ロクノベ小説保管庫 雪の町に集う者達 四章

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真っ暗な教会の長椅子に、神父は座っていた。
既に外は暗くなり始め、蝋燭の消えた教会内は暗闇に閉ざされている。
しかし神父には、もう電灯を点ける気力も無かった。
全てを話してしまったからだろうか。
それとも、元は自分のものであった問題を、一人の若者に押し付けた形になった罪悪感からだろうか。
いずれにしろ、神父は力無く、虚ろな目で祭壇を眺めていた。

「ん…?」
ふと神父は遥か後方の、入り口のドアのすぐ外側に人の気配を感じた様な気がした。
振り返るが、ドアには小窓などはついていない為、外側は見える筈も無い。
ドアを叩く音はしていなかった。
神父は、気のせいだと判断して、向き直った。

ピシリと、窓の一つにヒビが入ったのはその時だった。

「な…!?」
神父は思わず立ち上がり、その窓を見つめた。
だが、その窓を皮切りに、教会中の窓にヒビが入り始めた。
それは、天井近くにあるステンドグラスも例外ではなかった。
「これは…まさか…!!」
神父は、急いで歩きだした。
彼は長椅子と長椅子の間で立ち止まると、入り口のドアを見つめる。
パァンと、凄まじい音と共に教会中の窓が砕け散った。
窓の破片が教会内へ降り注ぐ。
中央に近い位置に立っていた神父には、窓の破片は当たっていない。
もしそこへ行かずに長椅子に座ったままであったら、ガラスの雨が彼を直撃しただろう。
だが、そんな事は神父にはどうでもよい事実だった。
彼の注目は、ゆっくりと開く入り口のドアに向けられている。
そこに、一人の男が立っていた。

黒装束を纏った、紅い眼をしたその男は、真っ直ぐ神父へ視線を注いだ。
男は音も無く教会内へ入ると、頭を覆うフードを外す。
その顔、いや頭全体に、白い包帯が巻かれていた。
包帯の隙間から覗く紅の瞳は、まっすぐ神父を睨みつけている。
そしてそれ以上に、男の持つ威圧的な雰囲気は、神父に威嚇する様に発散されていた。
男は静かに声を発した。
「一等司政官ロックマン・ハウエルよ。私と共に来てもらおう。」
「…あなたは?」
「『ケフェウス』…そう名乗れば分かる筈だ」
神父は、深い溜め息を一つ、吐いた。

「ぬんっ!!」
オーゼスは巨大な大剣を軽々と振り回し、横に薙ぎ払った。
クロウはとっさに屈んでそれを避けたが、彼の背後にあった壁はたったそれだけで爆砕し、細かな破片が辺りに舞い散る。
「(くそ…何て奴だ…!!)」
彼らの戦う大広間は半径10メートルほどで円形をしている。この広さは、普通に闘う分には狭くは感じないだろう。
だが、相手は身長2メートルを超える大男で、更にその得物は男の身長にも匹敵する大剣である。
クロウにとっては、これ程に闘い辛い状況はそうそう無いと言っていいだろう。

彼は、剣を横に薙ぎ払った後の、隙のできたオーゼスに跳びかかった。
「む…!!!」
振るわれたクロウの刀を、オーゼスは左腕で防御した。
「ちぃっ…!!」
その一瞬後に、オーゼスは右手に持った大剣をクロウに向かって振り下ろした。
振り下ろされた大剣を後ろに跳んでかわしたクロウは、再び二本の刀を構え直した。
オーゼスは地面に突き刺さった大剣を軽々と引き抜くと、言った。
「一つ、いい事を教えてやろう」
「…何?」
あまりにも急な出来事だったので、クロウは思わず声を上げた。
オーゼスは、顔面に覆われた鎧の隙間から覗かせた両目をクロウに向け、再び声を発した。
「ケフェウス様とクロイツは、現在街に向かっている。
 …もう着いている頃かもしれん」
「何だと!?」
「我が受けた命令は、お前の足止めだ」
クロウは唐突にそんな事実を知らされて、一瞬混乱した。
だが、それが相手の手だと気づくのにさして時間はかからなかった。
「なるほど…まんまとお前達の策略に引っかかったわけか」
そう言うと、クロウは地面を蹴った。
そして一気に間合いを詰め、刀を構えて跳びかかった。
だが、オーゼスもそれを予測していたようだ。
迎え撃つ様に大剣を構え、クロウが射程に入った途端、彼は大剣を大きく薙ぎ払った。
だがそれは、クロウには読めていた。
大きく跳んで大剣をかわすと、着地して再び走り出した。
渾身の一撃をかわされ、オーゼスには大きな隙ができていた。
「喰ら…」
だが、クロウは自分がミスを犯した事に気づいた。
オーゼスは、薙ぎ払ったその勢いのまま、大きく身体を回転させていた。

「喰らうのは…お前だ!!」
先程の渾身の力に加え、遠心力も追加された一撃。
流石にクロウもこれは予想しておらず、避ける事はできなかった。
「くっ…!!」
左から来た強烈な一撃を、とっさに左手の刀で防御はしたものの、その勢いは凄まじく、クロウの身体は遥か後方の壁に叩きつけられた。
「がはっ…」
口の中に鉄の味が広がる。
そのまま床に座り込みそうになるのを堪えて、クロウは立ち上がった。
かなりの衝撃だったらしく、クロウの叩きつけられた壁はクレーターの様にへこみ、表面は粉砕されていた。
パラパラと、壁の破片が床に落ちる音が広間に木霊する。
「く…そ…!」
刀を地面に突き立てて、クロウは何とか体勢を保った。
だがオーゼスは、既にクロウの目の前まで来ていた。
「!!」
再び、強烈な一撃がクロウを襲った。


壁が完全に粉砕され、クロウの身体は宙に投げ出される。
「か…は…!!」
ドサリと倒れると、クロウの背中に冷たい感触が走った。
どうやら、壁を突き破って外まで吹っ飛ばされた様である。
視線の先にあるのは、既に暗くなった空の色だった。
まだまだ雪のやむ気配は無いが、既に強烈な吹雪は収まった様だ。
クロウは回らない頭でそう思ったが、自分の置かれている状況を思い出すと、即座に半身を起こした。
見ると、オーゼスは粉砕された壁を掻き分けて出てくるところである。
その光景を見据え、クロウは自身の身体に受けたダメージを頭の中で計算した。
身体中に痛みが走っているが、深刻なのは骨が肩から外れた右腕だった。
クロウは即座に、痛みを堪えながら右の肩関節を左手で無理矢理嵌め込み、相手への対策を考えた。
雪で頭を冷やされたせいだろうか。先程よりも、現在の状況が冷静に考えられた。
「(…ここの方がまだ、先程の様な狭い場所よりは幾分か闘い易いな)」
そう、クロウが入った時計塔の周りにはあまり木が生えておらず、さっきの大広間よりも広い戦場と言えたのである。
「(相手の得物は超重量・超射程の大剣…更にそれを軽々と扱う腕力…。
  それ以上に厄介なのは刀の通らないあの装甲だ…なら狙う場所はただ一つ!!)」
クロウは立ち上がり、二本の刀を構えると、走り出した。
オーゼスはそれを見て、再び大剣を構え、迎え撃つ。
「はぁ!!」
地面と、そこにあった多量の雪が爆ぜた。

舞い散る雪。そして鮮血。
その量は大した程ではなかったが、その傷は確実に相手にダメージを与えていた。
「ぬっ、うう…!」
オーゼスは地面に大剣を振り下ろした体勢のまま、膝をついた。
その巨大な剣は、地面を大きく抉っただけであった。
ギリギリのところでその一撃をかわしたクロウは、オーゼスの左足の、装甲の隙間に斬撃を
浴びせたのだった。
おそらく、その出欠の量から軽症では済まなかったのだろう。
左足が完全に動かせなくなっている様だった。
「一つ、聞きたい」
クロウは刀の一本を右腰の鞘に納め、もう一本をオーゼスの頭に向けた。
「お前も『古き神々』の一人か?」
オーゼスは顔をクロウの方へ向けた。
顔まで鎧で包まれているのでその表情は分からなかったが、鎧から覗く瞳はクロウを
睨んでいた。
数秒して、オーゼスは口を開いた。
「馬鹿め…勝った気でいるのか?」
次の瞬間、クロウのいる場所に再び強烈な一撃が炸裂した。
オーゼスが右手の大剣を使ったものだった。
だが次の瞬間、オーゼスの右腕に激痛が走った。
「ぐああぁ……!!」
オーゼスの大剣と、右手が地面に落ちた。
オーゼスの大振りをクロウは紙一重で避け、その瞬間に右手を切り落としたのだった。
「…!!」
だが、今度はクロウが驚愕する番だった。
その落ちた右手の切り口には、大量の血と共にパイプやコード、そしてバチバチと音を立てる
機械の様なものが見えたからだ。

「お前は…何者だ。」
クロウは再び刀を向け、そう言った。
「クロイツにでも聞くがいい…」
静かに、オーゼスはそう言った。
更にもう一言。
「聞ければ、の話だがな」
「…何?」
次の瞬間、カチリと妙な金属音が小さく響いた。
「!!しまっ…」
廃墟となった時計塔を巻き込むほどの爆発が、辺りを覆いつくした。

同時刻、アースガルド家。
テーブルの中央に置かれた、鍋に入った野菜スープ。三つの皿に置かれたベーコン。そして
一人一つずつの大きなパン。
アースガルド家の夕食は、いつもこの様な感じの献立だった。
ケインとジャック、そしてミラの三人は、大きめのテーブルを囲んで夕食を前にしている。
「さ、遠慮せず食べてくれ」
ケインのその言葉を聞いても不安な表情を崩さないミラに、ジャックは声をかけた。
「そ、そうだよミラ。確かに不安だけど、クロウさんがきっと何とかしてくれるって」
「い…いただきます」
ミラがスープを口にするのを見届けて、ジャックとケインも食事を始めた。
彼女は不安な表情を変えなかったが、スープを口にするとそれもいくらか和らいだ様だ。
クロウがこの家から出発してから、既に6時間以上が経過していた。
あれから、何度かミラが教会に行くと言い出したが、クロウの言葉を信じて、ジャックは彼女を
引き止めた。
しかし、クロウの帰りが思いのほか遅いので、ジャックも段々不安になってきているところだった。

玄関近くの廊下に置いてある、電話が鳴った。
「はいはいっ、と」
ケインは立ち上がって、電話の方へ歩いていった。
「ジャック…」
「ん?何、ミラ」
ケインが席を立ったのを待っていたかの様に、ミラは口を開いた。
「ジャックは何で、あのディグアウターの人をそんなに信頼してるの?」
唐突なミラの問いに、ジャックは驚いた。
「確かにジャックがディグアウターに憧れてるの、私も知ってる。
 けどあの人、私には信じられる人には見えない…」
ジャックは動揺しつつも、頭の中でミラを説得する言葉を即座に考えた。
「そう言えば、ミラには話してなかったね。
 あの人は、僕の命の恩人なんだ」
「えっ…?」
ジャックの言葉に、今度はミラが驚く番だった。
そんなミラの表情を見ながら、ジャックは言葉を続ける。
「3日前に、僕は仕事から帰る親父を迎えに行ったんだ。
 だけど、その途中で凶暴なリーバードに襲われてさ。
 そこに現れたのがクロウさんだったんだ。
 その時クロウさんがリーバードを倒してくれなかったら、僕は死んでただろう」
懐かしむ様なジャックの表情に対して、ミラは未だに懐疑的だった。
「でも…ジャック、それだけで本当にあの人を信用できるの?」
ミラの問いにジャックは、今度は決然とした表情で答えた。

「うん、僕は信用する。
 だってクロウさんは、僕を子供としてじゃなく一人の人間として見てくれてるから」
ミラはそれを聞いて、長い間困惑した表情だったが、やがて静かに口を開いた。
「私は…あの人が昨日の男と同じ様な人にしか見えない。
 でも、ジャックが今言った事が本当なら…味方であってほしいと思う」
ミラの言葉に、ジャックの表情は明るくなった。
「うん、きっとミラにも分かると思う。
 クロウさんは、僕達を助けてくれるって」


「おいジャック!」
電話を終えたケインは、部屋に戻ってくるなり声を上げた。
その唐突さに二人とも少しばかり驚き、弾みでカチャリと手元の食器が音を立てる。
「どうしたの?」
急いで振り向いたジャックは、ケインの様子がいつもと違う事に気づいた。
気がつくと、ケインの服装は変わっていた。
彼は厚地のコートを着て、外出の準備を整えていた。
「北の山で雪崩が起きたらしい」
「雪崩れ…どんな状況?」
話す内容とは裏腹に、ケインとジャックは落ち着いている。
それもその筈、この町は年中雪の降る土地で、その上北と西と東を山で囲まれている為、
雪崩れはよく起こるのだ。
そして、雪崩の対策の万全さがこの町の特徴の一つでもあった。
雪崩用の防壁なども造られており、被害はいつも最小限に抑えられている。
ケインは今回の雪崩れの状況を話した。
「かなり凄い雪崩だったみたいだな。
 防壁を越えて、市庁舎近くまで到達したらしい。
 まだ負傷者がいるかは分からないが、とりあえず様子を見に行ってくる」
「俺も行く?」
ジャックとケインは、よく負傷者の救出を手伝いに行っていた。
「お前はそこのお嬢ちゃんを守ってろ」
そう言うと居間へのドアを閉め、ケインは玄関へ向かった。


ノブに手をかけようとした時、丁度チャイムが鳴った。
「(ん?こんな時間に珍しいな。雪崩を処理してる奴らからの手伝い要請か?)」
そう思い、ケインは扉を開けた。
そこには、青白い肌で黒いスーツを着た不気味な男が立っていた。
「夜分遅く申し訳ございません。この家にミラ・クラウスという方がいる筈ですが…」

ケインは、男がただならぬ者である事を、その雰囲気から感じ取った。
素性を見定める様に男を睨んでから、ケインは言った。
「…さあ、知りませんね。何か勘違いをなさっている様だ。
 とにかく、うちにそんな子はいませんよ」
その返事を聞いた途端、男はニタリと口元に不気味な笑みを浮かべた。
ケインはその表情にも怯まず、言葉を続ける。
「…帰ってくれ」
「仕方が無いですねぇ」
そう言いつつも、動く気配の無い男に、ケインは警戒した。
「!!」
避けられたのは運が良かったと言えるだろう。
ケインがその場を飛び退くと、途端に玄関のドアがバラバラになっていた。
気がつくと、男は右手に長い薙刀を持っている。
ケインは男を睨みながら、背後の居間へのドアに向かって叫んだ。
「ジャック!逃げろ!!」

「え!?」
ジャックは、突然のケインの声に驚いた。
隣のミラも同じ様に驚いた様子だった。
玄関で何が起こっているのかは、玄関へ続く廊下と、ジャック達がいる居間とを隔てるドアを
開けないと分からない。
ジャックは、ドアを開けようと近づいた。
だが次の瞬間、ケインが頭から突っ込むようにドアを突き破っていた。
「親父!!」
「くっそ!!」
ジャックがケインを確認し、呼んだのと同時に、ケインは唸りながら立ち上がった。
破られたドアの隙間からジャックが向こうを覗くと、スーツ姿で薙刀を持った長身の男が
そこに立っていた。
その時、自分の腕がミラに強く掴まれているのをジャックは感じた。
見ると、ミラがこれまでよりもずっと強く怯えている。
「ジャック…あ…あの人…」
ミラは、思った様に声が出せていない様だった。
「どうしたの、ミラ?」
次のミラの言葉に、ジャックは驚愕した。
「あの人…父さんを脅していた…」
「何だって!?」
ジャックはもう一度、破られたドアの向こうにいる男を確認した。
青白い肌に、不気味な雰囲気。加えて怪しい笑みまで浮かべている。
ジャックは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
気がつけば、隣の父親の額には冷や汗が浮かんでいた。

ジャックは、即座に近くにある電話に駆け寄り、警察に電話しようとした。
だが、受話器を取って耳に当てても、何も聞こえない。
男―クロイツは、その笑みをより一層深くし、言った。
「助けを呼ぼうとしても無駄ですよ」
「どうやら…やるしかないみたいだな」
ケインは、傍にある棚の上から散弾銃を取った。
緊急時用にケインはいつもそこに武器類を置いているのだった。
ちなみに、それはジャックも知っており、いつも触れない様に注意している。
「ジャック…その子を連れて逃げろ」
「親父…?」
ケインは、ジャックに何かを手渡した。
「…!!」
それは、回転式拳銃―いわゆるリボルバーと呼ばれる代物だった。
「親父はどうすんだよ!?」
「どうやらあいつの目的はそこの嬢ちゃんらしい。
 俺はここでこいつを食い止める。その間にお前が助けを呼ぶんだ」
「そんな!殺されるよ親父!!」
ジャックの悲痛な訴えを、ケインは一喝した。
「それしか方法は無いだろ!!早く行け!!!」
ケインの気迫に、ジャックは黙った。
向こうの男を見れば、この状況を楽しそうに眺めている。
ジャックは、意を決して、言った。
「…分かった。頼むから死ぬなよ、親父」
言うが早いが、ジャックはミラの手を引いて裏口へ走り出した。
突然の事だったので、ミラは思わず一瞬悲鳴を上げたが、すぐにジャックに追いつこうと走りだした。


「なるほど、美しい親子愛だ」
クロイツは相変わらず不気味な笑みを浮かべている。
ケインは散弾銃をクロイツに向け、言った。
「すぐに助けが来る。お前の思い通りにはいかんぞ」
「フフ…そう上手くいくといいですがねぇ」
しばらく、沈黙が室内を支配した。
ケインの背後のテーブルには、まだ暖かい、鍋に入った野菜スープが湯気を立てている。
3組の皿には、食べかけの夕食が並んでいる。
玄関とドアを破られ、外の冷たい風が室内に吹き込んでいるが、まだ夕食の美味しそうな匂いは、
室内に残っていた。
と、突如クロイツが動き出した。
その速さはケインの目には追えず、引き金を引けぬまま散弾銃の銃身は切り落とされた。
「ククク…もう後悔しても遅いですよ」

荒く息をしながら、ジャックは走り続けた。
彼は裏口から外に出ると、とにかく表通りに出ようと走った。
表通りなら、確実に助けが呼べるだろう。
この裏通りはあまり人気が無い。近所の民家も皆玄関には面しておらず、所々に小さな窓が
見えるだけで、助けを呼びやすい場所とは言えなかった。
ふと傍らのミラを見ると、かなり辛そうである。
ジャックは走りながら尋ねた。
「大丈夫?もう少しで表の通りに出るから、そこで助けを呼んでもらおう」
「ジャック…あなたの家にあの男がいるって事は、教会は…」
ジャックはハッとした。
自分の家がこんな事になっていると言う事は、教会にも何か起きているだろう。
ジャックは焦っており、ミラに言われるまでその事に全く気づかなかった。
「分かった。助けを呼んだら急いで教会に行こう」
そう言って、前を見た途端ジャックは凍りついた。

数日前にクロウに傷を負わせた、あの男が立っていた。
白いマントとフードにアーマー。そして銀色の仮面。
腰には鞘に納まった銀色の剣。全てが数日前に見たのと同じだった。
仮面の男。
「嘘…だろ…!」
隣のミラも、前方にいる男がただの人ではない事に感づいている様である。
ジャックの手を握る力は、先程より強くなっていた。
仮面の男は、まっすぐジャックとミラを睨みつけ、そしてゆっくりと歩き出した。
ジャックはミラの手を離し、腰のポケットに入れた拳銃を取り出した。
「動くな!」
両手でしっかりと握り、仮面の男に向け、ジャックは銃を構える。
仮面の男はそれを見ると、立ち止まった。
数秒間、沈黙が辺りを包んだ。
「…くっ…!」
ジャックの額から、冷や汗が流れる。
気がつくと、両手が震え、拳銃の銃身も震えていた。
思えば、ジャックが真剣に銃を握ったのはこれが初めての経験であった。
前にケインから扱い方の手ほどきを受けた事があったが、今はそのケインもいない。
仮面の男はしばらくジャックの様子を見ていたが、再びゆっくりと歩き出した。
「う…動くな…!」
ジャックの言葉などまるで聞く気配も見せぬまま、仮面の男はその距離を縮めていく。
「う…うあああぁぁぁぁ!!!」
叫ぶと同時に、ジャックはその引き金を引いた。
当たりに銃声が木霊した。
銃声とほぼ同時に甲高い音が響き、仮面の男は1メートルほど後方に吹っ飛んだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
倒れた男から目を離せないまま、ジャックは肩で息をした。
拳銃の反動はジャックの思っていたよりも大きかった。
手だけでなく、両腕が痛む。だが今の彼はその事にも気づけなかった。
「し…死んだ…?」
目の前の倒れた男はピクリとも動かない。
ジャックは、心に何か大きな重圧が圧し掛かってきた様な感覚を覚えた。
しばらく、ジャックは一歩も動く事ができなかった。

急に後ろからミラが抱きついてきたので、ジャックは我に返った。
ミラが涙声で、ひたすら謝っていた。
「ごめんなさい…ジャック…」
「ミラ…」
進むしかない。
そう思い、ジャックはミラが泣き止むのを待ってから、歩き出そうとした。
倒れている男の脇を通り過ぎ、数メートル歩いた時だった。
突如殺気を感じ、ジャックは振り返った。
「!!!」
今倒れた筈の男が消えていた。
男が倒れていた部分だけ雪が窪んでいる。だが、それだけだった。
「どこに…!」
突如、腹に鈍い痛みを感じた。
呻く事もできないまま、ジャックの意識は闇に突き落とされる。
仮面の男は凄まじい速さでジャックとミラの死角に移動していたのだ。
膝蹴りを喰らい、その場にジャックは崩れる様に倒れた。
その時、無機質な合成音声ではない、別の声が仮面の奥から響いた。
「惜しかったな、小僧」
次の瞬間、ピシリとその仮面に大きな亀裂が走った。
そして、パァンと甲高い音が鳴ると同時に、男の仮面は砕け散った。
「ジャック!!」
ジャックの名を叫んだミラも、次の瞬間首筋に手刀を喰らってその場に倒れた。
意識を失ったミラを脇に抱え、仮面の男は倒れたジャックを見下ろす。
「ただの腰抜けかと思ったが、立派なナイトじゃないか。
 フフ…危うく死ぬところだったぞ」
仮面の男は、歩き出した。
教会の裏手にある遺跡へ向かって。
昼間に吹雪を降らせていた雲は消え、満月が輝いている。
月を見上げ、仮面の男は言った。
「さて…これで役者は揃った。
 あとはお前だけだ…ロックマン・ミラージュ」

凄まじい勢いで壁に叩きつけられ、ケインは呻いた。
テーブルも椅子も、スーツの男―クロイツの薙刀で真っ二つとなっている。
散弾銃を失っても、ケインは我武者羅に抵抗した。
近くにあった物を手当たり次第に投げつけたのだ。
最後に熱い野菜スープを頭から浴びせた事が相手を少しばかり怒らせてしまった様だ。
「ただの人間にしてはしぶとい方でしたが、これで終わりです」
ケインの首に、薙刀の切っ先が向けられた。
「ぐっ…」
彼は、もはや滅茶苦茶となった食卓の方に目を向けた。
つい数分前までは何事も無く平和だった事が、もう遠い昔の様に思えた。
まだ、暖かい電灯の明かりだけは、変わらず辺りを照らしている。
「(すまないジャック…お前の頼み、聞けそうにねぇ…)」
ケインは、観念した様にゆっくり眼を閉じた。


「ほう、まさかここまで来るとは」
クロイツの声に、ケインは眼を開けた。
だが目の前の光景も、刃を向けたクロイツの姿勢も変わってはいない。
ただ、クロイツの視線はケインではなく、自身の背後を警戒している様だった。
「(何だ…?)」
と、クロイツの持っていた薙刀が、瞬時に彼の袖口に吸い込まれる様に収納された。
あの薙刀が一瞬で出現したカラクリはあれだったのか、とケインはふと思った。
クロイツはケインに背を向けた。そこでやっとケインは事態の理解ができた。
そこに、クロウが立っていた。
だがその姿は満身創痍といった感じである。
アーマーは所々がひび割れ、息は荒い。
だがクロイツに刀を向けるその気迫は、ケインにも一瞬震えが来る程のものだった。
「あなたがここにいると言う事は、オーゼスはしくじった様ですね。
 ですが、ケフェウス様はもう動き出している。あなたに止める術はありませんよ」
「…言いたい事はそれだけでいいな…!!」
次の瞬間、クロウの刀が空気を切り裂いた。
だが、それはクロイツには到達できなかった。
クロイツは、横に薙ぎ払われたクロウの刀を、長身に似合わぬ素早さで屈んで避け、再び
その素早さで窓に飛び込んだのだ。
「ちっ…!」
外の風が勢い良く室内に吹き込み、クロウはたまらず顔を腕で覆う。
「遺跡で待っていますよ。愚かな粛清官!」
その言葉を最後に、クロイツの姿は消えた。
後に残ったのは、滅茶苦茶になったアースガルド家の居間。
そして満身創痍の二人の男。

刀を鞘に納め、傍らで壁に寄り掛かりながら座るケインに、クロウは言った。
「大丈夫か?」
ケインは、深く溜め息をつくと、言った。
「すまないなクロウさん。あんたがいなけりゃ今頃俺は…」
そう言った所で、ケインはハッとした。
「しまった、ジャック…!!」
「…どうした?」
既にジャックが家から脱出して10分近くが経っている。
もう既に大通りで助けを呼んでいてもいい頃だ。
だが、町の人々が助けに来る様子は無い。
ケインは、ジャックとミラの身に何かあったのだと直感した。
「クロウさん、台所の方に裏口がある。
 ジャックとあの嬢ちゃんはそこから逃げ出した。助けを呼ぶ為にな」
「何だと…!」
ケインの言葉に、クロウにも状況が分かってきた。
「待っていろ。様子を見てくる」
そう言うと、クロウは走り出そうとして、止まった。
そして急いでバックパックから包帯を取り出すと、手当てしろと言ってケインに放り、
再び走り出した。
気がつけば、ケインも重症というほどではないが、身体の各所から血を流していた。
「ああ全く…畜生…」
今頃になってケインの心に、先程の男に何もできなかった悔しさと無力感が漂ってきた。


「…!!」
裏通りで倒れているジャックをクロウは発見した。
辺りにはミラがいる様子は無い。
とりあえず、クロウはジャックの肩を揺すった。
「おい、起きろ…!!」
「うう…」
呻きながら、ジャックは目を覚ました。
「こ、ここは…」
「何があった。話せ」
クロウの言葉でやっと、ジャックは自分の置かれている状況を思い出した。
「この通りを走っていたら、急に目の前に、あの仮面の男が現れて…。
 必死で抵抗したんですが、どうやら駄目だったみたいです…」
そう言うと、ジャックは落ち込んだ様に地面に目線を落とした。
「くそ…」
クロウが顔を上げると、近くの民家に、数時間前にも見たあの大鷲が止まっていた。
大鷲は、これまでと同じ様にクロウを見つめ続けている。
「どうやら…最悪の事態を迎えた様だな」
クロウは、決然とした表情で立ち上がった。