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虹にまつわるエトセトラ 一章「赤外線」」(2008/09/18 (木) 01:07:06) の最新版変更点

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貧乏って悪いことだ。 目の前に広がる海を見ながら、俺は心の中でハラリと涙をこぼした。 実際に泣いていたのかも知れないけど、全身波しぶきでびしょぬれだったもんで、 ほんとの所はどうなのかは判然としなかった。  もし、もうちょっとこの島がほかの島々と近いところにあったら。 なにか名産があったら。あるいは、挑みがいのある遺跡があって、 リーバードが(強そうなのが)たくさんいたら。 きっとこのロードアイランド、いや、俺は…。 「こんな苦労はしなかったろうなあ・・・」 (きっと今ごろはディグアウターになる夢を叶えていたのに)  ぎりぎり、と耳元まで弓を引き絞りながら俺は紺碧色をした海の中をのぞきこんだ。 白銀の陽光がぎらぎらと水面で跳ね返って、海は一面銀の板のよう。 常人が見てもそこに何かをそれ以上見いだすことは至難の業だったろう。 でも、俺には眩しい水面のすぐ下を行く魚の群れが、手に取るように見えていた。 魚は大きな群れを作りながら、まるで一つの生き物のように俊敏に浮き、潜り、 踊るように右往左往して外敵(海鳥や海獣、肉食の魚なんかだ)の目をごまかすんだ。  しかし、そんな魚たちでさえ島の断崖絶壁の途中に立った人間が 弓矢で自分たちを狙ってるなんて、夢にも思わないだろうなあ。 舌で風に乾いた唇を湿して、狙いを定める。 …小さいやつじゃダメだ。大物でないと、高く売れない。 その瞬間、尾をひらめかして潜ろうとした特別大きな一匹を俺は見つけた。 ちらりと七色の鱗が光る。…こいつだ!! 限界まで引き絞られていた弓が怒ったワシの鳴き声みたいな鋭い音を立て、 空中に銀の矢を解き放つ。矢はまっすぐに水面に突き刺さって、狙いどおり魚の首を貫いた。 「よしっ!!ディーア、いったぞ!!」 俺は思わず飛び上がって叫んでしまって、あやうく断崖絶壁から足を滑らせそうになった。 ・・・あ、あっぶねえ。 下は推定高さ30メートル。海からの逆風。 この絶壁に巣を作る海鳥だってたまに風にあおられて激突死する過酷な条件。 俺なんか、翼がないから間違いなく墜落死だ。下の岩場に叩きつけられて骨も残んない。 なさけなくも、思わず青くなって岩壁にかじりついたって仕方ないよな。 「まかせろっ!」 そんな俺のドジに気付かなかったのか、海面近くで待ち受けていたディーアが嬉々として飛び出していく。 黒い岩に映える赤い髪の毛は、この島の人間によくある色だ。 その実体は潮風や海水で傷んで色が抜けてしまった結果。元の色は本人にも思い出せないらしい。 岩場を走り抜けてゆく動物並みの鮮やかな足さばきは、 まだ見習いながらもロードアイランドの弓漁師固有の能力。  弓漁師っていうのは、ロードアイランドの特殊な環境下で生まれた職業で、 今ちょうど俺がやっていることがそう。 激しい海流ときつい海風はロードアイランドの漁業を発達させてくれなかった。 飛空艇があれば少しはましなのだろうけど、ロードアイランドの住民は俺も含め、 みんな貧乏だった。 とってもじゃないけど大きなディフレクターを原動装置につかう飛空艇なんか手に入らない。 だけど、神さまはそんなに意地悪じゃなかった。 幸いこの島に住む人々には、目が猛禽並に良い、 しかも平衡感覚に優れた人間がたまに生まれる。 たぶん、ここが360度まわりじゅう水平線しか見えない孤島だからかな。 目が良くないと他の島にも出掛けられなくなるっていう環境があったから。 そういう視力のいい人たちの中でも特に目のいいものが、 昔から弓と矢を手に崖を駆け巡って漁をしてきた。 …つまり俺はその末裔にあたるわけ。 しかし、仮にも『優秀な』って接頭語をいただいている弓漁師の俺が 足を滑らせかけたなんてとこ見られていたら、後で死ぬほどバカにされるところだった。 …心底見られなくてよかったよ。 こっそり息をつく俺のはるか眼下で、ディーアが力いっぱい糸をたぐる。 糸の先は海中に伸びていて、さらにその糸の先端はさっき俺がはなった矢じりに結び付けてあった。 糸に引かれて、ゆらりと力尽きた魚影があらわれる。 その鱗が複雑な美しい色の層を持つ、この辺ではめったに見ない魚だ。 「お。あいかわらずスゲェな、レインボー・ドラードじゃんか!!」 自分とたいして大きさの変らない巨大魚を怪力でずるずる岩の上に引き上げながら、 ディーアが興奮した声を上げた。 全体的に細い、というよりひょろひょろした印象のくせに、ディーアは意外と力がある。 しかし、その性格はといえば15歳という年相応に明るく無鉄砲。 「お前は相変わらず無駄に力あるよな。いったい何食ったらそんなバカなパワーが出るんだよ?」 崖の上から怒鳴ると、ディーアはにかっと笑ってみせた。 「ん?ふつーのメシに決まってるじゃん。  いや~、でもグランドみたいに普段からリーバード食ったら、  俺もそんなめちゃくちゃな弓の腕になれるかもな!」 「んなもん食えるかっ!!」 奴ら鋼鉄みたいな外装してるから、たとえ煮ても焼いても食べるなんて問題外。 っていうか、それ以前に人間の胃じゃ消化できないぜ。 俺は憤然としながら軽々と崖を跳ね降りた。 さっきみたいに落ちそうになることなんか、ほんとは五年に一回も無い。…まったく。 「でもさ、食ったことも無いのに言えるのかよ」 口をとがらせるディーアに、俺は断崖の途中で足を止めて冷笑を見せた。 「食ったことあるから言ってんだよ」 「うそ!?」 ディーアの裏返った声が響き渡った。俺は、「うそうそ」と言いかけ…その瞬間、 足をピタリと止めた。…止めざるをえなかった。  ディーアの背後には初夏の日差しを浴びてぎらぎらと凶暴に輝く大海原が広がっている。 その複雑な波の動きは、そこに急な海流が流れている証でもあった。 島の周囲の海はいきなり深く落ち込んでいて、その底の深さは誰も調べた事が無いから、いまだに知れない。 そして、ここを泳ぐ魚は海流に逆らって泳ぐ事もあるから、 みんな鍛えられていて素早く、力も強いのばかりだ。 …その魚どもを、いきなり何かが蹴散らした。 それだけなら俺もサメかなんかが早めのディナーを食おうとしたんだと思うだけだ。 しかし。そいつは、そのサメをいきなりバッキリふたつに噛み切ったんだよ! (!?) 俺は思わず冷たい汗をかいた。 ただの生き物なんかじゃないぞ、こいつ!! しかもなんだかすごい勢いで上昇してくるじゃないか!  ディーアは俺みたいに海の深くまで見通す視力を持っていない。 当然、今のにも気づいていない。俺は電光石火の速さで背中の矢筒から矢を抜き放ち、弓に叩きつけた。 「ディーア、伏せろっ!!!」 俺の本気の殺気を感じたのか、戸惑うことも無く転ぶようにディーアが倒れた。 その頭上に、サメの何倍も巨大な影が飛び上がる。 バッシャアアッ (リーバード!!) 滝のように水しぶきを降らせながら、文字通り水上に飛び上がる姿は、 まるで魚の機械バージョン。ただし、おそろしくサイズがでかい。 逆光の中深緑色のボディーを重たげにくねらせ、ディーアめがけて落下する! 「このやろ、喰らえっ!!」 ドシッ!! 装甲と装甲の継ぎ目を狙った俺の矢は、深々とリーバードの体に突き刺さった。 ギィィィィッ! 金属同士をこすりあわせるみたいな、気味の悪い悲鳴だかなんだかを上げ、 リーバードは苦しげに身悶える。 だけどまだ、その落下の軌跡はディーアの上から逸れていない。 俺の矢一本程度で動かせるほどこいつは軽くないんだ。 このままじゃ、ディーアのやつコンブみたいにまっ平らにされちまう。 ―――だったら、即死させるまで! 俺は一挙動で次の矢を二本まとめて放った。…狙うは、らんらんと輝く奴の紅い両目!! 今度の矢は、二本ともその根元までぐっさりとリーバードの目に突き刺さった。 ―――ガシャアアアッ たまらず力尽きたリーバードは空中でばらばらに分解した。 ついでに、その距離はもうディーアの背中から1mもなかった。ほっとしたけど、危なかったぜ。 雨のように降るディフレクターのかけらとリーバードの部品を、 神業的な四足歩行で避けまくったディーアが、金切り声を上げた。 「馬鹿グランドっ!!」 俺は思わずむっとして叫び返した。だって、馬鹿って命の恩人に向ける言葉じゃないだろ。 「何が馬鹿だよっ!」 「グランドの腕なら、こいつが海中にいる間にしとめられただろっ!!」 そばかすの散る顔を髪の毛と同じくらいに真っ赤にして、ディーアは怒鳴った。 「絶対わざと危険にさらしたなっ!もー、おれ、殺意すら感じちゃったね!!」 そりゃ、大分深いところに奴がいるうちから気づいてたけどさ。 泳いでるやつが陸上の人間を襲いに来るなんて思わなかったんだ。 それに結果的には無事だったんだし、いいじゃないか。 細かいこと気にしてると将来ハゲるぞ。 でも、さすがにそれをそのまま言ったらもっとディーアは怒り狂うだけなので、 俺はしばし他の懐柔策を考えた。 「こいつが海中にいる間にやっつけたら、せっかくのディフレクター、手に入らなかっただろ?」 ディーアに歩み寄りながら、そこらに散るきらきらした結晶体を示してみせる。 ディフレクター。エネルギー発生体で、一定以上大きいものはそのまま動力に使い、 それより小さいものは通貨になる。主にリーバードや、古代の遺跡からしか見つからない。 ディグアウターたちから買い取ったり、ディグアウト用装備と交換に手に入れるしか、 入手手段が無いものだ。 ロードアイランドみたいに交通の便も悪くて、 ディグアウトし尽くされた小さい遺跡が一つきりしかない島にとっては、 小さいかけらですらめったに手に入らない。 弓漁師が遠い他の島に赴いて珍しい魚を売った代償でしか、 この島でディフレクターを見る機会は無いのだ。 自給自足ぎりぎりの農地から手に入る野菜類は、他の島に運んでいるうちに悪くなってしまい、 とても財源にはできない。 ああ、貧乏って、やだ。 思わずまた涙が出そうになってしまった。 「う~ん。それはそうか」 納得したふうで、ディーアも周りを見回した。 結構大きなかけらがある。…ということは、このリーバードかなりの大物だったらしい。 「しかし、やっぱとんでもない腕だよな。グランドって。  普通の弓矢でリーバードの目玉撃ち抜けるなんてさあ  …世の中のディグアウター連中が聞いたら目をむくぜ!」 うきうきと言いながらそこらに散った残骸の中から矢を拾い出して、ディーアが手渡してくれる。 『普通の弓矢』とディーアは言うが、 矢は弓漁師専用の鋼鉄製。がんばれば薄い鉄板くらい難なく突き破るくらいだ。 弓のほうも…これでも少しは秘密があったりする。 ま、確かに高額のアーマーや武器類でがちがちに装備したディグアウターたちから見たら、 信じられないくらいお粗末な武器には違いないだろうな。  でも、俺がもう少し金をためてバスターとかいい武器が買えるようになっても、 きっと俺は弓矢以外持たないと思う。だって気に入ってるし、 物心ついたときから弓矢を触っていたんだ。今さらね。 しかし…弓矢っていうのは威力はともかく、弾数に限界があるのが欠点なんだよなぁ。 尊敬の眼差しのディーアに、俺は半分ふざけて指を突きつける。 「だったら少しは敬った口をきくように。俺、一応は16歳だからな。年上だぞ年上」 「それにしちゃ童顔だけど」 「うるさい」 俺はむっとしながら地面のディフレクターのかけらを拾い集めた。 男にしては大きめの瞳、色は藍色。 それがどうしても子供っぽい印象を与えるらしくて、 俺はそれに抵抗するために空色の髪を長くして首の後ろあたりで一つにまとめている。 (垂らしたままじゃ弓矢を使う時じゃまだから)…少しでも年上に見えないかと思ってさ。  肌の色が褐色なのはこの場合救いだ。これが抜けるように真っ白だったりしてみろ。 今度は子供じゃなくって女呼ばわりされちまう。 (でもなぁ、オヤジがあれじゃあな・・・)  俺はため息とともにうちの父親を思い出した。 オヤジはカラーリングはほとんど俺と同じで、実年齢より10歳は若く見えるという、 ある種ばけもんである。 『あんたのせいで同い年なのに私は老けてみえるじゃないっ!どうにかしなさいよっ!!』 とは、年相応に見える母親の言。 そのおかげでオヤジはヒゲを剃る事(整えるくらいならOKだけど)を許されない身の上だ。 …俺はああはなりたくないんだけどな…ムリだろうか。 「ディフレクターのかけらと、  レインボー・ドラードを売った金はいつもどおり山分けでいいだろ?」 いつもは魚を入れる袋にかけらを放り込み、俺はディーアを振り返った。 「えっ!?ディフレクターも山分けにしてくれんの!?倒したのグランドなのに」 「ああ。襲われ賃」 「襲われ・・・」 複雑な表情で黙り込んだディーアに笑って、俺は魚の尾を持って背中に担ぎ上げた。 たちまち背骨がぎしっと鳴って、とんでもない重みが全身にのしかかる。 う~ん、これは重い。とてもディフレクターと両方は持てないぞ。  そこで、ディフレクターの入った袋をディーアにまかせて、 俺は魚だけを持っていくことにした。無理して落としたら元も子もないからね。 そして、海に背を向けて一歩を踏み出そうとした時だ。 (ん?) 妙な違和感がした。 「なんだよグランド。またリーバードなんていわないでくれよ?」 「いや…リーバードじゃないと思う」 この岩壁はほとんど毎日漁のために訪れている。 少しでも変ったところがあれば、俺が気付かずにいることはまずない。 俺は注意深く、そのまま体を動かさず目だけで周囲を見回した。 「なんか、あの岩いつもと違わないか」 「岩?」 俺は気になったそれを指差した。 「ほら、さっきまでお前がいたところの…あの白い岩だよ。丸い模様がある」 そこには、自然岩とは少し言いにくい、ほぼ直方体の岩が平らな岩盤の上に屹立していた。 誰かが真円のハンコを押したみたいに、ぺたりとした灰色の模様がついている。 それを見た瞬間、俺は体の底から、なにかぞわりとした嫌な感じを受けた。 これって、絶対良くないものだ。…でも、昨日ここへ来た時にはこんな感じはしなかったのに。 「岩って、あぁアレ?別にいつもと違わないじゃん」 ふん、とバカにしたように鼻息をふいたディーアが、 軽い足どりでまた岩に近付こうとした。あたまっから信じる気は無いらしい。 …これだから注意力の無い奴はっ ―――ああ、ディーアのバカっ!! 「近寄るなっ!!」 俺は素早く片手に握っていた弓を肩にかけて、その手でディーアの襟首をひっつかまえた。 「なんだよ何すんだよ、野蛮人っ」 暴れるディーアを抑えておいて、俺は全身全霊を込めて岩をじっくりとにらみ据えた。  潮騒響く真昼の太陽の下、太陽光とは違う一本の線が、俺には感じられた。 その線は、岩の丸い模様の中心からまっすぐに放たれていた。 ・・・これは・・・どこかで見たことがある。そうだ、島に一つきりの、あの古代遺跡の。 「・・・赤外線センサーだ」 「なにそれ」 「早い話がトラップだよ。罠!きっと、誰かがその赤外線をさえぎると、  海の中にひそんだリーバードが襲うように出来てるんだ」 普通は自動ドアが人間が来たかどうかを判断するのにも使っている、 ごくありふれたシステムだ。だけど、さっきの事件を考える限り罠だとしか思えない。 さっとディーアの顔が青ざめた。 「…冗談。なんでこんなところにそんな物騒なものがあるんだよ?  ここは遺跡じゃないんだぜ!?  それに、つい昨日までなんでもなかったじゃないか!!」 そんなこと、聞かれた俺だって困る。 昨日の今ごろ、俺ってば当の岩に腰掛けて昼飯を食っていたんだよな。 信じられない気持ちは俺も同じ。 溜め息をついて、ふと気付いた。 とりあえず、本当に罠かどうか試してみよう。ここで罠じゃないなんてわかったら、 さっきのに倍するディーアの非難は免れないだろうし。 「待て。本当に罠かどうかちょっと試してみる」 「ほほぅ。でたらめ言ったんだ?」 俺に襟首をつかまれたまま、ディーアがぎらりとうらめしげな視線を向けてきた。 …まるっきりでたらめってわけでもないんだよ! 心の中で舌打ちして、俺は思いっきり疑いの眼差しのディーアを無視し、 手近な石を取って岩のほうへ放ってみた。 石は簡単な放物線を描いて赤外線をさえぎり、地面に落ちて数回転かし、 海に落ちるぎりぎりで動きを止めた。 俺が間違っていたなら、この石は風か波の気まぐれでもない限りその場を永遠に動かないはずだ。 俺とディーアは固唾を飲んで見守る。 …その、一拍後。 ザザアッ さっきのように突然波が立ち上がり、深緑色をした機械的な巨獣が石めがけ、 なだれ落ちてきた。さっきのと同じ種類のリーバード! 「うひぁっ!?でたっ!!」 ディーアのすっとんきょうな悲鳴の中、 サメをも分断した大口をバクリと開けたリーバードは、 岩棚の一部ごと石をかじりとって再び海底に沈んでいった。 この間、約10秒。 まさにあっという間だった。 「・・・これでもでたらめだと?」 とっさにかまえた弓矢もそのままに、半ば放心状態で言う俺に、 同じような声のディーアが答える。 「ぜ、前言撤回します」 しばらく、俺たちふたりは呆けたようにその場に座り込んだのだった。 …ともかくも、これがこの島全体を巻き込む事件の始まりだった。

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