戦っちゃいますか?(前編) ◆2Y1mqYSsQ.


「あれ? あの人どこ行ったんだろう? 置いてきぼりくらわせるくらいなら、PDA返して欲しいんだけどなぁ……」
 ぼそり、とメタリックボディのネコ型サイボーグ、ミーは呟いた。
 ため息をつく彼の目の前には瓦解したTV局のビルがあり、二車線道路が長々と続いている。
 瓦礫があちこちに落ちて、地面を陥没させており、ここにて激しい戦闘があったと予測された。
 ちなみに、ドクターケイトの杖は何でも切れる剣が収納される腹部に収めている。
(ミクは無事かなぁ……無事だといいけど……)
 ミーは心配しながら道路を突っ切ろうとした時、大柄の黒いライダースーツを着た、渋みを持つ男、本郷猛が強化された視覚へと入った。
 ようやく知り合いに会えた、とミーが喜びながら駆け寄ろうとすると、本郷が大きく声を張り上げる。
「ミー! そこは禁止エリアだ!! 迂回してから来い!!」
「ええッ!!?」
 ミーは驚き、後方に跳んでドキドキとうるさい心臓部分に手を当てる。
 下手したら爆発していた。ミーは本郷に心から感謝しながら、エリアを迂回するように移動を始める。
 ミーはエリアの反対側の本郷が、ミクの死や今までの経緯をミーに伝えるのを心苦しく思っている様子に気づかなかった。


 本郷はミーが禁止エリアとなったC-7エリアを迂回して行くの確認して安堵する。
 今この場で、これ以上仲間を失うことはない。とはいえ、本郷がいながらも誰一人として救うことはなかった。
 失態だ。無様な己を叱咤しながら、右手に握る希望を持ち上げる。
(茂……)
 電気と素手で戦う、頼もしき後輩は逝ってしまった。
 彼なら正義のために戦ってくれただろう。せめて安らかにいてくれ。友の、兄弟の死に本郷は黙祷した。
「本郷、何者かが近寄ってくる」
「ム……」
 感傷に浸る暇もないらしい。本郷にスタイルのいい女性、ラミアが警戒を含む声をかけてきた。
 ラミアは吹き荒れる風に、長い髪が流されるのを右手で抑えている。
 ここにはエックスの殺戮に心を痛める少女、ソルティがいる。
 もし訪問者が壊し合いをなんとも思わない殺戮者なら、彼女が一番危険だ。
 戦闘力はある程度保有していると、放送までに本人から聞いたが、精神的には戦える状態ではない。
 ソルティは初めての人の死に動揺している。守らねばならない。
 本郷が気配のする方向に視線を向けると、道化の衣装を身に着けた男が現れた。
「ア……アルレッキーノさん……?」
「ソルティ、どうした? エックスは一緒ではないのか?」
 アルレッキーノと呼ばれた道化は、ソルティと知り合いであるのと、フランシーヌが探している人物であるため、本郷は構えを解く。
 ラミアもそれに倣い、アルレッキーノへと本郷とラミアは名乗り出た。


「まったく、瓦礫とか飛び散って移動が面倒な……あ、本郷さーん!」
「来たか、ミー」
「いやー、結構道変わっちゃってさー。って、あんたは!」
 ミーがアルレッキーノに怒りのまま右人差し指を向ける。失礼だとか、あんた呼ばわりとかは置いておき、PDAを奪った本人に対して怒りが収まるはずもない。
 怒るミーに、アルレッキーノが無言で近寄ってきた。
「あんた何ドロボウしてんの!? おかげで僕は禁止エリアを聞きそびれて、危うく爆破されそうに……」
「すまない。壊しあいを行なう殺戮者かどうか確認する時間がなかった。このPDA……そして支給品を返そう」
「え? 案外素直だな……どうも」
 ミーはPDAを受け取り、一旦落ち着いた。画面を見るととられた武器はないようだ。
 なぜか楽器のリュートはなくなっているのだが。
「リュートは譲って欲しい。元々私のものだ。それに……アームパーツとやらはバスターだとかなんだとか言うが、私には性に合わない。
飛び道具はリュートで充分だし、チャージとやらを『緋色の手』で行なうのは無理なようだしな」
「リュートなら別に……って、バスター?」
 ミーは疑問に思いながら、自分のPDAのアームパーツの説明文を確認する。
 すると、アームパーツとやらはエネルギー弾を発射するバスターと呼ばれる武器らしい。
 ミーは乾いた笑いを浮かべた。『アーム』パーツという名前のため、隠し腕かなんかのパーツだと思っていたのだ。
 まさか銃だとは。これなら本郷と長い髪の少女の戦いの時に使えばよかったのに、と後悔する。
「あ、ミクは? フランシーヌさんもいないし……そういえば本郷さん。サブローさんって言う人が探していたよ。
本郷さんみたく変身していたし、知り合い?」
「……ミー、もしかしてそいつは……」
 本郷の真剣な表情に、ミーは沈黙する。嫌な予感が頭をよぎった。
 本郷が、ミーへと今まで起きたことを伝え始めた。


「そうか……私が戻らなかったばかりに、そのような出来事が起きていたとは……」
「いえ、アルレッキーノさんのせいではありません。私が……」
「私たちが迂闊だった……仲間を殺されたとはいえ、事実確認を怠ったのだからな」
 後悔に押しつぶされそうなソルティの言葉を、ラミアが遮る。胸に大きなしこりがあるのはソルティだけではない。
 あ~るによってミクが死んでから、一連の流れで最良の手どころか最悪の選択をしたことに、ラミアは一番責任を感じていた。
 ミクが死に、あ~るに憎しみを向けたため、KOS-MOSとバロットを喪い、エックスという鬼を作り上げてしまった。
 シグマの情報を知り、正義感を持ったエックスを失った。これで妥当シグマの道は険しくなる。
 足を引っ張ってばかりだ。ラミアは大きくため息をついた。
「そういえば、あの自動人形……ミーといったか。彼からここにエレオノール様がいると聞いたのだが?
名簿ではフランシーヌ人形と記載されている」
「エレオノール? フランシーヌのことか? その名簿の人物は、エレオノールとは名乗っていない」
「名乗っていない……そのフランシーヌは人間か?」
「いや、本人曰く、自動人形だそうだ。キサマも構造が似ていると思ったのだが……違うのか?」
 ラミアが尋ねると、アルレッキーノは一瞬だけ硬直し、やがて脱力した。
 一人合点いったのか、頷いてもうこちらを見ていない。
「アルレッキーノさん……?」
「いや、気にするな、ソルティ。納得がいったのだ」
 納得した、と言いつつもアルレッキーノがどこかがっかりしたようにラミアは見えた。
 その理由をラミアが知ることなどないのだが。


(なるほど……エレオノール様ではなく、フランシーヌ様の偽者の方が呼ばれたか)
 アルレッキーノはつれてこられた名簿のフランシーヌは、エレオノールでなく偽者の方だと考えた。
 とはいえ、フランシーヌの偽者に対してアルレッキーノは怒りを向けてはいない。
 彼ら自動人形はフランシーヌに逆らえぬ身。昔ならともかく、今のアルレッキーノはフランシーヌと己を偽ることしか出来なかった偽者に同情的だ。
 彼女もまた、悩み苦しみ偽者として自動人形に旅を続けさせる道を選んだ。
 リョーコとの交流を得たアルレッキーノはそう考える。
(さて……私の目的はエレオノール様の身の安全の確保だが……やることがなくなってしまったな)
 ならば楽師らしくリュートでも弾いていようか。半ば本気でアルレッキーノはリュートの弦を弾いた。
(茶々丸……君とは再会することはなかったか……)
 それは少し寂しいように思えた。彼女はいったい何者に殺されたのか?
 もしもその相手が目の前にいたのなら、仇をとってあげるのもいいかもしれない。
 リュートの音はただ、静かであった。


(エックスさん……)
 ソルティはアルレッキーノが無事なのを喜びながらも、TV局を壊して離れた青年のことを思った。
 長髪の女性を殺したことをエックスは後悔していた。あ~るもまた、彼の誠意を貫いて自分を庇って死んでしまった。
 あ~るを止めていれば、少なくともエックスがバロットを殺すことはなかったのではないだろうか?
 けどそれでは、あ~るの思いを踏み躙ってしまう。あの時ソルティに出来たことはなんだったのだろう?
 答えが出ない。それでも、何も出来なかったソルティをたった一つの言葉が抉る。

『もし君が戦いに加わったのなら……俺はその戦いごと君を殺す』

 あれほど優しかった青年が、己が心を殺す決意を決めたあの言葉。
 悲しい覚悟に、ソルティは何も出来ないことがどうしようもなく悔しかった。


「嘘……でしょ?」
 ミーは最初、ミクが死んだという事実を受け入れたくはなかった。
 あの無垢で殺し合いに加わるどころか、その意味すら理解していないような少女が無残にも命を絶たれたなど信じたくない。
 その下手人はすでに死んでいるという。さらに誤解から生まれた争いと本郷が伝え、ミーは誰を恨めばいいのか怒りの行き場を失った。
 いや、一人だけ明らかな加害者がいる。シグマ、奴がいなければミクが……ここに連れてこられた誰もが死ぬことなどなかった。
 本郷がただ目を伏せている。ミーは歯を食いしばり、彼に視線を向けた。
 ミクのことは置いておき、もう一つ気になることを話すことにする。
 ミーは胸の痛みを、一瞬だけでも忘れたいから。
「ごめん……本郷さん。僕、あの少女を逃がした」
「いや、君が無事で幸いだ。予想以上にここは過酷な環境らしい」
「それに……サブローさ……いや、ハカイダーをここに向かわせる結果になっちゃったね」
「それに関しては判断が難しい。確かに殺し合うと本人は言っているが、フランシーヌを助けたりしている。
彼がいなければフランシーヌを救出できたかどうか怪しかった。それは事実だ」
 ミーは本郷の言葉を受け、出会ったサブローの様子を思いだす。
 真直ぐ本郷を探していた彼が『悪』だとは思えない。フランシーヌを助ける手助けだってしている。
(クロみたいなへそ曲がりかな?)
 ミーから見たサブローは、もう少し大人に見えたのだが。
(……ミクなら、彼とどう話したんだろう……いや、いけない。今はミクのことを気にしている場合じゃない……なのに……)
 しかし、ミーはミク以外のことを考えても気が晴れれない。
 他の事に意識をやろうとしても、ミクの笑顔が、言葉が浮かぶ。
 自分と関わった娘が死んだ。彼女の歌を聴いて欲しいという願いを、もう叶えてやれない。
「……ごめん、本郷さん。ちょっとだけ一人になっていいかな?」
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫。少し……シグマに借りが出来たのを確認したいだけだから」
 その瞬間、本郷の表情が変わった。ミーは己の言葉が、酷く冷たかったことを本郷の表情から知る。
 慌てて口元に手をやって、ミクが埋まっているだろう墓へと向かった。


 方々に伸びる雑草を掻き分け、ところどころ服がこげた女性が通路へと駆け込んだ。
 茶髪を結わえた赤いリボンが揺れ、視線を後方へと向ける。
「武美、後ろを振り返る暇があったら少しでも前に進むんだ!」
「……分かった」
 武美は金色のネズミ、ウフコックの忠告を素直に受け取りながらも、今に後ろから襲われそうな不安に苛まれていた。
 白いヘルメットを被ったサイボーグ。彼の速度は知っている。武美などすぐに追いつかれて、首を切り落とされても不思議ではない。
 エックスのことについては考えないようにする。クロの死が無駄だと思いたくないのだ。
 ウフコックが言うには、まだ死んだと考えるには甘いとのことだ。それほどエックスの戦闘力が凄まじかったということなのだろう。
 武美は悔しげに俯いて、ひたすら走り続ける。いや、一つだけ行ない続けていることがあった。
(お願い……誰かに届いて! あたしたちを……ううん! あたしはどうなっていい……けど、クロちゃんと草薙さんの仇を……!)
 それは、自分や素子のように通信が可能なサイボーグへと救援を呼びかけること。
 藁にも縋る思いだ。届かなくて当然の願いだ。
 それでも祈らずにはいられない。このまま殺戮者の手にかかって全てが無に帰すなど、耐えられるはずがなかったからだ。
 クロや素子、武美やウフコックの命はそんなに軽くない。
 そのことを絶対、あのサイボーグにもエックスにも思い知らせる。
 だから、届いて欲しい。
『……こち……ら……本郷……。なにが……あった……? 襲われて…………のか?』
 武美の通信機能に、返答が帰ってきた。信じられない。
 素子や武美と同じく、通信機能を持つサイボーグがいた。
 ノイズだらけだが、聞こえないこともない。武美は一にも二にもなく、その声の主に縋りついた。


 本郷はミーを見送り、そっとしておく方がいいと判断して離れた。
 KOS-MOSが体内に仕込まれた爆発物と思わしきパーツを観察してみる。
 FRPに似たケースによって中身を守っている。
 センサーの類がないか考えてみる。振動によって爆発する、などはないだろう。
 激しい衝撃を本郷は何度も受けたが、体内の爆発物が起動する様子はない。
 中身はプラスチック爆弾のように、信管によって爆破するタイプだろうか? なら爆発する条件は?
(少し危険だが……)
 周囲から離れているのを本郷は確認する。このケースを外すことで、爆発して周りを巻き込むような真似はしたくない。
 本郷としてはそんな賭けのような行為は避けたかった。しかし、二回目の放送で早くも半分の犠牲者が生まれている。
 もはや一刻の猶予もない。あの修羅の道を進む青年、エックスを救うためにもこの爆発物の除去方の確立は必須だ。
 本郷はケースの隙間に、民家で見つけた包丁の刃を当てる。命など惜しくはない。
 力任せに包丁の柄を下に降ろす。パキ、と軽い音ともに、ケースが外れた。
 四角い物体の中身が剥き出しとなる。爆発は起きないようだ。
 そのことに安堵しながらも、本郷はシグマの目的を疑う。
(シグマ……奴はいったい何が目的だ? 壊し合いを進めたいのなら、こんなにすんなり外装が外れるような真似はさせないはず)
 本郷はシグマに対して疑問を抱き始める。
 もしやシグマは、この壊しあい―― 仮にバトルロワイアルと名づける ――において、別の目的があるのではないか?
 殺し合いを進める、となればこの爆発物を自分の手に渡った時点で爆破させても不思議ではない。
 いったい、何を考えているのか。
(よそう、今考えても答えが出るものではない)
 本郷は頭を振り、爆発物へと視線を向ける。その時、本郷の思考に割り込むように声が聞こえてきた。
『……ロちゃんと草薙さんの……を……。誰……か……』
 回線に割って入る声に、本郷は驚きを示す。テレパシー能力は仮面ライダー同士でしか出来ない。
 いや、改造人間同士特殊な周波数を設定している、と言った方が正しい。敵に悟られないためである。
 この回線へと割り込めるサイボーグがいても、確かにおかしくはないが。
 よほど情報処理能力に長けたタイプなのだろう。本郷は周波数を聞こえてきた電波へとあわせ始めた。
『こちら本郷猛。なにがあった? 襲われているのか?』
 敵の罠かもしれない。その思考を一瞬で切り捨てる。助けを求める声、本郷はそれを無視できる男ではなかった。


 武美は通信が通じたことを感謝して、周波数を絞り始める。広く浅く設定したため、ノイズまで混じってしまった。
 通信が来たことをウフコックに伝えると、彼は黙ったまま頷いた。
 武美は返答を行なう。
『あたしは広川武美……お願いです。助けてください!』
『分かった。すぐに行く。今はどこだ? 通信が行なえるというなら、近くにいると思うが』
 帰ってきた声に武美は安堵する。鮮明に聞こえてくる声に、混じるノイズは僅かだった。
 通信できる距離は一エリアかそこらだろうか。ジャミングされている。ノイズが混じるのもそのせいだ。
 相手の声から渋みを感じる。どこか安堵することが出来たのは、その力強い声のおかげだろうか?
 しかし、武美に考えている時間はない。
『白いフルフェイスのヘルメットを被ったサイボーグと……エックスって人に追われています。今はD-8エリアの端っこにいます。
あたしは……仇が取れません……。だから……だから!』
『了解した。待っていてくれ。通信回線はそのままだ。何かあったらすぐに連絡を頼む』
『はい……』
 武美は前を向く。希望を掴んだ。
 クロと素子の仇が討てる。武美は力いっぱい足を動かした。


 バイクの爆音が轟き、本郷の周りにラミアたちが集まってくる。説明を行なう暇はない。
 それに、エックスが本格的に殺し合いに乗ったという情報は、彼女たちには残酷すぎた。
 たとえ一時的な先延ばしでも、今は黙っておくより他にない。
「どうした? 本郷!」
「助けを求める通信を受信した。迎えに行ってくる」
「通信だと? 待て、本郷!」
「待っている暇はない。近くにいるから、すぐに戻る。ラミア、少しの間だけ頼む!」
 本郷はラミアの制止を振り切って、アクセルを全開にした。
 後部座席に何か重いものが乗る。本郷が振り向くと、アルレッキーノが後ろにいた。
「止めてもいくのだろう? キサマはどこか鳴海に似ている。ソルティ、ラミア。彼には私がつく。
本郷、早くことを済ませよう」
「すまない」
 本郷はアルレッキーノに感謝する。そのままハンドルを正面に向けたとき、ミーが声をかけてきた。
「本郷さん!」
「……ミー」
「止める気はないよ。ただ、ご飯作っておくから、なるべくその人たちを早く連れてきて」
「…………ああ」
 本郷が笑みをミーに向けて、ライドチェイサーで風となって突き進む。
 本郷にもう一つ、武美という女性を助ける理由が出来た。一刻も早くミーの料理を早く食べさてやりたい。
 ミーにいくら感謝しても、したりなかった。


「……いいのか?」
「止めたって聞かないよ。だって本郷さん、正義の味方だもん」
 ミーはラミアに答えながら離れていく本郷たちを見送り、空を仰ぐ。ここはコロニー。偽の青空。偽の雲。
 だけど肌に感じる風をミーは確かに感じていた。本郷という正義の風を。
 彼を止めるわけには行かないだろう。
(さて、本郷さんとの約束だし美味しいご飯を作っておくか。……ミクの墓にも供えなきゃ。
ミクは僕のご飯、食べれるかな……?)
 一瞬浮かんだ疑問を押し込み、こういうのは気持ちだ、とミーは結論をつけて近くの民家へと向かった。
 ラミアとソルティにも手伝って欲しいといって、料理の準備に取り掛かる。
 一度だけ、ミクの墓がある場所へとミーは振り向いた。


「通信取れた……今から迎えに来るって!」
「さすがだ、武美」
 ウフコックはこれで希望が見えた、と安堵する。近づくグレイ・フォックスの臭いは距離があるが、油断は出来ない。
 なにより、武美の消耗が激しい。本人は無自覚の可能性が高いのだが。
 クロと素子を失って興奮状態にある。誰か安心できる者の傍で休憩を取らせなければ、近いうちに倒れるだろう。
 そういう意味で、これから現れる人物が真に味方であることをウフコックは祈った。
 もしも武美や素子のような通信能力を悪用し、相手を騙すような悪党であれば武美を守る手段はない。
 できるだけ手は打つが、バロットと違い武美には抵抗手段がないのだ。
(まったく……俺はこういうときは無力だ。誰か俺を使う者がいない限り、全力を発揮しない……だからいつも誰かを喪う)
 実は武美を消耗している、と評したウフコック自身も度重なる襲撃と喪失に疲労がたまっていた。
 武美もまた、そのことを気を使っている。二人はギリギリの逃走を続けていた。互いに他人の疲労を認識できても、自分の疲労には自覚することが出来ない。
 だからこそ、大気を震わせる排気音に身体を硬直させ、

「先ほど通信を行なった本郷だ。無事か?」

 その野太い声に味方だと判断して安堵する。武美の身体が傾いて、ウフコックは支えようとクッションへと変身【ターン】した。
 ウフコックが変身したクッションは用をなさず、武美の身体は本郷の力強い腕で支えられる。
「すまない、彼女は気が緩んだ……っとと」
 ウフコックが武美に代わって礼を言おうとして変身をとくが、下半身が安定せずよろめく。
 そこでようやく、ウフコックは自分が疲れていることに気づいた。
「どうやら、君も疲労がたまっているようだな。こちらへと移動できるか?」
「気を使わせてすまない。移動には問題はないから、そちらに行かせてもらう」
「ああ、自己紹介は仲間たちのところについてからにしてくれ。ここを離れる」
「そうしてくれると助かる」
 ウフコックは本郷の方へと移動をして、ライドチェイサーの前部に武美がおさまる。
 同時に、道化の姿をした男が後部座席から降りた。
「アルレッキーノ?」
「私が乗っていてはその娘を乗せにくいだろう? 大丈夫だ。バイクの後部を掴みながら移動する。
私たち自動人形ならその程度の曲芸はお手の物だ」
「すまない……俺たちのせいで」
 ウフコックが礼を言うと、アルレッキーノは静かに首を横に振った。
 ライドチェイサーの後部を掴みながら、バイクの発進を促す。
「ソルティは優しい娘だ。本郷……それに、君たちのような見知らぬ者でも、傷つくと彼女は悲しむ。
私は元は感情を理解しない自動人形だったとはいえ、その程度は想像がつく。だから、彼女が悲しい表情をするのは避けたい」
 それだけだ、とアルレッキーノは続けてから黙った。ウフコックは連絡が取れたのが彼らでよかったと、心から思う。
 捨てる神がいれば拾う神もいる。どこの国のことわざかは忘れたが、ウフコックは確かに実感した。
 向かう先に、ウフコックにとって残酷な真実があるとも知らず。


 ミーは半壊したスーパーで必要な材料を集めて、中華鍋に切り刻んだ野菜を放り込んだ。
 強火で肉と野菜を炒めている。炊飯器で急いで炊いても三十分はかかる計算だ。その頃にはチンジャオロースは完成するだろう。
 材料も有り余っている。剛にも食べてもらおうと多めに作り、タッパーも用意した。
(ちょっと生姜足りなかったかな?)
 ミーは不安に思い、ピーマンを一口分口に運んだ。
 口にピーマンに含まれた水分が広がり、苦味と本来の味を殺さない程度の調味料のうまみが口内に行き渡る。
 ミーは満足そう頷いて、チンジャオロースの完成が近いことを確信した。
 たとえバトルロワイアルと称された殺し合いの場においても、ミーは自分の料理の腕を上げることを忘れない。
「あ、ソルティさん。頼んでいたタケノコのみじん切りできた?」
「え? あ……はい」
「……エックスって人が心配?」
 ミーが聞くと、ソルティは戸惑うように顔を向けた。
「はい……。それに、あ~るさんやバロットさん、KOS-MOSさんが死んでいくのを止められませんでした……」
「誤解か……ミクが殺されたことがきっかけというのは、聞いているよ。あ、タケノコちょうだい」
 ソルティから切り刻んだタケノコを受け取り、中華鍋の野菜へと混ぜる。
 ミーは複雑な胸中ながらも、誰も恨めない理不尽な不幸があることを知っているため、比較的早く整理がついた。
 その結果が人の死というのは、重すぎるのだが。
「エックスって人……止めたい?」
「もちろんです!」
 即答してくるソルティにミーは苦笑する。当然だろう。なにを当たり前のことを聞いたのだろうかと、ミーは自分に呆れた。
「なら頑張ろうか。一緒に」
「え……?」
「本郷さんなら、必ずエックスさんを連れ戻すことにすると思うよ。僕はまた、それに付き合おうと思う。
だから、その時一緒に力になってあげよう」
「…………はい!」
 ソルティは数秒の間ミーの顔を見つめてから、満面の笑顔で頷いた。
 その邪気のない顔に、ミーはミクを思い出した。


(ミーなら彼女の力になってくれる……)
 ラミアは見張りを買って出て、周囲を警戒している。
 ここは殺し合いの舞台。一人くらいは襲撃を想定しておいた方がいいのだろう。
 それに、ラミアはエックスを修羅へと突き落としたことを後悔していた。
 そのためソルティの力になってやりたくとも、下手に手を出せずにいたのだ。
(ただ戦っていよければいい、というのなら楽だったのだがな)
 だが、戦うだけでは解決できないことが世の中には多い。ラミアは充分身をもって知っている。
 生き残るために、多くの者の安全を確保するためにラミアは戦わなければならない。
 その時々で的確な判断を下さねばならないのだが、エックスのときは失敗してしまった。
 これからはあのような真似は許されはしない。
(バロット、KOS-MOS。すまない……私が死なせたようなものだ。だから……戦おう。隊長がここにいれば、そうしたように)
 ラミアは改めてシグマへの反逆を誓う。
 そして、予想よりも早く聞き覚えのあるバイクの走行音が耳に入ってきた。
 本郷が戻ってきたようだ。早めに合流が出来たらしい。
 そのことを伝えに、ラミアは厨房へと戻っていった。


 気絶している武美をベッドに寝かせて、本郷はウフコックにも休むよう忠告する。
 そのことをウフコック自身が首を横に振って、現状の説明をすると告げた。
 本郷はため息を吐き、ここにいるメンバーを集めてもらうようラミアに頼む。
 十分ほどでベッドに眠る武美を除き、六人はそろった。
「助けてもらって感謝する。寝ている娘は広川武美、俺はウフコック・ペンティーノ、委任事件担当捜査官だ。
詳しい説明を省くが……俺たちは同行者を殺されて逃げている途中だ」
「同行者を……か」
「ああ。ところで……」
 ウフコックが視線をさまよわせ、ミーへと向けた。自分を見つめられ、ミーは戸惑う。
「え? 僕が何か?」
「それは…………」
 ウフコックが言いよどむ。同時に、ウフコックの背面のドアが開いた。
 そこには武美が立っていた。
「ひょっとして君……クロちゃんが言っていたミー君?」
「武美!」
 ベッドで寝ていたはずの武美が、両手を壁につけて弱った身体を支えている。
 追い詰められたような目つきだが、ミーを見る目はどこか安心の色があった。
「うん、確かに僕がミーだけど……クロの知り合い? ……もしかして殺された同行者って……いやまさか。あいつがそんな簡単に死ぬわけが……」
「その、まさかだ……」
 ウフコックの悲痛な声は、真実であることを証明するには充分であった。
 本郷はミーにかける言葉が見つからず、静かに目を瞑る。運命は彼にとって、どこまでも過酷のようだった。


 クロが死んだと知らされて、ミーは一瞬呆けてしまった。
 死んだと信じたくない気持ちと、まさかという感情がない交ぜになり、行き場を失って胸で暴れる。
 クロとの思い出がミーに駆け巡った。
 デパートでの一騎討ち。ビルを崩され瓦礫の下に剛と共に埋もれたこと。初恋の時に力になってくれた……いや、からかわれたことを。
 剛をそそのかすクロ。ハイウェイで勝ったと思ったときに尻尾ミサイルで自爆覚悟の攻撃を受けたこと。宇宙人との鬼ごっこ。
 剛をダミープレート代わりにして遺跡探検をしたこと。空母に乗り込んだこと。マタタビとの戦いに巻き込まれたこと。
(って、感傷に浸ろうにも碌な思い出がない――ッ!!)
 内心ツッコミながらも、あの騒がしい日々がもうこないとなると、今までの日常が物足りなくなる。
 ちょっとミーは落ち込みながら、どこか胸にぽっかり穴が開いた気分になった。
(それに……あのじーさんばーさんをどうするんだよ……クロ。オスネコの誇りだろうが。
……絶対俺は面倒なんて見ないからな。……本当に見ないぞ? 剛(ゴー)くんだけで精一杯なんだからな)
 久しぶりに一人称が俺となりながら、くそ、と内心吐き捨てて、ミーはウフコックと武美に視線を移動する。
 武美はラミアによって椅子に座らされた。疲労が濃いのだ。当然だろう。
 思わずミーは武美を心配して声をかける。
「……ねぇ、大丈夫?」
「うん……だけど黙って入られない……。あたしは許せない……。クロちゃんと草薙さんを殺した…………」
 武美の表情に怒りが満ちる。ミーもその言葉を聞き逃さないように、神経を研ぎ澄ました。
 本郷やラミアも口を閉ざし、武美の発言を待つ。

「エックスとあのサイボーグだけは、絶対に許さない!!」

 クロを殺した人物の名に、ミーだけでなくその場にいる全員が目を見張る。
 本郷だけ微動だにしなかったのは、話を聞いていたのだろうか?
 負の連鎖が永遠に続く錯覚に、ミーはとらわれてしまった。


「エックスさんが……?」
「あたしたちが襲われている時に、いきなり『イレギュラー』だとか分けのわからないことを言って攻撃を仕掛けてきたの!
あいつは悪魔……ううん、鬼よ! クロちゃんは……あたしを庇って……」
 戸惑いを見せるソルティに武美は気づかず、一気に感情を吐露する。
 武美の怒りに満ちた声が民家に響く。ソルティは顔を青くして、思わず立ち上がった。
「ソルティ、落ち着くんだ。彼の所に行く前に、情報を確認する必要がある」
「で、ですけど!」
「ソルティ、なんでエックスさんがクロを殺すことになった聞こうよ。そうでなくちゃ、ミクが死んだ時の二の舞になると思うよ」
 ミーの冷静な声にソルティはハッとする。一番辛いはずのミーが耐えて自制しているのだ。
 自分だけわがままを言うわけにはいかない。唇を噛み締め、ソルティは席に座りなおした。
「どういう……こと……?」
「広川さん、ウフコック。詳しいことを話そう」
 本郷の声に、疑惑の視線を向けるウフコックと武美が振り向いた。
 浮き立つソルティの前でここで起きたことを、本郷が彼らに話し始めた。


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105:鬼【イレギュラー】(後編) ソルティ 125:戦っちゃいますか?(後編)
105:鬼【イレギュラー】(後編) 本郷猛 125:戦っちゃいますか?(後編)
105:鬼【イレギュラー】(後編) ラミア 125:戦っちゃいますか?(後編)
105:言いたいことも言えないこんな世の中じゃ アルレッキーノ 125:戦っちゃいますか?(後編)
105:言いたいことも言えないこんな世の中じゃ ミー 125:戦っちゃいますか?(後編)
116:涙の証明(後編) 広川武美 125:戦っちゃいますか?(後編)





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