真っ黒焦げの凶暴な卵(1) ◆2Y1mqYSsQ.



 大きな工場施設にて、ポッドの前の大きなベンチに座る少年、ドラスは一時間ほど前にPDAから聞いた放送について思考をめぐらせていた。
 放送は主催者から提供される、唯一の情報である。シグマに迫る道筋への手がかりを乗せるほど愚かではないだろうが、禁止エリア、死亡者の名はドラスたちにとっても重要なものだ。
 表情が沈んでいる十歳前後の、少女に見える少年は放送の名前にスバルが乗っていないことに安堵していた。
 少し前なら、死んでいれば自分の犯した罪を知られず都合がいい、などと考えていただろう。
 今自分自身がそう考えないことに疑問を持ちながらも、ドラスは放送の内容を頭に入れていった。
 禁止エリアはこれで、全コロニーに一つはあることになる。しかし、どうにも解せない。
 禁止エリアには追い立てられる感が少ないのだ。どういった基準で、シグマは選んでいるのか。
(それにしても……仮面ライダーストロンガー、城茂さんの名前があった……? ナタクは殺していない、って言っていたのに。どうして?)
 そのことを知りたいが、真実を知っているナタクはポッドの中だ。眉を寄せ、渋面を作るドラスに足音が聞こえてきた。
 チンクたちだとは思うが、それにしては足音が一人分しかしないのに不思議に思う。
 ドラスの視界に、銀髪長髪の身長が低い少女が入った。チンク、ドラスの姉となってくれた人。
 どこか不機嫌そうなチンクに、ドラスは疑問をぶつける。
「あ、チンクお姉ちゃん。あれ? 風見お兄ちゃんは?」
「ああっ!?」
「こ、怖いよ、チンクお姉ちゃん。風見お兄ちゃんと何かあったの?」
「あんな自分勝手な奴、知るか。それよりドラス、どう思う」
 チンクの言葉に苛立ちを感じ、風見の話題は禁句だとドラスは学習した。そして、どう思う、の意味はナタクに向ける視線から考えるに、城茂の件だろう。
 ドラスは首を傾げ、分からないとジェスチャーをとった。
「直接本人に聞くしかないな。もしも殺したのがこいつだとすれば、とんだ役者だ」
「でも……その可能性は低いと思うよ」
「ほう、ドラス。それは……」
 チンクが言葉を飲み込み、視線をドラスから外した。ドラスもまた、気配を感じて振り向く。
 そこには、リボンを片手の掲げるサングラスの男がいた。


 幾多の戦いで汚れた背広のまま、灰原は修理工場へとたどり着いた。
 警戒を行いながら進みはするが、あまり殺気を放ちすぎると合流予定のチンク、ドラス、風見に不審を抱かせてしまう。
 いつでも味方であることを示せれるように、リボンは呼び出しておいた。
 周囲を見回すと、灰原が足を踏み入れてきた工場と内部の構造は大差ない。
 わざと似た作りにしているのだろうか? まあ、構いはしない。
 さらに先に進んでいくと、整然とされた通路へとでた。人が五人ほど並べれる通路を進むと、広い部屋が見つかる。
 様子を観察すると、凱とゼロから聞いたチンクとドラスの容姿と一致した人物を発見した。
 接触をするため、さらに一歩踏み出す。
「キサマ、何者だ?」
「名は灰原、CCRという組織の隊長についている。凱、ゼロとの接触済み、このリボンが証拠だ」
 チンクの厳しい声にも灰原は冷静に対処する。仲間であることを示し、信頼を築く。
 会話の基本を実践し、二人に信頼される機会を作る。灰原は行動へと移った。
「俺はシグマへの反抗を誓い、彼らと協力関係にある。君たちとの接触に及んだのも、シグマに反抗するためだ」
「へえ……とりあえず歓迎するよ。灰原おじさん」
「歓迎を感謝する」
 歓迎するとは言っているも、ドラスの視線は厳しい。子供の心理を読む機会がなかった灰原としては、対応に多少のタイムラグができる。
 ドラスの不審を感じ取ったのか、チンクもまた灰原に対して警戒を示す。どうやら、女子供ではゼロや凱とは勝手が違うらしい。
 とりあえず、現状の確認を始めた。


