人間でない者たち/されど、人間だった者たち ◆2Y1mqYSsQ.



 コロンビーヌの脅威的な力を目撃したグレイ・フォックスに、強烈な感情が胸を駆け巡る。
 戦場を幾多も潜り抜け、初めて目にする脅威的な力。圧倒的な戦闘能力。
 あの機械人形、コロンビーヌだけが特別だとは思えない。
 この壊しあいに参加した者は、何らかの力を持っていると考えて良い。
 だからこそ、グレイ・フォックスは身体を震わせていた。
 そう、歓喜によって。
「あのような連中がいるとは……俺はあいつらと戦うために、蘇ったのか」
 グレイ・フォックスは戦いでしか生を実感できない男だ。
 若い頃は罪悪感から自ら孤児にした少女、ナオミ・ハンターを保護し、育てたこともあった。
 兄と慕う彼女の瞳に苦しめられたこともある。
 あの瞳に射貫かれたくなかったこともあり、ナオミの元から離れた。
 戦いの無い日々も送ったことがある。しかし、死んでいないだけの毎日は、逆にグレイ・フォックスを苦しめた。
 ゆえに、戦場へと身を投じる。グレイ・フォックスは死を求め続けたために。
「さあ、誰でも良い。俺に立ち向かえ! 生死を賭けた戦い、そこにのみ快楽はある!」
 ライドルを片手に、森林を駆け抜ける。
 フォックス(狐)の瞳は、狩人としての意思は、ジャッカルよりも恐ろしく、闇の中で輝き続けた。


 山を降りた男女が二人。
 サイボーグ009こと、島村ジョーはドロシーをエスコートするように先頭を進む。
 闇の中の獣道は険しい。未舗装の道は獣が通ったように大きさが不規則であり、胸の辺りまで伸びる雑草が視界の幅を狭め、足の進みを鈍らせていた。
 木々も高く存在し、虫の音まで聞こえてくる。人が手をつけていない雰囲気を醸し出す森の先に、壊しあいに乗った破壊者が潜んでもおかしくはない。
 ゆえにジョーはドロシーを気遣って進む。
 もっとも、ドロシーは危なげもなくすいすいと進んでいくが。
「あなたって変だわ」
 女性らしい扱いをするジョーに、ドロシーは告げる。
 ジョーはなにを言いたいのか、理解できなかった。
「アンドロイドの私を、まるで人間の女性のように扱う。
身体に機械を埋め込まれているとはいえ、あなたは人間でしょう?」
「……そうだ。僕は人間だ」
 『人間だ』と呟いた瞬間、ジョーの胸がちくりと痛む。
 ブラックゴーストにさらわれ、改造を受けたジョーたちは人間を遥かに超える能力を持つ。
 常人から見れば、自分たちは異星から来た宇宙人に見えてもおかしくはない。
 そして、死んでいったブラックゴースト側のサイボーグナンバーたちを思い出す。
 双子なのに、抱き合うことも出来ない兄弟がいた。
 人外の姿にされ、己の意思も奪われ、妻と子の元に戻るために自分たちを襲う者もいた。
 それらを踏みにじり、安息の時を得ようとしている自分は人間なのだろうか?
 兄弟を、同類を踏みにじってきた自分は、ブラックゴーストと何の違いがあるのだろうか?
 ジョーの胸を焦燥が焦がす。自分に、自分を人間だと言えるほどの資格はあるのか?
「……やっぱりあなたは変だわ。人間なのに、人間だと言うと苦しそうな顔をするもの」
「ドロシー、ごめん」
「謝る必要はないわ。それに、あなたは誰に謝っているの?」
 ドロシーの言葉に、ジョーはハッとするように顔を上げる。
 相変わらず、お姫様の表情は冷めていた。


