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まあ、長いことだけど聞いてくれ。 いつの時代からそこがあって、どんな歴史を歩んでそこへいたったのか、俺は知らない。 天空に広大な大地がある。 かつて本物の人間がいた時代、彼らは宇宙と地球とのはざまに、 いくつもの人工の大地を浮かべた。そこを『ヘヴン』(天国)と呼んで、 …多分、誰も苦しむことのない世界を作ろうとしたんだろう。 老いも、死も、病もない。 実際、俺が知っている最後の、本物の人間は『マスター』と呼ばれ、 彼にはそれら三つの苦しみは一切存在しなかった。 遠目にちらりとその姿を望んだことがある。その存在自体が奇跡のようなひとだった。 きらめく黄金の滝のような長い髪が衣服の緩やかな皺に溜まり、流れ、裾にまつわる。 白皙の額にはシンプルな、しかし洗練された形のサークレット。 この惑星色の瞳は無感情なようだけれども、その深淵を覗き込んだものは一瞬後に気づかされる。 あまりにも深すぎる憂いがそこに凝(こご)っているせいで、そう見えるだけだということを。 感情があまりにも凝縮し過ぎると、何もないように見えるものだ。 ああ、そういえば…マスターの傍近く仕える一人の上位のロックマンが、ロックに似ていた。 あれがリセットする前だっていうロックマン・トリッガーだったのだろうか。 命の輝きに満ちた瞳と、戦士の物腰。それが強く印象に残っている。 一見女性のように美しく整った顔を持つ、完璧な美貌のマスター。 彼の憂いは、いったい何に向けられたものか。 一介の、まして地上の島をまかされるだけのロックマンアリアは、マスターの憂いを打ち明けてもらえる立場ではないどころか、御前に立つことも声を聴くこともめったにはかなわない。 その顔を遠くに望むだけがせいぜいの身分だったようだ。 そして、そのアリアに仕える俺ごときには発言も許されない。 俺がヘヴンにいた期間もとても短いものだった。 そう、そこには確実な階級システムが存在した。 『ヘヴン』の主人は最後の人間、『マスター』と呼ばれる存在で、彼には数多の作られし者たちが従う。 本当に楽園であったかはともかく、 『ヘヴン』は、マスター一人を残して滅び去った他の人類の遺伝子をデータ化して保存し、 傷ついた地球の自然の回復を待ちながら、いつかその地上にかつての人類を再生する。 そのことを究極の目的としつつ、そのための環境をととのえる。そういう存在だった。 そしてその役目の実際的な遂行が、 マスターに仕える作られしもの・もはや生物と大差ないほど高度な機能をもつ機械たちの役目だった。 造られしものの頂点には二人の女神。絶対者「マザー」と呼ばれるものが、地上に一人、ヘヴンに一人。 その元に少しの上位『ロックマン』と下位の『ロックマン』。 さらにその下に多くの者たち。ここまでの者たちの多くは人の姿を模された者が多く、 それぞれの役割によって特殊化している者もいるが、そう多くない。 さらに下に仕えるのは、リーバード達。 今地上に満ち、『ひと』として生活しているものを、ヘヴンの者たちは『デコイ』と呼んでリーバードよりも下に見た。 なぜなら、デコイは単なる実験動物に過ぎなかったからだ。 ヘヴンが創造し、計画と方針をもって増やし、減らし、管理すべきものだったから。 いつか地上に再生させる予定の人類が、以前とおなじ生活ができるように環境を整えるのも、ヘヴンの役目だ。 その役目の一環としてデコイたちは人類の身代わりとして作られた。 彼らを地上のあらゆる所へ放ち、多く死ねばそこは人にとって良くない環境。 また、逆ならば良い環境。…ただの環境指標にすぎない。 リーバード達も、地上の拠点施設の警備といずれ再生させる予定の動植物の実験のために作られている。 リーバードたちの多様な姿はすべてそのためだ。 ロードアイランド島は、さらにその実験施設だった。 各地の地上設備に配備する前に、実際の稼動データを取るための特殊な島だったんだ。 せっかくリーバードを作っても、実際に動かしてみなければわからないことがある。 デコイたちにも同じことが言える。 予定通りの増え方だろうか。生命力は強すぎても弱すぎてもいけない。 ロードアイランド島の地下でリーバードたちの実験をし、 地上部分でデコイたちの実験をする。デコイたちは知性などの点で人間と変わらないから、 ヘヴン職員やロックマンたちと関わってしまうのは良くない。 もし不適合と判断して処分する場合、ヘブン職員たちの装備を奪って抵抗する可能性もある。 余計な情報を拾われて、彼らの文化に影響が出れば正確なデータが得られない。 ヘヴンは彼らにとって存在しないものでなければならなかった。 …加えて。ロードアイランド島のリーバードやデコイ・動植物は全て実験用のもの。 万が一にも、現在世界中に配備されているものと混じられては困る。 だから、ロードアイランド島は厳重に隔離された島になった。 特定の者しか入れず、出られないバリアに覆われた。 それは、たった今も変わらずに続いている。 俺はその全てをロックマンアリアの傍らで見ていた。 彼女が、ヘヴンからの離反を決意するあの日まで…。

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