ロボット刑事と少女事件屋の巻 ◆KJJLTUDBrA
ゲジヒトは混乱していた。
彼はユーロポールが誇る世界最高のロボット刑事であり、現在は連続ロボット破壊事件を捜査している。
その過程で彼は、エプシロンからプルートゥらしきロボットの画像を手に入れた。
だが今の彼には、それから先の記憶がないのである。
ペルシアにてダリウス14世と面会し、そのあとエプシロンと会ったことまでの記憶はあるが、それ以後の記憶がない。
直近の記憶は、彼と同じようなロボット達が集められた部屋で目を覚まし、ロボットらしき男から、
『殺しあえ』などといわれたものである。明らかに不自然なところで記憶が途切れている。
「……何が起こった?」
彼は、自分の記憶チップをスキャンする。何か手がかりがないか、と考えて。
しかし、記憶の断絶以外は特に異常は感じられない。それがまた、彼の不安を掻き立てた。
「まさか、私はまた記憶を……」
彼は一度、記憶を改ざんされたことがあり、しかし不完全ながらもそれを取り戻した。
改ざんされた理由は、それが多くの人にとって都合の悪い事実だったからである。
ロボットが人を殺した……それは、社会をひっくり返すには十分すぎるスキャンダルだからだ。
「記憶を……消されたのか? だが一体誰が……」
そこで彼は一つの可能性に至る。捜査の過程で何かを見、あるいは何かをして、その結果記憶を消されたのではないか、と。
「……だとすると、彼らはプルートゥと繋がっている?」
いや、と彼は首を振った。今はデータが少なすぎてなんともいえない状況だ。
まずは状況を把握することが先決だろう、と彼はいつの間にか懐に入っていたPDAを取り出した。
初めに目に付いた名簿を呼び出す。すぐに彼は、一つの名前に目が留まった。
(セイン、チンク……確かあの殺された少女ともう一人の……)
シグマと名乗った男を睨んでいた、眼帯をつけた少女を思い出す。
それと同時に、バラバラになった彼女のことも思い浮かんだ。
(どうやら彼女らは知り合いだったようだが……チンクという少女は、あれを見て何を思ったのだろう)
怒りだろうか、悲しみだろうか。
バラバラの死骸のイメージから、二年前にあの男に殺された幼児型ロボットの残骸や、
ブラウ1589、ペルシア、ボラー調査団のことなど、様々なイメージが連想される。
そして、自らが抱いた最も恐ろしい感情、『憎しみ』のことも。
「だめだ……逃げちゃだめなんだ……」
いつしかPDAを操作する彼の手は止まっていた。
□ □ □ □ □ □
ルーン・バロットは困惑していた。
宿敵ボイルドを倒し、疲れてぐっすり眠り、起きたらこのようなよくわからないところに放り込まれていたのである。
幸い疲れは取れているものの、困惑しない方がおかしいだろう。
それに、彼女はロボットではない。あの男は『ロボットの諸君』などと言ったが、勘違いもいいところである。
ただそんなことより、彼女にとってはもっと大事なことがあった。
(ウフコックはどこ?)
彼女の無二の相棒であるウフコックが近くにいないのである。手元にあるのは、PDAが一つだけ。
見回した周囲に彼の姿はなく、彼女はむう、と唸る。
とりあえず、何か情報を引き出せないかとPDAに干渉しようとして、若干の違和感に気付いた。
バロットの皮膚は、ほぼ全て人工の物に移植されているが、その能力は三つある。
一つは皮膚感覚の加速装置であり、これにより、体感覚を何倍も鋭くできる。
もう一つは電子的探知能力。これはいわゆるレーダーであり、周囲の物体を立体的に把握するものである。
そして最後が、電子操作だ。ありとあらゆる電子機器に対して干渉ができる能力が、その正体である。
一つ目と二つ目の能力に問題はなかった。周囲の把握は問題なく行われている。ただ、わずかに肌がチリチリするだけだった。
問題は三つ目である。
たとえるならば、腕が突然短くなってしまったような感じだろうか。あるいは水中で手を伸ばしたときのような感覚だろうか。
手に持って操作している分には問題はないけれど、普段届くと思っている距離に手が届かない、そんな感覚である。
ためしに彼女は、PDAを床に置いて離れてみた。
一歩二歩、と歩くごとに、バロットはPDAへの干渉能力が極端に下がっていくのを感じた。
そして、十歩ほど歩いたところ、ほぼ完全に干渉できなくなった。
(困った)
普段の数分の一の距離である。日常生活には問題がないが、いざ戦闘になると危険かもしれない。
彼女は違和感の原因である、いつの間にかされていた首輪に触れた。
どうも、この首輪から微弱な電磁波か何かが発せられていて、それが彼女の電子的干渉を弱めているらしい。
(それにこれは……爆薬?)