「……とりあえず、支給品を確認するか」
「構わないわ。別に、私のために開けた場所を探さなくてもよかったのに」
「そういうわけにはいかないよ」
 ジョーはドロシーの相変わらず歯に衣を着せない物言いに苦笑し、PDAを取り出す。
 その様子を確認したドロシーもまた、PDAを取り出して操作し始めた。
 ジョーがPDAの液晶部分に表示されたアイテムの内容を見て、眉を顰める。
 人を殺すためにかき集められた道具が目の前にあるのだ。
 命を弄ぶようなことを平気で行うシグマに怒りを抱く。
(この道具は使えないな。危険が大きすぎる。下手すると、相手を殺す。
いざという時は使うだろうけど……今は収めていたほうがいい)
 ジョーは結論付けて、PDAの確認を終える。
 食料や水以外には自分が必要とするものはない、または使い道の分からないものがある。
「ドロシー、君の支給品は……」
「ジョー、誰か来るわ」
 ドロシーが指を向ける方向をジョーは向き、睨みつける。
 ドロシーを庇うように前に出るが、目の前には闇が広がるだけだ。
 しかし、幾多の修羅場をくぐり抜け、常人を遥かに超えるジョーは敵が闇の中に存在していることを察知した。
「止まるんだ!」
 ジョーが制止をするが、影は止まらない。
 歯噛みするジョーの目の前で、影が跳ぶ。
「クッ!」
 ドロシーを掴み、後方に跳んだジョーの目の前で銀のロッドが振り下ろされる。
 岩盤が砕け、飛び散る岩をジョーは腕でガードした。
 影はその時に出来た僅かな隙を見逃さず、再び地面を蹴って迫る。
 ジョーは影がロッドの柄のスイッチを押す瞬間を確かに目撃する。
 一回り小さくなったロッドを影が横に薙ぎ払う。
 ジョーの左腕に横一文字の傷が生まれ、血が吹き出る。
 顔を顰めるジョーに、影は容赦なく迫る。このままでは、後方にいるドロシーが危ない。
 ジョーは影を吹き飛ばすために、歯の奥のスイッチを食いしばった。

「加速装置!」

 瞬間、ジョーの周りの空間が遅くなる。
 まるでビデオにスローモーションをかけたように、影が剣となったロッドを振り下ろす姿が手に取るように見える。
 そのかっ先がドロシーに向かう前に、ジョーは影の目の前に移動して、胸板を右拳で殴りつける。
 サイボーグ手術で得た怪力により、影が衝撃で後方に跳ぶ。
 もっとも、加速装置を使っているジョーにはゆっくりと後ろ向きに移動する姿しか眼に入らないが。
 やがて、加速装置の時間が終わり、ずしりとジョーの身体に重い反動がのしかかる。
 同時に、影は後方に吹き飛んでいき、鈍い音が森の中を反響してジョーの耳に入った。
 無事ではすまないだろう。ジョーは安堵しながらドロシーに振り向く。
「無事かい? ドロシー」
「まだ終わっていないわ!」
 ドロシーの鋭い声にジョーはハッとして再び身体の向きを変える。
 岩肌にめり込んでいた影は、ゆっくりとこちらに向かってきた。
 不気味な佇まいに、ジョーは恐怖を感じずにいられなかった。


「懐かしい……これだ、この痛みだ!!」
 歓喜にうち震えるグレイ・フォックスは、ヘルメットの中央の赤い光点をジョーたちに向ける。
 恐怖に慄いているジョーに構わず、グレイ・フォックスの歓喜の言葉は止まらない。
「もっとだ……もっと、俺を殴れ! この痛みを感じさせろ!!」
 快楽を求めるために、グレイ・フォックスは地面を蹴ってジョーへと迫る。
 反応が一瞬遅れたジョーの腹にグレイ・フォックスの膝蹴りがめり込んだ。
 ジョーの口からカハッと空気が漏れるのを耳にし、顎を目掛けてアッパーを打ち込む。
 脳を揺さぶられているであろうジョーが後方に吹き飛び、グレイ・フォックスは追撃を仕掛けようとする。
 そこに、ドロシーが割って入り地面を打ち砕いた。
 陥没する地面。グレイ・フォックスは割れ目を冷静に見極め、宙に舞う。
 その隙を狙っていたかのようなドロシーが力任せに右拳を打ち込もうとするが、グレイ・フォックスはあっさりと見切り、身体を逸らす。
 重い一撃を右掌で逸らし、無防備となった懐に当身を仕掛ける。
 グレイ・フォックスの右肩に硬い衝撃が伝わり、ドロシーが吹き飛んで地面に落ちた。
「ドロシー!!」
 ジョーが叫んで右回し蹴りを放ってくる。
 こちらはやるらしい。グレイ・フォックスはにやりと笑いながら右腕で受け止め、返す刀で右頬に裏拳を打ち込む。
「ふぬけめ!」
 ドロシーを気にしているのだろう。精彩さを欠いたジョーの動きにグレイ・フォックスは苛立ち、罵る。
 ふらついているジョーの右肩、左脇腹、左腿に回転蹴りを当てる。
 相手の骨の軋む感触を感じながら、右手に握ったライドルの鋭いかっ先でジョーの右肩を貫く。
 ジョーの呻き声を耳にして、グレイ・フォックスはライドルでジョーを引き裂こうと力を込める。
「加速……装置!」
 その言葉を耳にした瞬間、グレイ・フォックスの右手が軽くなり、ジョーの姿が掻き消える。
 冷静さそのままに振り向くと、息を荒くしているジョーが視界に入った。
 周りを観察すると、木々の葉が舞い落ちている。
 まるで、衝撃波を食らったかのように。いや、衝撃波を食らったのだろう。
 そして、加速装置という単語。同時に消えるジョーの身体。
 ごく自然に、グレイ・フォックスは答えを導き出す。
「短い時間だが、脅威的な速度で行動が可能となる。それがお前の力か」
「……ッ! そうだ……」
「俺の考えは当たっていたようだ。知らない技術。知らない能力。
常人を、俺の常識を遥かに超える力を持つ者がいる」
「だから僕たちは戦っている場合じゃない! 生き残るためには、優勝なんて狙っちゃいけないんだ!
だから、君も僕に力を貸してくれ! 一緒に脱出を……」
「断る」
 ジョーの必死の説得を押し殺した声で否定する。
 グレイ・フォックスには、ジョーの言葉など戯言以外何物でもない。
「なぜだ!」
「俺は死んだ人間だ。元の身体など、もはや存在しない。
俺は戦う以外に何も感じることは出来ない。喜びも悲しみも、全て戦いの中にある!」
「だから……シグマの言いなりになるのか! そんなの、おかしいだろ!」
「違う! 俺は誰の言いなりにもならない。誰の道具でもない!
俺は俺の意思で戦う。さあ、こい! もっと俺に痛みを……生きる実感を与えろ!
お前の持てる力で! その命で!! 常識外れた、人外の力で!!!」
 グレイ・フォックスは吠え、ジョーへと踊りかかる。
 その意思に、その躍動に、己が全てを賭けて。


 グレイ・フォックスの咆哮を耳にジョーは悔しさに歯噛みをする。
 目の前の男は戦いによって快楽を得ることしか出来ない殺戮者だ。
 倒さねば、ドロシーのような脱出を共に目指す未来の仲間たちが犠牲になる。
 他者を傷つけねばならない。
 ここでもまた、ジョーは己が心を傷つけながらも、前に進む決心を固める。
 ジョーは突き出されるライドルの軌跡を冷静に見極め、軌道から半歩身体をずらし、グレイ・フォックスの懐にもぐりこむ。
 肘うちで胸板を殴打し、僅かに後方に進んだのを確認、足払いを仕掛ける。
 グレイ・フォックスにジャンプされて避けられ、逆に側頭部に蹴りを入れられる。
 脳が揺さぶられ、覚束ない視界のままジョーは後方に跳んで、間合いをあける。
 逃がすのを良しとしないグレイ・フォックスが迫るが、好都合だ。
 ジョーの目的は、ドロシーと自分たちの距離をあけること。
 彼女を巻き込まずに戦うためには、とにかく距離をあけるしかない。
 幸い、グレイ・フォックスの興味は今のところ自分のみに向いている。
「どうした? 逃げるのか?」
「どうせなら……広いところでやるもんだろ?」
「下手な嘘を。あのアンドロイドか」
 あっさりと目的を看破したグレイ・フォックスの言葉に、ジョーはしまったと内心呟く。
 そのジョーの内心を知るかのように、グレイ・フォックスはせせら笑いながら告げた。
「いいだろう。乗ってやる」
 さらにスピードを上げ、突き進む二人。
 ジョーにはグレイ・フォックスが待ちきれないと言っているように見えた。


