「最終回(1)」(2009/10/25 (日) 22:13:20) の最新版変更点
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**『』(1) ◆2Y1mqYSsQ.
移民船団が漆黒の宇宙で浮かび、星の海を突き進んでいく。白い巨大な船体が太陽光を浴びて光る。
ソルティはその光景を見つめながら、次々と記憶が蘇っていく感覚にとらわれていた。
ソルティを慕う人々。いや、崇め縋る姿すらある。多くの人々が一様にかしずく中心に、ソルティ自身の姿があった。
「ソルティ……? 私の名……いや、違う……」
一様に人々はソルティを敬うようにその名を呼ぶ。告げられた名前はソルティという発音でなかった。
「私は……ディケ…………」
そう呟いたとき、記憶をすべて取り戻しきる。ソルティがそのことを自覚したとき、視界に光が広がって、またも場所が変わった。
□
爆発物によって黒ずんでいる部分があるものの、正方形の部屋だったことは認識できる。
ソルティは自分が寝かされていただろう別途を見つめて、床に寝かされている老人を発見した。
いや、ソルティは彼がすでに事切れていることに気づき、哀しげに目を伏せる。
そして、自分には仲間がいたことを思い出し周囲を見回した。
「ソルティ、手伝って欲しい。武美を連れてここを離れてくれ!」
「ソル……ティ……?」
ウフコックの問いかけに、ソルティは戸惑った。ウフコックの助けを求める言葉への混乱ではなく、ただの記憶の奔流による混乱である。
ソルティとディケ。
明らかに異なる二つの自分にソルティはどちらの顔であればいいのか対応が遅れる。
それでも基本は心優しき少女であるソルティは、武美の名を呼ぶウフコックに応えた。
転がる老人の死体を前に、武美の思考が混沌とする。
ライト博士は武美たちの力になってくれた。ソルティを助け、迷い悲しんでいる老人であった。
なのに、武美は彼を呪った。恨んだ。
ただ、エックスの生み親だというただそれだけで。
なぜこの人なのだろう? どうしてよりにもよって生み出したのがエックスだったのだろう?
それ以外のなにものでもあれば――せめて名前も知らない、会ったこともない相手なら、どれだけ極悪人でもこんな感情を抱くこともなかった。
そしてそんなくだらないことを考える自分の汚さが、とても情けなかった。
「武美! 武美! しっかりしろ!」
ウフコックが名前を呼ぶが、武美は反応を返さない。ただ呆然と物言わぬ老人の死体を見詰め続ける。
はたして誰の罪か?
武美を襲ったエックスの罪なのか。そのエックスを作り上げたライト博士の罪なのか。たとえエックスの生み親だったとしても、人の死を喜んだ武美の罪なのか。
「武美さん! しっかりしてください!」
聞こえてきたソルティの声に、ハッとなる。武美がソルティの瞳を見つめるが、その瞳を正面から受け止められない。
『なぜ彼が死を喜んだ?』といっているような気がしたのだ。
普段の武美ならここまで極端な反応はしない。しかし、武美は純真なソルティと、ひたすら正義であり続けた本郷と長く共にいすぎた。
彼らの強すぎる正の感情は、武美の負の感情をはっきりと浮き出したのだ。ちょうど、強い光ほど影が濃くなるように。
まるで武美は自身が彼らと一緒にいてはならない存在だと、責められているような感覚になったのである。
そしてたまらず武美は駆け出した。
「武美! 待つんだ!!」
「武美さん!!」
二人が驚いて声をかけてくる。その二人の声に、振り返らず武美は必死に『逃げ』た。
「ソルティ! 武美を追いかけてくれ」
ウフコックはソルティに指示を出して、手袋へと変身【ターン】を終えてソルティの右手を覆う。
ドラスへの対応は後回しだ。彼が生き残ると信じるしかない。
武美はただ混乱しているだけだ。追いついて諭せば、冷静さを取り戻してくれるに違いない。
しかしソルティの手を完全に覆ったとき、ウフコックはソルティの心から不穏な匂いを嗅ぎ取る。
「ソルティ、君の方は大丈夫なのか?」
「あ、はい。大丈夫です、武美さんを追いましょう」
「俺に対して嘘を吐いてもすぐにばれる。知っているはずだ」
ソルティはそのウフコックの言葉に沈黙し、武美を追いかける。
確かに足取りはしっかりしている。されど、どこか影のある横顔にウフコックは不安になった。
彼女は目覚めて間もない。この状況を把握していないだけなのだろうか?
そう思考するのだが、ウフコックの勘が違うと告げる。もっと根源的な問題をソルティは抱えているように見えた。
ソルティが悩むように口を開く。ウフコックは黙ってその言葉を待った。
「ウフコックさん、走りながら聞いてください。私……記憶を取り戻しました。私の本当の名前はディケだったんです」
ソルティの告白を耳にしながら、ウフコックは予想外の答えであったため、『ああ』と返すしかなかった。
ようやく走るのをやめた武美は、俯いて何度も荒い呼吸を繰り返す。
頭が真っ白になるほど走れば、自分への嫌悪感も薄れると思っただが罪悪感は一向になくならない。
むしろ一人でいればいるほど強くなってくる。周囲は謎の金属で出来た通路で、どうやってここまできたのか覚えていない。
武美は力なく壁に背を押し付け、大きくため息を吐いた。
「風来坊さん……あたし……」
その呟きは大好きな彼には届かない。武美もそんなことを期待していないが、彼の思い出がないと不安で死にそうなのだ。
なのに、彼女の呟きに答える存在がいた。それはとても不幸なことに。
「あっ」
武美の膝が疲労で崩れ、つい転んでしまう。刹那の間に武美の頭部があった場所へ銃弾が一発撃ち込まれる。
武美が目を見開くと、まだ死んでいないT-888が一体だけ姿を現した。
骨のようなフレームのターミネーターがミニガンを構えている。武美には乗り越えられない壁だ。
殺されてしまう。なのに武美が恐怖に顔を引きつらせることはない。
もっと怖い存在を知っているからだろうか。エックスの殺気はもっと理不尽で、どうしようもないものだ。
ならば武美は殺されるか?
他人の死を喜ぶ自分は殺されて当然だろうか。
(冗談じゃない)
武美になぜか怒りが沸いてくる。大神が武美に仕込んだ寿命タイマーは残り半年もない。
ここで死ぬのも、半年後に死ぬのも、武美という存在がなくなるのは一緒である。
(それでも、あたしは……あんたたちの好きにされるのは!)
絶対嫌だった。自分の命は自分が使う。そんな当然のことはここでは許されない。
そんな理不尽がまかり通るなど間違っているし、本郷もウフコックもソルティもその事実を嫌って反逆しているのだ。
たかがライト博士が死んだ程度で、くれてやるほど半年の命は安くはない。
ああ、そうだ。武美は自分の性根が嫌だから生きるのをやめるのではない。
死ぬその日まで精一杯生きるために、『人間』であるために生きているのだ。
それはライト博士でも、エックスでも阻害はさせない。
T-888が腕を動かし、武美を狙う。武美はたまらず叫ぶ。叫ばずにはいられない。
「そんなのッ! 嫌だあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
叫んでも無意味なのは知っている。それでも理不尽には嫌だと突きつけるのは、生きている証だ。
そして、その証を守らんとする男の声が武美に届く。
『武美! 右に大きく跳ぶんだ!』
本郷さん! と叫ぶ暇もなく、ほぼとっさに武美は飛び退いた。
ほぼ同時にT-888の胸の装甲へ鎖に繋がれた鉄球が激突する。金属と金属が激突する甲高い音に耳鳴りがなりながらも、武美の前へ赤い影が躍り出た。
赤い船外スーツのような野暮ったい服装の、髪を二つにまとめた少女。ウフコックが変身【ターン】した鉄球のハンマーを持っている。
ソルティの右拳が淡く光り、振動を起こしてターミネーターへと突撃した。
「ソルティ……でいいんだな? 胸は駄目だ! 頭を狙え」
「はいッ!」
ソルティの振動拳によってT-888の頭部が粉砕し、地面を滑りながらソルティは呼気を整えた。
ズシンと、ターミネーターの倒れる姿を見つめて武美はヘタッと座り込んだ。
「武美、大丈夫か?」
「うん、走って頭を空にしたら楽になった。よくあたしの居場所が分かったね」
「少し見失ったが、俺が通信機に変身【ターン】して本郷に手伝ってもらった。本郷がシャトルに乗ったのが少しでも遅ければ、武美は死んでいたぞ」
「ごめん。死にたくないから、もう二度としない」
「ああ、そうしてくれ」
どこか安堵したようなウフコックの様子をおかしく思いながら、武美は生きる遺志を告げた。
そして今までソルティが話しかけていないことを不思議に思いながら、その顔を見つめると少し大人びて見える。
なにかあったのか? と武美が疑問を持つ。
「その、武美さん。私は……どっちならいいんでしょうか? ソルティとディケ……」
「はあ?」
武美が思わずマヌケな返しをすると、ソルティは困ったような表情を浮かべた。
なにか説明しにくいような雰囲気に、武美は顔を近づける。
「武美さん?」
武美は構わず、無遠慮にソルティの顔を見回すが、誰がどう見てもソルティだ。
どこか調子がおかしいのか、と心配した自分が馬鹿みたいだ。武美は距離を置いて、ソルティに向き直る。
「どう見てもソルティじゃない」
「え……と、ソルティはロイさんがつけた名前でして、私には……」
「武美。ソルティは記憶を取り戻したそうだ」
武美はソルティが記憶失っていることは聞いていた。そのことを把握してウフコックが分かりやすく、そして短く説明を終える。
へえ、と武美は感心してソルティを向く。
「ソルティは嬉しくないの?」
「どうでしょうか……私はディケとして、エウノミアを止めるために地上に降りたのに……」
ソルティの言葉を待って、武美は黙する。ソルティの顔はどこまでも穏やかだった。
ディケの出自は特殊である。
彼女の星で発達したリゼンブル技術では再現できない、完全なリゼンブル体「ジェニュイン」であるのは人間たちを見守るためであった。
事実彼女は、移民した星の人々を同じく移民船の統制システムであるエウノミアやエイレネと共に長年導いてきた。
なのになぜだろう?
