない銃だ。今の俺では反動を支えられん!」
「……奴の銃よりも強いか?」
「確実にな。だが、奴の防御を正面から破れるとは思えん」
「……一発は撃てるんだな?」
「ああ……ッ、そういうことか!」
風見志郎は痛む手を動かし、転送をコマンドした。
顕れる鋼鉄。二連銃身を備えた漆黒のハンドガン―――ハカイダーショット。
超高周波炸裂弾が装填されていることを確認し、撃鉄を引き起こす。
脇を締め、右で銃把を握り左で銃身を抑え込む。反動による銃口の跳ね上がりを押さえる姿勢。
チンクが僅かにアクセルを緩め、ボイルドの左を並走。
ボイルドは鋼のような無表情。ペダルを漕がず、能力と慣性のみで走る体勢に切り替える。
そして、恐るべき速度でデザートイーグルを抜き放ち―――
「今だッ!」
反動に耐える為、サイクロンの車体が右に傾く。
その一瞬に全力を集中させ、風見はボイルドの防御が無いであろう場所を狙う。反動を修正する為、照準は更に下。
デザートイーグルの弾丸を打ち砕き、その身体に弾丸を届かせる最大のチャンス。
トリガーを引き絞る―――轟音。
同時、両腕が肩口から吹き飛んだ。そう錯覚させる程の、莫大な衝撃が襲い来る。
めしり、と小枝を捻り折るような音が、風見の体内を走った。
最も衝撃を受け止めた右肘の関節が、限界を超えて砕け散る。
「ぐ……あああっ!」
発射された弾丸が着弾し、炸裂音と共に視界が閉ざされる。
サイクロンもまた、強い衝撃を受けた。
咄嗟の判断でアクセルをニュートラルに。後輪をロックし、風見の体を伝わった運動エネルギーを、地面を焦げ付かせつつ横滑りし受け流す。
旋回したタイミングを計ってアクセルを限界まで絞り、前輪に動力を叩き込んだ。
排気によって吹き散らされる粉塵。タイヤが白煙を上げ、加速を再始動。遠心力によって、転倒寸前の車体を強引に引き起こす。
アクセルターンと呼ばれる技術に近い、機械の判断速度が可能とした絶技。
体勢を立て直したサイクロンの車上で、チンクが叫んだ。
「やったか!?」
「いや……」
折れ砕け、拳銃を取り落とした右腕を庇いながら、風見士郎は考える。
もっと早く、出会えていたら。
肩を並べて悪の組織と戦い、或いは共にマルドゥックシティの人喰いどもに相対することが、そんな背中を預けあう関係を、築くことができたかも知れない。
そしてそれは、今からでも遅くない。風見は背後を振り返り、当然のように在り続ける怪物の姿を見た。
―――実の所彼らは、ボイルドと戦い能力を看破していながら、その真の脅威については誤認していた。
擬似重力の精密制御による圧倒的かつ一方的な防御力と、高い機動力。それこそが脅威であると、そう考えていた。
だがそれだけでは、その防御力を無に帰す上、機動力でも同等の相手に勝利を収めることなど出来はしない。
ハングマン・ベイビーヘッドやホーニー・ソープレイ、シェイキー・スプラッシャー、そしてフリント・アロー。
そのような相手は少なかったとはいえ、決して皆無ではない。
無論、パートナーであるウフコックの力も極めて大きい要因だが、その状況判断の悉くはボイルドが下したものだ。
詰まるところ、ボイルドの真の脅威とは、超一流の事件屋にして軍人という経験、それが弾き出す行動選択。
高度なチェス・プレイヤーがそうであるように、予測し得るが予想されない、しかし恐ろしく効果的な一手を、ここぞというタイミングで繰り出してくる。
例えば―――防御の弱点に気付かれたことを逆用し、発砲動作によって相手の攻撃を誘う、というような。
チンクと風見が知っているように、ボイルドの防御は決して無敵ではない。
確かに、力技で突破することができるのはベイビーヘッドの打撃のような桁外れの大質量、そしてフリントの刃のような、軌道を保つことに特化した白兵戦兵器のみ。
だが、攻撃の際には弾道を安定させるため、壁に穴を開けなければならない。それが隙だ。
本来の武器である六十四口径ならば、およそ如何なる弾丸を撃ち込まれようと逆に粉砕して余りあるが、デザートイーグルでは程遠い。
相手がハカイダーショットならば尚更だ。
それは知らなかったものの、露骨な大威力の武器に対して油断するような愚は犯さない。
むしろ防御を側面に集中し、攻撃に備えたのだ。
結果、ボイルドの総身を木っ端微塵に粉砕できた筈の超高周波炸裂弾は、その軌道を大きく逸らした。
着弾は半メートル以上も下へ―――しかしそれこそが、風見志郎のイーブンマネーだった。
