「待ッテイタゾ…ロックマン・ミラージュ」
仮面の男が発したその声は、無機質な合成音声の様であった。
男の身長や体格は、ちょうどクロウと同じくらいである。
「…何者だ」
問いかけるクロウの声は、先程とは全く違い、警戒心を隠していなかった。
しかし、対して仮面の男は微動だにせず、クロウを見据えている。
その仮面に開けられた二つの穴からは、緑色の瞳が見えた。
状況が変化したのは次の瞬間だった。
急に男が、身を包むマントの中から右腕を振り上げたのだ。
その手には、銀色の剣が握られていた。
「!!!」
「うわっ!!」
クロウは、とっさに自分の後ろにいたジャックを突き飛ばした。
同時に、自分の腰にある鞘から刀を引き抜き、男の剣を受け止める。
しばらく、辺りに甲高い音が響いた。
その音の影響か、近くの家の屋根から積もった雪がドサリと落ちてきた。
ジャックは急いで起き上がり、クロウと仮面の男から離れた。
「急いで警察を!」
「…やめておけ。逃げられるだけだ」
相手を見据えたまま、クロウは走り出そうとするジャックに言った。
「わ…わかりました…」
彼らのやりとりを無視し、仮面の男は一旦クロウから離れると、また剣を構え直した。
そして、一気に間合いを詰め、クロウの頭に向かって突きを繰り出した。
とっさに頭を横に逸らせたクロウだったが、ヘルメットに剣の切っ先がかすった。
それだけで、剣はヘルメットを易々と切り裂き、バイザーには大きくヒビが入る。
直後、クロウは即座に屈んで足払いをかけた。
だが、仮面の男はそれを真上に跳ぶ事でかわした。
そして空中で剣を構え、一気にクロウに向かい斬り下げた。
「くっ…!」
クロウは、急いで体勢を立て直すと、自分の刀で相手の剣を受け止めた。
仮面の男は、さっきと同じ様に再び後方へと跳んだ。
そして、先程と同じ動きで剣を構え直す。
それを見たクロウもまた、警戒しながらゆっくりと刀を構えた。
構えると同時に、両者は走り出した。
最初に仮面の男が剣を横に薙ぎ払い、クロウは屈んでそれを避ける。
直後に振られたクロウの刀を男は上空に跳んで避け、さっきと同じ様に剣を振り下ろした。
クロウはそれを察知すると、即座に側転で刃を避ける。
しかし避け切れず、クロウの首に巻かれた黒いスカーフの一部が切れて、宙を舞った。
クロウはすぐに体勢を立て直し、剣を振り下ろした直後の男に突きを繰り出した。
その突きは、男をついに捉えた…筈だった。
だが男はそれまでとは比べ物にならない速さでクロウの真横に移動していた。
次の瞬間、上方向への強い蹴りがクロウの刀に当たり、刀は遥か上空に投げ出された。
「何っ!!」
そして仮面の男は、クロウに向かって剣を振り下ろした。
クロウは、とっさにその剣を両手で受け止めた。
「くっ…!!」
両手で剣を受け止めたクロウだったが、相手は更に力を強めてきた。
仮面の男は、このまま押し切ってクロウを斬るつもりだろう。
その時、男はその仮面の奥から、再び声を発した。
「コノ程度カ?」
「…」
声を発した仮面の男を、クロウは無言で睨みつけた。
その時、さっき上空へ投げ出された刀が仮面の男の背後に降って来た。
それは刀身を下にして地面へ垂直に落ち、その刃は雪に積もった地面に突き刺さった。
男は一瞬それに気を取られ、視線を逸らせる。
クロウはそれを見逃さなかった。
次の瞬間、彼は瞬時に腰を屈め、男に足払いを繰り出した。
その攻撃は寸分の狂い無く男の足に当たり、男は体勢を崩す。
その隙に、クロウはその場から跳んで自分の刀を拾い、構えた。
仮面の男は立ち上がり、刀を構えたクロウを見ると、再び剣を構える。
両者はその体勢のまま、しばらく動かなかった。
辺りに、張り詰めた静寂が訪れた。
雪は昨日の様に吹雪になる事も無く、ゆっくりと降っていた。
一粒の雪がクロウの刀に当たり、そしてまた地面に落ちた。
この時間が永遠に続くかと思われた時、唐突に静寂は終わりを告げた。
民家の屋根から積もった雪が、ドサリと地面に落ちたのだ。
それを合図に、両者は走り出し、同時に斬り合った。
再び両者が動きを止めて数秒後、仮面の男は振り向いた。
彼のアーマーの胸から左の脇腹部分にかけて、損傷があった。
斜めに入った切れ目。だがそれは比較的浅く、内部には達していない様だった。
「…」
男は何も言わず、そばにある民家の屋根まで跳んだ。
屋根に着地すると、仮面の男はその姿を消した。
「くっ…」
男が姿を消した途端、クロウは地面に膝をついた。
「だ…大丈夫ですか!?」
クロウの、肩の辺りのアーマーが斬られており、そこから血が流れていた。
クロウは地面に刀を突き立て、それを支えに立ち上がった。
「と…とりあえずここからなら僕の家が近いです!
そこで手当てしましょう!!」
「すまないな…」
ジャックはクロウの肩を支えて歩き出そうとした。
だがその時、ジャックは目の前の地面に何か光るものを見つけた。
「ん…?」
そこはちょうど、クロウと仮面の男が戦っていた場所だった。
「これは…」
それは鎖のついた、金色の十字架の形をした装飾品の様だった。
その時、ジャックは背中からゾクッとする様な視線を感じた。
急いで後ろを振り向いたジャックだったが、そこには誰もいなかった。
ふと後方左側の民家の屋根を見ると、大きな鷲がそこにいた。
昨日、クロウを中央広場で見ていた、あの鷲だった。
鷲の眼は、ピタリと二人を見据えていた。
ジャックはその視線に怯えながらも、クロウを抱え、急いでその場を後にした。
「ジャック!!一体何があった!?」
ジャックとクロウは、無事にジャックの家に辿り着いた。
クロウの傷を見て、ケインはジャックを怒鳴りつけた。
「ゴメン親父、手当ての準備してくれ!説明は後でするから!!」
ジャックもケインに負けない勢いで怒鳴った。
「あ、ああ…」
ジャックの勢いで、流石にケインも怒鳴るのを止め、手当ての道具を取りに行った。
「くそ…また世話になってしまったな」
ジャその後、クロウは肩に負った傷の手当てを受けた。
ようやく傷の痛みが治まってきた頃、ジャックがクロウに何かを差し出した。
「あの…クロウさん、これがさっきの場所に落ちていたんですけど…」
それは、先程クロウと仮面の男が戦っていた場所で見つけた装飾品だった。
鎖のついた金色の十字架である。
よく見れば、その十字架の表面には幾何学模様が彫られていた。
「これ…多分この町の教会の物だと思うんですよね…」
「…何故分かる?」
クロウの問いに、ジャックは装飾品を見つめながら答えた。
「これ、この町の教会のマークにそっくりなんですよ…」
その装飾品を受け取り、クロウも見つめた。
数秒して、言った。
「手がかりはこれだけ…行くしかないか」
クロウの呟きに、ジャックは勢いよく言った。
「じゃ、案内させて下さい!」
それに対し、クロウは冷静に言った。
「いや、教会の場所は既に知っている。案内は必要ない」
クロウがそう言うと、ジャックは声を元の調子に戻し、言った。
「でも、あの教会の神父様とは面識があるんです。
僕がいれば色々役立つと思いますよ」
「そうか…なら頼む」
ジャックの申し出を、クロウは了承した。
クロウはジャックと翌日待ち合わせる時間を決め、宿へ帰った。
当然帰り道はクロウも警戒したが、今度は何も起こらなかった。
翌日の朝。
「おはようございます。昨日の傷はまだ痛みますか?」
町の中央広場で、ジャックはそう言ってクロウに頭を下げた。
昨日予定していた合流場所は、この広場だった。
「…いや、それほどでもない。教会は町の東にあったな…」
「ええ。この通りの先です」
と、ジャックは東に向かう通りを指差した。
しかし、クロウは遺跡に行く為に教会の近くを通ったので、既に道筋は知っていた。
「道はもう知ってる。さっさと行こう」
「ええ、分かりました」
二人は東に向かう大通りを歩き出した。
ックが持ってきた椅子に座り、クロウはそう呟いた。
先日行った時は早朝だった為、教会は静寂に包まれていたが、今回は違った。
教会の入り口の前にある庭には、数人の子供達が駆け回り、遊んでいた。
「彼らは教会の子供か?」
「違いますよ。この教会の周辺に住んでいる子供達です。
でも、この教会には僕と同じ歳の女の子が一人住んでいます。ほら、あそこに」
そう言うなり、ジャックは教会の庭の片隅を掃除する少女へ歩み寄っていった。
その少女はジャックと同じ位の年齢で、背もちょうど同じ位だった。
長い金髪を後ろで纏めており、ピンク色のセーターと赤色のスカートを着用していた。
ジャックが少女と話そうとしているのを眺めながら、クロウも歩いて行った。
クロウの耳に、二人の会話が聞こえてきた。
「やぁ、久しぶり」
「あら、ジャックじゃない。何か用?」
「え~と…今日は神父様に用があって来たんだ。神父様、今いる?」
「ええ。いるわよ」
そう言いながら、少女は教会の扉を開けた。
それを見ながら、ジャックは言いにくそうに少女に言った。
「え~と…今日はこの人を神父様に紹介する為に来たんだ」
と、ジャックはクロウの方へと顔を向ける。
少女は、ジャックからクロウに視線を移した。
しかし、クロウのアーマー姿を見た途端、少女の視線は警戒の色を帯び始めた。
「…どちらさま?」
ジャックはその問いに、少々焦りながら答えた。
どうやらジャックは緊張している様だった。
「ええと…この人は一昨日この町に来た、ディグアウターのクロウ・エリュシオンさん」
紹介されたので、クロウは一応挨拶しておくことにした。
「…どうも」
続いて、ジャックはクロウに少女を紹介し始めた。
「クロウさん、彼女はミラ・クラウス。
この教会に住む神父様の娘です」
「…どうも」
そう言いいながらお辞儀をすると、彼女は教会の中へ入って行った。
ジャックはフゥ、と息を吐くと、クロウに言った。
「じゃ、僕達も行きましょう」
二人は教会の中に入っていった。
教会の内部は、外側と同じ様に白い大理石の壁が広がっていた。
クロウたちが入って来た入り口の向かい側には、大きな祭壇があった。
また、入り口から祭壇までの間に、二列に長椅子が置かれている。
祭壇に一番近い左側の長椅子に、一人の男が座っていた。
ミラはその男に駆け寄ると、何事か耳打ちしている。
それを聞き終えた男は、ゆっくりと立ち上がり、振り向いた。
その男は黒いラインの入った白いローブを纏い、髪は銀色で、短く切り揃えられていた。
クロウより頭一つ分くらい高い身長で、30~40歳くらいに見え、温厚で落ち着きのある雰囲気を持っている。
男は、クロウに視線を向け、言った。
「どうも。私はジョエル・クラウスと申します。
この教会に興味があるとか?」
「ああ。2、3質問があるんだが、いいか?」
「ええ。結構です。立ち話も難ですし、座って話しませんか?」
「これに見覚えはあるか?」
クロウは、早速ジャックから渡された金色の十字架の形をした装飾品を取り出した。
神父はそれを受け取り、じっくり見つめて、言った。
「これは…この町の式典などでこの教会が一般の人に無料で配布しているものですね。
これがどうかしましたか?」
「昨夜、俺は一人の男に襲われた。どうやらその男がこれを持っていたらしい。」
クロウの話にも、神父の反応は驚きの声を上げた。
「おや、それは恐ろしい。犯人がすぐに捕まる事を祈らなければなりませんね」
だが、すぐに神父の表情は暗くなった。
「ですが…先程も申し上げた通り、これは一般の方に無料で配布しているものです。
残念ながら、私には犯人の見当はつきかねますね…」
「で、あなたを襲ったと言うのはどんな男でした?」
神父はクロウの話が気になったのか、質問を投げかけた。
神父の様子から、この件とは関係なさそうだと思ったクロウだが、一応話す事にした。
「全身に白いアーマーを着用し、その上から白いマントを羽織っていた。
そして、顔には銀色の仮面を被っていた」
それを聞いて、ほんの一瞬だけ、神父の顔に驚愕の色が浮かんだ。
クロウは前方の祭壇を見ながら話していたが、視界の隅でその神父の表情を見逃さなかった。
しばらくして神父は、静かに言った。
「ふむ…やはり残念ながら、その様な格好の人物に心当たりはありませんね。
大体、そんな派手な格好の男がいたら、嫌でも覚えているでしょう」
「…ま、それはそうだな」
「……」
神父と話すクロウを、ミラは遠くから見つめていた。
この時、クロウとジョエルは祭壇の目の前の長椅子で話していた。
しかし、ジャックとミラは二人に言われ、入り口近くの長椅子に来たのだった。
ジャックは、どう彼女に話せばいいのか判断に迷った。
「え~と…クロウさんは悪い人じゃないよ?」
「…あんな人と、どこで知り合ったの?」
クロウの持つ冷めた雰囲気に、ミラは不信感を募らせている様だった。
「ねぇ、どうしたの?何かイライラしてるみたいだけど…」
ミラは、溜め息をつくと、視線を落とした。
「ねぇ、ジャック。私、何だか最近嫌な予感がするの」
「…どういう事?」
不意にミラの語調が変わったので、ジャックは少し驚いた。
「この前、教会に変な人達が来たみたいなの」
「変な人達?」
「うん。私は寝室にいたから姿は見えなかったけど、父さんと何か言い争ってた」
「…いつ来たの?」
「一週間くらい前。深夜に突然教会にやってきたの。
その人と話した後、父さん、とても暗い顔してた」
ミラの表情が酷く不安そうなので、ジャックは心配になってきた。
「一体何なんだろう…その人達」
気がつくと、クロウとジョエルは両者とも立ち上がっていた。
クロウは、ジャックの方を向くと、言った。
「そろそろ行くぞ。ジャック」
町の中央広場まで来て、クロウは呟いた。
「あの神父…何か隠してるな」
そのクロウに、ジャックは言った。
「それ、多分僕が聞いた話じゃないですかね…?」
「…どういう事だ?」
「ミラが色々話してくれたんです」
ジャックの話に興味を示し、クロウが先を続けるよう促そうとした時だった。
「…!!」
クロウは一瞬殺気の様なものを感じ、東の大通りの方を振り向いた。
「どうしたんですか!?」
クロウの様子にただならぬ事態を察知し、ジャックも辺りを窺う。
時刻は午後1時過ぎで、ここは町の中央広場である。
走り回る子供達や、ベンチで話し込む主婦達が見えるだけだ。
数日前に彼を、そして昨日ジャックを睨んでいたあの鷲もいない。
「いや…何でもない」
「そう、ですか…これからどうします?」
ジャックの問いに、クロウは少し考えた後、言った。
「ジャック。今日はお前には予定などは無いのか?」
「ええ。学校は今、冬休みですし。
親父は今の時間仕事に行っちゃってますし」
ジャックの答えを聞いた後、クロウは言った。
「とりあえず…お前が得たという情報を教えてくれ」
ガチャリと、扉を開ける音がした。
「…忘れ物ですか?」
そう言いながら、神父は振り向いた。
まだ、クロウ達が去ってから5分ほどしか経っていない。
だが、現在この教会には神父しかいなかった。
クロウとジャックが去った直後に、ミラに夕食の食材を買いに行かせたからだ。
扉の前に立っていたのは、クロウとジャックではなかった。
そこには、黒いスーツの男が立っていた。
四角い銀色の縁の眼鏡を掛け、頬の痩せこけた青白い肌の男だった。
年齢は20代後半といった感じで、長い黒髪を後ろで縛っている。
「お客でも来ていましたか?」
口元に笑みを浮かべながら、その男は言った。
「どうも。神父様」
神父は、冷たい視線で男を見据えた。
「前に言った筈ですよ。また来る、とね」
そう言って、男は口元に笑みを浮かべた。
相手を睨みつけながら、神父は言った。
「あなた方とは取引などしない。この私の答えは変わりません。
以前もそう言った筈ですよ」
「こちらとしては、それでは困りますね」
「…あなた方との取引に応じれば、何千、何万もの人々が犠牲になります」
神父の言葉に、男はあからさまな溜め息をついた。
「やれやれ…一等司政官ともあろう方が随分と腑抜けた事を。
人間の命などどうだっていいではありませんか」
「私は既にヘブンの人間ではありません。
…私がヘブンの人間であったとしても、あなた方との取引には応じなかったでしょう」
「おやおや…」
神父の強情な態度に、男はますます笑みを深めた。
「この町の人間が死んでも、あなたはその態度を貫き通せますか?」
そんな男に対し、神父は静かに言った。
「私が…そんな脅しに屈する様な人間に見えますか?」
神父の静かな言葉に、男はもう一度溜め息をついた。
「いいでしょう。私の任務もこれだけではない。
今回は、警告として受け取っておいて下さい」
男は、背を向け、歩き出した。
だが、扉の手前で足を止め、振り返り、言った。
「ですがお忘れなく。私の背後にいるのは…」
その話が終わらないうちに、神父は男の言葉を引き継いだ。
「『古き神々』…でしょう。この前も何度も聞きましたよ。あなたの口から」
「ふっ…分かっているじゃないですか」
そう言うと、男は扉を開け、出て行った。
それを見届けると、神父は力が抜けた様に近くの長椅子に座り込んだ。
「………」
教会の側面にある窓が、わずかに開いていた。
その窓の下で、ミラは口元を押さえて座っていた。
その眼からは一筋の涙が流れていた。
翌日の早朝。
クロウが起きた時、窓の外は激しい吹雪が吹いていた。
「今日は吹雪か」
朝食を終えると、二本の刀の手入れをしながら、クロウは考えた。
「(仮面の男…それに謎の集団か…。例の遺跡にあるリーバードの瞳も気になるな。
だが…ここに来てそれらの正体を掴める様な手がかりは無くなったな)」
室内の照明によって、刀の刀身は鈍い輝きを放っていた。
その輝きを見ながら、クロウは一昨日闘った仮面の男の技を思い出した。
「(あの戦い方…まさか…)」
「おい、いつまで寝てやがる。もう朝だぞ」
「んん……」
自室で、ジャックは目を覚ました。
だが、しばらくするとまた彼の意識は睡魔にさらわれてしまった。
「おい!いいかげんにしやがれ!!」
ケインに毛布を持って行かれ、しぶしぶジャックは目を覚ました。
彼は枕元にある時計を見た。
既に時刻は彼がいつも起きる時間を大分過ぎている。
気がつけば、既にケインは居間へと去った後だった。
居間へ向かったジャックは、テーブルに置いてある冷え切ったトーストを食べ始めた。
「全く。こんな猛吹雪はここ数年じゃ珍しいな」
ケインの声を聞き、ジャックは視線を窓の外へ向けた。
窓の外は、大量の雪が舞っていた。
その時、室内に玄関のドアを叩く音が聞こえた。
「ん?こんな天気の日に客か?」
「あ、俺が出るよ」
そう言うとジャックは食べかけのトーストを皿の上に置き、玄関のドアを開けた。
そこには、傘を差し、マフラーを首に巻いたミラが立っていた。
その顔は、いつに無く真剣だった。
「ジャック。話があるの」
室内にドアのノックの音が響いた。
まだ刀の手入れをしていたクロウは、その音に気づき、時計を見た。
いつの間にか昼近くになっている。
窓の外の吹雪は、一向に収まる気配は無さそうだった。
彼は、ドアに向かって言った。
「…誰だ?」
「エリュシオン様、お電話がかかってきております」
その声は、宿の事務員だった。
「分かった。今行く」
仮面の男が発したその声は、無機質な合成音声の様であった。
男の身長や体格は、ちょうどクロウと同じくらいである。
「…何者だ」
問いかけるクロウの声は、先程とは全く違い、警戒心を隠していなかった。
しかし、対して仮面の男は微動だにせず、クロウを見据えている。
その仮面に開けられた二つの穴からは、緑色の瞳が見えた。
状況が変化したのは次の瞬間だった。
急に男が、身を包むマントの中から右腕を振り上げたのだ。
その手には、銀色の剣が握られていた。
「!!!」
「うわっ!!」
クロウは、とっさに自分の後ろにいたジャックを突き飛ばした。
同時に、自分の腰にある鞘から刀を引き抜き、男の剣を受け止める。
しばらく、辺りに甲高い音が響いた。
その音の影響か、近くの家の屋根から積もった雪がドサリと落ちてきた。
ジャックは急いで起き上がり、クロウと仮面の男から離れた。
「急いで警察を!」
「…やめておけ。逃げられるだけだ」
相手を見据えたまま、クロウは走り出そうとするジャックに言った。
「わ…わかりました…」
彼らのやりとりを無視し、仮面の男は一旦クロウから離れると、また剣を構え直した。
そして、一気に間合いを詰め、クロウの頭に向かって突きを繰り出した。
とっさに頭を横に逸らせたクロウだったが、ヘルメットに剣の切っ先がかすった。
それだけで、剣はヘルメットを易々と切り裂き、バイザーには大きくヒビが入る。
直後、クロウは即座に屈んで足払いをかけた。
だが、仮面の男はそれを真上に跳ぶ事でかわした。
そして空中で剣を構え、一気にクロウに向かい斬り下げた。
「くっ…!」
クロウは、急いで体勢を立て直すと、自分の刀で相手の剣を受け止めた。
仮面の男は、さっきと同じ様に再び後方へと跳んだ。
そして、先程と同じ動きで剣を構え直す。
それを見たクロウもまた、警戒しながらゆっくりと刀を構えた。
構えると同時に、両者は走り出した。
最初に仮面の男が剣を横に薙ぎ払い、クロウは屈んでそれを避ける。
直後に振られたクロウの刀を男は上空に跳んで避け、さっきと同じ様に剣を振り下ろした。
クロウはそれを察知すると、即座に側転で刃を避ける。
しかし避け切れず、クロウの首に巻かれた黒いスカーフの一部が切れて、宙を舞った。
クロウはすぐに体勢を立て直し、剣を振り下ろした直後の男に突きを繰り出した。
その突きは、男をついに捉えた…筈だった。
だが男はそれまでとは比べ物にならない速さでクロウの真横に移動していた。
次の瞬間、上方向への強い蹴りがクロウの刀に当たり、刀は遥か上空に投げ出された。
「何っ!!」
そして仮面の男は、クロウに向かって剣を振り下ろした。
クロウは、とっさにその剣を両手で受け止めた。
「くっ…!!」
両手で剣を受け止めたクロウだったが、相手は更に力を強めてきた。
仮面の男は、このまま押し切ってクロウを斬るつもりだろう。
その時、男はその仮面の奥から、再び声を発した。
「コノ程度カ?」
「…」
声を発した仮面の男を、クロウは無言で睨みつけた。
その時、さっき上空へ投げ出された刀が仮面の男の背後に降って来た。
それは刀身を下にして地面へ垂直に落ち、その刃は雪に積もった地面に突き刺さった。
男は一瞬それに気を取られ、視線を逸らせる。
クロウはそれを見逃さなかった。
次の瞬間、彼は瞬時に腰を屈め、男に足払いを繰り出した。
その攻撃は寸分の狂い無く男の足に当たり、男は体勢を崩す。
その隙に、クロウはその場から跳んで自分の刀を拾い、構えた。
仮面の男は立ち上がり、刀を構えたクロウを見ると、再び剣を構える。
両者はその体勢のまま、しばらく動かなかった。
辺りに、張り詰めた静寂が訪れた。
雪は昨日の様に吹雪になる事も無く、ゆっくりと降っていた。
一粒の雪がクロウの刀に当たり、そしてまた地面に落ちた。
この時間が永遠に続くかと思われた時、唐突に静寂は終わりを告げた。
民家の屋根から積もった雪が、ドサリと地面に落ちたのだ。
それを合図に、両者は走り出し、同時に斬り合った。
再び両者が動きを止めて数秒後、仮面の男は振り向いた。
彼のアーマーの胸から左の脇腹部分にかけて、損傷があった。
斜めに入った切れ目。だがそれは比較的浅く、内部には達していない様だった。
「…」
男は何も言わず、そばにある民家の屋根まで跳んだ。
屋根に着地すると、仮面の男はその姿を消した。
「くっ…」
男が姿を消した途端、クロウは地面に膝をついた。
「だ…大丈夫ですか!?」
クロウの、肩の辺りのアーマーが斬られており、そこから血が流れていた。
クロウは地面に刀を突き立て、それを支えに立ち上がった。
「と…とりあえずここからなら僕の家が近いです!
そこで手当てしましょう!!」
「すまないな…」
ジャックはクロウの肩を支えて歩き出そうとした。
だがその時、ジャックは目の前の地面に何か光るものを見つけた。
「ん…?」
そこはちょうど、クロウと仮面の男が戦っていた場所だった。
「これは…」
それは鎖のついた、金色の十字架の形をした装飾品の様だった。
その時、ジャックは背中からゾクッとする様な視線を感じた。
急いで後ろを振り向いたジャックだったが、そこには誰もいなかった。
ふと後方左側の民家の屋根を見ると、大きな鷲がそこにいた。
昨日、クロウを中央広場で見ていた、あの鷲だった。
鷲の眼は、ピタリと二人を見据えていた。
ジャックはその視線に怯えながらも、クロウを抱え、急いでその場を後にした。
「ジャック!!一体何があった!?」
ジャックとクロウは、無事にジャックの家に辿り着いた。
クロウの傷を見て、ケインはジャックを怒鳴りつけた。
「ゴメン親父、手当ての準備してくれ!説明は後でするから!!」
ジャックもケインに負けない勢いで怒鳴った。
「あ、ああ…」
ジャックの勢いで、流石にケインも怒鳴るのを止め、手当ての道具を取りに行った。
「くそ…また世話になってしまったな」
ジャその後、クロウは肩に負った傷の手当てを受けた。
ようやく傷の痛みが治まってきた頃、ジャックがクロウに何かを差し出した。
「あの…クロウさん、これがさっきの場所に落ちていたんですけど…」
それは、先程クロウと仮面の男が戦っていた場所で見つけた装飾品だった。
鎖のついた金色の十字架である。
よく見れば、その十字架の表面には幾何学模様が彫られていた。
「これ…多分この町の教会の物だと思うんですよね…」
「…何故分かる?」
クロウの問いに、ジャックは装飾品を見つめながら答えた。
「これ、この町の教会のマークにそっくりなんですよ…」
その装飾品を受け取り、クロウも見つめた。
数秒して、言った。
「手がかりはこれだけ…行くしかないか」
クロウの呟きに、ジャックは勢いよく言った。
「じゃ、案内させて下さい!」
それに対し、クロウは冷静に言った。
「いや、教会の場所は既に知っている。案内は必要ない」
クロウがそう言うと、ジャックは声を元の調子に戻し、言った。
「でも、あの教会の神父様とは面識があるんです。
僕がいれば色々役立つと思いますよ」
「そうか…なら頼む」
ジャックの申し出を、クロウは了承した。
クロウはジャックと翌日待ち合わせる時間を決め、宿へ帰った。
当然帰り道はクロウも警戒したが、今度は何も起こらなかった。
翌日の朝。
「おはようございます。昨日の傷はまだ痛みますか?」
町の中央広場で、ジャックはそう言ってクロウに頭を下げた。
昨日予定していた合流場所は、この広場だった。
「…いや、それほどでもない。教会は町の東にあったな…」
「ええ。この通りの先です」
と、ジャックは東に向かう通りを指差した。
しかし、クロウは遺跡に行く為に教会の近くを通ったので、既に道筋は知っていた。
「道はもう知ってる。さっさと行こう」
「ええ、分かりました」
二人は東に向かう大通りを歩き出した。
ックが持ってきた椅子に座り、クロウはそう呟いた。
先日行った時は早朝だった為、教会は静寂に包まれていたが、今回は違った。
教会の入り口の前にある庭には、数人の子供達が駆け回り、遊んでいた。
「彼らは教会の子供か?」
「違いますよ。この教会の周辺に住んでいる子供達です。
でも、この教会には僕と同じ歳の女の子が一人住んでいます。ほら、あそこに」
そう言うなり、ジャックは教会の庭の片隅を掃除する少女へ歩み寄っていった。
その少女はジャックと同じ位の年齢で、背もちょうど同じ位だった。
長い金髪を後ろで纏めており、ピンク色のセーターと赤色のスカートを着用していた。
ジャックが少女と話そうとしているのを眺めながら、クロウも歩いて行った。
クロウの耳に、二人の会話が聞こえてきた。
「やぁ、久しぶり」
「あら、ジャックじゃない。何か用?」
「え~と…今日は神父様に用があって来たんだ。神父様、今いる?」
「ええ。いるわよ」
そう言いながら、少女は教会の扉を開けた。
それを見ながら、ジャックは言いにくそうに少女に言った。
「え~と…今日はこの人を神父様に紹介する為に来たんだ」
と、ジャックはクロウの方へと顔を向ける。
少女は、ジャックからクロウに視線を移した。
しかし、クロウのアーマー姿を見た途端、少女の視線は警戒の色を帯び始めた。
「…どちらさま?」
ジャックはその問いに、少々焦りながら答えた。
どうやらジャックは緊張している様だった。
「ええと…この人は一昨日この町に来た、ディグアウターのクロウ・エリュシオンさん」
紹介されたので、クロウは一応挨拶しておくことにした。
「…どうも」
続いて、ジャックはクロウに少女を紹介し始めた。
「クロウさん、彼女はミラ・クラウス。
この教会に住む神父様の娘です」
「…どうも」
そう言いいながらお辞儀をすると、彼女は教会の中へ入って行った。
ジャックはフゥ、と息を吐くと、クロウに言った。
「じゃ、僕達も行きましょう」
二人は教会の中に入っていった。
教会の内部は、外側と同じ様に白い大理石の壁が広がっていた。
クロウたちが入って来た入り口の向かい側には、大きな祭壇があった。
また、入り口から祭壇までの間に、二列に長椅子が置かれている。
祭壇に一番近い左側の長椅子に、一人の男が座っていた。
ミラはその男に駆け寄ると、何事か耳打ちしている。
それを聞き終えた男は、ゆっくりと立ち上がり、振り向いた。
その男は黒いラインの入った白いローブを纏い、髪は銀色で、短く切り揃えられていた。
クロウより頭一つ分くらい高い身長で、30~40歳くらいに見え、温厚で落ち着きのある雰囲気を持っている。
男は、クロウに視線を向け、言った。
「どうも。私はジョエル・クラウスと申します。
この教会に興味があるとか?」
「ああ。2、3質問があるんだが、いいか?」
「ええ。結構です。立ち話も難ですし、座って話しませんか?」
「これに見覚えはあるか?」
クロウは、早速ジャックから渡された金色の十字架の形をした装飾品を取り出した。
神父はそれを受け取り、じっくり見つめて、言った。
「これは…この町の式典などでこの教会が一般の人に無料で配布しているものですね。
これがどうかしましたか?」
「昨夜、俺は一人の男に襲われた。どうやらその男がこれを持っていたらしい。」
クロウの話にも、神父の反応は驚きの声を上げた。
「おや、それは恐ろしい。犯人がすぐに捕まる事を祈らなければなりませんね」
だが、すぐに神父の表情は暗くなった。
「ですが…先程も申し上げた通り、これは一般の方に無料で配布しているものです。
残念ながら、私には犯人の見当はつきかねますね…」
「で、あなたを襲ったと言うのはどんな男でした?」
神父はクロウの話が気になったのか、質問を投げかけた。
神父の様子から、この件とは関係なさそうだと思ったクロウだが、一応話す事にした。
「全身に白いアーマーを着用し、その上から白いマントを羽織っていた。
そして、顔には銀色の仮面を被っていた」
それを聞いて、ほんの一瞬だけ、神父の顔に驚愕の色が浮かんだ。
クロウは前方の祭壇を見ながら話していたが、視界の隅でその神父の表情を見逃さなかった。
しばらくして神父は、静かに言った。
「ふむ…やはり残念ながら、その様な格好の人物に心当たりはありませんね。
大体、そんな派手な格好の男がいたら、嫌でも覚えているでしょう」
「…ま、それはそうだな」
「……」
神父と話すクロウを、ミラは遠くから見つめていた。
この時、クロウとジョエルは祭壇の目の前の長椅子で話していた。
しかし、ジャックとミラは二人に言われ、入り口近くの長椅子に来たのだった。
ジャックは、どう彼女に話せばいいのか判断に迷った。
「え~と…クロウさんは悪い人じゃないよ?」
「…あんな人と、どこで知り合ったの?」
クロウの持つ冷めた雰囲気に、ミラは不信感を募らせている様だった。
「ねぇ、どうしたの?何かイライラしてるみたいだけど…」
ミラは、溜め息をつくと、視線を落とした。
「ねぇ、ジャック。私、何だか最近嫌な予感がするの」
「…どういう事?」
不意にミラの語調が変わったので、ジャックは少し驚いた。
「この前、教会に変な人達が来たみたいなの」
「変な人達?」
「うん。私は寝室にいたから姿は見えなかったけど、父さんと何か言い争ってた」
「…いつ来たの?」
「一週間くらい前。深夜に突然教会にやってきたの。
その人と話した後、父さん、とても暗い顔してた」
ミラの表情が酷く不安そうなので、ジャックは心配になってきた。
「一体何なんだろう…その人達」
気がつくと、クロウとジョエルは両者とも立ち上がっていた。
クロウは、ジャックの方を向くと、言った。
「そろそろ行くぞ。ジャック」
町の中央広場まで来て、クロウは呟いた。
「あの神父…何か隠してるな」
そのクロウに、ジャックは言った。
「それ、多分僕が聞いた話じゃないですかね…?」
「…どういう事だ?」
「ミラが色々話してくれたんです」
ジャックの話に興味を示し、クロウが先を続けるよう促そうとした時だった。
「…!!」
クロウは一瞬殺気の様なものを感じ、東の大通りの方を振り向いた。
「どうしたんですか!?」
クロウの様子にただならぬ事態を察知し、ジャックも辺りを窺う。
時刻は午後1時過ぎで、ここは町の中央広場である。
走り回る子供達や、ベンチで話し込む主婦達が見えるだけだ。
数日前に彼を、そして昨日ジャックを睨んでいたあの鷲もいない。
「いや…何でもない」
「そう、ですか…これからどうします?」
ジャックの問いに、クロウは少し考えた後、言った。
「ジャック。今日はお前には予定などは無いのか?」
「ええ。学校は今、冬休みですし。
親父は今の時間仕事に行っちゃってますし」
ジャックの答えを聞いた後、クロウは言った。
「とりあえず…お前が得たという情報を教えてくれ」
ガチャリと、扉を開ける音がした。
「…忘れ物ですか?」
そう言いながら、神父は振り向いた。
まだ、クロウ達が去ってから5分ほどしか経っていない。
だが、現在この教会には神父しかいなかった。
クロウとジャックが去った直後に、ミラに夕食の食材を買いに行かせたからだ。
扉の前に立っていたのは、クロウとジャックではなかった。
そこには、黒いスーツの男が立っていた。
四角い銀色の縁の眼鏡を掛け、頬の痩せこけた青白い肌の男だった。
年齢は20代後半といった感じで、長い黒髪を後ろで縛っている。
「お客でも来ていましたか?」
口元に笑みを浮かべながら、その男は言った。
「どうも。神父様」
神父は、冷たい視線で男を見据えた。
「前に言った筈ですよ。また来る、とね」
そう言って、男は口元に笑みを浮かべた。
相手を睨みつけながら、神父は言った。
「あなた方とは取引などしない。この私の答えは変わりません。
以前もそう言った筈ですよ」
「こちらとしては、それでは困りますね」
「…あなた方との取引に応じれば、何千、何万もの人々が犠牲になります」
神父の言葉に、男はあからさまな溜め息をついた。
「やれやれ…一等司政官ともあろう方が随分と腑抜けた事を。
人間の命などどうだっていいではありませんか」
「私は既にヘブンの人間ではありません。
…私がヘブンの人間であったとしても、あなた方との取引には応じなかったでしょう」
「おやおや…」
神父の強情な態度に、男はますます笑みを深めた。
「この町の人間が死んでも、あなたはその態度を貫き通せますか?」
そんな男に対し、神父は静かに言った。
「私が…そんな脅しに屈する様な人間に見えますか?」
神父の静かな言葉に、男はもう一度溜め息をついた。
「いいでしょう。私の任務もこれだけではない。
今回は、警告として受け取っておいて下さい」
男は、背を向け、歩き出した。
だが、扉の手前で足を止め、振り返り、言った。
「ですがお忘れなく。私の背後にいるのは…」
その話が終わらないうちに、神父は男の言葉を引き継いだ。
「『古き神々』…でしょう。この前も何度も聞きましたよ。あなたの口から」
「ふっ…分かっているじゃないですか」
そう言うと、男は扉を開け、出て行った。
それを見届けると、神父は力が抜けた様に近くの長椅子に座り込んだ。
「………」
教会の側面にある窓が、わずかに開いていた。
その窓の下で、ミラは口元を押さえて座っていた。
その眼からは一筋の涙が流れていた。
翌日の早朝。
クロウが起きた時、窓の外は激しい吹雪が吹いていた。
「今日は吹雪か」
朝食を終えると、二本の刀の手入れをしながら、クロウは考えた。
「(仮面の男…それに謎の集団か…。例の遺跡にあるリーバードの瞳も気になるな。
だが…ここに来てそれらの正体を掴める様な手がかりは無くなったな)」
室内の照明によって、刀の刀身は鈍い輝きを放っていた。
その輝きを見ながら、クロウは一昨日闘った仮面の男の技を思い出した。
「(あの戦い方…まさか…)」
「おい、いつまで寝てやがる。もう朝だぞ」
「んん……」
自室で、ジャックは目を覚ました。
だが、しばらくするとまた彼の意識は睡魔にさらわれてしまった。
「おい!いいかげんにしやがれ!!」
ケインに毛布を持って行かれ、しぶしぶジャックは目を覚ました。
彼は枕元にある時計を見た。
既に時刻は彼がいつも起きる時間を大分過ぎている。
気がつけば、既にケインは居間へと去った後だった。
居間へ向かったジャックは、テーブルに置いてある冷え切ったトーストを食べ始めた。
「全く。こんな猛吹雪はここ数年じゃ珍しいな」
ケインの声を聞き、ジャックは視線を窓の外へ向けた。
窓の外は、大量の雪が舞っていた。
その時、室内に玄関のドアを叩く音が聞こえた。
「ん?こんな天気の日に客か?」
「あ、俺が出るよ」
そう言うとジャックは食べかけのトーストを皿の上に置き、玄関のドアを開けた。
そこには、傘を差し、マフラーを首に巻いたミラが立っていた。
その顔は、いつに無く真剣だった。
「ジャック。話があるの」
室内にドアのノックの音が響いた。
まだ刀の手入れをしていたクロウは、その音に気づき、時計を見た。
いつの間にか昼近くになっている。
窓の外の吹雪は、一向に収まる気配は無さそうだった。
彼は、ドアに向かって言った。
「…誰だ?」
「エリュシオン様、お電話がかかってきております」
その声は、宿の事務員だった。
「分かった。今行く」