意識を首輪に集中させてみると、その電磁波の所為か大まかにしかわからないが、
首輪の内部になにやら信管のようなものがあるのがわかった。
そういえば、と彼女は思い出す。体内に爆弾を仕込むとかいうことをあの男が話していたことを。
彼女の体は、皮膚を除けばほとんど生身である。だからこのような首輪をしたのだろうと、彼女は考えた。
(外すのは危険ね)
無理やり外そうとすれば、信管が作動するだろう。そう思ってバロットは手を離す。
(まずは、この感覚に慣れなきゃ……)
彼女はPDAの元へ戻り、それを拾いあげる。
さて、と再び干渉しようとして、バロットは近くで声がするのに気付いた。
彼はユーロポールが誇る世界最高のロボット刑事であり、現在は連続ロボット破壊事件を捜査している。
その過程で彼は、エプシロンからプルートゥらしきロボットの画像を手に入れた。
だが今の彼には、それから先の記憶がないのである。
ペルシアにてダリウス14世と面会し、そのあとエプシロンと会ったことまでの記憶はあるが、それ以後の記憶がない。
直近の記憶は、彼と同じようなロボット達が集められた部屋で目を覚まし、ロボットらしき男から、
『殺しあえ』などといわれたものである。明らかに不自然なところで記憶が途切れている。
「……何が起こった?」
彼は、自分の記憶チップをスキャンする。何か手がかりがないか、と考えて。
しかし、記憶の断絶以外は特に異常は感じられない。それがまた、彼の不安を掻き立てた。
「まさか、私はまた記憶を……」
彼は一度、記憶を改ざんされたことがあり、しかし不完全ながらもそれを取り戻した。
改ざんされた理由は、それが多くの人にとって都合の悪い事実だったからである。
ロボットが人を殺した……それは、社会をひっくり返すには十分すぎるスキャンダルだからだ。
「記憶を……消されたのか? だが一体誰が……」
そこで彼は一つの可能性に至る。捜査の過程で何かを見、あるいは何かをして、その結果記憶を消されたのではないか、と。
「……だとすると、彼らはプルートゥと繋がっている?」
いや、と彼は首を振った。今はデータが少なすぎてなんともいえない状況だ。
まずは状況を把握することが先決だろう、と彼はいつの間にか懐に入っていたPDAを取り出した。
初めに目に付いた名簿を呼び出す。すぐに彼は、一つの名前に目が留まった。
(セイン、チンク……確かあの殺された少女ともう一人の……)
シグマと名乗った男を睨んでいた、眼帯をつけた少女を思い出す。
それと同時に、バラバラになった彼女のことも思い浮かんだ。
(どうやら彼女らは知り合いだったようだが……チンクという少女は、あれを見て何を思ったのだろう)
怒りだろうか、悲しみだろうか。
バラバラの死骸のイメージから、二年前にあの男に殺された幼児型ロボットの残骸や、
ブラウ1589、ペルシア、ボラー調査団のことなど、様々なイメージが連想される。
そして、自らが抱いた最も恐ろしい感情、『憎しみ』のことも。
「だめだ……逃げちゃだめなんだ……」
いつしかPDAを操作する彼の手は止まっていた。
□ □ □ □ □ □
ルーン・バロットは困惑していた。
宿敵ボイルドを倒し、疲れてぐっすり眠り、起きたらこのようなよくわからないところに放り込まれていたのである。
幸い疲れは取れているものの、困惑しない方がおかしいだろう。
それに、彼女はロボットではない。あの男は『ロボットの諸君』などと言ったが、勘違いもいいところである。
ただそんなことより、彼女にとってはもっと大事なことがあった。
(ウフコックはどこ?)
