ロクノベ小説保管庫

二章 Rain-bow

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rocnove

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“雨の弓”という名前らしい。
というのを聞いたのは、うちのオヤジからだった。
5歳くらいの時、それまで使っていた弓の代わりにこれをもらった時だったと思う。

空にかざせば溶けてしまいそうなほど透明で、ガラスのようにもろく見えるくせに、
この弓は驚くほど頑丈で弾力に富んでいた。
子供の頃には、俺も何らかの魔法がかかってるのじゃないかと本気で信じていたくらい、神秘的な外見だ。

(・・・でもな、違ったんだよなぁ)
布でひとふきして表面にこびりついた潮しぶきをぬぐうと、つるつるした面に苦笑いした自分が映った。
・・・オヤジいわく。『この弓はご先祖様の誰だかが遺跡から拾ってきたもの』だ。
よくよく見ないとわからないほど、細かく薄く弓に刻まれた紋様と同じ物が確かにこの島の遺跡の壁にもあった。
つまりは、この弓は古代人の持ち物だっただけで、
何ら魔力も呪いもかかっていないものだった。

子供心に結構がっくりきたが、子供のロマンって、そういうものだ。
月にうさぎが住んでいると思えば、それはただの月の地形の影だったり、
数年に一度の割合で島を訪れる、空飛ぶ船に乗った武装した人々は天からの兵士ではなく、
たんなるディグアウターの一行だったり。
俺も昔はかなりの夢見る子供だったってわけだ。…ああ、そうだそうだ。
ディグアウターで思い出した。
「そういえば、西の海岸にディグアウターが来たんだって?」
弓の手入れを中断し、声を投げると意外と近くでオヤジの返答があった。隣の部屋にいたらしい。
「ああ。例の遺跡をディグアウトするって話だ。・・・ご苦労なこった。なんにもないってのに」
「・・・だよなぁ。そいつら、いつこの島に来たって?」
漁場の崖からの帰り道、
ディーアと一緒にレインボー・ドラードを売りさばいた店(島に一軒しかない)で聞きかじった噂だったから、
まだ詳しい話は知らなかった。
オヤジなら、もともと噂大好き人間だし、野次馬根性はなかなかのものだ。
自分で言っててなさけないけど、きっともう、すでに仕事ほっぽりだして見物に行ったに決まっている。

案の定、待ち構えたようにオヤジの得意げな声が響いてきた。
「今日の昼だ。飛空挺はそんなにでかくもなかったけどね。
 話してみると結構感じのいいやつらだったなぁ。
 いや、しかし彼らには悪いけどジャンク屋のジジィにそうとうふっかけられるだろな。
 なにせ何年ぶりだかっていうディグアウターの客。
 あのジジィがせっかくの金づる、ただで帰すわけないもんなあ」

 俺は『ジャンク屋のジジィ』を頭に思い浮かべた。
70歳くらいの頭のはげた爺さんで、日々開店休業状態のジャンク屋にすわり続けている。
高齢にもかかわらずボケる気配は微塵もない。
むしろ、眼光も鋭い老練な武者のような爺さんだ。
 俺は常々、あの爺さんの杖が実は刀なのではないかと疑っているくらいだ。
・・・う~ん。でも、孫のディーアを見る限り、それも考えすぎかと思えるんだけど、どうだろう?

(ん?昼?)
オヤジの話をハンスウして、その部分がのどに引っかかった魚の骨みたいにチクリとした。
 そういえば…あの海の崖で見た赤外線センサー・トラップも、今日の昼くらいに作動をはじめたんだっけ。
関係ない、と考える方がここは普通だろう。
…でも、俺はどうしてもそう思うことができなかった。
(一見関係なくたって、ディグアウターなら何かわかるかもしれない。あのセンサーのこと)
俺は、思わずぎゅっと弓をにぎりしめた。

だって、あのセンサーが今後も動きつづけるなんてことになったら、
俺とディーアはあの漁場をあきらめなくちゃならなくなる。
そうしたら、…また、俺のディグアウターになる夢が遠ざかってしまう。

今は何が何でもこの島を出る飛空挺を買うための、金がいるのに!

俺は少しの間考え込んだ。

そうだ!今からでも行って彼らに聞いてみよう!
俺は、パアッと目の前が開けたような気がした。遺跡のことは誰よりディグアウターが一番詳しい。
それと、俺自身の、まったくの個人的な興味でそのディグアウターと会ってみたかった。

島に何年かぶりにやって来た異邦人。
今度はどんな奴だろう?見上げるような巨漢だろうか。
それとも、雌豹のようにクールでしなやかな女性だろうか?
知的で、俺なんか近寄る事も出来ないくらいのカリスマ?
それか・・・俺と同じくらいの年の駆け出しディグアウターかもしれない。

ディグアウターという言葉の響きは、
こんな田舎の島にはない、冒険と夢の匂いがただよっているような気さえする。
幼い俺はその手のディグアウター冒険譚を飽きることなく読んではあこがれたんだ。

「オヤジ、俺、今から西の湾に行って来る」
隣の部屋で、オヤジがスッと息をのむ気配がした。
「なんだ、今からか?お前もたいがい好奇心旺盛だなぁ。
 …でも、なにも今からでなくたっていいだろう。明日だってそう変わりゃしない。
 いくら奴らだって今日来たのに今帰っちまいやしないさ」
俺は苦笑した。
…これがオヤジ流の心配のしかたなんだ。一見ただの軽口に見えて、
『今日はもう遅いから心配だ。明日行けばいいじゃないか』と言ってくれているというわけ。
 ほんとに、まどろっこしいったら。…でも俺、そういうオヤジ、嫌いじゃないんだよね。
ベッドの上に放っておいたRain-Bow…“雨の弓”を慣れた動作で背負い、
一度すでに外して手入れも終えていた矢筒を、もう一度かつぐ。
矢は補充しておいたのできっちり30本入っているはずだった。

「今行きたいんだよ。明日じゃ遅い」
明日の漁に間に合うんでなければ意味が無い。

一日漁が遅れれば、それだけ俺がディグアウターになれる日は遠ざかるんだ。
ここでぐずぐずしてなんかいられない。
「グランド…!」
部屋のドアを開け、廊下へ一歩踏み出したとたん母が奥の部屋から姿をあらわした。
奥の部屋からとぎれとぎれのテレビの音がして、
それがなんだか寂しい響きに聞こえたのはなぜだろう?
母は夕食の仕度の途中だったのか、いつものエプロンをかけていた。
…みかん色のやつで、ひよこの刺繍が入っている。

俺やオヤジとは違う明るいブラウンの髪が、背後からの明かりを受けて金の縁取りを得ている。
淡い紫の瞳は、なにか言葉で語るより雄弁に俺の身を案じてくれていた。
「大丈夫。…この島で危険なことなんて探したってそうそうないぜ」
俺はにやりとわざと不敵に笑って見せた。
崖を走りまわる弓漁師の仕事以上に危険なことなど、この島にはありえない。
島には車も無いから交通事故だってあり得ないくらいだ。

ほんと、つくづく田舎だよな…
ともかく、西の湾へ行くだけのことに散歩以上の危険なんて。
俺は肩をすくめて苦笑した。

俺が武器を持っていくのだって、単なる用心のためなんだから。
「すぐに戻るよ!」
俺は叫んで背を向ける。なにか言いかけていた気がしたが、
それに付き合ってたら万が一説得されてしまうかもしれない。
おとなしげに見えて、実は世の中のあらゆる母親達の例にもれず彼女は説得にかけちゃ超一流なんだ。

庭を走って回りこんで、俺は厩から馬を引き出してきた。
時代遅れと言うなかれ。この島じゃ普通に馬を飼う。
うちのは全身灰白色の大きなヤツで、普段はオヤジが町へ仕事に行くのに使っている。

いくら俺でもここから西の湾に歩いて行こうと思ったら相当な距離を覚悟しなくちゃならない。
早く行こうと思うなら、馬に乗った方が楽だし早い。
俺は馬の背に一気に飛び乗った。
「行け!ミント!!」
雌馬は鋭くいなないて一瞬俺を乗せたまま竿立ちになったが、
俺は手綱をさばいてそれをこなすと、夕暮れで周囲のなにもかもが真っ赤に染まる中を疾走していった。
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