Ghost On The Edge Of Real ◆wyyQrXyi3I


 PDAの画面上に表示された「転送」の文字をタッチペンでクリック。
 数瞬のうち、虚空より腕時計が現れ、そのまま重力に引かれて右手の中に落下した。

(やはり皮膚触素への感覚は明らかに現実、か……)

 しばしその感触を確かめた後、草薙素子は黒革のベルトを左の手首に巻きつける。
 G-7エリア、湖にほど近い森の中。
 間断なく生茂る樹々の一本、地上高にしておよそ5mほどの、大きく張り出した枝の上に彼女は居た。
 他に比して一際大きなその樹は、枝も相応に逞しく、全身義体の重量も十分支えてみせている。

(常識は捨てて臨むべきなのだろうな)

 周囲への警戒は絶やさぬまま、再びPDAへと視線を向け直すと、その機能を確認する作業を続行する。
 画面上を目まぐるしく走るタッチペンの動き――それとシンクロするかのように、素子の思考もまた巡っていく。

 物質の瞬間転送技術。
 実現すれば、軍事においても、経済においても、その影響は測り知れない。
 ネットの海がいかに広大になろうとも、身体とその付随品が物理的距離の制約を越えることはできないのだ。
 その制約が覆さた時にもたらされる社会構造の変革は、電脳化技術が生じせしめたそれにも比肩しうるだろう。
 もっともそれも、実現すればの話であるが。
 2030年代、すなわち素子にとっての現代においても、そんなものは未だサイエンスフィクションの中の夢物語に過ぎない。
 世界の何処かには本気で実現を志す者もいるかも知れないが、そのような夢想家、奇人、あるいは狂人達も、自らに貼られた不名誉なレッテルを返上できないまま生を終えるのが関の山。
 現代科学の水準を遥かに超えた、存在しえない技術。
 ――そのはずであった。
 だがしかし、それは目の前に確かに「ある」。
 実演してみせたのは、他ならぬ自分自身だ。

 全ては疑似体験、電脳に送り込まれた偽の記憶――そう考えるのが最も合理的なのだろう。
 だが、人工の五感が伝えてくる情報の全ては、それを否定しようとする。
 背を預けている木の幹の感触、周囲に漂う森の香り。
 目を上げれば、視界に飛び込んでくるのは、月光を反射し闇に浮かび上がる静謐な湖面。
 全てが確かな現実感を伴って脊髄、そして脳へと駆け上がってくる。
 そしてなにより、ゴースト――いかに身体を人工物に置き換えようとも、変わることのない己の本質――が囁きかけるのだ。
「これは虚構などではない」と。

 よって、草薙素子は眼前にある「非常識」を許容する。
 その上で、この状況を打開する術を模索するべく、マイクロマシンと結合した脳細胞にパルスを走らせる。
 あらゆる種類の犯罪の芽を事前に察知し、摘出する警察組織――公安9課。
 その理念はこれまでのところ、素子が考えるところの正義と指向を同じくしてきた。
 それは、恐らくこれからも変わらないだろう。
 特定多数を目標とした拉致、そして殺人・破壊行為の煽動。
 シグマという男の目的は見えないが、素子の「敵」となるに充分な理由が既にある。
 ならば、いかに非現実的なものを含んだ状況下であろうとも、攻性なる意思をもって対峙する。
 9課が、素子が、ずっとそうしてきたように。

 現状を、改めて整理する。
 第一に、義体内部に埋め込まれているという爆発物。
 さらに、支給されたマップデータを信じるならば、今自分のいるこの場所は、宇宙空間のただ中に浮遊する檻の中ということになる。
 シグマと名乗った男は、恐らくその中にはいまい。
 加えて、通信の阻害。
 最初に集められた殺風景な大広間で、既に電脳通信を使用できないことは確認している。
 あの場所でシグマが口舌を振るっている最中にも、素子は上司である荒巻、9課の課員達、そして視界の端でその存在を主張していた巨大なシルエット――タチコマに向け、電脳を通じて語りかけていたのだが、
 視界内に展開される通信ウィンドウは、ERRORの表示に埋め尽くされるのみであった。
 この森の中に送り出されてからも何度か試してみたが、結果は変わらない。
 どうも、一帯に強力なジャミングが働いているらしい。
 マップ上のどこへ出ようと、同じことだろう。
 当然といえば当然の措置だ。
 この場に拉致されてきた50名が、いかなる基準をもって選出されたのかは判断しかねる。
 だが、その中の少なくとも幾人かは、既知の者と共に連れて来られたらしい。
 自分とタチコマがそうであるし、「エックス」と呼ばれていた青年と、彼に声をかけていた赤い装甲の男も同様だろう。
 セインという娘が姉と呼んでいた「チンク」の名も、名簿の中に確認できる。
 そういった者達が連絡を取り合うことを許せば、シグマにとってはおおいに不都合であろう。

 爆発物を無力化したうえで、脱出の手段を確保。
 そしてシグマを拘束、それが不可能ならば破壊する。
 協力を得られる可能性があるのは、タチコマ1機と、素性すら知らぬ47名のみ。
 その47名の中には、「殺し合い」に積極的な者も少なからずいることだろう。
 そして協力を取りつけるには、自らの足で、どこにいるとも知れない彼らを探しださなければならない。

(状況は極めて不利と言わざるをえんか。突破口があるとすれば……)

 粗方の機能を確認し終えた、左手の中のPDA。
 外部端子が見当たらないことを除けば、その外観はおよそありふれたものである。
 機能においても同様……物質を瞬時に転送してみせるという、その一点以外は。
 そう、転送だ。

 手首に巻かれた腕時計を改めて見返す。
 素子が普段身に着けているものより一回りサイズの異なるそれは、ロジャー・スミスなる人物の所有品なのだと、PDA内のデータにはあった。

(こいつは何処から転送されてきた?)