 灰原はゼロや凱たちから情報を得て、ナタクを警戒していると二人に告げる。
 チンクはともかく、ドラスはその瞬間僅かに眉をしかめた。ナタクにある程度感情移入をしているようである。
 風見のことを聞こうと思ったが、名前を出した時点でチンクが不機嫌になった。
 これ以上の追求をやめると、チンクは支給品を見せて欲しいと提案してくる。
 おのれの武器が欲しいらしい。特に不利益になることはないので、灰原はPDAから支給品を取り出した。
「スティンガー、シェルコートはないか……」
「すまないな。そちらの支給品も確認させて欲しいが、構わないか?」
「ふ……ん? 存分に見るといい」
 重金属チューブの刀があれば幸いだ。灰原は手持ちの刀の軽さに慣れつつあるが、重金属チューブの刀の重さが恋しくなっていた。
 あれならカマイタチの威力もかなり上がる。痩せた木どころか、電柱すらも真っ二つに砕けるだろう。
 高性能探知機とやらが、ナタクの持ち物から見つかった。ドラスがナタクのPDAを預かっているらしい。
 とはいえ、高性能探知機はバッテリーが切れて使い物にならない。ナタクが常に電源を入れてそのままでいため、バッテリーが空になったのだ。
 充電しようにも、充電用端子が見当たらない。高性能探知機を活用するのを灰原は諦めた。
 ツバサ、という名刀もある。灰原としては仕込み杖の刃も負けないくらい頑強なため、必要性を感じなかった。
 刃こぼれするような下手な斬り方はしない。刀など一つあれば問題ないため、コレクターでない灰原は興味を示さない。
 すべてのPDAにめぼしい武器はない。銃も弾が尽きて使いようがなかった。
「む……」
 灰原は並べられた支給品の一つに反応する。普段ならくだらない、と一笑しただろうが、今回は『彼』を思い出すその道具を手に取った。
 グローブが二セット。チンクがもつ支給品の最後のひとつ。なぜ二つセットで支給されたかは知らないが、確かに野球のグローブであった。
 チンクがそれに反応を示したのを、意外そうに灰原を見た。灰原自身も、自分の反応を意外に思った。
(奴のような参加者を戦力として欲しい、と思っているせいか)
 確かにこの場に『彼』がいてくれれば、最高の戦力となりえた。
 ないものねだりをしてもしょうがない。灰原はグローブを戻そうとして、
「灰原おじさん、キャッチボールできるの?」
 興味を示したドラスに視線を送った。


 ドラスは培養液にコアだけでいた頃、宏や望月博士と様々な会話をした。
 その中で宏が望月博士との思い出をドラスに聞かせ、そのときは自分も父親とそうしたい、と純粋に願った。
 オルゴールの話も、音楽の話も、すべて宏から教わった。培養液の小さな世界にいるドラスにとっては、それが全てだ。
 ドラスが宏に対して憎悪を向けたのも、父の愛を一身に受けているという嫉妬からである。
 宏と望月博士の親子としての思い出に、羨望していた。音楽やオルゴールもそのためのもの。
 だからこそ、親子の交流の象徴とも言うべきキャッチボールの存在にドラスは興味を示した。


 ドラスの反応に灰原はちょうどいい、と考えた。
 いまいちドラスとチンクからは信頼を受けていない。ならばここで自分が味方である、とアピールをしておく必要がある。
 そういえば、部下が野球は子供に人気のあるスポーツだといっていたことを思い出した。
 ならばドラスが反応するのも理解できる。好都合だと考えながら、グローブを左手にはめて五光石をドラスに渡した。
 ちなみに、宝貝としての機能は使わない気である。むしろ役立つかどうか怪しい。
「ならば、キャッチボールをするか?」
「……いいの?」
「かまわん」
 灰原はドラスと距離をとって構えた。突然のことでチンクは呆気にとられている。
 どこか嬉しそうに、ドラスが五光石を投げてくる。狙いは正確で、灰原のグローブへと収まった。
 灰原はサングラスを取り、胸ポケットにかける。ドラスのグローブへと正確に五光石を投げるが、僅かにずれた。
 子供でも取れるように速度を調整しているが、狙いをつけるのに慣れるのにあと五回は投げる必要がある。
「ふむ……あいつのようには行かないものだな」
「あいつ?」
「俺の知り合いにプロ野球選手がいる。一回あいつにもキャッチボールに誘われたが……受けていればもう少し手加減を覚えただろうな」
「へー、プロ野球選手に知り合いがいるんだ」
 五光石がグローブに収まる音が工場内に響いた。これは結構いい情報交換となると灰原は認識する。
 ドラスもキャッチボールのせいか、口が軽くなっているからだ。それにしても、単調なボールの投げあいだがなかなか奥が深い。
 角度、力の入れ具合、身体の向き、少し狂えばボールも狂う。コントロールにはコツがいるだろう。
 灰原もとっくにコツを掴んだとはいえ、元部下のあいつはよく、これ以上の技量を必要とするプロ野球界でやっていけたものだ。
「元部下としては、優秀な奴だった。テストでは落ちこぼれだったがな」
「落ちこぼれ?」
「感情的になりやすい。そして甘い。人間として過ごすなら問題はないのだが、CCRの隊員としては問題だった。
だがまあ……奴が最後の任務に赴いたとき、俺は感情の爆発力を始めて知ることになったが」
 灰原の口調は変わらず、淡々としている。嘘は吐いていないし、彼女たちにはCCRはサイボーグを保護し、人間に戻す組織だと伝えていた。
 ただ、元部下の最後の任務の敵が、自分だと言っていないだけだ。尋ねられてもいない。
「感情…………か」
「どうした?」
「僕は……パパには感情なんてあるから、人間は間違うんだって教えられていた」
「一面では間違っていない。俺たちのような仕事につく人間ならば、まずは感情を徹底的に制御できるよう訓練から受ける」
「でも灰原おじさん。僕は……気づいたんだ。メカ沢お兄ちゃんも、ノーヴェお姉ちゃんも、ロボも感情を爆発させて、強い敵に立ち向かった。
だから僕は生きている……そして、お兄ちゃんたちは感情を爆発させれたから、僕より強くなれたんだって……」
 ドラスの言葉を受けて、灰原は沈黙する。灰原に感情はない。いや、あえて廃止しているといった方が正しい。
 灰原が大神グループに対する忠誠心は異常とも言えるほど高い。
 プロ意識を高め、忠誠心を高め、大神グループに全てを捧げる最強の兵士。
 それこそが、灰原の存在意義だ。ただ一人、そのことを真正面から否定した男が、灰原のその姿をモノだと評した。
「ドラス、俺の部下が最後の任務で対峙した敵にいった台詞がある」
「え?」
「敵が狩っていたアンドロイドがアンドロイド同盟でなく、サイボーグ同盟と名乗っているのが『自分たちは作り物でない人間だという無駄な感傷だ』と否定した時、部下はそいつは人間でなくモノであると。
当時は俺も理解ができなかった。だが今なら分かる。人は感情があるからこそ、その爆発力を増すことができる。
ならばその感情を失うようなことは避けておけ。お前を生かした者の与えたものなのだろう」
「…………うん」
 ドラスが頷きながら、五光石を返してきた。狙いが逸れて、腕を伸ばして捕る。
 ドラスが謝るが、構わないと答えてキャッチボールを再開した。これで、ドラスは自分に信頼を寄せたはずだ。
 灰原はモノだ。自分に向けられた侮辱の言葉でも、相手の信頼を勝ち得ると知れば使う。
 シグマという大神グループの障害を取り除くためなら、手段など選ばない。
 ドラスは感情を獲得した、強い駒。それが灰原の認識だ。
「灰原のおじさん。もっと強く投げていい?」
 灰原は無言で頷いた。ただの駒。果たして、それでいいのだろうか。
(……? おかしなことだ。ドラスはゼロたちの情報から戦闘力があると聞いた。だからこそ、純粋に駒と見るべきだ)
 一瞬、自分に湧き上がった疑問に灰原は驚く。
 無心になるため、灰原は少しだけ強く五光石を投げ返した。


 何度かキャッチボールを続け、城茂の件に関してはドラスたちも分からない、ということだった。
 やはり本人に聞くしかないようだ。
 灰原はドラスと会話を続けながら、ナタクの覚醒を待った。


 サイクロンの爆音を耳にしながら、ボイルドはただ道を走り続ける。
 青灰色の瞳をただ前に向けて、同類【モンスター】を求め続ける姿。一匹の猟犬。
 のっぺりとした顔には表情が刻まれてはいない。ただその胸に炎を燃やし続けた。
 全てを虚無へと塗りつぶす化け物である自分。
 その自分を潰せる同類、バロットに風見。
 キサマたちに潰されるか。自分が虚無へと塗り潰すか。
 好奇心【キュリオス】。ボイルドの破滅願望が加速する。
 滅びるのはどちらか。右腕の重力制御装置を起動。修理工場の壁を貫く弾丸をハカイダーショットに装填した。
 引き金を引き、戦いの始まりを告げる。

 ―― おお、炸裂よ!【エクスプロード】

 爆心地への到達へと、ボイルドは自ら望んだ。


 回復ポッドから修理完了の証がでて、ポッド内の再生液が引いていく。
 扉が開いて、中から逆立った髪の青年、宝貝人間のナタクが降りてきた。
 数歩下りてナタクは周囲を見渡す。自分との同類、ドラスを探しているのだ。
「ム?」
「あ、ナタク。おはよう」
「……そいつは何者だ? 強い匂いがする」
「灰原さんって言うんだ。それより……ナタクに聞きたいことがある」
「なんだ? 言ってみろ」
 ドラスが多少怒りを混ぜた視線を向けたのが、ナタクには不思議だった。
 何か彼を怒らせるような真似をしただろうか。
「放送に城茂って名前があったんだ。どういうこと?」
「なん……だと……?」
 ナタクの無表情の顔が珍しく大きく崩れた。城茂はナタクが敵対した中で特に強かった男だ。
 だからこそ、決着を引き伸ばしてこの修理工場へと向かった。
 なのに、その城茂は死んだというのだ。信じられない。
「ドラス、その放送は本当か?」
「ほ、本当だよ。しっかりと城茂って名前が呼ばれたんだから……」
「ナタク、ドラスを威嚇するのをやめろ」
 チンクがナタクへと注意する。ナタクの怒気にドラスが怯んだようだ。
 他のものならそのままにしておくが、相手はドラスだ。脅えさせるのは本意ではない。
「……ム。すまない、ドラス」
「いいよ……それで、どうなの?」
「正直に言うと……俺にはよく分からない。あの時城茂と組んでいたT-800が殺した可能性があるが……腑に落ちん。
くそ! もう一度あそこへと向かう! いくぞ、ドラス」
「こら! 勝手にドラスを連れて行くな!」
 チンクが怒るが、ナタクは意に介さない。遠慮なくドラスの右手を握り、連れて行こうとする。
 そこに、背広の男が立ち塞がった。
「どけ」
「いや、ドラスはシグマに対抗する貴重な戦力だ。キサマが城茂なる人物を殺していない、と確信できない以上二人っきりにさせるわけにはいかない」
「ほう、なら吹飛ぶか?」
 ナタクがM.W.S.を変形させ、ボムの射出口を灰原へと向けた。灰原も、匕首を切ってナタクの殺気を受け止める。
 手強い相手との戦いの予感に、ナタクの口角が僅かに吊り上った。

「もー! 二人ともやめてよ! 今はそういうことをしている暇はないでしょう!!」

 ドラスが声を張り上げて、間に立った。ナタクは名残惜しそうに灰原へ向けたM.W.S.を降ろす。
 同時に、灰原も刀を杖へと戻す。一先ず休戦だ。ナタクは灰原との戦いを諦めたわけではなかったが。
「フン、ドラスはお前なんかといっしょに行くものか。私といるのだ。なあ、ドラス」
 チンクが勝ち誇ったようにナタクを挑発してくる。ムカ、としてナタクは一発拳を叩き込もうか真剣に悩んだ。
 その瞬間、ナタクは殺気を感じて横へと跳ぶ。チンク、灰原が反応したのもほぼ同時。
 轟音を立てながら、壁が一発の高周波弾によって崩れた。一人の巨漢が、バイクという乗り物にまたがって現れる。
「ボ、ボイルド……」
「そのバイクは……まさか! カザミがそんな簡単に……」
 うろたえるチンクの声が、ナタクには煩わしい。それに風見志郎が簡単に負けるとは思っていない。
 隙を見せている暇はなかった。目の前の男は強者の匂いがとても強いから。
 ナタクは獰猛な笑みと共に、マシンガンアームとM.W.S.を向けた。


「ナタク、ここで回復ポッドを壊すのは惜しい。外に誘導しろ」
「俺に指図するな。だが……チッ」
 灰原の指示に、ナタクが舌打ちをしながら従う。灰原の提案がもっともだからだ。
 ボムと銃弾を吐き出しながら、出口へと向かった。灰原も腕に装着したガトリングから援護射撃をしてくる。
 直進するボイルドに、こちらの攻撃が直撃した様子が見て取れない。
「ボイルドの周囲には重力が発生して攻撃が逸れるんだ! ナタク、灰原のおじさん、気をつけて!」
 ドラスも援護として、魔法弾を撃っている。マリキュレーザーだと威力が強すぎて、再生ポッドごと吹き飛ばしかねないからだ。
 チンクはスプーンを持って、攻撃のタイミングを計っていた。彼女の能力なら当然だろう。
 ボイルドは委細構わず、サイクロンの突進力に任せて突撃してきた。
「クッ! ISッ!!」
 チンクがスプーンを地面に向けて投げ、ボイルドの周囲に爆発が起こる。
 狙いをナタクは瞬時に察して、ボムの最後の一発をチンクの狙いにあわせた。
 爆発と共に、リノリウムの床が爆ぜて土砂と破片を振りまく。
 それでも、ボイルドの行動を鈍らせる結果へとは繋がらなかった。
 一瞬にして、ボイルドとナタクたちの距離は零となる。そこに、灰原が一番に刀を振り下ろした。
 ナタクもマシンガンアームを変形させ、パワーアームと変えて拳打を放つ。M.W.S.をナックルモードにして、帯電させた。
 パワーアームは囮だ。ナタクは雄たけびながら、パワーアームを灰原にあわせて振るった。
 ボイルドが展開する重力の流れに、パワーアームが流される。灰原の剣戟もまた、あらぬ方向へと向けられた。
 しかし、M.W.S.を叩きつけようとしたナタクは舌打ちする。灰原があらぬ方向へと向けられる刀を、重力の向きに逆らわず、ボイルドの視界を塞いだからだ。
 一瞬だけの隙だ。だが、ナタクが一撃叩き込むには充分。
(余計な真似を!)
 ナタクはイライラしながら、重力の流れを計算してM.W.S.の電撃をボイルドに打ち込まんと振るう。
 重力の流れは完全に掴んだ。通常重力は下に落ちる。それを右や左、果ては上にまで作用するボイルドの重力制御。
 ならば、重力のベクトルへ沿って拳を放つ。しかし、ナタクはその計算が役に立たないことを知った。
(途中で……重力の流れが変わった! こいつ、瞬時に判断したのか)
 ナタクの拳がボイルドへと届くことはなく、身体ごと吹き飛ばされる。
 視界に入るのは、左手のデザートイーグルを灰原へ、右手の銀色のリボルバーをナタクへ向ける姿。
 虚無の青灰色の瞳が、ナタクを絶望へと誘おうとする。
「IS発動!!」
 チンクの宣言と共に、ナタクの身体が後方へと引っ張られた。灰原も同じようだ。
 ドラスの手をナタクが背中に感じたとき、ボイルドの周囲が爆煙で包まれた。


「間に合った……」
 ドラスは間一髪だったことを、ボイルドが放った銃弾の行方を見て確信した。
 二人が無事なのに安心する。ドラスは、二人が攻撃を失敗したと見て念動力を使い回収したのだ。
「ドラス、感謝する」
 どうドラスが行動したのかは灰原は知らないのだろうが、礼を言ってきた。自分の態度を見て、助けたのがドラスだと灰原は判断したのだろう。
 ドラスはボイルドをどうにかしてから、とだけ告げて魔法陣を形成する。放たれた銃弾を防いだが、不完全なドラスの防御魔法ではたいして持ちはしない。
 おまけに、ボイルドのもつデザートイーグルの銃弾は魔法処理がされていた。容易く魔法の壁は壊れる。
「チィ……!」
「……現状では戦力が足りない。凱、ゼロの合流を試みよう」
「勝手に動け。俺が奴を倒す」
 ナタクは灰原の提案を無視して、M.W.S.からビームを放ち、マシンガンアームから弾を吐き出し続けた。
 エネルギーが尽きるまで行なうらしい。ビームは曲げれないのか、ボイルドが重力を操作して避け続けている。
 今のうちに逃げる方がよさそうだ。チンクと灰原はナタクを置いて逃げる道をとる。
 だが、ドラスは納得しない。
「ナタクの馬鹿! 僕を育てるんだろ!? ここで諦めるの!?」
「なにっ!」
「ナタクがいくら強くても、今の状態じゃボイルドは倒せない!」
「ドラス、いくらお前が相手でも怒るぞ?」
「けど、事実だよ。ナタク、僕は君に死んで欲しくない」
 ナタクは一瞬だけ、視線をドラスへと移して呆けた。ドラスの瞳は、あくまでも真摯だった。
 ナタクは名残惜しげにボイルドを見ながら、舌打ちをして哮天犬を巨大化する。
「乗れ、奴を引き付けながら移動するぞ」
「うん!」
 ドラスの満面の笑顔を見て、ナタクはまあ、いいかと呟いた。


 巨大な犬へと乗るナタクたちを逃がすかと、ボイルドはサイクロンのエンジンを轟かせる。
 暗い瞳に宿る感情は虚無への執着。終わりへの道筋。立ち向かってきた彼らは充分ボイルドを虚無へと返せれる可能性を持ったモンスター。
 されど、まだボイルドを倒すほどの感情の爆発も、力も感じられない。
 関係ない。ただ腕の中のモンスターを爆発させ続ける。ハカイダーショット。虚無への鍵。
 ボイルドは淡々と、それでいて激しく獲物へと迫る。
(さあ、来い。風見志郎。キサマの仲間を俺が殺す前に、俺を止めて見せろ)
 ボイルドの執着の行方は誰も知らない。


 ギンガは目の前のゼロと凱を障害と定め、リボルバーギムレットをドリル状にして伸ばした。
 凱はどうにか横にステップして紙一重で避ける。ギンガは冷静に次の手をとった。
 蹴りが凱の人工頭髪を数本千切り、さらに踏み込もうと足に力を入れる。
 しかし、ギンガは横から介入してくる赤い影にすぐさま後方へと飛んだ。
「逃がすか!」
 金髪を後ろに流す男、ゼロはセイバーを鞭のように伸ばして追撃をしてくる。
 ギンガはPDAの説明にあったフットパーツの機能をONにした。
「それは!」
 ゼロが何か言っているが、関係ない。ギンガはフットパーツによってホバーで移動して、安全となった地面へと着地した。
 本来ならエックスの四度目のフットーパーツとなったそれを駆使して、ギンガは彼らを攻め立てる。
 凱はどこか戸惑っており、ゼロは怪我で満身創痍だ。
 いける。そう判断したギンガの視界に、イレギュラーが映った。白い巨大な犬が迫ってくる。
「凱兄ちゃーん」
 子供の声が聞こえるということは、あれは援軍だと見るのが正解だろう。
 ギンガは悔しげに、その場を去った。
「撤退していく……?」
「凱、上を見ろ。ナタクたちが来たようだ」
「いったい、彼女はなぜ……」
「それよりも、俺たちはドラスに聞くことがある。違うか?」
 ゼロの言葉は事実を示していた。凱は乗り気ではないのだが、頷く。
 スバルの様子は異常だ。確認は必要である。ゼロは厳しげに宙の哮天犬を見つめた。


「今逃げた人……もしかして」
「ギンガだな。どういうことだ? 凱とゼロと交戦しているだと……?」
 チンクの疑問に、ドラスもそろって不可解だと動きで示す。
「む、あの女……」
「どうしたの? ナタク」
「乾坤圏を使っている……あれは俺のだ」
 ナタクの子供っぽい主張にドラスは呆れる。ナタクはさっさと哮天犬をゼロと凱の傍へと降ろした。ドラスは凱たちと合流する。
「凱お兄ちゃん、あの人は?」
「ああ、チンクさんが言っていたギンガさんだと思う。……ドラス、一つ確認したいことがあるんだが、いいか?」
「なに?」
 ドラスは凱の真剣な表情に押されながら、次の言葉を待つ。
 しかし、時間がないため灰原が割って入った。
「ボイルドという強敵が迫っている。手短に頼む」
「分かっている、灰原さん。ドラス……俺たちはスバルさんに接触したんだ」
「……ッ!?」
 ドラスの顔色が一気に変わる。凱はゆっくりと、核心だけを告げる。
「彼女の様子は尋常じゃなかった。それに君に対しての憎悪が深かった……。ドラス、何か隠し事をしているなら、話してくれないか? 俺が力になるから」
 凱の言葉にドラスは沈黙する。永遠にも一瞬にも思える重苦しい空気の中、ナタクがドラスを除く全員へとマシンガンアームを向けた。
 凱どころか、ドラスまで驚愕の表情でナタクを見る。
「悪いが、そのことは話させるわけにはいかない」
「……!? 知っているのか、ナタク!」
「ああ。だが、これはドラスの戦いだ。キサマらに関わる資格はない」
「なにを言っている! 私は姉だ!」
「それを決めるのはドラスだ。ドラスがあくまで自分の手で片をつけるというのなら……俺はその手伝いをするだけだ」
 ナタクの決意は固い。ゆえにゼロと灰原がナタクを倒すために構えている。
 ドラスは大きくため息を吐いて、ナタクのマシンガンアームを降ろさせた。
「話すよ……ナタク。黙っていたかったけど……チンクお姉ちゃんたちに迷惑がかかるなら別だよ」
「そうか。……いいのか?」
 ドラスはうん、と頷いた。声が震えている。心臓にあたる部分もバクバクとうるさい。
 彼らに軽蔑されるかもしれない。家族であることを否定されるかもしれない。
 その恐怖より、ボイルドに彼らを蹂躙される方が嫌だった。
「僕がまだ話していないこと……それは……」
 要点だけ踏まえ、ドラスは彼らにスバルに行なった悪行を告白していく。
 見放されるのではないか、と脅えながら。