 遠ざかる二人を見ながら、ドロシーは淡々と立ち上がる。
 その動作に一切の感情はない。
 アンドロイドだから当然のはずだが、ドロシーは普通のアンドロイドとは違う。
 ウェインライト博士の娘のメモリーが眠るアンドロイド。
 ゆえに、冷淡な表情とは違い、感情を持つ。
「本当、あなたは馬鹿だわ。ジョー」
 思わず呟くほど、ドロシーが出会った男はお人好しだった。
 出会って間もない、しかもアンドロイドの自分を守るために迷わず命を懸ける。
 たまたま一緒に行動をしているが、ドロシーはジョーと組む気などなかった。
 最初に出会ったのが、たまたまジョーであったというだけだ。
 しかし、命を懸けて自分を守ろうとする男の危機を見逃すほど、ドロシーは冷淡ではない。
 PDAを懐から取り出したドロシーは、高速でボタンの操作を行い、目的の支給品を探る。
 先ほど目星を見つけた、今現在の自分に必要な道具。
 高速で移動する彼らに追いつくために必要な乗り物。
 やがて液晶画面に、その道具の名前が浮かぶ。
 転送ボタンにドロシーの指が触れ、光が迸りバイクを形作っていく。
「白いカラス……これを作った製作者は、名前をつけるセンスがなかったのね」
 現れたのはカワサキマッハⅢに似たフォルムを持つバイク。
 ハカイダーの空をも駆ける愛車。
 ドロシーは跨り、正面を見つめる。
 消え去ったジョーに追いつくため。


 木々が途切れ、開けた場所にて二人は対峙する。
 所々に岩が盛り上がり、一面には腰まで届く雑草が並んでいた。
 後ろには二人が駆け抜けてきた木々が、前方にはここがコロニーであることを主張するような壁が存在していた。
「そろそろいいだろう?」
「……どうしても、殺しあうのか?」
「お前には分からないのだろうな。死のみが、俺を解放してくれると」
「ああ、理解できない。一生懸命、生きている人が僕の心に残り続ける限り」
「だったら、その想いで俺を否定しろ。砕いてみろ。お前の力で!」
「なんでそこまで……戦うことに拘るんだ。一体、お前は何者なんだ!」
「名前などない! キサマと違ってな!」
 地面を蹴って突き進むグレイ・フォックスの右ストレートをジョーは受け止め、歯を食いしばる。
 痛みを無視してジョーはグレイ・フォックスの右腕を掴んで、風車のごとく回し、壁に投げ飛ばす。
 砲丸投げの砲丸のごとく飛ばされるグレイ・フォックスの動きに、思わずジョーは目を見張った。
 グレイ・フォックスは身体を回転させ、フワッと真横の壁に足をつけ、膝を屈伸させ投げ飛ばされた際の衝撃を逃がす。
 衝撃を溜めるかのように、数秒壁に止まったグレイ・フォックスはメットの中央で光る光点をジョーに向ける。
 無機質な光点は、グレイ・フォックスの表情を隠している。なのに、ジョーは狂気を読み取り、恐怖を感じてしまう。
 ジョーは一瞬グレイ・フォックスの視線に射抜かれ、恐怖を感じてしまった。
 その一瞬の隙に、グレイ・フォックスはジョーに向かって跳躍、すれ違いざまに逆袈裟に斬り裂く。
 血のりがライドルと丘に生える雑草を赤く染める。
 骨までは届いていないが、深く刻み込まれた傷。
 流れ出る血を感じながら、灼熱の痛みを抱え、ジョーは膝をつく。
「どうした。もう終わりか?」
「クッ……まだだ!」
 グレイ・フォックスの問いかけに、ジョーは痛みを堪えながら答える。
 そう、まだ終われない。このままでは、グレイ・フォックスの餌食になる参加者が出るだけだ。
 ドロシーのような、シグマに反逆の意を示す者たちが。
 PDAから取り出していた物をジョーは握り締める。
 ここぞという時にしか、この開けた地でしか使えない道具。
 しかし、ジョーは使うことを迷う。
(こいつを使えば、目の前の男を倒せるかもしれない。けど、本当にいいのか?
たとえ殺し合いに乗っている相手だとしても、殺してしまうなんて……)
 止むに止まれず、殺すこともあった。
 それでも、人間としての意思を持つ男を殺すことはジョーの精神的負担となる。
 たとえ、男が明らかな殺戮者だとしても。
 そんなジョーの葛藤など構わず、グレイ・フォックスは次々と拳を打ち出す。
 嵐のような拳の連打をを受け止め、逸らし、いなし、避ける。
 数順同じ行為を繰り返した後、グレイ・フォックスは右回し蹴りに切り替え、ジョーは受け止めて反動でグレイ・フォックスと距離をとる。
 息を荒くし、傷だらけの身体のジョーの黄色いマフラーが風になびく。
 対して、最初の攻撃によりダメージを受けながらも、むしろ身体のキレをよくしていくグレイ・フォックスは狂気を乗せて佇む。
 ゆっくりと迫るグレイ・フォックスを前に、ジョーは奥歯のスイッチを押す。

「加速装置!」

 ジョーの周囲の流れが遅くなる。
 舞い上がる土やゴミがゆっくりと上昇する光景が眼に入る。
 ジョーの持つ無敵の時間。今この時間を支配するのはジョーだけだ。
 グレイ・フォックスに向かい、拳を振り上げる。
 悲しい戦いを終わらせる。そのためにグレイ・フォックスにはしばらくの間眠ってもらう。
 もちろん、戦闘能力を奪って。
 ジョーの拳がサイボーグの力で砕かんとグレイ・フォックスに放った瞬間――――ジョーの右腕が血を吹き出した。
「ッ!?」
 一瞬遅れて、斬られたのだとジョーは理解をした。
 加速する自分の動きに合わせたのだ。
「そんな馬鹿な……」
 切り札を破られたジョーはショックでグレイ・フォックスを見つめる。
 不気味に輝く赤い光点が、再びジョーの心を恐怖で捉えた。


 グレイ・フォックスが加速装置を破ったことは、地形が味方をしたことが大きい。
 腰まで届く雑草。ジョーが加速装置を使えばなぎ倒され、移動の軌跡をグレイ・フォックスに教えたのだ。
 移動速度、移動軌跡が分かりさえすれば、幾多の戦場に身を置いたグレイ・フォックスに、相手を斬ることなど造作もない。
 かつて、音を頼りに加速するサイボーグを斬った男もいる。
 偶然だが、その男よりも数段上の技術をグレイ・フォックスは再現して見せたのだ。
 同時に、グレイ・フォックスはジョーに対して失望を感じつつあった。
「どうした、その程度なのか!」
 その言葉を投げかけたのは、傷による負担によってだけでなく、精神的に折れて膝をついたように見えたからであった。
 グレイ・フォックスはジョーの能力に僅かに期待をしている。
 自分を殺してくれるかもしれないという、期待をだ。
 今回の参加者で、グレイ・フォックスほど死を欲している参加者はそうはいない。
 しかも、ただの死ではない。戦いにおいて、己を表現しきった上での死。
 演出するためには、自分の力を限界まで引き出す相手でなければ望めない。
 望まずに与えられた力を持って、戦いに投じるグレイ・フォックスの、ただ一つの目的。
 ゆえに、ジョーが折れるのはグレイ・フォックスの望むところではない。
 とはいえ、折れるのであれば容赦なく殺す。
 グレイ・フォックスは無言でライドルで振り下ろした。
 その軌道には、苛立ちが紛れている。


 ジョーは自らに振り下ろされるライドルを見つめる。
 このまま、頭を裂かれて脱落をすれば楽なのだろう。
 人と違うことを気にする必要はない。ブラックゴーストと戦い続けることもない。
 人同士が争い、心を痛めることもない。
 疲れた心が、ジョーに死を受け入れることを要求する。
 目を瞑ったジョーの脳裏に、同じ赤い強化服に身を包み、黄色のマフラーをなびかせる仲間が浮かぶ。
 ブラックゴーストにともに立ち向かい、笑いあい、支えあった心強い仲間たち。
 まだ、死ねない。
 その想いがジョーを突き動かす。奥歯のスイッチを噛み締め、掻き消えるようにグレイ・フォックスと距離をとる。
 こちらを向いたグレイ・フォックスの視線を、決意を込めた視線で射抜き返す。
「多少はマシになったようだな」
「僕は死ねない。帰るべき場所に、友がいるのだから」
 拳を握り締め、熱い思いを胸に宿す。
 ジョーを止められるものなど、誰もいない。