 転送というからには、この腕時計は素子の手の中に送られてくる以前、別の場所にて保管されていたはずである。
 PDAから「何処か」へ向けてコマンドを飛ばすことで、「何処か」から先程のようにして支給品が送り出されてくる。
 単純化して考えるならば、恐らくはそういうことなのだろう。
 では繋がっている先は何処だ?
 まさかロジャー・スミス氏の私室ということはあるまい。
 シグマの管理下にある何らかの施設と考えるのが自然だろう。
 この推論が正しければ、ジャミング下においても、PDAは何らかの方法で通信を保っているということになる。
 それも、繋がっている先は敵の懐だ。
 体の内に仕掛けられているという爆発物……これも無線通信によって起動を制御されている。
 どうにかして、転送システムから通信に介入できれば、逆転の機も見えてくるのではないか。

 憶測の域を出ているとは言い難い。
 仮に正しかったとして、シグマの側が何の備えもしていないとは考えにくい。
 しかしシグマにアプローチする手段として、一応考慮に入れておいてもよいだろう。

(何にせよ、今はまだ勝負をかけるには早過ぎる)

 まずは情報を収集することが肝要だ。
 そのためには、名簿に名のある他の者達と接触を持つべきだろう。
 現時点で素子がシグマについて把握していることといえば、せいぜい容姿と声程度。
 素子にとっての常識外に身を置く相手だ。
 可能な限り手の内を把握しておかなければ、あのセインいう娘と同じ轍を踏むことになる。

「この場にいる者の一部は自分を知っている」

 シグマ自身がそう言っていた。
 事実、エックスという青年とシグマは互いを知っている様子であった。
 そして、エックスの知人であるらしい赤い装甲の男も、シグマの情報を持っている可能性は高い。
 他にもいるのかも知れないが、当面はこの二名のいずれかとの接触を目的とする。
 可能ならば、工学知識を持った者も捜索しておきたい。
 転送機能からシグマに迫る――その手法がどこまで有効かは判らないが、
 気になるのは、こちら側から支給品を送り返すことも出来るという点だ。
 この事実は、このちっぽけなPDA自体にも、転送を行うための機構が備わっている可能性を示唆してはいないか。
 PDAの詳細な解析だけでも、試してみる価値はあるだろう。
 それを行うのは素子自身であってもよいのだが、出来ることならプロフェッショナルの手を借りたい。
 もっとも、そのような者がこの場に連れて来られた者の中にいるという保証はないが。

 樹上から周囲を見渡す。
 動くものは、少なくとも視界内には見当たらない。
 月光の他に照明を持たない、夜の闇に包まれた一面の森。
 その足場のない闇の中へ、素子は一歩足を踏み出す。

(どうにも、「囁き」に踊らされている感があるな)

 地上に向けて垂直に落下しながら、常識外の事象をあっさりと受け入れ、そしてそれに基づく推論まで立ててしまう己を自嘲する。
 そのシルエットは、かすかな電子音を立てた後、暗闇の奥底へと溶け去っていった。

【G-7 南西部/一日目・深夜】
【草薙素子@攻殻機動隊】
[状態]:健康 光学迷彩使用中
[装備]:ロジャー・スミスの腕時計@THEビッグオー
[道具]:支給品一式、不明支給品×0~2
[思考・状況]
基本思考:脱出およびシグマの拘束、もしくは破壊
1:シグマに関する情報を持った参加者と接触する(当面はエックス、ゼロが目標)。
2:その他の参加者にも、可能であれば協力を要請する(含タチコマ)。
3:機会があれば、PDAを解析したい。

※ S.A.C. 2nd GIG序盤からの参戦です。
※ 光学迷彩の使用に制限が課せられているかについては、後の書き手氏にお任せします。
※ 「ロジャー・スミスの腕時計」でビッグオーを呼び出すことはできません。


【支給品紹介】

【ロジャー・スミスの腕時計@THEビッグオー】
「THEビッグオー」の主人公、ロジャー・スミスが所持する腕時計。
ミサイル等にロックオンされていることを感知できるセンサー(1話参照)や、ワイヤーロープを発射する機構(8話他参照)を内蔵している。
ワイヤーは一見か細いが、大人二人分の重量を支えられるほどの強度がある。
本来のメイン機能は巨大ロボット・ビッグオーを呼び出す通信機だが、この機能は使用不可とする。




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