「そうか……」
「これで全部……黙っていたのは怖かったから……」
 何の言い訳にもならないけど、と内心で呟きながら、ドラスは脅えていた。
 死刑執行の宣言を待つ囚人のように俯き、次の言葉を待つ。そのドラスの頭に、温かいぬくもりの手が置かれた。
「よく分かった。ドラス君、辛いことを言わせてしまったな」
「え……でも…………」
「この程度で、私といた時間がなくなると思ったか。馬鹿め。ドラス、絶対離さんぞ」
 チンクの言葉と凱の温かい言葉が、ドラスには信じられなかった。
 絶対に軽蔑されると思ったからだ。
「だって、僕はスバルお姉ちゃんを騙して、腕を…………」
「だけど、今は彼女を救いたいんだろ? 君が勇気を持つ限り、俺は君の味方だ」
 凱がにっこりと、爽やかな笑顔をドラスへと向けた。あまりにも眩しくて、ドラスは目を細める。
 涙がいつの間にか、頬を流れ落ちていた。
 一同がまとまったのを見て、ゼロが動く。
「さて、俺たちの次の行動だが……」
「その前にドラス、一つ聞かせろ」
「灰原のおじさん……?」
 灰原が一歩でて、ドラスへと質問する。無機質な声からはなにを考えているかは分からない。
 灰原はサングラスを取り、胸ポケットへと収める。
「君は守られるだけの弟か、戦士か。どちらだ?」
「え……? 僕は……」
 灰原の試すような瞳がドラスを射る。ドラスは灰原の意図が分からなかった。
 それほど、突然の質問だった。悩みながら、ドラスは自分が持つべき答えを灰原へとぶつける。
「僕は……どっちでもある! ようやく……見つけたんだ! 家族って呼んでいいって言ってくれる人たちを……。
だから、僕はチンクお姉ちゃんたちの弟でいたいんだ! それを失わないためなら僕は……戦う!」
「……ワガママだな。だが、それが君の答えか」
 灰原は呟いて、カチリと仕込み杖を鳴らしいつでも刃を取り出せるようにしながら、踵を返した。
 どこに行くのか、ドラスはいきなりの灰原の行動に戸惑う。
「ボイルドは俺が倒そう。その間、君が持つ因縁を片付けておくがいい」
「おい、あいつとお前の差は三倍以上だぞ?」
 ナタクが獲物を奪われてたまるか、と言わんばかりに忠告してくる。
 それに対し、灰原は静かに刀を掲げた。
「たった三倍だ」
 灰原はものともせず切り捨て、ボイルドが向かってくる道をたどっていく。
 どう行動していいか迷うドラスの横を、チンクが通った。
「大丈夫だ、ドラス。私も行けばカザミが駆けつけるまで持つだろう。それまでに、スバルやギンガのことを片付けておけ。
姉としての命令だ。ナタク、ドラスを守れよ。今だけ、お前に預けるんだからな」
「それはこちらの台詞だ。死んでドラスを泣かせるような真似をするなら、俺がお前を殺す」
「口の減らない男だ。灰原、私も加勢する。待て」
 チンクはまったく、風見がボイルドに殺されたと信じずに先に進んでいった。
 チンクにそこまで信頼され、ドラスは嬉しくなる。話がまとまった、とゼロがドラスへと指示してきた。
「ドラス、君はギンガという娘のところへ行け。スバルは凱と俺がどうにかしよう」
「どうして!?」
「君と今会わせると、ややこしくなるだけだ。俺たちがどうにかする」
 沈むドラスに、凱は心配ないといいながら手を肩にかけた。
 お日様を思わせるほど温かい笑顔のまま、凱はドラスへと告げる。
「君にはギンガさんにこちらが味方だと示す役割がある。それもまた、重要な任務だ。ドラス隊員!」
「気をつけろ。何かしら洗脳手段を受けている可能性がある。場合によっては気絶させてからつれて来い」
「凱兄ちゃん……ゼロさん……」
「それに、あの女は乾坤圏を持っている。取り戻すぞ、ドラス」
「ナ、ナタク~……」
 対称的なナタクと二人の対応に、ドラスは思わず情けない声を出す。
 凱はしょうがないな、と苦笑しながらもスクラップ工場へと瞳を向けた。
「おそらく、スバルさんはボブさんを追ってあそこにいる……」
「駄弁っている暇はない。いくぞ、凱」
 ゼロの言葉に凱は頷いて、サイドマシーンを取り出す。
 サイドカーにゼロが乗ったのを確認し、凱はドラスへサムズアップをした。
「それじゃ、お互い幸運を祈るぜ!」
「うん! 凱兄ちゃんも気をつけて! あと……スバルお姉ちゃんを……」
「ああ、もちろんだ!」
 凱はそれだけ言うと、バイクのエンジンを起動させて進んでいった。
 ドラスは、スバルがいるべきだろう場所に視線を向けてから、ギンガを説得するためにナタクと共に向かう。
 ギンガがどのような状態かは、まだドラスは知らなかった。




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119:この箱を見ていたら無性に被りたくなった 灰原 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
123:それは些細なすれ違い 獅子王凱 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
123:それは些細なすれ違い T-1000 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
123:それは些細なすれ違い ギンガ・ナカジマ 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
121:ヴェロ ボイルド 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
121:ヴェロ 風見志郎 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
123:それは些細なすれ違い T-800 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
123:それは些細なすれ違い スバル・ナカジマ 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
123:それは些細なすれ違い ゼロ 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
114:大切なものを喪う悲しみ(前編) チンク 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
114:大切なものを喪う悲しみ(前編) ドラス 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)
114:大切なものを喪う悲しみ(前編) ナタク 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(2)





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