涙の証明 ◆2Y1mqYSsQ.



「どうしたの? クロちゃん」
 赤いリボンで両端を結えた髪を揺らして、武美が急に足を止めた黒猫型サイボーグに疑問を持つ。
 武美たちは、放送を向かえる前に今までいた森林コロニーを抜けて、市街コロニーへと向かう予定であった。
 事実、二つのコロニーを繋げる通路は目の前だ。なのに、連れであるクロが急に立ち止まったのだ。
「武美。施設ってのは、別にTV局じゃなくてもいいのか?」
「え? まあ、大丈夫だとは思うけど……」
「じゃあ、発電所のほうに行くぞ。距離はTV局と大差はないしな」
「え? どうして?」
 武美の疑問に答える前に、クロは腕を引っ張り今まで通った道を戻っていった。武美には訳が分からない。
 武美が説明を求めると、クロが前を向いたまま答える。
「でっかい建物が崩れる音がしたんだよ。ちょうどミー君たちとデパートをぶっ壊したような、派手な音がな」
「暴れん坊だね。でも、そんな音はしなかったけど……」
「まあ、もともとオイラは視力が弱かったから、耳や鼻が利くほうなんだ。サイボーグとして強化されているしな」
 ニヤリ、と本人は格好つけているつもりで笑っていた。武美から見れば、悪巧みしている顔とそう変わらない。
 とはいえ、暴れん坊のクロが力を発揮する機会を潰してまで、自分の安全を確保してくれる気遣いが嬉しかった。
 武美は自らの手を引くクロに任せるまま、発電所へと向かう。


 発電所へと移動を続ける途中、放送が訪れた。
 ミーが呼ばれていないか、クロは心配したが杞憂だったらしい。元々知り合いのいない武美の反応は予想通りだ。
 武美は触れないが、襲撃を受けたとき助けた奴は生きているのだろう。付き合いは短いが、人の死を喜んだり、無反応だったり出来る相手ではない。
 しかし、クロが武美に手を貸す理由は、自分でもよく分からなかった。
 毎度毎度の騒ぎにクロが付き合いがいいのと、同じ理由だったりするのだが、へそ曲がりな彼は認めはしない。
 熱血ハートのサイボーグ。彼は自分自身の優しさには、どこまでも鈍かった。


 発電所を突き進んでいた素子とウフコックは、放送を書き留めるために一旦行動を中断していた。
 PDAから出てくる死者の名前と禁止エリアを書きとめながらも、素子は大きくため息を吐く。
 タチコマの名が呼ばれたからだ。このコロニーで、唯一味方だと確信できる存在がいない。
 公安9課へと戻れば、彼らの兄弟と会えるだろうが、自我を持つほど発達した彼らはそれぞれ個性を持つ。
 そのうち、一機がもういない。それを彼らはどう受け止めるだろうか?
 もっとも分かりきっている。彼らに死という概念はない。タチコマという多脚型戦車ロボットが一つ減った。
 世間は、周りはそう認識するだろう。もしも、いなくなったタチコマがバトーが愛用しているタイプであったのなら、彼は感傷を抱くだろうが。
 素子は視線を降ろし、ウフコックへと向ける。彼は震えていた。あの名が呼ばれた瞬間から。
「バロットが……死んだ……?」
 彼が相棒と呼んだ少女の名は、無情にもPDAから流れる放送で出てしまった。
 壊しあいが始まって十二時間。その間を、金色の小さなネズミの相棒は耐えられなかったのだ。
 戦闘力を有するタチコマや、彼の相棒が殺されている。予想以上に強者が集まったようだ。
「ウフコック……なんといっていいか……。いえ、きっとなにを言っても意味がないのでしょうね」
「…………すまない」
「いいわ。しばらくはそうしていて。整理がつくまで、一人で動くから」
「いや、俺も動いていないと、どうにかなりそうだ。しばらくは冷静で要られないかもしれないが……指示をくれ。頼む」
「そう」
 素子はウフコックにそう告げて、黙って先を進んだ。簡単に整理がつくことではない。
 歩くスピードを抑えて、彼になるべく時間を与えるよう気を使った。


 ウフコックは通路を進む素子が、自分を気遣ってくれていることに気づいた。
 そのことを感謝して、口には出さない。この気持ちは共有できないし、してはならないからだ。たとえ素子も知り合いを喪っていたとしても。
 実はまだバロットが死んだ実感は薄い。素子が死体を見たことがあるとはいえ、ただPDAから名前を呼ばれただけだ。
 実質、ここに来て数時間のウフコックに状況を把握して、バロットの死をリアルに実感しろなどは無理な話だった。
 しかし、それでもウフコックはこの壊し合いが冗談とは思えない。そしてバロットの喪失はウフコックの中で、半身がもがれたような感覚だった。
 嘘であればいい。嘘であってくれ。そう願う自分がいることを、ウフコックは自覚する。
 彼女の死を信じたくない。信じれば、自分の有用性がまた一つ失われる。あの、抵抗することを知らなかった少女が、またも理不尽に生きる自由を奪われた。
 残酷な真実がウフコックに突きつけられる。バロットは二度目の死を迎えた。
(もしも放送が真実だとするのなら……俺はまた守れなかったのか……? くそっ! だが俺は、放送だけで死を信じるほどウブじゃない)
 ウフコックは怒る余裕があることに安堵して、正面の暗闇に視線を向ける。
 バロットの死はまだ実感しない。してはやらない。死体を見つけるまでは。
 ウフコックは己自身に、バロットの死体を見つけるまで感傷を封印すると約束した。
 そうでもしなければ、いくら事件捜査官の相棒として死を覚悟していたとはいえ、バロットの死はウフコックに重かった。


 排気音を唸らせて、グレイ・フォックスは獣道を突き進む。彼が乗るバイク・白いカラスは高性能なバイクらしく、荒れた道でも問題なく走破していった。
 頭全体をカバーする、ヘルメットの中央の赤いモノアイが不気味に光る。
 途中、薬が切れた禁断症状で転がりまわり、時間を余計に潰した。放送が聞こえ、手持ちのPDAの情報は頭に叩き込んで再びバイクを運転しているのだ。
 先ほど戦った男たちの名は知らない。生きていれば、いずれ会うだろう。
 だからといって、先ほどとは違い何の感慨も浮かばない。あの二人はグレイ・フォックスを戦場に立たせた。その程度の認識だ。
 スネークはこの壊しあいの会場にはいない。僅かだが期待したジョーとやらも死んでいる。
 ならばどうするか? 決まっている。戦う理由はいつも自分が決めてきた。
(スネーク……お前と再会するためにシグマを殺す。ならば……)
 ここにいる他のロボットとサイボーグを全滅させる。そうすれば、シグマは自分に会わざるをえない。
 褒美などに興味はない。死んで困るものなど、ここにはいない。
 吐息が漏れる。薬漬けにされたグレイ・フォックスは常に禁断症状と戦っていた。
 今、禁断症状は軽い。自分が自分でなくなる感覚など、死ぬほど嫌いだ。戦場を。次の戦場を。
 戦っている時だけが生を実感する。スネークとの戦いには、友情すら感じる。その戦いのために、すべてのものを殺す戦場を。
 再びヘルメットの中央のモノアイが光る。アクセルを全開に、グレイ・フォックスは突き進んだ。


(戦い……)
 エックスはコロニーとコロニーを繋ぐ通路を越えて、一切後ろを振り向かず森へと突入した。
 太陽と思わしき光は明るく、風に木の葉が揺れる。
 白いアーマーで包んだ、エックスのやや幼い印象の顔を照らすが、もはやその顔に幼さはなかった。
 エックスは自分に絶望している。正しいことを判断できず、他人に罪を擦り付ける己が弱さに。
 だからこそ、戦っているものをすべて潰すなど、逃げであるのだろう。
 それを自覚しながらも、エックスは己の退路を断つためにあの少女を撃ち抜いた。
 最初に狙ったのが、ラミアと呼ばれていた女性だったとかは関係ない。戦っていて、善人であるものを砕けるほど鬼【イレギュラー】でなければ、鬼【イレギュラー】は倒せない。
 もうこんなことはさせない。戦い以外で物事を解決できないことに悩んでいたエックスは、己自身で殺した。
 ここにいるのは鬼をすべて殺す、一匹の鬼。最後に残った自分という鬼をも巻き込む、破滅の鬼。
 それが、エックスというイレギュラーの名だ。
 無実の者を貫いた時、その罪を誰かに押し付けたのだと自覚した時、エックスの正義は崩れているのだから。


 エックスは当てもなく、森林コロニーをさまよい続ける。
 ふと、彼の視線に大きな建物が入った。PDAから地図のファイルを開くと、発電所とあった。
 中には罠と、ボスと戦うための大きな部屋がありそうだと思う。なんとなく、懐かしい。
 別に考えがあったわけではない。彼は誘われるように施設へと入っていった。


「草薙さん……」
「ええ」
 誰かの気配に気づいたことに、素子はウフコックが平常心であることを確認できて安堵した。廊下で僅かに聞こえた足音に素子とウフコックは反応したのだ。
 ウフコックは冷静だ。素子のコンディションも悪くはない。ウフコックが大型自動拳銃へと変身【ターン】し、素子の両手に収まる。
 冷たい壁に素子は背中を貼り付けて、音を出さないように角へと近づいていく。
 人の気配がしているのだ。鬼が出るか、。蛇が出るか。向こうの足音が止まる。気づかれたか、と素子とウフコックは同時に考え、角へと躍り出た。
 黒い影が、素子の視線の下に現れた。背が低い。人間を想定しすぎた、ロボットだろうか? 疑問をそのままに銃口を下へと移動させ、突きつける。
 同時にサーベルと思わしき刃が、三つの小さな銃口と共に素子へと向けられた。
 突きつけるのはほぼ同時。相手は…………
「ネズミの次は猫か…………」
「ネズミ?」
 銃を突きつける、二本足で立った猫が訝しげに呟いた。素子はため息を吐きながらも、自分は動物型ロボットに縁がある、と思った。


 最初に銃を放棄したのは、素子だった。別に根拠があったわけではない。
 この猫のロボットを信じろ。ゴーストが囁いたのだ。
「ウフコック」
「了解した」
 素子の腕で、大型の自動拳銃は金色のネズミとなり、黒猫の前に立つ。ネズミ型ロボットだが、特に猫が怖い、ということはないらしい。
 ウフコックはストン、と体重を感じさせない動きで黒猫の正面に着地する。すでに猫の剣先と銃口は、素子には向いていなかった。
「いきなりで悪かった。こちらに敵意はない。俺の名前は……」
「ウフコックっていうんだろ? パートナーが探していたぜ。おい、武美。こいつらは大丈……」
「バロットに会ったのか!?」
 クロの言葉をウフコックが遮り、小さな身体で首元に飛びついていった。
 ワッ、といいながらウフコックを受け止めるクロだが、ウフコックは構わない。ネズミ型ロボットとはいえ、紳士を自負していた彼にしては珍しい。
 もっとも、彼が状況を知りたがっていた相棒の情報なのだ。自制しろというのは無理かもしれない。
「バロット? あたしたちにあなたのことを教えたのは、“徘徊者(ワンダー)”という人だよ」
 今まで隠れていたであろう、クロの同行者と思わしき女性が現れ、優しくウフコックを手の平に乗せた。
 年齢は素子より四、五年は下であろう。二十代になるかならないか。
「あたしは広川武美。よろしくね、お姉さんにウフコックさん」
 可愛らしい笑みを向けられ、素子も微笑みを返す。クロは変わらず憮然とし、ウフコックは冷静になって自分の身なりを整えた。


「すまない、取り乱してしまった。そちらは俺の名を知っていると思うが、改めて自己紹介させてもらう。
ウフコック=ペンティーノ。委任事件担当捜査官だ。で、こちらが…………」
「草薙素子、警察よ。よろしくね」
「よろしく~。こっちがクロちゃん。見てのとおり、猫のサイボーグだよ」
 武美の取り成しも、クロは無視している。飛びついたのがいけなかっただろうか? とウフコックは反省をした。
 宇宙戦略研究所はイルカのように脳が発達した動物へ、人間並みの知能を持たせ、コミュニケーションを取れるようにもしている。
 知性を持つ動物自体は、そう珍しくない。なにより、ウフコックは人のことをいえないからだ。
 猫の身体に、人間並みの知性を持つサイボーグ。ウフコックは種族の差はあれど、クロに親近感を持った。
 もっとも、喜んでばかりもいられない。“徘徊者(ワンダー)”……ボイルドと彼らは接触しているのだ。
 名簿から察するに、たとえ偽名としてもこの名を選択するほどボイルドと接触のある人物は、バロットか自分か。
 そしてバロットがそう名乗るはずがない。
「ネコのサイボーグ……ロボットじゃなくて?」
「オイラは正真正銘のネコのサイボーグだ。生身の時も大暴れしたしな」
 素子の問いに、キラッと歯を光らせクロが誇らしげに胸をそらしている。ウフコックは少々呆れながらも、会話に割って入った。
「君たちに確認したいことがあるんだ。いったい、どうやって“徘徊者(ワンダー)”と名乗る人物と接触を持った?」
「えーと、それはね……」
「電話だよ、電話。こっちを西に行ったら孤島があるだろ? そこに電話があったから適当にかけたら、その男が出た」
「男……か。そうか」
 武美の説明にクロが割ってはいるが、ウフコックが求めていた情報は手に入った。
 やはり“徘徊者(ワンダー)”は生きていたボイルド。またも彼を殺さねばならないのかと、ウフコックが大きくため息を吐いた。
 パートナーと彼らに教えたということは、またも自分を追うのであろう。ウフコックは覚悟を決める。
 もう一度ボイルドと戦うことを。出来るなら救いたい。それは彼が望まないとしても。
「そいつはディムズデイル=ボイルド。元パートナーで、今は敵だ」
 複雑な感情を込めて、クロと武美に説明をする。ボイルド、これでいいんだな? とだけ内心で告げて。


 ウフコックの説明により、ボイルドが危険であり、重力を操作できるサイボーグだと情報を得た。
 ウフコックが警戒するのも分かると素子は思う。重力を制御できる義体など、オーバーテクノロジーだがウフコックを見ては信じざるをえない。
 ボイルドの話題を中断して、素子はクロたちへと質問を始めた。
「さて……なぜここに来たのかしら?」
「まあ、それは武美が理由だ。こいつ、無線でハッキングとかインターネットとか出来るんだけど、ジャミングされてるってんで、どっか回線が生きている施設を探していたのよ。
TV局はやばいことになっているみたいだし」
「危険だってこと?」
 クロの説明に素子が口を出す。クロは頷いて、話を続けた。
「でっかい音が聞こえた。ビルみたいなでっかい建物が崩れる音をな」
「なるほど。それに……無線でハッキングね」
 素子はもしかしたら、彼女は電脳化をされているかもしれない、と考える。
 そして普段使っている専用コードでなく、一般回線を使って武美へと呼びかけた。
『聞こえるかしら?』
「え!? えぇぇ!?」
「どうした、武美」
「何か異変でも?」
 ウフコックとクロが周囲を警戒するが、素子が制する。そのまま武美へと、専用回線を伝えた。
 ウフコックとクロには、後で説明すると告げてそのまま武美と話し合う。ノイズ混じりだが、通信が行なえないことはない。
『嘘ぉ、あたしと同じようなことが出来る人がいるなんて……』
『それほど特別なことかしら? 電脳化は一般的な技術のはずだけど』
『一般的な技術? そんな、サイボーグ自体一般の人には知られていないし、大神グループやジャジメントくらいしか開発していないから、そんなことはないはずだけど……』
『大神グループ? ジャジメント?』
『大企業だけど、知らないの?』
『いや……そういう企業はあるが、大企業といわれるほどじゃないわ』
 またも常識のズレか。素子は再び立ちふさがる壁に渋面を作る。さすがに放置されているのにも飽きたのか、クロがイライラしながら口を出してきた。
「おい、いったいなにやってんだ? 武美もあんたも」
「あ、クロちゃん。この人もあたしと同じで、無線でネットにつなげれるみたい」
「へー、なら内緒話にはもってこいだな」
「そう簡単にはいかないけどね」
 素子は冷静にそう伝え、またも立ちふさがった常識の差異について思考する。
 ウフコックは素子の知らない都市、マルドゥック市出身だという。小国ならともかく、人工衛星四基分の予算を費やすことのできる大国となれば、なおさらおかしい。
 電脳内のデータベースでも検索結果は0だ。
 そして、武美。一目見たところは動きも素人で、戦闘訓練を積んでいない普通の義体化した一般人だ。
 電脳による通信も可能だ。電脳化も義体も一般に流通している技術。
 電脳の通信に驚き、そして親近感を持ったような喜びを含んでいる。その武美の反応は、素子にとっては違和感が強い物だ。
 そして大神グループやジャジメントなどの名を持つ企業が義体関連の技術で、大企業と呼ばれている規模である事実もない。
 シグマが何かしら記憶をいじったのだろうか? 猫型のロボット……本人はサイボーグと主張している、クロにも確認をとることにする。
 猫のサイボーグなど、存在するはずがない。リモート義体、もしくはロボットだと結論をつける。
 義体、とするなら猫では人間の脳を収めるスペースがない。猫をサイボーグ化したとして、喋らせたり人間並みの思考をさせるような技術などないからだ。
 コストをかけるより、素直にロボットとして開発するほうが正しい。そのはずなのに、武美とウフコックは猫のサイボーグという不可思議な存在に納得している。
 武美はともかく、知性の高く思慮深いウフコックまでクロに違和感を感じていない。素子の常識ではありえないのに。
(なにより、参加者によって常識を違える利益がシグマにあるのか?)
 そんなわけがない。たとえこの壊し合いに、それ以外の目的があるとはいえだ。
 丸ごと常識を変える、とはいえ意思疎通が不可能になるほどでもない。中途半端な措置ゆえに、目的が見えないのだ。
(だとすると……意図して常識を変えたのではなく、変えざるを得なかった?)
 何かが、引っかかる。そんな状況など、生まれるはずはない。あるとすれば……
(常識がもとから違うメンバーを集めて殺し合いをさせている?)
 世界中から集められた、といえるほどではないだろう。武美は明らかに日本人なのだ。
 歯車がずれている。素子は己の違和感を言葉に出来ず、結論を保留にした。


 クロは今回ウフコックと素子と合流できたことは喜ばしいことか、少し考える。クロのやりたいことは何か? 大暴れすることである。
 今までその行動を避けてきたのは、武美の存在が大きい。ならば、武美を預けて自分は大暴れが出来るのではないか、と思った。
 信頼できるかどうか、って面で言えばよく分からない。会って間もないからだ。
 それに、ウフコックの気取った態度が気に入らない。自分と同じくネズミのサイボーグなのだろう。
 ミーの機械と同化できる能力を思い出す、銃に変身する能力。“徘徊者(ワンダー)”とやらがパートナーと欲したのなら、それなりの力があるはずだ。
 ただ、話をしているとクロの求める『大暴れ』を叶えれる相手かといえば、違うのだろう。
(面倒だ。だいたい、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないしなー)
 ポリポリと頭をかいて、ため息をつく。委任事件担当捜査官だの警察だの、堅苦しい経歴を持つ相手なのだ。
 肩が凝ってしょうがない。クロはウフコックに声をかける。
「どうした? クロ」
「あー……お前らはどうするんだ?」
「ああ、俺はバロットを探して、ボイルドを倒す。…………たかが放送で呼ばれたくらいで、俺はバロットの死を認識したりはしない。
まあ、それも草薙さんと、ここを探索してからだが」
「そうかい。あんたは?」
「私? もう少し、ここの施設を調べたいわね。この殺し合いは不自然なところが多いし。
そう、一般人である広川さんは私が保護するわ。クロ、あなたはどうする?」
 クロは話をふられ、暴れたいから離れると正直な欲求を伝えようとして、何かを訴えるような武美の視線が貫いた。
 考えを悟られたらしい。ため息をついて、返答する。
「オイラも付き合うぜ。一人でどっか行くといったら、うるさそうな奴がいるし」
「クロちゃん……それってあたしのこと?」
「他に誰がいるんだよ?」
「……一人が嫌なのは、クロちゃんの方じゃないの?」
「そんなわけあるかー!!」
「どうだか」
 ジトーとした目つきでこちらを見ていた。本当に置いていこうか? と考えるがそれは負けを認める行為のような気がする。
「二人とも、仲がいいのは結構だけど先を急ぎましょう。敵がいる可能性もあるわけだし」
「そうだな。見ていて微笑ましい。いいリラックス方法を学習させてもらったよ」
 素子とウフコックの言葉にクロは頭に血が昇り、

「「仲なんてよくない!!」」

 武美と同時に言ってしまう。やはり仲いいじゃないか、と二人が言いたげにクロを見た。


「オイラの生まれた理由?」
「ああ。もちろん、機密に触れたり、言いにくい過去だったりするなら黙秘しても構わない。いや、それは当然の権利だな」
「別に面白くもなんともねーよ。剛ってうすらトンカチがオイラを殺して、サイボーグにしたんだ。
世界征服のための、部下だとかなんだとかいってな」
「……え?」
 ウフコックの間抜けな声がクロに届いた。素子の表情は変わらない。本人は内心、クロの話に疑問を抱いていたが。
 ウフコックは万能兵器存在として生まれた過去を持ち、クロにも相応の過去があってサイボーグとなったのだと思っていた。
 素子はクロをサイボーグでなく、ロボットと見ていたため、漫画みたいな嘘の過去を語るクロにどういう意図があるのか疑問を持った。
 もっとも当の本人が知るよしもないのだが。
「まったく、世紀末だかなんだかしらねえが迷惑な話だぜ。まあ、ノストラダムスの予言とやらも、外れたしな」
「クロちゃん、ふるーい」
 けらけら笑う武美にクロは呆れたような視線を向けたまま、話を続けた。
「なに言ってやがる。二十一世紀も間近な今、ノストラダムスの予言なんて最近の話だろうが」
「ノストラダムスなんて、十年以上も前の話だよ? あたしだって、この前クイズで出たから知っているだけだよー」
「それに、もう二十一世紀よ。間近ではないわね。それにしても、2030年にもなって世紀末の名が出るとは思わなかったわ」
 いいジョークだ、と言いたげな素子の言葉に、クロは反応を示す。
 渋面を作り胡散臭そうな感情を視線に込めて、クロは振り向いた。
「なに言ってんだ? 今は1999年だろ?」
「2030年って、まだまだ先だよー」
 クロは武美の言葉を聞き、首をかしげて武美を見た。彼女の反応を見る限り、武美も同じようなことを思ったらしい。
 ただ一人、ウフコックはついていけないという顔をしている。西暦に馴染みがなかったのだが、それに気づく者はいなかった。
 クロは口を開こうとして、一つの可能性に気づいた。そのまま納得がいったような表情となり頭をポリポリとかく。
「なんだ。宇宙人に異世界ときたら、次は未来人か。ああ、納得だわ」
「あと超能力者がそろえば完璧だね……って、あたしって未来人だったの!?」
「オイラから見ればな」
 非常識に慣れているクロだからこそ、年代の違いに納得したのである。
 しかし、素子とウフコックはそうは行かない。
「まるで漫画の話ね。時間移動の技術なんてSFだわ」
「草薙さんに同意だな。時間移動の技術を確立するには、壁が多すぎる」
「んなこと言われても……」
 オイラが知るか、と続けようとしたクロが言葉を飲み込んだ。鼻にオイルと肉が焦げた臭いを感じ取る。
 臭いの元は近づいてくる。それも信じられない速さで。
 ウフコックも同じ物を感じ取ったらしい。アイコンタクトで意思を疎通させ、ネズミと猫が同時に動いた。
「武美! 草薙!!」
「草薙さん、クロに任せてくれ!」
 ウフコックが大型のハンドガンへと変身【ターン】し、クロは武美と素子を掴んで伏せさせる。
 高速で影が飛び込み、壁を蹴って虹色の光が半月を描いた。コンクリートで出来ているはずの壁が豆腐のように傷を刻まれる。
 相手が人間らしき存在であるのを認識して、クロが戦闘体勢を整えようとするが、到底間に合わない。
 敵は一撃目を避けられることを予測していたのだろう。すぐに反転して、二撃目を与えるために地面を蹴った。
(戦い慣れていやがる!)
 アポロマグナムの照準が間に合わない。焦るクロの耳に、銃声が響いた。
 倒れていたはずの素子の銃が、敵を牽制したのである。倒れている状況でよく、とクロは感想を抱いた。
 これは素子の戦闘技術と経験、そしてウフコックの照準の修正があって成せたことなのだが、知る余裕はクロにはない。
 素子が放った銃弾は敵によって斬り裂かれ、一発も届いていない。だが充分だ。アポロガイストの銃口を向ける時間は稼いでもらった。

「吹っ飛びやがれぇぇぇっ!!!」

 三つの二十二口径の銃口から、火が吹きでて敵に放ち、床と壁を巻き込んで敵を抉る。
 久しぶりの銃撃の感覚、癖になりそうだとクロは陶酔感に浸った。


「けほっ、クロちゃん張り切りすぎ」
「うるせえ。今のうちに広いところに出るぞ」
「え? あれで……」
「倒せる相手ではないでしょうね」
「クロと草薙さんの言うとおりだ。俺の鼻はあいつの臭いを捉えている。まだ……生きている。
狭いところじゃ、人数が多い俺たちだと不利だ。一網打尽にされる。分散するために、いくぞ」
 ウフコックの号令に合わせて、クロが武美を引っ張ってアポロマグナムを撃ちながら後退していった。
 素子も銃で牽制しながらホールへと走っていく。白いヘルメットに赤いモノアイ。
 ヘルメットは装備の類だろうか? 人間と素子は判断する。こちらの銃弾を弾きながらも、素早く避けながら近づいてくる。
 なんという運動神経か。銃口が動き、足に向けられた。ウフコックの判断なのだろう。
 適切な状況判断だ、とウフコックを素子は内心褒めて、引き金を引く。銃口から吐き出された銃弾が、敵のサイボーグの足を貫いた。
 これで動きが鈍るはず、と予測していた素子の判断は、あっさりと打ち砕かれた。敵サイボーグは委細構わず、突進してくる。
 銃弾への耐性があるのだろう。厄介だ、と思考を続ける素子の横を、クロが通り過ぎた。
 敵サイボーグの刀を、アポロマグナムに取り付けられたサーベルで受け止める。甲高い金属のぶつかる音が通路に響いた。
 クロは音にも状況にも構わず、真直ぐ敵サイボーグの顔面へと右拳を放つ。クロにも敵サイボーグが格闘を仕掛けようとするが、ウフコックと共に銃弾で阻止する。
 銃弾に耐性はあれど、クロの拳が届く時間稼ぎにはなる。その目論見は正しかった。
 クロの拳が敵サイボーグの顔面を砕き、仰け反らせた。クロは反動で後退して素子たちと合流、再びホールを目指す。
「クロちゃん、草薙さん、広い部屋が見えたよ!」
「あと百メートルそこそこだ! 弾幕で牽制するぞ! 草薙さん、クロ!」
「言われなくても分かってらぁ!!」
 ようやく通路の終点にたどり着いた素子たちは、敵サイボーグの襲撃に備える。
 つまり、標的をばらすために二手に別れようとした。その瞬間、素子の視界に光が入り、クロの首根っこを捕まえて引っ張った。
 クロがいた地点を高エネルギー弾が砕く。ゆらりと、向こう側の通路の闇から一人の青年が現れる。
 シグマに『エックス』と呼ばれたはずの青年が。あの時とは違い、アーマーらしき追加パーツを着ている。
 さらに表情が、あの時からは想像できないほど苛烈になっていた。
「戦って……いるんだね」
 ぞくり、と素子の背筋が凍る。絶対零度の言葉。声色に戦場で壊れた兵士に似た雰囲気が混ざっている。
「なら、君たちを殺す」
 言いたいことは終わりだ、と言わんばかりにエックスは右腕に装備された銃へとエネルギーを送っている。
 エネルギー弾はそこから発射したらしい。逃げてきた方向の通路からは、敵サイボーグが追いついて刀を構えていた。
 素子は敵サイボーグと向き合い、背中のエックスにはクロがアポロマグナムを構えた。
「前門の虎、後門の狼……ね」
「おい、武美。決して離れるんじゃねえぞ。草薙、あんたはあのサイボーグを頼むぜ。オイラがあのエックスって奴をやる!」
「了解、生きていればまた会いましょう。広川さん、チャンネルはそのままにしていて」
「は、はい!!」
 クロが武美をフォローしながら、エックスを引き連れていく。ならばこっちもサボっていられない。
 銃弾を吐き出しながら、敵サイボーグを素子は引き連れて通路へと再び消えた。


 グレイ・フォックスが人が通った跡を見つけたのは偶然だった。これがここを禁止エリアにした原因だろうか?
 当初抱いていた疑問が浮かぶが、どうでもよかった。人がいるということは、そこが戦場になりえるということだ。
 ただ脅えているだけの相手なら、自分がスネークと再会するための肥やしとなればいい。
 グレイ・フォックスは殺人に悦びを見出す快楽殺人者ではないが、スネークとの再会の障害となるなら話は別だ。
 シグマ同様、ただの邪魔者に過ぎない。抵抗するというなら、潜り抜ける戦場としては程よい。
 スネークとの戦いに備え、自らの腕が鈍らないようにするのもいいだろう。
 なにより、戦いでもなければ、自分の身体を痛みつけなければ、薬物がグレイ・フォックスを消そうとする。
 それだけは、駄目だ。薬物だろうと誰であろうと、自分の意思を抹消して道具と生きるのは耐えられない。
 あくまで自分の意思で、自分の手で傷ついて傷つけて殺しあう。そして痛みこそが自分を実感できる唯一の手段。
 だからこそ、スネークを求める。スネークを生かす。スネークと戦う。
 銃弾が身体を貫き、猫のサイボーグが拳を打ち込む。銃弾程度でどうこうできる肉体ではない。
 猫のサイボーグの拳だけは及第点としておこう。乱入者によって、グレイ・フォックスの相手は女となった。
 銃を使えるということは、ある程度戦えるということだ。まあ、痛みについては期待しない。
 所詮はグレイ・フォックスがスネークと再会するための、シグマを殺すための通過点。
 グレイ・フォックスは言葉もなく刀を構える。言葉など要らない。相手はスネークではないのだから。


 素子は銃弾で撃たれても、委細構わず突進してくる敵に辟易する。痛覚を切ったタイプのサイボーグであろうか?
 銃弾で牽制するも、あっという間に距離がつまる。白い床を蹴って距離をとると、素子がいた地点を虹色の刀が大きく斬り裂いた。
 使い手も化け物なら、得物も化け物だ。シールドを出すことも考えたが、スピードが鈍るだけ。PDAにしまったままにする。
「草薙さん、銃は効果が薄い……」
「どんな構造をしているのかしらね……」
 喋りながらも、銃弾を二発放つ。そのまま腕を固定して、敵サイボーグへと語りかけた。
「止まれ! 武器を捨てて降伏しないのなら……お前を殺す」
 敵サイボーグは変わらず無言。刀のかっ先を向けて構えをとる。
 素子は高速で迫る敵サイボーグをかく乱するため、ウフコックに指示を出す。
「ウフコック、煙幕弾に!」
「あ、ああ!」
 ウフコックのテンポが一瞬遅れたが、問題はない。煙幕を作り出す弾を射出、煙が大部屋に広がり、視界を奪う。
 煙の晴れるまでの時間が勝負。素子は光学迷彩を起動する。クロや武美と一緒では、狙いを彼らに集中されるということで使用を控えていた。
 今別れて、敵サイボーグと一対一なら有効な武器となる。ウフコックに通常弾を装填させて、煙が晴れていく様子を見つめた。
 敵サイボーグはあさっての方向を向いている。敵がクロの元へと戻る、という選択をとる前に、可能な限り姿を隠したまま攻撃を加える。
 素子は冷徹に、『殺す』と宣言通りに頭へと銃口を向けて、引き金を引いた。
 すると、敵サイボーグは上体を反らして銃弾を回避、そのまま素子の下へと距離を詰めて、刀を振るった。
「させるか!」
 ウフコックが卵の殻のように変身【ターン】して素子を庇う。その殻さえも、虹という刀は斬り裂いた。
 二つに分かれた殻からみえる刃が、素子に届いた。光学迷彩が解け、後方へ跳んで距離をとる。
 光学迷彩を見切った敵サイボーグの性能の高さに素子は驚愕した。光学迷彩のある部分を切り裂かれて、次の使用は不可能だ。
 それより、切り裂かれたウフコックは無事か?
「ウフコック……」
「問題ない。俺はそういう風に出来ているから。それに、無事かというのはこちらの台詞だ。草薙さん」
「損傷という意味では、光学迷彩を今後使えないのは痛いわね。今現在戦えるか、という質問なら問題ないと答えるわ」
「……強い人だな。草薙さんは」
「あなたもね。ウフコック」
 二人は互いに笑って、敵サイボーグを睨みつけた。


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105:鬼【イレギュラー】 エックス 116:涙の証明(中編)
96:リアリスト グレイ・フォックス 116:涙の証明(中編)
111:煮え切らない 草薙素子 116:涙の証明(中編)
110:往く先は風に訊け クロ 116:涙の証明(中編)
110:往く先は風に訊け 広川武美 116:涙の証明(中編)





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