真っ黒焦げの凶暴な卵(2) ◆2Y1mqYSsQ.




「ボブさん……!」
 ギンガやドラスの被害者が気になったが、それでもボブが戦闘に入ったのを見過ごせない。
 彼らをドラスの嘘から目を覚まさせるのは、一人では力が足りない。だからボブの力を貸して欲しかった。
 ゼロと凱、そしてギンガのいる道をあえて避けて、ボブへと接触するためスバルは駆けた。
「暑い……」
 スバルが橋の上で思わず呟くほど、溶鉱炉を持つスクラップ工場の温度は高かった。
 赤く染まる金網状の床を駆けながら、対峙するT-800とT-1000を発見した。
「ボブさん!」
「スバル・ナカジマ。追ってくるなと……いった……」
 T-800の声にノイズが入るのに、スバルはやはり自分が来て正解だと思った。
 唯一の味方であるボブの手助けになるのだ。隻腕とはいえ、振動拳は使える。
 スバルはT-1000を前にして拳を構えた。
「エラー……プログラムに異常……? 歩行プログラムが……うまく……」
「ボブさん!? クッ、お前なにをしたんだ!?」
 スバルの問いに答える気はT-1000はない。スバルの姿のまま、注射器と化した先端をスバルへと向けた。
 明らかな挑発だ。ボブが動けない以上、スバルはボブを守って戦わねばならない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 スバルが拳をぶつけ、T-1000を吹き飛ばす。反撃が来ないため、ハイキックを頭に叩き込む。
 手応えはあるのだが、T-1000が崩れる様子はない。萎えそうになる闘志にスバルは叱咤をして、再び拳を叩き込んだ。
 同じ顔で拳を受けても無反応、というのは不気味でしょうがなかった。
(こいつを私が倒せるの……?)
 スバルがT-1000の無反応の様子に呑まれ、一瞬隙ができる。
 T-1000はそこを逃がさず、スバルの首を掴んだ。
「く……あ……」
 酸素の通りを阻害され、スバルが空気を求めて喘ぐ。
 ギシギシと首が音を立てて軋んだ。T-1000の握力は強い。
 このままでは死ぬ。スバルは迫ってくる暗闇に眩暈がしてきた。
「おりゃぁあぁあぁぁぁ!」
 唐突に金色の影がT-1000を突き飛ばして、スバルは金網状の床に叩きつけられる。
 空気を求めて必死に肺へと酸素を送り込む。咳き込みながら、自分を助けた影を見た。
「あな……たは……」
「無事ですか? スバルさん」
 長髪を後ろに流した金色のアーマーの青年。獅子王凱がスバルとT-1000の間に立ち塞がった。


「あ、ありがとうございます」
「ああ、ボブさんは……」
「凱、俺は奴を追う。お前はボブという奴の面倒と、事情の説明を頼む」
「怪我は……」
「問題ない!」
 ゼロは言い捨て、離れていくT-1000を追っていく。凱はため息を吐いて、スバルを助け起こす。
 スバルはどこか警戒を含んだ視線を向けた。
「あなたは……ドラスと?」
「スバルさん、あなたがドラス君を警戒する理由は彼から聞いた。だけど……ドラス君はもう、君を騙した頃の彼じゃないんだ」
「そんなわけはない! きっとあなたはドラスに騙されているんです!」
「冷静になって考えてくれ。ドラス君は俺たちと行動を何時間も共にした。その間、彼の行動によって俺たちは死んでいない。
それが証拠だ! 信じてくれ!!」
「そんなの、いつか利用するために決まっているじゃないですか! 事実、ノーヴェもタチコマ君も死んじゃったんですよ!?」
「タチコマ君とドラス君は離れたままだったんだ! ノーヴェさんだって、ドラス君を守るために彼に勇気を刻んだ死に様だった!
だから今のドラス君はかつての彼とちがう! お願いだ、信じてくれ!!」
「かつての……ドラスと違う……」
 スバルはその言葉を舌の中だけで転がし、ドラスを倒すために失ったものを思い出す。
 見知らぬ少女に命を狙われ、自衛のためとはいえ殺してしまった。
 なのはの言葉が突き刺さる。自分はもう戻れないのだと。
 それでも、ドラスの犠牲者を増やさぬため彼を倒すと決めて何とか正気を保とうとした。
「信じられるわけないですか……」
「ッ!?」
 凱が息を呑む様子が分かった。スバルは自分が正義だと信じていない。むしろどうしようもなく汚れしまったと思い込んでいる。
 だからこそ、ドラスが悪であると確信していなければ、壊れそうな心を繋ぎとめられないのだ。
 それを認めてしまえば、
(私は何のために……この手を汚してなのはさんに責められたの? 私は……私は……ッ!!)
 スバルの唯一の自分を肯定する術を失うから。


