FX  ◆9DPBcJuJ5Q



 コートを着込んだ1人のロボットが、瓦礫の山と化した街を、廃墟となったビルの屋上から見下ろしていた。
 その瞳に何が映っているのかは、サングラスに遮られて何も見えない。
 真一文字に結ばれた口元も、動こうとする気配が無い。
「ここにいたのか、ブルース」
 すると、ロボットの――ブルースの名を呼ぶ声が聞こえた。
 しかしブルースは振り向くようなことはせず、瓦礫の山を見下ろしながら、声を掛けてきたロボットに聞き返した。
「お前こそ、こんな所で何をしているんだ、キング」
 キングと呼ばれたロボットは、その名に恥じぬ威容であった。……それも、彼が本来の姿ならば、であるが。
 今のキングの姿は、ボロボロだった。愛用のハルバードも盾も無く、風に靡くマントも襤褸布になる一歩手前と言う具合だった。
「なに。最後の決戦の前に、君と話しておきたかったんだ」
「…………そうか」
 キングの言葉に肯定も否定も返さず、ブルースはその場に留まった。
 それを諒解と受け取ってか、キングはブルースの隣に並び立ち、同じ景色を眺めた。
「あれから、もう10年になるな」
「ああ。……結局、何も還らなかった。そして、失われたものの証明が…………この風景、か」
 風が、無人の廃墟を吹きぬける。
 この廃墟は嘗て、東京という都市であり、新宿と呼ばれる街だった。
 東京が、新宿の街が、廃墟となってしまった理由。
 それは、失われてしまったからだ。
 小さな、それでも大切な存在が。

 ロックマンという、ヒーローが。










 東京湾の間近に停泊している、ドクター・ワイリーの移動要塞。
 そこにはワイリー博士率いる数多くのワイリーナンバーズが集っていた。だが、彼らの様子もまた、今までと――ロックマンと戦っていた頃と違っていた。
「ワイリー博士。キング軍団に動きが。恐らく、明日にでも攻め込んで来るものかと」
 偵察から戻った忍者型ロボット――シャドーマンは、要塞の椅子にふんぞり返ったまま動かないでいる己が主に、自分の目で見たものをデータだけでなく己の口からも報告した。
 これを聞いて、今迄のワイリー博士ならば慌てふためいた事だろう。
 だが、今のワイリー博士は正面の巨大モニタ――ではなく、手元の小さなモニタを見ながら、気だるそうな表情を崩さず、一言だけ呟いた。
「……ロックマンはどうした?」
 ワイリーらしからぬ張りの無い、消え入りそうですらある声にもシャドーマンは動じず、答えを述べる。
「おりません。……やはり、ブルースの言ったとおり、ロックマンは10年前に――」
「死におった、か。ふん、拍子抜けじゃが……まぁ、いいわい。お陰で、漸くワシの野望が成就するというものじゃ」
 感動も感慨も無く、ワイリー博士はまるで他人事のように言った。
 博士のこの姿を、10年前に、一体誰が想像できたであろうか。
 シャドーマンは何も言わず、ただワイリー博士を見つめるのみ。
 すると、また別の者が現れた。
「ワイリー博士、フォルテの調子も良好……なのでしょうね、あれで」
 コウモリ型ロボット――シェードマンは含みのある言い方で報告したが、ワイリー博士はそれを咎めようともしない。
「勿論じゃとも! やはり、あのプログラムは最強を求めるあやつにはうってつけじゃった!! フォルテのやつも漸く、わしの“最強傑作”に相応しくなりおった!!」
 すると、ワイリー博士はここ最近では珍しく、目を爛々と輝かせ吼えるように叫んだ。
 そう、今のワイリー博士が嘗ての覇気を取り戻す瞬間は、この時だけなのだ。
「……では、博士。我々はこれで」
「うむ。万事、抜かりなくな」
 シェードマンの申し出にワイリー博士もすぐに落ち着いて返事を寄越した。それに続く形で、シャドーマンも退室した。
 去り際に、ワイリー博士の背中の辺りを見て僅かに表情を強張らせたが、それだけだ。


「……シェードマンよ」
「なんですか? シャドーマン」
 ワイリー要塞から出て、辺りから人工の光が消えたからこそ見えるようになった満点の星空の下で、シャドーマンはシェードマンと話し始めた。
 今では、こうして話せるワイリーナンバーズも数少なくなってしまった。
「お主、今のワイリー博士をどう思う?」
 シェードマンの顔は見ず、ただ北斗七星を眺めながら、シャドーマンは語り掛ける。
 それにシェードマンも、同じ星を眺めながら答える。
「そうですねぇ……随分と、生き急いでいるように見えますよ。まるで、今まで見えていなかったゴールが急に目の前に現れたかのように、ね」
「そうだな。だが、そのゴールは果たして一つなのか、ゴールの先は栄光の架け橋なのか奈落の底へと至る闇なのか、それが気懸かりでならん」
 思い出されるのは、フォルテを始め豹変してしまったワイリーナンバーズと、ワイリー博士自身。
 そして、ワイリー博士に繋がっている数々のケーブル。
 ワイリー博士が焦る理由も、その為に行ったことの意味も、分かっている。分かっているのだ。
「少なくとも、博士は栄光の架け橋へと続くゴールを目指しているのでしょうねぇ。だからこそ、彼らを“ああ”した」
「…………そうで、ござろうな」
 形振り構わず、手段を選ばず。
 全ては、己の悲願の成就のために。
 その為の切り札として用意されたのが――。
「ゼロウィルス、か……」
 自らの兄弟達を豹変させたプログラムの名を、シャドーマンは悲しそうに呟き、シェードマンは僅かに顔を俯けた。
 2人はそのまま何十分も、何時間も黙って、星空ではない何処かを見ていた。
 やがて、2人が再び星空を見ると、北斗七星にあるはずの無い八番目の星が輝いていた。










 キングとブルースは語り合っていた。
 日が沈み、月が昇っても、まだ語り足りぬと。
 しかし、彼らの表情は硬く、声は淡々とした抑揚の無い平坦なもので、とても楽しげに語らっているようには見えなかった。
 彼らに見えるのは、後悔と絶望という虚無だけ。
「ロックマンの最期は、ドクター・ワイリーに伝えたのか?」
「いや。ただ、“死んだ”とだけ伝えた。お前も、そうだったのだろう?」
「ああ、その通りだよ。…………あれから、何も無いな」
「世は全て、この世の内側で起こることのみだ」
「……シグマは、死んだのだろうな」
「そして、並行世界移動装置も使われる前に破壊された。俺達の約束が守られていないからには、な」
 間断なく続けられていた2人の会話が、そこで初めて途切れた。
 冷たい風が吹きぬける音だけが、辺りに鳴り響く。
 気付くと、キングは拳を握り、全身をわなわなと震わせていた。
「ならば、誰も生き残らなかった……何も残らなかったというのか……!」
「…………かも、しれないな」
 ブルースは廃墟の街を見つめたまま動かない。だが、彼の口元もまた、歪んでいた。
 そうして、2人は無言のまま、ただ時間だけが過ぎていった。


 やがて、空が白み始めてくると、キングがマントを翻した――その瞬間、2人のセンサが空間の異常を察知した。
 何事かと、歴戦の戦士である2人は即座に身構えるが、空間の異常は一瞬で収束した。
 後に残ったのは――ブルースの足元に落ちている、あるモノだけだった。
「これは」
「…………まさか」
 それは、本来ならばこの世界にありえないもの。しかし、確かにこうして、今、この世界に存在しているもの。
 彼ら以外の誰が知り得ようか。
 それは、バトルロワイアルの忘れ形見。
 この世界の誰が知り得ようか。
 それは、地球を守るために大デストロンのコロニー落しを阻止する為に死力を尽くし、最高最後の蹴りを放って散った、仮面を被った正義の戦士が懐に仕舞っていた、彼の後輩の武器。
 彼が散った後に発生したブラックホールに吸い込まれ、時空の狭間を彷徨って、全く異なる世界の全く異なる時代に――この世界の、この2人の前に現れたのだ。











 ある平凡な夜が明けた日、ロックマンがこの世界から消失した。
 この事態に、ライト博士やロール、ライトットは慌てて彼を捜し始めた。
 そして、ロックマンが行方不明になってから暫く経ったある日。久しく音信不通であったキングがライト博士の下を訪れ、驚くべき事実が語られた。
 ――ロックマンは、遠い異郷の地で戦い、死んだ――
 この言葉を、誰もが疑った。信じなかった。性質の悪い冗談だとキングを叩き返した。
 しかし、その言葉を裏付けるように、何日経っても、何週間経っても、何ヶ月経っても、何年経っても、ロックマンは帰って来なかった。
 そんなある日、ドクター・ワイリーの何度目かになる世界征服の野望が始動したのだが、今回は様子が違った。
 ワイリー軍団の先鋒に立つフォルテは、ただ戦いと最強だけを求めて、各地で強者と戦い、己が最強を敗者の残骸と共に世界に刻み付けた。ロックマンのことなど、一度も気にかけず。
 続くワイリーナンバーズのロボットも、彼らの中にあった愛嬌や感情が極端に薄れ、彼らの本来の意義である戦闘にだけ特化した存在になっていた。
 このワイリー軍団の猛攻に対して、人類は――ロックマンを失った人類には、成す術もない……かと、思われた。
 だが、このワイリー軍団の猛攻に対し、かつて人類に宣戦布告したキングが全世界のロボットに呼びかけ、ワイリー軍団の手から世界を守るために新生キング軍団を結成し、ワイリー軍団に対抗した。
 新生キング軍団には、クイックマンを始めとした変貌したワイリー博士についていけなくなった一部のワイリーナンバーズのロボットの姿まで見受けられた。
 そうして、ワイリー軍団と新生キング軍団の戦いは半年以上にも及び、主戦場となった日本は大きな被害を受けていた。
 戦況は、僅かながらワイリー軍団の優勢。その要因は、ロックマンの消失とフォルテを始めとしたワイリーナンバーズの豹変であることは、誰の目から見ても明らかだった。
 そして、最終決戦を迎える今日は、奇しくもロックマンが消失してから調度10年となる日だった。










 キング軍団の勇士を、精鋭たるキングナンバーズを、たった一つの黒い影が蹂躙し、粉砕していく。
 強く在れ、と作られたその存在は、正しく最強として己が存在を誇示していた。
 その強き存在の名は、フォルテ。
 最強の前に、王者――キングは膝を屈そうとしていた。
「く、くく――はぁーっはっはっはっはっ!! おいおい、どうしたキング? 前に俺をコケにしやがったあの余裕は何処に行きやがった!」
 闘争心の昂ぶるままに笑い、吼えながら、フォルテは寸毫も攻撃の手を緩めず、しかし戦いを弄ぶ。
 フォルテは右手のフォルテバスターを連射し、今にも倒れそうになっていたキングの体を無理矢理起き上がらせた。いや、跳ね上げた、というべきか。
「ぐ……う、うぅおおおおおおおおお!!」
 無理矢理に立ち上げさせられたキングは歯を食い縛り、失われた左腕から、胸に開けられた風穴からオイルが流れ出るのも構わずに、フォルテに残された右腕で殴りかかった。
 しかし、そんなものでは最強に、その瞬間からより強く在ろうとしている者に届くはずもない。
 キングの最後の一撃を、フォルテは正面から拳を激突させ、キングの拳を粉砕することで完膚なきまでに叩きのめした。
 キングはそのまま、呻き声すら漏らさずにフォルテの足元に転がった。
「ちっ、つまらねぇ。所詮、最強の俺に敵うヤツなんてアイツしか………………アイツ?」
 敵の大将を討ち取ったことにも何の感慨も懐かなかったフォルテの人工頭脳に、不意に、何かが過ぎった。
 ありえないはずの存在が、知るはずのない何かが、フォルテの回路<ココロ>を掠めた。
「アイツって、誰だ? 俺は生まれたその時から最強だった。なら、俺に敵うヤツがいないのは、当然、だ……」
 我こそは最強。我こそは無双。我こそは頂点。
 足元に築かれた、物言わぬ骸の山の頂点に唯一人立っていることこそが何よりの証明なり。


 ……だというのに。そのはずなのに。
 何故、目の上に、あるはずのない青い影がチラつく……!
「イライラする……イライラするんだよおおおおおおおおおお!!」
 苛立ちのまま、フォルテは手当たり次第に街を、キング軍団のロボットを破壊していく。
 そして、ついにその凶弾が避難シェルターに迫ろうとした、その時だった。
 青い閃光が、フォルテの頬を掠めた。
「やめろ! フォルテ!!」
 一瞬目を見張り、すぐに声がした方に顔を向ける。
 そこにいたのは――青い、影。
「お前は……? お前は……!?」
 青い、人影。
 青い、人を模したモノ。
 青い、鎧を身に纏った戦士。
「もうこれ以上、この世界を、この街を、みんなを! 傷付けさせはしないぞ!」
 聞くだけでむず痒くなるほど小奇麗で甘っちょろい台詞を、平然と言ってのける青いヤツ。
 青い、心優しく平和を愛する、正義の戦士の名を――フォルテが、最強を求める者が、忘れるはずがない!
「お前は……お前はァ――! ロックマン! ロックマンかぁ!!」
「そうだ。俺は、最も勇気ある兄の名を受け継ぐ者――ロックマンXだ!!」







 キングは、ノイズが混ざっていく音の中から、辛うじてその声を聞いていた。
 砂嵐が酷くなる視界の中で、その姿を確かに認めていた。
 エックス。未知なる可能性と危険性を併せ持つ戦士の姿を。
 歴史は変わった。本来辿るはずだった歴史では目覚めなかったはずの彼が、こうして目覚めて、ロックマンのように戦っている。
 ならば、自分のやった事も全てが無駄ではなかったと、キングは安堵し、やがて彼の身を案じた。
 キングの知る彼は、ロックマンと同じ優しく平和を愛する心を持っていたが、それ故に修羅の道に堕ちてしまった。
 それはきっと……彼が、■■になってしまったから。
 だから、彼に伝えなければならない。それが、あのバトルロワイアルから何もせずにおめおめと生き延びた自分達が為さなければならない、最後の事なのだから。
 どんな時でも、どんな場所でも――どれだけ時空を隔てていようとも。
 君は決して、■■ではない。■■になるはずがないのだ、と。
 だが、キングはもう声を発することも、立ち上がることも出来ない。
 だから……
 ――頼むぞ、ブルース――
 十年来の盟友の名を心の中で呟き、キングは機能を停止させた。




 奇縁により盟友となった男、キングの機能が停止しても、ブルースは動かない。……否、動きたくても動けないのだ。
 ブルースの身体は、ボロボロだった。
 元から動力炉の出力が不安定だったのだが、それが、10年前のあの時から更に酷くなっている。この10年間で機能停止しなかったことでさえ奇跡なのだ。
 このことを、ブルースは決して恨んでいない。
 事情はどうあれ、自分はシグマの所業を見過ごした――否、彼の思想に僅かながらに同調していた。
 それによって、どれだけの命が失われることになろうとも構わないと、それを悪行と知りながら善しとしたのだ。ならば、赤い仮面の正義の戦士による一撃で瀕死に追いやられたのも、二度と戦えない身体になったのも、当然の報いだ。
 ただ、悔いることがあるとすれば――ロックマンが死んだあの戦いの結末を、シグマというロボットの最期を、最後まで見届けることが出来なかったことだけ。
 シグマには、並行世界移動装置が作動した際に、自分達の下にバトルロワイアルの情報が収められたデータチップを送ってくれと頼んでおいたのだが、それも届かない。
 ならば結末は、そういうことなのだろう。
 だが、偶然か奇跡か必然か。
 あの日から調度10年経った今日、この日に、自分の下にこれが現れた。
 ならば、これと共に語り継ごう。
 彼にだけは――未知なる道という、天国とも地獄とも知れぬ場所を往くことになる末弟にだけは、語らなければならない。
 自分が知る限りの真実を。語れるだけ、伝えられるだけの全てを。
 そうして、ブルースはエックスとフォルテの戦いを最後まで見守った。









 半日以上に亘った新生キング軍団とワイリー軍団の最終決戦は、キングは死亡したものの、人知れず現れたロックマンを継ぐ新たなる英雄の活躍により、新生キング軍団の――人類の勝利で幕を閉じた。
 その新たなる英雄は、辺りに人気の無くなった頃に、廃墟と化したワイリー要塞から出ると、ボロボロになった髑髏の意匠を見上げて、すぐに前を向いて歩き出した。
 ――~♪ ~~♪
 すると、どこからか何かの音が聞こえてきた。
 風の吹く音とは違う、特定の音を組み合わせた芸術――確か、音楽というものだったか。
 そして、この音楽には聞き覚えがある。博士が教えてくれた2種類の音楽の内の片方だ。
 このメロディは、ロックンロールではなく……ブルース。
 ブルースの音色が聞こえてきた先を振り返ると、そこには、黄色いマフラーと黒いバイザーが印象的な赤いロボットが立っていた。
「俺に、何か用ですか?」
 新たなる英雄は、一瞬、ワイリー軍団の生き残りかと身を強張らせたが、赤いロボットの姿を見た瞬間に、何故か警戒心が払拭された。
 懐かしい、と。今日、初めて外に出た彼にはありえないはずの感情が生じていたのだ。
「お前に、話したい事がある……エックス」
「どうして、俺の名前を!?」
 自分を作ったライト博士しか知らないはずである自分の名前を言い当てられたことに、彼――エックスは驚いた。
 だが、赤いロボットは、当然だ、と言わんばかりに笑みを浮かべた。
「知っていたから、さ」
「知っていた……?」
 成る程、知っていたのならば知っていてもおかしくはない。だが、ならば、どうして彼はエックスの名を知っていたのだろうか。
 そんな疑問を口に出すより先に、赤いロボットが語り始めた。
「お前に、話したいことがある。ある2人の、心優しい、平和を愛した2人の戦士の末路だ」
 エックスは戦いが終わったことを、ライト博士に一刻も早く伝えたいと思っていた。だから、本来ならばこんな所で見ず知らずのロボットの長話に付き合う必要は無い。
 だが、何故かエックスは、その話を聞かなければならないと、そう感じていた。




 1人は、青い少年のロボット。心優しい彼は、見ず知らずの場所にいきなり放り出され、戦いを強要された。それでも、彼は誰かを助けること、誰かを守ることを忘れずに行動し続けた。その中で出会った友を失っても、立ち止まらずに走り続けた。
 その結果、彼は見ず知らずの誰か守ることに命を懸け――助けた誰かに見限られ、殺された。

 もう1人は、青い青年のロボット。心優しい彼もまた、見ず知らずの場所にいきなり放り出され、戦いを強要された。それでも、彼は誰かを助けること、誰かを守ることを忘れずに行動し続けた。まるで、先程の少年のロボットに同調しているかのように。
 だが、戦いの中で些細な誤解から犠牲が生まれ、その絶望に彼は押し潰された。戦いの中で守るべき者を殺してしまい、更生させるべき者に庇われて死なせてしまい、彼は、優しく、強く、平和を愛するが故に――1人で、戦いを潰す為に戦い始めた。
 戦うもの達の善も悪も問わず、ただ“戦いそのもの”を悪しきモノとして、彼は修羅の道を往った。戦いを潰す為に善いモノをも殺し、守るべきか弱い存在さえも見捨てた。
 だが、そんな彼を、自分以上に心優しく平和を愛していた戦士の死という更なる絶望が襲った。
 絶望の中、彼は心を完全に鬼として、戦うもの、戦わせるもの、戦いを広げるもの、戦う意志を持つもの、それらすべてを敵として、破壊するために戦い続けた。
 そして、その戦いの果てに――彼は、自分と同じ正義を志す戦士達を道連れにして、最期は親友の手によって討たれた。




 赤いロボットが語り終えると、暫く、エックスの思考も身体の動作も停止していた。
 だが、やがてわなわなと身体が震え始め――
「酷い…………そんなのって、そんなのってあんまりじゃないか……!」
 ――その目から、涙が溢れ出した。
 どんなロボットも持たない、エックスだけの特別な機能。それが、『泣く』という機能だった。
 とめどなく涙が溢れ出るほどに、エックスは2人の戦士の末路を我がことのように悲しんでいた。
 その涙を見つめながら、赤いロボットは更に言葉を続ける。
「だが、事実だ。現実に、そのようなことが起こり……今も、もしかしたらどこかで同じようなことが起きているのかもしれない」
「そんなの……許せない。そんなことがあるなんて、俺には……!」
 正しい者ばかりが、理不尽な暴力と絶望に打ちのめされる。
 そんなことがあっていいのか? そんなことが許されていいのか?
 少なくともエックスには、そんな現実を、そんな世界を認めようとは思えなかった。
 その想いも、ライト博士が作り上げた人工頭脳によるものなのか。それとも――もっと別の何かによるものなのかは、誰にも知る由は無い。
「ならば、この事実を知ったお前は……これからどうする?」
 エックスの流す涙を見つめながら、赤いロボットが更に問うて来た。
 本来ならば、稼動したばかりのエックスは答えに詰まっていただろう。
 だが何故か、赤いロボットが語った2人の戦士の末路を聞いた今では、すぐに答えが出てきた。
「俺も戦います。彼らと同じように、この力を正しいことのために――世界の平和と、みんなの笑顔を守るために使う!」
 それこそが、自分の存在する意味、自分自身で選んだ在り方、ロックマンXの生きる道だと、エックスは断言した。


 それを聞いて、赤いロボットは納得したようにゆっくりと頷き――
「そうか。なら、それでいい」
 ――一瞬だけ、とても優しく微笑んだ。
 その笑顔に、エックスは誰かの面影を重ねた。
「だがな、決して忘れてはならないことがある」
「決して、忘れてはいけないこと?」
 エックスが聞き返すと、赤いロボットはゆっくりとした口調で話し始めた。
「お前のその想いがある限り……どんな時でも、どんな場所でも、お前は決して独りではない、お前の心は孤独にはならない、ということだ」
 言うと、赤いロボットは何かを取り出し、エックスに手渡した。
「これは?」
 それは、何かのグリップだった。
 煤けてボロボロで、一部は中身の機械が露出し、付いているボタンを押しても何も起こらない。
 これが、一体なんだというのだろうか。
「先程の2人とは違う……暗闇に操られ、絶望の底に叩き落されても尚、その暗闇を打ち払い、自分の信じる正しいもの――正義の為に、最期まで……戦い抜いた男が……持っていた、もの、だ」
 赤いロボットはエックスの疑問に答えてくれたが、何か様子がおかしい。
 しかしエックスがそのことを問い質す暇も与えず、赤いロボットは更に語り続ける。
「その男の名も、Xだった。……エックス、俺の言葉と、彼らの……存在が、遠く、時空を隔て、ても……確かに、常に……共に在ること、を……忘れる、な…………」
 言葉はそこで途切れ、赤いロボットはまるで糸が切れたように、ガクリ、と膝を崩した。
 エックスは慌てて、彼を抱き止めた。
「どうしたんですか!? しっかり、しっかりしてください!!」
 エックスは何度も、必死に赤いロボットを呼び続けた。
 だが、彼から返事が返ってくることは無かった。


 これが、出来の悪い兄から、お前にしてやれる、最初で最後の、せめてもの事だ…………。
 …………ロック、エックス……すまなかった。ライト博士も、申し訳、ありませんでした……。
 キング、シグマ。待たせたな。俺達のような機械にも地獄があるのなら……俺も、今、逝く、ぞ…………。









 フォルテが、ワイリーナンバーズの大半が破壊されても尚、今回もまたしぶとく逃げ延びたワイリー博士は、しかし今までとは違う様子だった。
「許さん……許さんぞライトぉ……! ロックマンX! よくも、よくもわしの夢を! ワシの野望をぉぉ……!」
 泡を吹きながら、その言葉をまるで呪詛のように繰り返しながら、ワイリー博士は生き残った数名のワイリーナンバーズと共に秘密研究所に篭り、研究に没頭した。
 その只ならぬ様子にシャドーマンとシェードマンは息を呑み、しかし何も言うことが出来なかった。
 ワイリー博士には、もう……時間が無いのだ。

 ワイリー博士の研究とは、何か。――それは、ワイリー博士の夢を叶えるためのもの。
 ワイリー博士の夢とは、何か。――それは、ワイリー博士の生きがい。
 では、ワイリー博士の生きがいとは、何か?
 世界征服?――違う。
 ロボットによる、ロボットのための、ロボットの世界を作ること?――違う。
 ワイリー博士の研究が目指すもの。
 ワイリー博士の叶えたい願い。
 ワイリー博士の生きがい。
 それは…………トーマス・ライトを、ロックマンを超えること。


 ゼロっ わしの最高傑作!!
 倒せぇ わしの敵!!
 わしのライバル!!
 わしの生きがい!!
 倒せ! あいつを!!
 行けぇっ!! そして……破壊せよ!!

 最期にそう言い残して、シャドーマンとシェードマンに看取られ、ワイリー博士は息を引き取った。
 その傍らには、金髪の赤いロボットが眠っていた。

 奇しくも、それと同じ頃。

 新たなる英雄を封印したライト博士もまた、多くの人やロボットに惜しまれながら、永い眠りに就いていた。
 “悪の天才科学者”アルバート・W・ワイリーと、“ロボット工学の父”トーマス・ライト博士。
 思惑は違えども、人類の二大頭脳が共に未来へと遺したモノ。『未来への遺産』の名は――

 ――ZとX。即ち、最後のモノ達――











 何時かの時代。
 何処かの場所。
 其処に、遺されたモノ達の姿があった。
 彼らは、同じ時代に生き、同じ場所で前に進んでいた。
 それが、互いに背を向けた地獄へと至る孔か、互いを見失った天国へと至る階か、それとも――共に歩む、現実を生き抜く茨の道か。
 それを知る者は、今、この時には誰もいない。
 それは、語り継がれる物語ではなく、新たに語られていく物語。




                      The following story is the Future X.





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