微動だにせず立ち尽くすボイルド。その足下に散らばる鉄屑/残骸。
サドルの下部、メインフレームとの接続部に着弾した一撃は、轟天号を完全に破壊していた。
着弾点の周囲は超大出力の高周波によって残骸さえ残さず塵と化し、その余波だけで全ての接合が金属疲労で砕かれた。
タイヤの硬質ゴムさえ一部は溶融し、しかしボイルド自身は無事だった。
金属は振動を分散させつつ自身も変形し、エネルギーを吸収する。伝達部分そのものが消し飛んでしまえば、振動が伝達されることはない。
転倒はしたが、そのような状況での対応こそボイルドの能力の開発目的だ。当然のように対処する。
能力で粉塵を吹き飛ばす。左腕に握った拳銃を遠ざかるバイクに向け―――下ろした。この拳銃では射程外だ。
ボイルドは周囲を見渡し、それを拾いに歩き出す。
地に転がった異形のハンドガン。自転車とはいえ一撃でジャンクに変えた破壊の源泉。
二連銃身の片方に弾が残っていることを確認し、今や三百メートル近くも距離が離れたバイクへと向ける。
重力を制御し右腕を固定。数百キログラムの真綿で縛り上げられる感覚。
トリガーを、引いた。
爆音―――心躍る。
六十四口径以上の反動が腕に襲い掛かる。
精度は高くない。十メートル程左後方の路面に着弾。
破壊―――着弾点の半径五メートル圏内が根こそぎ吹き飛んだ。
脳裏に響く彼女の声。
(ハロー、モンスター)
ハカイダーショット―――新たなる虚無の象徴。
■
「しくじった……!」
必勝のチャンスを自ら捨てることで機動力は潰したが、弱点のひとつだった攻撃力が化物じみて跳ね上がった。
ハカイダーショットを取り落としてしまうだろうということは分かっていたが、ボイルドが使いこなすとは考えていなかった。
「重力で腕を支えて撃っているのか。平然と使える筈だ……!」
「再転送して取り返せ、カザミッ!」
「っしまった!」
PDAを取り出した風見の手が、遂に限界を超えた。
端末を取り落とす。路面に接触したそれは、地面との相対速度によって何処へとも無く弾け跳んでいった。
失策のツケを払わされるのは、恐らく彼等ではない。サイクロンの速度であれば振り切れる。
だがその事実は、正義の味方にとっては重く、悪の手先にとっては何の意味もない。
今は敵であっても、可能ならば理想を共にしたいと考える風見。
今、敵であるのなら、それだけで殺すに足ると考えるチンク。
それは、遠い溝だった。
戦う力に抗い続けた風見。
戦う力をただ受け入れたチンク。
もしも、ハカイダーショットを手にしたのがチンクであったなら。
もしも、ボイルドを相手取れるだけの力がチンクにあったなら。
―――悲劇は、起こらなかったかも知れない。
■
青い蜘蛛のような独特のフォルムの多脚戦車は、雪原を抜け舗装された道を走っていた。
上部にしがみついた青みが掛かった髪の少女は、前方へと眼を凝らす。
「……あ」
「どうしたの? お姉ちゃん」
「人だねー。少なくともボブおじさんじゃないから、様子を見てみようか?」
「でも、気をつけようよ?」
ゆっくりと北へと歩む男。スバルと比べて、二周りは大きい体格。
鋼のような無表情に乗っている、灰色の短髪。
そして右に提げた大振りな自動式拳銃と、左の二連銃身のリボルバー。
移動中、進行方向からは、爆弾の炸裂音じみた音が何回か響いていた。
彼がそれをやったという確証はないが、銃を持っている。蓋然性は高い。
「止まれ」
二十メートル程にまで距離が縮まった時、男が口を開いた。
ゆっくりと拳銃を持ち上げ、スバルの頭を照準する。
「あなたはこの殺し合いに……」
「ネズミを探している」
スバルの誰何を、低く重い声が遮った。
有無を言わせぬだけの強さを秘めた声。
「金色の、小さなネズミだ。心当たりは?」
「……ドラス君、タチコマ君」
「僕は知らないよ?」
「齧歯目ネズミ上科の哺乳類だよね? 金色なんて見たことも無いや」
「では、ルーン・バロットとい……」
「先にひとつ、こっちの質問に答えてよ。おじさん」
子供ゆえの物怖じしない姿勢を見せ、ドラスが声を発した。
スバルは緊張に身を固めるが、男は眉ひとつ動かさない。
「T-1000、ギンガ・ナカジマ、チンク、ノーヴェ、草薙素子。
知ってる名前はある?」
「ちょっとドラス君……」
探してる人の名前を教えたのは失敗だった、と考えながら、スバルはドラスを窘める。
だが、男の答えを聞いて、その思いは消し飛んだ。
「銀髪隻眼の少女ならば知っている。どういった関係だ」
「妹みたいなもので……探してるんです! 居場所を知っているなら……」
にじり寄ろうとして、拳銃の存在を思い出す。
そして―――男の貌から、今度こそ一切の表情が抜け落ちた。
「……そうか」
拳銃の撃鉄を、親指で引き起こし、
*時系列順で読む
Back:[[決意をこの胸に――(後編)]] Next:[[DEVIL A/Beginning]]
*投下順で読む
Back:[[雷電激震]] Next:[[DEVIL A/Beginning]]
|035:[[なくすものがないぼくたち(後編)]]|チンク|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
|035:[[なくすものがないぼくたち(後編)]]|風見志郎|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
|035:[[なくすものがないぼくたち(後編)]]|ディムズディル・ボイルド|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
|034:[[善意と悪意の行方]]|スバル・ナカジマ|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
|034:[[善意と悪意の行方]]|タチコマ|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
|034:[[善意と悪意の行方]]|ドラス|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
**A/B LIVED ◆Haf2Sq.37.
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そこには、五つの音がある。
ふたつは車輪の硬質ゴムが地面を咬む摩擦音。
ひとつは埒外の高出力エンジンが全力稼動しているが故のエグゾースト・ノイズであり、
「近づいてる! 近づいてるぞカザミ! これに内蔵兵器は無いのか!?」
「サイクロンの速度は半分以下か……ミサイルも砲も外されている! どの道その程度では効かん!」
「化物め……他に何か無いのか!」
残るふたつは、アンドロイドとサイボーグの声だ。
ある種の昆虫を思わせる独特のフォルムをしたバイクに跨り、ステアリングを握るのは銀髪隻眼の少女―――チンク。
後部でバランスを取りつつ、PDAの画面を覗き込む満身創痍の男―――風見志郎。
「俺の支給品があるにはあるが……」
「何だ!」
そして、本来の半分以下とはいえ五百メートルを一秒足らずで駆け抜けるサイクロン号に、追随する者がいた。
角度を調節したバックミラーに映るのは、常軌を逸した速度で自転車を走らせる大柄な男―――ディムズデイル・ボイルド。
一瞬でも時間を稼ごうと、チンクが後ろ手に投じたナイフは、悉くがその擬似重力の壁に逸らされあらぬ場所へと突き刺さる。
「使えそうなのは……銃だけだ」
「IS発動ッ!」
周囲の地面が爆破され、迫撃砲じみた衝撃がボイルドを襲い、そして当然のように何の影響も及ぼせない。
自転車の進路上に急激な段差が生まれたが、転倒どころか減速さえしない。能力の精妙な制御によって前輪を瞬間的に浮かせ、飛び越えるように回避する。
「牽制にはなる。銃を使え! このままではすぐに追い付かれるか追い詰められる!」
「途轍もない銃だ。今の俺では反動を支えられん!」
「……奴の銃よりも強いか?」
「確実にな。だが、奴の防御を正面から破れるとは思えん」
「……一発は撃てるんだな?」
「ああ……ッ、そういうことか!」
風見志郎は痛む手を動かし、転送をコマンドした。
顕れる鋼鉄。二連銃身を備えた漆黒のハンドガン―――ハカイダーショット。
超高周波炸裂弾が装填されていることを確認し、撃鉄を引き起こす。
脇を締め、右で銃把を握り左で銃身を抑え込む。反動による銃口の跳ね上がりを押さえる姿勢。
チンクが僅かにアクセルを緩め、ボイルドの左を並走。
ボイルドは鋼のような無表情。ペダルを漕がず、能力と慣性のみで走る体勢に切り替える。
そして、恐るべき速度でデザートイーグルを抜き放ち―――
「今だッ!」
反動に耐える為、サイクロンの車体が右に傾く。
その一瞬に全力を集中させ、風見はボイルドの防御が無いであろう場所を狙う。反動を修正する為、照準は更に下。
デザートイーグルの弾丸を打ち砕き、その身体に弾丸を届かせる最大のチャンス。
トリガーを引き絞る―――轟音。
同時、両腕が肩口から吹き飛んだ。そう錯覚させる程の、莫大な衝撃が襲い来る。
めしり、と小枝を捻り折るような音が、風見の体内を走った。
最も衝撃を受け止めた右肘の関節が、限界を超えて砕け散る。
「ぐ……あああっ!」
発射された弾丸が着弾し、炸裂音と共に視界が閉ざされる。
サイクロンもまた、強い衝撃を受けた。
咄嗟の判断でアクセルをニュートラルに。後輪をロックし、風見の体を伝わった運動エネルギーを、地面を焦げ付かせつつ横滑りし受け流す。
旋回したタイミングを計ってアクセルを限界まで絞り、前輪に動力を叩き込んだ。
排気によって吹き散らされる粉塵。タイヤが白煙を上げ、加速を再始動。遠心力によって、転倒寸前の車体を強引に引き起こす。
アクセルターンと呼ばれる技術に近い、機械の判断速度が可能とした絶技。
体勢を立て直したサイクロンの車上で、チンクが叫んだ。
「やったか!?」
「いや……」
折れ砕け、拳銃を取り落とした右腕を庇いながら、風見士郎は考える。
もっと早く、出会えていたら。
肩を並べて悪の組織と戦い、或いは共にマルドゥックシティの人喰いどもに相対することが、そんな背中を預けあう関係を、築くことができたかも知れない。
そしてそれは、今からでも遅くない。風見は背後を振り返り、当然のように在り続ける怪物の姿を見た。
―――実の所彼らは、ボイルドと戦い能力を看破していながら、その真の脅威については誤認していた。
擬似重力の精密制御による圧倒的かつ一方的な防御力と、高い機動力。それこそが脅威であると、そう考えていた。
だがそれだけでは、その防御力を無に帰す上、機動力でも同等の相手に勝利を収めることなど出来はしない。
ハングマン・ベイビーヘッドやホーニー・ソープレイ、シェイキー・スプラッシャー、そしてフリント・アロー。
そのような相手は少なかったとはいえ、決して皆無ではない。
無論、パートナーであるウフコックの力も極めて大きい要因だが、その状況判断の悉くはボイルドが下したものだ。
詰まるところ、ボイルドの真の脅威とは、超一流の事件屋にして軍人という経験、それが弾き出す行動選択。
高度なチェス・プレイヤーがそうであるように、予測し得るが予想されない、しかし恐ろしく効果的な一手を、ここぞというタイミングで繰り出してくる。
例えば―――防御の弱点に気付かれたことを逆用し、発砲動作によって相手の攻撃を誘う、というような。
チンクと風見が知っているように、ボイルドの防御は決して無敵ではない。
確かに、力技で突破することができるのはベイビーヘッドの打撃のような桁外れの大質量、そしてフリントの刃のような、軌道を保つことに特化した白兵戦兵器のみ。
だが、攻撃の際には弾道を安定させるため、壁に穴を開けなければならない。それが隙だ。
本来の武器である六十四口径ならば、およそ如何なる弾丸を撃ち込まれようと逆に粉砕して余りあるが、デザートイーグルでは程遠い。
相手がハカイダーショットならば尚更だ。
それは知らなかったものの、露骨な大威力の武器に対して油断するような愚は犯さない。
むしろ防御を側面に集中し、攻撃に備えたのだ。
結果、ボイルドの総身を木っ端微塵に粉砕できた筈の超高周波炸裂弾は、その軌道を大きく逸らした。
着弾は半メートル以上も下へ―――しかしそれこそが、風見志郎のイーブンマネーだった。
微動だにせず立ち尽くすボイルド。その足下に散らばる鉄屑/残骸。
サドルの下部、メインフレームとの接続部に着弾した一撃は、轟天号を完全に破壊していた。
着弾点の周囲は超大出力の高周波によって残骸さえ残さず塵と化し、その余波だけで全ての接合が金属疲労で砕かれた。
タイヤの硬質ゴムさえ一部は溶融し、しかしボイルド自身は無事だった。
金属は振動を分散させつつ自身も変形し、エネルギーを吸収する。伝達部分そのものが消し飛んでしまえば、振動が伝達されることはない。
転倒はしたが、そのような状況での対応こそボイルドの能力の開発目的だ。当然のように対処する。
能力で粉塵を吹き飛ばす。左腕に握った拳銃を遠ざかるバイクに向け―――下ろした。この拳銃では射程外だ。
ボイルドは周囲を見渡し、それを拾いに歩き出す。
地に転がった異形のハンドガン。自転車とはいえ一撃でジャンクに変えた破壊の源泉。
二連銃身の片方に弾が残っていることを確認し、今や三百メートル近くも距離が離れたバイクへと向ける。
