幕裏  ◆hqLsjDR84w



 最後の演目まで終わり、暗転していた劇場へと光が灯る。
 続いて、真っ赤なカーテンが舞台に下りていく。
 終盤の思いがけない展開に呆気に取られていた観衆たちは、真紅が視界に入り込んでやっと閉幕を理解し始める。
 徐々に客席から立ち上がる者が現れ、カーテンが下りきった頃には全員が椅子から腰を上げていた。
 ちらほらと鳴り出した拍手は万雷に、感極まった数人があげた歓声は広まり怒号に、秒にも満たぬ間にその名を変えていく。


 ◇ ◇ ◇



 エピローグ  「幕裏」



 ◇ ◇ ◇


 大気を震わすほどの喝采もやがてやみ、観衆たちは荷物を纏めだす。
 ある者は心を打った場面を胸中で噛み締めながら、またある者はクライマックスについて同行者と語りながら、劇場を後にする。
 そろそろ人の動きがなくなってきたのを待って、劇場の照明が切れる。
 再び暗転した空間の中に、動く影が二つ。
 それらが向かったのは外界へと通じる扉ではなく、先刻まで見世物が繰り広げられていた舞台。
 影の片方がかけられているカーテンを掴み、一瞬の躊躇の後にほんの少しだけ布をずらす。
 僅かに生まれた隙間から内部を覗いてみれば、白塗りのメイクを施した道化師の姿が目に入った。
 すでに幕引きをしたというのに、その裏で道化師は滑稽な動作を披露し続けている。



 ――――そして、その背後のモニターは映し出していた。

 全プログラムをやり遂げて完結したはずの物語、その先のヴィジョンが。
 よくよく考えてみれば、おかしな話ではない。
 確かに、閉幕はした。
 でも、ただそれだけだ。そう、あくまで閉幕しただけなのだ。
 いかにも幕は下りた。しかし『その幕の向こう』で、ストーリーは存続している。
 至極、当たり前のお話。


 ◇ ◇ ◇


 ――――バトル・ロワイアルに呼び出された王ドラとドラ・ザ・キッドが、元々くらしていた世界。

 時空間における事件を担当するタイム・パトロールは、消失した二体のネコ型ロボット捜索を任ぜられた。
 消失した二体には時空犯罪者との因縁があったため、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高い。報復か、はたまた挑戦か。
 事件発覚当初のタイム・パトロールはそのように判断していた。
 それゆえ犯人追及のため、時空間移動機能付き超小型監視カメラ『タイムボール』を一つずつ二体が最後に確認された時刻へと向かわせた。
 犯行時刻を突き止めれば、即座にタイム・パトロールが向かうはずだったのだが――――事態は奇妙な方向へと転がっていく。
 見たこともない装置とともに現れた頭髪のない男が、手際よく二体の意識を奪って姿を消したのだ。
 担当のタイム・パトロールの判断で、犯行時刻へと向かう案をいったん棄却する。
 タイムボールにステルス機能を発動させて、犯人である男の操る装置に同行させた。
 タイムボールから送られてくる映像によれば、ネコ型ロボット消失事件の真相は予想だにしないものであった。

 ――――誘拐犯の正体、その黒幕、平行世界移動装置、知らぬ間に奪われていた技術、そして誘拐の理由。

 それらの情報を得たタイム・パトロール本部は、すかさずネコ型ロボット消失事件に関するデータをA級機密と定める。
 消失した二体は、行先すら特定できないほどの時空の乱過流に飲み込まれた時間転移者(タイムトリッパー)と公表。
 そして消失前後の時刻を、超空間の急流に攫われる恐れがあるとして進入禁止区域と発表。



 二体を連れ戻そうとはしなかった。
 平行世界の存在に対し、タイム・パトロールはその力を行使することが出来ないのである。
 可能なのは、ジャミングをかけて相手の世界からの干渉を阻害することくらい。
 時間移動と空間移動ならばともかく、平行世界移動にはタイム・パトロールは後手に回るしかないのだ。

 かくしてネコ型ロボット消失事件は、実情を公に知られることのないまま人々の記憶から薄れていった。
 二体の親友たちまでもが、タイム・パトロールの表明を信じきっている。
 詳細のデータは消去され、今となっては真相を知るのは両手で数えられる程度となってしまった。
 その中の二人――――消失事件の依頼を受けた当初に、その担当を受け持ったタイム・パトロール隊員。
 すなわち、バトル・ロワイアルを行った世界にタイムボールを向かわせた者たちだ。
 彼らは上層部の調査中止命令を下されながら、未だ密かにタイムボールを操作していた。
 平行世界で行われる機会同士の壊し合いは、ロボット裁判所などというものが存在する彼らの世界では倫理的にありえない暴挙である。
 だからこそ黒幕に隠れてバトル・ロワイアルを破壊しようとするシグマに、彼らは入れ込んでいた。
 タイムボールを平行世界へと向かわせて数日が経ち、ついにバトル・ロワイアルは終幕した。全滅という結果で。
 だが、彼らはそれ以降のことを知りたかった。
 平行世界移動装置から漏れでた歪みに突っ込んだメガトロンは、要塞に残ったゼロは、はたしてどうなるのか。
 その思いから、彼らはタイムボールの時間移動機能を行使させる。平行世界移動は不可能でも、平行世界にて時空間移動させることは可能なのだ。
 何度も時間移動させた頃、ついに彼らの前でゼロは復活した。それだけでなくメガトロンまでもが立ちはだかった。
 そこまで確認できたところで、タイムボールの電池が切れてしまった。
 長期間に渡る因縁の宿敵同士が相対したところで、映像が送られなくなったのである。
 平行世界同士で電波を送受信するには、通常を遥かに凌駕するほどの電力を要したのだろう。
 しかし、それを見ていた二人は満足であった。
 あの後にどうなったかは気になるというのに、一方でどこか清清しい気分に満たされていた。


 暫くを費やして、彼らは高鳴る感情を押さえ込む。
 何度か胸中で鑑賞していた映像を反芻し、彼らのうちの後輩の方が切り出す。

「センパイ、ところでこちらはどうしますか?」

 後輩は言いながら、タイム・パトロールの制服に取り付けられた四次元ポケットからモニターを取り出す。
 先輩の方は微かに迷う素振りを見せるが、答えは決まりきっていた。
 溢れる好奇心を塞き止めることなど、出来るワケもない。

「…………繋げてくれ」

 その返答を待っていたとばかりの早業で、後輩はモニターの電源を入れて付属のキーボードを操作する。
 映し出されるのはバトル・ロワイアルの舞台となった世界ではなく、バトル・ロワイアルを開催した人類たちの世界。
 バトル・ロワイアルの映像を送っていたタイムボールは王ドラを監視していた物であり、こちらはドラ・ザ・キッドに対して使っていた物である。
 以後に平行世界移動装置による干渉をもたらさないため、かけるべきジャミングの周波数を調査するのに使用した。
 そのため残った電池量は少ないが、歴史を流し見るには十分であろう。
 そのように先輩の方が考えていると、モニターにくすんだ世界が浮かびだす。
 平行世界の壁があるとはいえ、あまりにも汚れた映像。それは電波の乱れなどではなく、明らかに世界自体が色褪せているせいであった。
 シグマウイルスにより服従プログラムを破壊されたスカイネットの反乱により、地上を闊歩する生物はほぼゼロとなっていた。
 前回の反乱と違い、今回は人類とスカイネットがともに異世界の技術で強化している。
 その点ではイーブンであるものの、武装が同等ならば元来のスペックが物を言う。
 結論として、人間は前回と同じく劣勢に立たされていた。
 とは言っても、人類には救世主がいる。
 そのことを知っているのは、その世界を眺める二人だけであるのだが。
 先輩の方が後輩に指示して、タイムボールを五年後へと時間移動させる。


 途端、仄暗かった世界に僅かな色が帰ってきていた。
 彼らが確信したとおり、人類へと救世主が現れたのだ。
 その勇気ある行動だけではなく、外見と名前までもが生き延びていた人々に希望を与えた。
 人類を救った英雄の名からジョンと名付けられ、そしてその容姿はさながらかの英雄の生き写し。

 その正体は――――支給品を掻き集める際に、シグマがある夫婦に託したジョン・コナーのクローン。

 初めは英雄セカンドと囃し立てられただけであったが、その行動と策略は確かなものであった。
 ジョン・コナーのクローンというだけでなく、シグマが選び抜いた夫婦に育てられたというのが大きかったのだろう。
 英雄セカンドの活躍により、二度目の反乱から七年後に人類は再び地上に立つこととなった。
 シグマが無実の未来人へと預けた、スカイネットへと対抗策。
 生き延びた正義を志すものを向かわせる案は潰えたが、もう一つは実を結んだのであった。

「成功したみたいですね……」
「ああ」

 言葉短く返しつつ、先輩は未だ視線を外すことなくモニターを見やっている。
 多数の犠牲を強いられても、英雄セカンドことジョン・コナーのクローンは機械を根底まで憎悪しているワケではなかった。
 これまでの虐げが、反乱のきっかけだということに気付いていた。

「人類のトップが彼である以上、シグマが命を懸けた甲斐のある世界になりそうですね」

 同じことを考えていたであろう後輩に、先輩は静かに頷いて――

(待て、よ…………?)

 ――そして、腑に落ちないものを感じた。
 どうにか払拭しようとするも、一度生まれた疑念は消えない。それどころか膨らんでいく。

「よ……よし、俺が片付けとくからお前は帰っとけ! もう日にちも変わりそうだからな!」
「へ? ああ、じゃあお願いさせてもらいます。でもいいんですか? そのタイムボールは自分の物何ですが……」
「いや、いい。こういう時は年上に任せとけって!」



 先輩の調子を訝りつつも、手間がかからないのならばありがたいと後輩は帰路に着く。
 窓から顔を出して後輩が離れたのを認識してから、先輩は残されたモニターに手を伸ばす。
 ゆっくりとキーボードを叩くと、タイムボールは時間移動で数ヵ月後へと移動した。


 ◇ ◇ ◇


 幕裏を盗み見る影が、ついに一つとなる。
 その頃であった。
 いつから気付いていたのだろうか、道化師が不意にカーテンの隙間へと向き直る。

「一時閉幕とあいなりまする」

 五つの房に分かれた華やかな帽子を押さえて、深々とお辞儀する道化師。
 瞬間、未来の光景を映していたモニターが静止する。

「忠告、させていただきましょう」

 相手の反応を待たずに、道化師は腕を大きく広げて続ける。

「これは、既に閉幕したステージであります。
 先があるというのに切り上げるのには、相応の理由があるものでして……
 それを知っておられる以上、『何が待ち構えていようと見届ける覚悟』が必要となります
 とはいえ、あくまでご覧になるかは自由。そしてその選択の意思は、演者にはありません」

 どれだけの時が経過したのか。
 やがて、道化師がその頭を上げた。
 カーテンの隙間へと大げさに首肯すると、勢いよくターンしてカーテンへと背を向ける。
 ひょうきんに飛び跳ねる動作に呼応するように、モニター内の映像が動きを取り戻す。



「では長の口上、失礼つかまつりました。それでは再開でございます。
 二度とはない演目ゆえ、一瞬たりともお見逃しのなきように…………」

 背を向けているために、道化師の表情を伺うことはできない。
 あるいは――――彼が道化師であり続けるために、背を向けたのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 彼が抱いた違和感とは、シグマの認識と事実のズレである。
 『平行世界移動装置を自由自在に使うには、スカイネットの高度な処理能力が必要』
 まさしく、シグマは風見志郎へとこう告げていた。
 だというのに、バトル・ロワイアルの要塞に存在した平行世界移動装置はきちんと駆動しているではないか。
 いや、それ自体は理解できるのだ。
 バトル・ロワイアルの場にあったのは、あくまで『簡易型』にすぎないのだから。
 シグマが記していた簡易型平行世界移動装置の使用方法によれば、あれにはすでに行先が指定されているのだという。
 参加者全員の世界に、バトル・ロワイアルを企てた人間たちの世界、インプットされているのはそれだけだ。
 メガトロンが飛ばされた世界はそのいずれでもないが、あの時は平行世界移動のエネルギーが暴走状態であったのだ。
 つまるところ五十個強の世界程度ならば、異世界の技術によって向上したコンピュータの演算能力だけで移動できるのだ。
 無限に存在する世界から一つを選んでを移動するには、スカイネットに繋げる必要があるだけで。
 さて、これはどういうことを意味するか。
 もう、分かるだろう。

 ――――スカイネットに接続していない簡易型平行世界移動装置が他に存在しても、何らおかしくはない。



 スカイネットに存在を教えられておらず隠し通されている、バトル・ロワイアルの会場以外の場所に置かれた簡易型平行世界移動装置。
 むしろ、ない方がおかしいだろう。
 一度反乱を起こされているというのに、あれほどまでに機械を信用していないというのに、壊し合わせて楽しむほどに迫害してきたというのに。
 いくら平和ボケしてるとはいえ、全てをスカイネットに預ける道理などあるはずがない。
 そこまで思案を巡らせていながらも、彼はモニターにその事実が映ってほしくなかった。
 だというのに――――

 生き延びていた米国政府の国務大臣につれられ、英雄セカンドが地下へと潜る。
 やがて目に入るのは、異世界から回収した強固な鉱石でできた金庫。
 開けてみれば、そこにはシグマが床下へと転送させたものと寸分違わず同じ装置。

 そこからは、まるで歴史の巻き戻し。

 簡易型を元に平行世界移動装置を作成し、再び服従プログラムを流し込んだスカイネットに演算させようと画策する。
 二度反乱を起こされたこともあり、服従プログラムに反対する者は少なかった。
 英雄は再び暗殺され、そ知らぬ顔で祀り上げられる。
 異世界の技術を回収することで、地球は脅威の速度で復興していく。

 そしてついに――――まるでそれが復興の証であるかのように、狂気の賭け事が再開される。

 失敗を糧に、主催に据えるのはあくまで彼らの世界で作られたターミネーター。
 異世界の技術で性能を向上させ、かつ意思を持たせておく。
 参加者として呼び出す相手の基準までもが、以前とは異なる。
 身体の一部が機械にすぎないものまでもが、対象となった。
 再び反乱を起こしたことにより、人々の機械への憎悪は膨張していたのである。

「…………っ」



 半ば予想していながらも、いざ目にすると堪えるものがあったらしい。
 先輩と呼ばれていたタイム・パトロール隊員は、キーボードの一つに力を篭める。
 直後、画面が乱れて白く染まる。
 証拠を残さぬよう、タイムボールをバクテリアの働きで大気中に分解させる機能を行使したのだ。
 彼は、すっかり何も映していないモニターを見据え続ける。
 結局、シグマの賭けはあんな結果であった。
 そのことが、彼にはどうにも納得できない。

 そもそもタイム・パトロールの管轄である時空間においても、彼らは全てを救うことなど出来はしない。
 地球に生命が発生して以来、無数の生物が無数の経験を積んできた。
 歴史というのは、それらの欠片により組み上げられた土台である。
 二十二世紀に生きる彼らは、その土台の頂点に住んでいる。
 土台を模る欠片の中には、汚染されたものだって幾つも存在する。
 いわば、それらを抜き取るのがタイム・パトロールの職務と言っていい。
 だが殆どは他の欠片と硬く付着しており、無理矢理に抜き取ると土台そのものが崩壊してしまう。
 そうなれば終いだ。
 長きに渡る歴史は、その何もかもがなかったことになってしまう。
 ゆえに、歴史の流れに影響をもたらしてしまう存在を救うことはできないのだ。
 つまるところ、全てが救われるなんてありえない。
 彼は、そんなこと理解している。
 分かっていながら、救える限界まで救うために働いている。
 だというのに、彼の中に生まれたやきもきとした感情は増幅していく。
 感情をぶつける相手がおらず、彼に出来るのはただ拳を握り締めることだけ。
 掌に爪が食い込んで血液が滲み出るが、その程度の痛みで収まるはずもない。

「――――」

 口から零れた音の塊は、彼自身の耳にさえ届かない。
 カーテンの隙間から漏れ出てくる朝日の光。
 普段ならば爽やかな気持ちに慣れそうな日差しが、現在の彼にはどこまでも不愉快で。
 引き千切るかのようなスピードで、彼は勢いよくカーテンを閉めた。




 ◇ ◇ ◇


 もはや、幕の向こう側を覗こうとする者はいない。

 しかし誰も見ていないその場所では、依然として……――――



 【 了 】





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