 ドラスは車道をナタクと共に駆けて、ギンガを探索した。
 凱とゼロが言うには、なぜかこちらを敵視しているらしい。ドラスにはなぜかさっぱりだが、ギンガをスバルがどれほど思っていたか思い出した。
 姿が見えないのがおかしい。警戒して進むと、ナタクがドラスの首根っこを掴んで引き寄せた。
 瓦礫から輪状の物体が回転しながらドラスのいた場所を抉る。乾坤圏という武器らしい。
 旋回した乾坤圏に視線を向けて、収まった先を見る。ギンガが乾坤圏を腕に、ドラスを睨みつけている。
「なぜセインの姿なのか、説明を求める。抵抗しなければスカリエッティ博士へのサンプルとして持ち帰る。抵抗するなら、死体として回収する」
「ちょっと待って! 僕たちは……」
 ギンガはドラスの言葉を、問答無用といわんばかりに突進してきた。
 ナタクと左右に分かれて跳び、舞い上がる土砂を見届ける。
 本気で殺す一撃だ。なぜ攻撃してくるのか、ドラスに疑問が尽きない。
 チンクがいたのなら、洗脳された時期の彼女だと理由を察したのだろうが、運命のいたずらかここは分かれてしまった。
「ドラス、遠慮なく殺すぞ」
「駄目! ギンガお姉ちゃんを助けるんだ!」
「だが、向こうはそうも言っていられない」
 ナタクの言葉の言うとおり、ギンガに容赦はない。
 ドラスはため息を吐いて、ナタクに顔を向けた。
「分かった。けど……絶対殺さないで」
「ああ」
 答えながらも、ナタクはパワーアームを音を鳴らして構えた。
 本当に分かっているのか? と疑問に思いながらも、ギンガを生かしたまま捕まえるしかない。
 ドラスは自分に降りかかる試練の多さにもめげず、キッと正面を睨んだ。


「……何のつもりだ?」
 ボイルドの問いに、灰原は沈黙を返した。四人がかりで勝てなかったのに、たった一人で立ち向かうのはなぜか、ボイルドには理解できなかったのだろう。
 灰原にとっては当然の選択だ。のびしろが未知数のドラスを生かし、更なる戦力を得る機会を自ら作る。
 ボイルドの行動観念が何か知らないが、大神の味方足りうるものではないだろう。
 シグマにしろ目の前のボイルドにしろ、大神グループの障害となりうる存在だ。
 シグマを倒すために、ボイルドによって戦力を減らされるの避けつつ、ダメージを重ねるために一人で向かう。
 実に合理的だ。おのれを捨て駒として認識していれば、特に。
 灰原は人間ではない。だからこそ、大神グループのためになるのなら簡単に命を投げ出す。
 感情など、宿っていなかった。灰原は仕込み杖の刃を剥き出しにして、ガトリングを左手に構えて撃つ。
 ボイルドはサイクロンを駆使して弾丸を避け、デザートイーグルを一発撃つ。
 灰原は後方に跳んで銃弾を避けた。三連発迫ってくるあたり、ボイルドの握力は並ではない。
 さらに灰原に接近するため、ボイルドがいっそう加速させる。計算どおりだ。
「……ッ!?」
 ボイルドが叫ぶ暇もなく、地面が爆ぜた。ボイルドの後方からチンクが現れる。
 彼女のISで鉄部分を爆弾に変えて、今はなったのだ。もっとも、これで終わりではないのだが。
 ボイルドが爆煙から逃れるように縦に『落ちて』いく。
 すかさずチンクはサイクロンのIDを手持ちのPDAに登録しなおして、サイクロンを取り戻した。
 ボイルドの機動力は奪った。もっとも、サイクロンがなくてもあの重力の操作能力なら、素の機動力も凄まじいのだろうが。
「カザミかドラスたちの援軍が来るまで、持ちこたえるぞ」
「必要ない。奴を倒す」
「…………本気で言っているのか?」
「俺は本気だ」
 灰原は驚くチンクに構わず、ガトリングの引き金を引く。弾を撃ちつくしてもボイルドを牽制する程度だ。
 それで充分。あとは近づくだけ。
「このっ、馬鹿が!!」
 チンクが文句を言うが、金属の破片を投げつけ、煙幕代わりの爆煙でボイルドの行動を阻害する。
 それでいい。灰原が強化された脚力を駆使して、ビルの壁から壁へと飛び移って刃を煌かせた。
 予想外の速度だったのだろう。ボイルドは接近を許した。とはいえ、灰原の刀に冷静に対処してきた。
 ボイルドが半歩身体を横にずらして、刃を避ける。だが灰原の剣戟は一撃で終わるものではない。
 灰原は横に刀を振り、下方へと重力の壁によって流される。
 ボイルドの銀色のリボルバーの銃口を信号機を掴んで右腕だけで全身を引っ張り、銃弾の軌道と身体を逸らした。
 再びボイルドの周辺が爆発。チンクのISとやらによるものらしい。
「これで分かっただろう! あの重力の壁がある限り、こちらの攻撃は届かないんだ!」
「いや、そうでもない」
 灰原の言葉に、チンクは不機嫌のままボイルドを見た。よく見ると、右腕から血が流れている。
 チンクは驚くが、灰原は当然だと言いたげに解説を始めた。
「重力の壁は銃弾を放つ瞬間、穴が開くといったな。そのときを狙って突きを繰り出した。
もっとも、あいつもそれを察して引いて、傷は浅い」
「足止め程度なら可能ということか」
「いいや、奴を殺す。それは変わらない」
 灰原の頑固さに、チンクは呆れたようにため息を吐く。再び灰原はボイルドを睨みつけた。


 ボイルドは背広を着た男の手強さに感心した。戦闘経験も豊富のようだ。
 得物が得物なら、フリントのときのような苦戦は必須。
 しかし、彼が持つ刃は姿勢制御を行なわないただの刃物。
 ボイルドの殻を突き崩すことなどできない代物だ。なのになぜだろうか。
 目の前の男が、自分やフリントと同類のモンスターであると本能が告げている。
 重力の殻はまだまだ使える。サイクロンの機動力のおかげだ。
 奪われたのは惜しいが、奪え返せばいい。この二人を相手にしているうちに、風見が追いつくかもしれない。
 ならば、本物の化け物を呼び込む生贄となればいい。
 ボイルドは冷徹にハカイダーショットのリボルバー部分を鳴らし、二人に向けた。
 射撃【ショット】
 再び化け物同士の食い合いを始める。ボイルドの虚無はまだ満たされていない。
 ウフコックを求める心はボイルドのもの。
 化け物として、同類によって生に終止符を打たれたいと思う心もボイルドのもの。
 虚無で塗りつぶす欲望。ボイルドに宿るモンスター。
 全てをもってして、再度進軍を開始した。


 灰原はデザートイーグルの弾を切り落としながら、ボイルドに付け入る隙をうかがった。
 灰原とボイルドの性能差は三倍どころではない。明らかに修羅場をくぐり、軍人として訓練を受けた男に重力制御の超能力。
 彼が所属する世界にも、全身をワームホール化したり、自分の言葉に絶対従わせない言霊使いなど、超能力者もいるが目の前の男はそれらを超越する力がある。
 圧倒的能力と、圧倒的戦闘力の結合。それが目の前のボイルドという男だと、灰原は評価する。
 遠距離の攻撃が通じないのなら、接近戦を仕掛ければいいのかというと違う。
 もし間違ってボイルドに捕まってしまえば、あらゆる方向から重力をかけて骨を折る芸当くらいは可能だろう。
 だからこそ、チンクにも決して近づくなと忠告していた。
 灰原の瞳が静かに光る。冷たいようで、激情が現れやすいボイルドの青灰色の瞳とは対称的に。
 大神グループの存続。それ以外灰原に拘るものはない。
 静かに淡々と機会をうかがう猟犬。モノとすら評された灰原は、そんな存在だ。
「くっ、灰原!!」
「まだだ、堪えろ」
 すれ違い様にチンクに助言をしながら、ただ灰原は待ち続ける。

 モンスターの咆哮を。

 ボイルドが右手を掲げ、白銀のリボルバーの引き金を引いた。
 尋常でない威力を持つ弾丸。それは修理工場の壁を砕き、地面を陥没させる威力を持つ。
 だからこそ、灰原はこの一撃を待っていた。身体を捻り、瞳をただ銃弾だけに向ける。
 迫る銃弾がコマ送りになり、世界が遅くなった気がした。集中力による賜物だ。灰原はこの一瞬のためだけに生きていた。
 迫りくる暴虐に、灰原は刀を『叩き』つけた。あれほど振るっても欠けもしなかった刃が折れ、宙に舞う。
 右肩から焼けるような痛みが襲い、灰原を浮遊感が包んだ。視界が激しく揺れ、自分の右手が主を失って離れていく様子を見る。
 同時に成功を確信する。ボイルドを見ると、白銀のリボルバーを取りこぼして吹飛んでいる。
 損傷は確認できないが、リボルバーを取り落としたというなら灰原の狙いは成功だろう。
 ボイルドが再び爆風で包まれる。灰原は倒れながら、これでボイルドを倒した確率は三割だろう、と冷静に分析していた。


 チンクは灰原のとった手段に驚愕するしかなかった。
 灰原は迫りくる強大な威力を持つ白銀のリボルバーの銃弾を、そっくりそのままボイルドに返したのだ。
 ボイルドは弾丸を放つためにあけていた殻の孔に、一発の高周波弾を返されて致命的な一撃を喰らった。
 チンクは知らなかったが、これは灰原の持つ技だ。銃弾をそっくりそのまま相手に返す。射程距離は半分くらいに落ちるが、威力はそのまま。
 もっとも、デザートイーグルの弾丸ならともかく、高周波弾では返した灰原もただでは済んでいない。
 仕込み杖は刃が折れて砕け、衝撃で右腕が千切れながら灰原は地面へと叩きつけられた。
 チンクはまだボイルドが生きていると見て、殻を張るほどボイルドの体勢を持ち直す前にランブルデトネイターで追撃をする。
 これで死ななければ手のとりようがない。爆発に包まれるボイルドを見届け、チンクは灰原へと近寄った。
「灰原!」
「……問題はない」
「まて、まだ修理工場が……」
「無駄……だ。血を流しすぎた。修理ポッドの修復速度がいくら速くても……俺が死ぬ方が先だ。それよりも…………ボイルドの死亡の確認を頼……む」
 チンクが不思議なものを見るような瞳で、灰原を見た。
 その視線を受けても灰原の表情は揺らぎはしない。
「……お前はそれでいいのか?」
「なにがだ?」
「このまま死ぬんだぞ? 残してきたものはないのか? シグマに仕返しをしたくないのか? ここで終わる恐怖はないのか?」
「そうだな。可能であればでいいが……ここを脱出できたのなら俺の死体を大神グループに引き渡してくれ。
ここでの戦闘データが今後のサイボーグ開発に役立つはずだからな」
「お前は……ッ! どこまで……!」
 チンクに理不尽な怒りが込みあがってきた。灰原が死に際に心配するのは残して家族でも、仲間でもない。
 そのことに対し、灰原以外のなにかにチンクは怒っていた。もっとも、なにを怒りをぶつける対象にすればいいかは、チンク自身も知らないが。
 ただ、理不尽な灰原の願いだけは聞き入れたくなかった。


 灰原は目の前の少女が怒りに震えている理由を知らない。おそらくは何らかの感傷なのだろう。
 彼が持ちえず、いらないと切り捨てたもの、つまり感情というものにチンクは素直だった。
「…………ドラスとのキャッチボール……あの時いわれた『モノ』は俺のことだ」
「なに?」
「俺には人間の何がいいかは分からない。効率さえよければ、感情も人である証明もいらなかった。
だからこそ、大神グループの障害となりえるボイルド、ひいてはシグマさえ倒せれば、俺の求めるものはすべて叶う。
サイボーグ同盟の人間としての拘りを、くだらない感傷だと切り捨てた。今でもそうだ」
「灰原…………」
 チンクの感情のこもらない声が聞こえてきた。今彼女がなにを思っているか、灰原には想像することもできない。
 知らないものは理解しようがないからだ。だが、灰原に一つ分かったことがあった。
「だからだ……もし、俺が生きるというのなら……」
 灰原は首だけをドラスがいた方向へと向けた。
「もう一度だけ、キャッチボールをやるのも……悪くはない…………」
 灰原は血の塊を一度吐いて、震える左手で胸のサングラスを取った。
 そのままサングラスをかけて、天井を見る。始めてなぜ部下が野球を愛していったのか、片鱗だけなら理解できた気がした。
 腕に力がなくなり、落ちていく。視界が暗くなって、自分が二度目の死を迎えたのだと理解した。
 最後に灰原のまぶたの裏に映ったのは、グローブと五光石だった。


 ……とても強い男がいた。
 誰もその男を理解できず、ただ強くあり続けた男がいた。
 とても強い男がいた。
 ただ、それだけの物語。その物語が今、終わりを告げた。


「灰原……お前はモノだということに不満はないといった。だが、大神グループに拘り、キャッチボールに未練を残すのは……」
 チンクが灰原の死体を前に言葉を呟くが、瓦礫が飛び散る音に邪魔をされる。
 予想はついていた。目の前のボイルドが生きていることを。
「そうだ、その男は人間ではない。俺を殺せる、同類【モンスター】だ」
「お前と同類? 笑わせるな」 
 チンクは爆発物と化した破片を持ってボイルドを嘲笑した。
 隻腕となり、頭から流れる血で顔を染めるも、圧力の変わらないボイルドをチンクは真正面から対峙する。
(認めるものか。そうだ、お前がなんといおうと、私が認めない)
 その『お前』が、灰原なのかボイルドなのかチンクにも判断がつかない。
 しかし、チンクは『弟』が得た物を分かつ男を、
「ドラスが心許したこいつを、人間でないと私は思わん! こいつ、灰原は人間だ! たとえ本人が否定しようとも!!」
 誰がなんといおうとも、チンクが認めない。
 ボイルドから発せられるプレッシャーがいっそう強くなった。
 チンクは一度だけ、灰原の死体に振り返る。
「馬鹿者め……私はキャッチボールなんてできないんだぞ……灰原」
 それだけ呟いて、爆発物と化した破片を投げ飛ばす。ボイルドはすべて流し、いつの間に回収したのか銀色のリボルバーから弾丸を吐き出させた。
 チンクは跳躍して躱すが、地面が陥没して小さなクレーターを作った。
「バロットという同類も死に……ウフコックの居場所はもうない。俺の元に戻り、すべて虚無に返す。
後悔と恍惚……全てを味わうためにこの場にいる! 俺に深手を追わせたその男も、お前も、等しく俺に虚無を与える資格があった同類【モンスター】だ」
「勝手に決めるな!」
 チンクは呪詛のようなボイルドの言葉を、全力で否定した。
 彼の言葉には万の重みがある。チンクの経験など軽いと断言できるほどの黒い感情がある。
 だからこそ、チンクは…………

「ボイルド、お前の絶望を、お前の虚無を……私たちに押し付けるな!」

 自分やドラス、そして風見に味わわせたくないと、吼えた。
「その通りだ、チンク」
 返ってきた声に、チンクもボイルドも動きを止めた。
 ボイルドが『ハロー、モンスター』と告げたのを耳にしたが、チンクには関係ない。
「やっと来たか、遅いぞ。馬鹿者」
「ああ、そうだな。すまなかった」
 戦闘跡の酷いボロボロの状態で現れた、切れ目の青年。
 仮面ライダーV3、風見志郎がチンクと合流を果たした。


 凱はスバルの拳を横に捌いて、距離をとる。彼女を傷つけるわけにはいかない。
 しかし、スバルの瞳は本気でドラスを殺すつもりだ。
「そこをどいてください……ドラスを放置しては置けないんです」
「クッ……!」
 片腕を失い、バランスを逸しているとはいえ、スバルの動きは鋭い。
 むしろながらく隻腕でいたため、慣れてきたのかもしれない。
「どうしてもどかないって言うのなら!」
「ッ!!」
 凱がスバルの拳を受け止めると、爆発して凱は身体を壁へと叩きつけられた。
 滝愛用の炸裂するナックルだ。スバルは覚悟を決めたように、ついに凱に対してもナックルを使い始めた。
 振動拳を使わないで済ませるには、もうこれしかなかったのだろう。凱がそのことを知ることはないが。
「ごめんなさい。でも、どうしてもドラスは放っておけないのです」
 スバルが苦しげな顔で凱に謝罪して、先を進もうとした。
 だが、凱が軋む身体を無視して、再度スバルの前に立ち塞がる。
「なんで……」
「頼む…………やっと宿った、小さな勇気の炎を信じてくれ」
「あなたは……あいつが……ッ!」
「君の片腕を切り取った事は聞いている。確かに酷いことだ」
「それを知って、私にドラスを許せとまだ言うんですかッ!!」
 スバルの叫びと共に、またも炸裂するナックルを振るって凱は爆煙に包まれる。
 ゆっくりと身体が後方に倒れていき、スバルが横を通り過ぎようとしたとき、
「まだ…………話はついていないぜ……」
 凱は必死に足に力を込めて踏ん張った。倒れない。くだらない精神論だ。根性論なんてとうに廃れている。
 だけど、凱はずっとその根性を持って、勇気という輝く精神力をもってして、地球を守ってきた。
「そこまでして……ドラスを…………ッ!!」
 スバルが涙を瞳に湛えて、ストレートで凱の頬を打ち抜く。
 大きく凱の身体が泳ぐが、スバルは容赦なく脇腹を蹴った。
 顔面に左拳。右太股に鞭のようにしなった蹴り。鳩尾に鋭い膝蹴り。喉元に体重を乗せた重い肘打ち。
 そして、止めに炸裂するナックルがサイボーグ凱へと放たれた。
「なんで……倒れないの……?」
 だが、それでも、凱は倒れることなくスバルの拳を受け止めきった。
「……確かにドラス君は間違いを起こした。だから、俺はその罪を受け止めに来たんだ」
「ずるい……ずるいよ! ドラスばっかり! 私は……私はッ!!」
 スバルの言葉が鋭く凱を貫く。哀しみと絶望に満ちた声。
 ああ、そうかと凱は優しくスバルへ微笑んだ。
「違う、俺はドラス君だけを救いに来たんじゃない」
 スバルが疑問符を浮かべながら、凱の顔を見つめた。凱はどこまでも穏やかに、微笑みを携える。
「君たちを、助けにきたんだ。だって、君もドラス君も、助けて欲しい。そういっているじゃないか」
 凱のどこまでも真直ぐな言葉がスバルに届いたことは、俯きながらも拳を収めたことで読み取った。
 凱がさらに言葉を重ねようとした時、スバルが制する。
「分かりました……ドラスと話をしてきます。……正直、まだ信じられません。でも……話を聞いてから判断したいと思います」
 そういって、スバルは凱の横を通り過ぎていった。今度は止めない。
 とはいえ、ついていく必要はあるだろう。凱も振り向こうとして、膝をついた。
「クッ……! ダメージが大きすぎるか……」
 悔しげに呟く凱に、のっそりと大きな影が差した。
 振り向くと、いかつい顔に鍛え抜かれた巨躯を持つ男がいた。
 ボブという、ドラスやスバルの味方となってくれた男だ。凱はホッとしてT-800に助けを求める。
「ボブさん、詳しいことは彼女を追いながら話すから、肩を貸してくれないか? あの液体金属の奴も、追いかけていったゼロも気にな…………」
 凱の言葉は途中で途切れざるを得なかった。
 T-800が凱の身体を蹴り上げ、ボールの如く吹飛んでいったために。


 ゼロはハカイダーとの戦いの跡の残る通路を駆け、T-1000と切り結んでいた。
(もう少し、身体の回復に時間を当てておくべきだった……!)
 T-1000の刃を操る能力は決して高いとはいえない。しかし、変幻自在の液体金属ゆえに、ゼロの斬撃の効果が薄いのだ。対して、T-1000の刃は確実にゼロに傷を刻んでいく。
 回避自体は容易いが、こちらの攻撃をものともせず無感情に何度も振るわれる刃をすべて避けきることは、さすがのゼロでも不可能だった。
 吹き飛ばし、追い詰めたつもりがゼロは逆に追い詰められたことに気づきつつあった。
 少女、スバルの姿のままT-1000がハイキックを仕掛けてきた。ゼロは身を低くして、頭上を足が通り過ぎるのを待つ。
 ゼロも姿勢を低くしたまま、足を払ってT-1000を転ばせた。カーネルのセイバーにエネルギーの瞬きが起きる。
 雷神撃によってセイバーの刃が鞭の如くしなってT-1000に襲い掛かった。スバルを模した姿の体表が、雷神撃を受けた部分のみ銀色の窪みをむき出しにする。
 動きが止まったとゼロは判断して、さらにセイバーでT-1000の身体を斬り裂いた。
 それが失敗の元だった。T-1000は無表情にゼロの首を掴んで持ち上げる。
(なに……くそ! 雷神撃でダメージを受けたのは振り……か……!)
 鈍い音が鳴りながら、T-1000は信じられない怪力を発揮してゼロを固定した。
 T-1000の右腕が注射器となって針が鋭く突き出される。
 必死でゼロは逃れようともがくが、無慈悲にも注射針はゼロを貫いた。