重力を制御し右腕を固定。数百キログラムの真綿で縛り上げられる感覚。
トリガーを、引いた。
爆音―――心躍る。
六十四口径以上の反動が腕に襲い掛かる。
精度は高くない。十メートル程左後方の路面に着弾。
破壊―――着弾点の半径五メートル圏内が根こそぎ吹き飛んだ。
脳裏に響く彼女の声。
(ハロー、モンスター)
ハカイダーショット―――新たなる虚無の象徴。
■
「しくじった……!」
必勝のチャンスを自ら捨てることで機動力は潰したが、弱点のひとつだった攻撃力が化物じみて跳ね上がった。
ハカイダーショットを取り落としてしまうだろうということは分かっていたが、ボイルドが使いこなすとは考えていなかった。
「重力で腕を支えて撃っているのか。平然と使える筈だ……!」
「再転送して取り返せ、カザミッ!」
「っしまった!」
PDAを取り出した風見の手が、遂に限界を超えた。
端末を取り落とす。路面に接触したそれは、地面との相対速度によって何処へとも無く弾け跳んでいった。
失策のツケを払わされるのは、恐らく彼等ではない。サイクロンの速度であれば振り切れる。
だがその事実は、正義の味方にとっては重く、悪の手先にとっては何の意味もない。
今は敵であっても、可能ならば理想を共にしたいと考える風見。
今、敵であるのなら、それだけで殺すに足ると考えるチンク。
それは、遠い溝だった。
戦う力に抗い続けた風見。
戦う力をただ受け入れたチンク。
もしも、ハカイダーショットを手にしたのがチンクであったなら。
もしも、ボイルドを相手取れるだけの力がチンクにあったなら。
―――悲劇は、起こらなかったかも知れない。
■
青い蜘蛛のような独特のフォルムの多脚戦車は、雪原を抜け舗装された道を走っていた。
上部にしがみついた青みが掛かった髪の少女は、前方へと眼を凝らす。
「……あ」
「どうしたの? お姉ちゃん」
「人だねー。少なくともボブおじさんじゃないから、様子を見てみようか?」
「でも、気をつけようよ?」
ゆっくりと北へと歩む男。スバルと比べて、二周りは大きい体格。
鋼のような無表情に乗っている、灰色の短髪。
そして右に提げた大振りな自動式拳銃と、左の二連銃身のリボルバー。
移動中、進行方向からは、爆弾の炸裂音じみた音が何回か響いていた。
彼がそれをやったという確証はないが、銃を持っている。蓋然性は高い。
「止まれ」
二十メートル程にまで距離が縮まった時、男が口を開いた。
ゆっくりと拳銃を持ち上げ、スバルの頭を照準する。
「あなたはこの殺し合いに……」
「ネズミを探している」
スバルの誰何を、低く重い声が遮った。
有無を言わせぬだけの強さを秘めた声。
「金色の、小さなネズミだ。心当たりは?」
「……ドラス君、タチコマ君」
「僕は知らないよ?」
「齧歯目ネズミ上科の哺乳類だよね? 金色なんて見たことも無いや」
「では、ルーン・バロットとい……」
「先にひとつ、こっちの質問に答えてよ。おじさん」
子供ゆえの物怖じしない姿勢を見せ、ドラスが声を発した。
スバルは緊張に身を固めるが、男は眉ひとつ動かさない。
「T-1000、ギンガ・ナカジマ、チンク、ノーヴェ、草薙素子。
知ってる名前はある?」
「ちょっとドラス君……」
探してる人の名前を教えたのは失敗だった、と考えながら、スバルはドラスを窘める。
だが、男の答えを聞いて、その思いは消し飛んだ。
「銀髪隻眼の少女ならば知っている。どういった関係だ」
「妹みたいなもので……探してるんです! 居場所を知っているなら……」
にじり寄ろうとして、拳銃の存在を思い出す。
そして―――男の貌から、今度こそ一切の表情が抜け落ちた。
「……そうか」
拳銃の撃鉄を、親指で引き起こし、
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|035:[[なくすものがないぼくたち(後編)]]|風見志郎|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
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|034:[[善意と悪意の行方]]|スバル・ナカジマ|044:[[DEVIL A/Beginning]]|
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