幾百年過ごした年月より、ロイの娘として『ソルティ』の記憶が彩っているのは。
一度掴んでは忘れられない。一度得ては離すことは出来ない。
人間としての日々はここまで素晴らしかったのか。
ゆえに彼女は、『ディケ』として使命を帯びて地上に降り立つより、
「ソルティとして、ロイさんの娘で、皆さんのお友達でいたいのかもしれません」
『ソルティ』として人間でいたかった。だからこそ、使命と人間性の合間にソルティは戸惑っていたのだ。
こんなことを武美に言っても仕方ないのかもしれない。ディケとしての使命は彼女の世界の話だ。
娘として存在したいという想いも、帰ってロイに伝える以外手段はない。
ソルティのその葛藤に気づかず、武美はなんでもないように告げる。
「要するにあたしはソルティと友達ってこと? そんなの当たり前じゃん」
「……すごくおばあちゃんでもいいのですか?」
「ええ!? 若々しい……羨ましい……」
「まあ、私に老いはありませんから」
目の付け所がずれている友人を相手に、ソルティはクスリと笑う。
記憶があろうとなかろうと、武美との関係は変わらなかった。
ならば戻っても、自分の持ちようさえ確かならロイの娘でいられるのではないか?
だからこそ、ソルティはロイのいる星を守るために、改めてエウノミアを止める決意をした。
二人の少女が穏やかに談笑している姿を見つめ、ウフコックは深々と息を吐いた。
それは安堵のものではない。ウフコックの鼻が、武美の罪悪感はまだ残っていると語っていた。
武美は表面上取り繕っているが、ただライト博士の死から目を逸らしたに過ぎない。
もちろん、ウフコックはそのことを責める気はない。むしろ気を病む武美が正常なのだ。
ソルティのような純真さも、本郷のような正義の強さも、誰にも持てるものではない。
そして、エックスの生み親という事実は武美に影を落とす要因となる。
(バロット、君ならこんなときにどう動いたのだろうな)
女性の心理はウフコックには謎だ。喋れるが人間ではない。そしてもはやネズミですらない。
種族としても煮え切らないウフコックに、人間の女性の心理は永遠の謎の一つだ。
こういう場面でも頼もしき相棒を思い出したのは、感傷的になっているのだろう。
ウフコックは静かに、武美の肩へと乗った。
一段楽したところで、ドラスを捜索しようとウフコックが提案をしかける。
その寸前で、武美がウフコックに通信機になるよう伝えてきた。
本郷から連絡か。すぐにウフコックは通信機へと変身【ターン】する。
『コロニーが地球に向かって動いている。どういうことか、確かめて欲しい』
本郷の声が通信機から薄暗い通路に響く。
ハッとして二人と一匹は、窓から外の様子を確かめた。
□
「月面飛行蹴り――――ッ!!!」
エネルギーをまとって両脚蹴りがメガトロンの顔面にぶち当たり、ゼロは反動で飛びのいた。
息も荒く床に降りてゼロは正面を睨む。いつものように華麗な着地が出来ないが、右腕を失い腹に穴が開いている状態では上出来だ。
重い音をたてて倒れるメガトロンの赤い巨体を見届け、左手のΣブレードを顔の前に構える。
オイルがトバッ、と漏れて床を濡らした。途切れそうになる意識に活を入れながらも、ゼロは執念だけで立っている。
「チッ、死に損ないが……」
「さて、メガトロン。奴らは戦うようだが、このまま殲滅するか?」
「いいや、ここは嫌がらせといこうじゃないか、シュワちゃん」
シュワちゃんと呼ばれたT-800は右手のミニガンの銃口をイーグリードに向けつつ、左のミニガンを降ろした。
ゼロはメガトロンの竜を模した右手を向けられ、下手に動けない。
その様子を見ながら、メガトロンはにやりと笑みを浮かべる。
「やっちゃいな、シュワちゃん!」
メガトロンがゼロとイーグリードに向かって炎を噴出す。
ゼロは回避行動に移り、メガトロンと距離をとらざる得なかった。イーグリードもまた同様だった。
その隙にT-800はモニターの操作パネルに近づき、一つキーを押し込んだ。
トラップが待ち構えている、とゼロは身構える。
「そんなにびびらなくてもいいじゃん」
メガトロンのからかうような言葉に、なにも起きていないことへ疑問を持つ。
自分たちに不利な状態になった様子はない。
すると、メガトロンが指を鳴らしてモニターに宇宙空間が映る。
「コロニーが移動を開始しているだと!」
「正解だ、鳥さん。ゼロ、俺様たちはこいつをこの世界の地球に落とすぜ。ちなみにここで解除は無理だ。ハアーハッハッハッハ!!」
「くっ!」
ゼロは呻いて、身体を前倒しにメインパネルへと向かう。イーグリードが後ろから援護してきた。
さすがは旧来の友。言葉なくても互いに通じ合っている。
ストームトルネードがメガトロンとゼロの間の地面を削り、ゼロは左手を振り上げてパネルをコンピューターごと一刀両断する。
それでも宙に浮かぶモニターのコロニーは止まりはしない。
「くはは、無駄だ無駄だ~!!」
「それくらい察しがつくとは思ったのだがな」
「シュワちゃん、こいつら正義の味方は無駄と分かっても動かないといけないのさ。そういう人種だ」
くっ、とゼロが奥歯を噛み締めるが、まだ希望はある。武美がこの事態に気づいてさえくれれば。
イーグリードを戻らせて、自分が食い止めておくか?
ゼロは迷っていると、部屋の通信機が動き始めた。
『ゼロさん、イーグリードさん、聞こえる!』
「うわ、びっくりしたな~もう!」
メガトロンの傍にスピーカーがあったのだろう。今度はゼロが笑みをメガトロンへと浮かび返す。
武美がここのスピーカーから通信しているということは、こちらの会話も届くのだろう。
コロニーのことを告げようとしたとき、スピーカーから武美の声が響く。
『本郷さんからコロニーが動いているって聞いた! サブコンピュータールームで推進システムにハックするから、そいつら抑えていて!』
「了解した、武美! いくぞ、イーグリード!!」
「当然だ!」
イーグリードがT-800へ向かい、ゼロがメガトロンへとΣブレードを振り下ろした。
メガトロンの竜の牙と、Σブレードの刃が交差する。
「チッ、てめーらハッキングが得意な奴がいたのか!?」
「俺たちの自慢の仲間だ!」
ゼロは言い切り、腹部に走る激痛を無視しながらΣブレードを横へ振るった。
ハッキングが得意な奴が仲間にいるとは予想していなかったが、メガトロンは余裕の態度を崩さない。
どう見てもゼロもイーグリードも詰んでいる。メガトロン大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーまで後一歩だ。
メガトロンは竜の頭を模した右手のを大きく振り、ゼロと距離をとる。
「あ~、もしもし! もしもし! コロンちゃん、そっちの首尾はどうよ?」
PDAの通信機能をONにして話しかけた。こちらから指示を出しやすくするための処置だ。
ふふん、とゼロを見下すと面白いように憎しみの視線を向けられる。
どうにかしたいのに、なにもできない。そんな状況の正義の味方が、メガトロンは大好きだった。
「あれ? もしもし……チッ、モニター!!」
反応が返ってこないことをメガトロンは訝しげながら、コロンビーヌが向かったであろう場所を指を鳴らしてモニターに表示させる。
九分割された映像の中に、コロシアムで瓦礫にはさまれて機能を停止しているコロンビーヌとドラスの姿が辛うじて映った。
メガトロンは戦力を失ったことに舌打ちしながらも、僅かに除いた装置に目を輝かせた。
「おっ、アレは平行世界移動装置か。そうだろ? 鳥君」
「……黙れ」
短く切って捨てるイーグリードの余裕のなさから、メガトロンは自分の言葉が真実であることを知る。
とたんに、戦力が減った不機嫌が吹き飛んだ。
「こりゃ、都合がいいや! 厄介な奴も一人減らしたみたいだし、コロンちゃん最期までいい働きするぜ」
「……キサマ、今まで共に戦った仲間だろう!」
「まあ、死んじゃったならしょうがないよね。あはは~」
怒りを示すイーグリードにメガトロンはあっさりと返す。同時に、T-800がミニガンをイーグリードへと放った。
シュワちゃんナイス援護、と呟きながらゼロへ向き直ると、僅かに悲しみを示している様子を見つけた。
「ほう、仲間でも死んで哀しいのか?」
「黙れ、メガトロン!」
ゼロがΣブレードの刃を鞭のように伸ばし、メガトロンは軽々と避けてT-800の傍による。
舞台は整った。後は正義の味方をすべて殺すだけ。
「シュワちゃん、二手に別れようぜ」
「ほう。ゼロを確実にしとめるためか」
「まあね」
頭の早いT-800に笑みを浮かべて、メガトロンは作戦を脳裏に浮かべる。
二手に別れれば、仲間を庇うためにイーグリードもゼロも、それぞれ別れて追わねばならない。
半死半生のゼロがどちらを追っても、しとめるのにそう時間はかからない。
イーグリードは残ったほうがひきつけ、ついでに正義の味方でハッキングが得意な奴を殺しに向かう。
メガトロンは思考を整理し終え、一発大きな炎をゼロとイーグリードの間に放つ。
避けられるのは計算のうち。これを合図にメガトロンとT-800は二手に別れる。
「鬼さんこっちら!」
「待て! メガトロン!!」
どうやらゼロに止めを刺すのはメガトロンに決まったようだ。
ほくそ笑みながら、メガトロンはゼロを誘った。
ただ一つ、メガトロンが気づいていない事実がある。
それは、平行世界移動装置が半壊していることであった。
□
「メガトロンたちがコロニーを地球に落とすつもりか……やっかいな」
本郷はシャトルの行き先を変更し終えて、一人ごちる。
ベルトの修復は八割完了だ。もっとも、変身は旧1号の方となるのだが。
シャトルの席から、外を見るとバーニアを噴かすコロニーが目に入る。
シャトルのほうが身軽のため近づくのは容易であった。そして視界に入ると改めて巨大なのを認識する。止めるのは至難の業だ。
「メガトロン、キサマの好きにはさせない」
それでも、危機に陥っている人たちがいるのなら本郷は戦う。
人々の自由のために。ベルトが動き、姿を変える。
旧1号の姿で、仮面ライダーは目の前の塊を見据えていた。
□
「ちょっとハッキングで調べたけど、コロニーに地球へ落ちるよう設定したみたい」
『そうか、ならどうすれば止められるか調べてくれないか? 俺はコロニーへと向かう』
「分かった。あたしたちはサブコンピュータールームへ向かうよ。マップは手に入れたし、PDAにダウンロードした。
ゼロさんたちが守っている間に早く行かないと」
『了解。それではなにか分かったら俺に伝えてくれ』
本郷の通信を終了し、ミーが無事かどうか確かめる暇がなかったことを悔やみながら、武美はウフコックとソルティに振り向いた。
彼らも話は聞いている。その目は決意に満ちていた。
「それじゃ武美、さっそくドラスと合流するルートを通って……」
「…………ウフコック、その必要はないよ」
「……念のために聞きます。どういうことですか?」
武美はウフコックの提案を沈んだ声で無駄だと伝える。
それでウフコックは一発で勘付いたが、ソルティが疑問をはさんだ。
ドラスのことを知っているということは、武美を探す途中でウフコックが説明をしたのだろう。
もっとも、彼女自身が告げたように理由は気づいているはずだ。ソルティは馬鹿ではない。
「ドラス君は死んだよ。メガトロンが悪趣味にもモニターを出して教えてくれた」
「ゼロたちを挑発するためか。胸糞が悪い」
ウフコックの言葉に内心武美は同意しながら、なぜあのいい子が死ぬのかと自問する。
武美が会ったドラスは素直ないい子の素顔しかない。彼が自分から告げたようにかつて悪人だったとしても、武美にはただの子供の一面しか知らない。
だからこそ余計に、武美は彼のような善人が死ぬべきでなかったと思ってしまう。
僅かに蘇った罪悪感を抱えるが、武美はそれを無視する。
「よし、ウフコック、ソルティ。先に進もう!」
武美にはコロニーが落ちるのを阻止するしか出来ることはない。
そのまま罪悪感を隠し足を進める。
ただ、ソルティとウフコックが、神妙な表情で武美を見ていたことには気づかなかった。
ソルティは目の前の武美が無理しているように見えた。
なにか使命感を無理矢理作っているような、危うい状況だ。
ソルティはこんなときにどう声をかけていいのか分からない。
人類の管理者としてならパターンはある。しかし、友人としてのソルティでは不安が大きい。
「武美、ソルティ……金属の焦げ付くような臭い……奴らだ!」
「こんなときにッ!」
武美の声に返す暇もなく、ソルティは通路の曲がり角へと全力で駆ける。
現れた二体のT-888がミニガンを構えるが、ソルティの淡く光る右拳を頭に叩き込む。
胸部が危険なのはウフコックから聞いていた。フレームが歪み、T-888がしつこく右手を動かす。
ソルティは呼吸を整え、その場にしゃがんでT-888の足を払った。
「はああぁぁぁぁぁぁッ!!」
気合一閃、二度目の拳をT-888の歪んだ頭部にに叩き込んで完全に沈黙させる。
放置していたもう一体が、その隙にミニガンをソルティへと叩き込んだ。
「危ないッ!」
「大丈夫です、武美さん。隠れていてください!」
武美に注意を促しながら、ソルティは左拳を振動させて弾丸を武美たちのいない方向へと弾いた。
ソルティその攻撃は通用しない。埒が明かないと判断したのだろう。残ったT-888は接近戦を仕掛けるべくソルティへと迫ってきた。
甘い。T-888がミニガンを振り下ろすが、ソルティはすでに宙へと身体を躍らせた。
記憶を失った際に不完全となっていたソルティの機能は完全回復している。空を飛ぶことも可能だ。ソルティは姿勢を制御して天井に張り付く。
予想外の行動にT-888の動きが一瞬止まる。それはソルティが決着を着けるのに充分な時間だ。
T-888が振り返る暇もなく、ソルティが頭を砕いた。
「すご……ソルティ強い……」
「今の私は全開ですから」
そういって空を飛んでみせると、武美がさらに感心した。
少し楽しい気もするが、こうしている暇はない。コロニーがいまだに地球へと向かっているのだ。
「武美さん、少しすいません」
「え? ソルティなにをする……わわっ」
ソルティは武美を抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこの形をとった。
ソルティはキッと前面を睨みつけて、足に力を入れる。
「喋らないでください。舌を噛みますから!」
「ちょ……って、きゃあああああ!!」
武美のみを案じながら、ソルティは全速力で地面を駆ける。
サブコンピュータールームの居場所は頭に入っているから、ソルティはただ最短距離を突き進むのみ。
障害物ごと破壊し、ソルティはふと本郷とミーは大丈夫だろうか、と心配した。
□
壁が砕け、イーグリードは背中から迫るT-800へと右腕のバスターを向ける。
向けられた対象は無表情にミニガンをイーグリードへと銃口を移動させた。まったく防御する様子がない。
なら好都合だ、とイーグリードがストームトルネードを放つ。
削り砕く竜巻がT-800へとうねり向かい、イーグリードの身体に避け切れなかったミニガンの弾丸が届く。
装甲を削られながらも、イーグリードはT-800の最期を確信していた。
ゆえに、イーグリードは目を剥いてしまう。
「なんだとッ!?」
放たれたストームトルネードがT-800につく瞬間霧散してしまった。
訳が分からないイーグリードにミニガンの弾丸が数十発、装甲を跳ねる。
「く……がっ!?」
よろめきながらイーグリードは体勢を立て直し、もう一発ストームトルネードを放って空を翔ける。
またも竜巻が消える様子を見届け、イーグリードは仕掛けに気づいた。
「ここで打神鞭だと?」
「キサマが相手とは運がいい」
イーグリードは歯噛みする。相性が悪い武器がT-800の手に渡ったものだ。
体力の消耗が激しいため、まともに使えるものがいないと油断したツケだ。
イーグリードの攻撃から身を守るために一瞬だけ触れるなら、体力の消耗も少ない。
何回無効化できるかは不明だが、T-800が一方的に攻撃できるとなるとイーグリードの方が圧倒的に不利だ。
しかも通路は狭く入り組んでいて、イーグリードの機動性を活かした体当たりも不可能だ。
絶望的な状況だ。それでもイーグリードの目に諦めの二文字はない。
(チャンスはあるはずだ……その機会を逃さない!)
ゼロもエックスも、不屈の闘志で逆転を続けていた。
ここで諦めては、死んだエックスにもシグマにも申し訳が立たない。
イーグリードの目つきが鋭くなる。倒す。そして自分たちの故郷を守る。
英雄たちの揺らがぬ意思は、第七空挺部隊の元隊長を奮い立たせていた。
T-800はストームトルネードを無効化しながら、イーグリードが追ってきた幸運に感謝した。
もっとも神を信じないT-800では誰に感謝すればいいのか分からないのだが。
ゼロであったとしても、あの瀕死の状態なら倒すことは容易だろう。
だが、メガトロンがゼロを、自分がイーグリードを担当したほうが一番手間が少ない。
組み合わせ自体は運だった。状況はこちらが有利である。
そして、T-800は生き残りをも始末するために移動している。
戦える面子が残っているかは不明で、イーグリードと混ぜて戦うのは危険だが、コロニー落しを阻止されるわけにはいかない。
本来のT-800の使命としては、コロニー落しなど無視してもいいはずだ。
それでもなぜか、T-800のCPUがコロニー落しの計画を叶えたいという欲求を示していた。
リミッターの外れた学習能力がもたらせた感情。T-800はなんの疑問をはさむこともなくそれを優先していた。
□
ドアを蹴破って、ソルティはサブコンピュータールームへと突入する。
大型のコンピューターが何台か連結しており、操作パネルが一つだけある。
その様子を確かめ、ソルティは武美を降ろした。
武美に後を頼もうと思ったが、彼女はひたすらぜえ、ぜえと息を切らしている。
武美の右手の手袋が、金色のネズミのウフコックへと姿を戻した。
「ソルティ、さすがに速すぎた。俺も……少し気持ち悪い」
「ご、ごめんなさい! 急がないといけないと思いまして……」
「い、いや……い、いいよ。ソ、ソルティ……。急いでいたのは……本当だし……むしろ好都……合……」
ソルティが恐縮するが、武美がフォローする。移民船団を率いていたときはこんなドジはしなかったのに、と反省をした。
それはソルティとして過ごした日々が掛け替えのなかった証なのだ。
無意識下ですら、ディケとしての振る舞いより、ソルティとしての行動を基準にしている。
ソルティはそのことに不満はない。むしろ望ましいことだと、本人すら自覚なく思っていた。
「さて……」
武美はサブコンピューターを前に、自分のケーブルを引っ張り出す。
ソルティの目があるが、恥ずかしいといっている場合ではない。
今まではソルティが気絶しているか、すでに取り出しているかだったが。
まあ、そんなことはともかく。
目の前のコンピューターの重厚な雰囲気に少し呑まれながらも、数度の深呼吸と共にウフコックに首を向ける。
「ウフコック、お願い」
「分かった」
ウフコックがアダプターとなり、武美は自分のケーブルを差し込んだ。
離れていい、と武美は告げるのだが、ウフコックもついていくと主張をやめない。
「ソルティ、悪いが周囲の警戒を頼む。ターミネーターたちが滅んでいるとは限らないからな」
「分かりました! ……武美さん。ウフコックさん、気をつけてください」
うん、と武美は返事する。ここで失敗しては武美だけでなく、本郷やゼロにウフコック、そしてこの世界の地球の人々が危ないのだ。
武美としては顔も名前も知らない他人よりも、仲間たちが傷つくほうが怖かったのだが。
名前も知らない誰かのために本気になれる人たちがいる。
武美はそうなれないし、なる気もない。だが、彼らが死力を尽くすというなら、武美は手を貸してやりたい。
きっと風来坊も、彼らと同じ選択をするだろうから。
武美はケーブルを挿して、サブコンピューターにハッキングをした。
□
武美は目的の場所にたどり着くなり、宇宙空間のようなコンピューターの内部でデータの検索をしていた。
バーニアの姿勢制御プログラムをいじっていると予想して武美はデータをひたすら調べていく。
ウフコックが傍で似たような作業をしていた。
彼は前回のダイブで、武美のような電脳ネット上での作業を学習していた。器用なネズミだと思う。
少しでも武美の負担を減らすためだろうか?
嬉しいと共に、自分だけの力という認識が薄れて寂しくもなる。
「武美、どうした?」
「ううん、なんでもない」
ウフコックがつぶらな赤い瞳でジッと見つめてきた。
なにか言いたいことがあるのだろうか。今は聞いている暇もないため、後回しにする。
「……武美、これは余計なお喋りだが聞いてくれ」
「ウフコック。そんな暇は……」
「喋りながらでも手元を誤るようなことはしない。ただの世間話だ。君も聞き流すつもりでいてくれ」
へえ、とだけ武美は答える。ライト博士の死体の光景が浮かび、ウフコックの言葉を聴くのが僅かに怖くなる。
武美の様子に気づいていないのか、ウフコックはお喋りを続けた。
「別に本郷のように、正義のためとか考えなくてもいいんだぞ」
「はあ?」
武美は自分が変な表情をしていると知りながらも、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
ウフコックはなにを言っているのだろうか?
「ちょっと極端な例を挙げてしまったな。武美、君はもともと戦いには向かない。今までだって充分に頑張ってきた。
これ以上、なにかを背負う必要はない」
武美はポカン、と呆気にとられた。ウフコックの助言は正しい。
それでも、反発を覚えてしまうのはしょうがない。人は正しいだけでは生きれないのだ。
「あたしは…………」
「分かっている。武美は武美としての意思でここに立ち、皆の力になっていることを。
だが、武美。皆その影響の大きさを知っている。皆そのことに感謝している。俺だってそうだ」
「な、なにを急に……」
武美は赤面しながら、唐突なウフコックの発言に真意を見出せなかった。
いったいなんのつもりか。武美はやめてよ、と告げるがウフコックは続ける。
「いいから聞け、武美。君は自分の力を過小評価している。君の力はとても大きいものだ。
なのに、時々君は本郷やソルティのようなものを求めているときがある。まるで、誰かの影を追うかのようにだ」
「それは……」
思い浮かぶのは風来坊の後姿だ。誰かを追っているというなら、彼以外ありえない。
ウフコックは手を緩めず武美の瞳を覗き込む。手は止めていない。思わず感心してしまう。
「その人物が武美とどういった関係かは知らない。俺に口を出す権利なんて皆無だ。
それでも言わせてもらう。君は君のままでいるほうが、俺たちは救われる」
「どういうこと……?」
「誰かの影を纏わせるのは不幸な結果を生む。そいつが生きていても、死んでいても。
君には死んだエックスの影と、生きている誰かの影が見えている」
「それを忘れろというの? 無理だよ……」
武美の声色が弱々しくなる。涙も流せない目が恨めしい。
「風来坊さんはあたしに暖かいなにかを与えてくれた。エックスはあたしに絶望を届けた。
どちらの影もあたしにとっては大きいよ……振り払うなんて……」
「だから、俺にも背負わせて欲しい」
「ウフコック……?」
「俺には委任事件担当捜査官として相棒がいた」
「うん、聞いている」
バロットという名の、ウフコックの頼れる相棒。多くは語らないが、彼女に対してウフコックが絶大な信頼を寄せていることは見て取れる。
どこか誇らしげなウフコックの金色の体毛はふさふさしており、さわり心地が良さそうだった。
「俺は尻軽じゃないから、バロットが委任事件担当捜査官としての相棒なのに変わりはない。彼女以外は俺の相棒として存在できない。
だから頼む。委任事件担当捜査官としてじゃない。友達として、元の世界に変えるまで君の相棒でいさせてくれ」
ウフコックの申し出に、武美は虚を突かれる。しばらく眼をしぱしぱした後、武美はハァーッとため息を吐いた。
苦笑いには嫌悪感は浮かんでいない。むしろ嬉しさをこらえた結果、出来た表情だ。
「普通そんな回りくどい頼み方する?」
「仕方ない。俺が委任事件担当捜査官としてバロットの相棒であることも、君の力になりたいという欲求もすべて……」
武美は少しいたずら心が動いた。思いついた瞬間、唇が言葉を形作る。
「「俺の有用性だから」」
武美はけらけら笑いながらも、ウフコックが憮然としているのがネズミの顔であってもよく分かった。
一日一緒にいると、ウフコックが感情豊かな性格であることを理解できる。
渋いネズミなのにかわいいところがあるアンバランスさがとても愛しく感じた。
「ごめんごめん。ウフコック、お願い。友達として、あたしに力を貸して」
「答える必要もないな」
ウフコックの珍しい、シニカルな笑顔にクロを思い出す。
そうだ、自分には友達がいる。その事実のおかげで武美の罪悪感が薄れた気がした。
自然と武美はタッチパネルの操作する指の速度も速くなっていった。
*時系列順で読む
Back:155:[[鏡(前編)]] Next:156:[[最終回(2)]]
*投下順で読む
Back:155:[[鏡(前編)]] Next:156:[[最終回(2)]]
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|ゼロ|156:[[最終回(2)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|メガトロン|156:[[最終回(2)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|ソルティ・レヴァント|156:[[最終回(2)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|広川武美|156:[[最終回(2)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|イーグリード|156:[[最終回(2)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|T-800|156:[[最終回(2)]]|
|154:[[オール反BR派 対 大デストロン (1)]]|本郷猛|156:[[最終回(2)]]|
**『』(1) ◆2Y1mqYSsQ.
移民船団が漆黒の宇宙で浮かび、星の海を突き進んでいく。白い巨大な船体が太陽光を浴びて光る。
ソルティはその光景を見つめながら、次々と記憶が蘇っていく感覚にとらわれていた。
ソルティを慕う人々。いや、崇め縋る姿すらある。多くの人々が一様にかしずく中心に、ソルティ自身の姿があった。
「ソルティ……? 私の名……いや、違う……」
一様に人々はソルティを敬うようにその名を呼ぶ。告げられた名前はソルティという発音でなかった。
「私は……ディケ…………」
そう呟いたとき、記憶をすべて取り戻しきる。ソルティがそのことを自覚したとき、視界に光が広がって、またも場所が変わった。
□
爆発物によって黒ずんでいる部分があるものの、正方形の部屋だったことは認識できる。
ソルティは自分が寝かされていただろうベッドを見つめて、床に寝かされている老人を発見した。
いや、ソルティは彼がすでに事切れていることに気づき、哀しげに目を伏せる。
そして、自分には仲間がいたことを思い出し周囲を見回した。
「ソルティ、手伝って欲しい。武美を連れてここを離れてくれ!」
「ソル……ティ……?」
ウフコックの問いかけに、ソルティは戸惑った。ウフコックの助けを求める言葉への混乱ではなく、ただの記憶の奔流による混乱である。
ソルティとディケ。
明らかに異なる二つの自分にソルティはどちらの顔であればいいのか対応が遅れる。
それでも基本は心優しき少女であるソルティは、武美の名を呼ぶウフコックに応えた。
転がる老人の死体を前に、武美の思考が混沌とする。
ライト博士は武美たちの力になってくれた。ソルティを助け、迷い悲しんでいる老人であった。
なのに、武美は彼を呪った。恨んだ。
ただ、エックスの生み親だというただそれだけで。
なぜこの人なのだろう? どうしてよりにもよって生み出したのがエックスだったのだろう?
それ以外のなにものでもあれば――せめて名前も知らない、会ったこともない相手なら、どれだけ極悪人でもこんな感情を抱くこともなかった。
そしてそんなくだらないことを考える自分の汚さが、とても情けなかった。
「武美! 武美! しっかりしろ!」
ウフコックが名前を呼ぶが、武美は反応を返さない。ただ呆然と物言わぬ老人の死体を見詰め続ける。
はたして誰の罪か?
武美を襲ったエックスの罪なのか。そのエックスを作り上げたライト博士の罪なのか。たとえエックスの生み親だったとしても、人の死を喜んだ武美の罪なのか。
「武美さん! しっかりしてください!」
聞こえてきたソルティの声に、ハッとなる。武美がソルティの瞳を見つめるが、その瞳を正面から受け止められない。
『なぜ彼の死を喜んだ?』といっているような気がしたのだ。
普段の武美ならここまで極端な反応はしない。しかし、武美は純真なソルティと、ひたすら正義であり続けた本郷と長く共にいすぎた。
彼らの強すぎる正の感情は、武美の負の感情をはっきりと浮き出したのだ。ちょうど、強い光ほど影が濃くなるように。
まるで武美は自身が彼らと一緒にいてはならない存在だと、責められているような感覚になったのである。
そしてたまらず武美は駆け出した。
「武美! 待つんだ!!」
「武美さん!!」
二人が驚いて声をかけてくる。その二人の声に、振り返らず武美は必死に『逃げ』た。
「ソルティ! 武美を追いかけてくれ」
ウフコックはソルティに指示を出して、手袋へと変身【ターン】を終えてソルティの右手を覆う。
ドラスへの対応は後回しだ。彼が生き残ると信じるしかない。
武美はただ混乱しているだけだ。追いついて諭せば、冷静さを取り戻してくれるに違いない。
しかしソルティの手を完全に覆ったとき、ウフコックはソルティの心から不穏な匂いを嗅ぎ取る。
「ソルティ、君の方は大丈夫なのか?」
「あ、はい。大丈夫です、武美さんを追いましょう」
「俺に対して嘘を吐いてもすぐにばれる。知っているはずだ」
ソルティはそのウフコックの言葉に沈黙し、武美を追いかける。
確かに足取りはしっかりしている。されど、どこか影のある横顔にウフコックは不安になった。
彼女は目覚めて間もない。この状況を把握していないだけなのだろうか?
そう思考するのだが、ウフコックの勘が違うと告げる。もっと根源的な問題をソルティは抱えているように見えた。
ソルティが悩むように口を開く。ウフコックは黙ってその言葉を待った。
「ウフコックさん、走りながら聞いてください。私……記憶を取り戻しました。私の本当の名前はディケだったんです」
ソルティの告白を耳にしながら、ウフコックは予想外の答えであったため、『ああ』と返すしかなかった。
ようやく走るのをやめた武美は、俯いて何度も荒い呼吸を繰り返す。
頭が真っ白になるほど走れば、自分への嫌悪感も薄れると思っただが罪悪感は一向になくならない。
むしろ一人でいればいるほど強くなってくる。周囲は謎の金属で出来た通路で、どうやってここまできたのか覚えていない。
武美は力なく壁に背を押し付け、大きくため息を吐いた。
「風来坊さん……あたし……」
その呟きは大好きな彼には届かない。武美もそんなことを期待していないが、彼の思い出がないと不安で死にそうなのだ。
なのに、彼女の呟きに答える存在がいた。それはとても不幸なことに。
「あっ」
武美の膝が疲労で崩れ、つい転んでしまう。刹那の間に武美の頭部があった場所へ銃弾が一発撃ち込まれる。
武美が目を見開くと、まだ死んでいないT-888が一体だけ姿を現した。
骨のようなフレームのターミネーターがミニガンを構えている。武美には乗り越えられない壁だ。
殺されてしまう。なのに武美が恐怖に顔を引きつらせることはない。
もっと怖い存在を知っているからだろうか。エックスの殺気はもっと理不尽で、どうしようもないものだ。
ならば武美は殺されるか?
他人の死を喜ぶ自分は殺されて当然だろうか。
(冗談じゃない)
武美になぜか怒りが沸いてくる。大神が武美に仕込んだ寿命タイマーは残り半年もない。
ここで死ぬのも、半年後に死ぬのも、武美という存在がなくなるのは一緒である。
(それでも、あたしは……あんたたちの好きにされるのは!)
絶対嫌だった。自分の命は自分が使う。そんな当然のことはここでは許されない。
そんな理不尽がまかり通るなど間違っているし、本郷もウフコックもソルティもその事実を嫌って反逆しているのだ。
たかがライト博士が死んだ程度で、くれてやるほど半年の命は安くはない。
ああ、そうだ。武美は自分の性根が嫌だから生きるのをやめるのではない。
死ぬその日まで精一杯生きるために、『人間』であるために生きているのだ。
それはライト博士でも、エックスでも阻害はさせない。
T-888が腕を動かし、武美を狙う。武美はたまらず叫ぶ。叫ばずにはいられない。
「そんなのッ! 嫌だあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
叫んでも無意味なのは知っている。それでも理不尽には嫌だと突きつけるのは、生きている証だ。
そして、その証を守らんとする男の声が武美に届く。
『武美! 右に大きく跳ぶんだ!』
本郷さん! と叫ぶ暇もなく、ほぼとっさに武美は飛び退いた。
ほぼ同時にT-888の胸の装甲へ鎖に繋がれた鉄球が激突する。金属と金属が激突する甲高い音に耳鳴りがなりながらも、武美の前へ赤い影が躍り出た。
赤い船外スーツのような野暮ったい服装の、髪を二つにまとめた少女。ウフコックが変身【ターン】した鉄球のハンマーを持っている。
ソルティの右拳が淡く光り、振動を起こしてターミネーターへと突撃した。
「ソルティ……でいいんだな? 胸は駄目だ! 頭を狙え」
「はいッ!」
ソルティの振動拳によってT-888の頭部が粉砕し、地面を滑りながらソルティは呼気を整えた。
ズシンと、ターミネーターの倒れる姿を見つめて武美はヘタッと座り込んだ。
「武美、大丈夫か?」
「うん、走って頭を空にしたら楽になった。よくあたしの居場所が分かったね」
「少し見失ったが、俺が通信機に変身【ターン】して本郷に手伝ってもらった。本郷がシャトルに乗ったのが少しでも遅ければ、武美は死んでいたぞ」
「ごめん。死にたくないから、もう二度としない」
「ああ、そうしてくれ」
どこか安堵したようなウフコックの様子をおかしく思いながら、武美は生きる遺志を告げた。
そして今までソルティが話しかけていないことを不思議に思いながら、その顔を見つめると少し大人びて見える。
なにかあったのか? と武美が疑問を持つ。
「その、武美さん。私は……どっちならいいんでしょうか? ソルティとディケ……」
「はあ?」
武美が思わずマヌケな返しをすると、ソルティは困ったような表情を浮かべた。
なにか説明しにくいような雰囲気に、武美は顔を近づける。
「武美さん?」
武美は構わず、無遠慮にソルティの顔を見回すが、誰がどう見てもソルティだ。
どこか調子がおかしいのか、と心配した自分が馬鹿みたいだ。武美は距離を置いて、ソルティに向き直る。
「どう見てもソルティじゃない」
「え……と、ソルティはロイさんがつけた名前でして、私には……」
「武美。ソルティは記憶を取り戻したそうだ」
武美はソルティが記憶失っていることは聞いていた。そのことを把握してウフコックが分かりやすく、そして短く説明を終える。
へえ、と武美は感心してソルティを向く。
「ソルティは嬉しくないの?」
「どうでしょうか……私はディケとして、エウノミアを止めるために地上に降りたのに……」
ソルティの言葉を待って、武美は黙する。ソルティの顔はどこまでも穏やかだった。
ディケの出自は特殊である。
彼女の星で発達したリゼンブル技術では再現できない、完全なリゼンブル体「ジェニュイン」であるのは人間たちを見守るためであった。
事実彼女は、移民した星の人々を同じく移民船の統制システムであるエウノミアやエイレネと共に長年導いてきた。
なのになぜだろう?