 ギンガの乾坤圏を避けながら、ドラスはナタクが明らかにイライラしているのを感じ取る。
 殺してはいけない、と今のところはドラスの希望を聞いているが、いつ容赦なくギンガを撃つか気が気でなかった。
 ドラスとしても膠着状態の現状は望むものではない。決着をつける必要がある。
 ウイングロードを展開して、フットパーツのダッシュ力を活かすギンガが乾坤圏を撃ってきた。
 一か八か、ドラスは乾坤圏に飛び出していく。
「ドラス!!」
 ナタクの静止の叫びを無視して、手の平に魔法壁を作り上げて乾坤圏を逸らす。
 未熟な魔法壁では防ぎきることは叶わず、大きく身体が泳ぐが大きな損傷はない。
 手の平が痛むが、コアさえ無事ならドラスは修復が可能だ。怖くはない。
(本当に怖いのは…………)
 羽織っているメカ沢の学ランをギュッと強く握って、ドラスはギンガとの距離を目算する。
 十五メートル程度の距離。一瞬で詰めれるはずだ。もう一つの乾坤圏をドラスは身をかがめて避けて、前へ前へ進み続ける。
 ギンガが腰を落とし、正拳をドラスへと放った。打たれるままにドラスは任せ、視界が揺れながらもギンガの肩を掴む。
「ギンガ……さん! 何でこんなことをするの! いったい、何があったの!」
 ギンガは答えず、再びドラスの鳩尾に膝を叩き込んだ。衝撃がコアに届き、視界に火花が散るがドラスは手を離さい。
 かぶりついてでもギンガを説き伏せる。鬼気迫るドラスの気迫に、ギンガが一瞬呑まれた。
 それも一瞬。すぐにギンガは行動へと移った。
「え……?」
 ドラスの身体が浮き、腹をギンガの足の裏に乗せられる。ギンガが後方に倒れる勢いを利用して、ドラスは巴投げを受けた。
 ドラスは慌てて姿勢を制御しようとするが、ギンガは乾坤圏の狙いを定めている。
 殺すために放たれた乾坤圏は風を切って加速続けた。ドラスに防ぐ手立てはない。
(お……わる?)
 ドラスは目を瞑り、悔しさに包まれながら最後の一撃を待った。
 乾坤圏がものを砕く音が響く。
(…………痛くない? いや、無傷だ。もしかして!)
 ドラスは両目を開けて正面を見つめる。視界には乾坤圏を止めている、ナタクが入った。
 M.W.S.を盾にしたのか、赤い破片が飛び散っている。
 ドラスはいても立ってもいられず、ナタクの名前を叫ぶ。
「ナタクッ!! もう一つ…………」
「ぐぅ!」
 もう一つの乾坤圏が迫るが、ナタクは回避行動を一切とらず受け止めた。
 ドラスは地面に着地すると同時に、全力で駆けて吹飛んできたナタクを受け止める。
「チッ」
「ナタク……ごめん」
「なにを謝っている?」
 ナタクが二発目を避けなかった理由は明確だ。射線軸上にドラスがおり、ナタクが避ければドラスに直撃したからだ。
 ナタクはそんなの関係ないと呟き、立ち上がろうとするが乾坤圏が与えた損傷は深い。
 ギンガがウイングロードを解除して、地面に降り立つ。冷淡な瞳はナタクとドラスに止めを刺すために向けられていた。
「もう一度言うよ。ナタク、ごめん。僕が甘かった」
「気にするな」
「気にするよ……だから、僕が決着を着けるよ。ナタクは見ていて」
「そうは……」
「大丈夫。ギンガお姉ちゃんは死なない。ナタクは死なない。僕がすべて解決する」
 まだ何か言おうとするナタクを無視して、ドラスはギンガへ一歩進み出た。
 傷をつけてしまうかもしれない。恨まれるかもしれない。
 それはとても怖いことだ。
(だから……僕に勇気をちょうだい!)
 ドラスは決意を込めた眼差しをギンガへと向けて、両腕をそろえて右へと真直ぐ伸ばした。


「ボイルド、殺したのか」
「それが俺の有用性だ」
「虚無……か」
 風見はゆっくりと暗いコートをまとうボイルドへと近づいていった。
 傍にチンクが立ち、彼女はボイルドを睨みつける。風見は死んでいった背広の男に瞳を向けた。
「その男もまた、俺の虚無に呑みこまれた。代償に右腕を持っていかれたが。さあ、風見。キサマの有用性を見せてみろ」
「ボイルド……俺はお前に共感をしていた」
「カザミ!?」
 風見は驚愕するチンクに、大丈夫だと告げながらさらに一歩、大きくボイルドに踏み込んだ。
 ボイルドが聞きたい言葉はこれではないのだろう。反応は薄い。
「俺はデストロンに母を、父を、妹を奪われている。この身体になったのも最初は復讐のためだ」
 風見は死を覚悟した視線をボイルドに向ける。風見は知っている。
 自分と同じく復讐からデストロンと敵対した男を。結城丈二を。
 ボイルドを仮面ライダーにしたいと考えたのも、ボイルドなら自分や結城と同じく立ち直れると思っての行動だ。
(違うな)
 風見は自嘲する。綺麗に自分を肯定するのはやめだ。風見もまた、触れたボイルドの闇の部分に絶望を感じながら……恍惚を覚えていた。
 仮面ライダーとなり、正義を志し、すべて人間味として必要な部分を切り捨てた風見が、人間の闇に一瞬でも惹かれた。
 その自分を否定したく、ボイルドを正義の道へと正すことで、自己満足に浸りたかったのだ。
 弱い心だ。切り捨てたはずの淀みが、まだ風見に残っていた。だからこそ、風見は今こそ改造された身体を誇る。
「だが、俺はそれでも人類の平和と自由のために立ち上がった。ボイルド! キサマの虚無を否定する!!」
「それでいい! それこそが、風見! キサマの有用性だ!」
 ボイルドが左腕のハカイダーショットを掲げ、一発銃弾を撃つ。
 高威力の弾丸が瓦礫を吹き飛ばした。高く跳んだ風見は、地面に降り立ってボイルドへと対峙する。

「聞け! ボイルド。俺の望む世界に、俺もお前もいない!!」
「そんなものは麻薬で見る幻想だ」
「だからこそ、俺がいる! ヌゥン!!」

 風見は力いっぱい、両腕を右方向へと突き出した。


 偶然の出来事だが、同じ時間、同じ瞬間、違う地点で青年と少年がまったく同じ構えをとる。
 始まりは両腕を真直ぐ右へと伸ばすこと。スイッチが入ったように、二人は己が心に叱咤するように動いた。
 ドラスは風見への憧れを持って、風見は幾万も繰り返した変身のためのスイッチを、半月を描きながら逆方向へとまわしていく。
 両手を伸ばしたまま揃え、左斜め上で一旦止める。ドラスと風見、彼らは大きく息を吸い込み、仲間に、敵に、自分に聞こえるよう叫んだ。

「「変身ッ!!」」

 左拳を作り、腰まで下げる。右腕を伸ばしたまま、最後の単語を二人は告げた。

「「Vッッ!! 3ィィィィィィィィッッッ!!!」」

 告げ終えると同時に、それぞれの戦闘形態へと変身を果たす。
 風見は深紅のトンボを模したマスクに、緑色のライダースーツ。白いプロテクターに白いマフラーを風に靡かせる、仮面ライダーV3へと姿を変えた。
 ドラスは赤い複眼にくすんだ銀の全身、昆虫の触角を持つ異形へと変身を終えた。
 二人は同時に変身を終えて、それぞれの敵へと向かっていく。
 仮面ライダーである男。仮面ライダーを敵と定めていたもの。
 それぞれ、今は同じ目的を持って地面を蹴った。



時系列順で読む



投下順で読む



127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) 灰原 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) 獅子王凱 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) T-1000 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) ギンガ・ナカジマ 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) ボイルド 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) 風見志郎 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) T-800 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) スバル・ナカジマ 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) ゼロ 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) チンク 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) ドラス 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)
127:真っ黒焦げの凶暴な卵(1) ナタク 127:真っ黒焦げの凶暴な卵(3)





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー