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ロックマンコードⅡ 第参章~心~」(2008/08/30 (土) 11:42:18) の最新版変更点

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ロックマンコードⅡ 第参章~心~  殺シテ、ヤル・・ 誰を・・・?  ミンナ、ミンナ殺シテヤル・・・ 何故・・?  モウ何モカモ消シテヤル ソウスレバ・・・ それを本当に望んでいるの・・?  ミンナ消シテヤルンダ、ソウスレバ、ソウスレバ・・! それが終わったら、独りぼっちだね  ・・・・僕ハ・・・ 哀しくて哀しくて、苦しい   ・・・嫌ダ・・・ 独りぼっちになるのは嫌だよ・・・  ・・・僕ハ、僕ハ・・・ 僕はみんなの所に・・・  ミンナノ所ニ・・・・  還りたい 第一話  ミュートがハイウェイで宣言した重要拠点も、現在捜索中の物で最後となった。  次の拠点を破壊すれば、遂にフェルマータ達との直接的な闘いが始まる。 彼等の目的は判らないが、地球の運命を左右する闘いが。  そんな緊張の為か、ハンターベース・司令部の面々の顔付きは強張っていた。  しんと静まり返った空気の中、カチャカチャとキーボードを打つ音だけが響く指令室。 こんな仕事だとは云え、普段はどこかもっと仲間達が仲間達を想う様を見れる場所である指令室の姿は、今は無い。 事情が事情だと判っているつもりだが、ブリエス総監は少し物悲しさを感じた。  総監と云う立場だからと云って、戦闘能力が高いわけでも、情報収集に長けているわけでもない。 ただ、現段階で最も精密な判断能力を持っている――それだけの事だ。そう、ただそれだけの事。  こう言う状況の中では、戦闘員の前に立って闘ってやることも、せっせと懸命に作業を続ける者達の手伝いをしてやる事も出来ない。 自分はただ上から指令を下すだけ。 マニュアルでは司令官とはそういうものだとあるが、ブリエスにはそれがどうにも納得いかなかった。  上で命令しているだけの者が何が総司令だ。共に闘ってこそ仲間だと云うのに、私はこのベース内で最も楽をしている。 巨大なモニタに次々と映し出される情報の数々を瞬時に読み取った後、ブリエスは額に手を当てつつ自嘲した。 「全員生き残って欲しいものだ。このネオ・イレギュラー・ハンターの面々も、地球に住む人類とレプリロイド達も」  ブリエスは、モニタをグッと睨み付けつつ、誰に云うでも無く呟いた。 「そんで通信で勘だ!なんて云うんだぜ?」  海は、そう云いながら、ビシッと輝を指さした。  輝は頬を掻きつつ苦笑した。無理して出そうとした笑い声が少し上擦っている。 「あは、はは。災難だったね海」 「何よジョークも通用しないの?」  ひょこっと、イリスが輝と海の会話に口を挟んだ。  軽く腕組みをして、ジッと海を見詰めるイリス。そんなイリスを、輝は「まぁまぁ・・」と両手を胸の前に出して宥めた。 「ジョークも何もあるかよ戦闘中に?」 「窮屈な闘いよりはマシなんじゃない?」 「大体戦闘中に余計な会話していいなんて習ったのか?」  海にそう問われて、イリスはキョトンとした後、 すぐにいつもの表情に戻り、さらりと云った。 「忘れたわ」  その答えに、輝と海は同時に足が掬われそうになった。  それをなんとか堪えて、海は少しヒクついた顔で云った。「君なぁ・・」 「冗談よ。ちゃんと習ったわよそれくらい」 「だったらなんでちゃんと実行しねぇんだよ」 「・・うーんっ。海と話してみたかったからかしら?」  そんな答えに、海は「はっ?」と動きを止めた。  イリスはジッと海の目を見詰めてくる。その瞳から感じられるものは、凄く微妙な感情。 少なくとも、今の海にはそれが何なのかよくわからなかった。 「初対面でいきなりオペレートだったもの。少しくらい海の人柄を知りたかったのよ」 「そんなの後でも出来るだろっ!」  はぁと溜息が一つ。海はがっくりと肩を落とした。  口を出す隙が無かった輝は、小さく苦笑いしながら、ぽんぽんと海の肩を叩いてやった。 「まぁでも任務成功したんだし。ねっ?海」 「だけどよぉ」  ぐたっと脱力しきっている海を見て、輝は苦笑する事しか出来なかった。  もし自分がこの娘と組んでいたら、どうなっていたのだろう――なんて事も考えてしまう。  恐らく海と同じようになるだろう。彼と自分、そして響の戦闘パターンは類似しているから、 海が苦戦した敵、状況には自分も例外なく苦戦する。  ヒカルが自分のオペレータで良かった。輝は海に申しわけないと思いつつも、頭の隅でぼそりと呟いた。 「私やっぱり輝さんのオペレータになりたかったわ。ねぇ輝さん、次から私がオペレートしちゃ駄目?」  不意にそう云われて、輝はビクッと肩を震わせた。  気付かれないように海の肩に隠れて、少し見上げるようにイリスの顔を見る。 「いやあの、僕にはもう担当のオペレータがいるし」 「でもまだ正式なオペレータじゃないんでしょ?だったら次もやらせてくれるかわからないじゃない?」  ご名答。ヒカルが自分のオペレータを勤めたのは、あの時使えるオペレータの数が足りなかった所為であって、 ヒカルは正式なオペレータてもなんでも無いただの民間人。  ただ自分が頼み込んでこのベースに居候しているだけの人間だ。  幾ら正式なオペレータ顔負けの的確なオペレートをしたとは云え、次もそれが通ると楽観的には云っていられない。 「いやでも、君は海のオペレータじゃないか」 「俺も響みてぇにオペレータ無しでいきゃ良かった」  海は、先程から窓辺に座って一言も話していない響の方を見て、恨めしそうに呟いた。  不意に視線を向けられた響は、溜息と共に肩を竦め、トンッと窓辺から降りた。 「その割には仲がいいだろう。お前達」 「あっ、確かに」  響が単刀直入に発した言葉に、輝はすかさず同意の声を足した。  輝と響に見詰められて、海は「うっ」と言葉に詰まった。 「違っ・・!」  警報音。  海が言葉を全て吐き出すよりも前に、けたたましい音が輝達の耳に突き刺さった。  思わず全員が表情を引き締めた。 『緊急戦闘配備。ロックマン・コード、ロックマン・カイト、ロックマン・フラットはベース外部へ。  その他作業員は唯ちに指令室へと集合。各自の判断で敵を迎撃せよ』  輝と海と響は、それぞれの顔を順に見詰めた後、同時にコクリと頷いた。  ダンッと机に手をついて輝は目付きを鋭くさせた。 「行こう二人とも!ベースの外だ!」 「あぁ!」 「行くぞ」  輝の声が引き金になって、三人は同時にベースの出口に向かって走り出した。  どんどん遠ざかっていく三人の背中。その内の一人が不意に振り返って、イリスに向かって叫んだ。 「イリー!今回はちゃんとしたオペレート頼む!」  もう一人振り返った。 「ヒカルがいたらオペレートお願いって云っておいて!」  イリスは、二人の言葉に、一つだけの返事を返した。 「了解!」  再び走り出した輝と海。その背中が視界から消え去るよりも早く、イリスは彼等とは反対方向に向かって走り出した。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  ロックマン・コード、ロックマン・カイト、ロックマン・フラットの三人は、 ベースの外部へ飛び出したと共に視界に入った影に向かって、同時に光弾を散まいた。  三色の光弾が雨のように振り注ぐ中、影はそれを一発も受けることなら、それらの隙間をスルリと抜けた。  コードは正面。カイトは左。フラットは右。一瞬にして展開した三人は、ほぼ同時に影の正体を目の当たりにした。 「久しぶりだな」  小さく喉を鳴らして、影の正体は云った。  美しい顔をした銀色の鎧のレプリロイド。 数日前に見たばかりの彼の名を、三人は忘れるはずも無かった。  自分達三人の攻撃をたった一人で捌ききった彼。 「ミュート」  ゆっくりとオルティーガを抜き放ちながら、コードは彼の名を呟いた。  カイトとフラットも同じように光剣を抜く。  そんな三人に囲まれても尚、ミュートは構えを取ろうとすらしなかった。 「こんな短期間で三つの拠点を破壊するとはな。我々はとことん君達を過小評価していたらしい」 「そいつはどうも」  ミュートの台詞に、海は皮肉混じりに返した。  更にグッと腰を落とす三人を見て、ミュートは更にその笑みを強めた。 「まだ四つの拠点は破壊してない。何のために来たんだミュート」  何も彼等が絶対に約束を守ると確信しているわけでは無いが、コードは思わずそう云った。  ミュートは、まるでその質問を待っていたかのように、フッと微笑し、 コード達の背後にあるハンターベースに視線を伸ばした。 「遂に見つけたのだ」 「・・・?」 「フェルマータ様が究極の生命体になる為に必要な生体ユニットが」 「なにっ・・!?」  生体ユニット。それはバイオ・コンピューターの事だろうか。  人体の脳を機械に直結させて、生命体と機械を融合させる。 生命体独特の気紛れさと曖昧さを機械に取り込む事が出来る――と、そういうシステムだ。  しかし現在はそんな事が許されているはずが無いし、何よりそんなものが必要ある時代では無い。 今やレプリロイドも人類とほぼ同じだと云ってもいいし、今はまだ三人しかいない自分達、 生体型レプリロイド――確か『マニュピュライズ』と云っていた――も生まれ始めている。 「君達と遊ぶつもりは無い」 「そう云われて素直に「はい、そうですか」と退くと思っているのか?」  そう皮肉ったのはフラットだった。  ミュートは、当然予想された答えに、くっくっくと喉で笑った。  耐えきれなくなって、コードは思わず地面を蹴った。 「生体ユニット!?何のことだ!」  瞬時にミュートに飛びかかり、オルティーガを振り下ろす。  だが、その蒼い光の軌跡は、ミュートが真横へ一歩踏み込んだだけで、虚しく空を裂いた。 「フェルマータ様の力を更に無限の物とする人材だ」 「なんのことだ・・!」  振り向きざまにコードはバスターを連射する。  近距離で発射された無数の光弾を、ミュートは片掌でいとも簡単に弾いてみせた。  更に両脇から襲いかかるカイトとフラットのチャージ・ショットを跳躍で躱して、ミュートは空中で低く笑った。  行き場を失った二発のエネルギー弾は、互いに直撃し、その場で爆裂する。 そのエネルギーの奔流に、足元の砂塵が大きく舞い上がった。 「情報ではこのベース内にいると云うが」 「っ!」  グッと拳に焔を灯し、コードは追って跳躍した。  そして、高さの合った瞬間に、右手のフレイム・ストライクの焔を、ミュートに向かって突き出す。  拳に伝わってきたのは、空気の感触だけだった。 「凄まじい反応だったのでな。すぐに見つけることが出来たよ」 「くっ!」  背中を斬り付けられた。  更に地面に向かって蹴落とされ、コードは着地の姿勢を取るのがやっとだった。  すかさず上空を見上げたが、そこにはミュートの姿は既に無い。 「生体ユニット云うくらいなんだから人間だろうな」  コードの背後に迫っていたミュートに向かって、フラットは静かに呟きながらウォーター・サイクロンを浴びせ掛けた。  高速で回転する水の塊は、ミュートが抜いたビーム・ダガーの高速回転によって、ミュート本体に届ききる前に打ち消された。 「ご名答」 「はぁーっ!」  続けて上空からのカイトのアルティーヴによる一閃。  それを片手のダガーで受け止めたミュートは、ニヤリと笑うと、もう片方の手で抜いたダガーを、カイトの胴に向かって薙いだ。  が、ダガーがカイトの身体を捉えるよりも前に、カイトの紺の鎧が変化し、その場を消え去っていた。 「ほぉ」  爆発的に速度を増したカイトは、上空から出力の増したバスターを浴びせてやった。  カイトを包む鋭い鎧。サプライズ・ケイスティンとの闘いの時に手に入れたソニック・アーマーだ。  誰だ――ベース内にいると云う生体ユニットとは誰なんだ。  カイトに釣られてクラッシュ・アーマーを装備してフラットとの三人で、ミュートとの攻防を繰り広げつつ、 コードは必死に思考を巡らせた。  ネオ・イレギュラー・ハンターはレプリロイドが主に籍を置く組織だ。  その九八%がレプリロイドだと云っても過言では無い。  そんな中、人間であるのは、自分達を含めても二十人足らずしかいない。  戦闘員である人間は自分達三人だけだ。 つまり少なくとも自分達三人である事は、先程のミュートの言動から推測しても有り得ない。  後はベース内にいる十人足らずのオペレータか、その他の研究員等が挙げられる。 「アーマーを変えてもその程度か」  カイトの高速移動をいとも簡単に捉え、ダガーを一閃。  ソニック・アーマーによって飛躍したカイトのスピードも、ミュートのそれには追い付かなかった。  ダガーの刃が、ザックリとカイトの鎧を突き抜けて、彼の生身の身体を裂く。 「まず一人」 「調子に乗るな・・!」  クルリと振り返った瞬間のミュートを、極太のエネルギーが包み込んだ。  フラットが放った全力のチャージ・ショットだ。幾らミュートが強くとも、この一撃を受けてただで済む筈が無い。 「二人」 「えっ!?」  不意に後から右胸を貫かれて、フラットは自身の右胸から突き出ているダガーの刃を凝視した。  馬鹿な。そんな言葉しか浮かんでこなかった。  ミュートがゆっくりとダガーを引き抜くと、フラットの身体は重力に従って、そのまま地面に倒れ伏した。  カイトとフラットが同時に戦闘不能に陥った。 その凄まじいまでの光景を見て、コードはギリッと歯軋りをした。 「海!響!!」  駆け寄りたい気持ちは山々だ。 しかし、もはや闘える者が自分一人となった以上は・・・。  コードは、オルティーガの柄が軋みを上げる程握りしめて、グッとミュートを睨み付けた。 「そしてあと一人か。思ったよりも楽しめるじゃないか」 「・・・お前は俺が倒す!」 「・・威勢がいいな」 「ミュート。貴様の云う生体ユニットって云うのは誰のことだ!」  コードが瞬時に踏み込んで薙いだオルティーガも、ミュートが軽く突き出したダガーによって受け止められた。  だが、コードは怯まずに左足をミュートの胴に叩き込む。入った! 「ふっ、少しは面白くなってきたか」 「たぁぁぁっ!!」  更にオルティーガでの連撃を浴びせ掛ける。  ミュートも少しだけ目付きを変えた。  エネルギーとエネルギーのぶつかり合う余波が辺りに広がる。 コードとミュートの光剣同士が、凄まじい勢いでぶつかりあっているからだ。 「ロックマン・コードよ」  オルティーガの勢いが打ち負けた。  オルティーガごと後方に吹き飛ばされて、コードは慌てて体制を立て直し、着地した。  少し息が苦しい。無理も無いか、全力の連撃をあれ程連続で放ったのだから。 ミュートは息一つ乱していない。自分と同じくらいの運動力をほこっていたと云うのに。  ――強い。コードは今更ながらに実感した。 「この程度か?」 「まだだ、まだ・・・!」 「そうそうその意気だ。ここで私を倒さなければ護る事が出来なくなるぞ」  一瞬、ミュートがなにを云っているのか判らなかった。  それは何に対してだ。カイト達を早く手当てしないと危険と云う意味か。 それとも、ベース内の誰かを犠牲にすると云う意味か。 それとも―― 「・・・!」  少しだけ頭の中を整理した後、ようやくコードはピンと来た。 「・・・まさか、その生体ユニットって云うのは」 「その生体ユニットは元々ベース内の人間では無いと云っていたな」  決定打。そのミュートの一言で、コードの疑問は全て晴れた。  間違いない。彼女――ヒカルだ。ベース内にいる数少ない人間の中で、元々ベース内の人間では無いのは彼女しかいない。 『護ることが出来なくなる』。それは自分が彼女を失う――そう云う意味だった。 「ふざけっ・・」 「まぁそれを知ったところで君がこの私に勝てるはずも無いがな」 「ふざけるなっ!!」  大きく声を張り上げたコードは、今までで最高の力を込めたオルティーガの一撃を、 踏み込んだ先で静止していたミュートに向かって、全力で振り下ろした。  ――交差。 「ゲーム・セット。なかなか頑張ったなロックマン・コード」  ザックリと胸の部分が左肩から右脇にかけて斬り裂かれた。  コードが苦痛に声を上げるよりも前に、ミュートが更に打ち込んだ蹴りによって、 コードの身体はそのまま後方のベースの壁に叩き付けられた。 「くっ・・・っ・・」  ぶれ始めて来た視界で、ゆっくりと顔を上げる。  こちらに向かって、ミュートは何時も通りに笑っていた。その顔にダメージは、無い。 「まだ、だ。ま・・っ・・」  急激に意識が遠ざかっていく。それでもコードは、必死にミュートの前に出ようと手を伸ばすが、 そんなものはただの悪あがきに過ぎなかった。 「生体ユニットは頂いていくぞ・・ロックマン・コード」 「待・・・っ」  目の前が真っ暗になる前に一瞬だけ見えたのは、ミュートの胴に大きく斬り込まれた傷と、 それが凄まじい速度で塞がっていく様だった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  オペレーションルームのヒカルとイリスは慌てていた。  講習を受けていたヒカルを無理矢理に引っ張って、イリスがこの部屋に飛び込んだのはつい一分前の事だ。  それから通信機とレーダーの調整をして、今二人はマイクに向かっておのおののパートナーの名を必死で連呼していた。 返事は・・無い。 「輝君!?輝君応答して!」 「変だわ」 「えっ?」  不意に海の名を呼ぶのをやめて、イリスはそっとレーダーのモニタの上に掌を置いた。  彼等三人の反応はある。今状態がどういうものなのか、準備不足で判らないが。 だが、それ以外に反応が無い。 コードとカイトとフラットの反応、それと破壊された隊員の残骸は確認出来るのに、肝心の敵の反応が無い。  少し遅れてそれに気付いたヒカルも、イリスと同じように妙な違和感を感じた。 「一体・・」  二人が再びマイクに向かって呼びかけを再開しようとした瞬間、 それを遮るように、爆音と悲鳴が二人の耳を打った。  ゆっくりと扉が開いた。  その先の光景を見て、二人は一瞬にして硬直した。  通路の見える範囲の殆どが破壊されている。 戦闘した隊員たちだろう、幾人ものレプリロイドの残骸も転がっている。  そして、開いた扉の中心に立っていたのは、美しい顔をした銀色の鎧のレプリロイド。 「あっ・・」  ミュートの冷たい瞳と笑みを見て、ヒカルとイリスは小さく声を上げるしか出来なかった。  そんな二人を見て、ミュートは更に冷たく笑った。それから、わざらしくゆっくりと口を開く。 「フェルマータ様の生体ユニットとして招待しようヒカル・チェレスタ。感謝するがいい」 「生体、ユニット・・・!?」  竦みながらも、ヒカルは懸命にその単語を反芻した。  イリスは、凄まじいまでのミュートの威圧感に押されながも、なんとかヒカルの背に庇おうとするが、 上手く身体が動かないようだった。 「貴女を捧げればフェルマータ様は完全に究極の存在となるのだ」  一歩。ミュートが踏み出した。  それに呼応する様に、ヒカルとイリスはザッと後ずさりした。  途中、通路からオペレーションルーム内のミュートに向かって、数人の隊員が斬り掛かったが、 全て視線すら逸らさないミュートのダガーによって、一撃で破壊された。 「ぁっ・・」 「ま、待ちなさい!」  必死でプレッシャーを押し退けて、イリスは半ば叫ぶ様にミュートを睨み付けた。  その四肢は、震えている。お世辞にも頼もしいとは云えない状態で、イリスは懸命にミュートを睨む。  ミュートは、少しだけ口元に笑みを浮かべた。 「勇敢なお嬢さんだ」 「あ、アンタなんか!アンタなんかカイト達に勝てるわけないじゃない!!」  声が震えている。それでもイリスは、二分ほど前に別れたばかりの彼等の顔を思い浮かべて、思い切り叫んだ。  彼等が負けるはずが無い。彼等なら、どんな時でも、とんな敵でもなんとかしてくれる。 そう信じていたかった。 「彼等なら先程私が倒しておいたが」 「嘘!アンタなんかに、負けるはず無・・・!」  ゆっくりと伸びてくるミュートの手。 それは確実にイリスの後にいるヒカルに向けられていた。  イリスは、動けない。 この腕を思い切り払ってやりたいと頭で思っているのに、身体がそれを実行してくれない。  恐い・・・――二人は本当にそう思った。 「あ、あっ・・・」  イリスの顔の横を抜けて、ミュートの腕が伸びてくる。  ヒカルは、その腕が自分に触れる寸前に、ただ一つ思い浮かべた少年の名を、思い切り叫んだ。 「輝君!」  ドンッと、オペレーションルームに短い振動が走った。  ピタリとミュートの動きが止まった。  煙が、上がっている。他でもなくミュートの背中から。  ミュートがゆっくりと振り返った。 開きっぱなしのドアの前に、ヘルメットが砕け散ってその蒼い髪の露出した彼は立っていた。  今はその蒼い鎧と髪も、鮮血で汚れているが、それでも確かに立っていた。 蒼い光剣を力強く構えて、ミュートの方をグッと睨み付けて。 「ほぉ?まだ生きていたのかロックマン・コード」  その言葉がコードに届くよりも前に、彼の姿はそこには無かった。  こればかりにはミュートも多少の驚愕を憶えた。 ――速い。と、頭の隅で囁く。 「ヒカル、呼んだ?」  彼の声は自分の真後ろから聞えてきた。  振り返ると、彼は未だに硬直状態の二人に向かって、ニッコリと頬笑んで立っていた。  その笑みに衰退は無い。 それどころか、彼の放つ、闘気とも言える物が、先程よりも更に飛躍しているような、そんな気がする。 「・・輝君」 「・・・輝さん」 「ごめんね、遅れて」  コードはそうとだけ云うと、クルリと振り返ってミュートの目を睨み付けた。  凄まじいまでの闘気。つい一分ほど前に対峙していた彼とはまるで別人だ。  ヒカルとイリスをもう一つのドアの方に片手で押して、コードは大きく息を吸うと、グッとセイバーを振りかぶった。 「空斬撃!!」  凄まじい勢いのエネルギー弾は、ミュートに直撃する寸前で細かく拡散した。  その勢いを躱しきることが出来ず、ミュートはやむを得ずダガーでそれを弾いていく。 だが、それを全て打ち消すよりも前に、コードのフレイム・ストライクが、真面にミュートの胴に打ち込まれていた。 「ぬぐっ!?」  初めてミュートが怯んだ。  チャンスとばかりに、コードは更にバスターの連射による追撃を加えた。 「うぉぉぉぉ!!」  だが、すぐに姿勢を立て直したミュートは、次々と直撃するバスターの雨を物ともせずに、 コードに向かって突撃してきた。  二刀流ダガーによる二方向からの剣撃。  コードはそれを、右手のオルティーガと、左手のバスターで受け止めた。 無論、装甲を割って侵入してきたダガーの刃が、多少生身を傷つけて、そこからつつっと鮮血が流れ落ちてくる。 「左腕を捨てたか?」 「舐めるなぁぁ!!」  コードは、ダガーを受け止めているバスターを強引に押し込んで、その銃口をミュートの胸に向けると、 瞬時にチャージを完了した閃光を、思い切り解放した。  その閃光の威力で後退したミュート。同時にオルティーガが受け止めていたダガーが外れた為、 コードは力の入らない左手をオルティーガに添えて、思い切りそれをミュートに向かって一閃した。  正真正銘のクリーンヒット。  オルティーガによる斬撃の勢いも加わって、ミュートは床を擦りつつ、オペレーションルームの壁に叩き付けられた。 「どうだ・・っ」  息が苦しい。視界もクラクラとし始めてきた。  早めに決めなければ――このまま持久戦に持っていかれたら、確実に自分は負ける。  今の一撃が致命傷になっていれば。 コードは半ば願う形で、ギリッと右手でオルティーガを握りしめた。  だが、現実はそう簡単にコードの願いを受け入れてはくれなかった。  壁に叩き付けられたままのミュートは、小さく笑い声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。  その胸には、先程のバスターとオルティーガの傷跡が、クッキリと残っている。 見た目は致命傷だ。あくまでも見た目――は。 「驚いたぞロックマン・コード。その身体でこのまま動けるとはな」 「・・・っ!?」  グチャリと気味の悪い音がすると同時に、ミュートの装甲の表面がうねうねと蠢き始めた。  それは少しずつ装甲の傷を包んでいき、その穴を埋めていく。  ナノマシン。いや違う。 コードは、少し焦燥感を憶えながらも、心で囁いた。 「今の攻撃はなかなかだった。普通だったら今ので勝負が決まっていただろう」 「何者だ貴様・・・!!」 「私にはフェルマータ様の細胞が植え付けられていてな。この程度の攻撃、すぐに修復・再生される」 「何っ・・・」  そう言い終わった頃には、ミュートの装甲は新品同様の輝きを放っていた。  ミュートは余裕だ。どんな攻撃を受けても再生されてしまうだから当然だろうか。  対するコードは目に見えて披露している。左腕の鮮血も未だに滑り落ちてくる。 先程の傷もまだ塞がっていない。そんな状態で急激に動いた所為か、除々に視界がブレ始めた。 「あっ・・!」  部屋の隅でヒカルとイリスが声を上げたが、コードはそれを視線だけで制した。  上手く言葉が紡げない。カクンと膝が折れそうになるのを懸命に堪えつつ、 コードは声を絞り出した。 「二人とも、俺に構わず逃げて・・・っ」 「そんなっ!」 「いいからっ!!」  コードが叫んだ僅か一秒後に、コードは瞬時に懐に入ってきたミュートの膝蹴りを腹部に受けていた。  一気に体内を圧迫されて、コードは激しく噎せ返った。ガクンと膝が床に突き、目から生理的な涙が零れてくる。 勝ち誇った笑みで見下ろしてくるミュートを見上げる。 途中で何度か血が混じりつつ、コードはその目を睨み上げることしか出来なかった。  情けない――コードは動かなくなってきた自分の身体を叱咤した。 「まだそんな目が出来る余裕があるか。流石の根性だなロックマン・コードよ」 「・・・っ・・・ぅっ・・」 「ここで君と剣を交えられて良かった。私をここまでさせたのは君が初めてだよロックマン・コード」 「負けて・・・溜まる、かっ・・」 「その根性も流石に殺されては続かないだろう?」  ヴンッと独特の音を立て、ミュートの両掌のダガーがその光の刃を具現化させた。  自分にもうこれを防ぐ手だては無い。 しかも今の状態の自分がこれを受ければ、間違いなく――・・。  チラリと霞んだ横目でヒカルとイリスを見る。  情けないね。僕は・・。君達二人を護ることだって出来なかった。本当に情けないよ。ごめん――心の中で歯軋りをしてみる。 もうそんな頭の中のイメージすら、真面にする事が出来なかった。 「死ね・・・」  二本のビーム・ダガーの光を見て、輝は心の中で呟いた。 ――海・・響・・僕は負けたくない・・・。  紺と紅。二本の閃光が不意に視界に飛び込んできた。  真っ直ぐに射す二本の光は、そのままミュートの握りしめた二本の刃をものの見事に撃ち抜き、爆裂させた。  その刹那、不意にオペレーションルームの側壁が崩れ落ちて、逆光の中に二人の影が覗いた。 コードは、その逆光に少しだけ目を細めて、二つの影を凝視した。 「そいつはやらせない」  二つのウチの一つがゆっくりと呟いた。  ザッと二つの影が部屋の中に踏み込んだ。 逆光が影になって、ようやく二つの影の全容が知覚出来る。 コードは、一瞬だけ目を見開いた後、「ぁ・・」と漏らしつつ顔面の緊張を解いた。 「海、響っ・・」  ダガーを撃ち抜かれたミュートは、少しの間二人の姿を見詰めていたが、 すぐにいつもの低い笑い声を上げ始めた。  カイトとフラットの二人が同時におのおののセイバーを抜き、構えた。  その姿は傷だらけだ。 先程の闘いでのダメージがそのまま持続しているから、本当なら戦闘行為なんて出来る状態では無い筈なのに。 「コイツは希望なんだ。貴様程度にやらせて溜まるか」 「それに俺達との勝負もまだ付いてないだろうが」 「その傷だらけの身体で何が出来る?笑わせるなロックマン・カイト、ロックマン・フラット」 「出来るさっ!!」  カイトが大きくアルティーヴを横に払った。  同時に巨大なエネルギー弾がミュートへ向かって撃ち出させる。空斬撃だ。  例のごとく分裂の瞬間を見極めようとしたいたミュートは、意外な位置から受けた衝撃に、思わず姿勢を崩した。  カイトの空斬撃は分裂しなかった。 巨大なエネルギーの塊のままミュートの立っている位置に直撃し、回避運動を取ったミュートを、 真後ろの壁に反射したフラットのブラスト・レーザーが貫いた。 「小細工を・・!」 「粉々にしてやる!」  二方向からのバスターの掃射。  流石に躱しきれなくなって、ミュートは腰アーマーから三本目のダガーを引き抜いた。 紺と紅の光弾は、次々と軌道を変えられて、オペレーションルームのあらゆる方向の壁に風穴を空けていく。  カイトは、不意にバスターの連射をやめ、部屋の隅に縮こまっているイリス達に方向へと駆け寄った。 「イリー!ヒカル!」  二人に直撃する弾道の光弾をアルティーヴで叩き落としてから、 カイトは真後ろの壁にチャージしたバスターで巨大な通り穴を作った。 二つ先の部屋まで貫通したバスター。カイトは、二人をその穴の方へ、軽く掌で押した。 「二人は奥に行ってるんだ!早く!」  有無を云わさないカイトの口調に、イリスは未だに躊躇するヒカルの手を引いて、 そのままカイトが開いた突破口の方へと走り込んでいった。  カイトがその二人の姿を見送る余裕は無かった。 不意な殺気に首を傾けると、カイトの頭部の真横を、ミュートのビーム・ダガーの刃が裂いたからだ。 「くっ!」  多少の焦りを憶えつつ、回し蹴りをミュートに向かって放つ。 だが、完全に動きを読まれていたのか、カイトが払った右足は、ものの見事にミュートの掌に受け止められていた。  慌ててバスターを向けようとするが、それもミュートが先読みによって繰り出した片手によって阻止された。 「オレを忘れてもらっちゃ困るな」 「勿論忘れてなどいない」  途中、真後ろからフラットがエルティーグを振るったが、ミュートはそれを首を屈めると云う最小の動きで回避した。  そして、空振りによって一瞬の隙が出来たフラットの胴にダガーを突き刺し、更に蹴りを入れて後方の壁に叩き付けた。 先程のバスター掃射を弾いた時の影響で穴だらけになっていたオペレーションルームの壁は、 フラットが激突した事が止めとなって、バラバラと粉々に砕け散った。 「・・・・っ・・・」  ロクな抵抗も出来ていない二人の姿を、動けない身体で見詰めつつ、コードはギリッと歯軋りをした。 余りに強く歯軋りをしたものだから、口の端からつーっと真っ赤な鮮血が滑り落ちてくる。  コードの視界の中で、ミュートのダガーがカイトの胴に突き刺さった。  苦痛の悲鳴を上げつつ崩れ落ちるカイト。しかしミュートは倒れることさえ許してはくれなかった。 崩れ落ちるカイトの喉を引っ掴み、ギリッと音がする程に締め上げる。 「・・・めろ・・・っ・・」  コードの上手く発声すら出来ていない声は、そんなミュートの耳には届かなかった。  身体の奥が熱い。まるで、何かが自分の身体の奥で燃え上がっている様だ。 少しずつ、少しずつ何かが身体の奥からせり上がってくる様な、そんな気がする。  同時に、少しずつ全身の激痛が和らいでくる。視界もゆっくりと鮮明さを取り戻しつつあった。 「や、めろ・・・っ・・」  掌を床に押しつけて、グッと身体を持ち上げる。  視線の先のカイトの目から、光が失われつつある。 ミュートは、コードが立ち上がった事に、まるで気付いていない様子で、更にカイトの首を締め上げる力を強めた。  身体の奥で何かが弾けた。 コードは、完全に全開を取り戻した身体で、ミュートの背中に向かって、思い切り声を叩き付けた。 「やめろぉーっ!!」  全身を、一年前に感じたことがあるあの感覚が駆け巡った。  不意に叩き付けられた声に、ミュートは素早く振り返った。そして、驚愕。 目を見開いて、まるでこの世のものでは無いものを見たかのように、呆然と。  本当に一瞬の間を置いてから、ミュートは呻くように呟いた。 「な、んだとぉ・・・?」  目の前の少年の姿が変わった。  ボロボロの蒼い鎧だった彼の姿が、一瞬にして純白の鎧に。 色だけでは無い。スッキリとしていた蒼い鎧は、今は突起物が目に付くようになっていた。  間違いなく彼は戦闘不能状態だった筈――ミュートは思わずカイトを真横に放り捨てた。  彼は無言だ。無言でこちらの瞳だけを睨み付けている。  その蒼い瞳に曇は無い。見つめ合っているだけで、吸い込まれてしまいそうだ。 「・・ミュート!」 「小癪な」  コードは更に輝きを増したオルティーガをグッと振りかぶった。  そして、強化された脚力を駆使して、一気にミュートの懐へと飛び込む!一閃。  コードの胴を、勢いよくミュートのダガーが斬り裂いた――筈だった。  深い斬り傷を受けたコードの姿が小さく微笑した後、フッとミュートの視界から消え去った。 そして、ミュートが声を上げるよりも前に、ミュートの握っていたダガーは粉微塵に粉砕され、 いつの間にか真横に立っていたコードの掌が、ピタリとミュートの身体にあてがわれた。 「なんだとっ!?」 「惑影撃!!」  コードの掌がカッと発光した。  ミュートがそれを逃れるより早く、コードの掌から勢いよく凄まじい量のエネルギーが迸った。 その巨大なエネルギーを諸に流し込まれて、ミュートの身体は限界を超え、その場で爆ぜた。  ゆっくりと腕を降ろすコード。今まで掌の部分に当たっていた物はもう何も残っていない。 残っているのは、辺り一面に散まかれた、銀色の破片だけだ。  だが、細かな破片と化したミュートを見ても、コードは未だに臨戦態勢を崩さなかった。  再びオルティーガを握りしめて、一際大きな一つの塊をジッと見詰める。 「・・・・」  案の定だ。  ヌチャリと不気味な音がして、辺りの破片が少しずつその塊へと集まっていく。 それは段々と大きく膨れ上がっていき、少しずつ人の形を作り始める。  コードは無言でオルティーガを向けた。奴が再生し切った瞬間に叩き斬る為だ。 今斬り裂くのが一見有効に見えるが、少しずつ集まっていく破片のウチどれか一つでも残っていたら、 恐らくコイツは再生する。  ならば、再生しきって固まった瞬間に真っ二つにし、 粉微塵にした後チャージ・ショットで消滅させてしまえば――それがコードの考えだ。  本当は消滅させるなんてしたくは無い。だが、コイツは倒した所で幾らでも起き上がってくる強敵だ。 しかも、フェルマータに対して異常な忠誠を誓っているだろうミュートならば、自分達に投降する位なら、自らの死を選ぶ。  コードは、やりきれない感情を必死で噛み潰しつつ、再生しきったミュートにグッとオルティーガを向けた。 だが、ミュートは憫笑しているのみで、一向ら戦闘体制を取ろうとしなかった。 「・・・・?」 「やるじゃないかロックマン・コード。まさかこの場で進化するとは思わなんだ。  このまま私が戦闘を続行したとしても、再び粉微塵にされるのが関の山だろうな」 「だったら・・!」 「まぁいい。今回は退く事にする。君達の辛勝利・・と云ったところか」  そう云って、ミュートは静かに踵を返した。 「憶えておけロックマン・コード。フェルマータ様の生体ユニットは必ず手に入れる。  いずれまた合間見えようぞ」 「ヒカルは渡さない。次も絶対負けないからな!」  ミュートは、また、くっくっくっ、と喉で笑いつつ、一本の光の帯と化した。  銀色の光の帯がその場から消え去るのを見送って、コードは大きく息をついた。「ふぅ」 「危なかった」  ぐたっとその場に尻餅を突く。  恐ろしい敵だったと、今更ながらに思う。 無限に再生を続ける敵。一見単純な能力だが、今まで出逢ったどの敵よりも強敵だった。 まさか、自分達三人を、しかも同時に戦闘不能にするとは思わなかった。 更に戦闘時間が二分足らずと云う事実。彼を強敵と云わずとして何と呼ぶのだろう。  二人の少女の声が、自分達を呼んでいることに気付いて、コードはすっかり疲れた首を、ゆっくりと巡らせた。 「輝君!」  タタッと駆け寄ってきたヒカルが、コードの真横まで来くると、ぺたっと座り込んで、 その心配そうな瞳でコードを見詰めてきた。  コードは、二、三度パチパチと瞬きをした後、小さく微笑した。 「大丈夫!?いっぱい血が」 「大丈夫大丈夫。生きてるよ」  ホッと大袈裟に溜息を落とした後、ヒカルが不意にその腕をコードの首に回してきた。  ぎゅっとヒカルに抱き締められて、コードはカッと顔が熱くなる感覚を感じた。 「あ、あのヒカル。ちょっ・・」 「良かったぁ」 「ヒカル?」 「・・・・ごめんなさい」  必死に謝ろうと言葉を捜すヒカルに、重くなった片腕を回してやる。  新しくなったアーマーの所為で、直接体温は伝わってこなかったが、それでも優しく。  暖かい――伝わってこない筈の体温が、コードには伝わってきたような気がした。 「私の所為で・・・」 「違うよ。ヒカルの所為じゃない。それに、無事だったんだから。ねっ?」  コードは、未だに「でも・・」と俯くヒカルに、ニッコリと頬笑みかけてやった。  その笑みに安心したのか、ヒカルは小さくコクッと頷いた。 「ふぅ。なんとかなったな輝?」  隣で、イリスに支えられてやっと立っていると云った感じのカイトが、片目を瞑って云った。  コードは、「海・・」と、彼の名を呼んでから、肩を竦めた。 「ありがとう」 「いや、俺達の方こそ遅くなって悪かったな」 「そんな傷だらけの身体で」 「お前に云われたく無ぇよ輝」  そう云って、カイトは悪戯っぽく笑った。  いつも無茶しているのはお前の方だろ?――カイトの目はそう云っていた。  コードは、少し困ったように笑う。 それから、思い出したように辺りを見回すと、コードが捜していた人物は、 意外にもしっかりとした足どりで残った壁によりかかっていた。  戦闘でその紅の髪が乱れてしまったフラットだ。 「やれやれ。ギリギリだったな」 「響も、ありがとう」 「まぁ結果的にお前に助けられる形だったわけだ。気にするな」  バサっと髪を上げ直しつつ、フラットはさらりとそう云った。  コードは、フラットも何時も通りだと苦笑して、片手だ抱き締めたままのヒカルを抱き上げながら立ち上がった。 不意に身体が浮いたヒカルは、「わっ」と思わずコードの肩アーマーにしがみついた。 「とりあえず二人とも手当てしないと」 「あぁ、そうだな」 「あぁ」  コードは、ゆっくりとヒカルを床に降ろすと、壁によりかかったままのフラットの方へ、ゆっくりと歩み寄り、 そっとその腕を自身の肩に預けた。 「ほら行こう響」 「別に肩貸してくれなくとも平気だ」 「駄目だよこんなフラついてるのに」  コードの肩を借りて医務室の方へと向かうフラットの背中を見詰めつつ、 カイトもイリスの肩に掴まりつつ、ゆっくりと踏み出した。  イリスがカイトよりも身長が低いため、カイトは上手く歩くことが出来なかったが、 何か云うとまた面倒な事になりそうだったので止めた。 「ねぇカイト」 「うん・・?」 「カイトもコードさんみたいに抱っこ、してくれる筈ないわよねその身体じゃ」 「判ってるなら云うなよ」 「はいはいごめんなさいね」 「・・・・・治ったらな」  カイトは、コード達に聞えないように、イリスの耳元に口元を寄せ、そっと囁いた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――  雨が降っている。  小雨などと云う生優しい物ではないが、豪雨とまではいかない、雨。  足元の地面が滑って歩きづらさを感じながら、輝は透明な傘越しに見える山脈を見渡した。 雨の所為で少しだけ左腕が痛む。ミュートとの闘いの際、ビーム・ダガーを受け止めた傷だ。 本当ならばまだベースに残って傷を癒すのが懸命だったが、海と響の二人が戦闘不能な以上、 一番軽傷である輝が出撃する他無かった。  ミュートとの闘いの時、ベース内の設備等に深刻な被害が回ったため、最後の拠点の位置が完全には掴めなかった。 ブリエス総監や他のハンター達は、三人全員が完全に回復してから出撃した方が良いと云う意見を出してきたが、 ミュートとの闘いの時を境に一気にその規模を増した異常気象は、輝達に休息を与える気は無いらしかった。  ベースのオペレータや研究員は、拠点の位置が掴め次第連絡を寄越すと云っていた。  輝が先にここに来たのは、視界一杯に広がる山脈の中にポツンと存在している、小さな街が気掛かりだったからだ。 異常気象による被害はどれ程なのか。拠点の位置を掴む手掛かりがあるか。 何より、街に住む人々に危害を加える存在が徘徊してはいないか。それを確かめる為に。  滑る土に足を掬われないように注意しながら、輝は少しだけ昔の事を思い出した。  それは――そう、一年前の闘い、地球の逆襲の時の事だ。  ヴェルカノ火山のふもとにあった街。あそこは自分が行ったとき、既にメカニロイド達によって制圧されていた。  沢山の人が死んだ。目の前でも数人・・死んだ。その情景が未だに目に焼きついて離れなかった。 もうあんな光景は見たくない。作りたくも無い。心のどこかで、輝はそんな事を思っていた。 「あっ」  物思いにふけっていた自分が不意に覚醒した時、既に目指していた街が目の前にある事に気付いて、 輝は少し苦笑しつつ、自分の額を指で小突いた。  古風な木造のゲートを潜り抜ける。 雨が降っている為、人々の姿は余り見えないが、メカニロイドやその他の敵等から攻撃を受けた形跡は無かった。  ホッと輝は胸を撫で下ろした。後はベースから拠点の位置が掴めたとの報告があるまで待てばいい。  輝は、折角だからと、少し散歩がてらに街の中を歩いてみることにした。  一昔前の風景。木造の建物も多く見られて、それがなんだかとても暖かな雰囲気の街。 家々の窓辺に見える子供達は、皆雨が早く止まないかと、ボーッと空の雨雲を見上げている。  傘を差したまま立ち話をしている数人の大人たちからも、 雨のお蔭で出ている色々な被害について、迷惑そうに話している声が聞える。  輝は、そんな人々の顔を一つずつ見詰めながら、心の奥でグッと拳を握りしめた。 あと一つ。あと一つ拠点を潰して、フェルマータ達を止めれば、また暖かな青空が見れる。 一刻も早く――だから僕達は。  ふと視線を横に巡らせると、少し大きめの公園があることに気付いた。  この時代には珍しい。滑り台や砂場がある。  そのまま通りすぎようとした輝だったが、不意に滑り台の影に人の手が覗いているような気がして、思わず立ち止まった。  力無くグッタリとしている腕。明らかに不自然なその腕を見て、輝は思わず公園の方へと足を進めた。  一度転びそうになったのを寸でで踏ん張って、ゆっくりと滑り台の影を覗き込む。 その腕の正体を確認して、輝は目を見開いた。  子供だ。まだ十歳にも満たない男の子が滑り台の影に倒れている。 その顔色は、青い。  服装はパジャマで、捲り上げられたままの左腕の静脈に、点滴の針の跡がくっきりと残っている。  輝は、慌てて男の子を抱きおこすと、その身体を数回揺らした。 「君!君!しっかりして!」  何度か呼びかけたが、返事は無かった。  随分長い時間雨に打たれていたのか、男の子の身体はヒヤリとしている。  輝は、少しだけ歯軋りをしてから、ゆっくりと丁寧に男の子を背に負ぶい、 その上に男の子がこれ以上濡れないように、さしていた傘を引っ掻けた。  確か、街に入ったばかりの時、大きめの病院を見た気がする。  輝は、それを思い出すと、急いで記憶を頼りに走った。 男の子を助けられるように。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  暖かい病院の一室。輝は、椅子にかけておいた制服を手にとって、乾いたかどうか指で確かめてみた。 まだ少し湿っている。まだもう少し椅子にかけておく必要がありそうだ。  輝は、制服を椅子にかけなおしながら、目の前のベッドで寝息を立てている男の子の顔を凝視した。  ベッドにかけてあるプレートに記されている名前は、近藤 飛鳥。 輝が病院に担ぎ込んだ時、すぐに看護婦の一人が案内してくれた病室だから、彼の名はそれで間違いないだろう。  男の子――飛鳥の顔色は、もう既に暖かみのある物へと戻っていた。 さっき、慌ただしく数人の看護婦と医師が検査していった時、新しく、点滴とパジャマを取り替えて、 身体が暖まるように病室のヒーターをつけていったのが効いたのだろうか。  輝はすぐに病院を出ようとしたが、 看護婦の一人に「貴方も風邪を引くから、せめて服を乾かしてからにして下さい」と云われ、 大人しくそれに従った。  なるべくこの街で住民と接触するつもりは無い為、服が乾いたら、飛鳥が目を覚ます前にこっそり病院を出るつもりだ。  服が乾くまでの時間が、異様に長く感じられる。 実際は十分もしない内に乾くはずなのに、もう既にこの病室に一時間も居るような気がしてくる。  この闘いに入ってから、何もしないでいる時間が少なかった所為だろうか。 なんだか色々な事がどんどんと頭を通りすぎては消えていく。  一年前の闘いのこと。フラットとの最後の闘いのこと。海が生まれた時の事。響が仲間になってくれた時の事。 この闘いの始まりのこと。ミュートとの闘いのこと。  余りに色んな思考が頭の中で駆け巡った為、輝が一度思想を遮断すると、 まるでそれを待っていたかのように、飛鳥はゆっくりとその瞳を開いた。  その瞳が、ゆっくりと動いて、近くの椅子に腰かけている輝の姿を捉えた。 輝は、しまったと、一瞬だけ身体を硬直させた。 「あっ」 「お兄ちゃん、誰?」  年相応の高い声だった。  輝は、慌てて隣の椅子のかけてある、まだ少し湿った制服を雑に着込むと、 慌てて扉の方へと立ち上がった。  だが、飛鳥が次に発した言葉で、輝は思わず立ち止まった。 「お兄ちゃんロックマン!?」 「えっ・・」  クルリと振り返る。飛鳥は、ニコッと笑ったはしゃいだ瞳で、輝を見ていた。 「そうでしょ!?」 「えっ、ち、違うよ」 「嘘!だってボク知ってるよ?一年くらい前テレビで見たもん」  あの時か――輝は心で呟いた。  一年前のフラットとの最終決戦。全国に中継された闘いを飛鳥もまた見ていたのか。 「ねぇそうでしょ!?ロックマンだよね?お兄ちゃんは!」  キラキラと瞳を輝かせる飛鳥に、輝は思わず気圧された。  上げかけた手を降ろして、静かに飛鳥の寝ているベッドに腰かけて、ニッコリと飛鳥に頬笑みかけてやる。 「う、うん。そうだよ。僕がロックマン・コード」 「やっぱり!?やったぁ!ボクね!ロックマンにずっと逢ってみたかったんだ!」 「そ、そっか」  コクコクと頷く飛鳥。  輝は、少し照れくさそうに頬を掻いて、再び湿ったままの制服を椅子に掛け直した。  飛鳥は、未だに輝いている瞳で、何か話して欲しそうに輝をジッと見詰めてくる。 輝は、少し困ったように笑いながら、どうすれば手早くここを出れるかどうか頭の隅っこで思考した。 「ねぇ飛鳥君」 「ボクの名前を知ってるの?」 「僕はロックマンだからね。お見通しだよ」  実際はベッドのプレートで確認したのだが、こう云えば飛鳥が喜んでくれるかもしれないと思って、 輝はついそんな事を云ってしまった。  それは輝が考えていたよりも大きな効果を及ぼしたのか、飛鳥は「凄ぉい!」と更にはしゃぎ立てた。 「やっぱりロックマンは凄・・・・・」  不意に飛鳥が声の勢いを止めて、前屈みになって右手で自分の胸を押さえ始めた。  コホコホと苦しそうに咳き込みながら、ひたすら胸の部分を握りしめる。 「あ・・飛鳥君!」  飛鳥の背を掌で摩りながら、輝が枕元のナースコールに手を伸ばそうとすると、 飛鳥は「だ、大丈夫だから」と呻きながら、それを小さな手で制した。 「で、でも!」 「・・・ちょっと、発作出ちゃっただけだから」  はぁはぁと息を整えながら、飛鳥は最後に「ふぅ」と息を吐き出して、再びその元気な笑顔を浮かべた。  その額を、小さな汗がつつっと滑っていく。 輝は、ようやく飛鳥が病院に居るワケが判ったような気がした。  暫くの間、飛鳥の背を摩っていた輝は、ふと思い出した疑問を、飛鳥にぶつけてみた。 「ねぇ飛鳥君。なんで公園に一人でいたの?」 「あのね、ボクね、強くなりたいんだ」 「強く?」  コクンと頷いてから、飛鳥は続けた。 「ボクね、強くなって、大きくなったらロックマンみたいに皆の事護りたいんだ」  飛鳥の真剣な瞳を見て、輝はなんだか暖かいような、泣きたいような、微妙な何かを感じた。  闘いが無ければこんな事を云う必要は無かったのに、それなのに自分は飛鳥のその夢を聞いて喜んでいる。 判っているのに。自分のしている事は無駄じゃないと判っているのに。 なのに、やはり誰かに何か云って欲しかった。  端から見れば子供の小さな一言だろう。だが、輝にとってはもっともっと大きくて価値のあるものだった。 「だからね。内緒で外に出て・・」 「そっか。素敵な夢だね飛鳥」  輝は「でもね」と付け加えつつ、飛鳥の頭に手を置いた。  見上げてくる飛鳥の瞳に、ニコッと笑いかけて、輝は優しく語りかける。 「外に出るんだったら、雨が止んだらにしようね?」 「でも、最近ずっと雨降ってるよ?」 「大丈夫。僕が、僕達がこの雨を止めるから」 「本当?」 「本当だよ。約束する」  そう云って、輝は飛鳥の頭から手を降ろして、代わりに小指を立てた手を、そっと飛鳥の前に突き出した。  飛鳥は、少しの間キョトンとしていたが、すぐに笑顔を輝かせると、輝よりも二回りは小さな小指を、その指に絡めた。  いつの時代も変わらない、約束を交わすときの歌。輝と飛鳥は、笑ってそれを口ずさんだ。 飛鳥の笑顔を見て、輝は久しぶりに心から頬笑んだ。久しぶりに感じた、とても暖かな想い。 「破ったらちゃんと針千本飲んでねロックマン!」 「あははは。それは無理かもしれないけど、約束破らないからさ」  輝の笑顔も飛鳥の笑顔も、曇りを知らない物だった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  ベッドの近くにあった差し入れの果物を、果物ナイフで剥きながら、 輝は色々な話しを飛鳥に聞かせてやった。  生まれたばかりの頃の話し。地球の逆襲の時に闘った強敵の話し。 今は仲間となって、共に闘ってくれている響の話し。突然生まれた海の話し。 ハンターベースでの日常。楽しかった事。哀しかったこと。  飛鳥は熱心にそれを聞いた。ほんの些細なことにも嬉しそうに笑顔を浮かべて。 「それでね、海ったらオペレータの娘と凄く仲が良くてね」 「海さん、オペレータの人と恋人同士なんだねきっと」 「あははは。きっとそうだよ」  剥き終えた何種類かの果物を手渡しながら、輝は思わず笑った。  これを聞いたら、海はきっと否定するだろう。だけど、端から見たら確かにそう見える。 海もイリスも、本当はとても仲が良いのだろう。 今もきっと、治療中の海の所で、イリスが楽しそうに何か喋っているかもしれない。 「ロックマンはいないの?大好きな人」 「えっ、あっ、ど・・どうだろうね」  子供特有の率直さに問われて、輝は慌てて受け流した。  今ごろベースにいるだろう彼女の顔が浮かんできたものだから、輝は額に手を当てて、それを打ち消した。  そんな輝を、飛鳥はキョトンとした表情で見ていたが、すぐに別の質問が浮かんできたのか、それ以上追求してこなかった。 「ボク、ロックマンみたいになれるかなぁ」 「なれるよきっと。飛鳥君が頑張ればね」 「ボク頑張る!」 「うん。頑張って」  ピピっと云う呼び出し音が、不意に病室の中に響いた。  輝が慌てて椅子にかけてある制服のポケットから通信機を取り出すと、 ハンターベースからの周波数で、チカチカと点滅していた。  カチッと側面についているスイッチを押し込むと、同時に聞き慣れた少女の声が飛び出してきた。 『こちらハンターベース。輝君聞える?』 「えっと、聞えるよ」 『やっと位置が掴めたみたいだよ』 「本当?今近くの街にいるんだけど」  本物の通信機を見たのが初めてだったのが、目を輝かせて輝達の会話聞く飛鳥に、 手で「ちょっとごめんね」と合図して、輝は会話を続けた。 「今からこの足で出撃するよ。オペレートお願い出来る?」 『うん。それじゃ頑張ってね』 「了解!」  輝は、拠点の位置を詳しく確認した後、慌てて通信機を切り、椅子にかけたままの制服を羽織った。  キュッと制服を伸ばして、首だけを巡らせて、ベッドの飛鳥に、フッと微笑を向ける。 「ロックマン、行っちゃうの?」 「飛鳥。今から雨を止めに行くよ。雨が止んだら、また来るから」 「本当?約束だよ?」 「破ったら針千本、だったよね?」  少し悪戯っぽく、片目を閉じてみせると、飛鳥は嬉しそうに大きく頷いた。「うん!」  ビシッと親指を立てる。飛鳥も真似をして、その小さな親指を輝に向かって立てた。 「行ってきます!」 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  病室を出ると、少し年配の医師が、廊下を歩いているところだった。  輝が小走りで隣を擦り抜けようとしたら、 医師は不意に振り返り、大きめの声で輝を呼び止めた。 「君!待ちなさい!」 「は、はい!」  突然の事で、輝はその場で気を付けの体制で立ち止まった。  医師は、ゆっくりと輝の前に回ると、その身形を足元から頭まで、ジックリと見据えた。 その瞳は、長年沢山の病気や怪我を見てきた物独特の何かがあった。  医師は、輝の腰にぶら下がっている通信機を、いぶかしげに見詰める。 輝は、その視線がなんだか痛く感じた。 「君。ここをどこだと思ってるのかね?」 「病院、ですか?」 「その通信機はなんだね?病院内で電源をつけっぱなしにして」 「あっ、ご、ごめんなさい!!」  そう云われて、輝は慌てて腰の通信機の電源を落とした。  病院内では、携帯電話や通信機などの電波を使用するものは、精密機器に誤作動を及ぼす可能性がある為、 電源を切らなければならない。そんな基本的な事を何故忘れていたのだろう。 「それと!病院の廊下は走らない!」 「ごめんなさい・・」  何も返す言葉が無くて、輝はしゅんと項垂れた。  焦りすぎだな。何もここで走らなくても間に合うというのに。焦りは戦闘でのミスにも繋がる。 全く――輝は自嘲気味に思った。 「それと所々怪我をしているね?」 「えっ、なんでそれを」 「走り方に違和感があった。長年医者をしていればそれくらいは見抜けるようになる」 「そうなんですか」 「闘うのだったら、ちゃんと身体を治してからにした方がいい」 「えっ?」  輝が目を見開くと、医師は少しだけ優しく微笑して、ダガーを受け止めた左腕を、そっと握ってきた。  鈍い痛みに輝が少し顔を顰めると、医師は胸ポケットから何やら注射器と小ビンを出すと、輝の反対側の腕の袖を捲り上げた。 小ビンの中身を注射器に注入して、その針をグッと輝の静脈に挿入し、ゆっくりと内容物を押し込んでいく。 「簡単な痛み止めだ。無茶をしないように薄い奴だが。まぁ気休め程度だと思ってくれていい」 「・・はぁ」 「何故僕の事を知っているんですか?と聞きたそうだな」  輝が少しずつ引いていく痛みと共に沈黙した為、医師は構わずに続けた。 「何、この街にいる者で、いや世界中で君を知らない者の方が少ないだろう」 「・・・」 「君は自分で思っているより有名なんだよ。さっきからナースステーションは君の話題で持ちきりだ」  そう云った医師の顔は、楽しそうだった。  輝がポリポリと頭を掻いていると、医師は「私も逢ってみたかった」と付け加えた。 「月並みの言葉しか云えないが、ありがとう。君のお蔭で私達は今生きているんだ」 「いえ、そんな」  本当に一言だったが、それは輝にとっては何よりも嬉しい一言だった。  ここにも自分に感謝してくれている人がいた。 何より、本当は皆が感謝してくれているのだと思うと、嬉しくて仕方なかった。 「何か私達に出来ることはあるかね?なんならその傷の手当てをしてからでも」 「ありがとうございます。でも僕は今から出撃しないといけませんから。  あっ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんですけど」 「何かな?」 「近藤飛鳥君の担当の方はどちら様ですか?」 「・・近藤飛鳥君、と云えば私だが」 「飛鳥の病気は、本当の所どうなんですか?」  グッと目付きを変えた輝に、医師は少しだけ眉を上げた。  本当は任務が終わってから聞こうと思っていた。だが、今聞かずにはいられなかった。 飛鳥の夢は――本当に叶う物なのかどうか。 「飛鳥君の病気なら、順調に回復に向かっているが」 「本当ですか!?じゃあ退院は・・」 「あと数ヶ月もすれば退院出来る筈だよ」 「良かった」  ホッと大きく息をつく輝。  これで飛鳥の夢は叶わない物では無くなった。 彼が皆を護るために努力すると云う夢が――。  闘いが終わったら、またここに来てみよう。 きっと話し相手に飢えているのだろう。さっきの飛鳥の嬉しそうな顔は、 自分がロックマン・コードだったから――だけでは無い筈だ。  輝はグッと拳を握りしめると、自分よりも身長の高い医師の顔を、その純粋な眼差しで見上げた。 「僕はこれからここの雨を止めに行きます!」 「そうか。だが無茶はするんじゃない。それとけじめはしっかりつけることだ」 「はいっ!行ってきます!」  少し大きめの声でそう云って、駆け出した輝の背中に、再び医師の「廊下は走らない!」と云う台詞が突き刺さった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  一見、何も無い様に見える山の斜面。 そこ目掛けて、ロックマン・コードと化した輝は、チャージしたバスターのエネルギーを、思い切り叩き付けた。  ゴバッと土が爆ぜて、煙たい煙幕を散らすと共に、コードの視界を埋める。  双眼に土煙が入っての不快感に、コードは少しだけ目を細めながら、 そこに出来た穴から覗く、明らかに人工的な内部を見据えた。  トンネルのように整備された道。両脇の壁は明白に機械化されている。 ずっと先まで視線を伸ばすと、まだこちらには気付いてはいないが、戦闘用のメカニロイドの姿が見えた。 「成る程ね。何も無い振りをしてたってわけか」 『結構入り組んだ道になってるから気をつけてね。敵の反応も結構多い』 「うん。了解!」  そう答えながら、手始めにコードは、一番最初に発見したメカニロイドに、数発の光弾を叩き込み、沈黙させた。 そして素早く、そのメカニロイドが立っていた位置まで移動して、ぴったりと壁に背を付ける。  少し首を巡らせて、今まさに撃ち抜いたばかりのメカニロイドの武装を確認する。 今まで闘ってきたメカニロイドと幾分変わりない。 ただ変わることと云えば、装備されているエネルギー砲の銃口が一回り大きくなっているように思える。 ただ、さっきバスターで撃ち抜いた時の反応速度を見れば、そう苦戦する敵では無い。  コードは、壁に背を擦りつつ、慎重に足を進めた。  暫く歩いた所で、道は二つに別れていた。右も左も、視線を伸ばすだけなら、変わらないように見える。 『左に高エネルギー反応。しかも行き止まりだよ』 「・・・右だね」 『うん』  ダンっと地面を蹴って、コードはそのまま右方向を道なりに走る。  何体かのメカニロイドは、足を止めないままオルティーガで斬り裂いていき、 通路を塞ぐ、一回り大きなメカニロイドに向かって、走りながらチャージしていたバスターを向ける! 「どけぇ!」  爆裂したメカニロイドの破片が露出しているフェイス部分に降り注ぐのを感じながら、コードはそのまま強引に走り抜けた。  おかしいな――コードは足の勢いをそのままに、ボソリと頭の中で呟いた。  余りにもあっけなさすぎる気がする。 攻撃力を強化されたメカニロイド。しかし配置が悪い。 あんな配置では、メカニロイド側が発見する前に侵入者にメカニロイドを破壊されてしまう。 それは、コードがここに入る時に実践した。  わざわざ機械化した通路の意味もまるで無い。 こういう場合なら、壁の側面からビーム・バリアなどを発射して、侵入者を捕える仕掛け等があってもおかしくはない。 だが、ここはと云うと、そんな気配は全く無いし、破壊した覚えもない。 「ここのリーダーはどんな奴なんだ」  メカニロイドの放ったエネルギー弾を避けると同時にメカニロイドを撃ち抜く。 やはり続けて出現する気配が無いのを確認してから、コードは誰に言うでも無く呟いた。  もしかしたら、ここの総大将は今まで闘った敵とは比べ物にならない敵なのかもしれない。 だから、わざわざ侵入者に侵入しやすい道を作っているのかもしれない。  メカニロイドなぞは所詮はただの手駒。自分一人いれば問題ない――そう考えられるほどの実力者が。 『輝君』 「何?」 『もうすぐ最深部だよ』 「そっか。なら気をつけないとね」  少し地面を蹴る足の勢いを緩めつつ、コードは返した。 『嫌な予感、する?』  不意な質問に、コードは思わず沈黙した。  どうしてこの少女は何も言わなくても的を得る発言をするのだろう。 図星だ。あの街を出てから、妙な感覚が胸を駆け巡っている。  焦燥感とも、危機感とも取れる、妙な、それでいて嫌な感覚。 『私は、するよ。嫌な予感』 「俺もだよ」 『こう云うしかないのがちょっと悔しいんだけど。気をつけて』 「うん」  答えた瞬間に、コードは立ち止まった。  目の前にFの刻印が入った巨大な扉。 恐らくここが最深部。エネルギー反応もかなりの量を測定している。  その扉にそっと手を当てる。そこで、コードは一瞬身動きを止めた。  ゆっくりと息を吸って、吐く。 そうやって心を落ち着かせる。もしこの先にいる敵が本当に特大級なら、油断する事は許されないのだから。  パッとコードの全身が一瞬だけ発光し、その全身を包む鎧を、スッキリとした蒼から、突起物だらけの白へと変えた。  先日のミュートとの闘いの最中で使用可能になった新しい鎧。ブラスト・アーマーだ。 「それじゃあ、行くよ」 『了解』  バッと、コードは目の前の扉に向かってバスターを向けた。  ゆっくりと光の集まっていく銃口。同時にコードの嫌な予感も消える気配は無かった。  この先で、何か決定的な事が起きる。 そう、本当に何か決定的な・・。  そんな予感を振り払うように、コードは目の前の扉を、バスターで力任せに吹き飛ばした。  ゆっくりと足を踏み入れて、正面をグッと睨み付ける。  アラブのお偉いさんが使っている様な豪華な椅子が、一つ。 その椅子に腰掛けているレプリロイドは、なんとも奇妙な姿をしていた。  腰から上は人型。だが、頭部から二本の触覚が突き出ている。 腰から下は、簡単に云えば馬。その形容は、昔どこかで見かけたデータに入っていた、ケンタウロスのそれとそっくりだった。  そして、ぶらんと真横に垂らされた尻尾。それもまた奇妙な形だった。 サソリの様な尻尾のような形をしていて、それはその容姿からはなかなかアンバランスに映る。  先っぽに、ビーム・セイバーと同じエネルギー出力装置が設置されている。 恐らく、あそこから飛び道具を放つか、或いはビーム・セイバーの様な光剣が飛び出すか。 どっちにしても、そんなに簡単な攻略出来る代物では無い気がした。 「来たか。待ちわびたぜロックマン・コード」  器用に座っていた身体を起こしつつ、ケンタウロス型レプリロイドは小さく笑った。  ぷらぷらと世話しなく動き尻尾るそれにチラッ視線を掠めてから、コードは更に睨みを強める。  持ち上げたままのバスターの銃口の狙いをピッタリとつけて、 なるべく威圧感のある声が出るように努力しつつ、云う。 「ネオ・イレギュラー・ハンター所属、ロックマン・コード。大人しく投降するのであれば攻撃はしない」 「甘ちゃんだねぇ。コードちゃんよぉ。そう云われて今までに大人しく投降した奴が一人でもいたんか?」  ストレートにそう云われて、コードは「くっ」と言葉に詰まった。  確かに、地球の逆襲の時も、少し前のグレイヴ・メガモールの時もそうだった。  こうやって対峙しても、誰も戦闘意識を緩めることなど無く、仕方なく、撃つしかなかった。 それでも、コードはこうやって投降すれば攻撃しないという信念を念を伝えることを忘れたくなかった。 少なくとも――。 「それでも、殺したくは無い」 「噂通り、本当に甘ちゃんだな。いいねぇ「誰も殺したくない」。実に格好良い台詞だと思うよ?俺はよぉ。  でもよぉ、知ってっか?」  ヴンッと、サソリ尻尾の先っぽにエネルギーが収束し、光剣と化した。やはりビーム・セイバーだったのだ。 釣られて、コードもオルティーガを構える。 「そういう台詞ってのはよぉ。勝てるってのが最低条件なんだよなぁ」 「俺は」 「手前が俺に勝てる保証がどこにあるってんだコラぁ!」 「っ!だからって俺が負けるわけにはいかない!」 「上等だ。このショマイト・アンデライトが手前を鰹節になるくらいまで斬り刻んでやらぁ!」  アンデライトを名乗ったレプリロイドの脚部はやはり馬を模した物の影響が強いのか、 その瞬発力はかなりのものだった。  かなりの間合を取っていたと云うのに、アンデライトが地面を思い切り蹴っただけで、その間合は瞬時に詰められた。  ゆらゆらと揺れる尻尾が振り上げられて、その先っぽの光剣と共に振り下ろされた。 コードは、それを冷静に目で追いながら、片手のオルティーガで受け止めた。 「おっ?早ぇじゃねぇか」  なかなかの重さだ。尻尾部分だと云う事を忘れさせてくれる程の。 だが、捌ききれない物では無い。  このままオルティーガを受け流して、アンデライトの胴に直接エネルギーを注ぎ込んで、爆裂させられば、 調節さえ間違えなければ、生きたまま戦闘不能にする事が出来る――だが、コードがそう思考を巡らせた瞬間、 オルティーガで受け止めているアンデライトのセイバーの形状が変化し、オルティーガの刃を完全に包み込んだ。  これでは、受け流そうにも刃と刃が密着していて、離れることが出来ない。 「粘土細工みてぇだろ?えぇ!?」  胴に思い切りブラウを打ち込まれて、コードの両足が床を掻き、辺りに火花を散らせた。  同時にオルティーガから手が離れて、コードは剣を握っていた方の手で、腹部をそっと抑えた。 「くっ・・!」  つーっと口の端から血が流れてくる。 幾らアーマーの強度が上がったといっても、比較的強度の弱い腰付近を攻撃されては手も足も出ない。  しかも、今の一瞬でオルティーガを手放してしまった。 闘うなら、やはりアンデライトのセイバーか゛届かない位置からの遠距離戦だろう。 「コイツは没収だ」  コードのオルティーガを掌で躍らせて、アンデライトはニヤッと笑った。  オルティーガの柄を楽しそうに手で弄んでから、ポイッと部屋の端に投げ捨てる。 コードは、それを横目でチラッと見てから、再び視線をアンデライトに戻した。 「取りに行かなくていいのか?」 「そんな暇をお前が与えてくれるの?」 「ご名答。取りに行くようだったら鰹節かトマトジュースにしてやろうと思ってたぜ」  グッと拳を握りしめて、片手のバスターにエネルギーを収束させる。  ブラスト・アーマーの性能で向上したバスターの威力なら、 幾ら敵が強いと云っても、かなりのダメージを与えられるはずだ。  後は、それをどうやって命中させるか――それだけだ。 「うぉぉぉ!!」  まずは一発。アンデライトの足元ギリギリに向かってエネルギーを解放する。  直進する蒼の閃光を目の当たりにしつつも、アンデライトは「へっ」と小さく笑い、 その強靭な脚力を活かして、大きく頭上に向かって跳び上がった。  コードは、それを確認してから、アンデライトを追う形で跳躍した。 セイバーの届かない微妙な間合からバスターを向ける。これなら、空中で姿勢移動の出来ない状況である今は、 アンデライトがこのバスターを躱すことは出来ない。 「なかなかいい距離感覚してんじゃねぇか!」 「なっ!?」  空中で、アンデライトが不意に尻尾を突き出してきた。  セイバーの発生している尻尾。それは、明らかに間合に入っていない筈なのに、 咄嗟に首を傾けたコードの頬を、すぱっと掠めていった。  尻尾から発生しているエネルギー。それは、先程とは長さが違う。 さっきまでは一般的なセイバーの長さだったのに、今はその二倍も三倍もあるような長槍に変わっていた。  バスターを放つタイミングを失ったまま、コードは着地した。 掠められた頬は、斬られると共にエネルギーの高温に焼かれて、鮮血は流れてこなかった。 『変型式のビーム・セイバー』 「変型式・・!?」  不意に通信機からヒカルの声が響いた。  コードは、それを無造作に鸚鵡返ししながら、ぷらぷらと揺れるアンデライトの尻尾を凝視した。  確かに、そうかもしれない。 少なくとも、今までに確認した形状は、通常の剣と、オルティーガを絡め取った鞭と、そして今の槍。 鞭に変型した時点で理解するべきだった。  そして、このアンデライトを相手に、オルティーガを落としたのは痛い。 今からでも取りに行きたい。だが、それを許してくれる程、目の前の敵に隙は無かった。 『エレクトリック・アートで牽制して。隙が出来たらフレイム・ストライクを打ち込んで!』 「りょ、了解!」  ヒカルの指示通り、片手にスパークを灯しつつ、コードは思う。  いつの間にヒカルはこんなに自分の能力を熟知したのだろう。 つい数日前に初めてオペレートを体験したと云うのに、彼女の指示は余りにも的確すぎる。  こんな時、いつも、ヒカルは不思議な女の子だと実感する。 いつも、何かしら不可思議な事をしてくれる彼女。  通信機も無いのに、彼女の声が聞えた様な気がした時もあった。 「通信機でいちゃついてる暇はねぇぜ!」 「よしっ!」  掌のスパークが一瞬にして電気の塊と化した。  それを頭上に投げると同時に跳躍し、オーバーヘッド・キックの要領でアンデライト目掛けて蹴り飛ばす!  バチバチと空気中に電気を撒き散らしながら飛翔するエネルギー弾。 それは、アンデライトが振り上げた尻尾によって、彼に直撃する前に、宙にエネルギーを四散させた。  が、コードはアンデライトがエレクトリック・アートを斬り裂く間に、着地と同時に彼の真横に跳び、 全身の色彩を、黄から紅へと変えていた。 「うぉぉぉ!!」 「んなっ!?」  アンデライトの尻尾が左肩を掠めた。 が、それを無理矢理に突破して、アンデライト本体に、フレイム・ストライクの拳を叩き込み、 そのままアッパー・カットの要領で殴り上げる。  間髪入れずにブラスト・レーザーをバスターに装填し、空中のアンデライトへ向けてひたすら乱射する。 バスターよりも連射力と弾速に優れているブラスト・レーザーなら、今持つ武器の中で最も早くアンデライトを射抜いてくれる。  アンデライトが器用に関節を捩った為、その光の線は彼の全身のあちこちを削り取っていくだけに過ぎなかった。 だが、多少なりともダメージを与えることは出来た。  コードは、オルティーガが転がっている方へ側転で移動しながら、同時に間合を取った。 『ダメージ、入ってるよ』 「うん」  足元のオルティーガに手を伸ばす。 だが、すぐに頬を投げつけられたダガーが掠めていって、その行為を中途半端なモノへと変えてしまった。  連続的に投げつけてくるダガーの雨を、エレクトリック・アートの盾で受け止める。 だが、今姿勢を低くすれば、たちまち隙を見せて、あの強力な脚力によって間合を詰められ、 この盾ごと斬り裂かれてしまう。 「痛ぇ!痛ぇじゃねぇかこんガキャア!甘ちゃんだと思って甘く見てたぜ畜生!」  ダガーを一度に投げられる本数は、両手合わせて六本。 その後は、一瞬だけ尻尾からダガーを補給する合間がある。  その一瞬を狙えれば――コードは、最後の一本をフレイム・ストライクで床に叩き付けると同時に、思い切り地面を蹴った。 「!?」 「ここだぁぁぁ!!」  声が響いたのはアンデライトの真後ろ。 だが、その声を聞くと、アンデライトは薄くニヤリと笑った。 「俺がんなもん気付かねぇとでも思ってんのか!?」  再び槍と化したアンデライトの尻尾は、勢いよく拳に焔を灯したコードを斬り裂いた――筈だった。  斬り裂かれたコードは、地面に転がると共にスパークを発し、その場で電気の塊となると、四散した。 「なぁにぃ!?」  アンデライトが驚愕に声を上げた瞬間、彼の尻尾に一本の閃光が糸状に走って、彼の尻尾を粉々に斬り刻んだ。 振り返る暇も無く、更に高威力の打撃を加えられて、アンデライトはそのまま床に叩き付けられた。 そして、その時初めて理解した。さっき、真後ろにいたのはダミーだったのだ――と。  慌てて姿勢を上げようとすると、高出力のビーム・セイバーが、自分の胸元に宛行われていて、 アンデライトは思わず声を失った。 「エレクトリック・アート・ライトニング・ドール。その間にオルティーガを拾わせて貰ったよ」 「くぅ・・」 「投降してくれ」  そう一言だけ云ったコードの瞳は、今までも何か深い哀しみを超えてきた者――それなのに幼い少年だった。  アンデライトは、胸元に宛行われたオルティーガと、コードの顔とを交互に見る。 その殺傷的な威力とは裏腹に、コードの顔にもはや戦闘意識は無い。  アンデライトは、少し俯いて、小さく笑った。 そして――。 「た、助けてくれ!お願いだ命だけは!」 「異常気象を発生させている装置はどこ?」 「おおお、奥の部屋だ!壊したいなら壊してってくれ!だから俺の命だけは助けてくれぇ!」 「判った」  フッとオルティーガの刃が消えて、コードはそれをゆっくりと背中のバックパックに納めた。  クルッと振り返ってから、顔だけをもう一度アンデライトに向けて、優しく頬笑む。 「もっと別の生き方をしてね」 「あ、あぁ・・。もうアンタ等に歯向かおうなんて考えねえよ・・」 「うん。さよなら」  そう残して、コードはそのまま奥の部屋へと走り込んでいってしまった。  アンデライトは、ぺたんと両手を地面に突くと、「ふぅ・・」と大きく息をついた。 「強ぇじゃねぇかロックマン・コード」  情報では完全な甘ちゃん。止めを刺す瞬間に、必ず躊躇ってしまう程の。  そして、子供だと聞いている。それも、一番感性な豊富になる時期の。  自分は拠点を護るリーダーとしては、格下だった。 能力も思考力も一ランクしたと呼ばれ、馬鹿にされていた。  だが、ある時気付いたのは、自分の能力の強さだ。  トリフ・ショマイター。尻尾から発生するビーム・セイバーで、アンデライトが知り得る全ての刃物を再現出来るという能力。 剣に槍、短剣に長剣、ブーメラン。応用すれば、鞭等の小道具も作れる。  上手く使えば、この能力は何よりも強いのではないか。実質、全ての刃物系の武器を背負っているようなモノだ。  そして対峙したのがロックマン・コード。 ネオ・イレギュラー・ハンター最強であり、最も甘いハンター。  相手に不足は無い。途中まではなかなか善戦していた。 だが、彼の持つ実力と、彼をサポートする通信機からの声には流石に勝てなかった。  よくよく考えれば、今まで倒されてきたリーダーの中で、最も戦闘時間が短いではないか。 「結局俺は能無しの下っ端ですかい、へいへい」  ドンッと、小さな振動が足元に伝わってきた。  恐らく、コードが装置を破壊したのだろう。 「でもよぉ、ロックマン・コード」  アンデライトは、再び薄く笑った。 「やっぱ手前は甘ちゃんなんだよ」 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  滑る足元に気を配りながら、輝は少し早足で歩いていた。  雨が、止んだ。 今頭上にあるのは、雲が多少流れている、綺麗な蒼い色の空。  きっと、この空を、あの街で飛鳥やあの医師が見えていることだろう。  そう思うと、少し嬉しくて。  ベースに帰還する前に、一度寄り道をしていくと云う旨をヒカルに伝えて、 輝は今、飛鳥達の住むあの街へと急いでいる。  あっさり過ぎた拠点と、そんなに極端な強さでも無かった敵。 そんな事柄に、内心で少しの困惑を覚えながらも、輝はすぐにそれを心の隅へと追いやった。  こんな顔で飛鳥に逢ったら、きっと心配させてしまうだろう、と。  暫く歩いて、輝は顔を上げた。 そして、表情を崩さないまま、絶句した。 「・・・・ぇ・・・」  街から煙が上がっていた。 見渡せる範囲だけでも、建物が破壊され、あちこちに人間が倒れている。 その全てが間違いなく絶命していて――。 「ぁ・・・ぁ・・・」  目を見開いたまま、輝はふらふらと街の門を潜った。  右も左も正面も。絶命した人々の亡骸で覆い尽くされた道。 足を一歩踏み出すことに、真っ赤な鮮血のヌチャリと云う音が耳をついた。 「あ・・すか・・・」  辛うじてその名が出てきて、輝は未だに状況整理が出来ないままの頭で、必死に病院があった所へ進むように、 身体に指示を下した。  その道中も、人々の亡骸と、破壊された街並みが輝の目に飛び込んでくる。  そんな光景に目を瞑りつつ、輝はついに、病院が『あった所』まで辿り着いた。 「あ・・すか・・飛鳥ぁぁぁ!!」  返事が返ってくる。必死で心に念じつつ、叫んだ。 喉が壊れると錯覚するくらいの大声で。  こんなに大きな声を出したのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。  不意に、小さな呻き声が輝の耳を掠めて、輝はぴたっと叫ぶのを止めた。  一番近くにある瓦礫をどかす。 顔が血で汚れていた。だが、それは確かにあの少年、近藤 飛鳥だった。 「飛鳥・・!」  強引に瓦礫を拳で吹き飛ばして、輝はその中の飛鳥を素早く抱き上げた。  彼の名を叫びながら、小さく身体を揺すると、彼は、ゆっくりとその双眼を開いた。 「飛鳥!飛鳥!!大丈夫か!?」 「ロッ・・クマ・・」  言葉が最後まで紡がれる前に、彼は頭部を失っていた。  彼の頭部を破壊した光の線が通りすぎると共に、彼の身体がゆっくりと輝の腕の中からずり落ちて、 地面にぶつかると共に、べちゃりと嫌な音を立てた。 「・・・・・ぁ・・・」  一瞬、頭が真っ白になった。  どうして、この街はこんな状態なのだろう。 どうして、自分は今、こんな死の街にいるのだろう。 どうして、飛鳥は・・死んだ。  誰が、殺した?誰が――。  不意に耳をついた下衆な笑い声に、輝は、表情をそのままに、首を巡らせた。  瓦礫の山の上に、ケンタウロスが立っていた。 見覚えのある。先程、倒したばかりの。 「フハハハハハ!!!これでこの街の人間は皆殺しだぁ・・」 「・・・アン、デライト・・」  フラリと立ち上がって、輝は彼の名を呟く。 信じられない、と、表情が云っていた。 「ショックがでけぇか?えっ?コードちゃんよぉ・・」 「・・・き、さまっ・・・」 「でもよぉ。この街の奴等を殺したのは、手前なんだぜ?ロックマン・コード」  びくんと輝の肩が震えた。 「貴様がこの俺を見逃した所為なんだよぉ。自業自得なんだよ!はーはっはっはっ!!!」 「貴様っ・・・きっ・・さまぁ・・・!」  アーマーを転送する事も忘れていた。 ただ、ポケットから取り出したオルティーガの刃を展開させて、思い切りアンデライトを睨み付ける。  コイツが、街の人達を殺した。コイツが・・殺したんだ。 コイツが、飛鳥を殺した。コイツが。コイツが。コイツが。 「殺して、やる!!」 「手前はこの街の人間を殺しただけじゃ飽き足らず。今度は俺を殺そうってのかい?」 「貴様なんか俺が殺してやるっ!!」  もはやアンデライト以外何も見えなかった。  生身のままオルティーガを携えて、咆哮を上げつつアンデライトへと飛びかかっていく。 「はぁぁぁぁっ!」  だが、不意にアンデライトの周りに現れたメカニロイド達が、一斉に輝へと銃口を向けた。 もはや、何も見えていない輝に、メカニロイド達のエネルギー弾を避ける余裕は無かった。  次々に全身を射抜いていくエネルギーに、輝はそのまま、病院の瓦礫に叩き付けられた。 「ふははは!!」 「違う、俺は、誰も殺したく、無かった、だけなんだっ・・」 「貴様が殺したんだ」 「違うっ・・」 「貴様の甘さがこの街の人間共を殺したんだ」  どうして、こんな事になったのだろう。  どうして、この街は、飛鳥は殺された。  それは、自分がアンデライトを見逃したから? あの時、アンデライトを殺していれば、全て丸く収まっていたというのか。  ただ、敵を殺して勝利を得れば、それで良かったのか。  奴を殺さなくても、またどこかで誰かが殺されているのでは無いか。  どうして、自分は彼を見逃した?それは、殺したくなかったから――。 自分も、彼も、生きているんだ。意思があり、考えて行動しているんだ。 それを無闇に殺すことなんて、例え敵であろうとも、したく・・なかった。  ならどうして――そもそもどうして、殺すだとか、殺さないだとか、悩んでいるんだ自分達は。  それは、『闘い』があるからだ。  フェルマータ達が宣戦布告をしてきたから。 ネオ・イレギュラー・ハンターがあるから。  闘う為の力が自分にあるから。  自分が『ロックマン』として、生まれてきたから。  そう、『ロックマン』として。  もしかしたら、ロックマンそのものが闘いの原因だったのかもしれない。  全てのレプリロイドの原因になっているであろう、ロックマン。 レプリロイドがいなければ、イレギュラー化も無いし、無論ハンターも存在しない。  『闘いが無い』。  フェルマータ達とハンターとロックマン。 それさえいなければ、闘いなんてこの世に存在するわけがない。  そうすれば、誰かが死ぬ必要も無い。  ただ、フェルマータ達とハンターとロックマンさえいなくなれば、それでいい。 それで――いい。 ――ナラ僕ガソレラヲ消セバイイ。  不意な寒気に、アンデライトはぴたっと笑い声を止めた。  背筋が凍りつくような、冷たい圧力。 その圧力が発せられている方向。それは、先程あの少年が叩き付けられた方向。  その方向から、闇色の光が見えた気がする。 彼の持つ蒼い光とは、全く逆の輝きを持った。 「なにぃ・・?」  アンデライトが声を絞り出すと、ぼごんと瓦礫が辺りに四散した。  その中心に、彼は立っていた。  闇色の鎧だった。禍々しさを強調するようなフォルム。 そして何より、彼自身の瞳の色が、蒼から紅へと変わっていた。  その視線に、思わずぞくりとする。 その視線に射抜かれただけで、足が竦み、自分はレプリロイドの筈なのに、冷汗の様な感覚が伝ってくる。 「殺シテヤル」  ぼそっと、コードが呟いた。  そして、アンデライトの耳にその呟きが届いた時には、彼の姿は既にアンデライトの目の前にあった。  アンデライトが声を上げる暇もなく、ガシっと顔を掴む。 「ネェ、消エテヨ」 「や、やめ・・!」 「飛鳥ト同シ様ニ死ンデサ」  アンデライトの頭部が消え去った。  力を失い、倒れ伏していく身体も、地面に接触するよりも前に、闇色の閃光に包まれ、無へと還る。  そして、指令を失った周りのメカニロイド達も、一瞬後に、全体が粉微塵に粉砕された。 「殺シテヤル・・・」  破壊された街の中をぐるっと見渡してから、コードは呟く。 そんな呟きとは逆に、彼の真紅の瞳からは、止めどない涙が流れていた。 「フェルマータモ、ハンターモ、ロックマンモ」  彼自身、その涙を知覚していないのか、拭う様子も無い。  ただ、ぶつぶつと、幽鬼の如く、呟くだけ。 「ゴメンネ飛鳥」  最小の音量。それを聞き取れる者はいないし、何より生きている者は彼一人だった。 「サヨウナラ、ヒカル」  彼の姿がその場から消えた一瞬後に、瓦礫の中の通信機が起動した。  持ち主が不在の通信機は、ただ送られてくる音声を忠実に吐き出すだけで、聞く耳を持とうとはしない。 『あ、輝君!?輝君!応答してよお願い!』  彼のアーマーの信号は、消えていた。 『お願い、応答して輝君!!』  通信機から吐き出される音声は、ただ虚しく、地獄と化した風景へ流れていくだけだった。 次回予告 輝の反応が消えて、大混乱に巻き込まれたハンターベース。 折角最後の拠点を破壊したって云うのに、輝がいなければ何の意味も無い。 輝の反応がロストしてから、約十数時間。 焦りが最高潮に達した俺達に飛び込んできた情報、それは、フェルマータの所持するメカニロイドのアイ・カメラのデータだった。 次回 ロックマンコードⅡ第四章~破壊と守護~ 「何度でも闘ってやるさ」

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