「だから、お前を止める! 後悔はその後だ!!」

 ジョーは叫びと共に、決意を乗せた飛び蹴りをグレイ・フォックスにぶち当てる。
 ライドルスティックで受け止められ、後方に滑らせる。
 そのままライドルスティックに足を引っ掛けてグレイ・フォックスの顔面を殴りつける。
 衝撃を受けてたたらを踏むグレイ・フォックスに、ジョーはコマのように回転して右肩を蹴り飛ばす。
 辛うじて踏ん張るグレイ・フォックスの蹴りを紙一重で避け、後方宙返りで距離をとる。
 ライドルスティックによるグレイ・フォックスの突きを身体を逸らして避け、スティック部を掴んで引き寄せる。
 グレイ・フォックスの顎を殴りつけ、続けて腹を蹴って壁に叩きつける。
 すぐにでも追撃をかけるべきだったが、加速装置の多用で疲労に襲われているジョーは息を荒くして、立ち尽くすのみだった。
(加速装置は使えて後一回……今は駄目だ。もっと……隙を突かなければ……)
 もともと、加速装置の連続使用は危険なものだった。
 マッハ5の衝撃はサイボーグ技術で強化された身体でも負担が大きかった。
 しかも、どういうわけか加速装置の継続時間が短く、負担が増している。
 一瞬の隙を狙う。ジョーの瞳が鷹よりも鋭くグレイ・フォックスを狙う。
「それでいい……」
 グレイ・フォックスがジョーに話しかけてくる。
 あえて無視をして、ジョーはグレイ・フォックスの隙を伺うのをやめない。
 構わず、グレイ・フォックスは言葉をかけるのを続ける。
「その瞳こそが、お前の力を行使する意思が、俺に生きる実感を与えてくれる。
さあ、こい! お前の力を俺に見せてみろ!」
 言われずとも。
 ジョーの瞳は無言で告げる。
 二人の戦う意思が交差し始めた。


 すれ違いざまにジョーはグレイ・フォックスに手刀で右胸を引き裂く。
 同時に銀の軌跡が煌いて、ジョーの太腿に傷が刻まれる。
 地面を滑りながら対峙する二人は、刻まれた傷の痛みでお互いの戦いをやめようとする意思は感じられない。
 二人はある意味似ていた。
 二人は望まず、本来の身体を凌駕する力を得てしまった。
 ジョーはその力を、暴力で、力で世界を支配しようとするブラックゴーストに対抗するために使った。
 グレイ・フォックスは戦い以外に己を見出せず、死を求めるためにその力を使い続けた。
 だからこそ、二人が咬みあう日など来るはずもない。
 お互いにお互いを否定する、似て異なる運命を持つ二人。
 だからこそ、全力なのだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 ジョーの叫びが木霊する。
 怒りの一閃がグレイ・フォックスの身体を引き裂いた。
 血飛沫がジョーの頬にかかるが、グレイ・フォックスの勢いは止まらない。
 むしろ、その動きはさらにキレを増していった。
「いいぞ! もっと俺に痛みを! 痛みを与えろ!!」
 グレイ・フォックスの言葉を聞き流し、ジョーは襟首を掴んで地面に押し倒す。
 マウントポジションを狙おうとするジョーの側頭部に衝撃が走る。
 押し倒された勢いそのままに、グレイ・フォックスが右足のつま先で蹴ってきたのだ。
 ジョーはよろめきながらも踏ん張り、またグレイ・フォックスも立ち上がってきた。
 またも、睨みあう二人。
 ジョーはグレイ・フォックスがまだ殺しあう気でいることに心の痛みを感じる。
 グレイ・フォックスはジョーがまだ戦えることに喜び、震える。
 ジョーは苦しそうに顔を歪め。
 グレイ・フォックスはメットの中の表情を歓喜に歪め。
 互いの地面が爆ぜ、何度目か分からない交差が始まる。
 ジョーはグレイ・フォックスの腕の動きに集中し、ライドルを左腕で跳ね上げ、右拳が脇腹を砕く。
 グレイ・フォックスが体勢を崩しつつも無事に地面に着地するが、衝撃を逃がすのに僅かな時間を必要とした。
(チャンス!)
 ジョーは望んでいた機会が訪れたことを理解し、即座に奥歯のスイッチを噛み押す。
 カチリ。
 ジョーの口内で音が聞こえ、ジョーの身体が周囲の時間を遅くする。
 身体が重い。負担が凄まじい。
 ジョーの関節は悲鳴をあげて、人工筋肉は引き千切れそうな痛みの信号をジョーに与え続けた。
 血は止めどめもなく流れ、傷口は開く一方。
 しかし、こちらに向かって真っ直ぐ進むグレイ・フォックスを確認できた。
 この確証が欲しかった。グレイ・フォックスの進む軌道を知りたかった。
 己の身体を痛めつけた甲斐はある。冷静に、グレイ・フォックスを殺すための行動を取る。
 自分が人を殺す。
 その嫌悪感を覚悟で塗りつぶし、懐から取り出した支給品を投げつける。

 ―― 衝撃集中爆弾。

 爆発の方向を決定できる、強烈な爆薬。本来なら、ZXの持つ武器。
 PDAの説明を見る限り、高い威力を持つ物。
 二個支給されたうち、一つをグレイ・フォックスに投げつける。
 これで、グレイ・フォックスは死ぬのであろう。
 脱出を考えるなら、当然の選択だ。グレイ・フォックスは意思はどうあれ、殺し合い、壊しあいに乗ったのだ。
 ジョーの頬に一筋の涙が流れる。
 人を殺す罪悪感を乗せた涙が。
 ジョーの加速時間がもたらす、孤独の時間が終わりを告げた。


 ドロシーは白いカラスを走らせ、二人を探し続ける。
 去った場所に向かって真っ直ぐ進むだけだから楽なのだが、BIG-Oならともかく、乗りなれないバイクの扱いには戸惑った。
 なにより、舗装されていない道をバイクで突き進むのは存外に苦労する。
 それでも、ドロシーはジョーを探し続けた。
 服装のセンスは確かにない。どうしようもないお人好しだ。
「だけど、放って置けるわけないじゃない」
 ロジャーなら放っておけといいそうな気もするが、自分はロジャーではない。
 交渉術などなく、アンドロイドとしての怪力と動きがある。
 泣きそうな顔で、人間だと自分に言い聞かせるような男を、危険人物と二人っきりにさせるほどドロシーは冷酷ではない。
 やがて、森を抜けて目的の人物を発見する。
 ドロシーは状況を把握して、ハンドルグリップをさらに捻った。


 グレイ・フォックスは一瞬の内に自分に向かって投げかけられた物を確認する。
 どういう意図があってあれを投げるのか、まだ理解は出来ていない。
 しかし、加速装置を使ってでも、自分に向かって投げたのだ。
 あれは、自分に死をもたらせてくれるものかもしれない。
 自分は自分の意思で精一杯己を表現し続けた。
 目の前の加速装置の男はそれに答えてくれた。
 たとえ、ここで死んでも悔いはない。
 グレイ・フォックスは構わずジョーを目掛けて進む。
 そこに死があると知っても。いや、知っているからこそ、己を偽らないで進む。
「ジョー!」
 女の声がグレイ・フォックスの鼓膜を震わせる。
(ああ、あの男はジョーというのか)
 場違いなことを考えるグレイ・フォックスの胸にバイクの前輪が埋め込まれる。
 アンドロイドの少女を目撃したまま、グレイ・フォックスの視界が光で染まった。


 もし、ドロシーがもう少し早く駆けつけることが出来たのなら。
 もし、ドロシーがもう少し遅く駆けつけることが出来たのなら。
 もし、ドロシーがジョーに襲い掛かろうとするグレイ・フォックスを先に目撃さえしなければ。
 もし、衝撃集中爆弾が、爆弾らしい外見をしていれば。
 そんな『もし』は訪れない。それが運命であるのだから。


 ―― ドロシー、そこを離れるんだ!

 ジョーの言葉は形にならなかった。
 彼の言葉が最後まで告げられる前に、衝撃集中爆弾は爆ぜて、意図したとおりにグレイ・フォックスに襲い掛かる。
 ジョーを救うため、バイクに乗ってグレイ・フォックスを抑えようとしているドロシーを巻き込んで。
 爆発音が雷鳴のごとく轟き、衝撃が周囲を揺るがせる。
 花火のごとく火炎の花が夜の闇の中輝き、破壊をもたらした。
「あ…………あ……」
 呆然と呻くジョーの眼前に、さまざまな部品が燃え落ちる。
 降ってきた歯車やネジがジョーの身体を跳ねる。
 熱された金属が肌を軽く焼くが、気にする余裕はない。
 ガシャンと、ジョーの目の前にサッカーボールほどの大きさのものが落ちてくる。
 燃える人工頭髪。カメラアイが剥き出しになった瞳。
 銀色の機械部分がむき出しになった肌。首から下の、黒い洋服をつけた少女の身体は存在しない。
 R・ドロシー・ウェインライト。
 彼女は首だけとなり、ジョーを見つめる。
「あ……あ……あああ!」
 この殺し合いで巻き込まれ、初めて出会った少女。
 殺し合いに乗らず、共に脱出を誓えると信じれた少女。
 アンドロイドかどうかなど、関係ない。
 守ると誓った少女を、殺したのだ。なによりも、自分が。自分の手で。
「あああああ!! あああああああああああああああああああああああ!!」
 ジョーは栗色の髪をかきむしり、天を見つめて咆哮する。
 瞳の涙が赤く染まり、頬を流れて地面に落ちる。
 目は充血し、大きく見開いて、瞳孔は小さくなる。
 張り裂けんばかりの叫び。爆発音と合わせて、誰かに襲われる可能性を大きくする。
 それでも、心の痛みに耐え切れずジョーは叫び続ける。
 そうしなければ、壊れてしまうだろうと思えるほどに。