幾百年過ごした年月より、ロイの娘として『ソルティ』の記憶が彩っているのは。
一度掴んでは忘れられない。一度得ては離すことは出来ない。
人間としての日々はここまで素晴らしかったのか。
ゆえに彼女は、『ディケ』として使命を帯びて地上に降り立つより、
「ソルティとして、ロイさんの娘で、皆さんのお友達でいたいのかもしれません」
『ソルティ』として人間でいたかった。だからこそ、使命と人間性の合間にソルティは戸惑っていたのだ。
こんなことを武美に言っても仕方ないのかもしれない。ディケとしての使命は彼女の世界の話だ。
娘として存在したいという想いも、帰ってロイに伝える以外手段はない。
ソルティのその葛藤に気づかず、武美はなんでもないように告げる。
「要するにあたしはソルティと友達ってこと? そんなの当たり前じゃん」
「……すごくおばあちゃんでもいいのですか?」
「ええ!? 若々しい……羨ましい……」
「まあ、私に老いはありませんから」
目の付け所がずれている友人を相手に、ソルティはクスリと笑う。
記憶があろうとなかろうと、武美との関係は変わらなかった。
ならば戻っても、自分の持ちようさえ確かならロイの娘でいられるのではないか?
だからこそ、ソルティはロイのいる星を守るために、改めてエウノミアを止める決意をした。
二人の少女が穏やかに談笑している姿を見つめ、ウフコックは深々と息を吐いた。
それは安堵のものではない。ウフコックの鼻が、武美の罪悪感はまだ残っていると語っていた。
武美は表面上取り繕っているが、ただライト博士の死から目を逸らしたに過ぎない。
もちろん、ウフコックはそのことを責める気はない。むしろ気を病む武美が正常なのだ。
ソルティのような純真さも、本郷のような正義の強さも、誰にも持てるものではない。
そして、エックスの生み親という事実は武美に影を落とす要因となる。
(バロット、君ならこんなときにどう動いたのだろうな)
女性の心理はウフコックには謎だ。喋れるが人間ではない。そしてもはやネズミですらない。
種族としても煮え切らないウフコックに、人間の女性の心理は永遠の謎の一つだ。
こういう場面でも頼もしき相棒を思い出したのは、感傷的になっているのだろう。
ウフコックは静かに、武美の肩へと乗った。
一段楽したところで、ドラスを捜索しようとウフコックが提案をしかける。
その寸前で、武美がウフコックに通信機になるよう伝えてきた。
本郷から連絡か。すぐにウフコックは通信機へと変身【ターン】する。
『コロニーが地球に向かって動いている。どういうことか、確かめて欲しい』
本郷の声が通信機から薄暗い通路に響く。
ハッとして二人と一匹は、窓から外の様子を確かめた。
□
「月面飛行蹴り――――ッ!!!」
エネルギーをまとって両脚蹴りがメガトロンの顔面にぶち当たり、ゼロは反動で飛びのいた。
息も荒く床に降りてゼロは正面を睨む。いつものように華麗な着地が出来ないが、右腕を失い腹に穴が開いている状態では上出来だ。
重い音をたてて倒れるメガトロンの赤い巨体を見届け、左手のΣブレードを顔の前に構える。
オイルがトバッ、と漏れて床を濡らした。途切れそうになる意識に活を入れながらも、ゼロは執念だけで立っている。
「チッ、死に損ないが……」
「さて、メガトロン。奴らは戦うようだが、このまま殲滅するか?」
「いいや、ここは嫌がらせといこうじゃないか、シュワちゃん」
シュワちゃんと呼ばれたT-800は右手のミニガンの銃口をイーグリードに向けつつ、左のミニガンを降ろした。
ゼロはメガトロンの竜を模した右手を向けられ、下手に動けない。
その様子を見ながら、メガトロンはにやりと笑みを浮かべる。
「やっちゃいな、シュワちゃん!」
メガトロンがゼロとイーグリードに向かって炎を噴出す。
ゼロは回避行動に移り、メガトロンと距離をとらざる得なかった。イーグリードもまた同様だった。
その隙にT-800はモニターの操作パネルに近づき、一つキーを押し込んだ。
トラップが待ち構えている、とゼロは身構える。
「そんなにびびらなくてもいいじゃん」
メガトロンのからかうような言葉に、なにも起きていないことへ疑問を持つ。
自分たちに不利な状態になった様子はない。
すると、メガトロンが指を鳴らしてモニターに宇宙空間が映る。
「コロニーが移動を開始しているだと!」
「正解だ、鳥さん。ゼロ、俺様たちはこいつをこの世界の地球に落とすぜ。ちなみにここで解除は無理だ。ハアーハッハッハッハ!!」
「くっ!」
ゼロは呻いて、身体を前倒しにメインパネルへと向かう。イーグリードが後ろから援護してきた。
さすがは旧来の友。言葉なくても互いに通じ合っている。
ストームトルネードがメガトロンとゼロの間の地面を削り、ゼロは左手を振り上げてパネルをコンピューターごと一刀両断する。
それでも宙に浮かぶモニターのコロニーは止まりはしない。
「くはは、無駄だ無駄だ~!!」
「それくらい察しがつくとは思ったのだがな」
「シュワちゃん、こいつら正義の味方は無駄と分かっても動かないといけないのさ。そういう人種だ」
くっ、とゼロが奥歯を噛み締めるが、まだ希望はある。武美がこの事態に気づいてさえくれれば。
イーグリードを戻らせて、自分が食い止めておくか?
ゼロは迷っていると、部屋の通信機が動き始めた。
『ゼロさん、イーグリードさん、聞こえる!』
「うわ、びっくりしたな~もう!」
メガトロンの傍にスピーカーがあったのだろう。今度はゼロが笑みをメガトロンへと浮かび返す。
武美がここのスピーカーから通信しているということは、こちらの会話も届くのだろう。
コロニーのことを告げようとしたとき、スピーカーから武美の声が響く。
『本郷さんからコロニーが動いているって聞いた! サブコンピュータールームで推進システムにハックするから、そいつら抑えていて!』
「了解した、武美! いくぞ、イーグリード!!」
「当然だ!」
イーグリードがT-800へ向かい、ゼロがメガトロンへとΣブレードを振り下ろした。
メガトロンの竜の牙と、Σブレードの刃が交差する。
「チッ、てめーらハッキングが得意な奴がいたのか!?」
「俺たちの自慢の仲間だ!」
ゼロは言い切り、腹部に走る激痛を無視しながらΣブレードを横へ振るった。
ハッキングが得意な奴が仲間にいるとは予想していなかったが、メガトロンは余裕の態度を崩さない。
どう見てもゼロもイーグリードも詰んでいる。メガトロン大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーまで後一歩だ。
メガトロンは竜の頭を模した右手のを大きく振り、ゼロと距離をとる。
「あ~、もしもし! もしもし! コロンちゃん、そっちの首尾はどうよ?」
PDAの通信機能をONにして話しかけた。こちらから指示を出しやすくするための処置だ。
ふふん、とゼロを見下すと面白いように憎しみの視線を向けられる。
どうにかしたいのに、なにもできない。そんな状況の正義の味方が、メガトロンは大好きだった。
「あれ? もしもし……チッ、モニター!!」
反応が返ってこないことをメガトロンは訝しげながら、コロンビーヌが向かったであろう場所を指を鳴らしてモニターに表示させる。
九分割された映像の中に、コロシアムで瓦礫にはさまれて機能を停止しているコロンビーヌとドラスの姿が辛うじて映った。
メガトロンは戦力を失ったことに舌打ちしながらも、僅かに除いた装置に目を輝かせた。
「おっ、アレは平行世界移動装置か。そうだろ? 鳥君」
「……黙れ」
短く切って捨てるイーグリードの余裕のなさから、メガトロンは自分の言葉が真実であることを知る。
とたんに、戦力が減った不機嫌が吹き飛んだ。
「こりゃ、都合がいいや! 厄介な奴も一人減らしたみたいだし、コロンちゃん最期までいい働きするぜ」
「……キサマ、今まで共に戦った仲間だろう!」
「まあ、死んじゃったならしょうがないよね。あはは~」
怒りを示すイーグリードにメガトロンはあっさりと返す。同時に、T-800がミニガンをイーグリードへと放った。
シュワちゃんナイス援護、と呟きながらゼロへ向き直ると、僅かに悲しみを示している様子を見つけた。
「ほう、仲間でも死んで哀しいのか?」
「黙れ、メガトロン!」
ゼロがΣブレードの刃を鞭のように伸ばし、メガトロンは軽々と避けてT-800の傍による。
舞台は整った。後は正義の味方をすべて殺すだけ。
「シュワちゃん、二手に別れようぜ」
「ほう。ゼロを確実にしとめるためか」
「まあね」
頭の早いT-800に笑みを浮かべて、メガトロンは作戦を脳裏に浮かべる。
二手に別れれば、仲間を庇うためにイーグリードもゼロも、それぞれ別れて追わねばならない。
半死半生のゼロがどちらを追っても、しとめるのにそう時間はかからない。
イーグリードは残ったほうがひきつけ、ついでに正義の味方でハッキングが得意な奴を殺しに向かう。
メガトロンは思考を整理し終え、一発大きな炎をゼロとイーグリードの間に放つ。
避けられるのは計算のうち。これを合図にメガトロンとT-800は二手に別れる。
「鬼さんこっちら!」
「待て! メガトロン!!」
どうやらゼロに止めを刺すのはメガトロンに決まったようだ。
ほくそ笑みながら、メガトロンはゼロを誘った。
ただ一つ、メガトロンが気づいていない事実がある。
それは、平行世界移動装置が半壊していることであった。
□
「メガトロンたちがコロニーを地球に落とすつもりか……やっかいな」
本郷はシャトルの行き先を変更し終えて、一人ごちる。
ベルトの修復は八割完了だ。もっとも、変身は旧1号の方となるのだが。
シャトルの席から、外を見るとバーニアを噴かすコロニーが目に入る。
シャトルのほうが身軽のため近づくのは容易であった。そして視界に入ると改めて巨大なのを認識する。止めるのは至難の業だ。
「メガトロン、キサマの好きにはさせない」
それでも、危機に陥っている人たちがいるのなら本郷は戦う。
人々の自由のために。ベルトが動き、姿を変える。
旧1号の姿で、仮面ライダーは目の前の塊を見据えていた。
□
「ちょっとハッキングで調べたけど、コロニーに地球へ落ちるよう設定したみたい」
『そうか、ならどうすれば止められるか調べてくれないか? 俺はコロニーへと向かう』
「分かった。あたしたちはサブコンピュータールームへ向かうよ。マップは手に入れたし、PDAにダウンロードした。
ゼロさんたちが守っている間に早く行かないと」
『了解。それではなにか分かったら俺に伝えてくれ』
本郷の通信を終了し、ミーが無事かどうか確かめる暇がなかったことを悔やみながら、武美はウフコックとソルティに振り向いた。
彼らも話は聞いている。その目は決意に満ちていた。
「それじゃ武美、さっそくドラスと合流するルートを通って……」
「…………ウフコック、その必要はないよ」
「……念のために聞きます。どういうことですか?」
武美はウフコックの提案を沈んだ声で無駄だと伝える。
それでウフコックは一発で勘付いたが、ソルティが疑問をはさんだ。
ドラスのことを知っているということは、武美を探す途中でウフコックが説明をしたのだろう。
もっとも、彼女自身が告げたように理由は気づいているはずだ。ソルティは馬鹿ではない。
「ドラス君は死んだよ。メガトロンが悪趣味にもモニターを出して教えてくれた」
「ゼロたちを挑発するためか。胸糞が悪い」
ウフコックの言葉に内心武美は同意しながら、なぜあのいい子が死ぬのかと自問する。
武美が会ったドラスは素直ないい子の素顔しかない。彼が自分から告げたようにかつて悪人だったとしても、武美にはただの子供の一面しか知らない。
だからこそ余計に、武美は彼のような善人が死ぬべきでなかったと思ってしまう。
僅かに蘇った罪悪感を抱えるが、武美はそれを無視する。
「よし、ウフコック、ソルティ。先に進もう!」
武美にはコロニーが落ちるのを阻止するしか出来ることはない。
そのまま罪悪感を隠し足を進める。
ただ、ソルティとウフコックが、神妙な表情で武美を見ていたことには気づかなかった。
ソルティは目の前の武美が無理しているように見えた。
なにか使命感を無理矢理作っているような、危うい状況だ。
ソルティはこんなときにどう声をかけていいのか分からない。
人類の管理者としてならパターンはある。しかし、友人としてのソルティでは不安が大きい。
「武美、ソルティ……金属の焦げ付くような臭い……奴らだ!」
「こんなときにッ!」
武美の声に返す暇もなく、ソルティは通路の曲がり角へと全力で駆ける。
現れた二体のT-888がミニガンを構えるが、ソルティの淡く光る右拳を頭に叩き込む。
胸部が危険なのはウフコックから聞いていた。フレームが歪み、T-888がしつこく右手を動かす。
ソルティは呼吸を整え、その場にしゃがんでT-888の足を払った。
「はああぁぁぁぁぁぁッ!!」
気合一閃、二度目の拳をT-888の歪んだ頭部にに叩き込んで完全に沈黙させる。
放置していたもう一体が、その隙にミニガンをソルティへと叩き込んだ。
「危ないッ!」
「大丈夫です、武美さん。隠れていてください!」
武美に注意を促しながら、ソルティは左拳を振動させて弾丸を武美たちのいない方向へと弾いた。
ソルティその攻撃は通用しない。埒が明かないと判断したのだろう。残ったT-888は接近戦を仕掛けるべくソルティへと迫ってきた。
甘い。T-888がミニガンを振り下ろすが、ソルティはすでに宙へと身体を躍らせた。
記憶を失った際に不完全となっていたソルティの機能は完全回復している。空を飛ぶことも可能だ。ソルティは姿勢を制御して天井に張り付く。
予想外の行動にT-888の動きが一瞬止まる。それはソルティが決着を着けるのに充分な時間だ。
T-888が振り返る暇もなく、ソルティが頭を砕いた。
「すご……ソルティ強い……」
「今の私は全開ですから」
そういって空を飛んでみせると、武美がさらに感心した。
少し楽しい気もするが、こうしている暇はない。コロニーがいまだに地球へと向かっているのだ。
「武美さん、少しすいません」
「え? ソルティなにをする……わわっ」
ソルティは武美を抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこの形をとった。
ソルティはキッと前面を睨みつけて、足に力を入れる。
「喋らないでください。舌を噛みますから!」
「ちょ……って、きゃあああああ!!」
武美のみを案じながら、ソルティは全速力で地面を駆ける。
サブコンピュータールームの居場所は頭に入っているから、ソルティはただ最短距離を突き進むのみ。
障害物ごと破壊し、ソルティはふと本郷とミーは大丈夫だろうか、と心配した。
□
壁が砕け、イーグリードは背中から迫るT-800へと右腕のバスターを向ける。
向けられた対象は無表情にミニガンをイーグリードへと銃口を移動させた。まったく防御する様子がない。
なら好都合だ、とイーグリードがストームトルネードを放つ。
削り砕く竜巻がT-800へとうねり向かい、イーグリードの身体に避け切れなかったミニガンの弾丸が届く。
装甲を削られながらも、イーグリードはT-800の最期を確信していた。
ゆえに、イーグリードは目を剥いてしまう。
「なんだとッ!?」
放たれたストームトルネードがT-800につく瞬間霧散してしまった。
訳が分からないイーグリードにミニガンの弾丸が数十発、装甲を跳ねる。
「く……がっ!?」
よろめきながらイーグリードは体勢を立て直し、もう一発ストームトルネードを放って空を翔ける。
またも竜巻が消える様子を見届け、イーグリードは仕掛けに気づいた。
「ここで打神鞭だと?」
「キサマが相手とは運がいい」
イーグリードは歯噛みする。相性が悪い武器がT-800の手に渡ったものだ。
体力の消耗が激しいため、まともに使えるものがいないと油断したツケだ。
イーグリードの攻撃から身を守るために一瞬だけ触れるなら、体力の消耗も少ない。
何回無効化できるかは不明だが、T-800が一方的に攻撃できるとなるとイーグリードの方が圧倒的に不利だ。
しかも通路は狭く入り組んでいて、イーグリードの機動性を活かした体当たりも不可能だ。
絶望的な状況だ。それでもイーグリードの目に諦めの二文字はない。
(チャンスはあるはずだ……その機会を逃さない!)
ゼロもエックスも、不屈の闘志で逆転を続けていた。
ここで諦めては、死んだエックスにもシグマにも申し訳が立たない。
イーグリードの目つきが鋭くなる。倒す。そして自分たちの故郷を守る。
英雄たちの揺らがぬ意思は、第七空挺部隊の元隊長を奮い立たせていた。
T-800はストームトルネードを無効化しながら、イーグリードが追ってきた幸運に感謝した。
もっとも神を信じないT-800では誰に感謝すればいいのか分からないのだが。
ゼロであったとしても、あの瀕死の状態なら倒すことは容易だろう。
だが、メガトロンがゼロを、自分がイーグリードを担当したほうが一番手間が少ない。
組み合わせ自体は運だった。状況はこちらが有利である。
そして、T-800は生き残りをも始末するために移動している。
戦える面子が残っているかは不明で、イーグリードと混ぜて戦うのは危険だが、コロニー落しを阻止されるわけにはいかない。
本来のT-800の使命としては、コロニー落しなど無視してもいいはずだ。
それでもなぜか、T-800のCPUがコロニー落しの計画を叶えたいという欲求を示していた。
リミッターの外れた学習能力がもたらせた感情。T-800はなんの疑問をはさむこともなくそれを優先していた。
□
ドアを蹴破って、ソルティはサブコンピュータールームへと突入する。
大型のコンピューターが何台か連結しており、操作パネルが一つだけある。
その様子を確かめ、ソルティは武美を降ろした。
武美に後を頼もうと思ったが、彼女はひたすらぜえ、ぜえと息を切らしている。
武美の右手の手袋が、金色のネズミのウフコックへと姿を戻した。
「ソルティ、さすがに速すぎた。俺も……少し気持ち悪い」
「ご、ごめんなさい! 急がないといけないと思いまして……」
「い、いや……い、いいよ。ソ、ソルティ……。急いでいたのは……本当だし……むしろ好都……合……」
ソルティが恐縮するが、武美がフォローする。移民船団を率いていたときはこんなドジはしなかったのに、と反省をした。
それはソルティとして過ごした日々が掛け替えのなかった証なのだ。
無意識下ですら、ディケとしての振る舞いより、ソルティとしての行動を基準にしている。
ソルティはそのことに不満はない。むしろ望ましいことだと、本人すら自覚なく思っていた。
「さて……」
武美はサブコンピューターを前に、自分のケーブルを引っ張り出す。
ソルティの目があるが、恥ずかしいといっている場合ではない。
今まではソルティが気絶しているか、すでに取り出しているかだったが。
まあ、そんなことはともかく。
目の前のコンピューターの重厚な雰囲気に少し呑まれながらも、数度の深呼吸と共にウフコックに首を向ける。
「ウフコック、お願い」
「分かった」
ウフコックがアダプターとなり、武美は自分のケーブルを差し込んだ。
離れていい、と武美は告げるのだが、ウフコックもついていくと主張をやめない。
「ソルティ、悪いが周囲の警戒を頼む。ターミネーターたちが滅んでいるとは限らないからな」
「分かりました! ……武美さん。ウフコックさん、気をつけてください」
うん、と武美は返事する。ここで失敗しては武美だけでなく、本郷やゼロにウフコック、そしてこの世界の地球の人々が危ないのだ。
武美としては顔も名前も知らない他人よりも、仲間たちが傷つくほうが怖かったのだが。
名前も知らない誰かのために本気になれる人たちがいる。
武美はそうなれないし、なる気もない。だが、彼らが死力を尽くすというなら、武美は手を貸してやりたい。
きっと風来坊も、彼らと同じ選択をするだろうから。
武美はケーブルを挿して、サブコンピューターにハッキングをした。
□
武美は目的の場所にたどり着くなり、宇宙空間のようなコンピューターの内部でデータの検索をしていた。
バーニアの姿勢制御プログラムをいじっていると予想して武美はデータをひたすら調べていく。
ウフコックが傍で似たような作業をしていた。
彼は前回のダイブで、武美のような電脳ネット上での作業を学習していた。器用なネズミだと思う。
少しでも武美の負担を減らすためだろうか?
嬉しいと共に、自分だけの力という認識が薄れて寂しくもなる。
「武美、どうした?」
「ううん、なんでもない」
ウフコックがつぶらな赤い瞳でジッと見つめてきた。
なにか言いたいことがあるのだろうか。今は聞いている暇もないため、後回しにする。
「……武美、これは余計なお喋りだが聞いてくれ」
「ウフコック。そんな暇は……」
「喋りながらでも手元を誤るようなことはしない。ただの世間話だ。君も聞き流すつもりでいてくれ」
へえ、とだけ武美は答える。ライト博士の死体の光景が浮かび、ウフコックの言葉を聴くのが僅かに怖くなる。
武美の様子に気づいていないのか、ウフコックはお喋りを続けた。
「別に本郷のように、正義のためとか考えなくてもいいんだぞ」
「はあ?」
武美は自分が変な表情をしていると知りながらも、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
ウフコックはなにを言っているのだろうか?
「ちょっと極端な例を挙げてしまったな。武美、君はもともと戦いには向かない。今までだって充分に頑張ってきた。
これ以上、なにかを背負う必要はない」
武美はポカン、と呆気にとられた。ウフコックの助言は正しい。
それでも、反発を覚えてしまうのはしょうがない。人は正しいだけでは生きれないのだ。
「あたしは…………」
「分かっている。武美は武美としての意思でここに立ち、皆の力になっていることを。
だが、武美。皆その影響の大きさを知っている。皆そのことに感謝している。俺だってそうだ」
「な、なにを急に……」
武美は赤面しながら、唐突なウフコックの発言に真意を見出せなかった。
いったいなんのつもりか。武美はやめてよ、と告げるがウフコックは続ける。
「いいから聞け、武美。君は自分の力を過小評価している。君の力はとても大きいものだ。
なのに、時々君は本郷やソルティのようなものを求めているときがある。まるで、誰かの影を追うかのようにだ」
「それは……」
思い浮かぶのは風来坊の後姿だ。誰かを追っているというなら、彼以外ありえない。
ウフコックは手を緩めず武美の瞳を覗き込む。手は止めていない。思わず感心してしまう。
「その人物が武美とどういった関係かは知らない。俺に口を出す権利なんて皆無だ。
それでも言わせてもらう。君は君のままでいるほうが、俺たちは救われる」
「どういうこと……?」
「誰かの影を纏わせるのは不幸な結果を生む。そいつが生きていても、死んでいても。
君には死んだエックスの影と、生きている誰かの影が見えている」
「それを忘れろというの? 無理だよ……」
武美の声色が弱々しくなる。涙も流せない目が恨めしい。
「風来坊さんはあたしに暖かいなにかを与えてくれた。エックスはあたしに絶望を届けた。
どちらの影もあたしにとっては大きいよ……振り払うなんて……」
「だから、俺にも背負わせて欲しい」
「ウフコック……?」
「俺には委任事件担当捜査官として相棒がいた」
「うん、聞いている」
バロットという名の、ウフコックの頼れる相棒。多くは語らないが、彼女に対してウフコックが絶大な信頼を寄せていることは見て取れる。
どこか誇らしげなウフコックの金色の体毛はふさふさしており、さわり心地が良さそうだった。
「俺は尻軽じゃないから、バロットが委任事件担当捜査官としての相棒なのに変わりはない。彼女以外は俺の相棒として存在できない。
だから頼む。委任事件担当捜査官としてじゃない。友達として、元の世界に変えるまで君の相棒でいさせてくれ」
ウフコックの申し出に、武美は虚を突かれる。しばらく眼をしぱしぱした後、武美はハァーッとため息を吐いた。
苦笑いには嫌悪感は浮かんでいない。むしろ嬉しさをこらえた結果、出来た表情だ。
「普通そんな回りくどい頼み方する?」
「仕方ない。俺が委任事件担当捜査官としてバロットの相棒であることも、君の力になりたいという欲求もすべて……」
武美は少しいたずら心が動いた。思いついた瞬間、唇が言葉を形作る。
「「俺の有用性だから」」
武美はけらけら笑いながらも、ウフコックが憮然としているのがネズミの顔であってもよく分かった。
一日一緒にいると、ウフコックが感情豊かな性格であることを理解できる。
渋いネズミなのにかわいいところがあるアンバランスさがとても愛しく感じた。
「ごめんごめん。ウフコック、お願い。友達として、あたしに力を貸して」
「答える必要もないな」
ウフコックの珍しい、シニカルな笑顔にクロを思い出す。
そうだ、自分には友達がいる。その事実のおかげで武美の罪悪感が薄れた気がした。
自然と武美はタッチパネルの操作する指の速度も速くなっていった。
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