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ロックマンコードⅡ 第弐章~激戦~」(2008/08/30 (土) 11:41:50) の最新版変更点

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   貴様が殺したんだ。 違う!!  貴様の《甘さ》が・・この人間共を殺したのだ! 違う・・違う!! 僕は・・俺はただ護りたかっただけなんだ!!  フハハハハハ!! 黙ってくれ・・! その笑い声を浴びせないでくれ・・!!  貴様ガ殺シタンダ 俺はただ・・・もう誰も死なせたくなかっただけなんだ!! ロックマンコードⅡ 第弐章~激戦~  輝が帰還してから、経った時間は二十時間ほどだ。  輝自身のダメージも深刻では無く、回復するのにはたったそれだけの時間しかかからなかったのだ。  現状からして、一任務に一人と言う形で出撃するが、 それでも三人全員が全快の状態で出撃するのが理想で、 余程の事が無い限り、その方針は貫くことになっている。  気持ちが逸るのもわかっているが、それによって三人全員が全滅してしまわない様、敢えて、だ。  それに、現在の状態を維持するのならば、地球の影響が深刻化しているのは大分先だ。 それならば、慎重さを選ぶ方が利口だろう。  今は安全性を重視せざるをえない。  全員わかっている。すぐにでも地球を危機から救いたいのはみんな一緒だ。 だが、それで逆に状況を悪化させるのは馬鹿者のする事だと。  輝は一応休みを取っている。 海は出払ったハンター達に代わり、ベースの護りに当たる。  完全に座標の特定出来た拠点。そこに向かうに最も適合するのは、消去法からして、響。フラットだった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  紅い光の帯と共に姿を現したフラットは、グッと身構えて辺りを見回した。  敵の反応は多数ある。 電波障害の為、上手く位置を掴むことは出来ないが、それでも気配で大量に存在している事がわかる。  ここは人工密林。 精密な昆虫型メカニロイドや、鳥類型メカニロイドの為、随分昔に造られた物だと聞いている。  処分されないのは、単に忘れ去られているのか、それとも何かの意図があるのかはわからない。  前回のサンダー・スネーキングとの闘いの舞台だった、サキルスジャングルよりも更に深い。 更に電波障害、敵の武装の差ときて、大分勝手が違うはずだ。 無論、前回の闘いで闘ったのはコードだ。自分では無い。 それだからになんとも言えないが。  不意に真横から放たれた閃光を、寸での所で躱し、 フラットは起き上がりざまにバスターでそれを放ったと思われるトーチカを撃ち抜いた。  それが合図となったのか、一気に辺り一面から閃光の雨が降り注いだ。 「ちっ」  フラットは一つ舌打ちをすると、素早く背中のビーム・セイバー――エルティーグを抜き、 三百六十度から降り注ぐ閃光の雨を、全てその華麗なる剣技で叩き落とした。  そして同時にバスターを展開し、そのまま自分に向かって放たれた閃光の軌道に、 出力を分散し、連射力を増したバスターを見舞った。  轟音と共に視界が爆ぜた。  バラバラと破壊された人工木々の破片が足元に転がってくる。  コイツだ。この人工木々が茂っている為、上手く敵の位置が掴めないのだ。 そして――  フラットは苦々しげに歯軋りをした。  改造されている。人工木々のあらゆる場所に、無数の穴が空いていて、 その中から攻撃的な銃口が顔を出している。  道理で三百六十度から攻撃出来るわけだ。 フラットは頭の中で吐き捨てるように納得した。  正面と背後から放たれた閃光を、大きく跳躍して躱し、 フラットは足のブースターを吹かし、そのまま真っ直ぐ先へ移動する。  恐らく拠点の最深部は、ここからでもよく見える、森の中心の建造物だ。  元々天候を操作するための施設なのだ。異常気象の拠点には持って来いなのだろう。  タッと着地し、フラットはそのまま地面を蹴り、中心の天候操作施設を目指した。 「鬱陶しいぞ、貴様等っ」  しつこく自分を狙う木々と、トーチカ。 そして出現し始めた迷彩柄のメカニロイド達に対して、フラットは多少の苛つきを覚えた。  そんな苛つきが思わず口をこじ開けて外界へと放たれる。 一体何体いるかわからない敵。ひたすら撃って斬るしかない。  出来れば無駄な戦闘は避けつつ、最深部へ向かいたかったが、これでは埒があかない。 森の景色に混じって、上手く見分けのつかないメカニロイドを、なんとか弾道から位置を計算し、 バスターで撃ち抜き、そのまますかさず側転で身を躱す。  その僅か一瞬の後に、今まで自分の立っていた位置が、数十本の閃光で埋め尽くされた。  軽く舌打ちをし、しつこく自分に向かってくるエネルギー波をジグザグ走行で躱しつつ、 フラットは的確に周囲の発射機構をバスターで撃ち抜いていく。  目の前に出現した、一際巨大なトーチカを、チャージしたバスターを押しつける形で破壊すると、 いつの間にか中心の建造物は間近に迫っていた。 「ようやくか」  歩調を変え、ゆっくりと建造物の側壁に歩み寄る。  かなり強化されている。入り口も見当たらない。  懸命な準備だ。 わざわざ入り口を作っておく必要など皆無なのだから。  軽く拳を叩き込んでみる。  ガキィィンと乾いた音を立てるだけで、凹みもしないし破れもしない。  だが大体の強度は確認する事が出来た。  この程度の強度なら、エルティーグを最大出力で振り下ろすか、 チャージ・ショットを撃ち込んでやれば風穴が空くはずだ。  エルティーグを最大出力で使用するのはマズイ。  エルティーグは身体とは直接繋がっていないので、いつ具体的なエネルギー切れに陥るかわからない。 その分バスターなら感覚で残りのエネルギーを確認する事が出来る。  まぁどちらにせよ、一年前よりも強化された自分の鎧と武装に、そんな事をいちいち気にすることも無いのだが。  ガチャリとバスターの銃口を側壁に向ける。  少しずつ紅い閃光が銃口に集まっていき、その内納まりきらなくなった閃光は凄まじいスパークを生み始める。  そして完全にチャージの完了したバスターのエネルギーを、 目の前の標的に向かって解き放つ!――瞬間だった。  不意に身体の力が抜け、折角収束していた銃口内のエネルギーが瞬時に拡散してしまった。  クラクラと不安定ななり始めた意識の中、フラットは鼻をつく異臭に、 瞬時に今の状況を理解した。  これは一種の痺れ薬のようなものだ。 ただ、遺伝子強化された自分の身体にこれ程の影響を与えるのだから、 並のものではない。  このままこの場にいれば、あと二分とかからずに意識を失ってしまうし、 もし抜け出せたとしても、ここを突破するのは相当難しいと見えた。  ここは戦略的撤退をするのが得策だろう。  身体に無理強いをしてでもこのまま進むのは危険過ぎる。  不安定な意識の中、フラットの脳裏に、まだ幼くも確かな光を宿した瞳の、蒼い髪の少年の姿が浮かぶ。  なぁコード・・お前ならこんな時どうするんだ? きっと無理強いをしてこの状況を突破するだろう。  でもな――それは馬鹿のする事だ。  ここに来たのが自分で良かった。 今お前を失うのは痛いし、何より――  フラットは場違いに苦笑して、すぐに簡易転送装置を起動させた。  全身が一本の紅い帯となり、その場から瞬時に消え去った。  その刹那、今までフラットが蹌踉めいていた位置を、凄まじい量のエネルギー波が貫いていった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  ようやく痺れの抜けてきた身体。しかしまだ多少ギクシャクとする。  アーマーの方は、何故だかDr.ルビウスが預かると云ってきたので、 帰還したばかり――三時間前に渡してきた。  ベースのロビーの窓から外を見る。  未だに天気は雨雲で覆い尽くされている。 次に蒼い空を見ることが出来るのは、恐らくこの闘いが終わった後だろう。  その時自分は生きているのだろうか。  いや、自分よりも、あの蒼い髪の少年達の方が気にかかっているのかもしれない。 彼等――今は二人だが実質上――は、一年前命懸けで地球を護った。  ウィルスに侵された自分を倒して――だ。  しかしあの闘い方はある意味自殺行為だ。  かなり止めの一瞬で躊躇う。特に輝の方は。  今まで抜き差しならない状況だった為、必ず止めは刺していたが、 きっと、もっと余裕のある闘い――例えば戦闘力面で完全に上を行き、敵を殺さずに拠点を潰せるだとか――だった場合、 必ず輝は敵を捕獲するか、或いは見逃してしまうだろう。 それが例え偽りの降伏でも。  彼は自分達の中で恐らく一番強いが、同時に一番優しい――甘いと云えるほど。 「あっ、響ここにいたんだ」  タイミングが良いとはこの事だ。  頭の中で思い浮かべていた蒼い髪の少年は、 缶を二本持って、こちらに駆け寄ってきた。  投げ渡された一本を、軽く顔の前で受け止めて、 響は軽く指でタブを開いた。 「大丈夫?」 「あぁ、少し油断しただけだ。心配するな」  一口だけ内容物を喉に流し込んで、響は答えた。  コトンと缶をテーブルの上に置き、輝の瞳を直視する。  今ここで確かめた方がいいな。  コイツが本当に敵を撃てるかどうか・・。 「響?」 「輝」 「何?」  疑うことを知らない瞳だ。  素直なのはいいが、これでは騙されやすい。 「もし、仮にお前が敵を殺さずに倒す事が出来るとしよう。  勝負がついた時、殺すか見逃すか、お前ならどうする?」 「どうして、突然そんなこと聞くの?」 「いいから答えろ。大事なことだ」 「・・僕は」  少し俯いて、輝はギリッと歯軋りをした。  そして、数秒の間を置いてから顔を上げ、響の翠色の瞳をグッと見据える。 「僕は殺す必要も無い者を殺す事なんて出来ない・・!」 「なら、そいつを見逃すか?見逃した後、もっと多大な被害が出るとしても」  響の追い打ちを受けて、輝は「くっ・・」と言葉を詰まらせた。  一を殺して百を救うか、一を救おうとして、結局百と一、両方を死なせる羽目になるのか。 それを聞いているのだ。 「僕は、本当は殺したくなんか、無いんだ」 「・・・わかっている」 「闘うよ。闘わなきゃ護れないなら。でも、本当は殺したくなんかない・・・!」  輝の瞳が熱を帯び始めた。  実質上輝と一緒にいる時間は少ないが、それでもこの少年がどれだけその事で悩んでいるかは知っている。  それでも、こんな状況の中で悩み続けられるほど、現実は甘くはない。 「いいか?輝。何もオレは殺せとは云っていない」 「なら、どうして」 「ただお前は、例えどんな奴でも、生かせる者は生かすつもりだろう。  だが、世の中に嘘があるって事を覚えておけ。お前の想いが通用しない相手だっていることを」  俯いてしまった輝に、響は一言「すまない」とだけ云って、 そっと彼の頭を撫でた。  我が身可愛さで命ごいをして、その恩を仇で返す者。 それはいつの時代だっているものだ。  そんな奴から見て、この純粋な少年は、どれ程利用出来る素質がある事か。 「うん・・」 「頼むぞ、輝。今の地球にはお前が必要だ。  無論、オレ達や嬢ちゃんにとってもだ」 「・・うん」  じゃあ今まで殺してしまった者全員が、果たして殺すに値する者達だったのだろうか。  輝の脳裏で、そんな言葉の羅列が浮かび上がっていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  足元に広がる密林を、フラットはほんの少しだけ見渡した。  中心にある巨大な建造物。目指すはそこだ。  僅かだけ『ブースター』の出力を上げる。  今フラットが居るのは、密林の上空だった。 「とっとと突破させて貰う」  フラットの全身を、鋼色の角ばった外装に、龍の翼の様なブースターの鎧が包んでいる。 鎧の名はクラッシュ・アーマー。 ハンターベースに一時帰還した際、Dr.ルビウスが持たせてくれたものだ。  なんでも、ベースの地下に眠っていた強化アーマーで、凡そ二百年前の物だとか。 データ内容は殆ど破損していた為読めなかったが、『SEIVOUR』と云う単語が入っている事だけは確認出来た。  多少破損していた為、修復作業をしている間に分かった事。 それは、この鎧はコードとカイトとフラット全員が装着可能だと云うことだった。  幾ら三人がほぼ同じアーマー構造をしているとは云え、三人が共通して扱える物などあるわけがなかった。 前回の闘いでコードがサイバー・エルフから授かった二つの鎧も、カイトには装着出来てもフラットには装着不可能だったのだ。 現在はヴレードとヴァルキリーの二種のアーマーは分解され、Dr.ルビウスの解析に当てられている。  二百年前の遺産。まるでオレ達と同じ誰かの為に造られたのかもしれないな。 そうすれば全て辻褄が合う――フラットはゆっくり体制を整えつつ、頭の中でそう呟いた。  ブースターの出力を引き上げて、フラットは思い切り足元の密林に飛び込んだ。  身体が何かに引っ張られる様な感覚に耐えつつ、真っ直ぐに中心を目指す。  トーチカやメカニロイド達の放った閃光は、全てフラットの動きを捕えきることが出来ず、 そのまま向かい合う形だった相手を同士打ちにしていった。  残り数秒で中心に辿り着くと云う中で、フラットは左手のバスターにエネルギーを込めた。  このままバスターで側壁を破壊し、内部に突っ込むと云う作戦だ。  殆ど無いに等しいチャージ時間で、バスターの銃口内に閃光のスパークが発生した。  空を切りつつ、そのまま左手を前方に向けて、一気に閃光を射出する!  凄まじい轟音と共に、側壁にポッカリと穴が空いた。直径五m程の巨大な穴。  そのバスターの威力に、フラットは内心で「へぇ・・」と呟きながら、 当初の思惑通り、内部に侵入を完了させた。  ブースターの出力を切り、タンッと綺麗に着地する。  先程の閃光の被害から免れた内部防御用のトーチカの銃口が大量に自分に向けられているのが分かる。  銃口に閃光の収束が始まっている。恐らく二秒後に発射されるだろう。 だが、それを簡単に許すほど、フラットはもたついてはいなかった。 「消えろ。鬱陶しい」  瞬時にチャージの完了したバスターを、頭上に向けて再び解放する。  バスターの辺りにまき散らす熱波と衝撃が、フラットに向けられていたトーチカの全てを使い物に成らなくさせた。 銃口が変型し、エネルギーの出口を失ったトーチカは、その場でエネルギーを解放し、己が爆破すると云う形で自滅した。  天井に空いた穴から、スッと日光が差し込んできた。  今まで薄暗かった部屋の中が、完全に照らされ、向いている先に扉がある事を教えてくれた。 「・・この先か」  フラットはぼそりと呟くと、正面に向けたバスターの閃光で、乱暴に扉を吹き飛ばした。 万が一扉にトラップが仕掛けてあっても関係無いように。  ゆっくりと慎重に足を踏み出す。常に全方向に注意を配って、少しずつ、ゆっくりと。  扉の先の部屋は薄暗かった。 が、それでも中央に立っている一体の人影の存在は、嫌でもフラットの知覚に飛び込んできた。  無音の室内に、機械の駆動音だけが静かに響き渡る。  フラットは一瞬で判断した。 この駆動音――人影の真後ろにある――が、自分の標的。異常気象を発生させている装置の一つだ。  フラットは、無言で中央の人影にバスターを向け、わざと無感情に口を開いた。 「投降する気は無いだろうが一応忠告する。オレの名はロックマン・フラット。  ネオ・イレギュラー・ハンターの一人だ」  フラットがそこまで云ったところで、室内がパッと照らされた。  その唐突な照明に、フラットは少しだけ目を細めたが、言葉を紡ぐ口の動きだけは止めなかった。 「今すぐ貴様の真後ろのモノを廃棄して投降しろ。そうすれば無駄な戦闘をしなくて済む」  部屋の中央に立っていたのは、フラットよりもかなり巨大な身体をした、ゴリラを模した型のレプリロイド。 肩に巨大なエネルギー砲が装着されている。恐らくそれが主砲だろう。  その他に目立つ武装は、腰の辺りに取りつけられているブーメランの様な武器だろう。 形状から見ても、用途はブーメランそのもの。だからと云って油断は出来ないが。 「ふん、まんまと突破してきたか虫螻が」  ようやく口を開いたゴリラ型レプリロイドの声は、少し嗄れていた。 「虫螻とはご挨拶だな」 「フェルマータ様に歯向かう愚か者が。その愚弄なる口を閉じろ」 「聞えなかったのか?投降しなければ撃つ」  バスターの銃口に紅い閃光が集まっていくのを見ながら、レプリロイドはその態度を崩さなかった。  フラットは無表情を崩さない。 ここで表情を変えれば、精神的に負けたことになるし、何よりこの程度の敵程度に同様する気は毛頭無い。 「あくまで我々と闘うつもりか。先程の罠に大人しくはまっていれば楽に死ねたものを」 「あの妙な薬は貴様だったのか。汚い手を使ったものだな」 「なんとでも云え」 「・・・どうやら投降する気は無い様だな」 「・・・先程から言葉の中にその意を含めたつもりだったが?」  レプリロイドが言い終わるよりも前に、フラットは少しバスターの照準を下に傾け、チャージしたバスターを解放した。  轟音と共に、レプリロイドの足元の床が粉々に砕け散った。 しかし、レプリロイドは眉一つ動かさず、ただ自然体を保つのみ。 これには流石に、フラットは頭の中で「へぇ・・」と嘆息を漏らした。 「それで脅しのつもりか?」 「この程度でビビる奴なら退屈だ。その程度だ」 「いいだろう。勝負だ」  レプリロイドはゆっくりと構えを取った。  フラットは、バスターに変型させていた右腕を素手に戻すと、ゆっくりと肩のエルティーグを抜いた。 「我が名はブレイキン・ゴリロイド。フェルマータ様への忠誠の為、貴様を倒す!」 「悪いがオレはコードの様に甘くはない。さっさと決めさせてもらうぜ!」  二人がそう叫ぶな否や、勝負は瞬時に展開された。  フラットが真っ向から接近し、エルティーグを真横に振る。 それを冷静なバックステップで躱したゴリロイドは、瞬間的に肩のエネルギー砲を掴むと、 既にエネルギーの充填が開始され始めている銃口を、至近距離でフラットへと向けた。 「っ!?」 「吹き飛ぶがいい」  僅かエルティーグの刃渡り一本分。その近距離でゴリロイドのエネルギー砲が爆ぜた。  迫り来る極太のエネルギー波に、フラットは直ぐ様クラッシュ・アーマーのブースターを吹かし、頭上へと飛んだ。 そして、エネルギー砲の充填が間に合わないゴリロイドに向かって、 エルティーグが外れると同時にチャージを開始していたバスターを、ピッタリと向ける。 「吹き飛ぶのは貴様の方だ!」  凄まじいエネルギーの奔流と共に、紅い光の軌跡が、真っ直ぐにゴリロイドへと伸びていった。  そのままフラットのバスターが床に着弾すると、辺り一面に煙が舞った。 砕け散った床の破片がバラバラと辺りに散らばり、完全にゴリロイドの姿を隠蔽する。  フラットはブースターを切って着地すると同時に、「ちっ・・」と歯軋りをした。 咄嗟のことで発射後の事まで頭が回らなかった。これでは万が一外れていたら、敵の思う壺だ。 「くっ!?」  不意に空気を裂くような音が耳を突いた。 フラットが身を翻すと、フラットの左肩アーマーギリギリを、ブーメラン上の武器が削り取っていった。  アレは間違いなくゴリロイドが腰の部分に装備していたブーメランだ。 フラットは体制を立て直す瞬間に放ったバスターで、空を舞うブーメランを破壊しつつ、思った。 「ほぉ、流石だな」  少しずつ煙が晴れていく。  ゴリロイドの声は、フラットの真後ろから飛んできた。 フラットはわざと振り向かないまま、敵の攻撃する気配にだけ注意を配った。 下手に視覚に頼るより、フラットの様な高い戦闘能力を持つ者にとっては、こちらの方が正確なのだ。 「やはりあの程度じゃ終わらないか」 「少々焦ったがな。お蔭で鎧の一部が蒸発してしまったよ」 「ふっ、お世辞を云っても何も出ないぜ。全く焦っている様子なんか無いじゃないか」 「そういう貴様も不意を突かれた割には冷静だな」 「それはお互い様だ」  フラットは云うと同時に振り返り、バスターをそのまま五発、連射の形で放った。  三発は躱された。残りの二発はゴリロイドが取り出した腰のブーメランによって弾かれた。  ゴリロイドは、ブーメランを大きく振りかぶると、そのまま勢い良くフラットに向けてそれを投げつけた。 「またそれか。芸のない奴だな」  高速で飛来するブーメランを見て、フラットはフッと笑った。  ゴリロイドの方を直視したままで、軌道を変えて真横から迫るブーメランを、 エルティーグで一閃のもとに斬り裂いてみせる。  同時にゴリロイドがチャージを開始していたエネルギー砲を放ってきたが、 終始それを確認していたフラットは、簡単な一歩だけでそれを躱した。 「そうだな、軽く面白い芸を見せてやるか」 「ほぉ・・」  パァッと、フラットの装甲の彩色が黄へと変わった。  フラットがグッと拳を握ると、パチパチとそれにスパークが宿り始めた。 コードが前回の大戦の際に手に入れた武器ユニットチップ。エレクトリック・アートの複製だ。  フッとフラットの姿がその場から消え去った。  ゴリロイドは、片眉すら上げずに、そのまま斜め上に向かって腰のブーメランを投げた。 その弾道の直線上に見えたフラットの姿に、勢いよくブーメランの刃部分が減り込んだ。 「ふっ」  ゴリロイドが口の端を上げた瞬間、空中のフラットの姿は瞬時に拡散した。 残ったのは、バチバチと帯電する黄のスパークのみ。 「なんとっ!?」 「残念だったな」  フラットの声が耳に入った時には、ゴリロイドの左肩アーマーは、エルティーグの一閃によって斬り裂かれていた。 恐らく、ゴリロイドが咄嗟に身を躱さなければ、そのまま彼の身体は見事に真っ二つにされていただろう。  ゴリロイドが床を蹴り、間合を取り直すと、視界の中のフラットは、三人になっていた。 「・・何をした、貴様」 「エレクトリック・アートで少し御遊びだ。ライトニング・ドール。  果たして貴様はどれが本物のオレか見分けられるか?」 「笑わせる。その程度の小細工が通じると思っているのか?」 「さっきから言葉にその意味を込めてたつもりだが?」  フラットの皮肉に、ゴリロイドはひくっと鼻を鳴らした。  腰のブーメランを両手に握り、目の前の三人のフラットに向けて、思い切り放つ。 左右から迫り来るブーメランは、その交点で中央のフラットをも斬り裂くだろう。 「簡単な理屈だ。全員を破壊すればいい」 「案外頭が回らない様だな。ブレイキン・ゴリロイド」  中央でブーメランが交わり、全員のフラットの姿を真っ二つに斬り裂かれた。  フラットの言葉が届いた時には、既に三人のフラットは黄の帯電へと還った後だった。 「チェック・メイトだ。消えろ」  ゴリロイドの丁度頭上。フラットは大きくエルティーグを振りかぶりながら呟いた。  ゴリロイドのモーションは間に合っていない。 このまま振り下ろせば、確実にこの紅い光剣が彼の身体を裂くだろう。 そう。裂く――筈だった。 「・・っ!?」  振り下ろす直前、フラットは異様な脱力感に襲われた。同時に異臭が鼻をつく。 間違いない。先程受けたばかりの痺れ薬にも似た毒だ。 いつの間に捲いていたんだ――フラットの掌かにエルティーグが滑り落ち、フラットはそのまま床に情けなく激突した。 「くっ、貴様・・」 「案外頭が回らない様だな。ロックマン・フラット」  皮肉に皮肉を返されて、フラットは「フッ」と小さく笑った。  自分とした事が情けない。奴がブーメランを放つと同時にこの毒を散布していたのを見落とすとは。 しかし今更後悔してももう遅い。目の前でゴリロイドは、無防備な自分に向かって、 あの高出力のエネルギー砲を向けているのだから。 「なかなかの猛者だったな。ロックマン・フラットよ」 「ちっ」  少しずつ収束していく光を見ながら、フラットは舌打ちをした。  チャージが完了するまであと十秒と無いだろう。 このまま直撃すれば、死にはしなくとも、確実に大ダメージを受ける。 そうなったら、自分がこのまま奴を撃破出来る可能性は薄れることになる。 「フェルマータ様に逆らったのが運の尽きだったな」 「・・さぁな」 「ふっ、なかなかの闘いを楽しめた。そして死ね」 「悪いがオレは貴様程度には負けない」  フラットが云うよりも早く、再びエネルギー砲の銃口が爆ぜた。  初撃よりも二回り以上巨大なエネルギーの束。 それは凄まじいスピードで、今だに立ち上がることの出来ないフラットへと迫っていく。  轟音。  モクモクと煙が上がり、辺り一面にフラットの鎧の欠片が散らばっていく。  そんな光景に勝利を確信してか、ゴリロイドは盛大に笑い声を上げ始めた。 「くっくっくっ、はーはっはっ!!」  カランカランと床を数回バウンドするクラッシュ・アーマーの欠片。 その一片を踏み砕いて、ゴリロイドは笑った。  そして同時に頭の中で自分達を束ねる頭に思う。 フェルマータ様。私は見事にロックマンの一人を撃破いたしました――と。  恍惚とするゴリロイド。しかしそんな勝利の感覚も、長くは続かなかった。 「勝ち誇るにはまだ早い」  凄まじい衝撃で床に叩き付けられつつ、ゴリロイドの聴覚に今まさに砕いたばかりの青年の声が届いた。  続けざまにビーム・セイバーの一閃に斬り付けられ、ゴリロイドは「うぐぅっ!」と苦痛の悲鳴を上げながら、 自分を見下ろすフラットの姿を見上げた。  ゴリロイドの視覚センサーに映し出されたフラットの姿は、さっきまで自分と闘っていた彼の姿とは違っていた。  さっきよりも幾分スッキリとしてしまった紫色の鎧。フラットの今の姿はそれだった。 「フェルマータとか云う奴の刺客には中途半端な奴が多いな」  もう一閃。 ゴリロイドの胸部にざっくりと紅い光剣が食い込んだ。 「ぐぁぁっ!」 「貴様が砕いたのはオレの強化アーマーだけだ。残念だったな」  ゴリロイド慌てて先程エネルギー砲を着弾させた場所に目をやった。  まだ少し原型の残ったクラッシュ・アーマーの胸部パーツと肩パーツが残っていた。 そこに皮膚等のフラット達特有の人工物では無い有機物質の破片は無かった。 「貴様、何故」 「少しだけ焦った。Dr.ルビウスに作って貰った抗体が身体に馴染む前に来てしまったからな。  まぁ、ギリギリセーフって所か」  チャキっとエルティーグをゴリロイドの首に押し当て、フラットは冷徹に言い放った。  ゴリロイドは、喉元に当てられた光剣を見詰め「くっ・・」と呻くと、観念したように肩を落とした。 「・・・殺せ。今の私にもう勝機は無い」 「・・・・遠慮なくそうさせて頂こうか」 「フェルマータ様!必ずやこの地球を貴方様の元にぃ!!」  最後まで言葉を吐き出したのは、胴体と分離した後のゴリロイドの頭部だった。  フラットは、首を斬り落として尚ビクビクと痙攣するゴリロイドの胴体に、バスターを数発撃ち込んで破壊すると、 部屋の片隅に設置された発生装置を睨み付けた。  無感情にバスターを向け、チャージしていく。  発生装置は、ゴリロイドとの戦闘の流れ弾が直撃したのか、所々壊れているようだった。 「・・・」  無言のまま閃光を解放する。紅い閃光の直進を妨げる物は何も無い。 閃光はそのまま発生装置を撃ち抜くと、それを派手に炎上させた。  フラットは燃え上がる発生装置を尻目に、踵を返すと、そっとヘルメットのイヤー部分に手を押し当てた。  通信機を起動する。周波数はハンター・ベースだ。 「こちらロックマン・フラット。任務完了した。これより帰還する」  オペレータの「了解」と云う了承を聞いて、フラットは静かにワープ装置を起動させた。 「輝、少なくともオレは、こういう闘い方を止める気はない」  己が紅い光の帯となる中、フラットは囁くように云った。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  響が帰還してから十数時間。既に夜が明けて、日にちが変わっていた。  輝はアーマーの整備と、身体の治療で今はDr.ルビウスの研究室にいる。 恐らく響も、咄嗟に自切して攻撃の形代にしてしまったと云っていたクラッシュ・アーマーの復元のために、 研究室にいるだろう。  三つ目の拠点。ハンター上層部が、今血眼になって捜している。 今まで、案外簡単に発見していた事を考慮すれば、今日中に出撃命令が降りるだろう。  案の定研究室にいた輝と響に顔を見せた後、海は適当に指令室まで足を運んでいた。  忙しそうにキーボードを叩く隊員達。絶えず色々な書類に目を通していたブリエス総監。 そんな中で、指令室は少しだけガヤガヤとしていた。  海が何をするでもなく指令室を出ようとすると、不意に後からブリエス総監に呼び止められた。 「あぁ、カイト。ちょっといいだろうか」 「えっ、はい?」  少し小走りでブリエス総監に近づく。  本来なら、こんな近くで総監と対話する事など、一般の隊員には出来なかったが、 海を初めとした三人には、それが出来た。  ブリエスは、座っていた椅子を回転させて、海と身体を向き合わせた。 「コードとフラットが四つのウチの二つを破壊した」 「えぇ。知ってます」 「次の拠点なんだが・・・」  不意に隊員から渡された書類を、ブリエスはそっと海の前に差し出した。 海は、頭の中で疑問符を浮かべつつ、それを手にとった。 「たった今その所在が確認された」 「・・・・ここは」  ザッと書類に目を通す。  このベースから今までで一番遠い場所だ。 富に恵まれた国の首都。そこにある、巨大テーマ・パークの座標が、その書類には示されていた。  二枚目、三枚目と重なっている書類には、付近の被害状況等が記されていた。 数ヶ月前から、雷が鳴って止まないという。その所為で、発電所がいかれてしまい、その街一帯は暗闇になっているらしい。 「遊園地、ですか」 「そうだな。街の中心に位置する場所だから都合が良かったのだろう」 しかし設置するならもっと別の場所だってある筈だ――海は不意にそんな事を思った。 なのにわざわざ遊園地なんかに設置したのは、何か意味があるのだろうか。  その事は、ブリエスも気が付いている筈だ。口ではそう云っても、やはりどこか不審に思った節が、所々に見えた。 「・・・よしっ」  海は、書類をブリエスに返した後、グッと拳を握りしめた。  輝も響も闘える状態では無い。だとしたら、行くのは自分しかいない。 ようやく自分が出れる。前二回は拠点の地形等から、適性した輝達が出ていたが、今回は・・。 「行けるか?カイト」 「行きます」 「わかった。出撃を許可する」  ブリエスにそう云われて、海は軽く敬礼した。ブリエスもそれに対して敬礼を返す。 海が身を翻して、指令室を出ようとしたした時、再びブリエスに呼び止められた。  慌てて振り返ると、いつの間にかブリエスの隣には、金の髪をした少女が、ニコッと頬笑んで立っていた。 「・・・――・・・?」  少女と目が合って、海はその笑みが自分に向けられていた物だと云うことを悟った。 不意に心臓が騒いだ気がした。これはそう、何か特殊な形の胸騒ぎ。  それをグッと押し込んで、海は首をかしげた。「・・誰・・ですか?」 「カイト、お前のオペレータを勤めて貰うことになった」 「イリスです!宜しく!」  少女・イリスは、バッと頭を下げた。  海は思わず人指し指で頬を掻いた。 どう反応していいか判らなかったからだ。 「まさか私がオペレート出来るなんて思ってませんでした!」 「は、はぁ。宜しく」 「私一年前にモニタで見たときから、憧れてたんです!」  楽しそうに云うイリスに、海はキョトンと首を傾げた。  一年前にモニタ?――と自分に問う。 一年前、そんな事があっただろうか。少なくとも『自分』としては無かった筈だ。  一年前にモニタの映し出された戦闘。それは自分では無く、輝――コードだ。 「そう云えば髪伸ばしたんですか?」  海は輝と簡単に区別がつくように、彼よりも後髪を伸ばして、それを一つに括っている。  最初は違和感があったが、今は別になんとも思わない。 寧ろこっちの方が見た目的にいいかもしれない、なんて思ったりもする。  海は、ひょいっと自分の括られた髪を指で抓んで見せた。 「あぁ。俺だってすぐ判るように」 「判る様に、ですか?」 「輝と間違われる事があるからさ」  輝と云う名詞に、イリスは疑問符を返してきた。  当然だろう。彼の二つ目の名を知っている者は、このハンターベースの中でも数少ないのだから。  海は、いつものクセで彼をそう呼んでしまった事を「あー・・」と後頭部を掻くことでごまかした。 「ロックマン・コードと間違われるからさ」 「あれ?コードさんじゃないんですか?」  やっぱりな――海は心でぼそりと呟いた。  思ったとおりこの娘は自分と輝を間違えていた様だ。 そして同時に心の中で溜息をつく。わかっていても何か、寂しい。 結局自分は、彼の中途半端な分身でしか無いのだろうか、と。 「俺はロックマン・カイト。悪いけど君の憧れてるコードとは違うんだ」 「・・そうだったんですか」  ガッカリさせたかな、と、海はチラッとイリスを見た。  イリスは、少しの間考え込んだ様子だったが、すぐに顔を上げた。 「でも別にいいです!」 「えっ?」 「カイトさんもコードさんと一緒で格好良いですから!」 「はぁ」  一体何なんだこの娘は――海はガクッと肩を落とした。 「よ、よし!ロックマン・カイト出撃します!」 「了解!」 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  紺色の光の帯は、地面に付くと同時に人型へと変化した。  立ち上がるなり三百六十度にバスターを向けた人型――ロックマン・カイト。 カイトは、周囲に敵がいない事を確認した後、静かにバスターを降ろした。 《気をつけてください、ちょっと先の方に反応が沢山あります》 「あぁ、了解」 《でも遊園地を占拠するなんて子供っぽいですよね》 「ま、まぁな」  ゆっくりと足を進めつつ、カイトは汗マークを垂らした。  本当にこんな無駄な会話をしていていいのかだろうか。  不意に出現したレーザー砲。 それは、光の線を放つよりも前に、蒼いエネルギーの塊によって、木っ端微塵に砕かれていた。 《わぁ早い!》  指令を出すよりも前に撃ち抜かれて、イリスは思わず通信機を通してそう呟いた。  続けざまに出現する敵メカニロイド。 バスターでは撃ちきれないと判断したカイトは、即座に肩のビーム・セイバー・アルティーヴを抜いた。 《あれ!?えっと!あぁ!》  カイトの戦闘速度についていけないのか、イリスの声が虚しく通信機から吐き出された。  カイトは、そんな声に「ったく」と小さく呟きながら、通信機に向かって云ってやった。 「イリス!落ち着いてくれ!ゆっくりレーダーを確認すればいいんだよ!」 《は、はい!》  そう言い終わった時には、カイトは最後の一体を斬り捨てていた。  セイバーの出力を切って、メットのイヤー部分に手を当てる。 「焦らなくていいから。多少無茶なオペレートでも熟してやるから。な?」 《は、はい》 「別にそんな硬くならなくても、君流のオペレートで頼む。それと敬語だと話し辛いから口調崩してな」 《じゃ、じゃあそうするわ!》  唐突に口調を変えたイリスの声に、カイトは「適用早ぇ」とぼそっと突っ込みを入れた。 「俺のこともカイトか海でいいから」 《じゃあ私もイリーで呼んで》 「判った。んじゃ引き続き頼むぞイリー!」 《オッケー!》  イリスに進行方向を確認してから、カイトはダンッと地面を蹴った。  停止しているメリーゴーランド。軽い飲料等を販売しながら掃除を熟すロボット。  いつもは賑やかであっただろうテーマ・パークは、今や静かを通り越して不気味だった。 《カイト!上!》  イリスの声がするのとほぼ同時。カイトが真上に放ったバスターの閃光が、宣伝用のバルーンを撃ち抜いていた。  遅れて視線を上げると、数体のバルーンがフワフワと浮いていた。 改造されているのか、広告を吊るす部分に、小型のミサイルが数発積載されている。 「ちっ・・!」  次々と発射されるミサイルに、カイトは小さく舌打ちをした。  身を翻して、飛来するミサイルの雨を躱していく。 直撃するコースの物は、全てアルティーヴで斬り落とした。 《カイト!跳んで!》 「なにっ!?」  イリスの不意な指令に戸惑いつつ、カイトは思い切り跳躍した。  今までカイトが立っていた場所は、飛ばされて来た巨大なコーヒー・カップが殺到していた。 「ここまでするか・・」  タンッと着地し、再び飛んできたコーヒー・カップをエレクトリック・アートの壁で受け止める。 「イリー!ターゲットまでの一番安全なルートは?」 《今捜してるわ》  受け止めきれなくなったコーヒー・カップを横に流して、カイトは瞬時に真横へと走った。 反応しきれなくなったコーヒー・カップは、轟音を上げながら、他のアトラクションへと突っ込んでいった。  なるべくアトラクションの無い道。イリスが指定したルートはそれだった。  そんな安易な指令だったら、別にオペレータがいなくてもいいんじゃないか――一瞬だけそんな仮説を浮かべたカイトは、 すぐにそれを打ち消した。  遊園地の両側にある巨大な壁。そこを伝っていけば、大したアトラクションは無い筈だと、イリスは云っていた。 「全くコーヒーカップまで改造するなんて」 《本当に手が込んでるわねぇ》 「それよか普通の戦闘用メカニロイド使った方が効率いいと思わないか?」  少し壁が高くなっていた行き止まりを三角蹴りで跳び越えつつ、カイトは漏らした。  あの広告用バルーンに積めるミサイルの量はたかが知れているし、 コーヒー・カップを突撃させた所で、致命的なダメージを与えることは出来ない。  ここを占拠した奴の意図が、カイトには全く読めなかった。 ここまで来て、何か裏があるとも思えない。 「大体からして遊園地のアトラクションで攻撃するなんてどういう神経してんだか」  確かに不意をつくと云う意味では有効かもしれないけど。カイトは付け加えた。 《よっぽど遊び好きの子供なんじゃないの?》 「んな事あって溜まるか!」 《えー、だってさー》  イリスの言葉を遮ったのは、不意に空気を斬り裂くような鋭い音だった。  グングンと迫ってくるその音に、カイトは咄嗟に側転をして、それの接近を免れた。 「今度はこれか!」  カイトの背中を通り越して前に出たのは、高速のジェットコースターだった。 現状の絶叫マシ――ンの中で最も人気の高いここのジェットコースター。 確かに一度見てみたいとは思っていたが、まさかこんな形でお目にかかることになろうとは。 「ったく!誰だジェットコースターをレール式じゃなくした奴は!」  しつこく追い掛けてくるジェットコースターに、カイトは叫ぶように吐き捨てた。  数十年前から、ジェットコースターはレール式では無くなっていた。 浮遊式で、プログラムを組んだとおりのコースを走るように設計されているのだ。  恐らく、自分を追跡するようにプログラムされているのだろう。 「くっそ・・!」  跳躍して、ジェットコースターを前に回す。 そして、空中でバスターにエネルギーを収束させ、 そのまま真っ直ぐ突っ込んでいくジェットコースターに向かってエネルギー弾を――放てなかった。 カイトがバスターのチャージを完了するよりも前に、軌道を変えたジェットコースターの先端が、 カイトの腹部に諸に減り込んでいたからだ。 「ぐっ!?」  そのまま身体を持っていかれた。  ガシャンと先端から、小型のマシンガンが出現した。 その銃口は真っ直ぐに自分の頭部を捉えている。 こんな至近距離でそれを受けたら、流石の自分もただでは済まない。 《カイト!》 「イリー!コイツのメインプログラムはどこにある!?」 《そのマシンガンが出てるすぐ下!!》  そう云われるや否や、カイトは問答無用でマシンガンの銃身の真下に、アルティーヴを突き立てた。  不意に推進力を失ったジェットコースターは、その場に勢いよく墜落していく。 カイトは、自分の腹部に減り込んだままの先端を蹴って、クルンと綺麗に回転して、真後ろにあった観覧車のゴンドラに着地した。 「本当になんでもありだな」 《あーあー、カイトったらジェットコースター壊しちゃった》 「仕方ないだろ!」  顔の見えないイリスに、カイトは汗マークで突っ込んだ。  全く自分で指令しておいて、と、ブツブツと呟いてから、軽く跳躍して観覧車を降りる。  カイトは、何か嫌な予感がして、今飛び降りたばかりの観覧車を凝視した。 「イリー!」 《何?》 「まさか観覧車が転がってくるなんて事、無いよな?」  メリッと嫌な音が耳を突いた。 《ま、まさかーそんな事・・・》  ゆっくりと観覧車の巨大な輪がカイトの方へと転がり始める。 《あるみたいねー!》  語尾に音符のマークをつけて、イリスは楽しそうに云った。  カイトは、試しに真横に側転してみた。 案の定だ。あの巨大な輪はどんどんと勢いを増しながら軌道を変えて、カイトの方へと転がっていく。 「だぁぁぁ!畜生ぉぉ!」  もはや走らなければ逃げきれない程の速度を持ち始めた観覧車に追われながら、カイトは誰に愚痴るでも無く叫んだ。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  数分。  未だに観覧車と追い掛けっこを繰り広げるカイトの視線の先に、遊園地の四隅の壁が見えた。  いつの間にかこんな所まで走ってきてしまったようだ。 どんな狭いところに逃げ込んでも、それすら破壊して追ってくる観覧車と追い掛けっこをする間に。 《行き止まり!》 「判ってるよ!」  そのまま壁を駆け上がる様に三角蹴りで跳躍する。  そして、昇りながらバスターにエネルギーを束ねていく。 カイトの目線が捉えたのは、観覧車の丁度中心。 あそこが恐らくメインプログラムの筈だ。  すぐ真横の壁に飛び移り、カイトは思い切りバスターを発射した。 「お前は同じ場所でグルグル回ってればいいんだよ!」  直進する蒼いエネルギーの奔流は、軌道を変えようとする観覧車の丁度中心を見事に撃ち抜いた。  ゴンドラを繋いでいた物を失った観覧車は、その場にバラバラと分解され、その活動を停止した。 あれだけ暴れ回っていた物とは思えない程、呆気ない幕切れだった。 「・・・全く」  綺麗に着地した後、カイトはキョロキョロと辺りを見回した。  今の観覧車が転がり回った所為で、辺りはほぼ壊滅状態だ。 改造されたアトラクション諸とも破壊してしまったのではないだろうか。 《遊園地無茶苦茶だわね》 「闘いが終わったらゆっくり直せばいいさ」 《まぁ、そうね》  パッパッとバスターに被った埃を払いつつ、カイトは話題を変えた。 「因みにターゲットはどっちの方向だっけ?」 《カイトの真後ろだけど》  さらりとそう云われて、カイトは転びそうになるのを堪えながら、クルリと振り返った。  先程の観覧車の被害から奇跡的に免れたのか、その入口はやけに綺麗だった。 入口には看板が残っていた。ここも現状の物の中で最も人気のあるアトラクションだ。 「・・・今度はオバケ屋敷か」  その看板を目に掠めた後、カイトはがっくりと肩を落とした。  戦闘自体は楽なのかもしれないが、別の意味で疲れてきたような気がする。 ちょっとハードな遊園地に遊びに来た様なものだな――カイトは溜め息交じりにそう思った。 《えっ?恐いわけ?》 「そう云うわけじゃないけどさ」 《けど?》 「いい加減うんざりしてきたよ」  そうぼそりと呟いて、カイトは少し乱暴にホラーハウスの入口をバスターで吹き飛ばした。  それからゆっくりと足を進める。 いつもなら従業員が立っているスペースには、当然のように誰も居なかった。 「一寸先は闇、か」  カイトの呟きの通り、カイトの視線の先は真っ暗だった。  実際は一方通行だから迷うことは無いのだが、この先で色々な仕掛けで来園客を楽しませてくれると云う事だ。 「イリー、レーダーちゃんと見ててくれよ」 《オッケー。カイトはオバケ屋敷たっぷり楽しんでおいて》 「楽しむねぇ」  楽しめたら楽かもな。カイトは苦笑しながら歩み出した。  文字どおり真っ暗闇の中を、壁に手を伝って歩いていく。 雰囲気を出すために送られてくる微風が、カイトのメットから露出している後髪を冷たく撫でる。 アーマーを付けている為、そこ以外風の感覚なんて感じられないが、それが逆に嫌な感じだった。  独特のBGMと共に、色々な仕掛けが出現し始めた。 ホログラフを使用した幽霊の姿。唐突に壁に貼り付いてくる血塗れの人間の人形。 「ったく。普通に来れば楽しかったかもしれないのにさ」  そんな中で冷静に敵かただの仕掛けなのか判断しながら、カイトはひとりごちた。 《遊園地が直ったらまた来ればいいじゃない》 「そんな暇があったらなー」  ジャキっと口を開いた人形を拳で叩き潰しつつ、カイトは投げ遣りにそう云った。 《あっ、大きな反応が》 「どこ?」 《その扉の向こうよ》  そう云われて、カイトは今まさに手を当てていた扉を、もう片方の手で引き抜いたアルティーヴで、勢い良く斬り裂いた。  今までの細い一本道とは打って変わって、その部屋は広かった。  薄暗い照明。元は色々な物が敷き詰められていたようだが、今は見る影も無い。  あるものと云えば、部屋の中心にポツンと置いてある大きめの箱だけだ。 「何も無いけど?」 《あれぇ?おかしいわねぇ。その部屋のどこかに反応がある筈なんだけど、ぶれちゃって判らないわ》 「電波障害か?」  キョロキョロと辺りを見回しながら、カイトは何の気なしに中央の箱状の物に近づいてみた。 少しだけ顔を近づけて凝視してみる。別にこれと云って変哲の無いただの箱。 しかし、何故ここにあるのか、それだけが不可解だ。 「・・・・」  暫く凝視しても、箱に変わった所は見受けられなかった。  カイトが別の所を捜そうと視線を外そうとした瞬間、不意な高音がカイトの耳を貫いた。 「ドカァァン!」 「わっ!?」  余りに突然だったもので、カイトはビクッと両肩を震わせた。  外しかけていた視線を元に戻すと、カポッと箱の上部の蓋が開いていて、中からピエロの様な顔が覗いていた。 「あーはっはっはっ!吃驚してやんの!あーはっはっ!!」  大声で高い笑い声を響かせながら、箱の中からピエロは、その上半身をゆっくりと箱から覗かせた。 胴と両手ではバネになっていて、下半身は箱の中から出さないことから、箱と一体化している様だった。  未だにクスクスとした笑い声を上げながら、 箱から身体を覗かせた敵レプリロイドは、ブランとしてそのスプリングの腕を垂らした。 「さっきからずーっと見てたけどなかなかビビらないんだもん。でも今凄く吃驚したでしょ!」  子供のように笑いながらそう云うレプリロイド。 カイトは、グッとレプリロイドを睨み付けつつ、バスターを向けた。 「お前がここのリーダーか」 「まぁね!ボクはサプライズ・ケイスティン!」 「ったく。俺は無駄な殺生をするつもりは無ぇ!」 「それってもう勝った気でいるって事?」  ブランブランとスプリングで上半身を左右に揺らしつつ、ケイスティンはケラケラと笑った。  「ちっ」カイトは舌打ちした。 コイツも何を言っても投降しないタイプだな。すぐにそう判った。 「それより折角遊園地に来たんだから遊ぼうよ!」 「なんでわざわざ遊園地なんかを占拠したんだ?」 「だって楽しそうじゃない!」  その一言に脱力感を覚えつつ、カイトはバスターにエネルギーを注ぎ始めた。  この距離なら、構えもしていないケイスティンを撃ち抜くことは造作も無い事だ。  足元が微妙に振動している。恐らく破壊するターゲットはこの部屋の真下にある。 さっさと片付けたいな。カイトはチャージが完了したバスターの銃口を見詰めた。 「ねぇ遊ぼうよ!」 「わーった!タップリ遊んでやる!」 「ボクが勝ったら一生遊んでもらうからね!」  カイトは勢いよくバスターを放ちながら叫んだ。 「俺が勝ったらここは解放させて貰うからな!」  真っ直ぐに直進するバスターの閃光に、ケイスティンはクスッと笑った。  不意に身体を揺らすのをやめて、素早くその身を下半身に当たる箱の中に納める。  バスターが箱に着弾する寸前に、それはその場からフッと消え去っていた。 「何っ!?」 《カイト!多分左上!》 「多分って!」  心の中で「おい!」と叫びつつ、カイトはその言葉を信じて、アルティーヴを左頭上へと薙いだ。 「わぉ!」  暗闇に紛れて見えなかったケイスティンの姿が、ビーム・セイバーであるアルティーヴの閃光に照らし出された。  今まさに振った光剣は、ケイスティンの頭部ギリギリを掠めていった。 「危ないなぁ!」  ズボッと箱の中に手を入れたケイスティンがカイトに投げつけたのは、一枚のトランプだった。  カイトが首を巡らせてそれを躱すと、後方の壁に突き刺さったトランプは、小さな発光の後、中規模の爆発を起こした。  躱されるとは夢にも思っていなかったのか、ケイスティンの表情は意外そうだった。  カイトは無言でバスターを向け直す。  先程の回避は簡易的なワープ装置だろう。 あの箱の中に身を潜めた際にだけ、短い範囲だが、細かな転移が可能になる。 要はケイスティンが箱に隠れる前に撃ち抜けばいいのだが、今見たばかりのケイスティンの動きは、 そんな楽観的に見れるほど遅くはなかった。 「お兄ちゃんなかなかやるね!」 「そんな余裕を吐いてる時間があんのか!?」  バスターを左から右へ、薙ぐ様にして連射を放つ。  ケイスティンは、ゴソゴソと箱の中に手を入れ、一本の杖を取り出した。  それを鼻歌と共に指で回転させ、飛来するエネルギーの塊を悉く弾いていく。 「これなんかどう!?」  再び箱の中に手を入れたケイスティンが取り出したのは、火のついた古風な見た目の爆弾だった。  カイトが一瞬驚きを見せる内に、ケイスティンは「ほいっ」と、それを勢いよくカイトの方へと投げつけた。 「しまった!」  それはカイトの足元につくと同時に、凄まじい圧力を発した。  カイトが立っていた位置を含め、辺り一体を灼熱の爆風が駆け巡っていく。 「あーはっはっ!チェック・メイトかなぁ!?」  ヴンッと云う、ビーム・セイバーにエネルギーが収束する独特の音が聞えた。  ケイスティンがその方向に向き直ると、アーマーの上半身に多少の傷が入っているものの、 カイトがアルティーヴを掲げる形で立っていた。  本来なら、惜しかったと舌打ちする所だが、ケイスティンの反応は違った。 嬉しそうに笑みを浮かべて、笑い声を上げる。 「あれぇ!?生きてたんだっ!凄いなぁ!あはははは!」 「コイツはどうだ!」  ググッと、カイトの掲げるアルティーヴの剣芯がその太さを爆発的に増した。  バチバチとエネルギーのスパークを発生させるアルティーヴを、カイトは思い切り頭上から足元にかけて振り下ろした。  フラットがゴリロイドとの闘いで手に入れてきた武器ユニットチップ。 バスターよりもセイバーに適合した、カイト達の新たな攻撃手段。 「空斬撃!」  振り下ろされたアルティーヴの軌跡は、ボゴッと巨大なエネルギーの塊を正面に撃ち出した。  カイトの斬撃そのままスピードを受け取った空斬撃のエネルギー。 それは、ケイスティンに直撃する一歩手前で、億の破片へと四散した。  バラバラと雨のように降り注ぐエネルギー弾は、そのまま驚愕でタイミングを逃したケイスティンの胴を、物の見事に撃ち抜いた。 《カイト何してんの!?》 「えっ何が、うぁっ!?」  カッと、カイトの肩アーマーに先程の小型爆弾トランプが突き刺さった。  突然のことで対処が遅れて、トランプはカイトの肩に撃ち込まれたまま、中規模の爆発を起こした。 こんな至近距離で受けては、流石のアーマーの強度も耐えきれなかった。 肩アーマーに亀裂が走り、爆発の衝撃で頭部を護るヘルメットが吹き飛んで、後方の壁に激突した後、粉々に砕け散った。 「なっ、にぃっ・・!?」  ポタッと額から零れた血を拭いながら、カイトはトランプの発射された方向を睨み付けた。  ボヨンボヨンと上半身を揺らしながら、ケイスティンが耐えずあの笑みを浮かべていた。 カイトが確かめるように空斬撃を放った方向をみてみたが、そこには空斬撃の余波で破壊された瓦礫しか残ってはいなかった。 「あはは!驚いた!?驚いたでしょ!」 「なんでっ・・・貴様っ」 「サプライズ・マジック!なんちゃってね!」  腹を抱えるケイスティンに、流石に苛立ちを覚えて、カイトは掌にエレクトリック・アートの塊を創り出した。  球状に収束させた電気の塊を頭上に投げ、落下してきた所をケイスティンに向かって思い切り蹴り飛ばす。 そして、それが直撃するかしないかは関係なしに、武器ユニットチップを、ブラスト・レーザーに転換した。 「こっちか!」  自分の左右と真後ろ。三発をカイトは流れるように連射した。  エレクトリック・アートの直撃したケイスティンが姿を消した。 ブラスト・レーザーが直進するコースに、ケイスティンの姿は突発的に現れた。  直撃した!カイトが確信した時には、ブラスト・レーザーが貫いたケイスティンの姿は、またもや消え去った。 《カイト何してんのよ!》 「アイツが本当はどこにいるのかわかんねぇんだよ!」  そう叫びつつ、カイトは咄嗟に跳躍して、発射されたトランプ・カードを回避した。 が、続けざまに放たれたケイスティンの腕のバネを利用した打撃によって、カイトは壁に叩き付けられた。  地面に激突したカイトは、クラクラとする頭を無理矢理抑えつけて、立ち上がった。  今の衝撃が、メットを無くした頭部に直接伝わってきたものだから、カイトはぶれる視界の中、少しの吐き気を催した。 「イ、イリー」  咽せそうになるのを堪えながら、カイトはなんとかパートナーの名を呟いた。 《カイト!大丈夫!?根性で頑張りなさいよ!》  根性か。カイトは頭の中で反芻しながら、視線の先で笑い声を上げるケイスティンを、睨み付けることで牽制した。  アルティーヴをなんとか構え直して、ケイスティンにまだ諦めていない事を示してやる。 ケイスティンは、ジャラッと箱の中からトランプを数枚取り出して、ニヤッと笑った。 攻撃しようとすれば出来るんだよね――ケイスティンの目はそう云っていた。 「イリー。あの幻影攻撃、どうにか出来ねぇか?」 《そ、そう云われても》 「せめてどっちの方向に向かって撃てばいいかだけ、判かんねぇか?」 《うーん》  電波障害で向こう側からこちらの状況が上手く読み取れないことは百も承知だった。  それでも、聞くだけ聞いてみたかった。 もしかしたら、このイリスと云う少女は、何か予想外の離れ業を見せてくれるかもしれない。そんな淡い期待があった。 《わかったわ!》 「なっ、何だ!?」 《・・・・勘ね》  カイトは無言でサブの通信機の電源を切った。  そのまま口を開かないままケイスティンを睨み付ける。 「あはは!見捨てられちゃったねぇ!」 「なろぉっ!」  通信機を切るときにチャージしておいたバスターを、真っ直ぐにケイスティンに向かって解放する。  ケイスティンはケラケラと笑いながら、上半身を素早く箱の中に納め、フッと消え去った。 僅かな着地音。それをカイトは見逃さなかった。 「っ!」  ダンッと床を蹴って、灼熱の焔に包まれる拳で、今まさに着地したばかりのケイスティンを殴り飛ばす――消えた。  真後ろからステッキの打撃を受けつつ、カイトは振り向きざまにウォーター・サイクロンを放ったが、 それはケイスティンの掌で回転するステッキによって、軌道が逸れ、辺りを水浸しにしていった。 「くっそっ!」  攻撃されては回避され、不意をついての攻撃を受ける。 例え二撃目を躱したも意味はない。三撃目を確実に受けることになる。 そんな繰り返しの中、カイトはコードがしたのと同じように、エレクトリック・アートの網を張ったが、 それが伸びきるよりのも前にトランプ・カードの爆破を受けて、 掌から発生していたエレクトリック・アートは、虚しく消え去った。  再びエレクトリック・アートを発生させようとしても、今ので残量エネルギーを使いきったのか、反応は無かった。  防御や多角攻撃にエレクトリック・アートを多用し過ぎたか、と、カイトは自嘲するように思った。  本当はどっちに向かって撃てばいいんだ。 それが判れば、一撃で勝負を決められるのに。  どっちだ?ケイスティンの本体は一体どっちに現れているんだ? ひたすらケイスティンの容赦のない攻撃に耐えながら、カイトはそう自分に問い続けた。 《振り向いて正面に向かって撃て!》 「!?」  不意に頭の中に響いた声。それはイリーの声では無かった。  自分やコードよりも年上。だけれどフラットよりも若干年下の少年の声。  しかしカイトは、そんな事に疑問を持つよりも前に、声が示した通り、 真後ろに振り向くと同時に、今まで攻撃に耐えながら充填しておいたフルチャージ・ショットをぶちかましてやった。 「わぁっ!?」  閃光の煌めきの中、ケイスティンの姿が見えた。  直撃した!?――カイトは一瞬の驚愕と乗せて、アルティーヴでケイスティンへと斬り掛かった。  サプライズ・マジックだ。カイトが斬り裂いたのは直前でケイスティンが残していた幻影。 「えぇぇぃ!」  本体は真後ろの頭上だ。カイトは瞬時に判断した。  ケイスティンがエネルギーを乗せたステッキを振り下ろした――それを捉えたのは。 「あれあれぇ!?」  ケイスティンのステッキは空を切った。  ケイスティンが、不意に形勢を覆された事に声を上げた瞬間、ケイスティンは真後ろから地面に向かって蹴り落とされた。  タンッと云う着地音を聞いて、ケイスティンはガバッと顔を上げた。 目が合ったのは、先程から自分が痛めつけていた少年だった。間違いなく。  しかし、どこか違っていた。  さっきのトランプ・カードの爆発で失った筈のヘルメットを付けていた。  それどころか、彼の鎧に傷なんて一つも無かった。 いや、鎧自体、スッキリとしていた物から、シャープな輝きを放つ物へと変わっていた。  カイトは、ケイスティンをバスターで牽制しつつ、己の鎧を視線に掠めた。  変わった。先程の一瞬で、アーマーが。 同時に理解した。さっきの一瞬、頭の中で響いた声の正体が誰かを。 「ふぅ、危なかったぜ」  ヴィィンと、先程よりも爆発的に出力の増したバスターが唸りを上げる。 それは、規模を増すことにスパークを上げ、バスターの銃口に納まりきらないほど膨張していく。  驚愕に目を見開くケイスティンの瞳を見る。 しかしカイトの頭の中に浮かんでいるのは、ケイスティンの驚愕では無かった。  蒼い鎧に身を包んだ、翠の瞳をした優しい顔の少年。 彼の顔を見たことは一度しか無かったが、今でも鮮明に思い出せる。  そう、自分がまだコードの一部だった時、一度だけ。  フラットとの最終決戦。ガイア・リカバリーズとの闘いの中、何度か自分の目の前に姿を現した、 蒼い色のサイバー・エルフ――ロックマン・エックス。 「なんでいきなり変わってんのさぁ!ズルイよっ!」 「サプライズ・ケイスティン!早めに決めさせてもうぜっ!」  一気にケイスティンの懐まで飛び込み、ケイスティンがサプライズ・マジックを展開するよりも早く、 回転を加えた拳を頬に叩き込む。  そのまま、ラッシュの勢いで彼の顔面に拳の雨を降らせ、 ケイスティンが怯んだ所で、回し蹴りを入れ、彼を後方の壁に叩き付けた。  カイトは間髪入れずにアルティーヴを握りしめた。 出力が上がり、スパークを発する光剣で、思い切り足元の地面を斬り裂く! 「岩崩破!!」  ビキビキと部屋全体に亀裂が走っていく。 一瞬で天井まで到達した亀裂は、耐えきれなくなってその場で裂けた。  ガラガラと崩れ落ちる瓦礫は、ピッタリ計算通りにケイスティンの叩き付けられた場所へと殺到していく。 「うぇ!?うぇぇ!?」  瓦礫の山に周りを囲まれて、ケイスティンは酷く慌てた声を上げた。  カイトは、すぐには動けないケイスティンの頭部に向かって、バスターの照準をピタリと合わせた。  今出来る限りのエネルギーを限界まで注ぎ込んでいく。 ケイスティンはなんとかして逃れようと身を捩っていたが、そんな事はもう無意味でしか無かった。 「チェック・メイトはお前の方だ!!」  ケイスティンが最後に見たのは、凄まじく巨大な蒼いエネルギーの塊だった。  バラバラと飛び散るケイスティンの残骸。  カイトは、止めどなく降り注ぐその中から、パシンと一つのチップを掌で拾った。 「サプライズ・ケイスティン。勝ったのは俺だ。約束通りここは解放させてもらうからな」  チップを掌に納めたまま、カイトはもう片方の腕を変型させたバスターで、足元を撃った。  程なくして振動が止まった。 「任務完了!」  カイトは、天井を破壊した為、頭上に覗く朱に染まった空を見詰めた、ポツリと呟いた。  ギリギリの間一髪勝利と云ったところか。あの時エックスの助言が無ければ、恐らく負けていただろう。 自分は――。  ならばコードとフラットの場合、勝敗はどうなっていただろう。  フラットは多分、エックスの助言が無くとも勝っていただろう。 実力的に劣っているとは思っていないが、フラットには自分とコードには無い勘がある。  フラットなら、もっと別の方法で勝利を納めていただろう。もっと効率的に。素早く。  ――コードは?コードの場合、勝敗はどうなっていただろう。  まず負けることは無いと確信してはいるが、コードと自分はもう別人だ。 さっきの一瞬、自分はケイスティンの動きを岩崩破で封じ、確実に直撃すると確信してから、全力の射撃を撃ち込んだ。 そして、自分は勝ったんだ。  コードだったら?――コードにとっての『勝利』は、恐らく岩崩破で動きを封じた時点で決まったことだろう。 もうケイスティンに勝機は無かった。だからコードにとっては、その時既に自分は勝利しているのだ。  自分はケイスティンをバスターで撃ち抜いた。フラットも恐らく同じだろう。  しかしコードは、恐らく撃たない。 カイトは思う。きっとバスターとセイバーをしまって、岩崩破の中に埋もれているケイスティンに手を差し伸べるだろう――と。 そしてターゲットだけを破壊して、ケイスティンを共にベースに連れて帰るだろう――と。  彼は無駄な殺生はしない。例えそれが誰であっても。助けられる命は全て助けるつもりなんだ。彼は。  それはカイトには出来ないことだが、元はコードの一部だったカイトには確信出来た。 「イリー」  どんどんと深みにはまっていく思考を、カイトはサブ通信機を起動させることで抜け出した。 《カイト!!》 「わっ」  起動させるや否や響いた声に、カイトは一瞬たじろいだ。  イリスの声は酷く焦っていた。何か激しい運動でもした後かの様に、はぁはぁと息が荒い。 《わかったわ攻略法!》 「イリー、あのな」 《よく聴いて!》 「アイツなら倒したよ」 《えっ・・!》  カイトの一声に、イリスの声の勢いがピタリと止まった。  カイトが「あぁ。倒した」と確認を入れると、イリスは少しの間沈黙した。 《あー、良かった》  ふぅ、と胸をなで下ろすイリスの様子が見えた気がした。 《カイトがやられちゃったのかもしれないと思ったじゃない》 「君があんな適当なオペレートするからだろ!」 《あの後ちゃんと攻略法捜してわよ!》 「それじゃ遅ぇんだって!」  少しの間、カイトと通信機から、はぁはぁと云う荒い息の音だけが聞えていた。  少しの沈黙。 熱りが冷めた頃、カイトは静かに云った。 「こちらロックマン・カイト。任務完了。ただちに帰還します」 《こちらハンターベース。了解。帰還を許可します》  カイトは、ふっと笑い声を漏らした。イリスも小さくクスッと笑う。  その場から、紺色の光の帯は、音も無く消え去った。 次回予告 残った拠点はあと一箇所。 フェルマータ達との直接対決も近い。 でもそんな時、僕等の前にいきなり姿を現したのは、この闘いを宣告した張本人・ミュートだった。 ヒカルを貰いに来た!?生体ユニットの為の逸材!?何のことだ! お前なんか・・僕が倒してやる!来いミュート! 次回 ロックマンコードⅡ第参章~心~ 「何度でも・・闘ってやるさ」

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