未来視達の―――― ◆hqLsjDR84w



 さてさて、さてさてさてさて、突然だがアンケートだ。
 『監禁』という単語を聞いて、あなたはどういう状況を思い描くものだろう?

 背中に回したまま、両腕を括り付けられた被害者。
 その身体には無数に刻み付けられた刀傷、及び鞭打の痕。
 垢に塗れた肉体を、茶色く染まった衣服が覆うも隠しきれない。
 出されるかも定かではない食事は、これまた青緑色をしたカビの生えた硬いパン。例えるなら軽石。
 スープ皿に入った薄い色をした液体は、しかし塩気はなく噎せ返りそうな塩素感。
 そんな物でも喰らわねばならぬとはいえ、拘束された両腕ゆえに上体を動かして首から上だけで貪る。
 危機感を抱いて、摂取した物体を上へ上へと押し戻そうと働く内臓。その働きを無視をして、被害者は嘔吐を拒み続ける。
 後に如何なる悲劇が人体を訪れようとも、命を落とすよりはマシとの考えで。
 当然――体内に流し込めば、いつしか体外に出るものである。
 であるのだが、そんな施設を用意されている道理もなし。
 垂れ流しの糞尿に群がる小蟲、それを被害者は遠ざけることすらできない。
 カビと排泄物の臭いがブレンドされた、灰色の石で四方を囲まれた室内。
 嘔吐いてしまいそうな臭気に脳味噌を刺激され、その中で顔を背けることもまた許されない被害者。
 吐瀉物を撒き散らしたところで、それを掃除してくるものは現れず――また自ら片付けることも許されない。

 ――――そんなところ、であろうか?

 だがしかし、バトル・ロワイアルの運営者であるシグマに囚われた科学者は……
 少なくともトーマス・ライトは、そのような厳しい監禁を受けているワケではない。
 極めて程度の緩い監禁、いわゆるところの軟禁の被害にあっている。
 身体の自由は束縛されず、拷問をされてもいない。
 出される食事も腐敗したようなものではなく、むしろ質の高い部類。
 スープとメインディッシュは二桁もの種類から、主食はライスとパンから選択可能。
 栄養を考えているかのように、毎食出されるサラダ。そのドレッシングもまた選ぶことができ、いくらでもかけれる。
 夕食にデザートが欠かされたこともない。
 ライト自身が試したことはないが、頼み込めばおかわりだって寄越すだろう。
 部屋も整備されており、無菌無臭状態に保たれている。
 隣の部屋にはトイレが設置されており、ライトはそこの使用を許可されている。
 トイレに向かう扉以外を開けるには、シグマと彼の部下が持つカードキーが必要。
 つまり――普段いる部屋とトイレしか、彼は移動を許されていないのだ。
 だが、それでも二部屋合わせて三十畳ほどあるのだ。
 生活に支障はあるまい。あるなどと言おうものなら、多くの人から反感を買うだろう。

 そんな待遇にも関わらず、ライトの表情は焦燥しきっている。
 光のない瞳で、ただただモニターに映る光景を見ていた。


 ◇ ◇ ◇


「――■■■■」

 軟禁状態にあるライトは、意図せずに四文字の言葉を搾り出す。
 それは彼の作り出し、未来への遺産としたレプリロイドの名。
 平和をもたらすべく製造され、実際に四度世界を救ったイレギュラーハンター。
 しかしライトの眼前にあるモニターに映る彼は、イレギュラーを狩るイレギュラー。
 同じ名を持つ仮面戦士の捨て身の攻撃を受け、彼は黒ずんだ破片を撒き散らして吹き飛んだ。

「頼む……」

 もう立ち上がることなく、彼が永遠の眠りにつくことを懇願するライト。
 時計の長針が何度か移動し、モニターが映し出したのは――――静かに立ち上がるイレギュラー。
 右腕にエネルギーを蓄える彼、彼に気付かぬ少女。
 お人よしと言っていいほどに心優しいライトには、もう限界だった。
 己の技術が負の方向に使われ、何とか練り上げた策は水泡に帰すどころかむしろ逆効果に。
 イレギュラーにも、彼が壊した者達にも、その他の参加者にも、もはや合わせる顔がなかった。

「…………すま、ない」

 数口手をつけただけの夕食の盆に手を伸ばし、ライトはフォークを掴み取る。
 大きく口を開け、震える手でフォークを口に押し込む。
 口蓋垂にフォークが接触。ライトは吐き気を覚えるが、そのままフォークを左手で固定。
 ライトは右の掌をフォークに押し当て、そのまま一気に右手に力を篭める。
 老人の腕力とはいえ全力を出した結果、フォークは喉を貫通。
 頚骨と接触したところで止まるも、既に致命傷。
 口から赤黒い液体を溢れさせて、ライトは白い床へと倒れ臥す。
 リノリウム特有の冷たさを肌に感じながら、モニターに映る少女を殺害したイレギュラーをライトは確認。
 言葉にならない謝罪を幾度も紡いで、ライトの意識は闇に落ちた……――――


 ◇ ◇ ◇


「…………?」

 死に至る傷を受けたライトは、意識を再び取り戻す。
 その理由を見出せず、首を動かそうとしたライト。すぐに自分が水中にいることに気付いた。
 発したはずの驚愕の声は、当然ライト以外に伝わらない。

「自傷行為に出るとは思っていなかったぞ」

 水中にいるはずのライトの鼓膜を、不思議と聞き取りやすい声が刺激する。
 声の主の正体に気付き、ライトは思わずその名を呟く。

「シグマ……」

 一気にライトの意識が覚醒し、視界が良好なものとなる。
 部屋は先程までいた場所と同じだが、中心部にカプセルのようなものが出現していて――そこにライトは入れられていた。

「まだ死なれては困るのだよ。やってもらうことがあるのでな」

 かけられた声は届いていないが、まるでそれに答えるようにシグマは言い放つ。
 ライトの脳内に、バトル・ロワイアルのために技術を使用した過去が蘇る。
 睨むというには鋭くないライトの視線を受け流して、シグマはライトに背を向ける。
 扉の前まで辿りつき、カードキーを取り出したところで――思い出したかのようにシグマは告げた。

「――――そういえば、エックスは破壊された。
 装着さえ出来れば誰でも使用できるよう改造させた、ファルコンアーマーもな」

 シグマの言葉を何度も反芻し、ライトはその意味をやっと理解。
 自分の技術がこれ以上負の方向に使われることが、もうエックスがイレギュラーの道を往くことが、もうないのだ。
 ライトが水中にいるためにシグマは気付かなかったが、ライトの瞳から液体が溢れ出した。

「残念だ」

 エックスに未練がある様子のシグマに、ライトは目を見開く。
 シグマの持つカードキーが通され、扉が開く。

「異世界の技術でさらなる向上を遂げた究極のアーマーを纏い、『イレギュラー』を破壊するエックスを見てみたかったのだがな」
「――――っ」

 毛髪のない頭を押さえて去っていくシグマ。
 その表情は確認できないが、それを夢想した上でライトは怒りを覚えた。
 十秒ほどで扉が閉まり、ライトの視界からシグマは消える。
 さらに暫しが経過し、治療が完了。
 傷一つない状態のライトを吐き出して、カプセルはリノリウムの床に沈んでいった。
 自殺を試みるも生き延びてしまったライトの周囲に、もうフォークはない。
 以後、彼の食事はチューブから栄養を補給するスタイルに変更となった。
 呆然とするライトの傍らで、モニターは首を斬り落とされたエックスを映し出していた。


 ◇ ◇ ◇


「シグマ隊長! どこに向かわれてたのですか!?」

 自室に戻る道中で、シグマはイーグリードに声をかけられる。
 鷲型のボディをした彼は、らしくないほどに焦っているようだった。
 離れたのは、多く見積もって十分。そんな時間で、彼が気をもむような事態が起こるものだろうか。
 躊躇うことなくその疑問をぶつけたシグマに、イーグリードは事情を説明する。

「スカイネットから指示が入ったのです。知らせようとしていたのに、まったく隊長が見つからず――」

 第三放送寸前から急に口を挟みだしたスカイネットに、シグマは不快感を露に歯を軋ませる。
 歩みを速くさせて、自室の扉を開けたシグマ。
 モニターに映っているテキストファイルに目を通し、先程以上の力を顎に篭める。

「隊長……どうされるですか?」
「さらなる加速…………いや、盛り上がりを求めるか。
 今まで通りにして、じわじわとバトル・ロワイアルを進める道もあるというのに……ヤツ等は実に下らん」

 追いついたイーグリードの質問に、シグマは強面の顔をさらに険しくする。

「――が、従う。逆らう道理もない」

 シグマは仰々しい椅子に座り込み、持ち位置に戻れとイーグリードに命じる。
 しかしイーグリードはその指示に従わずに、シグマを見据えたまま立ち尽くしている。

「…………何か、狙っておられるのですか?」

 返答する素振りを見せないシグマに、イーグリードは続ける。
 忠誠を誓ったシグマに対して、声を張り上げる。

「理解ができません! スカイネットにあれだけ憎悪を抱いていながら、それを吐露しながら……ッ!
 なぜ言われるがままなのです!? 何か考えているのですか!? 答えてください、シグマ隊長!!」

 シグマは無言を保とうとしていたが、イーグリードの意地でも立ち去ろうとしない意思に気付く。
 緩やかに口を開くと、シグマは重々しい声色で切り出す。

「前も言ったはずだ。私は、お前に全てを話した。全てを、だ」
「バカな……」

 イーグリードの反論は、シグマの氷塊のような眼光に封じられた。

「お前も私も、バトル・ロワイアルを進めればいい。それだけだ」

 それだけ言うと、シグマは視線をモニターに映す。
 何か言おうとしたイーグリードは口篭り、拳を握り締めて部屋から出て行った。
 扉が閉まったのを両目で確認して、シグマはキーボードで『了承』と打ち込む。
 エンターキーを押したシグマの瞳は、スカイネットからのテキストファイルを再度捉える。

『次の禁止エリアは、右下コロニーと左下コロニーの二箇所とせよ』

 あくまで簡潔な文面に、シグマは忌々しげに喉を鳴らした。



【宇宙要塞 / 一日目 真夜中】




時系列順で読む

Back: Next: 


投下順で読む



138:高みからの声-Climax Jump シグマ  
138:高みからの声-Climax Jump イーグリード  
129:遅過ぎた出逢い トーマス・ライト  





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー