ロクノベ小説保管庫 雪の町に集う者達 三章

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吹雪は益々強くなってくる。
空は厚い暗雲で覆われ、街では外出する者は僅かしかいない。
町の一角にある教会の中は、とても静かであった。
時折、風が窓を叩き、その度教会の中はその反響音で満たされる。
今、教会の明かりは、祭壇に灯されたいくつかの蝋燭の炎しかなかった。
その祭壇の前に、神父は一人立っていた。
その表情は、暗く沈んでいる。
何故なら、朝方にミラが出かけると言って出て行ったきり、まだ戻っていないからだ。
時刻はまだ昼前だが、外の天気の事もあり、神父の心には不安が募っていた。
窓を一際強い風が叩いた時、その音と一緒に、扉を叩く音が教会内に響いた。
神父は振り向いた。扉を叩く音は、再び鳴る。
「…どうぞ」
その声が相手に伝わったのか、扉は開かれた。
扉が開くと同時に、凄まじい風が教会の中に入ってくる。
その風は、いともたやすく祭壇の蝋燭の炎を全て消してしまった。
扉を開けた者は、ゆっくりと教会の中へ入ってきた。
そして、ゆっくりとした動作で、扉を閉める。
蝋燭の炎が消えたことで、教会の中をを照らすのは、外の白い雪だけとなった。
教会の中へ入ってきたのは、、クロウ・エリュシオンだった。
それも、アーマーやメットをフル装備で、腰の両側には刀を下げている。
「あなたでしたか…。今日は何か御用ですか?」
神父は静かにそう言った。
クロウは歩きながら、答える。
「ああ。聞きたい事がある」
そんなクロウを見ながら、神父は話を進めた。
「一体…何でしょう?」
「『ヘブン』という単語に何か憶えはないか?」
「!」
神父は一瞬、目を見開いた。
クロウはそんな神父を見据え、言った。
「やはり…あんたはヘブンの関係者の様だな」
神父は、半歩後ずさりながら、言った。
「…何故急に、そんな事を?」
クロウは立ち止まり、静かに答えた。
「あんたの娘から…色々聞いてな」

「エリュシオン様、お電話がかかってきております」
「…今行く」
自室を出て、フロントの電話をクロウは受け取った。
相手は、ジャックであった。
しかし、少しばかりその様子はおかしい。
「…ジャックか。何の用だ?」
『すいません、多分クロウさん位しか話の分かりそうな人がいなさそうなので…』
「…用件を聞いているんだが」
『はい。実は…この吹雪の中申し訳ありませんが、僕の家に来てほしいんです』
普通なら、この大吹雪の中を外出するというのは、誰でも躊躇するだろう。
だがジャックの様子に、クロウは何事かあったのだと直感した。
「…何があった?」
『詳しい事は僕の家で話します…お願いします!』
断る訳にもいかず、仕方なくクロウはジャックの家に行く事にした。


一昨日の様な奇襲を警戒し、クロウはフル装備でジャックの家に向かった。
ジャックの家に着き、ドアを叩くと、ケインが出てきた。
「おや、どうもクロウさん。今日は何か御用でも?」
「先程、ジャックに呼ばれたんだが…」
「ほお…さっきもジャックを訪ねて奴の友達が来てたな。
 まさか…パーティーでもするつもりかな?あいつ」
「いや、何も聞いていないが…」
クロウの言葉に、ケインは首をかしげる。
「それじゃ何なんだろうな…ま、ちょっと待ってて下さいね」
ケインは、クロウを家に入れると、ジャックを呼びに家の奥へと行ってしまった。
しばらくして、ケインがジャックを連れ、戻って来た。
「すまないねぇクロウさん、こいつのわがままに付き合わせちゃって」
そう言うと、ケインは愛想良く笑った。
「何なら、昼飯でも御馳走しますよ」
「えーと…親父、ちょっとクロウさんに話が…」
「分かった分かった、迷惑かけないようにしろよ?」
ケインはジャックにそう言うと、廊下の奥へ行ってしまった。
「とりあえず、僕の部屋に来てください」
そう言うと、ジャックは廊下を歩き出した。
それについて行きながら、クロウは問いかけた。
「で、一体何があった?」
クロウの問いに、やっとジャックは口を開いた。

「今朝から、ミラが訪ねてきてるんですが、様子が変なんです。凄く…怯えてるみたいで。
 彼女…多分重要な話をしてると思うんです。
 でも肝心の話の内容がよく分からなくて…。
 ディグアウターのクロウさんなら何か分かるんじゃないかと思って呼んだんです」
「ケインには相談…してないな」
さっきのケインの言葉を思い出し、クロウは言った。
「ええ…親父にはちょっと話し辛くて」
そう言うと、ジャックはあるドアの前で止まり、ドアを開けた。
部屋の中には、椅子に座り、落ち込んだ様子で俯くミラの姿があった。


クロウが昨日見たミラは活発な印象があったが、今日は違っていた。
その今にも泣きそうな表情は、不安で堪らない、という様な感情を物語っていた。
「ミラ、すまないけど…クロウさんにさっき言ってた事を話してもらえないかな?」
ジャックの呼びかけに、ミラは顔を上げた。
彼女は、ジャックの言葉で初めてクロウの存在に気づいた様だった。
クロウは、静かに言った。
「何があった?」
ミラは視線を落とすと、静かに話を始めた。
「昨日…あなた達が帰ってから、私父さんに買い物を頼まれたの。
 それで帰ってみたら、父さん、変な男と言い争ってた」
「言い争っていた…?」
クロウの言葉に、ミラは再び静かに呟いた。
「…脅されてるみたいだった。
 その男…『この町の人間が死ぬ』とか言ってた…」
そう言い終えると、ミラの眼から涙が流れ始めた。
「その…男…凄く…凄く怖かった…」
やっとそう言って、ミラは両手で顔を覆い、静かに泣き始めた。
見かねてジャックが慰める。
「だ、大丈夫だよミラ。ここにはそんな男いないよ…」
その光景を見ながら、クロウは壁を背に、考え始めた。
「(妙だな…何故よりによって神父を脅す?
  その男が空族か何かで、金が目当てだったりしたら市長を脅すだろうが…。
  あの仮面の男に関係があるのか…?)」
考えた末に、クロウは口を開いた。
「その会話の中で…何か特徴的な単語が出てきたりしなかったか…?」
クロウの言葉に、ミラは嗚咽混じりに言った。
「父さんが…『ヘブン』とか…『古き神々』とかって…」
その言葉を聞いた瞬間、クロウは眼を見開いた。

「これから教会へ行って来る。ミラはお前の家で保護していろ。
 俺が帰ってくるまで…絶対に彼女を外に出すな」
玄関の扉の前で、クロウは口を開いた。
「何か分かったんですか?」
ジャックの問いに、ドアを開けながらクロウは答える。
「ああ。それと…」
振り向いてジャックの方に視線を向け、クロウは言った。
「何かあったら、お前がミラを守るんだ。いいな」
「…はい」


「なるほど…昨日ミラの様子がおかしかったのは…そのせいでしたか」
独り言の様にそう話す神父を、クロウは睨みつけた。
「話してもらうぞ。全て」
「ええ。いいでしょう。ですがその前に…」
神父は、それまで落としていた視線を、急にクロウへ向けた。
「あなたの素性を…明かしてもらいましょう」
しばらく、教会内を沈黙が走る。
「…いいだろう」
不自然な程に語気を強め、クロウはそう言った。
そして、彼は神父を見据え、口を開く。
「俺は一等粛清官だ。名を…ロックマン・ミラージュと言う」

「なるほど…それがあなたの本当の名ですか」
「そういう事だ。あんたの正体も明かしてもらおう」
クロウはそう言い、神父を見据えた。
神父は、ゆっくりと祭壇の方を向き、口を開いた。
「一等司政官ロックマン・ハウエル…それがかつての私の名です」
「…やはり、か」
そう言うと、クロウは再び口を開いた。
「…司政官が何故デコイの町で暮らしている?」
クロウの問いに、神父は溜め息をついて、言った。
「お話しましょう。全て。
 しかし、それを話した上で、私も一つ質問したい事がある。
 それに答えて欲しい」
「…俺が答えられる質問だったらな」
クロウの言葉を聞き、しばらくした後、神父は話を始めた。

「おそらく…既にあなたも気づいているでしょうね。
 この町の遺跡は、他の地域のものとは違います」
「ああ。遺跡の奥の、壁に付いたリーバードの瞳…あれはロックされている印だろう?」
「ええ。その通りです。
 外部、又は内部から、ヘブンの関係者が決められた手順を踏まなければ開く事は無い。
 それに、その奥には凶暴なリーバードが無数に配置されている」
「…で、そんな厳重なシステムの置かれたこの遺跡には…一体何があるんだ?」
クロウの問いを最後に教会内は再び沈黙で満たされた。
神父は眼を瞑り、溜め息をついて、言った。
「『戦闘端末』というものは…御存知ですね?」
「ああ。司政官たちが戦闘の際に使用する身体……端末の事だな」
神父はゆっくりと眼を開き、言った。
「この町は…『戦闘端末』の実験場なのです」
「何…だと…!?」
その言葉に、クロウは驚愕の色を隠せなかった。


「一体…どういう事だ」
クロウの問いに、神父は言った。
「『初期化』と言う作業も知っていますか?」
「…ああ。エデンに駐在する『職員』が増えすぎたデコイの数を調整する作業…だな」
そう言いながらも、クロウは急にその単語が出た事に少し嫌な予感がした。
そんなクロウをよそに、神父の話は続いた。
「司政官用の戦闘端末のいくつかは、ヘブンで製造された後、ここへ運ばれます。
 ここでは、『初期化』にエデンの職員を使う必要は無い。
 送られてきた戦闘端末を用いて、『初期化』を実行します」
神父の淡々とした説明が、逆にクロウに衝撃を与えた。
「一体…何故そんな事を?」
クロウの問いに、神父は静かに答えた。
「『戦闘端末の動作確認』と言う名目です。
 それが済んだ後、他の司政官の所へ戦闘端末は送られていきます…」
その言葉を聞き、クロウは力が抜けた様にそばの長椅子に座った。
「つまりここは…この町は…戦闘端末の試運転の為にある場所…というわけだな…」
その言葉に頷きながら、神父も最前列の長椅子にゆっくりと座った。
そして、薄暗い教会の中は静寂に包まれた。
だが、しばらくして再び神父は口を開いた。
「続きを話します」

「今から15年ほど前…不可解な出来事が起こりました。
 私は普段遺跡の奥で眠っており、ヘブンの職員の来訪で目覚めます。
 だがその日、私は誰の来訪も無いのに目覚めました」
神父の言葉に、クロウは顔を上げた。
その顔には、明らかな疑問の色が浮かんでいた。
「15年前…誰の来訪も無いのに?」
クロウの言葉に、神父は頷きながら答えた。
「ええ。おそらくはシステムの誤作動だったのでしょう。
 すぐに私はヘブンと連絡を取ろうとしました。
 ですが…結局返事は来ませんでした。」
何故返事が来なかったのか…クロウはすぐに見当がついた。
それと同時に、神父が先程言った『質問』の内容が分かった様な気がした。
だがクロウは、あえて神父に話の続きを促した。
「それで…どうしたんだ?」
「私は次に、エデンを経由してヘブンとの交信を図りました。
 ですがエデンとの交信は可能だったのに、ヘブンに連絡する事は叶いませんでした。
 また、その時施設内には戦闘端末の試作機がまだ何体も置かれていました。
 これらを放っておく事はできない。
 結局…私はここを離れられませんでした」
「だから今、あんたはここにいる…という事か」
神父は立ち上がり、振り返ると、静かに頷いた。
「最初は、再び眠りにつこうと思いました。
 ですが、ヘブンと連絡が取れなかったのが妙に気にかかった。
 私はひとまず、地上のデコイの町で暮らし、ヘブンの職員を待つ事にしました」
クロウは、静かに溜め息をつき、神父の言葉を引き継いだ。
「だがヘブンの職員が来る事は無かった…か」
「そういう事です」


吹雪は益々強くなり、窓に当たる雪の音が目立ってきた。
クロウはふと、教会内の、右側の天井近くの壁にかかった時計を見上げた。
既に時刻は正午を過ぎ、昼食時ももう過ぎている。
吹雪のせいか、窓の外は雪と、それに埋もれるように建つ建物だけで、人影は無い。
その時、クロウは何かを感じ、大通りの方の、窓の外を見つめた。
その大通りの両側には、2階か3階建ての民家が並ぶ様に建っている。
大通りの右側の、少し先の民家の屋根をクロウは見た。
そこには、数日前にも見た一羽の大鷲が留まっていた。
クロウはその鷲が気にかかったが、その前に神父は話を再開した。

神父の話は続いた。
「私は遺跡に一番近い、この教会の建物に住む事にしました。
 しかし、最初に私がここに来た時、ここは半ば朽ち果てた、廃墟と化していました。
 今の様な状態になるまでに半年はかかりましたね…。
 そして2年ほど経つと、ここの周囲のデコイ達にも私の存在が認知されていました」
神父の言葉に、クロウは呟いた。
「その2年…ヘブンの事は何も分からなかったのか」
「…ええ。そんな時の事です。
 教会の前に、赤ん坊が布に包まれて置き去りにされていました」
その赤ん坊が誰なのか、クロウはすぐに分かった。
「それが…『ミラ・クラウス』…か」
「そういう事です。
 あの頃はまだ、この町も貧しかった。育てられない子供を抱えた夫婦が、せめてもの救いを
 求めて、彼女をここへ置いていったのでしょう。
 だから、やむなく私は、あの子を育てる事になりました」
神父の言葉に、クロウは頭に浮かんだ疑問をすぐ口にした。
「人を育てる事などあんたに…可能だったのか?」
神父は静かに微笑んだ。
「もちろん私一人では無理でした。
 やむなく、私はこの周囲に住む人々から助けてもらい、ミラを育てました。
 思えばあの時から、私の内に『安らぎ』と言う感情が生まれていたのかもしれません…」
神父は、その時の事を懐かしそうに話した。
クロウは、静かに、納得した様に口を開いた。
「そうか…一等司政官としてのあんたは、その頃に…死んだんだな」
「…ええ」
神父は静かに微笑みながら、その言葉を肯定した。
再び、教会の内部は沈黙で覆われた。
「では…今回の件について、話してもらおうか」
そう言って、クロウは神父に話の続きを促した。
「わかりました」


「『彼ら』が現れたのは、今から1ヶ月ほど前の、深夜の事でした。
 現れたのは、黒いスーツを着た男と、重々しい鎧を纏った大男でした。
 そして、その二人は、こう名乗りました。
 『古き神々の一人、ケフェウスの部下の者だ』、とね」
神父は、さっきとは打って変わって、暗い表情でそう言った。
クロウは、その話を聞き、息を呑んだ。
「古き神々の一人…ケフェウス…」

「古き神々…その単語を、あんたは知っていたのか?」
と、クロウは言った。
『古き神々』と言う存在を、ヘブンで知る者はごく一部だけだったのだ。
「ええ。私は一等司政官ですから。
 ヘブンにいた頃、その存在を時々耳にした事はありました」
クロウは納得し、神父に話の続きを促した。
「二人のうち、話すのは主に黒いスーツの男でした。
 鎧を着た大男の方は、名乗る時以外は言葉を発しませんでした。
 そして…黒いスーツの男は平然と、私に遺跡を明け渡せと要求してきたのです。
 勿論、私は承服しませんでした」
「…だろうな。
 今のあんたでも、大量の兵器をどことも知れぬ連中に渡す事などできないだろう」
クロウの言葉を静かに肯定し、神父は話を続けた。
「彼らは、私が強情な人間と知ると、意外にもあっさりと引き下がりました。
 そして、彼らは『また来る』と言い残して去っていきました」
「予告通り、昨日再び奴らは現れた…か」
「ええ」
そう答えて、神父は溜め息をついた。
「この一ヶ月…常に私は不安に襲われて、怯えていました…」


何度目かの沈黙が辺りを覆った。
だが、しばらくすると、神父は意を決した様に口を開いた。
「そろそろ私の問いに答えて頂きたい」
クロウは、しばらく眼を瞑っていたが、その言葉を聞いて、眼を開けた。
クロウには、神父の疑問が既に予想できていた。
「ああ。分かった」
無表情だったが、その言葉は決意が込められているかの様に、はっきりしていた。
神父は立ち上がり、クロウの方へ振り向く。
その顔は、いつに無く真剣だった。
「ヘブンは今…どうなっているのですか?
 『古き神々』が活動していると言う事は、ヘブンに何かあったのでしょう?」
クロウは、神父を見据えた。
そして、静かに言った。
「もう…ヘブンの存在は…過去のものだ」
それを聞いた神父の表情は、明らかな動揺を物語っていた。
クロウは神父の眼を見据えながら、言った。
「…ヘブンの支配者だったマスターは、一人の粛清官を連れ、地球に降りた。
 だが、マスターは既に地球では生きられない身体となっていた。
 そして、マスターはその粛清官に『システムの破壊』を依頼し、息絶えた」
クロウの話に、神父の表情は次第に愕然となっていった。
「あのマスターが……死んだ……と…?」
神父の途切れ途切れの言葉に、クロウは頷いた。
神父が次の言葉を言う前に、クロウは続きを話した。
「その粛清官は、マスターの遺志を継ぎ、ヘブンに反旗を翻した。
 そして…そいつはマザー・セラを打ち倒した」
「まさか…」
その言葉に、神父はよろけて、背後の祭壇に手をついた。
クロウは、終始無表情のまま、話を締めた。
「まだヘブンは存在している。だがもう、その機能は停止した」
神父の表情は、徐々に青ざめていった。
クロウは視線を落とした後、先程の言葉に付け足す様に言った。
「別に信じなくてもいい。だがこれは…事実だ」
クロウの言葉が、教会の中に響く。
神父は、黙って長椅子に座った。
その表情には、既に何かを話す気力も残っていない様だった。
「余計な事かもしれないが…今のあんたにはヘブンの司政官は勤まらないだろう。
 沢山のデコイが処理されていく様子を平然と見ている事なんか、今のあんたにできるとは思えない」
神父は、両手で顔を覆い、静かに言った。
「ええ…そうでしょうね。
 しかし…それでも…私の中でのヘブンは…大きな存在だったのです」


その後数十分間、沈黙が続いた。
その間、外の吹雪は激しさを増す一方だった。
次第に外は暗くなり、時刻は夕方となっていた。
その時、突然神父は呟いた。
「彼らは…」
「…ん?」
それまで色々と考えていたクロウだったが、神父の言葉に耳を傾ける事にした。
神父は再び口を開いた。
「彼らは…一ヶ月前に来た時、私にこう言い残して去って行きました。
 『気が変わったら、北の市庁舎の向こうにある山へ来て下さい』と…。
 ヘブン亡き今、私にはどうしていいのか…」

「なら…俺が話をつけてこよう」
「な…本気ですか…!?」
クロウの突然の提案に、神父は驚いた。
クロウは立ち上がり、神父を見て、言った。
「どの道あんたではこの問題…解決できないだろう。違うか?」
「それは…確かにそうですが…」
神父は困惑した。
クロウの提案には、クロウ自身への危険が大きすぎたからだ。
神父はしばし考え、クロウに問いかけた。
「何故あなたは…自分の身を危険にさらしてまで…そこまでしてくれるのですか?」
クロウは言った。
「ヘブンが在ろうと無かろうと…『古き神々』を放っておけば、必ずこの世界に害を及ぼす。
 だったら…粛清官である俺がやるべき事は一つだ」
クロウの言葉に、しばらく神父は視線を落としていたが、顔を上げ、静かに言った。
「…最後に一つ、あなたに聞きたい」
「何だ」
「あなたは…マスターが亡くなったと知った時…どう思いましたか?」
「そうだな…」
クロウはしばらく沈黙していたが、顔を上げると、自嘲気味に答えた。
「あんたと同じで、しばらく呆然としていたよ。何も考えられなかった」
「そうですか…」
クロウは身を翻し、教会の入り口を開けた。
教会内には再び、凄まじい風圧と多量の雪が入ってくる。
神父は、歩き出そうとするクロウに、言った。
「もし次に会う機会があれば…『粛清官と司政官』ではなく、『ディグアウターと神父』として
 話がしたいですね」
「…そうだな」
そう答えると、クロウは教会を出て行った。
神父はクロウを見送ると、長椅子に座り、祭壇を見上げた。
「世界は…随分変わってしまったのですね…」


『世界は…随分変わってしまったのですね…』
男の掌の中にある機材から、神父の声が聞こえてきた。
暗闇の中で、その機材だけが僅かな光源を照り返していた。
男は会話を聞き、笑みを浮かべる。
「一部始終…聞かせて頂きましたよ。
 フフ…神父様、あなたもつくづく運が悪い。
 残念ながらあなたに差し伸べられた救いの手は…すぐに消える」

「ケフェウス様」
暗闇に包まれた部屋に、声が響いた。
ドアの無い部屋の入り口に、一人の男が入ってきた。
2メートル近い長身、頬の痩せこけた顔、青白い肌、黒いスーツ。
昨日、神父の前に現れた男だった。
部屋はさほど広くなく、部屋の中央には一人の男が立っている。
全身を黒装束が覆うその男は、スーツの男より幾分か低い背丈だった。
男は、部屋に一つだけある窓から、吹雪の白さしか見えない外を眺めていた。
窓には覆いが無く、外の吹雪は時折部屋の中へ入ってきている。
スーツの男は、部屋に入り、頭を下げた。
ケフェウスと呼ばれた黒装束の男は、口を開いた。
「…何だ」
「命知らずの粛清官が一人、ここへ向かってきます」
ケフェウスは振り向き、片目でスーツの男を見た。
「詳しく話せ」
「話すより、これを聞いて頂いた方が宜しいかと」
と、スーツの男はその掌から小さな機材を取り出し、そのスイッチを入れた。
その機材には、先程のクロウと神父の会話の一部始終が録音されていた。


相変わらず窓の外を眺めながら、ケフェウスは会話の録音を聞いていた。
録音が終わり、機材はその機能を停止する。
ケフェウスは、窓の外を見たまま言った。
「なるほど…あの司政官も運がいいな。だが…」
そこで初めて身体を動かし、ケフェウスはスーツの男に振り向いた。
「ついて来い」
そう言うと、ケフェウスは足早に歩き出した。
スーツの男はおとなしくケフェウスの後を追う。
ケフェウスは部屋を出ると、その先の階段を下りた。
下りた先は、半径20mほどの円形をした大広間の、端になっていた。
「オーゼス!!」
ケフェウスが声を上げそう言うと、彼らの向かいの壁がゆっくりと開いた。
そこから、黒く重々しい鎧を着た、身長が2メートルを超える大男が悠然と歩いてきた。
「これからここへ、一等粛清官がやってくる。
 お前が始末しろ。失敗は許さんからな」
オーゼスと呼ばれた鎧の男は、低い声で答えた。
「御意」
ケフェウスはそれを聞くと、表情一つ変えないまま、大広間の出口である大きな扉へと向かった。

扉を開けると、吹雪ばかりの外に出た。
そこで立ち止まり、ケフェウスはスーツの男に言った。
「クロイツ、お前にも指示を出す。失敗はするなよ。それと…」
「シリウスですか?あれの居場所は私にも見当がつきませんねぇ」
「…そうか。ならばいい」
クロイツと呼ばれたスーツの男とケフェウスは、吹雪の中を歩いていった。


市庁舎の裏手にある山を、クロウは登り続けている。
吹雪は更に激しさを増し、歩くのも困難になってきていた。
吹雪のせいで地面の判別は難しかったが、クロウは懸命に山道を登って行った。
時刻は夕方へ向かっていたが、雪のせいか、まだ辺りは明るい。
「どこだ…」
登りながら辺りを見回し、クロウは呟いた。
周りは雪に包まれた地面と、風に薙ぎ倒されそうに傾いた木々ばかりである。
だがしばらく歩いていくと、クロウの視界に何か黒い建物が映った。
「あれは…」
その黒い建物に向かい、クロウは歩いた。
段々、その黒い建物の輪郭が見えてくる。
「……」
それは、巨大な時計塔の様であった。
だが半ば崩れかけた、ボロボロの廃墟と化している。
その最上部にある大きな時計は、既に針も無くなっていた。
クロウは、時計塔をしばらく見つめていたが、意を決して扉に手をかけた。

クロウが入った途端、扉は自動的に閉まった。
横目でそれを見て、クロウは呟く。
「ここの様だな…」
そこは、円形の大広間だった。
床も壁も灰色の石造りで、冷たい雰囲気を醸し出している。
そこに、クロウではない別の声が響いた。
「待っていたぞ」
「…」
丁度クロウの正面に、鎧を着た大男が立っていた。
その鎧は胴体だけでなく顔も覆い、男が発言しなければ、ただの置物と間違われたかもしれない。
クロウがずっと無言で男を見据えているので、男は言った。
「…ケフェウス様の命令だ。お前を始末する」
「何故ケフェウスが俺の事を知っている」
クロウの問いに、鎧の男は答えなかった。
代わりに、男は背中に担いでいた剣を手に持った。
それは、男の身長に匹敵するほどの長さを持つ大剣だった。
「そうか…しょうがない」
クロウは、両腰の二本の刀を抜き、構えた。
鎧の男はそれを確認すると、静かに言った。
「オーゼス、参る…!!」