「う……うう……」
 グレイ・フォックスは呻き、己の身体の状況を確認する。
 身体が痛み、なにか重いものが圧し掛かっている。
 女性型アンドロイドが乗り回し、自分を襲ってきたバイクが存在している。
 幾分焦げているが、乗り回すには問題がなさそうだ。
 酷い損傷は見られない。
「また…………生き残ったのか。俺は……」
 死はまだ訪れなかったらしい。火傷が酷く痛み、自分のPDAから水を取り出して火傷部分にかける。
 もう一つ、PDAがバイクの傍にあった。それを目撃した瞬間、グレイ・フォックスは自分が生き残った理由を悟った。
 アンドロイドは自分と爆弾の間に割って入った。
 爆発にあのアンドロイドが巻き込まれたのは間違いない。
 そして、自分の前にはアンドロイドの少女と、この頑丈なバイク。
 ゆえに、爆発の衝撃は自分にダメージを与えつつも、生を奪うまでには至らなかった。
 それが、少し残念だ。
 目の前のPDAはそのアンドロイドの少女の物なのだろう。バイク同様、頑丈のようだ。
 アンドロイドのPDAから新たな水を取り出す。
「確か……あのアンドロイドは、あの男をジョーと呼んでいたな」
 自分に痛みを与えた男。
 あの男は生きている。グレイ・フォックスの瞳に力が宿る。
「フフフ……再び、お前の前に現れよう。俺は……死の囚人。
死ぬまで……何度でも…………キサマの前に……現れて…………やる」
 火傷と打撲の痛みを心地よく感じながら、グレイ・フォックスは意識を手放す。
 ジョーとの再会に想いを馳せながら。


【R・ドロシー・ウェインライト@THEビッグオー 破壊確認】
【残り43人】


【G-5 中央北部/一日目・黎明】


【009(島村ジョー)@サイボーグ009】
[状態]:全身打撲。ダメージ大。疲労大。ドロシーとグレイ・フォックスを殺したことによる、罪悪感。
[装備]:無し
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~2(確認済。少なくとも、ジョーには武器には見えなかった)
    衝撃集中爆弾×1
[思考・状況]
基本思考:????
1:ドロシー……

※ブラックゴースト編終盤(平成アニメ版・第16話)からの参戦です。
※ドロシーとはほとんど情報交換をしていません。
※00ナンバー強化服は、同デザインの通常の服と交換されています(加速に耐えられる素材のようです)。
※グレイ・フォックスを殺したと思い込んでいます。


【F-5 北東部/一日目・黎明】

【グレイ・フォックス@メタルギアソリッド】
[状態]:全身打撲。全身火傷。ダメージ大。疲労大。気絶中。
[装備]:ライドル@仮面ライダーSPIRITS
[道具]:支給品一式(PDA)×2。水消耗。白いカラス(全体に焦げ跡あり)@人造人間キカイダー。
    ランダム支給品0~2(未確認。ドロシーの持ち物)
[思考・状況]
基本思考:闘って兵士として死ぬ
1:ジョーと再会して、今度こそ死ぬ。
2:ジョー以外にも、痛みを、死を与えてくれる相手を探し、戦う。


※原作死亡直後からの参戦です
※白いカラスが胸に圧し掛かっています。



【支給品紹介】

【衝撃集中爆弾@仮面ライダーSPIRITS】
ゼクロスの膝についている爆弾。
衝撃の方向を自由に向けることが出来る。


【白いカラス@人造人間キカイダー】
ハカイダーの愛車。
ミサイルを装備して、空を飛ぶことも可能。
バース車はカワサキマッハⅢ。最高速度六百キロ。




時系列順で読む


投下順で読む



020:WE HAVE CAME TO TEAM? 009(島村ジョー) 052:決意をこの胸に――(前編)
020:WE HAVE CAME TO TEAM? R・ドロシー・ウェインライト GAME OVER
041:真夜中のサーカス グレイ・フォックス 074:真剣勝負





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー