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「WILL-雪融け(前編)」(2009/04/18 (土) 00:06:26) の最新版変更点
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**WILL-雪融け(前編) ◆hqLsjDR84w
雪原コロニー、エリアD-3。シャトル発着場の基地内。
事務用のデスクを境に、神敬介と彼以外の四人が面した状態で座っている。
刺すような視線を肌に感じながら、敬介は話し出す。
まずは経緯――出現した第十二の組織、猛虎との死闘と敗北、下賤な笑みを浮かべし大幹部、埋め込まれた暗闇の種子。
明かされた神敬介暴走の理由。
神敬介自身は風見志郎の後輩に相応しい人物であり、ただ単に洗脳されていただけだった。
それはあまりにも簡単であり、あまりにも残酷な事実であった。
敬介が胸に大きな罪悪感を抱いているのは、彼の態度から見て取れる。
本人が通常通りに振る舞おうとしても、震える声、流れる冷や汗、開く瞳孔、詰まる言葉、充血する瞳。
彼自身も、暗闇の種子の被害者であったのだ。
だからといって敬介に襲われた被害者は、被害者の親戚や知人は、『ハイそうですか』とすぐに割り切れるものでもない。
ドラスとチンク、ともに頭では敬介に悪意はなかったと理解していながら、心の中で納得のしようがない。
同行していた者たちを殺されたゼロの方も、胸にもやもやとした物を感じながら、怒りをシグマに向ける。
それがすぐさま出来るのは彼の強さであるのだが、ゼロ自身はいやに冷静な自分に何故だか虫唾が走った。
「……続けろ」
ゼロに促され、敬介の口から零れるのは罪。
幾度もの凶行――襲撃するも失敗に終わるのが二度、次に人形に襲い掛かり敗北、そしてドラスたちへの襲撃、挙句の果てに後輩への不意打ち。
自分の手で殺すはずの城茂を殺害されたと知り、ナタクが舌を打つ。
この件に関して、ナタクは勝手に死んだ城茂に対する怒りの方が大きかったのだが――そんなこと敬介は知る由もない。
真実を話さねばならない敬介は、ただ一つだけ話さなかったことがある。
――――エックスに関することである。
理由は至極簡単なもの。
ゼロとエックスが仲間同士であったことを、敬介は知っている。
またアルレッキーノからの置手紙で、そのエックスが鬼となったことも。
敬介は、かつて悪に堕ちた自分こそがエックスを止めるべきだと確信している。
他の者には、鬼となったエックスに関することは背負わせたくなかったのだ。特にエックスの仲間であるゼロには。
ゆえにそのことを話さず、ゼロと別れドラスと出会うまでの出来事をでっち上げた。
小さくなった状態でアルレッキーノに連れられていたのは、彼に敗北したからだと。
(すまない、アルレッキーノ)
胸中で謝罪する敬介は知らない。謝罪の相手が、既に残骸となっていることなど。
虚構を誰にも悟られぬまま、敬介が次に話すのは恩人二人。
暗闇を切り裂き再度光をもたらす、その切欠――誇り高き漆黒の破壊者の説得、白銀の自動人形から感じた温もり。
(ハカイダー……!)
まさか出てくるとは思っていなかった名前に、驚きを隠せないゼロ。
しかし改めて考えてみれば、彼らしい行動でもある。
そう判断したゼロは、既に死した勇者との共通の目的を思い返す。
(ハカイダー、お前はこちら側に付いてくれるのか? それとも、『親』の命令に固執するのか……?)
一方で、敬介は続ける。
過ちを犯した自分の使命――『同じ状態』にあると思われる女性の解放、被害者の保護、伝えるべき先輩の意思、そして捨てることの出来ぬ正義。
伝えられた風見志郎の最期。
身体一つでシグマの鎮座する要塞まで辿り着き、力及ばずともシグマに傷を残す快挙。
最期に彼が願ったのは、自分のことではなく他人の幸せであったという事実。
命の灯火が消える寸前まで、人類の自由と平和を守る仮面ライダーV3であり続けた男。
あまりにも風見志郎であり、ただただ風見志郎を貫いた生き様。
四者が四者、それぞれ思うところはあれど表には出さない。
彼の死により悲しみがもたらされることを、風見志郎は望んでいない。
むしろ彼とシグマが戦ったという事実が、シグマに反旗を翻そうとしている者達を勇気付けることになるのを願っている。
理解しているからこそ、あえて胸中を露にはしない。
ただ一言。自分以外には聞き取れないほどの小声で、チンクが呟いた。
「死ぬ寸前まで他人のことばかり……お節介がすぎるな、バカめ。本当に大バカだ…………」
周りの四人は聞こえなかったのか、あるいは聞こえなかったよう振舞っているのか。
どちらかは明らかではないが、誰もチンクの言葉には触れない。
敬介が話し終えて結構な時が経つが、沈黙が流れ続ける。
明らかになった事実が、あまりにも多すぎた。
立ち込める静寂の中、前触れもなくナタクが口を開く。
「まず言っておこう。お前が言っていた青い長髪の女、ギンガ・ナカジマは死んだ」
「な……」
愕然とする敬介。
チンクの隣に座っているドラスの肩が、軽く揺れた。
「だがあの女は、死ぬ少し前に正気を取り戻した。そこにいるドラスのおかげでな」
「……そうか。よくやってくれた。感謝する」
「ッ! お前に感謝される筋合いなんてないよ。そもそも、ギンガさんは僕のせいで…………」
次第に声が震え、ドラスは半ばから続きを話すことが出来なくなってしまった。
歯を噛み締めながら俯くドラスを一瞥し、ゼロが話題を変えるべきだと判断する。
「BADAN、だったか。その組織がお前を洗脳したらしいが、その組織とシグマが手を組んでいるとは考えられるか?」
「いや、おそらくそれはない」
断言する敬介に、ゼロが理由を問う。
「BADANとシグマが手を組むとは思えない。
目的は似ているかもしれないが、BADANは他者と仲良くやるような組織じゃあない。
それにBADANが関わっているのなら、シグマの立っているポジションにつくのは暗闇だ」