彼女の無二の相棒であるウフコックが近くにいないのである。手元にあるのは、PDAが一つだけ。
見回した周囲に彼の姿はなく、彼女はむう、と唸る。
とりあえず、何か情報を引き出せないかとPDAに干渉しようとして、若干の違和感に気付いた。
バロットの皮膚は、ほぼ全て人工の物に移植されているが、その能力は三つある。
一つは皮膚感覚の加速装置であり、これにより、体感覚を何倍も鋭くできる。
もう一つは電子的探知能力。これはいわゆるレーダーであり、周囲の物体を立体的に把握するものである。
そして最後が、電子操作だ。ありとあらゆる電子機器に対して干渉ができる能力が、その正体である。
一つ目と二つ目の能力に問題はなかった。周囲の把握は問題なく行われている。ただ、わずかに肌がチリチリするだけだった。
問題は三つ目である。
たとえるならば、腕が突然短くなってしまったような感じだろうか。あるいは水中で手を伸ばしたときのような感覚だろうか。
手に持って操作している分には問題はないけれど、普段届くと思っている距離に手が届かない、そんな感覚である。
ためしに彼女は、PDAを床に置いて離れてみた。
一歩二歩、と歩くごとに、バロットはPDAへの干渉能力が極端に下がっていくのを感じた。
そして、十歩ほど歩いたところ、ほぼ完全に干渉できなくなった。
(困った)
普段の数分の一の距離である。日常生活には問題がないが、いざ戦闘になると危険かもしれない。
彼女は違和感の原因である、いつの間にかされていた首輪に触れた。
どうも、この首輪から微弱な電磁波か何かが発せられていて、それが彼女の電子的干渉を弱めているらしい。
(それにこれは……爆薬?)
意識を首輪に集中させてみると、その電磁波の所為か大まかにしかわからないが、
首輪の内部になにやら信管のようなものがあるのがわかった。
そういえば、と彼女は思い出す。体内に爆弾を仕込むとかいうことをあの男が話していたことを。
彼女の体は、皮膚を除けばほとんど生身である。だからこのような首輪をしたのだろうと、彼女は考えた。
(外すのは危険ね)
無理やり外そうとすれば、信管が作動するだろう。そう思ってバロットは手を離す。
(まずは、この感覚に慣れなきゃ……)
彼女はPDAの元へ戻り、それを拾いあげる。
さて、と再び干渉しようとして、バロットは近くで声がするのに気付いた。
猫のように音も立てずに気配のした方向に近づき、部屋の入り口の陰から覗くと、
そこには茶色のスーツを着た男がぼんやりと立っているのが見えた。
男の背で見えないが、PDAを持っているのがわかる。もっともその内容まではわからないが。
(……ロボット?)
彼の姿は、バロットには一見人間にしか見えなかった。
だが、あのシグマなどと名乗った男が言ったのだから、大半がロボットなのだろう、と思い直す。
それに、男は仁王立ちしたまま微動だにしない。それこそ不自然なまでに。
しかし彼女にはどういうわけか、その姿がとても小さく、弱々しいように見えた。
(声をかけてみよう)
いつものように首もとのチョーカーに干渉しようとして、そこにあるのが爆弾付の首輪だけ、と言うことに気付く。
それが彼女を苛立たせたが、同時に、相手が殺し合いに乗っているかもしれない、という可能性も思い出した。
どうするべきか、と彼女は考える。万一相手が殺し合いに乗っていた場合、丸腰のこちらは圧倒的に不利だ。
だからといって、仲間が欲しくないといえば嘘になる。シェルやボイルドを相手取ったあの戦いも、
ドクターやウフコックという心強い仲間がいたからこそ、彼女は勝利を収めることができたのだ。
(私はウフコックの元に戻る。そして、ここから脱出するには仲間が必要)
彼らのような人物がそうそう多くいるとは思えないが、そのような人物と接触できればここから脱出する手段も見つかるだろう。
もっとも、自分を利用するだけ利用するような人にはお帰りいただくが。
方針が決まったところで、バロットは目の前の男に話しかけることにした。
いつでも逃げる準備をして、スナークの手を伸ばす。
PDAに干渉してテキストを表示させる、ということもできるが、この場合、相手がPDAを見ていない時は意味がない。
それに、突然メッセージが流れれば、きっと驚くだろう。
だから彼女は、男の聴覚素子に干渉しようとした。
しかし。
(…………!)
彼女は驚愕した。干渉できなかったのだ。
相手が生身だった、ということではない。それならば、彼女にはわかる。
問題は相手がロボットであり、にもかかわらず彼女の干渉を受け付けなかったからである。
透明なガラスに気付かずに、突っ込んでしまったようなイメージ。
その驚きが、彼女の体のバランスをわずかに崩す。
靴が床とこすれて、ザリ、という音がした。
バロットでさえ、聞き逃しそうな小さな音。
だが、その音に男は迅速に対応した。
「だれだ!」
男が左手をこちらに向けた。いつの間にかそれが銃の形に変形している。
(ターン?)
それを知覚して、バロットはウフコックを思い浮かべた。だが、それどころではないことを思い出す。
このまま逃げることは簡単だが、さてどうするか、と彼女は考え込む。
もし相手が殺し合いに乗っていた場合、悠長に銃を構えていないだろう。すぐにこちら側に回りこんでくるに違いない。
だが、男はそのような素振りを見せなかった。
「私はユーロポールの特別捜査官、ゲジヒトだ。武器を捨てて出てきなさい」
(警察?)
それを聞いて彼女は男に興味が沸いた。
男がロボットであることは確認済みである。そしてそのロボットが自分を警察官だと名乗ったのだ。
どこのSFの話だと思ったが、現実に目の前にいるのだから仕方がない。
彼女は、相手が発砲してきたらすぐに扉の陰に飛び込めるように身構えたまま、両手を挙げて彼の前に出た。
□ □ □ □ □ □
「人間……か」
ゲジヒトは、現れた少女が丸腰で、なおかつ人間であることを確認して銃を下げた。そのまま手を元に戻す。
少女が目を見開いて驚いていたが、意に介さずゲジヒトは彼女に聞く。ただし今度はきちんと丁寧語である。
「失礼。先ほども言ったように、私はユーロポールの刑事、ゲジヒトです。本来なら人間のあなたは早急に保護して、
ここから脱出させたいのですが、今は時間がない。捜査に協力していただけませんか?」
彼女は首元を触り、首輪があるのを見て複雑な表情をした。だがすぐに、自分ののどを指差した。
それを見てゲジヒトは彼女が喋れないことをすぐに理解した。
「では、PDAで筆談を……」
ゲジヒトはPDAを彼女に渡そうとしたが、彼女は首を横に振った。
そして、ゲジヒトに見せるように、自分のPDAを軽く持ち上げる。
「自分のを使うと」
だが、それにも彼女は首を横に振った。ゲジヒトは眉をひそめた。
「だがそれでは……」
少女が両手をゲジヒトに向け、彼は言葉をとめる。
そこで彼女は、彼の持っているPDAを指差した。
ゲジヒトがPDAを覗くと、そこには起動したはずのないテキストエディタが開いていて、そこには文字が記されていた。
『私はこれで話せる』
それをみてゲジヒトは少女をまじまじと見つめる。
「これは、あなたが?」
コクリ、と彼女は頷いた。
『私はバロット。ルーン・バロット。マルドゥックシティの……事件屋の一人』
「マルドゥックシティ? 私はそのような都市は聞いたことがないが……それと、事件屋というのは?」
ゲジヒトの記憶にはそのような都市はなかった。いくつかの例外を除けば、ロボットは忘れるということはない。
バロットは首を傾げたが、文字を続ける。
『委任事件担当捜査官、つまり、事件を解決してお金を稼ぐ人。あなたに協力してあげたいけど、内容を聞くまでなんともいえない』
では、とゲジヒトは事件の概要を説明する。それをバロットは腕を組んで聞いていた。
説明が終わり、バロットは再びゲジヒトのPDAをスナークする。
『わかった。私の知らない単語も多いみたいだけど、協力する』
「ありがとう。感謝しますバロットさん」
『その代わり、私がマルドゥックシティに帰る手伝いをして。それと私はバロットでいい。敬語は要らない』
ゲジヒトが少し沈黙する。
「……ああわかった。私も君に協力する。……これでいいかい?」
バロットは頷いた。
『ところでゲジヒト。さっきあなたに声を掛けようとしたんだけど、できなかったのは何故?』
「ん? ああ、君の能力の話か。私の体は特殊合金製で電磁波や熱線の類は効かないんだ。多分それの所為だと思うけど」
彼女はぽかんと口をあけた。
『なるほど。じゃあ、あなたに声を掛けるときはどうすればいい?』
いつでもPDAを見ているわけにはいかないだろう、というのがバロットの言い分だった。
「それだったら、私の通信機の方に働きかけてみてくれ。それなら大丈夫だ」
彼女は頷いた。
《聞こえる?》
「ああ、聞こえる。これならPDAを常に見ている必要はないな」
よかった、とバロットは胸をなでおろした。
□ □ □ □ □ □
バロットは、ゲジヒトを見ながら考えていた。
もしウフコックに会うために、ここにいる全員を皆殺しにしたら、彼はなんと言うだろうか、と。
きっと彼は、自分のことを肯定してくれるだろう。だけど、きっと彼は内心で悲しむのだ。
ボイルドと最後に戦う前、ウフコックは言った。
『我々は殺さない。我々は殺されない。我々は殺させない』
結果としてボイルドを救うことはできなかったけれど、この約束はまだ有効だ。
それに、皆殺しによって事件を解決するようではボイルドと同じだ。
それではだめだ、ということをバロットは十分に理解していた。
だからこそ彼女は、仲間を集めることにしたのである。
そこには茶色のスーツを着た男がぼんやりと立っているのが見えた。
男の背で見えないが、PDAを持っているのがわかる。もっともその内容まではわからないが。
(……ロボット?)
彼の姿は、バロットには一見人間にしか見えなかった。
だが、あのシグマなどと名乗った男が言ったのだから、大半がロボットなのだろう、と思い直す。
それに、男は仁王立ちしたまま微動だにしない。それこそ不自然なまでに。
しかし彼女にはどういうわけか、その姿がとても小さく、弱々しいように見えた。
(声をかけてみよう)
いつものように首もとのチョーカーに干渉しようとして、そこにあるのが爆弾付の首輪だけ、と言うことに気付く。
それが彼女を苛立たせたが、同時に、相手が殺し合いに乗っているかもしれない、という可能性も思い出した。
どうするべきか、と彼女は考える。万一相手が殺し合いに乗っていた場合、丸腰のこちらは圧倒的に不利だ。
だからといって、仲間が欲しくないといえば嘘になる。シェルやボイルドを相手取ったあの戦いも、
ドクターやウフコックという心強い仲間がいたからこそ、彼女は勝利を収めることができたのだ。
(私はウフコックの元に戻る。そして、ここから脱出するには仲間が必要)
彼らのような人物がそうそう多くいるとは思えないが、そのような人物と接触できればここから脱出する手段も見つかるだろう。
もっとも、自分を利用するだけ利用するような人にはお帰りいただくが。
方針が決まったところで、バロットは目の前の男に話しかけることにした。
いつでも逃げる準備をして、スナークの手を伸ばす。
PDAに干渉してテキストを表示させる、ということもできるが、この場合、相手がPDAを見ていない時は意味がない。
それに、突然メッセージが流れれば、きっと驚くだろう。
だから彼女は、男の聴覚素子に干渉しようとした。
しかし。
(…………!)
彼女は驚愕した。干渉できなかったのだ。
相手が生身だった、ということではない。それならば、彼女にはわかる。
問題は相手がロボットであり、にもかかわらず彼女の干渉を受け付けなかったからである。
透明なガラスに気付かずに、突っ込んでしまったようなイメージ。
その驚きが、彼女の体のバランスをわずかに崩す。
靴が床とこすれて、ザリ、という音がした。
バロットでさえ、聞き逃しそうな小さな音。
だが、その音に男は迅速に対応した。
「だれだ!」
男が左手をこちらに向けた。いつの間にかそれが銃の形に変形している。
(ターン?)