「なるほど。ならばただ単に、シグマが『別人に洗脳されたお前』を連れて来ただけということか……」
「…………ギンガも、洗脳したのはシグマではない。
『かつて別人に洗脳されたギンガ』を、その時代から連れて来たんだろう」
注釈を入れるかのように、会話に割り込むチンク。
かつてギンガを洗脳したのが誰なのか、チンクはそこまで話さない。
決して罪の意識がないわけではないが、わざわざ得た信頼を崩す意味がないからである。
「ヤツのことだから、シグマウイルスでも事前に流し込んだものと思っていたが……そうではなかったのか」
「シグマウイルス、とは?」
「ゼロの世界には、そういう機械を狂わせる物があるらしい」
チンクの説明を聞いた敬介は、ある疑問を口にする。
その内容は、ゼロの抱いていた違和感と全く同じものであった。
「そんなものを持っていながら、どうして『洗脳された俺やギンガ・ナカジマ』を参加させた……?」
「ああ、俺もそこが理解できない」
「この壊し合いを円滑に進めたかっただけではないのか?」
何を下らないことで悩んでいる、とでもいいたげな目付きのチンク。
そんな彼女に、ゼロが解説する。
「参加者を寄せ集めるのに、わざわざ『ある参加者が洗脳されていた時間』まで行くのは面倒でしかない」
「その面倒をしてまで、見たかったのだろう。洗脳された参加者が暴れる姿を」
虫唾が走る、チンクはそう付け加えた。
「お前の言う『壊し合いを円滑に進める』というのが目的なら、洗脳されたことのない参加者を洗脳して参加させればいい。
シグマウイルスを持つシグマには、あえて『洗脳された状態の参加者』を連れて来る理由がない」
「自分の手で洗脳する方が手間がかかる、と考えたのかもしれんぞ?」
「そうだとしても、【『洗脳された参加者』には洗脳された過去がある】と知る参加者――たとえばギンガが洗脳されていたと知るお前だな。
それをわざわざ用意するのは、どういうことだ。円滑に進める上では、邪魔でしかない。
『自ら洗脳するのが面倒だから、洗脳された状態で連れて来る』。
――それならば、【『洗脳された参加者』には洗脳された過去がある】と知る参加者は、『それを知らない時間』から連れて来るべきだろう」
「だが、私はギンガが洗脳されていたことを知っているぞ?」
「だからこそ、理解出来ない。シグマの考えが」
考えを巡らせる三人。
しかし答えなど出てこない。
それほどまでに、シグマのやっていることはメチャクチャなのだ。
(ギンガ・ナカジマも神敬介も、洗脳前の状態に戻っている。シグマウイルスで洗脳したのなら、こうはいくまい。
ヤツはそれを狙っていたのか? 洗脳が解除されてしまうのを。……いいや、ありえない。それこそ意味が分からない。
分からない。ヤツは何を考えている。そもそも、この壊し合い自体がおかしい。これまでのシグマの行動から、かけ離れすぎている……)
そこまでゼロが考えた時である。
「――――で、だ」
熟考する彼らに浴びせられるのは、不機嫌そうな声色。
振り向けば、声の主はナタクであった。
「結局、貴様等はそいつを許すのか許さないのか。下らんことばかり喋ってないで、ハッキリさせろ」
目を見張る三人をよそに、ナタクは自分の意見を淡々と告げる。
「俺は許すも何も、どうでもいい。城茂の件は、情けなくも不意を打たれたヤツがマヌケだ。
そいつはなかなか強いようなので戦いたいところだが、殺された家族や仲間の仇を取りたいのなら譲ってやろう」
言うだけ言って、ナタクが鋭い視線を向けるのはゼロ。
ゼロは敬介の方へと向き直る。
「お前の罪は許さない。お前が何体もの参加者を襲い、ノーヴェ達を殺した罪は消えない。
だが、お前を憎みはしない。お前自身が被害者であり、悪いのはBADANとシグマだからな。
お前には力がある。それを、シグマに反逆するのに使ってもらうぞ」
「……ゼロ、感謝する」
ナタクの視線は流れ、チンクの方へ。
殺害された妹の姿が蘇ったチンク、下唇を噛み締めて言い放つ。
「貴様がノーヴェを殺したことは、絶対に許せない。許せるわけがない……! 出来るものなら、今すぐに殺してやりたい。
…………だが今のところは、それは止めておいてやる。風見の後輩であるなら、お前も生き様を見せてみろ。
ノーヴェの仇は、変な時期からお前を連れてきたシグマだと思うことにしよう。風見の後輩に相応しくないと思えば、今度は迷わず殺してやるがな」
「そうか……本当にすまなかった、チンク」
言い終えたチンクは、脳内でノーヴェに謝罪する。
彼女が敬介を殺さなかった理由は、本来の神敬介の姿を聞いていたからであろうか。
おそらくそれだけではない。
本来善人だろうと、妹を殺されたのである。殺す理由には十分だ。
なら、どうして殺さないのか。
神敬介が、風見志郎の後輩であるからだろうか。
はたまた、まったく別の理由があるのだろうか。
それは、チンク自身にも分からない。
ただ、なぜだか殺す気にならなかったのだ。
妹を殺した相手だというのに、憎いはずなのに。
不思議な感情だと、チンクは思う。
不思議なのは、それだけではない。
何故かチンクは、風見志郎の死にとてつもなく大きな喪失感を感じている。
まるで過去二度妹を喪失した時のような。
第二放送前に、風見志郎がサイクロン号に跨ってボイルドの元に向かった時の比ではない。
あの時は、それでも風見志郎ならば身体はボロボロになっても、あの無愛想な態度で何でもなかったように戻ってくるに違いない。
心の底で、チンクはそんなことを考えていた。
だが、もう風見志郎は戻ってこない。
それを知った途端に、チンクは三度目の大きな喪失感に苛まれることとなった。
思えば、いつのまに風見志郎はチンクにとって、とても大きな存在になっていたのだろう。
チンクは、今になってそれに気付いた。
気付いた時には、いなくなっていた。
それは、いつ頃からだったのか。
ここに来てからのことを回想していくチンク。
釣り合うわけもないノーヴェと風見志郎を天秤にかけた時からか。
はたまた、サイクロン号を駆ってボイルドの元に戻った時からか。
もしや、最初に出会った時からか――?
(ああ、なるほど。そういうことか)
思い返しているうちに、チンクは自分が神敬介を殺さなかった理由が分かってしまった。
最初の邂逅、そして戦闘――と呼ぶにはあまりに一方的であったアレ。
その際に、風見は否定したのだ。
復讐の力を。
そんなことはあり得ないと思っていたのに、復讐を否定した風見は強かった。
同行した時点ではどうでもいい存在だったはずなのに、チンクはボイルドと戦う風見の元へと舞い戻った。
見返してやりたかったから。当時はそう考えていたが、冷静になれば『妹の復讐』だけが目的なら死地に戻る理由などない。
既に、あの時点でチンクは惹かれていたのだ。復讐を否定した風見志郎に。
つまるところ風見志郎に敗北した時点で、チンクの復讐は終わってしまっていたのかもしれない。
(お前のせいで、妹の下手人も殺せぬ腑抜けになってしまったぞ。それなのに責任も取らず勝手に逝くとは、やはりお前は…………大バカだ)
いくらチンクが胸中で風見に声をかけても、返事は返ってこなかった。
「では、ドラス。お前はどうする」
ナタクの問いかけに、ドラスは答えない。
敬介は震えそうになる膝を隠し、チンクとゼロがドラスに視線を向ける。
依然沈黙が続き、ついに口を開いたドラスの答えは。
「……ダメだよ。やっぱり僕は許せない…………」
言うと同時にドラスの手元に魔方陣が浮かび、射出された光の弾が敬介の肩を掠る。
机を飛び越えて、ドラスは敬介の胸倉を掴む。
ただただ敬介はされるがままに、マウントポジションを奪われる。
ドラスが拳を振り上げるも、敬介は何も言わない。
ただドラスを見つめている。
その様子が癇にさわったのか、ドラスが問いかける。
「何か言ったら……?」
「言ったところで許されるとは思っていないが、すまない。俺が悪かった。何をされても仕方がない」
「――――っ!」
腹に拳が入る。
振り上げては下ろすの繰り返しである。
「止めないのか?」
「ドラスが仇を取ると決めた以上、止める権利はない」
目を背けたまま動こうとしないゼロとチンクにナタクが尋ね、苦々しい表情でゼロが答える。
理解できない様子で、ナタクが再度問いかける。
「さっきは、余計な罪を背負わせたくないだの言っていただろう」
「そんなもの、今も変わらないに決まっている……」
「なら、止めればいい」
「……罪は背負わせたくないが、復讐に走る気持ちも分かる。
私がノーヴェを愛しているように、ドラスがノーヴェ達を愛しているのだろう…………」
チンクには止めることができなかった。
ドラスの行動は、ノーヴェが好きだったゆえのものだろう。
ノーヴェを殺した相手を殺すことができなくなった腑抜けには、止める資格はない。
妹と弟を愛するがゆえに、チンクは動けないのだ。
「ドラスが復讐を選んだ、か。俺にはそう見えんがな」
「何?」
予想だにしないナタクの発言に、どちらともなく声をあげた。
「復讐するのなら、すぐに殺せばいい。あんな光弾ではなく、俺に撃った光線を使えば一発だろう」
「バカめ……多くの痛みを与えたいのだろう。復讐とはそういうものだ」
「バカは貴様だ」
呆れたようなチンクの指摘。
さらに呆れたように、ナタクが返す。
「ヤツの強さは、城茂や風見志郎とそう変わらんのだぞ。さらに治癒力も持ち合わせているらしい。
姿を変える前とはいえ、原型になる前のドラスが殴った程度で影響があるものか。
それに痛みを与えたいのなら、鳩尾や喉を殴ればいいだろう。よりにもよって腹を、それも臓器に届かんような威力で殴って何になる」
聞いたゼロとチンクが、目を背けるのをやめてドラスの動きを観察する。
そして見た結果、ナタクの言った通りであった。
さらに言えば、しろがね――人形破壊者ではないが他に呼び名もないのでこう呼ぶ――化による治癒力が、受けるダメージを上回っているようにも見える。
「だが、なぜドラスはあんなことをしている?」
「……私と同じだ」
「説明しろ」
復讐を選んでいないのに、敬介を殴る。なぜか手加減をして。
あまりに非合理的な行動に理解できないゼロに対し、チンクは思い当たるところがあったらしい。
ナタクに促され、チンクは口を開く。
「この地に来た私は、セインを殺された怒りだけで動いていた。
冷静な状態ならば、シグマを殺すにしてもまずは仲間を集めるべきだというのに、いきなりカザミに襲い掛かったりな」
「それがどうした」
「黙って聞け。なぜ私は冷静でなかったのか、思い返してみれば」
「怒りだろう」
「だから聞け。確かにセインが殺されて怒っていたが、それだけではない。
仇を取るにしても冷静さが必要だった。この服に変な印象を与えれば、ノーヴェが困ることくらい思いておくべきだった。
しかし、冷静にはなれなかった。おそらく……『セインを殺さたのに、姉が冷静でいるなんてありえない』という変な使命感を持っていたのだろう」
「家族が死んだゆえの使命感か」
チンクの話を聞いたナタクの脳裏に、一人の男の姿がよぎる。
ナタクが強いと認めた、珍しい道士。
父親が、家族が死んだゆえに、唯一の弟をひたすらに慰め続けた男。
永遠に侵攻し続ける傷を負いながら、弟の前では明るく振舞った男。
彼も家族が死んだゆえに、兄の自分が暗くなるわけにはいかない――などと考えていたのだろうか。
決着を付けることなく、弟を残して、知らぬところで封神された彼の姿を思い描いたナタクは呟いた。
「それが、絶対に間違っているとは思えんがな」
「確かにな。だが……今のドラスは別だ」
「ほう」
ゼロに言われ、ナタクは考える。
さしずめ、ドラスの場合は――
『家族が殺されたのに、目の前の男を許すわけにはいかない』といったところだろう。
ナタク自身は、復讐も殺人も否定しない。
しかし明らかにドラスは使命感に引っ張られているだけで、本人は無意識のうちに力をセーブしている。
「分かったところで、俺達にはどうしようもないな」
「ああ、ドラスに話したところで否定するだろう。それもまた、使命感ゆえにな……っ」
臍を噛むゼロとチンク。
すると、彼等が全く期待してなかった男から声がかけられた。
「俺に考えがある。お前達のPDAを渡せ」
「何をする気だ?」
「ドラスに分からせればいいんだろう、さっき貴様等が話していたことを」
ナタクが何をするかは分からないが、他に頼るものもなく二人はナタクにPDAを渡す。
二度PDAを接触させてIDを移動させると、ナタクがPDAを返す。
「何をした」
「気にするな、必要なことだ」
ゼロの質問に、ナタクは答えない。
いや、彼的には答えているつもりなのだが。
「ドラス、いったんやめろ」
「なっ! ナタク、何を言って――」
「やめろと言った。勘違いするな、俺は別に人を殺そうが何も思わない。
『お前が復讐を選んで家族の仇を取るつもりなら』、それを止めはしない」
「なら、何で……」
「こちらの都合だ、すぐに終わる」
有無を言わさぬ口調。
このようになったナタクは、止めようがないと知っているドラスは立ち上がる。
ドラスが離れると、少しずつ敬介の受けた傷が治っていく。
やはり殺す気でダメージを与えていない、と再認識するナタク。
「立て」
「……ああ……頼む、ドラスを止めないでやってくれ。
彼女には俺を殴る権利があるし、俺は彼女に殺されても仕方のないことをした」
「何度も言わすな。俺は『ドラスが仇を取るつもりなら』、止めたりしない」
「なら――」
敬介が言い終えるより早く、ナタクが尋ねる。
「宝貝という道具を持っているか」
「いや……持ってないな」
「ちッ、ならば何か役に立つ武器を持っていれば――――面倒だ。黙ってPDAをよこせ」
いい加減だらだらと話すのが面倒になったのか、ナタクは半ば強制的に敬介からPDAを授かる。
大量のPDAに白い歯を覗かせるナタクだったが、操作していくごとに露骨に不機嫌になっていく。
四つ目を確認し終え、ついにナタクは二度目の舌打ち。
「ハズレだな、ガラクタだけだ。
ドラス、戦力の足しにすらならんが、一応はお前の家族の遺品だ。どれがそれかは知らんから、全部くれてやる」
そう言って、ナタクは敬介の所持していた四つのPDAをドラスに投げつける。
無論、敬介の許可など取ることもなく。
まあ、敬介に文句なんかあるはずもないが。
一応ドラスのことは気遣っているようで、ナタクが取りやすい箇所に放ったために地面にPDAが叩きつけられることはなかった。
「おい、ナタク、お前……もしかしてふざけているのか?」
「黙って見ていろ。本題はこれからだ」
大層なことを言っておきながら、策など感じさせないナタク。
チンクが彼に思わず不信感を抱くが、ナタクは振り返ることもなく答える。
「貴様も、城茂のように姿を変えられるのだろう? やって見せろ」
呆気に取られるも、敬介は逆らうことなく普段通りのポーズを取る。
そして、普段通りの掛け声を言おうとしたのだが……
「大変――」
「お前がその単語を言うなァっ!!」
「――――……」
激昂したドラスに、それを遮られる。
途中から無言になっても、敬介は仮面ライダーXへの問題なく変身を完了した。
銀のボディに、赤い胸部装甲、これまた赤い複眼、額に生える二つのV字アンテナ。
再び光臨した悪魔の姿に、ドラスの口が震えてカチカチと音を奏でる。
しかしそれを噛み締めて、Xライダーを貫かんほどの鋭い視線で睨みつける。
その様子を軽く見て、ナタクは続ける。
「胸の前で両の腕を交差させ、そのまま全身に力を篭めろ。そうだ、それでいい」
Xライダーがその体勢を取れば、またしても注文するナタク。
「次だ。あるのか知らんが、眼と口は閉じておけ」
「これでいい……のか?」
「喋るな。これ以上注文はないから、先程までの命令に従っていればいい。安心するんだな、お前なら死なん」
ただただ話し続けるだけのナタク。
Xライダーは言われた通りに黙り、ドラスは未だ睨んだまま。
「……いったい何をしようとしている?」
「『黙って見ていろ』、何度も言わせるな。次に同じことを聞けば殺す」
何の意味があるのか分からないことを敬介にやらせて、不審なことを言い出したナタクにチンクが何度目かの質問。
しかしナタクはそれを一蹴。
離れろ、と敬介とドラス以外の二人に告げる。
結構広い室内だというのに、部屋の隅まで追いやられるゼロとチンク。
それを確認したナタクは、今では義手となってしまった右手を敬介に向けて呟いた。
「――――吹き飛べ」
その言葉が周囲の四人に到達するのと、どちらが早かったか――――ナタクが右手に装着した乾坤圏が発射された。
「な……?」
誰かの驚愕の声、あるいは全員の物だっただろうか。
それが紡がれた頃には、Xライダーのいたはずの場所には誰も――否。
――何もなかった。
あったはずの壁も、隣の部屋も、そしてXライダーさえもいない。
あえて言えば、そこには穴があった。そして外の景色があった。
「……ちッ、乾坤圏にまで制限か」
悪態をつくナタクの声で、三人が我に返る。
そしてやっと理解した。
乾坤乾がXライダーに放たれ、Xライダーを吹き飛ばした余波がこの惨状なのだと。
ナタク以外の三人は驚くが、そもそもの乾坤圏は並の山ならば消滅させる威力。
本来の持ち主であるナタクが使ってこの威力というのは、ナタク自身にはとてもじゃないが納得できなかった。
「乗れ、ドラス。ヤツを殺しに行くのだろう?」
そんな中、哮天犬を通常のサイズに戻したナタクがドラスに話しかける。
呆然とするしかない三人に、ナタクは淡々と口を動かす。
「安心しろ。横槍を入れそうなこいつ等の移動道具は、俺が奪った」
「…………分かった。連れて行ってよ」
ゼロとチンクがすかさずPDAを確認すれば、サイドマシーンとサイクロン号は転送できないようになっていた。
やられたと吐き捨て、顔を顰めながらゼロとチンクが駆ける。
彼等は駆け出してから、部屋の隅に移動させられたのが追いつかせないためだと気付いた。
「ナタク! お前、何を……!」
「たかだか一人殺すだけの話だ」
走りながらのチンクの言葉に、哮天犬を浮遊させたナタクが冷淡に返答する。
ちなみに、ドラスはもう哮天犬に乗っている。
「……だが、神敬介はシグマとの戦いに必要な戦力だ」
「笑わせるな。あんな男、俺一人で十分だ」
ドラスは使命感に引っ張られているだけ。
そんなことを言ったところで納得されないと予想し、ゼロは別の説得を試みた。
しかし、ナタクは一言で片付ける。
「俺を追いかけるつもりかもしれんが、時間と体力の無駄でしかないからやめておけ。
貴様等が到着する頃には、既に決着はついているだろうからな。せいぜい身体を癒せ」
それだけ言い残して、ナタクは哮天犬を駆動させる。
ゼロとチンクは、後ろに乗ったドラスの背中が小さくなっていくのを見ていることしかできなかった。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|132:[[YE GUILTY]]|ゼロ|135:[[WILL-雪融け(後編)]]|
|132:[[YE GUILTY]]|チンク|135:[[WILL-雪融け(後編)]]|
|132:[[YE GUILTY]]|ドラス|135:[[WILL-雪融け(後編)]]|
|132:[[YE GUILTY]]|ナタク|135:[[WILL-雪融け(後編)]]|
|132:[[YE GUILTY]]|神敬介|135:[[WILL-雪融け(後編)]]|
**WILL-雪融け(前編) ◆hqLsjDR84w
雪原コロニー、エリアD-3。シャトル発着場の基地内。
事務用のデスクを境に、神敬介と彼以外の四人が面した状態で座っている。
刺すような視線を肌に感じながら、敬介は話し出す。
まずは経緯――出現した第十二の組織、猛虎との死闘と敗北、下賤な笑みを浮かべし大幹部、埋め込まれた暗闇の種子。
明かされた神敬介暴走の理由。
神敬介自身は風見志郎の後輩に相応しい人物であり、ただ単に洗脳されていただけだった。
それはあまりにも簡単であり、あまりにも残酷な事実であった。
敬介が胸に大きな罪悪感を抱いているのは、彼の態度から見て取れる。
本人が通常通りに振る舞おうとしても、震える声、流れる冷や汗、開く瞳孔、詰まる言葉、充血する瞳。
彼自身も、暗闇の種子の被害者であったのだ。
だからといって敬介に襲われた被害者は、被害者の親戚や知人は、『ハイそうですか』とすぐに割り切れるものでもない。
ドラスとチンク、ともに頭では敬介に悪意はなかったと理解していながら、心の中で納得のしようがない。
同行していた者たちを殺されたゼロの方も、胸にもやもやとした物を感じながら、怒りをシグマに向ける。
それがすぐさま出来るのは彼の強さであるのだが、ゼロ自身はいやに冷静な自分に何故だか虫唾が走った。
「……続けろ」
ゼロに促され、敬介の口から零れるのは罪。
幾度もの凶行――襲撃するも失敗に終わるのが二度、次に人形に襲い掛かり敗北、そしてドラスたちへの襲撃、挙句の果てに後輩への不意打ち。
自分の手で殺すはずの城茂を殺害されたと知り、ナタクが舌を打つ。
この件に関して、ナタクは勝手に死んだ城茂に対する怒りの方が大きかったのだが――そんなこと敬介は知る由もない。
真実を話さねばならない敬介は、ただ一つだけ話さなかったことがある。
――――エックスに関することである。
理由は至極簡単なもの。
ゼロとエックスが仲間同士であったことを、敬介は知っている。
またアルレッキーノからの置手紙で、そのエックスが鬼となったことも。
敬介は、かつて悪に堕ちた自分こそがエックスを止めるべきだと確信している。
他の者には、鬼となったエックスに関することは背負わせたくなかったのだ。特にエックスの仲間であるゼロには。
ゆえにそのことを話さず、ゼロと別れドラスと出会うまでの出来事をでっち上げた。
小さくなった状態でアルレッキーノに連れられていたのは、彼に敗北したからだと。
(すまない、アルレッキーノ)
胸中で謝罪する敬介は知らない。謝罪の相手が、既に残骸となっていることなど。
虚構を誰にも悟られぬまま、敬介が次に話すのは恩人二人。
暗闇を切り裂き再度光をもたらす、その切欠――誇り高き漆黒の破壊者の説得、白銀の自動人形から感じた温もり。
(ハカイダー……!)
まさか出てくるとは思っていなかった名前に、驚きを隠せないゼロ。
しかし改めて考えてみれば、彼らしい行動でもある。
そう判断したゼロは、既に死した勇者との共通の目的を思い返す。
(ハカイダー、お前はこちら側に付いてくれるのか? それとも、『親』の命令に固執するのか……?)
一方で、敬介は続ける。
過ちを犯した自分の使命――『同じ状態』にあると思われる女性の解放、被害者の保護、伝えるべき先輩の意思、そして捨てることの出来ぬ正義。
伝えられた風見志郎の最期。
身体一つでシグマの鎮座する要塞まで辿り着き、力及ばずともシグマに傷を残す快挙。
最期に彼が願ったのは、自分のことではなく他人の幸せであったという事実。
命の灯火が消える寸前まで、人類の自由と平和を守る仮面ライダーV3であり続けた男。
あまりにも風見志郎であり、ただただ風見志郎を貫いた生き様。
四者が四者、それぞれ思うところはあれど表には出さない。
彼の死により悲しみがもたらされることを、風見志郎は望んでいない。
むしろ彼とシグマが戦ったという事実が、シグマに反旗を翻そうとしている者達を勇気付けることになるのを願っている。
理解しているからこそ、あえて胸中を露にはしない。
ただ一言。自分以外には聞き取れないほどの小声で、チンクが呟いた。
「死ぬ寸前まで他人のことばかり……お節介がすぎるな、バカめ。本当に大バカだ…………」
周りの四人は聞こえなかったのか、あるいは聞こえなかったよう振舞っているのか。
どちらかは明らかではないが、誰もチンクの言葉には触れない。
敬介が話し終えて結構な時が経つが、沈黙が流れ続ける。
明らかになった事実が、あまりにも多すぎた。
立ち込める静寂の中、前触れもなくナタクが口を開く。
「まず言っておこう。お前が言っていた青い長髪の女、ギンガ・ナカジマは死んだ」
「な……」
愕然とする敬介。
チンクの隣に座っているドラスの肩が、軽く揺れた。
「だがあの女は、死ぬ少し前に正気を取り戻した。そこにいるドラスのおかげでな」
「……そうか。よくやってくれた。感謝する」
「ッ! お前に感謝される筋合いなんてないよ。そもそも、ギンガさんは僕のせいで…………」
次第に声が震え、ドラスは半ばから続きを話すことが出来なくなってしまった。
歯を噛み締めながら俯くドラスを一瞥し、ゼロが話題を変えるべきだと判断する。
「BADAN、だったか。その組織がお前を洗脳したらしいが、その組織とシグマが手を組んでいるとは考えられるか?」
「いや、おそらくそれはない」
断言する敬介に、ゼロが理由を問う。
「BADANとシグマが手を組むとは思えない。
目的は似ているかもしれないが、BADANは他者と仲良くやるような組織じゃあない。
それにBADANが関わっているのなら、シグマの立っているポジションにつくのは暗闇だ」
「なるほど。ならばただ単に、シグマが『別人に洗脳されたお前』を連れて来ただけということか……」
「…………ギンガも、洗脳したのはシグマではない。
『かつて別人に洗脳されたギンガ』を、その時代から連れて来たんだろう」
注釈を入れるかのように、会話に割り込むチンク。
かつてギンガを洗脳したのが誰なのか、チンクはそこまで話さない。
決して罪の意識がないわけではないが、わざわざ得た信頼を崩す意味がないからである。
「ヤツのことだから、シグマウイルスでも事前に流し込んだものと思っていたが……そうではなかったのか」
「シグマウイルス、とは?」
「ゼロの世界には、そういう機械を狂わせる物があるらしい」
チンクの説明を聞いた敬介は、ある疑問を口にする。
その内容は、ゼロの抱いていた違和感と全く同じものであった。
「そんなものを持っていながら、どうして『洗脳された俺やギンガ・ナカジマ』を参加させた……?」
「ああ、俺もそこが理解できない」
「この壊し合いを円滑に進めたかっただけではないのか?」
何を下らないことで悩んでいる、とでもいいたげな目付きのチンク。
そんな彼女に、ゼロが解説する。
「参加者を寄せ集めるのに、わざわざ『ある参加者が洗脳されていた時間』まで行くのは面倒でしかない」
「その面倒をしてまで、見たかったのだろう。洗脳された参加者が暴れる姿を」
虫唾が走る、チンクはそう付け加えた。
「お前の言う『壊し合いを円滑に進める』というのが目的なら、洗脳されたことのない参加者を洗脳して参加させればいい。
シグマウイルスを持つシグマには、あえて『洗脳された状態の参加者』を連れて来る理由がない」
「自分の手で洗脳する方が手間がかかる、と考えたのかもしれんぞ?」
「そうだとしても、【『洗脳された参加者』には洗脳された過去がある】と知る参加者――たとえばギンガが洗脳されていたと知るお前だな。
それをわざわざ用意するのは、どういうことだ。円滑に進める上では、邪魔でしかない。
『自ら洗脳するのが面倒だから、洗脳された状態で連れて来る』。
――それならば、【『洗脳された参加者』には洗脳された過去がある】と知る参加者は、『それを知らない時間』から連れて来るべきだろう」
「だが、私はギンガが洗脳されていたことを知っているぞ?」
「だからこそ、理解出来ない。シグマの考えが」
考えを巡らせる三人。
しかし答えなど出てこない。
それほどまでに、シグマのやっていることはメチャクチャなのだ。
(ギンガ・ナカジマも神敬介も、洗脳前の状態に戻っている。シグマウイルスで洗脳したのなら、こうはいくまい。
ヤツはそれを狙っていたのか? 洗脳が解除されてしまうのを。……いいや、ありえない。それこそ意味が分からない。
分からない。ヤツは何を考えている。そもそも、この壊し合い自体がおかしい。これまでのシグマの行動から、かけ離れすぎている……)
そこまでゼロが考えた時である。
「――――で、だ」
熟考する彼らに浴びせられるのは、不機嫌そうな声色。
振り向けば、声の主はナタクであった。
「結局、貴様等はそいつを許すのか許さないのか。下らんことばかり喋ってないで、ハッキリさせろ」
目を見張る三人をよそに、ナタクは自分の意見を淡々と告げる。
「俺は許すも何も、どうでもいい。城茂の件は、情けなくも不意を打たれたヤツがマヌケだ。
そいつはなかなか強いようなので戦いたいところだが、殺された家族や仲間の仇を取りたいのなら譲ってやろう」
言うだけ言って、ナタクが鋭い視線を向けるのはゼロ。
ゼロは敬介の方へと向き直る。
「お前の罪は許さない。お前が何体もの参加者を襲い、ノーヴェ達を殺した罪は消えない。
だが、お前を憎みはしない。お前自身が被害者であり、悪いのはBADANとシグマだからな。
お前には力がある。それを、シグマに反逆するのに使ってもらうぞ」
「……ゼロ、感謝する」
ナタクの視線は流れ、チンクの方へ。
殺害された妹の姿が蘇ったチンク、下唇を噛み締めて言い放つ。
「貴様がノーヴェを殺したことは、絶対に許せない。許せるわけがない……! 出来るものなら、今すぐに殺してやりたい。
…………だが今のところは、それは止めておいてやる。カザミの後輩であるなら、お前も生き様を見せてみろ。
ノーヴェの仇は、変な時期からお前を連れてきたシグマだと思うことにしよう。カザミの後輩に相応しくないと思えば、今度は迷わず殺してやるがな」
「そうか……本当にすまなかった、チンク」
言い終えたチンクは、脳内でノーヴェに謝罪する。
彼女が敬介を殺さなかった理由は、本来の神敬介の姿を聞いていたからであろうか。
おそらくそれだけではない。
本来善人だろうと、妹を殺されたのである。殺す理由には十分だ。
なら、どうして殺さないのか。
神敬介が、風見志郎の後輩であるからだろうか。
はたまた、まったく別の理由があるのだろうか。
それは、チンク自身にも分からない。
ただ、なぜだか殺す気にならなかったのだ。
妹を殺した相手だというのに、憎いはずなのに。
不思議な感情だと、チンクは思う。
不思議なのは、それだけではない。
何故かチンクは、風見志郎の死にとてつもなく大きな喪失感を感じている。
まるで過去二度妹を喪失した時のような。
第二放送前に、風見志郎がサイクロン号に跨ってボイルドの元に向かった時の比ではない。
あの時は、それでも風見志郎ならば身体はボロボロになっても、あの無愛想な態度で何でもなかったように戻ってくるに違いない。
心の底で、チンクはそんなことを考えていた。
だが、もう風見志郎は戻ってこない。
それを知った途端に、チンクは三度目の大きな喪失感に苛まれることとなった。
思えば、いつのまに風見志郎はチンクにとって、とても大きな存在になっていたのだろう。
チンクは、今になってそれに気付いた。
気付いた時には、いなくなっていた。
それは、いつ頃からだったのか。
ここに来てからのことを回想していくチンク。
釣り合うわけもないノーヴェと風見志郎を天秤にかけた時からか。
はたまた、サイクロン号を駆ってボイルドの元に戻った時からか。
もしや、最初に出会った時からか――?
(ああ、なるほど。そういうことか)
思い返しているうちに、チンクは自分が神敬介を殺さなかった理由が分かってしまった。
最初の邂逅、そして戦闘――と呼ぶにはあまりに一方的であったアレ。
その際に、風見は否定したのだ。
復讐の力を。
そんなことはあり得ないと思っていたのに、復讐を否定した風見は強かった。
同行した時点ではどうでもいい存在だったはずなのに、チンクはボイルドと戦う風見の元へと舞い戻った。
見返してやりたかったから。当時はそう考えていたが、冷静になれば『妹の復讐』だけが目的なら死地に戻る理由などない。
既に、あの時点でチンクは惹かれていたのだ。復讐を否定した風見志郎に。
つまるところ風見志郎に敗北した時点で、チンクの復讐は終わってしまっていたのかもしれない。
(お前のせいで、妹の下手人も殺せぬ腑抜けになってしまったぞ。それなのに責任も取らず勝手に逝くとは、やはりお前は…………大バカだ)
いくらチンクが胸中で風見に声をかけても、返事は返ってこなかった。
「では、ドラス。お前はどうする」
ナタクの問いかけに、ドラスは答えない。
敬介は震えそうになる膝を隠し、チンクとゼロがドラスに視線を向ける。
依然沈黙が続き、ついに口を開いたドラスの答えは。
「……ダメだよ。やっぱり僕は許せない…………」
言うと同時にドラスの手元に魔方陣が浮かび、射出された光の弾が敬介の肩を掠る。
机を飛び越えて、ドラスは敬介の胸倉を掴む。
ただただ敬介はされるがままに、マウントポジションを奪われる。
ドラスが拳を振り上げるも、敬介は何も言わない。
ただドラスを見つめている。
その様子が癇にさわったのか、ドラスが問いかける。
「何か言ったら……?」
「言ったところで許されるとは思っていないが、すまない。俺が悪かった。何をされても仕方がない」
「――――っ!」
腹に拳が入る。
振り上げては下ろすの繰り返しである。
「止めないのか?」
「ドラスが仇を取ると決めた以上、止める権利はない」
目を背けたまま動こうとしないゼロとチンクにナタクが尋ね、苦々しい表情でゼロが答える。
理解できない様子で、ナタクが再度問いかける。
「さっきは、余計な罪を背負わせたくないだの言っていただろう」
「そんなもの、今も変わらないに決まっている……」
「なら、止めればいい」
「……罪は背負わせたくないが、復讐に走る気持ちも分かる。
私がノーヴェを愛しているように、ドラスがノーヴェ達を愛しているのだろう…………」
チンクには止めることができなかった。
ドラスの行動は、ノーヴェが好きだったゆえのものだろう。
ノーヴェを殺した相手を殺すことができなくなった腑抜けには、止める資格はない。
妹と弟を愛するがゆえに、チンクは動けないのだ。
「ドラスが復讐を選んだ、か。俺にはそう見えんがな」
「何?」
予想だにしないナタクの発言に、どちらともなく声をあげた。
「復讐するのなら、すぐに殺せばいい。あんな光弾ではなく、俺に撃った光線を使えば一発だろう」
「バカめ……多くの痛みを与えたいのだろう。復讐とはそういうものだ」
「バカは貴様だ」
呆れたようなチンクの指摘。
さらに呆れたように、ナタクが返す。
「ヤツの強さは、城茂や風見志郎とそう変わらんのだぞ。さらに治癒力も持ち合わせているらしい。
姿を変える前とはいえ、原型になる前のドラスが殴った程度で影響があるものか。
それに痛みを与えたいのなら、鳩尾や喉を殴ればいいだろう。よりにもよって腹を、それも臓器に届かんような威力で殴って何になる」
聞いたゼロとチンクが、目を背けるのをやめてドラスの動きを観察する。
そして見た結果、ナタクの言った通りであった。
さらに言えば、しろがね――人形破壊者ではないが他に呼び名もないのでこう呼ぶ――化による治癒力が、受けるダメージを上回っているようにも見える。
「だが、なぜドラスはあんなことをしている?」
「……私と同じだ」
「説明しろ」
復讐を選んでいないのに、敬介を殴る。なぜか手加減をして。
あまりに非合理的な行動に理解できないゼロに対し、チンクは思い当たるところがあったらしい。
ナタクに促され、チンクは口を開く。
「この地に来た私は、セインを殺された怒りだけで動いていた。
冷静な状態ならば、シグマを殺すにしてもまずは仲間を集めるべきだというのに、いきなりカザミに襲い掛かったりな」
「それがどうした」
「黙って聞け。なぜ私は冷静でなかったのか、思い返してみれば」
「怒りだろう」
「だから聞け。確かにセインが殺されて怒っていたが、それだけではない。
仇を取るにしても冷静さが必要だった。この服に変な印象を与えれば、ノーヴェが困ることくらい思いておくべきだった。
しかし、冷静にはなれなかった。おそらく……『セインを殺さたのに、姉が冷静でいるなんてありえない』という変な使命感を持っていたのだろう」
「家族が死んだゆえの使命感か」
チンクの話を聞いたナタクの脳裏に、一人の男の姿がよぎる。
ナタクが強いと認めた、珍しい道士。
父親が、家族が死んだゆえに、唯一の弟をひたすらに慰め続けた男。
永遠に侵攻し続ける傷を負いながら、弟の前では明るく振舞った男。
彼も家族が死んだゆえに、兄の自分が暗くなるわけにはいかない――などと考えていたのだろうか。
決着を付けることなく、弟を残して、知らぬところで封神された彼の姿を思い描いたナタクは呟いた。
「それが、絶対に間違っているとは思えんがな」
「確かにな。だが……今のドラスは別だ」
「ほう」
ゼロに言われ、ナタクは考える。
さしずめ、ドラスの場合は――
『家族が殺されたのに、目の前の男を許すわけにはいかない』といったところだろう。
ナタク自身は、復讐も殺人も否定しない。
しかし明らかにドラスは使命感に引っ張られているだけで、本人は無意識のうちに力をセーブしている。
「分かったところで、俺達にはどうしようもないな」
「ああ、ドラスに話したところで否定するだろう。それもまた、使命感ゆえにな……っ」
臍を噛むゼロとチンク。
すると、彼等が全く期待してなかった男から声がかけられた。
「俺に考えがある。お前達のPDAを渡せ」
「何をする気だ?」
「ドラスに分からせればいいんだろう、さっき貴様等が話していたことを」
ナタクが何をするかは分からないが、他に頼るものもなく二人はナタクにPDAを渡す。
二度PDAを接触させてIDを移動させると、ナタクがPDAを返す。
「何をした」
「気にするな、必要なことだ」
ゼロの質問に、ナタクは答えない。
いや、彼的には答えているつもりなのだが。
「ドラス、いったんやめろ」
「なっ! ナタク、何を言って――」
「やめろと言った。勘違いするな、俺は別に人を殺そうが何も思わない。
『お前が復讐を選んで家族の仇を取るつもりなら』、それを止めはしない」
「なら、何で……」
「こちらの都合だ、すぐに終わる」
有無を言わさぬ口調。
このようになったナタクは、止めようがないと知っているドラスは立ち上がる。
ドラスが離れると、少しずつ敬介の受けた傷が治っていく。
やはり殺す気でダメージを与えていない、と再認識するナタク。
「立て」
「……ああ……頼む、ドラスを止めないでやってくれ。
彼女には俺を殴る権利があるし、俺は彼女に殺されても仕方のないことをした」
「何度も言わすな。俺は『ドラスが仇を取るつもりなら』、止めたりしない」
「なら――」
敬介が言い終えるより早く、ナタクが尋ねる。
「宝貝という道具を持っているか」
「いや……持ってないな」
「ちッ、ならば何か役に立つ武器を持っていれば――――面倒だ。黙ってPDAをよこせ」
いい加減だらだらと話すのが面倒になったのか、ナタクは半ば強制的に敬介からPDAを授かる。
大量のPDAに白い歯を覗かせるナタクだったが、操作していくごとに露骨に不機嫌になっていく。
四つ目を確認し終え、ついにナタクは二度目の舌打ち。
「ハズレだな、ガラクタだけだ。
ドラス、戦力の足しにすらならんが、一応はお前の家族の遺品だ。どれがそれかは知らんから、全部くれてやる」
そう言って、ナタクは敬介の所持していた四つのPDAをドラスに投げつける。
無論、敬介の許可など取ることもなく。
まあ、敬介に文句なんかあるはずもないが。
一応ドラスのことは気遣っているようで、ナタクが取りやすい箇所に放ったために地面にPDAが叩きつけられることはなかった。
「おい、ナタク、お前……もしかしてふざけているのか?」
「黙って見ていろ。本題はこれからだ」
大層なことを言っておきながら、策など感じさせないナタク。
チンクが彼に思わず不信感を抱くが、ナタクは振り返ることもなく答える。
「貴様も、城茂のように姿を変えられるのだろう? やって見せろ」
呆気に取られるも、敬介は逆らうことなく普段通りのポーズを取る。
そして、普段通りの掛け声を言おうとしたのだが……
「大変――」
「お前がその単語を言うなァっ!!」
「――――……」
激昂したドラスに、それを遮られる。
途中から無言になっても、敬介は仮面ライダーXへの問題なく変身を完了した。
銀のボディに、赤い胸部装甲、これまた赤い複眼、額に生える二つのV字アンテナ。
再び光臨した悪魔の姿に、ドラスの口が震えてカチカチと音を奏でる。
しかしそれを噛み締めて、Xライダーを貫かんほどの鋭い視線で睨みつける。
その様子を軽く見て、ナタクは続ける。
「胸の前で両の腕を交差させ、そのまま全身に力を篭めろ。そうだ、それでいい」
Xライダーがその体勢を取れば、またしても注文するナタク。
「次だ。あるのか知らんが、眼と口は閉じておけ」
「これでいい……のか?」
「喋るな。これ以上注文はないから、先程までの命令に従っていればいい。安心するんだな、お前なら死なん」
ただただ話し続けるだけのナタク。
Xライダーは言われた通りに黙り、ドラスは未だ睨んだまま。
「……いったい何をしようとしている?」
「『黙って見ていろ』、何度も言わせるな。次に同じことを聞けば殺す」
何の意味があるのか分からないことを敬介にやらせて、不審なことを言い出したナタクにチンクが何度目かの質問。
しかしナタクはそれを一蹴。
離れろ、と敬介とドラス以外の二人に告げる。
結構広い室内だというのに、部屋の隅まで追いやられるゼロとチンク。
それを確認したナタクは、今では義手となってしまった右手を敬介に向けて呟いた。
「――――吹き飛べ」
その言葉が周囲の四人に到達するのと、どちらが早かったか――――ナタクが右手に装着した乾坤圏が発射された。
「な……?」
誰かの驚愕の声、あるいは全員の物だっただろうか。
それが紡がれた頃には、Xライダーのいたはずの場所には誰も――否。
――何もなかった。
あったはずの壁も、隣の部屋も、そしてXライダーさえもいない。
あえて言えば、そこには穴があった。そして外の景色があった。
「……ちッ、乾坤圏にまで制限か」
悪態をつくナタクの声で、三人が我に返る。
そしてやっと理解した。
乾坤乾がXライダーに放たれ、Xライダーを吹き飛ばした余波がこの惨状なのだと。
ナタク以外の三人は驚くが、そもそもの乾坤圏は並の山ならば消滅させる威力。
本来の持ち主であるナタクが使ってこの威力というのは、ナタク自身にはとてもじゃないが納得できなかった。
「乗れ、ドラス。ヤツを殺しに行くのだろう?」
そんな中、哮天犬を通常のサイズに戻したナタクがドラスに話しかける。
呆然とするしかない三人に、ナタクは淡々と口を動かす。
「安心しろ。横槍を入れそうなこいつ等の移動道具は、俺が奪った」
「…………分かった。連れて行ってよ」
ゼロとチンクがすかさずPDAを確認すれば、サイドマシーンとサイクロン号は転送できないようになっていた。
やられたと吐き捨て、顔を顰めながらゼロとチンクが駆ける。
彼等は駆け出してから、部屋の隅に移動させられたのが追いつかせないためだと気付いた。
「ナタク! お前、何を……!」
「たかだか一人殺すだけの話だ」
走りながらのチンクの言葉に、哮天犬を浮遊させたナタクが冷淡に返答する。
ちなみに、ドラスはもう哮天犬に乗っている。
「……だが、神敬介はシグマとの戦いに必要な戦力だ」
「笑わせるな。あんな男、俺一人で十分だ」
ドラスは使命感に引っ張られているだけ。
そんなことを言ったところで納得されないと予想し、ゼロは別の説得を試みた。
しかし、ナタクは一言で片付ける。
「俺を追いかけるつもりかもしれんが、時間と体力の無駄でしかないからやめておけ。
貴様等が到着する頃には、既に決着はついているだろうからな。せいぜい身体を癒せ」
それだけ言い残して、ナタクは哮天犬を駆動させる。
ゼロとチンクは、後ろに乗ったドラスの背中が小さくなっていくのを見ていることしかできなかった。
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