それを知覚して、バロットはウフコックを思い浮かべた。だが、それどころではないことを思い出す。
このまま逃げることは簡単だが、さてどうするか、と彼女は考え込む。
もし相手が殺し合いに乗っていた場合、悠長に銃を構えていないだろう。すぐにこちら側に回りこんでくるに違いない。
だが、男はそのような素振りを見せなかった。
「私はユーロポールの特別捜査官、ゲジヒトだ。武器を捨てて出てきなさい」
(警察?)
それを聞いて彼女は男に興味が沸いた。
男がロボットであることは確認済みである。そしてそのロボットが自分を警察官だと名乗ったのだ。
どこのSFの話だと思ったが、現実に目の前にいるのだから仕方がない。
彼女は、相手が発砲してきたらすぐに扉の陰に飛び込めるように身構えたまま、両手を挙げて彼の前に出た。
□ □ □ □ □ □
「人間……か」
ゲジヒトは、現れた少女が丸腰で、なおかつ人間であることを確認して銃を下げた。そのまま手を元に戻す。
少女が目を見開いて驚いていたが、意に介さずゲジヒトは彼女に聞く。ただし今度はきちんと丁寧語である。
「失礼。先ほども言ったように、私はユーロポールの刑事、ゲジヒトです。本来なら人間のあなたは早急に保護して、
ここから脱出させたいのですが、今は時間がない。捜査に協力していただけませんか?」
彼女は首元を触り、首輪があるのを見て複雑な表情をした。だがすぐに、自分ののどを指差した。
それを見てゲジヒトは彼女が喋れないことをすぐに理解した。
「では、PDAで筆談を……」
ゲジヒトはPDAを彼女に渡そうとしたが、彼女は首を横に振った。
そして、ゲジヒトに見せるように、自分のPDAを軽く持ち上げる。
「自分のを使うと」
だが、それにも彼女は首を横に振った。ゲジヒトは眉をひそめた。
「だがそれでは……」
少女が両手をゲジヒトに向け、彼は言葉をとめる。
そこで彼女は、彼の持っているPDAを指差した。
ゲジヒトがPDAを覗くと、そこには起動したはずのないテキストエディタが開いていて、そこには文字が記されていた。
『私はこれで話せる』
それをみてゲジヒトは少女をまじまじと見つめる。
「これは、あなたが?」
コクリ、と彼女は頷いた。
『私はバロット。ルーン・バロット。マルドゥックシティの……事件屋の一人』
「マルドゥックシティ? 私はそのような都市は聞いたことがないが……それと、事件屋というのは?」
ゲジヒトの記憶にはそのような都市はなかった。いくつかの例外を除けば、ロボットは忘れるということはない。
バロットは首を傾げたが、文字を続ける。
『委任事件担当捜査官、つまり、事件を解決してお金を稼ぐ人。あなたに協力してあげたいけど、内容を聞くまでなんともいえない』
では、とゲジヒトは事件の概要を説明する。それをバロットは腕を組んで聞いていた。
説明が終わり、バロットは再びゲジヒトのPDAをスナークする。
『わかった。私の知らない単語も多いみたいだけど、協力する』
「ありがとう。感謝しますバロットさん」
『その代わり、私がマルドゥックシティに帰る手伝いをして。それと私はバロットでいい。敬語は要らない』
ゲジヒトが少し沈黙する。
「……ああわかった。私も君に協力する。……これでいいかい?」
バロットは頷いた。
『ところでゲジヒト。さっきあなたに声を掛けようとしたんだけど、できなかったのは何故?』
「ん? ああ、君の能力の話か。私の体は特殊合金製で電磁波や熱線の類は効かないんだ。多分それの所為だと思うけど」
彼女はぽかんと口をあけた。
『なるほど。じゃあ、あなたに声を掛けるときはどうすればいい?』
いつでもPDAを見ているわけにはいかないだろう、というのがバロットの言い分だった。
「それだったら、私の通信機の方に働きかけてみてくれ。それなら大丈夫だ」
彼女は頷いた。
《聞こえる?》
「ああ、聞こえる。これならPDAを常に見ている必要はないな」
よかった、とバロットは胸をなでおろした。
□ □ □ □ □ □
バロットは、ゲジヒトを見ながら考えていた。
もしウフコックに会うために、ここにいる全員を皆殺しにしたら、彼はなんと言うだろうか、と。
きっと彼は、自分のことを肯定してくれるだろう。だけど、きっと彼は内心で悲しむのだ。
ボイルドと最後に戦う前、ウフコックは言った。
『我々は殺さない。我々は殺されない。我々は殺させない』
結果としてボイルドを救うことはできなかったけれど、この約束はまだ有効だ。
それに、皆殺しによって事件を解決するようではボイルドと同じだ。
それではだめだ、ということをバロットは十分に理解していた。
だからこそ彼女は、仲間を集めることにしたのである。
《まずはPDAの中の情報を、調べなきゃ》
ああ、とゲジヒトは言う。まだ自分は名簿を途中までしか見ていなかった、と。
バロットも、能力に違和感があったり、ゲジヒトを見つけたりで少しもPDAを調べていなかった。
地図を呼び出して調べると、ここはどうやらB-7のビルの中らしい。
窓から立ち並ぶ高層ビルと、その間から電波塔が見えたからだ。
ちなみにこの作業は、PDAを少しはなれたところに置き、手で触れずに行っている。
少しでも今の感覚に慣れるためである。
そのまま彼女は、名簿を呼び出した。ドクターやウフコックが巻き込まれていないか知るために。
だが、彼女はそこで、あるはずのないものを見つけ、ここに来て一番の驚愕を味わった。
『ディムズデイル・ボイルド』
それは死んだはずの最強の悪夢にして、悲しき怪物の名前だった。
ああ、とゲジヒトは言う。まだ自分は名簿を途中までしか見ていなかった、と。
バロットも、能力に違和感があったり、ゲジヒトを見つけたりで少しもPDAを調べていなかった。
地図を呼び出して調べると、ここはどうやらB-7のビルの中らしい。
窓から立ち並ぶ高層ビルと、その間から電波塔が見えたからだ。
ちなみにこの作業は、PDAを少しはなれたところに置き、手で触れずに行っている。
少しでも今の感覚に慣れるためである。
そのまま彼女は、名簿を呼び出した。ドクターやウフコックが巻き込まれていないか知るために。
だが、彼女はそこで、あるはずのないものを見つけ、ここに来て一番の驚愕を味わった。
『ディムズデイル・ボイルド』
それは死んだはずの最強の悪夢にして、悲しき怪物の名前だった。
【B-7 都庁風ビル東棟・低層階/一日目・深夜】
【ゲジヒト@PLUTO】
[状態]:健康、記憶障害?
[装備]:睡眠ガス銃(左)、SAAW特殊火器『ゼロニウム弾』(右)(各一発)
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
1.主催者に関する調査を、他の参加者協力を得て行う。
2.主催者とプルートゥの関係を調べる。
3.自分の失われた記憶を取り戻す。
【ゲジヒト@PLUTO】
[状態]:健康、記憶障害?
[装備]:睡眠ガス銃(左)、SAAW特殊火器『ゼロニウム弾』(右)(各一発)
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
1.主催者に関する調査を、他の参加者協力を得て行う。
2.主催者とプルートゥの関係を調べる。
3.自分の失われた記憶を取り戻す。
※参戦時期不明。単行本5巻までの記憶を保持。記憶が消去された可能性あり。
【ルーン・バロット@マルドゥックシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
1.ボイルドが……どうして。
2.ドクターやウフコックみたいな信頼できる参加者を探し、ウフコックの元へ帰る。
3.弱体化したスナーク能力に慣れる。
4.現在はゲジヒトに協力。
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
1.ボイルドが……どうして。
2.ドクターやウフコックみたいな信頼できる参加者を探し、ウフコックの元へ帰る。
3.弱体化したスナーク能力に慣れる。
4.現在はゲジヒトに協力。
※スクランブル終了後から参戦。
※電子機器に対する干渉能力の大きさは、距離に反比例します。参加者に対しても同様。限界距離は6~8メートル。
至近距離でも、人工心肺などの対象の生命活動にかかわるものを停止させることは不可能です。(阻害は可能)
※電子機器に対する干渉能力の大きさは、距離に反比例します。参加者に対しても同様。限界距離は6~8メートル。
至近距離でも、人工心肺などの対象の生命活動にかかわるものを停止させることは不可能です。(阻害は可能)
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